〜前書き〜
今回は注釈多めです。
これまで様々な場面で散りばめてきた伏線を回収するため、どのシーンに該当するか細かく記しております。
多少文面がうるさくなりますが、何卒ご了承ください。
また、少し長めです。
(1万字を超えてしまいました…)
その分“想い”をたくさん詰め込みましたので、最後までお読みいただけますと幸いです。
↓それでは、本編へどうぞ↓
「これは……“ラガコ村”と
崖下から這い上がってきた謎の煙に身を包まれながら、顔を蒼くしたコニーがぼそりと呟いた。
『ラガコ村』とは、パラディ島にあるコニーの故郷__ジークの脊髄液を含んだガス攻撃により、村人が一人残らず巨人に姿を変えられるという残虐な被害にあった村のことだ。
その事件に関与していたジークから聞き出したやり口は、当時の補給連絡班だったカイネからハンジへ、ハンジから兵団各所へと余すことなく情報共有されている。
故に、コニーの口から発せられたその村の名前に、一同は動揺を隠せなかった。
この時点で、
数名の仲間の“死”が、確定したのだから。
無垢の巨人に変えられてしまっては人間に戻すことは愚か、野放しにしておくわけにもいかない。
もうすでに、彼らには助かる道がない__
あまりにも無慈悲に突き付けられた“死の宣告”にその場の空気は怯えるように震え出し、そこかしこで吐き出される息には悲嘆の色が混ざっている。
光るムカデから放出された煙は上昇気流によって瞬く間に崖を覆い、そこに偶然居合わせたエルディア人も、スラトア要塞に残存するマーレ兵も含めた崖上の人間たちをすべて飲み込んだ。
逃れる手はなかった。
どうすることもできなかった。
そんなことを今更嘆くのは無意味だ__だが時には、現実を受け入れ難い瞬間が誰にだってある。
_己の死を悟り硬直するジャンとコニー
_絶望に打ちひしがれ瞳を黒く染めるガビ
_顎の巨人のうなじの上で目を見開くファルコ
_何をすべきか理解しながらも動けずにいるピーク
そんな風に立ち止まってしまった彼らの思考を動かしたのは、リヴァイの一声だった。
「ミカサ!ピーク!……ファルコに乗れ!ここから離れる!!」
そこに
―“『…九つの巨人を有する者は、俺の脊髄液が体に入っても影響は受けない』”―
思い返したのは、一月ほど前に交わしたジークとの会話。*1
ジークの証言や王政転覆時に判明した事実などから、九つの巨人を有する者とアッカーマン一族は始祖の力による強制的な巨人化の絶対命令に影響を受けないことが判明している。
まだ希望が、人類の未来が、完全に潰えたわけではない。
その微かな望みに縋るように、カイネが瞼を上げると…
バサッ!
リヴァイたちを乗せた
その双翼が炎のように紅く燃える
カイネは真っ直ぐ前を見据え、徐々に遠ざかって行く“
一度も振り返ることなく先へと進んでいく、その
『行かないで』
漏れ出そうになる感情を必死に抑え込むカイネの隣で、ジャンとコニーは肩を寄せ合った。
「これが、俺たちの最期かよ…」
「まぁな、後のことは仲間に託す。それが調査兵団の最期ってヤツだからな」
その声色には様々な感情が渦巻いているように思えた。
寂しさ、憤り、無念、そして__誇り。
それらは言うまでもなく、カイネの心にも宿っていた。
これまで志半ばにこの世を去って行った仲間たちがもしここにいたとしても、同じ感情を抱いていたことだろう。
服毒による寿命よりも先に、戦いの中で逝けるのは兵士として本望だ。
だがしかし、それでも尚消えぬ“後悔”が__カイネは恥を忍ぶように瞼を下ろす。
(できることなら最後に一つ、
目頭が、胸が、じんわりと熱を帯びる。
心の奥底にしまい続けてきた想いが、今にも口から飛び出さんと膨れ上がっているのがわかった。
人間は終わりの時を迎える瞬間、こうも自己中心的になるものかとわずかな当惑を覚えながらも、その衝動を抑え込むようにカイネは胸に掌を押し当てる。
(結局、私は昔から何も変わらない……我儘で意気地なしの
そんな自分が都合の良い未来を望める筈がないと、カイネはどこかで諦めていた。
