進撃の巨人~もう一人の選択~   作:赤道さとり

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〜前書き〜

最近、筆の進みが遅くてすみません(;'∀')

この辺の話は本作を書き始めた頃にざっくりとしか考えていなかったため、煮詰めるのに時間がかかりました。

最後まで精一杯頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたします。


↓それでは、本編へどうぞ↓



#49 船出

 

 

『あなたには、“人質”となっていただきます』

 

 

酷く冷ややかで、無慈悲な瞳だった。

 

乾いた唇が音も立てず動き、熱を失った吐息がその言葉の残忍さを際立たせる。

 

それほどまでに彼は変わってしまった__いや、数年前からその片鱗は随所で顔を覗かせつつあった。

 

彼が内に秘める“悪魔”に薄々気づいていたカイネは、見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。

 

 

「…フロック、君は勘違いをしている。あの人はこんなことで決断を鈍らない」

 

「そうでしょうか? やってみないとわからないと思いますがねぇ…」

 

「君だって知ってるはずだ。調査兵団がこれまで、人類復興のためにどれほど仲間を犠牲にしてきたか…」

 

「自己犠牲が勇敢だと宣うつもりですか? 綺麗事だけで問題を解決できていたらこうはなっていませんよ」

 

「そうかもしれない……だけど、こんなやり方は間違ってる!こうして敵を作り続けていては、君らが辿るのは破滅の道だ」

 

「カイネさん、あなたはもっと賢い人のはずだ。それに…」

 

 

フロックはそこまで話すと、溜め息交じりにやれやれと首を振りながらカイネに背を向けた。

 

そして、鋭く尖らせた眼光だけを牢屋の中へ向け、話を続ける。

 

 

「これは、エレンの指示です。『あなたは生かしておけ』……とね」

 

「!?……エレン、が…?」

 

 

動揺するカイネ__しかし、フロックはお構いなしに歩を進め、その場から去ろうとする。

 

 

「待って、フロック!まだ話はっ…」

 

「これ以上は必要ない。()()()()()()()()から」

 

「っ……」

 

 

フロックはカイネの制止をきっぱり切り捨て、地上へ上がる階段へと向かった。

 

その途中、ワンダとすれ違う。

 

 

「どうゆうことよ、フロック。こんなの……聞いてないわ」

 

「あなたに許可を求める必要が? 俺たちの(かしら)はエレンだ。忘れるな」

 

 

フロックに言いくるめられ、顔を顰めるワンダ__弱々しく声を絞り、その先の言葉を飲み込む。

 

 

「…そう、ね」

 

 

そうして、ワンダはフロックの後ろについて歩き出した。

 

檻の向こうで嘆き訴えるような目をしたカイネのことなど、見向きもせずに。

 

二人の足跡が遠のいていく。

 

その後、カイネの耳に残ったのは__死体を片付ける兵士たちの掛け声と、魂の抜けた肉体がずりずりと引きずられる生々しい音だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___同時刻。

___【パラディ島:どこかの森】にて。

 

 

ドッ!……ビチャァァァ…

 

「んんんん!!」

 

 

蹴散らされた鍋が宙を返り、ハンジお手製の具沢山シチューがどろりと地面に這い出た。

 

ほくほくとした香りと蒸気を立ち昇らせているそれは、無慈悲にも闇夜へ溶け込んでいく。

 

まだ新しい湯気の先で、言葉にならぬ怒りを拳に込めながらライナーの顔を殴り続けているのは、()()()()きっちりと兵団コートを身に纏ったジャンだ。

 

ジャンはライナーに馬乗りになり、行き場のない怒りをぶつけ続けている。

 

零れたシチューを取り囲んでいたのは、

 

_ハンジ率いる調査兵団の面々、ミカサ、アルミン、ジャン、コニー

 

_元帥テオ・マガト率いるマーレ勢力、ライナー、アニ、車力の巨人

 

_一か月前に脱獄していたマーレの戦士候補生、ガビとファルコ

 

_無理やり連れて来られた、義勇兵のイェレナとオニャンコポン

 

という、異質な組み合わせだった。

 

彼らがどんな経緯で集結したかは定かではない__だが、一時的にとは言え、共に食卓を囲んでいたことは事実だ。

 

そんな平穏なひと時を壊す()()()()を与えたイェレナは、ただ黙ってシチューの水気でふやける地面を眺めていた。

 

アルミンやコニーに取り押さえられながらも、ジャンは渾身の蹴りを放つ。

 

 

ドゴッ!

