進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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〜前書き〜

◎タイトル:『W・M』=『ウォール・マリア 』

今回、前半はグリシャの手記の内容を説明する流れで、
後半に重要人物が登場します。

あと、初めて1万字を超えてしまいました…
少し長いですが、お付き合いくださりますと幸いですm(__)m

↓それでは、本編へどうぞ↓



#42 W・M奪還作戦⑤:再会

 

 

___翌朝。

 

 

『ウォール・マリア奪還!!』

 

 

夜明けと共に、人類が待ち望んだ“朗報”がトロスト区へ届けられた。

 

住民たちの泣き喚くような歓声の嵐を、生還した総勢1()0()()の調査兵団が昇降機(リフト)で登った壁上で受け止める。

 

そこは、『人類が初めて巨人に勝利した場所』と呼ばれ、『人類の無力さを証明する場所』とも揶揄されている場所だった。*1

 

だが、まさに今…

 

 

そこは、()()()()()()住民たちにとって『人類復興の出発点』へと変わろうとしている。

 

 

拳を振り上げ、肩を寄せ合い、嬉し涙を浮かべる住民たち。

 

そんな彼らは、その“成功”が数えきれないほどの屍の上に築き上げられていることなど、知る由もない。

 

彼らの脳裏に、その“期待”がすぐに裏切られる未来など、浮かぶはずもない。

 

歓喜の渦が巻き起こる街中を見下ろすハンジの瞳は、かつてないほどに曇り切っていた。

 

『調査兵団』という“英雄”を担ぎ上げるには少し小さく狭くも感じるその肩に、カイルは目に焼き付いて離れない()()()()を重ねる。

 

まるで、ハンジの背中を支えるように__

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

 

調査兵団トロスト区支部の執務室に、カイルの姿はあった。

 

 

「ハンジさん、アルミンから書類を預かってきました」

 

「ありがとう……これが、()()()()かい?」

 

「はい。謹慎中のエレンが思い出したという、父グリシャの“記憶”の断片を記録したものです」

 

 

先の奪還作戦時、上官に歯向かい刃傷沙汰を起こしたエレンとミカサの2人は、兵器違反の罰として懲罰房行きになっていた。

 

トロスト区にある別の兵団施設の地下牢で過ごす2人の元をアルミンが訪れていた際、ガバッと起き上がったエレンが父の記憶を見たと言い出したらしい。

 

その内容をアルミンが書き留め、今に至る。

 

カイルから書類を受け取ると同時に、『秘密事項』と大きく記された表紙をめくるハンジ__その隣では、リヴァイも怪訝そうに書類を見つめている。

 

ハンジは書類に一通り目を通し終えると、きゅっと閉じていた口を開いた。

 

 

「えっと……この、すべてのユミルの民がつながってる『道』ってやつ? 誰かの記憶や意思がそこを通って継承者に伝わることがあるというのが、まさに記録(コレ)のことか」

 

「そのようです」

 

「それに、どの内容もグリシャ氏の手記と一致するね…」

 

 

そう言ってハンジが目を向けた先には、色違いの本が3冊置かれている。

 

内容としては、それぞれ…

 

【グリシャ・イェーガー氏の半生】

 

【巨人と知りうる歴史のすべて】

 

【壁外世界の情報】

 

について綴られていた。

 

 

 

**

 

 

 

初めて本を開いた時。

 

まず衝撃を受けたのは、『壁の外で優雅に暮らす人類』の存在だった。

 

エレンの父グリシャは、以前キースの話でも憶測されていた通り、壁の外からやってきた人間らしい。

 

 

つまり、人類は()()()()()()()()()()のだ。

 

 

事の発端は、1820年前__『始祖ユミル』の誕生から、すべては始まった。

 

最初に巨人の力を宿したのは、ユミル・フリッツという少女。

 

ユミルの死後、その魂は九つに分けられ、それぞれ異なる能力を持つ『九つの巨人』が誕生する。

 

九つの巨人を手にした『エルディア帝国』は、古代の大国マーレを亡ぼし、大陸を支配した。

 

