進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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〜前書き〜

思うところあって、タイトルを前話の予告から変更しました。

・Grollen:「恨み」や「うなり」。
 ⇒英語の「Rumbling」に対応するドイツ語です。
 ⇒雷鳴などが鈍く轟くという意味合いもあるそうです。
※ネット調べ

↓それでは、本編へどうぞ↓



#48 Grollen ~地鳴らし発動~

 

 

___夜明け頃。

___【港:兵団施設の地下牢】にて。

 

 

()()ッ……ドガァァァァン!!』

 

 

………

 

 

 

「ん……今の、音は…?」

 

 

牢屋の隅で膝を抱えるように背中を丸めていたカイネは、腕に(うず)めていた顔を数センチだけ上げた。

 

()()()()()()()()大きな衝撃音が聞こえた気がして、耳をそばだてる。

 

しかし、聞こえるのは地面を叩く雨粒の音のみ__カイネは小さく息を吐きながら、腕に顎を乗せる。

 

 

(何だろう? 胸が騒ぐ…)

 

 

昨晩、ワンダ率いるイェーガー派の軍団に捕らえられたカイネたち数名の調査兵は、港にある兵団施設の地下で一人ずつ独房に入れられていた。

 

キヨミたちアズマビトの姿はない__どうやら、別の場所で軟禁されているらしい。

 

カイネは高鳴る鼓動を落ち着かせようと、思考を巡らせた。

 

 

(敵の勢力が動き出した。きっと、ハンジさんの元へも……私たちがまだ囚われの身ということは、昨日ピクシス司令が提示した交渉は決裂した可能性が高い)

 

 

牢屋に入ってからというもの、ワンダはカイネの前に姿を現さなかった。

 

牢屋の前をうろちょろしている見張りの兵士数名に声をかけてみるも、カイネの質問に親切に答えてくれるはずもない。

 

そのため、カイネは外の状況が全く掴めずにいたのだ。

 

特に気掛かりだったのは、ジークの拘留地__昨日、列車でここへ向かう途中に起こった“異変”に、不吉な想像が膨らんでいた。

 

 

(嫌な予感がする。もし、あれが本当に何かの“予兆”なのだとすればっ…)

 

 

この時、カイネの脳裏には色んな顔が浮かんだ。

 

見張りの兵士30名に、バリスとヴォルト、そして…

 

 

リヴァイ__

 

 

「交代の時間よ!」

 

 

突然、周囲に響いたワンダの声に、カイネの思考は遮られた。

 

ぞろぞろと部下を連れて地下牢に入って来たワンダは、カイネの牢の前で足を止める。

 

 

「よく眠れたかしら?」

 

「おかげ様で。一睡もできてないよ」

 

 

冗談を返しながらカイネが立ち上がると、ワンダは「それはよかった」と笑い飛ばした。

 

それから両手を広げ、地下全体に響かせるように声高らかに宣言する。

 

 

「喜びなさい!今日は、私たち新生エルディア帝国にとって記念すべき日になるのよ!」

 

「記念すべき、日…?」

 

 

その真意を追及せんと復唱してみたカイネだったが、ワンダにはさらりとかわされてしまう。

 

 

「カイネ、あなた……“ワイン”は飲んだ?」

 

「ワイン? いいえ、私はお酒が飲めないから…」

 

「それは残念。マーレ産のワインは美味しいって評判なのに……まぁ、この中の何名かは飲んでるでしょうね」

 

「…さっきから、何が言いたいの?」

 

「もし飲んでいれば……昨日()()()()()()()()()、体がビリっとするような“異変”を感じた者がいるはずよ」

 

「!?」

 

 

ワンダの一言で、カイネは慌てて周囲に目を向ける。

 

すると、目が合った調査兵たちのほとんどが、顔面蒼白になりながら首を縦に振った。

 

ワインを飲んだことによる“異変”、それが意図するのは…

 

 

「ま、まさかっ…」

 

「兵団で振る舞われていたワインには、『ジークの脊髄液』が混入していたの」

 