 

 

しかし、その一撃はライナーではなく、ガビの脇腹へと命中した。

 

身を挺して身内を庇い(こうべ)を垂れてまで許しを乞う幼子に、パラディ島脅威論を掲げ続けてきたマガトは何を思っただろう。

 

ガビとファルコの「地鳴らしを止めるため、協力してほしい」という必死の懇願に、ジャンの(はらわた)は落着きを取り戻していく。

 

ジャンが耳を塞ぎながら森の奥深くへと迷い込んでいく頃にはもう、シチューは冷め切っていた。

 

そして、蚊帳の外で一人、()()()()()()()()()がむくりと体を起こす。

 

 

「…うるせぇな」

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___翌朝。

___【港:兵団施設の地下牢】にて。

 

 

「朝、か…」

 

 

牢屋の隅で膝を抱えていたカイネが、弱々しい声と共に視線を上げた。

 

見張りの交代の時間なのか、廊下にいた兵士たちが不揃いに足音を立てる。

 

やってきたのはエルリクとウッドの二人__牢屋に監禁されているのがカイネ一人となったためか、昨晩から見張りの人数は減っていた。

 

 

「アズマビトの皆さんは……キヨミ様は無事?」

 

 

カイネがそっと尋ねると、柵の前で背を向けたままのエルリクが静かに答える。

 

 

「…悪いが、フロックからは何も話すなと言われている」

 

「そう…」

 

 

顔は見えずとも、二人の背中から漂う緊張感で彼らの心情は察することができた。

 

フロックが自身との関係性を知った上で彼らを配置したのかは定かでないが、カイネにとって()()()()()ことは確かだ。

 

 

(昨日、フロックはこう言ってた。車力の巨人がイェレナとオニャンコポンを奪い、同時にミカサやアルミンたちも姿を消した、と…)

 

 

目を伏せ、思考を巡らせるカイネ__繋がりがない筈の面々が一斉に動き出すという不可解な状況から、その行動の意図を連想するように脳裏に浮かべたのは、ハンジの顔だった。

 

 

(これは賭けだけど……きっと、ハンジさんの仕業に違いない。地鳴らしを止めるために動き出しているんだ)

 

 

カイネはフロックがここへ来た動機こそ、その裏付けとなると踏んだ。

 

シガンシナ区で何があったか知る由もなかったが、車力の巨人がいるということはマーレ軍がパラディ島へ攻めに来ていたことは間違いない。

 

地鳴らしが発動した以上、マーレ側としてはそれを止めるより優先すべきことはないだろう。

 

となれば、利害が一致する者同士、手を組んだ可能性は多分にある。

 

 

(地鳴らしがどんなものかよくわからないけど、フロックが(ここ)で彼らから()()()()()()()があるとすれば…)

 

 

『アズマビトの“飛行艇”』__フロックはハンジ達にこれを使わせないためにここへ来た、というのがカイネの推察だ。

 

 

(機関車は使えないだろうから、ハンジさんたちは馬で駆けてるだろうな。だとすれば……もうじき、ここへ到着する筈だ)

 

 

地下牢を抜け出し、ハンジ達に合流するなら今しかない。

 

そして、その推測は見事に的中する__

 

 

ドゴォン!