圧倒的な力を得たエルディア人は、他民族へ無理やり子を産ませ、巨人化の能力を持つ『ユミルの民』を増やし続けたのだ。

 

こうした独裁的な民族浄化は、1700年にも及んだらしい。

 

 

 

しかし、ある時を境に、エルディア帝国は崩壊の一途を辿る。

 

約100年前に勃発した『巨人大戦』__これに勝利したのが、かつての大国『マーレ』なのだ。

 

猛威を振るうエルディア帝国に対し、マーレは内部工作を挑み内側から弱体化を図る。

 

それらが功を奏し、九つの巨人の内()()()()()()()()()()()ことが勝利の要となった。

 

敗北したエルディア帝国は残った国土、大陸の東に位置する『パラディ島』に3重の壁を築き、その中へ逃げ込む。

 

その際、見捨てられたエルディア人残党はマーレの各地で収容区へと押し込められ、泥水を浴びせられ続ける惨苦を味わう羽目に__

 

 

 

だが、エルディア人残党のすべてが、マーレに完全懐柔されたわけではなかった。

 

再び世界を正すため、『エルディア復権派』を名乗る反体制地下組織を結成し、マーレを打ち滅ぼさんと密かに画策していたのだ。

 

そんな彼らが目を付けたのが、エレンの父グリシャ__復権派は諜報員として活躍を期待できる医者の協力者を欲していたらしい。

 

そして、幼少期にマーレ当局の男に妹を殺された怨恨があるグリシャには、勧誘を断る理由がなかった。

 

グリシャは復権派の一員として、様々な文献から真の歴史を紐解き、仲間たちと戦意高揚を促す日々を送ることになる。

 

 

 

そんなある日のこと。

 

マーレ政府の内通者であり復権派を裏で操る謎の人物『フクロウ』より、()()()()()()()()()ダイナが遣わされた。

 

その後、紆余曲折を経て、ダイナと結ばれたグリシャは男子を授かる。

 

子どもの名は…

 

 

………

 

 

 

“ジーク”……エレンの腹違いの兄弟、そして……獣の巨人の正体と()()()人物、か」

 

 

グリシャの手記とエレンの記録をじっくりと見比べていたハンジがボソッと呟いた。

 

 

「『俺たちはあの父親の被害者だ』……奪還作戦時に獣の巨人の中身の人物から、エレンに向けて発せられた言葉の真意が見えてきましたね」

 

 

カイルが反応すると、リヴァイも皮肉を並べる。

 

 

「しかし、エルディア復権という大義のため自分の息子を戦士に仕立て上げたってのに、()()()()()()()()身を滅ぼす羽目になるとは……エレンの父親は大層な凶運の持ち主らしいな」

 

 

 

………

 

 

王家の末裔であるダイナは、復権派が知り得ない()()()()()の情報を提供した。

 

グリシャはその情報を基に、フリッツ王がパラディ島に持ち込んだ『始祖の巨人』がエルディア復権の“鍵”だと確信する。

 

すべての巨人を支配する『始祖の巨人』さえ手にすれば、再びエルディアの誇りを取り戻せるかもしれない。

 

勝利への活路は開かれた__だが、その絶対的な希望は、容赦なく打ち砕かれることになる。

 

 

息子ジークが、グリシャとダイナを()()()()()()()()()()のだ。

 

 

両親を敵国に売ったジークの心情は定かではないが、きっかけはグリシャがジークを強制的に『戦士候補生』となるよう仕向けたことだろう。

 

戦士候補生とは、マーレ政府が進行する『始祖奪還計画』において、巨人の力を宿し戦地へ赴くための“戦士”の育成を目的としている。

 

これまでパラディ島へ不干渉だったマーレが始祖奪還計画に踏み切ったのは、軍事技術の進歩に伴う時代の変遷が大きな要因である。

 

近年の軍事技術の発展は目覚ましく、その威力や生産性からも九つの巨人の力が絶対でなくなる日は遠くない。

 