 

ジークは嘘をついていた__脊髄液を体に取り込むとすぐに体が硬直するというのは、こちらの油断を誘うための真っ赤な嘘だったのだ。

 

それをすぐさま理解したと同時に、カイネの体の中には様々な感情がひしめき合った。

 

胃の中を搔き乱すような不快感、背筋を撫で上げるような憎悪、血管の中を駆け巡る憤り。

 

それらの矛先はすべて、ジークへと向けられていた。

 

そして、

 

 

 ―“『兵長~…まま、一杯っ!』”―

 

 

小刻みに揺れる瞳が映し出したのは、拘留所で夕食を共にしたある日の光景。

 

酔っ払った新兵に勧められ、ワインのグラスに口をつける、リヴァイの姿だった__

 

 

「い、嫌っ…」

 

 

漏れ出そうになった悲鳴を抑え込むように、カイネは口元を手で塞いだ。

 

もし、ワンダの話が本当なら__いや、もはや疑いようがない。

 

カイネは瞳を潤ませながらも、膝から崩れそうになるのを必死に耐えた。

 

その様子を、ワンダは物珍しそうな顔で見る。

 

 

「へぇ…女らしくなったのは、外見と喋り方だけじゃないのね」

 

「……」

 

「まぁ、気休めを言うわけではないけど……()()()()()()は巨人化していないはずよ」

 

「…何故、わかるの?」

 

 

藁にも縋る表情で顔を上げるカイネ__ワンダは片眉を上げながらも、淡々と答える。

 

 

「フロック曰く、ジーク本人がそう言ってたらしいわ。アッカーマンの肉体組織は、人間の姿のまま巨人の力を引き出すような仕組みになっているの。逆を返せば、巨人化ができないよう制限されているものだ……とか何とか」

 

「じゃあ、兵長はっ…」

 

「だけど、その場を切り抜けられるかはまた別。可愛い部下30人が一気に巨人化するのよ?」

 

「巨人化してしまった仲間には悪いけど……兵長は強い。君が知るよりも、ずっと…

 

 

そう話すカイネの瞳は、やけに澄んでいた。

 

態度の変わりようが少し気に食わなかったのか、ワンダは「あっそう」とそっぽを向いたのち、眉を顰めながらゆっくり視線を戻した。

 

 

「どの道、彼らの勝負の行方を知る手立てはない。私たちの元へもまだ情報は届いていないからね。でも、いずれわかる……今日この後、()()()()()()()()()ジークの勝ちよ」

 

「…そう。それで、ジークの“企み”って何?……なんて聞いても、簡単に教えてくれるわけないか」

 

「いいわよ、教えてあげる」

 

「え……どうして?」

 

 

予想外の反応に、カイネは思わず瞳の色を変える。

 

 

「私たちは別に、あなたたちを敵に回そうだなんて思ってない。これからエルディア帝国を築き上げていく同志なんだから……ただ、今はその邪魔をしてほしくないだけ」

 

「なるほど。ワンダたちの立ち位置が少しだけわかった気がするよ」

 

 

カイネが見え透くような瞳を向けると、ワンダはそれをフッと鼻で軽く受け流した。

 

そして、目線を右斜め上に動かし、記憶を辿るように語り出したのだった。

 

 

「ジークは今回の作戦について、こう掲げていた……エルディア人のための、【安楽死計画】だってね

 

 

 

**

 

 

 

ジークがエレンとの接触を求めているのは、始祖の巨人の本来の力を取り戻すためだ。

 

王家の血を引く者と始祖の巨人を有する者が接触すれば、『不戦の契り』を掻い潜ることができ、ジークがこれまで温めてきた “秘策”=【安楽死計画】を遂行できるのだとか。

 

計画の内容は至ってシンプル__

 

 

始祖の巨人の力を使って、ユミルの民から()()()()()ことのみ。

 

 

巨人が存在しなくなれば、長い歴史の中で紡がれてきた争いの連鎖は終わりを告げる。

 