 

 

突然、建物に衝撃が走った。

 

ハンジたちが来た__音や振動の度合から、それが雷槍の攻撃によるものだと悟ったカイネは、何かを思いついたようにスッと立ち上がる。

 

 

「エルリク、ウッド、聞いて欲しい。一晩じっくり考えたんだけど……私は君たちの方針に賛同する。『協力したい』ってフロックにそう伝えてくれないかな?」

 

「!……」

 

 

柵の前で二人の肩がぴくりと動く。

 

その不自然な反応が気になったカイネは、二人の元へ歩み寄ろうと足を踏み出した。

 

しかし、先にくるっと振り向いたウッドと目が合ってしまい、すぐさま足を止める。

 

 

「僕たち聞いたんだ。フロックから……君が過去にこうして同じく投獄された際、寝返ったと見せかけて敵を出し抜いたことがあるって」

 

「!?……フロックがそれを知ってたとは…」

 

「確か、王政府が脱却して新体制に変わったあの事件の時だってな。フロックは入団後にお前の武勇伝を人伝えに聞いて、いたく感心したんだとよ……その機転の利いた“名演技”に」

 

「もし君がこちら側の肩を持つような発言をしたら、騙されるなって強く念押しされてるんだ。だから……()()()

 

 

エルリクとウッドはそう言い置いたのち、再びカイネに背を向けた。

 

“騙くらかし”は効かない__そう、言われているようだった。

 

だが、ここで諦めてしまえば、ハンジたちが港へ辿り着いた際に足を引っ張ることとなる。

 

 

(もう、()()()を使うしかない…)

 

 

そう決心したカイネは、耳の後ろに手を伸ばす。

 

 

「…ごめん、騙そうとしたことは謝るよ。だけど君たちは一つ、見落としている……()()()()()()にね」

 

「!?」

 

 

エルリクとウッドの二人は、今度は素早く後ろを振り返った。

 

そして、気付く__差し出されたカイネの掌の上に、黒い丸薬が2つ乗せられていることに。

 

 

「カイネ!そ、それはっ…」

 

「その反応は見たことあるんだね。そう……これは“毒”だよ

 

 

そう話すカイネの瞳には、3日前、アンカからそれを受け取った時の光景が映っていた。*1

 

 

 ―“『この毒薬はかなり強力よ。一粒で全身が麻痺して、場合によっては死に至る危険もある。()()()()()………とにかく、あなたがこれを使わずに済むことを祈ってるわ』”―

 

 

瞳を潤ませながら毒薬を渡すアンカの手が、極度に震えていたのが記憶に新しい。

 

カイネはきゅっと唇を結ぶと、アンカとの()()()()()にそっと蓋をするように薬を持つ手を口元へと近づけた。

 

すると、エルリクとウッドが柵に飛びかかる。

 

 

「やめろ!カイネ!!」

 

「早まっちゃダメだ!」

 

 

その呼び止めに、カイネはぴたりと手を止めた。

 

そして、軽く挑発するような瞳で二人に問いかける。

 

 

「何故止めるの? 昨晩はフロックの命令で一度は私に銃を向けてる……そんなに人質を失うのが嫌?」

 

「ち、違う!俺たちの手でお前を撃つのと、お前自身が自決するのは別だ!」

 

 

声を震わせるエルリク__カイネは間髪入れずに追い打ちをかける。

 

 

「なら撃てばいい。今、ここで…!」

 

「っ……」

 

 

エルリクが言い返せずにいると、その隣で肩を震わせていたウッドがゆっくりと口を開いた。

 

 

「僕たちはずっと後悔してたんだ。あの時、君を裏切ったことを*2……それでも君は、こんな僕たちに『自分を守ることだけを考えろ』と言ってくれた。だから僕たちは変わろうと思った!世界の圧力にだって屈しない!君が…教えてくれたんだよ…?」

 

「俺たちは大事な仲間を、もう誰にも()()()()()()()()。パラディ島を守ろうと立ち上がったフロックたちに賛同したのは、なにもワインを飲んだだけが理由じゃねぇ……これは俺たちが進んで選んだ道だ!だからカイネ、お前こそ自分を守ることだけを考えてくれ!!」

 

 