これからは燃料を背景とする軍事力が物を言う時代へと移りゆくだろう。

 

 

そこで無視できないのが、莫大な“化石燃料”を埋蔵するとされるパラディ島の存在だ。

 

 

パラディ島を一早く征服できた国が、この世を制する__そんな謳い文句を掲げ、マーレは収容区のエルディア人から“戦士”を募った。

 

グリシャたち復権派は、始祖の巨人が先にマーレの手に渡ってしまうのを恐れ、息子ジークにすべてを託したのだ。

 

 

だが、その焦りが招いた結果は『楽園送り』という、“島流し”の刑だった。

 

 

エルディア復権派は一人残らずマーレ政府に捕らえられ、パラディ島へ連行されたのち、巨人化の注射薬を打たれて野に放たれた。

 

自我も知性も失い、ただ人喰い巨人として彷徨い続けるという地獄が『楽園送り』の実態だ。

 

だが、グリシャだけが()()()()()()()()()ことになる。

 

グリシャを救い出したのは、エレン・クルーガーと名乗る男__エルディア復権派を率いた『フクロウ』張本人だった。

 

そして、クルーガーはグリシャを壁の中へと送り込む際、“あるもの”を託す。

 

それが…

 

 

………

 

 

 

『進撃の巨人』……この巨人が壁内に持ち込まれたことで、壁内人類は絶滅の危機を免れている。グリシャ氏は我々にとって()()()存在だよ」

 

「…かもな」

 

 

ハンジの裏を突く切り返しに、腕を組みながら引き下がるリヴァイ__それと同時に、カイルは顎に手を添えた。

 

 

「しかし、壁内人類は極めて危険な状態にあることに変わりはありませんね。世界の望みは、俺たち『ユミルの民』の根絶…」

 

「あぁ。どうやら私たちが相手にしていたのは人であり、文明であり、言うなれば“世界”……ってことだね。壁内(ここ)へ逃げ込んだ145代目の王が言い残した『始祖を奪おうと言うのなら、壁の巨人が世界を平らにならす』という言葉の抑止力がまさに今、切れかけているんだ」

 

 

ハンジがカイルの話に自身の見解を付け加えると、腕を組んだままのリヴァイがため息交じりに口を動かす。

 

 

「無垢に仕立てた民に囲まれ、そこを楽園だとほざいてやがる……この壁の初代王って奴は、どうにも臆病なんだな」

 

「束の間の平和を享受する……問題の先送りもいい所です。偽りの平和に、どうやって“生の喜び”を見出せと言うのでしょう?」

 

「まったくだ。初代王に言ってやりたいことはごまんとある。だが、まずは……現状、膨らんだ脅威へどう対処するか、だ」

 

 

そう言ってリヴァイは腕組を解くと、ハンジに意見を求めるように右手を宙に浮かせた。

 

ハンジは深く頷きながら答える。

 

 

「そうだね。もし我々に、その強大な敵の侵攻を退ける術があるとすれば……考えたくないけど、それは…」

 

()()()()を動かすこと…ですね。しかし、問題は……それを実行するにあたって必要となる、始祖の巨人の真価を引き出せないこと」

 

「あぁ、カイルの言う通り『不戦の契り』がある限り、我々は赤子も同然だ。片手でいとも簡単に捻り潰されるだろう……だから、()()()()()()()しかない

 

 

ハンジが強く言い切ると、部屋は少し静まり返った。

 

雲の上を歩くような掴みどころのない希望に、不安を抱かない者はいないだろう。

 

だが、思考を曇らす霧を掻き分けてでも、前に進まなくてはならない。

 

可能なことをとことん追求し、思いつく限り何でも試す__たった10名の組織になっても、調査兵団の方針は揺るがなかった。

 

しかし、今回の件でもう一つ新たに判明した“足枷”が、その歩みを狂わせる。

 

 

「…そうは言っても時間がたんまりとあるわけでもねぇ。エレンの『継承期間』ってのは、残り8年しかねぇんだとな?」

 