「!?」
リヴァイと目が合った。
振り返ることはないと確信していた、その彼が__だが確かに、此方を見ている。
カイネの瞳にはその表情までもがはっきりと映し出された。
故に、痛む。
彼が何を伝えようとしているのか、“心当たり”があったのだから__
「兵…長…」
………
…
===== 4年前 ======
「『次の生者に意味を託す』か……エルヴィンさんらしいですね」
「あぁ、まったくだ」
それは、ウォール・マリア奪還後、エルヴィンの幼馴染であるロナウと再会した日の晩のこと。*2
リヴァイから「話がある」と誘われたカイネは、調査兵団トロスト区支部の食堂で静かに紅茶を啜っていた。
ほんのり酸味の効いたフルーティな香りに包まれた空間では、その優雅な味わいとは裏腹に、奪還作戦で獣の巨人と対峙したリヴァイたちが窮地に追い込まれた時の暗く重い会話が繰り広げられている。
獣の巨人を倒すべく、新兵たちを焚きつけるため演説を披露したエルヴィンの__
「人はいずれ死ぬ。どんなに幸福な人生を送ろうとも、岩に体を砕かれようとも同じだ。だが、生まれてきたことに意味がないわけじゃない。託された生者が仲間の死に意味を与える……アイツはそんなことを言っていた」
そう熱弁を垂れる団長、もとい、兄の姿は容易に想像ができた。
カイネはその光景を映し見るように、揺れる紅茶の水面に視線を落とす。
怯える新兵を目の前に一流の詐欺師のように
水面に映ったエルヴィンの背に、遠き日の思い出が幾重にも重なる。
ツンと痛みが広がる鼻腔をそっと優しく撫で去っていく紅茶の馨香に身を委ねたカイネは、口をつぐんだままだった。
それを見かねたのか、リヴァイは声を沈ませながら話を続ける。
「それから……アイツは夢も語っていた。父親から引き継いだ夢だと。それは…」
「知っています。奪還作戦の前に、俺…じゃないや、私はエルヴィンさんに呼び出されて……そこで互いの夢について語り合いました」
被せ気味に淡々と答えるカイネにリヴァイは少し驚きつつも、どこか腑に落ちたように紅茶を啜る。
「…そうか」
「だから、ピクシス司令の言葉はまったくその通りなんだと思います」
「『我儘な男だ』*3と言っていた、あれか?」
「はい。地下室へ行く夢に執着するのも、新兵たちに決死の作戦を強行させるのも、強欲な心の表れです。しかしエルヴィンさんは最後、自分自身という一人の人間ではなく、人類を、仲間を想いやった。エルヴィンさんならそうするだろうと、わかっていました。私の憧れの人は、最後まで憧れの人だった……兵長の話を聞いて、そう確信できたんです。教えていただきありがとうございました」
そう話すカイネの瞳はどこか自信に満ち溢れ、静謐な輝きを放っていた。
その様子に安堵を覚えたリヴァイは、再びティーカップの淵を口に近づける。
少しだけ引っかかっていた違和感を口にしながら__
「…アイツのこと、まだ“兄”とは呼んでやらねぇのか?」
「あ、えっと…」
不意打ちな質問だったのか、カイネはほんのりと頬を染めながら顔を俯かせた。
緩んだ口元をティーカップで隠すように__
「今日、幼少期の記憶を取り戻したばかりですし、その……まだ小恥ずかしいというか、慣れないというか…」
「…そうか」
リヴァイは何を思ったか、カイネから視線を反らす。
カイネもその雰囲気を察してか、近づけていたティーカップの淵にそっと下唇を当てると、音を立てずに紅茶を啜った。
再び沈黙が続く。
しばらくして。
互いに紅茶を飲み終えると、リヴァイが先に立ち上がった。
「アイツに『夢を諦めて死んでくれ』と頼んだのは、俺だ。俺がアイツを地獄へ送り出した。この責任は必ず取る」
「兵長…?」
「だからお前も、何かあったら
そう言って唐突に差し出された手に、カイネは空になったティーカップをそっと渡すことしかできなかったのだ。
===============
…
………
(あなたは今、私に『託せ』と言っている。そうなのでしょう…?)