ユミルの民の遺伝子を『子を産めない』構造に作り替え、人口が徐々に減っていくように操作する。

 

そうすることで、世界を苦しみの渦から解放しようというのだ。

 

 

「…大方理解したよ。と言っても、()()()()()()けどね」

 

「そう言うと思った」

 

「君たちがこうして邪魔者の私たちを監禁しているということは、エレンもジークの秘策に賛同しているの?」

 

「…さぁ、どうだかね」

 

「じゃあ、ワンダは?」

 

「私?」

 

「どうしてイェーガー派にいるのか気になって……君は、エレンに賛同しているの?」

 

 

カイネが問い詰めると、ワンダは深くため息を吐いた。

 

それから体を横に向け、檻にもたれかかるように上半身を傾ける。

 

さらに広い肩幅を狭めるように腕を組むと、右手で左頬を擦った。

 

 

「理由はただ一つ……アデルの仇を取るためよ

 

 

よく見ると、ワンダの左頬には皮膚が爛れたような跡が見受けられた。

 

そこから思い出されるのは、エレンがライナーとベルトルトに連れ去られたあの日。*1

 

超大型巨人の爆風を受けてウォール・ローゼの壁上で横たわっていた調査兵の中に、ワンダの姿もあった。

 

そして、エレンを奪還したカイネたちが帰還した次の日に、ワンダは調査兵団から姿を消したのだ。

 

 

「すべてが終わって、アデルの死を知らされた時は心底自分を恨んだわ。ただの爆風で寝込んでしまって、作戦に参加できなかったどうしようもない自分をね」

 

「ワンダ…」

 

「だけどそれ以上に、あのマーレの戦士たちを……ウォール・マリアを奪還し真実を得てからは、世界をも憎んだ。アデルを殺したのは他でもない……“世界”よ」

 

「…エレンなら、君の復讐を叶えてくれると?」

 

「さぁ? そう簡単に口を割ると思わないで頂戴」

 

 

少し口調を強めたワンダは、顔を正面に向けたまま、目線だけをギロリと独房の中へ向けた。

 

 

「それにね。私はあなたにも恨みがあるのよ」

 

「私に…?」

 

「風の噂であなたが女だったと聞いて、思い知らされたわ……アデルはあなたに惚れていたんだってね

 

 

………

 

 

 

話は訓練兵時代まで遡る。

 

入団式直前、ワンダは当時調査兵団で分隊長を務めていたエルヴィンから“あること”を頼まれていた。*2

 

 

 ―“『君の同期にカイルとアデルという男の子がいる。訳あってその子たちの出身は君やハンジと同じクロッツ村だと改竄した。すまないが、口裏を合わせてくれないか』”―

 

 

当初は訳アリな点を不審に思いながらも、アデルに一目惚れをしたワンダは理由まで追及することはなかった。

 

アデルは優しかった__性同一性障害を抱えるワンダを前にしても、他の同期たちと変わらず対等に接していた。

 

一見普通のことのように思えるが、それがワンダにとっては心地良く、彼女の中でアデルという人物が唯一無二の存在となるのに時間はかからなかった。

 

 

だからこそ、アデルの死は辛かった。

 

 

身体が、心が、引き裂かれるような__そんな痛みをワンダは味わった。

 

その数か月後、傷心癒えぬ彼女の元へ更なる悪い知らせが届く。

 

 

 ―“『カイル・シャルマンって覚えてる? 彼、実は“女性”だったらしいよ』”―

 

 

訓練兵時代の同期の中で、ワンダが唯一連絡を取り合っていた相手、ヨハン・リューベック*3

 

彼から聞いた噂の中で、最も耳を疑う内容だった。

 

この時、ワンダは悟ったのだ。

 

アデルから自身へ向けられていた厚意は、すべてカイルを守るためだったと__

 

 

「自分は利用されていただけとわかっても、アデルを想う気持ちは変わらなかった。ほんと、馬鹿よね…」

 