「そうだね。レイス家が13年を基準に始祖の巨人を継承していたことからも、グリシャ氏の言う通り、()()()()()()()()()()()1()3()()ってことも間違いないだろう」

 

 

そう、“足枷”というのはこの『継承期間』のことである。

 

九つの巨人には、絶大な力を授かることと引き換えに、継承した日から13年しか生きられないという制約があるのだ。

 

グリシャの手記によると、始祖ユミルが巨人の力を宿していた期間が13年ほどで、決して始祖を超えることは叶わないからだというのが有力な説らしい。

 

 

つまり、エレンの寿命はあと8年ということになる。

 

 

突然の余命宣告には、エレン本人のみならず、その場にいた全員が肩を落とした。

 

その時受けた衝撃を脳裏で思い返しつつも、カイルは声に力を込める。

 

 

「他にも手記から得た情報で希望があるとすれば、()()()()()()()()の存在でしょうか。ユミルの民は『始祖ユミル』を“座標”とする道で繋がっているという…」

 

「うん。私もそこに何らかの手掛かりがあると信じたい。王家の血を引かないエレンでも始祖の力を引き出せる、何かが…」

 

 

ハンジはカイルの話に賛同しながらぐっと拳に力を入れると、気持ちを入れ替えるようにキッと顔を引き締めた。

 

 

「とにかくだ!明日はヒスっ…女王がトロスト区へお越しになる。まずは“コレ”に何か有益な情報が書かれていないか、尋ねてみるとしよう

 

 

そう話すハンジの手に握られていたのは、あまり()()()()()()の“鉄製のケース”だった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌日。

 

 

ヒストリア女王のトロスト区来訪を受け、調査兵団はエレンとミカサの懲罰を解いた。

 

地下牢から2人を連れ出したカイルたちは、その足で謁見に赴く。

 

 

「…何か()()()()()()()()メッセージは無かったか? 暗号とか…」

 

 

兵団施設の一室で手元に視線を落とすヒストリアに対し、ハンジの横に座るジャンがそう問いかけた。

 

ヒストリアが手に持っていたのは、広げた4つ折りの紙__ライナーがユミルから預かったという“手紙”だ。

 

先の奪還作戦でライナーを捉えた際、頻りに胸ポケットを気にするライナーを怪しんだハンジが見つけたらしい。

 

ハンジがヒストリアに尋ねると言っていたのはこのことで、ユミルの手紙から何かヒントを得ようとしていたのだ。

 

しかし、結果は…

 

 

「わからない。でも多分、そんなことはしてないと思う…」

 

 

“希望”がまた一つ、潰えるのみだった。

 

 

 

**

 

 

 

その後、ザックレー総統を含めた新政府の重要人らも同施設に集結した。

 

女王の御前で改めて意思の共有を図ることを目的とし、状況整理と現状把握の会議を執り行うためだ。

 

その会議には、調査兵団も負傷で床に伏しているサシャを除く全員で参加し、持ち得る()()()()()()を洗いざらい提示した。

 

途中、エレンがガタッと席を立つという妨げがありながらも、会議は円滑に進む。

 

多少熱を持った『歴史の真実を公表するか』という議題も、ヒストリアの鶴の一声で可決した。

 

 

今回知り得た情報は、運命を共にする壁の民へすべからく共有する。

 

 

以上の結論で、議了となったのだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___会議が後わり。

 

 

女王陛下を施設の入り口まで見送る104期たち。

 

その一方で、調査兵団の幹部3人はピクシス司令から別室へ呼び出されていた。

 

 

「呼び止めてすまんの…」

 

 

部屋のソファに座り込むピクシスの後ろには、付き人のアンカが神妙な面持ちで立っている。

 

 

「いえ、とんでもない……()()()()()でしょうか?」

 

「左様。探し人が見つかったのでな。その者はすでにここへ呼んでおる。陛下御一行の馬車に忍ばせておいたのじゃ」

 

 

実は、ピクシスには帰還後間もなくエルヴィンの訃報を伝えたのだが、その際カイルの素性についても報告している。

 