ウッドにつられ、熱く語りかけるエルリク__二人の訴えを聞いたカイネは、納得がいったように表情を和らげる。

 

 

「それを聞けて安心したよ。これで心置きなく……私も、()()()()を貫ける

 

「待っ…」

 

…ゴクン。

 

 

毒薬を口に含んだカイネはすぐさま体が麻痺し、膝から崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。

 

痙攣で至る箇所をびくつかせながら泡を吹く姿に、柵の外にいた二人も慌てふためく。

 

 

「急げ!」

 

「わ、わかってる…!」

 

 

牢屋の鍵を開け、ドタバタと駆けつけるエルリクとウッド。

 

しかし、二人がカイネの体を起こそうとした瞬間…

 

 

ドゴッ……ドゴォ!

 

 

なんと、動けなくなったはずのカイネが自ら体を起こし、二人のみぞおちに一発ずつ蹴りを入れたのだ。

 

カイネはその勢いのまま震える足で立ち上がると、地面に伸びきった二人を見下ろす。

 

 

「ハァ…ハァ……最初に…言ったでしょ。私は君たちと…戦いたくないって……だから…ここで寝てて」

 

 

ぴくりとも動かなくなったエルリクとウッドに別れを告げ、一歩、また一歩と足を踏み出す。

 

 

「ガハッ…!」

 

ビチャ…

 

 

勢いよく吐き出された血が地面にへばりつき、唯一無二の視力を誇る視界が歪んでいく。

 

 

(一粒は…飲み込まずに吐き捨てたけど、毒が…かなり効いてる。早く…何とかしない…と…)

 

 

牢屋を抜け出したカイネはおぼつく足で地を掴み、目の代わりに手探りで通路を進んでいった。

 

 

(確かこの建物には…薬品庫があった。そこへ行けば、“解毒剤”がある…はず)

 

 

壁に体を沿わせ引き摺り、やっとのことで地上への階段に辿り着くも…

 

 

コツ…コツ…

 

「何よ、これ…!?」

 

 

物音を聞きつけたのだろうか__上からワンダが下りて来た。

 

ワンダは檻の中に倒れている二人と檻の外でぐったりしているカイネを交互に見たのち、少し間を置いてから銃を構えた。

 

 

「…どうして、あなたが外へ出ているのよ?」

 

「ゴホ!…ゲホッゴホ!!」

 

「!?」

 

 

思いの外早く見つかってしまったことで焦ったのか、カイネは胃の中から押し上げられた鉄の臭いにむせ込んでしまった。

 

 

「カイネ、あなたまさかそれっ…」

 

「…見ての通り、だよ…」

 

 

そう言ってカイネは引きつった笑顔を作ってみせると、赤く染まった掌を差し出した。

 

そこに乗せられていたのは、先ほど吐き出した毒薬__ワンダはそれが何なのかを一瞬で理解し、大きく溜め息をつく。

 

 

「呆れた……()()()使()()なんて」

 

「やっぱり、君は…気づいてたん…だ」

 

「…まぁね」

 

 

気づいていたなら、何故取り上げなかったのか__その問いを投げかけるより先に、カイネは限界を迎えてしまう。

 

 

ガクッ…

 

 

体を支えられず地面にうずくまりながらも、カイネは必死に懇願する。

 

 

「お…願い……見逃…して…」

 

「その頼みは聞けないわ」

 

 

ワンダにきっぱりと断られたことで、カイネはとうとう死を覚悟した。

 

もう、瞼を上げることすらままならない。

 

息が詰まる__体の節々が凍えはじめ、徐々に固まっていく感覚を初めて味わった。

 

脳裏に走馬灯が駆け巡り始めた、その時…

 

 

プスッ…

 

 

突然、左腕にチクリとした痛みを感じた。

 

それと同時に全身の強張りが解かれ、力が(みなぎ)っていくのがわかった。

 

重い瞼を上げ、ワンダと目が合ったカイネは、単刀直入に聞く。

 

 