「利用だなんて、そんなことっ…」

 

「わかってる。アデルはそんな人じゃない……でも、あなたはどうよ? アデルの気持ちを利用していたんじゃない?」

 

「そ…れは…」

 

 

カイネは何も言い返せなかった。

 

4年前、アデルの墓の前で漏らした懺悔*4を聞かれていたのかと思うほどに、ワンダの指摘は核心を突いていた。

 

 

「アデルがあれほど尽くしてくれたというのに、今のあなたは何? フロックから兵士長との噂は聞いてるわ……もう、アデルのことはどうでもいいのね」

 

「違っ…」

 

「言い訳は要らないわ。私はあなたに歯向かい、世界へ復讐する……それが、私に唯一できる、()()()()()()()なのよ

 

 

鋭い瞳でそう言い放ったワンダは、カイネの反応を待つことなく、くるりと体を翻した。

 

そして、その足取りのまま、地下牢を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数時間後。

 

 

ワンダがいなくなってからというもの、カイネは虚ろな目で独房の天井をぼうっと眺めていた。

 

 

(牢屋に入れられたのは、4年前以来……か)

 

 

あの時も、()()()()()()によって捕らえられた。

 

そして、そこから抜け出すため、カイネは大きな恨みを買うほどの裏切りを披露したのだ。

 

 

(一体、あと何度仲間を裏切れば、この地獄から抜け出せるのだろう…)

 

 

そう嘆くのも束の間__カイネの目の前には、さらなる試練の壁が顔を覗かせていた。

 

 

「き、君たちはっ…!」

 

ガシャン!

 

 

見張りの兵士の中に見覚えのある顔を見つけたカイネは、檻の前まで飛んで行き、勢いよく柵を掴んだ。

 

2日前、フロックの監視強化のため憲兵団から遣わされたという男二人が、そこにいたのだ。

 

 

「まぁ、お前の眼なら流石に覚えてるよな…」

 

「フロックの牢屋の前でバッタリ遭遇した時は焦ったよ」

 

 

二人の男はそれぞれの思いを口にしながら、カイネの独房へと体を向ける。

 

 

「やっぱり、君たちだったんだね……エルリク、ウッド

 

 

男たちの正体は、かつてのクラスメイト__“エルリク・フラデール”と“ウッド・チップマン”だった。*5

 

幼少期、カイネと同じモンテガルド校に通っていた二人は、牧場放火事件の公判でも一役買っている。

 

 

「驚いたぜ。噂には聞いていたが、実際に女として生きるお前を目にした時は……正直、救われたような気がした」

 

「僕たちはブランカに逆らえなかったことを後悔していたんだ。君がガルド街を離れてからも、ずっと…」

 

「ありがとう。……でも、どうして兵士でもない君たちが、イェーガー派に?」

 

 

カイネが尋ねると、二人は罰が悪そうに顔を俯かせた。

 

黙り込んでしまうエルリクとウッド__言い出しにくい内容なのか、不安そうな目を互いにチラチラと向け合っている。

 

しばらく重い空気を漂わせたのち、先に口を開いたのはエルリクだった。

 

 

「朝、ワンダがお前らの仲間が異変を感じ取ったタイミングを、詳細に言い当ててただろ?」

 

「うん、ここへ向かう途中にって……!?……そうか、()()()()っ…」

 

「すごいや。君の鋭さは昔から変わらないね」

 

 

ウッドが眉をハの字にして感心すると、エルリクは苦々しい表情で話を続けた。

 

 

「そう、俺たちも飲んだんだ……脊髄液入りのワインを

 

 

………

 

 

 

大学卒業後。

 

二人は王都ミットラスの外れで、庶民向けのホテルを経営していた。

 

施設内で楽しめる娯楽の中でも、最も人気があった催しは『仮面舞踏会』だった。

 

一昔前に流行ったクラシカルなパーティー形式ということもあり、身分の違いや素性に関係なく誰もが平等に楽しめる趣味として庶民の間では人気を博していた。

 