それと同時に『ロナウ・トラスト』という人物を探していることも伝え、身元の調査を依頼していたのだ。

 

_カイルがエルヴィンの肉親であること。

 

_本名が『カイネ・スミス』であること。

 

これらを聞いたアンカはかなり驚いた顔をしていたが、ピクシスはまるで見通していたかのように平然と話を聞いていた。

 

その光景が記憶に新しい__と、カイルは思いながら、身を乗り出す。

 

 

「では、その方は今この施設にいるのですか…!?」

 

「そうじゃ。早速……と言いたいところじゃが、その前に改めて礼を言っておきたい」

 

 

そう言って徐に立ち上がったピクシスは、ハンジから順にそれぞれの瞳を見つめながら丁寧に言葉を並べる。

 

 

「此度の有益な戦果は、主らと今ここにいない199名が尽くした死力の賜物じゃ。同志たちの犠牲を代償に、わしらは新たな時代の“鍵”を得た。壁の民を代表し、ここに謝辞を送ろうぞ」

 

「め、滅相もない!身に余るお言葉です…」

 

 

ハンジは少し照れながら、ぎこちなく後頭部に手を当てる。

 

すると、突然…

 

 

バッ…

 

 

ピクシスがハンジたちに向かって頭を下げたのだ。

 

垂れ下がる頭部の深さと体の横にピタッと張り付く両腕から、その誠意が重みを伴って伝わってくる。

 

 

「本来であれば、主らの赫々たる偉勲はすぐにでも讃えられるべき栄光じゃが……如何せん、この状況じゃ。弔いの場はもう暫く待たれよ」

 

「そんなっ……顔を上げてください、ピクシス司令!状況は重々承知しております。それに、我々調査兵団の中でさえカイルの素性はまだ他の子らに告げられていませんし……世の中にはタイミングというものがあって、それで…」

 

スッ…

 

 

ハンジがどぎまぎしていると、ピクシスは言われた通りに顔を上げる。

 

その視線はカイルへと向けられていた。

 

 

「カイル……いや、カイネ・スミスよ」

 

「はい」

 

「エルヴィンのことは残念に思うておる」

 

「…はい」

 

「彼は誰よりも強く、気高く、そして……至極、()()()()じゃった

 

「!……えぇ、俺……私もそう思います」

 

「いつの世も、己が“芯(=我儘)”を貫き通した者が天地をひっくり返すほどの偉業を成し遂げるものじゃ。そして、時代の変動に犠牲はつきもの……逆を言えば、()()()()()()()時代は変わってはくれぬ。お前さんは『次の時代』を生きねばの。彼の分まで…」

 

 

そう話すピクシスの瞳は情愛に満ちていた。

 

一音一音転がすように息を吐くその口は、トクトクと注がれる酒のように心地よい音を奏で、カイルの胸をじーんと温める。

 

“弔い酒”__ピクシスが放つ言葉のすべてが、死者へ贈られる(ウタ)のように聞こえた。

 

温まる胸元に手を当て、ピクシスとグラスを打ち鳴らすエルヴィンの姿を目に浮かべたカイルは、微かに酔いしれた笑顔を見せるのだった。

 

 

「はい…!」

 

 

………

 

 

 

 

**

 

 

 

ピクシスに連れられ、カイルたちは施設の一画にある部屋の前まで来ていた。

 

 

「この部屋におるはずじゃ」

 

「ここに、エルヴィンさんのお知り合いが…」

 

 

失われた記憶と対面する__未知の感覚に襲われたカイルは、大きく唾を呑み込んだ。

 

その緊張をほぐすように、ピクシスが背中を押す。

 

 

「カイルよ。心配せんでいい……過去は逃げぬ」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

「それじゃあ、わしらはこの辺でお(いとま)するかの…」

 

 

背を向けコツコツと歩いて行くピクシスの後ろ姿を眺めていると、振り返ったアンカと目が合った。

 

カイルはひらひらと手を振ってアンカを見送ったのち、再び扉へと目を向け直す。

 