ファルコの背に掴まりながら此方に視線を送り続けるリヴァイを真正面から見つめ返し、カイネは心の中でそう問いかけた。
『後のことは仲間に託す。それが調査兵団ってヤツだ』
ジャンの言葉が
確かにその通りだ。
“意志”や “願い”は、誰かが引き継ぎ未来へ繋いでいく。
それが唯一、人の“生”に意味を与える手段なのだと、心では理解しているつもりだ。
(だけど、兵長。貴方はもう……
いくつの命が、想いが、その背中に羽を連ならせているだろう?
その重みや、痛みから、解放される日は来るのだろうか?
何度も、何度も、何度も、何度も、貴方は羽ばたいた。
もう、十分なほどに__
(だから私は、
__私が“選択”した道だ。
「兵長…」
カイネはリヴァイの瞳を真っ直ぐ見つめたまま、口を開いた。
悔いがないかと言われれば、正直なところゼロではない。
諦めたくない、諦められない。
最後だからこそ、気持ちをぶつける。
精一杯の、“我儘”を__
『また、
ピカッ……ドドドドドドォォォオオン!!!
………
…
激しい雷鳴と共に、崖上のあちこちで土埃が舞った。
たった一瞬で、その場にいた人間たちの多くが、あられもない巨人の姿に変えられてしまったのだ。
リヴァイは、しかと見た。
巨人化したカイネの姿を、顔立ちから体の節々に至るまで念入りに目に焼き付ける。
戦いの最中、誤ってその巨人を
(アイツは最後、何か俺に伝えていた…)
何を言っていたのかまでは、リヴァイの視力では読み解くことはできなかった。
しかし、カイネの表情には諦めの色が見られなかったように思う。
だからリヴァイは目で追いかけた。
光るムカデに率いられて崖を飛び降りるカイネの巨人を__
「クソ!……ピーク!!」
「わかってるよ、兵長…!」
光るムカデは兵隊(巨人)たちを呼びつけて軍隊を形成し、エレンの元へ驀進を始めた。
それを食い止めるべく鎧の巨人が立ちはだかり、後から巨人化したピークとアニがその応援に入った。
エレンの巨人はアルミンが押さえている状況だが、両者の“進撃”は留まることを知らない。
リヴァイが必死に状況を確認している中、その隣でミカサが頭を抱える。
「うぅ…!」
エレンを倒すことができるのはもう自分たちしかいないのだ__と、リヴァイが喝を入れるも、ミカサは呻いてばかりで返事をしない。
そうこうしている間に、ライナーも、ピークも、アニも、アルミンさえもがエレンらの抵抗に押し負けようとしていた。
もはやこれまでかと、そう思った矢先…
バッ…
先ほどまで丸まっているだけだったミカサが、突然立ち上がった。
「エレンは口の中にいる……私がやる。みんな協力して!」
それを聞いたリヴァイはもう一度だけ振り返り、カイネの巨人を見やった。
無惨なその姿に眉間の皺を濃くし、あの日の“誓い”*4を果たせなかった悔恨に奥歯を食いしばる。
そして、再び前を向き__『せめて報いを』__と、最後の力を振り絞るのだった。
「了解だ、ミカサ!!」
………
…
「行ってらっしゃい。エレン…」
***
ザシュッ!
何かが断ち切られる鈍い音と共に、目の前に懐かしき風景が広がった。
突出した街、シガンシナ区__カイネが立っていたのは、そのシガンシナ区を囲う壁の上だった。
(やけに静かだ……ここはあの世? あれから、私はどうなって…)
不思議なことに、身体の痛みはすべて消えていた。
失った筈の右目も平然とその機能を復活させている。
ふと違和感を覚えて首元に手をやると、髪の長さが足りないことに気づいた。
おそらくこれは850年以前の記憶、だが、
状況を飲み込めずにいると、突然…
ピカッ……ッドォォォォオオオオオンン!!!