しかし、その評判もあってか、パーティー会場は次第に上流階級の者が占めるようになった。

 

挙句には、堂々と顔を隠せるのをいいことに、()()()()()()()()として利用されるようになっていったのだ。

 

そして、約半年前。

 

エルリクとウッドの二人は偶然、耳にしてしまう。

 

舞踏会にひっそりと参加していたエレンとフロックが話す、『マーレ産のワイン』の秘密を__

 

 

「1年ほど前だったか……兵団上層部のお偉方が俺たちのホテルに通っていることを聞きつけた義勇兵から、ワインの仕入れの提案を持ち掛けられた」

 

「客に振る舞う料理は基本的に、僕たちも一度口にして味を確かめるようにしてるんだ」

 

「そんで、たまたまエレンたちの話を又聞きしちまって……俺たちはいずれ駒にされるんだと知った。知性の欠片もないデカブツになってな…」

 

()()()()()()()んだ……僕たちは、“助かる道”を教えてもらうしかなかった」

 

「だから、イェーガー派に…」

 

 

カイネは終始、二人の話を黙って聞いていた。

 

エルリクとウッドがイェーガー派に加わったのは、ジークの策略から逃れるためだ。

 

選択の余地がなかったのも頷ける__関係のない抗争に巻き込まれ巨人化させられるなんて聞けば、誰しもが助けを乞うだろう。

 

しかし、何故かカイネには、二人がこの組織に居続けている理由が()()()()()()()()気がしてならなかった。

 

 

「私は……君たちと戦いたくない」

 

 

カイネが切願するように語りかけると、二人は口元と目元をぐっと引き締めた。

 

 

「僕たちだって君と戦いたくないよ。だから、大人しく従ってくれれば悪いようにはしない」

 

「エレンやフロックには恩がある。今更抜け出すことはできない……それに、俺たちが戦うのはパラディ島の未来のためだ」

 

「じゃあ、私たちを捕らえておく必要があるのは何故? その手段が、私たちの反感を買うものだってわかっているからじゃっ…」

 

「もうダメなんだ」

 

「…ダメ?」

 

 

言葉を被せられたカイネは、怪訝そうな顔でウッドの眼を見つめた。

 

黒ずんだ(もや)が渦を巻くように(うごめ)く__まるで、小宇宙を閉じ込めたような瞳だった。

 

ウッドは左の掌を正面に向けながら答える。

 

 

「全員死ななきゃいけない……()()人類、全員が…

 

「え……今、なんて…」

 

 

カイネがウッドの言葉に気を取られていた、その時…

 

 

ビリッ!

 

「!?」

 

 

突然、目の前にいたエルリクとウッドを始め、地下牢に幽閉されていた調査兵たちが一斉に体をびくつかせた。

 

それは、列車の中で起こった“異変”と、全く同じものだった。

 

 

 ―“『今日この後、()()()()()()()()()ジークの勝ちよ』”―

 

 

「…そん…な…」

 

ガクッ…

 

 

()()()()()()()()()__その受け入れがたい事実に、カイネの膝はとうとう崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___同時刻。

___【シガンシナ区】にて。

 

 

ウオォオォオオォォオオ!

 

ピカッ……ドドドドドドドドドドドドドド!!

 

 

ジークの叫びに呼応するように、街のあちこちで爆発音が轟く。

 

新型の立体機動装置を身に纏いマーレ軍を引き付けるように街中を飛び回っていたアンカも、すぐさま異変に気が付いた。*6

 

 

「この爆発は、まさか!」

 

 

その時、大きな手の甲が背後に迫り、アンカは地面に思い切り叩きつけられてしまう。

 

 

ガン!