「ど、どうして…?」

 

「あなたならやりかねないと思ったのよ。昨晩から解毒剤を携帯しておいて正解だったわ」

 

「…そうじゃ、なくて…」

 

「さっき()()()()()よ……こんなの、見逃せない

 

 

ワンダはそう強く言い張ると、脱力したカイネの体を起こしてやった。

 

それから脱出口の経路を指で指し示す。

 

 

「反対側にある隠し通路の階段なら今は見張りもいないから、そっちから行くといいわ。それと、立体機動装置なら突き当りの部屋に予備がある」

 

「何故、そこまで…」

 

「勘違いしないで頂戴。私はただ、フロックのやり方が気に食わなかっただけ。人の()()()()()()()なんて、女の敵よ!最低だわ!!」

 

「ワンダ…」

 

 

しんみりと感傷に浸るカイネ__すると、ワンダは「さぁ行った行った」と言わんばかりに背中を押す。

 

 

「覚えておいて。次会った時は必ずあなたを倒す。私の手で、正々堂々と…ね

 

「うん、覚悟しておくよ」

 

 

そう言って互いに背を向け合うカイネとワンダ。

 

二人の間に存在した古い軋轢を、目には見えない“友情”が埋め固める。

 

こうして、二人はそれぞれの道を行き、己の信念をぶつける覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数分後。

 

 

ワンダに言われた通りに立体機動装置を身につけたカイネは、隠し通路の階段を駆け上がった。

 

するとその先で、ハンジたちと遭遇する。

 

 

「カイネ!? 無事だったか!」

 

「ハンジさん!よかった……ご迷惑をおかけしてすみません!しかし、これはっ…」

 

 

そう言ってカイネが目を向けたのは、ハンジの後ろにいた面々だ。

 

キヨミや整備士たちというアズマビトの他に、敵と応戦中のジャンともう一人__兵団コートを身に纏った、()()()()()()がそこにいた。

 

 

「彼はテオ・マガト。説明してる暇はないけど、とりあえず今はマーレの数名と手を組んでいるとだけ認識してくれ」

 

 

聞くまでもなく、ハンジからその人物について説明があった。

 

カイネはコクリと頷きながら、彼らがここにいる理由を確かめる。

 

 

「地鳴らしを、止めるんですね」

 

「あぁ。そのためにアルミンが一芝居打って敵を騙そうと画策したけど……失敗した。それから、リヴァイは無事じゃないが生きてるよ」

 

「そう…ですか」

 

 

最後の知らせに少し目を泳がせつつ、カイネもここでの出来事を簡潔に報告する。

 

_港へ到着した途端、イェーガー派に捕らえられたこと。

 

_昨晩、ここへやってきたフロックによって他の仲間たちが殺されたこと。

 

しかし、脱獄の手段として自身へ毒を盛ったことだけは告げず、敵の中にいた昔馴染が助力してくれたと偽った。

 

 

「そっか。まったくフロックには参るよ……とにかく今やるべきことは、何とかして『飛行艇』を飛ばすことだ!」

 

 

そうハンジが結論付けると、整備士の一人が待ったをかける。

 

 

「お、お待ちください!それは無理です。飛行艇は、すぐに飛ばせるものではありません!」

 

「!?……今、なんて言った…?」

 

「ですから……~~~~」

 

 

………

 

 

 

整備士曰く、通常、飛行艇を飛ばすための整備工程には“一日”を要するらしい。

 

十分な設備が整っていれば半日に短縮できるというが、敵の攻撃から飛行艇を守りながらでは到底無理がある。

 

地鳴らしの進行速度は馬より早く障害物も無視して進むため、半日もあれば上陸した海岸から600kmは被害に遭うだろう。

 

さらに、地鳴らしを誘導するエレンの位置がわからなければ、到達までの時間は半日どころでは済まない。

 

つまり…

 

 

最善の手を尽くしても、ライナーたちの故郷『レベリオの街』は手遅れなのだ。

 

 