そして、ハンジとリヴァイに見守られる中__取っ手を思い切り捻ったのだ。

 

 

キィィ…

 

「…あ」

 

 

部屋の中にいた人物と目が合った途端、カイルの口から小さな声が漏れ出た。

 

全身の毛が逆立ち、焦点(ピント)が揺れる。

 

体の重みを忘れ、足がもつれる。

 

 

「わっ…」

 

ガシッ…

 

「大丈夫!? ()()()ちゃん!」

 

 

部屋にいた人物に抱き留められたカイルは、その腕に掴まりながらゆっくり顔を上げる。

 

目の前の男はエルヴィンと同じか少し若めな見た目をしていて、そばかすの顔に黒髪をサラッと下ろしている。

 

この人物こそ、“ロナウ・トラスト”__エルヴィンの古い友人だ。

 

 

「エルヴィンから聞いてるよ。記憶をなくしてるんだってね…」

 

「あ……なた……は…」

 

ピキーーン…

 

 

その時、幼少期の思い出がカイルの瞳の中に蘇る。

 

_教会の鐘の音。

 

_少し鉄臭い街の風。

 

_()()()()を追いかける小さな手。

 

_振り返る黒髪の少年と、前だけを見据える金髪の少年。

 

さらに、思い出したのはそれだけではなかった。

 

 

 ―“『だから、俺の傍から離れないで!エル(にい)っ…』”―

 

 

(…そうだ。あの時、俺はエルヴィンさんのことを…)

 

 

ぐっと目を瞑るカイル__すると、耳の奥に幼い声たちが響いた。

 

 

 ―“『お兄ちゃん!お兄ちゃん!』”―

 

 ―“『カイネちゃん、君のお兄ちゃんはエルだけだろ?』”―

 

 ―“『うーん……じゃあ、エル兄とロナ兄!』”―

 

 ―“『ははっ、参ったなぁ~』”―

 

 

カイルは遠ざかって行く声たちを追いかけるように、瞼を上げる。

 

その瞳は、あの日の幼子(おさなご)のままだった。

 

 

「思い出したよ……()()()…!」

 

 

………

 

 

 

 

**

 

 

 

落ち着きを取り戻したカイルは、ロナウが座っていたソファの目の前に腰掛けた。

 

その隣にはハンジが座り、ロナウの隣にリヴァイが座っている。

 

 

「しかし、驚いたな。カイネちゃん、髪型が昔のままだ」

 

「あ、確か……ロナウさんと同じにしたくて、俺が我儘を言ったんですよね?」

 

「そうそう、よく思い出したね!それを言われたときはどうしようかと思ったよ。()()()()()に似た綺麗な栗色の髪がもったいないよって、止めたんだけど…」

 

「…ハイネさん?」

 

「あ、そっか!君は知らないよね……ハイネさんは君たちの母親にあたる人だよ」

 

 

そう言ってロナウはゴソゴソッと鞄をまさぐると、一枚の肖像画をカイルへ差し出した。

 

そこに描かれていたのは、カイルを除くスミス家の人物たち。

 

 

「この人が、お母さん……エルヴィンさんが手紙でも触れていました」

 

「…あいつは、母親にすごく懐いてたからな」

 

「そう、だったんですね…」

 

 

するとここで、リヴァイが口を挟む。

 

 

「あんたは確か……数年前、総統局の納屋のところでエルヴィンと話してたよな?」

 

「えっ、はい……よく覚えてますね」

 

「まぁ、あいつの知り合は珍しいからな……で、こいつが母親を覚えてねぇってのはどういうことだ?」

 

「えぇ、実は……~~~~」

 

 

 

ロナウ曰く__彼らの母ハイネの死は、エルヴィンが10歳を迎える年のことだった。

 

何でも、母ハイネはカイル(=カイネ)を産むと同時に息を引き取ったらしい。

 

それ故、カイルは母の存在を知らないのだ。

 

さらに同じ年に父親も亡くなり、2人は教会の神父を父に持つロナウの家に預けられた。

 