 

「うぅっ…」

 

 

じんじんと痛む背中を押し上げながら振り返ると、そこには髪のない頭の丸い巨人が突っ立っていた。

 

特徴的な目元の皺を目にした瞬間、アンカはその巨人が()()()()理解した。

 

 

「あ……司令…」

 

 

ピクシスと思しき巨人は、何故かアンカをすぐに食べようとしない。

 

品定めでもするかのように、アンカやその背後に潜むマーレ兵たちへ交互に目を向けていたのだ。

 

しかし、この時点でアンカは死を覚悟していた__いや、死に場所をここに決めたという方が正しい。

 

長年連れ添った恩師を自らの手で葬るなんて、死と隣り合わせの戦場を経験していないアンカが瞬時に決断できるはずもない。

 

だから、気付くことが出来なかった。

 

背後にいたマーレ兵の構える銃口が、目の前の巨人ではなく、自身へ向けられていることに__

 

 

()()()……最期に、あなたともう一度…)

 

ッドォォン!

 

 

………

 

 

 

 

**

 

 

 

ピシッ…

 

 

壁一面に、亀裂が入る。

 

 

ビキビキビキビキ!

 

 

それは枝葉の如く、

 

一本の太いヒビから無数の細かいヒビへと、

 

素早く、深く、複雑に広がっていく。

 

 

 

そして…

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 

 

理性(かべ)が、秩序(かべ)が、世界(かべ)が。

 

 

壁が、崩壊する__

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___同時刻。

___【ユトピア区:兵団所轄刑務所】にて。

 

 

向かい合わせになっている二つの牢の中には、それぞれ()()()()()()()()()()がうなだれていた。*7

 

 

「ねぇ、あんた。カイルの知り合いだったのね? 看守から聞いたわ。あいつに刑務所(ここ)へ入れられたって」

 

「そうだが……あんたも同じ穴の(むじな)か?」

 

「フッ…あの売女(ばいた)を憎んでるヤツと向かい合わせなんて、これも何かの縁ね」

 

「…“女”、か。別に私はあいつを恨んじゃいねぇさ……ま、性別まで()()()()()とは思ってなかったが」

 

「あら残念。()()()()()かと思ったのに…」

 

「よせよ、気色悪ぃ……私はまたあいつに会えるとしたら、きっと謝罪する」

 

「は!? 本気で言ってんの?」

 

「あぁ。あいつが女だと知ってから、ずっと胸の奥で絡まってた蟠りが解けた気がするんだ……あんたもそうするといい」

 

「嫌よ。反吐が出る……私は死ぬまでにあいつへ復讐できなければ、きっと来世まで引きずってやるわよ」

 

「…そうかい、そりゃご苦労なこって」

 

 

ゴゴゴゴゴ…

 

 

「!?……何、この音っ…」

 

 

ドドドドドドドドド!!!

 

 

………

 

 

 

砂埃が風に揺れる。

 

踏み荒らされた大地が泣き喚き、草木が炎に焼け消えた。

 

瓦礫の下敷きとなった二人の女の頭上に、夕焼け色の瞳を持ったトンビが舞う。

 

()()()()()はどこにもない。

 

トンビはただひたすら、空を旋回し(まわり)続ける__

 

 

 

=====

 

 

ピキーーン…

 

 

『すべてのユミルの民に告ぐ』

 

 

突然、脳内に声が響いた__エレンの声だ。

 

ついさっきまでいた場所とは違う、砂漠のような地面に満点の星空。

 

眩い光を放つ一本の大樹が辺りを照らし、空間はそれを中心に広がっていた。

 

文字通り、()()()()()()()()()がここへ呼び出されたのだ。

 

 

『オレの目的は、オレが生まれ育ったパラディ島の人々を守ることにある』

 

 

そこで聞かされたのは、耳を疑いたくなるような__

 

 

前代未聞の“大虐殺宣言”なのであった。

 

 

=====

 

 

ドタッ…

 

「ハァ……ハァ…」

 

 

異世界から意識が戻ったカイネは、ふらつく足で独房の壁にもたれかかった。

 

 

「壁の硬質化が解かれ、中にいた巨人が歩き始めた……島の外の人類を、踏み潰す……ため…?」

 

ズキン…

 

「うっ!」

 

 