すでに手の施しようがない__誰もがそう諦めかけるも、キヨミだけは違った。

 

 

「考えがございます」

 

 

キヨミの提案はこうだ。

 

パラディ島より南のマーレ海岸都市『オディハ』に、アズマビトの所有する格納庫がある。

 

そこでも整備が可能なため、すぐさま船で飛行艇を牽引したまま出港し、オディハで飛行整備を完了させようというのだ。

 

 

「オディハは地鳴らしより先回りできる距離にありますが、さらに半日保つかは……賭けになります」

 

 

しかし、他に手はないとし、ハンジとマガトはその策を承諾した。

 

 

「私はミカサに知らせる!カイネ、ついて来てくれ!」

 

「了解!」

 

「俺は兵長たちを呼んで来ます!」

 

 

出港の準備はマガトとアズマビトに任せ、カイネたちはそれぞれ飛び出して行く。

 

こうして、港での戦闘が幕を開けたのだ。

 

 

 

**

 

 

 

ハンジとカイネは二手に分かれ、それぞれ巨人化したアニとライナーに作戦の変更を伝えに向かった。

 

その最中、隙を見て船へと駆け出すアズマビトたち__その動きに気づいたイェーガー派は、攻撃目標を彼らへと切り替えた。

 

しかし、それを簡単に許すはずもないミカサとハンジが、次から次に躊躇なく刃を振るう。

 

 

「この!売国奴がぁ!!」

 

 

息を荒げながら銃を撃ち鳴らしたフロックは、近くにいた兵士に命令する。

 

 

「今すぐ地下牢から“人質”を連れてこい!奴らの動きも鈍る筈だ!」

 

「は、はいっ…!」

 

 

その一瞬の隙を、()()()()見逃さなかった。

 

 

キン!

 

 

死界から素早く懐に入り込み、刃を振り上げる__しかし、フロックの体には一歩届かず、右手に掴んでいた銃を弾き飛ばしただけだった。

 

反動で後退りながらも襲い掛かってきた相手の顔を確認したフロックは、想定外の人物に動揺する。

 

 

「!?……何故、あなたがここに!」

 

「見張りの兵士なら()()()()()()よ。素人を巻き込んだのが君の落ち度だ」

 

「そんな筈はない!彼らにも、あなたのことはっ…」

 

ダッ…

 

 

カイネは話を聞き終える前に足を踏み出した。

 

急いで構え直すフロック__そこへ、別の影が差し込む。

 

 

ガキ―ン!

 

 

ブレードがぶつかり合う金属音が耳を割いた。

 

男性の筋力と女性の柔軟さを掛け合わせた、強くしなやかな剣劇__割り込んできた人物がワンダだということは、顔を見ずともわかった。

 

 

「フロック!ここは任せて」

 

「…頼みましたよ」

 

 

フロックは計画が狂ったことに苛立ちを覚えながらも、体勢を整えるべくその場を離れた。

 

それと同時に、カイネも一度ワンダから距離を取る。

 

 

「やぁ、()()()()()ね」

 

「…約束、覚えているかしら?」

 

「もちろん…」

 

 

二人の空間から音を消すように、生温い潮風が均一に纏わりついた。

 

そこかしこで舞い踊る血飛沫が、視界の明度を奪う。

 

 

「行くわよ!カイネ!!」

 

 

ワンダはそう意気込むと、一目散に屋根の上を駆け出した。

 

対するカイネも、くわっと“眼”に力を入れる。

 

 

(躊躇えば、仲間が死ぬ…)

 

 

心の中でそう唱えたのち、カイネは力強く踏み出した。

 

そして…

 

 

ザシュッ!

 

………

 

 

 

 

**

 

 

 

()()()()()()カイネがハンジたちの元へ戻った、その時…

 

 

ポーーーーッ!!

 

 

増援の接近を知らせる汽笛の音が、彼女らに更なるプレッシャーをかけた。

 

アレを食い止めなければ、出港どころか全滅__しかし、焦るハンジの内心とは裏腹に、事態は好転する。

 

 

ッドォオオォオォオオン!!