その2年後__エルヴィンは訓練兵団への入団を決意する。

 

旅立ちの日、ロナウの腕に抱かれていたあどけないカイルは、去り行く背中に手を伸ばすことしかできなかったという。

 

 

 

その1年後__カイルが3歳になる年、長期休暇を付与されたエルヴィンが帰郷した。

 

久しぶりにエルヴィンに会えた喜びではしゃぐカイルは、この頃には一人で立って歩けるようになっていた。

 

その日の夕方、エルヴィンは“あること”を打ち明けるため、カイルを家に一人残しロナウを人気のないところへ連れ出した。

 

ロナウへ打ち明けたのは『調査兵団を志す理由』__訓練兵団で何を悟ったのか、エルヴィンは()()()()()()()カイルを守ってやってくれと頼み込んでいたのだ。

 

だが、家に戻ると…

 

 

そこに、カイルの姿はなかった。

 

 

………

 

 

 

「最初は、またいつもみたいに隠れんぼでもしてるのかと思ったんだ。そうやって俺たちが夕食の準備をしている間に、君は()()()に…」

 

「……」

 

 

膝に置いていたカイルの拳に力が入る__売られた先での辛い記憶*2を思い出したカイルは、奥歯をぎゅっと噛みしめた。

 

ロナウは涙ぐみながら必死に謝罪する。

 

 

「すまない!俺のせいだ!!あの時、俺がすぐに通報していれば、君たち兄妹が生き別れることなんてなかった……本当に、すまない!!」

 

「ロナウさんのせいではありません。誰のせいでも……俺はそういう運命(さだめ)だった。ただ、それだけのことです」

 

 

そう言って柔らかい笑顔を見せるカイルの顔を、ロナウは神でも崇めるように眺める。

 

すると、今度はハンジも会話に入ってきた。

 

 

「それで、エルヴィンはその後どうしたんですか?」

 

「もちろん、すぐさま憲兵に捜索願を出して近隣の街まで懸命に調べました。ですが、いくら待てども吉報はやって来ず……エルヴィンは再び訓練兵団へと戻って行きました」

 

 

 

それからというもの。

 

エルヴィンは訓練兵団を卒業するまでも、調査兵団へ入団した後もずっと、カイルのことを探し続けた。

 

訓練や壁外調査の合間の調整日を返上し、地方へ赴いては情報を集め、また別の地を訪ねる。

 

通常は下っ端の兵士の役目である馬や備品などの地方への調達も、エルヴィンは自ら進んで代わり出た。

 

そんな生活を続けていたこともあり、ロナウの元へ帰ることはほとんどなくなっていたのだ。

 

そして、ついに…

 

 

偶然訪れた“ガルド街”*3で、カイルを見つける。

 

 

………

 

 

 

「兵団総統局で久しぶりに会った時、あいつ言ってた……君に合わせる顔がない、と…」

 

「え…」

 

「納屋で俺が君に話しかけようとした時*4、エルヴィンが間に入って邪魔をしたろ?」

 

「はい。あの時は、エルヴィンさんの背中でロナウさんのお姿は見えませんでした」

 

「それで、後から何でそんなことをしたのかって聞いたんだ。そしたら……君の()()()()()可能性があったからだって」

 

「記憶が…?」

 

「幼少期はあいつより俺の方が君と長く過ごしているからね。俺を君に会わせるわけにはいかなかったと、頑なに言っていたよ」

 

「…確かに。実際記憶が戻ったのは、つい先程ロナウさんと再会してからでした」

 

「エルヴィンが君を見つけた時に兄だと名乗り出なかったのも、同じ理由らしい。君の記憶が戻ってしまうことを恐れた……あいつは、君が自分を恨んでるって思い込んでたんだ

 

「そんなっ…」

 

 

言いかけた言葉を、カイルは飲み込んだ。

 

 

(いつ記憶が戻っていようと、エルヴィンさんを恨む可能性なんて『万に一つもなかった』と言い切れる。不甲斐ないのは……何故、エルヴィンさんのことを()()()思い出せなかったのか