突如痛みが走った頭を押さえつけると、これまで夢に出てきた様々な光景が目に浮かんだ。

 

 

「わ、私は……()()()()()()を知っていた気がする」

 

 

褐色肌の少年を目の前に、エレンは跪いて懺悔していた。

 

 

 ―“『すべて、消し去ってしまいたかった…』”―

 

 

そう言って何度も何度も謝るエレンの姿は、間違いなくアズマビトの手引きでマーレに潜入したあの日の格好だ。

 

 

「これは、エレンが望んだ“未来”…」

 

 

_鳥のように飛ぶ浮遊感。

 

_蒸気で靄のかかった風景。

 

_燃えるように赤い地面。

 

 

「あれは……()()()()は………エレンが見た、未来の記憶…!?

 

ズキズキズキ!

 

 

激しい痛みがカイネの脳を襲う。

 

気絶する寸前__最後に見えたのは、()()()()()()()()()()()“軍事施設”だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌日。

 

 

物凄い震動で飛び起きたカイネは、かすかに残った痛みをほぐすように頭を擦った。

 

その音の正体は目で見て確かめるまでもない。

 

壁の中から解き放たれた超大型の巨人たちが、一斉に散歩を始めているのだ。

 

 

(足音が一定の方向に集中してる? 一旦、どこかに集まってから進撃するつもりなのか…)

 

 

「気が付いたか、カイネ」

 

 

名前を呼ばれ顔を上げると、そこには硬い表情のエルリクが立っていた。

 

 

「地鳴らしは一度動き出したら止まらない。俺たちの目指すべき結末(ゴール)は一つ……壁外人類の死滅だ

 

 

カイネが言葉を返せないでいると、今度は隣にいたウッドが口を開く。

 

 

「もうすべては()()()()()()……これが、嘘偽りの無い“現実”なんだ

 

 

エレンは暴走した__彼を止められなかった調査兵団の負け。

 

残酷にもこれが現実__その事実が、恐ろしいほど明白に己の無力さを露わにする。

 

何が正しい選択だったか__今となっては、それを問うことすら意味をなさない。

 

結局、カイネは何も言い返すことができなかった。

 

 

 

**

 

 

その晩。

 

しんと静まり返った地下牢の中は、淀んだ空気で満たされていた。

 

カイネも牢屋の隅で無気力に座り込んでいる。

 

 

(ジークとエレンが接触して、地鳴らしが発動した……つまり、兵長は()()…)

 

 

不思議と涙は出なかった。

 

心のどこかで「あの人は生きている」という希望を捨てられずにいたのだろう。

 

この眼で確かめなければ__エレンを止めることよりも先にカイネの頭に浮かんだのは、大切な人の安否を確認したいという“我儘”だった。

 

 

(『調査兵団失格』……私は、昔から何も変わらないな)

 

 

脳裏に浮かんだのは、右肩を抑えながら困惑した瞳を此方へ向ける(エルヴィン)の顔。*8

 

カイネはあの時の子どもじみた自分を思い返しながら、苦々しく微笑む。

 

すると突然、地下牢に複数の足音が響いた。

 

中心にいたのはフロック__その後ろを歩く軍団の中には、ワンダの姿も見える。

 

フロックは独房に入れられた調査兵たちの顔を一人一人確かめるように歩を進め、そして、カイネの独房の前で足を止めた。

 

 

「カイネさん。どうして俺たちがここへ来たか、わかりますか?」

 

 

3日前と立場が逆転したことがよっぽど滑稽なのか、フロックは嫌味たらしく顔をニヤつかせている。

 

だが、カイネは顔色一つ変えない。

 

 

「さぁ。見当もつかないよ」

 

「今日はイェレナとオニャンコポンの処刑を執行してたんですよ。そしたら車力の巨人が現れて彼らを奪い去った。殺したのかもしれませんね。さらに、ミカサやアルミンを始めとした調査兵たちも姿を消した……これならどうですか?」

 

 

平然と人の物言いを真似するフロック__話の内容から漂う緊張感に、カイネは声色を低める。

 

 

「なるほど、つまり君はこう言いたい……『あなたたちも反乱分子なのか』と」

 

「残念。()()()()()()

 

「え…」

 

「俺が言いたかったのは、こうです…」

 

 

そう言ってフロックは短く息を吸うと、バッと腕を前に掲げながら周囲の兵士たちへ命令を下した。

 

 

「ここにいる捕虜たちは用済みだ!撃ち殺せ!!」

 

「!?」

 

ドン!ドン!ドドン!