 

「…え!?」

 

 

突然、機関車が爆発したのだ。

 

この時、カイネはその眼に捉えた__爆発地点から少し離れた岩陰に潜んでいた、()()()()()()を。

 

しかし、その光景に気を取られている場合ではない。

 

増援の妨害をきっかけに、イェーガー派が奮い立つように士気を上げたのだ。

 

ここまでイェーガー派を切り刻み続けてきたミカサやハンジは体力を消耗し、女型の巨人も鎧の巨人も度重なる雷槍の被爆によって原型を失うほどボロボロになっている。

 

車力の巨人やファルコの巨人が加わったとは言え、状況が不利なことに変わりはない。

 

自分も貢献しなければ__だが、カイネの体は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

くらっ…

 

 

酷い目眩に体勢を崩した、その時…

 

 

「エルディアを救うのは!…俺だ!!」

 

 

いつの間にか雷槍を装填していたフロックが包囲網をくぐり抜け、一人飛び出した。

 

船を失えば一貫の終わり__しかし、射出された雷槍が船底に届くことはなかった。

 

 

ドン!

 

 

フロックの身体は宙で弾かれ、雷槍の軌道は手前の海中へと逸れる。

 

すでに船へ乗り込んでいたガビが、甲板からライフル銃で迎え撃ったのだ。

 

 

「そんな……フロックが!!」

 

「く、クソッ…」

 

 

イェーガー派は先導者を失ったことで連携を乱し、中にはその場から逃走する者もいた。

 

港が一気に静まり返る__次に響いたのは、船の上にいたオニャンコポンの掛け声だった。

 

 

「出港できるぞ!!早く乗れ!」

 

 

 

**

 

 

 

重い足取りで船へと向かう面々。

 

だが、一難去ってまた一難__初めての巨人化により、ファルコが自我を失いかけてしまったのだ。

 

ファルコの救出にマガトらが手間取っている頃、カイネはある場所で足を止めていた。

 

 

()()()、別れを言いに来たよ…」

 

 

屋根の上に佇むカイネの足元には、仰向けに横たわるワンダの身体があった。

 

胴体には一本の深い切り傷が刻まれていて、黒いスーツに染み込んだ血が今もじわじわと広がり続けている。

 

カイネがじっと見つめると、ワンダは微かに瞼を上げた。

 

 

「…あなた、わざと急所を外したでしょ?」

 

 

か細い声で弱々しく紡がれた言葉に、カイネはフッと柔らかい笑みをこぼす。

 

 

「そういうワンダこそ、私が本調子じゃないからって手を抜いてた」

 

「ハハ、まさか……これが私の実力よ。調査兵団でもトップクラスのカイネに敵うはずないじゃない。最初から()()()()()……あなたへの軽蔑が、逆恨みでしかないことも

 

 

そう言って涙を浮かべたワンダは、イェーガー派に加わった“本当の理由”を語り始めた。

 

 

………

 

 

 

調査兵団退団後。

 

アデルの死を乗り越え新しい職を探していたワンダは、人生で二度目の挫折を味わった。

 

兵士としての務めを途中放棄した上、『性同一性障害』という特性を持った彼女を快く受け入れてくれる職場はそう簡単に見つかるはずもなく、仕事にありつけず路頭に迷う日々を送っていたのだ。

 

貯めていた給金を切り崩しながら酒屋をウロついていたある日、偶然にもエレンとフロックの密談を聞いてしまう。

 

そして、異端児に厳しい世界を呪っていたワンダは、その世界を壊そうとしている二人に賛同したのだ。

 

 

「フロックは最低だし、エレンはどうかしてるけど……彼らはこんな私でも同じ仲間として受け入れてくれた。それが、嬉しかったの…」

 

 

傷口を押さえるワンダの手に、ぐっと力が入る。

 

まるで、自身の過ちを戒めるように__

 

 