 

 

思い返せば、エルヴィンから特別視されていたことがわかるエピソードはいくつもあった。

 

_訓練生時代、遠出に誘われた時も。

 

_土砂降りの中、軍団から一人外れる時も。

 

_宿敵ブランカと対峙した時も。

 

_墓地で昔話を聞いた時も。

 

_決戦を前に夢を語り合った時も。

 

いつだってエルヴィンの瞳は、“カイネ”に向けられていた。

 

今更そのことに気づいたところで、もう遅い__カイルは過去の自分を殴ってやりたい気持ちを抑え込みながら、立ち上がる。

 

 

「恨んでいたはずがない……なんて、軽口は叩けません。どう足掻いたって後の祭り……ですが、それを()()()()()()は一つだけあります

 

 

そう意気込むカイルの瞳は、いつになく華麗に、燦然と輝いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

 

王都ミットラスにて、式典が行われた。

 

式典の内容は、

 

・生還した調査兵の栄誉を讃える『勲章授与式』

 

・奪還作戦での死者を弔う『追悼式』

 

以上、二つ。

 

女王直々に勲章が授けられ、壁を治める同志らと共に死者を想い、黙祷を捧げる。

 

 

この日より、壁内人類は“次の時代”へと足を踏み入れたのだ。

 

 

 

**

 

 

 

式典が終わり、調査兵一同は別室に集まった。

 

この頃にはサシャも復活し、久方ぶりに全員が顔を合わせたのだ。

 

部屋の前方には、皆の視線が集まる中、カイルが丁寧に頭を下げていた。

 

 

「…今まで性別を偽っていて、すみませんでした」

 

 

艶やかな口元から発せられた淑やかな声が、その性を明らかにする。

 

 

「それから、もう一つ……私はある“決断”をしました」

 

 

粛々と述べられるカイルの話に、何も知らない104期たちは動揺を隠せない。

 

しかし、カイルは構わず続ける。

 

 

私は『本名を名乗り生きて行く』と、()()誓ました。それが、兄への恩返しになると信じて…」

 

 

ざわつく104期たちの後ろで、リヴァイとハンジが親身な視線を送っている。

 

迷い__悔い__憂い。

 

それらすべてを捨て去ったカイルの背中には、自由の翼が透けて見えた。

 

真っ直ぐ前を見据え、大きく息を吸い__そして、吐く。

 

 

「私の、名は…」

 

 

 

…カイネ・スミスです。

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】ー

 

 

*1
原作第54話『反撃の場所』におけるリヴァイの台詞より抜粋

*2
幼少期スピンオフのリンクは後書き内の『おまけ』にあります

*3
ガルド街とは本作の第1章『カイル立志編』までのメイン舞台

*4
『#22 出会い④:エレン・イェーガー』にて、エレンの裁判終了後での1シーン





〜後書き〜

『お兄ちゃんのことを「~にい」って呼ぶの、憧れる…』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


ロナウと出会って記憶を取り戻し、ようやくカイルは本当の意味でエルヴィンの家族に戻ることができました。

本編の最後にもあるように、次回からカイルは『カイネ・スミス』として登場します。

一人称は『私』となり、地の文でも『カイネ』と表記する予定です。

名前が変わって少しややこしくなりますが、彼女の人生を温かく見届けていただけますと幸いです!


◼︎次回予告:『#43 一年後』
※更新時期未定(かなり遅れるかもです)

■おまけ
◎人攫いに遭った__のち?
カイルの幼少期スピンオフ【進撃の巨人〜Another Choice〜】の『#02 人攫い』にて、
牧場の主ネフェルに「いやだ!神父さんとこ帰る……ねぇ、お兄ちゃんたちはどこ?」と尋ねています。
・神父 = ロナウのお父さん
・お兄ちゃんたち = エルヴィンとロナウ
ようやくこの台詞を回収できて、一安心です(´-ω-`)

↓↓ リンク ↓↓
https://syosetu.org/novel/368820/


◎『 Kile Charman will return... 』(意味深)
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