 

 

息つく間もなく、何発もの銃声が轟いた。

 

独房の壁に血が飛び散り、床に打ち付けられた胴が跳ねる。

 

カイネの目の前では、エルリクとウッドが「フーッ…!フーッ…!」と息を荒立てながら銃を構えた。

 

その瞳に、涙を浮かべながら__

 

 

(ここまで……か)

 

 

カイネは死を覚悟したように目を瞑った。

 

その瞬間、再びフロックの声が響く。

 

 

待て!!……カイネ・スミスは殺すな」

 

 

エルリクとウッドが胸を撫で下ろしながら後方に下がると、カイネは檻に飛びつくような勢いでフロックを軽蔑した。

 

 

「フロック!君はっ……なんてことを!!」

 

「カイネさん、ご安心ください。兵長は生きてますよ」

 

「へ…」

 

 

予期せぬ吉報に、カイネは思わず気の抜けた声を漏らす。

 

すると、フロックは不敵な笑みを浮かべながら、次のように付け足した。

 

 

「…()()()()、ですがね。ただ本当に兵長が生きているとすれば厄介だ。だから…」

 

 

そして、静かに宣告する。

 

 

「あなたには、()()()()()()()()…」

 

 

 

… “人質”となっていただきます。

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 

*1
本作【エレン奪還作戦編】に該当する

*2
関連作品【知に飢えた悪魔】『#07 落とし穴』での冒頭シーンで触れている

*3
本作『#10 訓練兵団解散式』にて、最終成績10位として名前のみ登場

*4
本作『#30 エレン奪還作戦③:13年』での最後の墓場のシーン

*5
本作『#03 出会い①:エルヴィン・スミス』にて、名前のみ登場。関連スピンオフ【進撃の巨人~Another Choice~】にサブキャラとして登場している

*6
アンカの動きについて、おまけにて補足説明あり

*7
“二人の女”について、おまけにて補足説明あり

*8
本作『#30 エレン奪還作戦③:13年』での1シーン





〜後書き〜

『さようなら、アンカ…』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


今回は本作における過去の主要人物たちが、地鳴らし発動によって散っていきました。

中でも大好きなアンカの死は本当に書くのが辛かったです。


最後の展開からifストーリーになりそうな雰囲気がありますが、

サイドストーリーなので次回軌道修正します。


◼︎次回予告:『#49 船出』

■おまけ
◎再登場、エルリク&ウッドについて
注釈の説明にある通り、下記の幼少期スピンオフにて登場するサブキャラです。
・進撃の巨人~Another Choice~:https://syosetu.org/novel/368820/

◎注釈6:シガンシナ区大戦中のアンカの動きについて
原作では、アンカの動きが明らかになっていませんが、腕章をつけてない者が優先的に立体機動で迎撃するようピクシス司令が指示を出しています。
そのため、ワインを飲んでいないアンカもこの立体機動組に加わっていたと推測しています。

ただ、死因がわからないんですよね。
本作ではピクシス巨人と遭遇し、マーレ兵に撃ち抜かれて死亡ということにしました。
(本当は、ピクシス巨人に喰われて……というのも想像しましたが、二人とも大好きなキャラなために惨い展開は避けました)

◎注釈7:ユトピア区の刑務所にて囚われていた女二人の正体について
・赤毛の女:ブランカ(本作『#21 心臓を捧げる相手』にて投獄)
・体の大きな女:マチルダ(本作『#35 打倒王政④:解放』にて投獄)
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