「世界に復讐するなんて口実よ……私はただ、“居場所”が欲しかっただけ……最低なのは、私の方…」

 

 

痛みに顔を歪ませながら懺悔するワンダ__その姿に、カイネも顔を曇らせる。

 

 

「認めるよ。私は確かに、アデルの気持ちを利用していた」

 

「…今更何よ」

 

「だけど。これだけは、誓って言える…」

 

 

カイネは真剣な眼差しでそう告げると、左腕の袖をまくって見せた。

 

 

「私はひと時も、アデルを忘れたことはない。これまでも、この先だって…」

 

 

手首に括られたブレスレットが、心地よく揺れる。

 

中心にはめ込まれた緑の石が太陽光を吸収し、カイネの瞳と同じ輝きを放った。

 

 

「…それ…は…?」

 

「これが何か知りたければ、私がパラディ島(ここ)へ戻ってくるまで生きていて……その時はきっと、()()()()()()友達になれるから」*3

 

「と、友達…?」

 

 

よっぽどカイネの言葉がツボに入ったのか、ワンダは思わず吹き出してしまう。

 

 

「ぷっ…あはは!……私の負けね。カイネ、絶対生きて帰ってきなさいよ」

 

 

笑いながら涙を流すワンダの気持ちにそっと寄り添うように、カイネはコクリと頷く。

 

そして、言葉で返事をする代わりに、ブレスレットを胸に押し当てるように敬礼をしてみせるのだった。

 

 

トン…

 

 

 

**

 

 

 

その後、ハンジたちに合流したカイネは、負傷者を支えながら船へと乗り込んだ

 

黒い蒸気を吐きながら、船は豪快に海水を掻き分ける。

 

 

殿を務めるため部下を託した、()()()()()()()()()__

 

 

 

 

 

 

=====

 

 

彼らはまた進む__振り返ることは許されない。

 

 

かつての友を裏切った。

 

多くの仲間を切り捨てた。

 

 

だからこそ、進まなくてはならない__深い森から抜け出すために。

 

 

この世界が残酷だというのなら、人は何のために生まれてくるのだろう?

 

繰り返されてきた争いの歴史に終止符を打つには、何を捧げればいいのだろう?

 

 

わからなければ、わかればいい。

 

 

それが、“調査兵団”なのだから__

 

 

 

 

 

 

―【 続く 】―

 

*1
本作『#47 波乱』にて、会議後にピクシスが話があると言ってカイネたちを引き留めたシーンに該当

*2
関連作品【進撃の巨人~Another Choice~】>『#10 軋轢』での1シーン

*3
この言い回しについて、後書きのおまけにて補足説明あり





〜後書き〜

『マガトとキースの握手は胸アツすぎた…』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


前話の終わりからカイネが人質として使われる流れになるかと思いきや、無理やり脱獄させちゃいました(笑)

この展開は単純にワンダとのくだりを入れたかったという理由もありますが、ここでカイネを弱らせておくことで先の戦いでのハンデになるという目論見もあります。(原作で諌山先生が最強のリヴァイを何とか弱体化させたみたいに…)


次回、ピークちゃんとの絡みもあります♡
(今回で出港しましたが、次回までが【パラディ島内乱編】としています。その次で【天と地の戦い編】に入ります!)


◼︎次回予告:『#50 十字架』

■おまけ
◎ピクシスがカイネたちに毒薬を渡した理由
本編では描けていませんが、ジークの居場所を知るハンジ・カイネ・バリス・ヴォルトの4名には、いざというときのための自決薬として毒薬を渡していました。
状況によって毒薬を使用するか否かは当人たちの判断に任されていたという背景があります。

◎注釈3:「その時はきっと、本来の意味で友達になれるから」
この台詞は、幼少期スピンオフ【進撃の巨人~Another Choice~】『#12 森閑』にて、カイル(カイネ)がアデルに向けて言った台詞を応用させました。
カイネがワンダに見せたブレスレットは、『#12 森閑』の話の中でアデルからもらっています。

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