街の中心で爆発音が轟いた。
音のした方角に目を向けると、先ほどまでいなかったはずの超大型巨人が姿を現していた。
間違いない__“あの時”だ。*5
何かを確信したカイネは、街の外れにある兵団施設の屋上に視線を移す。
するとそこには、深い失意に沈み込む“カイル・シャルマン”の姿が__
(この時、もうダメだと思った。ハンジさんの隊が
俯瞰して見ると尚更、よくこの状況を打開できたと感心するほどに。
街は壊滅状態。残された数名の兵士だけで立ち向かうなど、無謀にも等しいとさえ思った。
それでも
(そうだ。確か、誰かの声が聞こえて……私はその言葉に背中を押されるように飛び出したんだ)
あの、声*6の主は__
―“「
―“「ハンジさんはまだ必要です!!」”―
見慣れた顔に、聞き馴染んだ声。
今ならその姿をくっきりと捉えることができ、その声も鮮明に聞こえてくる。
出会った当初に戦慄を覚えたその狂気と、つい先ほどまで対峙していたことなど今はさっぱり頭になかった。
その人物が記憶の中に存在することで、カイネの中に“仮説”としてずっとぶら下がっていた違和感が確信へと変わったのだ。
ただその事実が、彼女の心を清々しい感情で満たす。
「そっか……そうだったんだ」
カイネは独り言をつぶやきながら、哀愁の濃い笑顔を浮かべた。
「君だったんだね。あの時、私にそれを伝えに来てくれたのは…」
そうやって優しく語りかけるように言葉を紡ぎながら、ゆっくり振り返ると__
「…エレン」
視線の先にいたのは、兵服姿のエレンだった。
レベリオで再会した時のような髪や髭がだらしなく伸びた彼ではなく、まだ顔立ちが幼く瞳に光が宿っていた頃の風貌をした彼だ。
エレンはカイネと目が合うと、罪悪感にきゅっと目元を歪めながら首を垂れる。
「カイネさん、すみません。俺っ…」
「待って。勿論、貴方は許されないことをした……けど、貴方の罪を咎めるのは私の役目じゃない。そうでしょ?」
「!?……はい。
そう言いながら姿勢を戻すエレンの瞳には、金髪の少年が映り込んでいた。
いつの時代の彼になるか定かでないが、きっとエレンの“心”を救えるのはアルミンだけ。
どんなときも寄り添い、幾度も心に鞭を入れてくれた親友__カイネにもそんな存在がいたからこそ、わかるのだ。
「ならば、私が君と話すべきは一つ……私たちの“共通点”について」
「…やはり、気付いていましたか」
「いいや、確信したのはついさっきだよ」
そう言ってカイネはくすりと笑って見せると、再びエレンに背を向けるのだった。
「それじゃあ、少し歩こうか」
**
壁のへりを歩き始めると、周囲の音がふっと途絶えた。
一瞬、時が止まったのかと思ったが、壁の中では今まさに“カイル”が兵団施設の屋上から飛び出すところだった。
しかしその動きは遅く、超大型巨人が放つ燃える家屋も滞空時間が異様に長いことから、この空間全体の時がゆっくり流れているのだとわかった。
不思議と、生温い風が体を撫でていく感覚ははっきりとしていて、半生以上も前に憧れの人と同じ場所を歩いたのが昨日のことのように思い出された。
「ここ、兄さん……エルヴィンさんとも歩いたことがあるんだ」
「え…」
エレンは少し驚いた瞳を、数歩前を歩くカイネのうなじに向けた。
カイネはその視線を肌で感じながらも、前を向いたまま話を続ける。
「まだ訓練兵の頃、私はこの壁の上で初めて巨人の姿を目にした。エルヴィンさんはそれを私に見せて調査兵団への入団をやめさせようとしてたらしい」
「…俺も、調査兵団に入りたいって言ったのを、ミカサが母さんに言いつけて…」
「誰もがそうするよ。だって……
「……」
エレンは何も言い返せず、バツが悪そうに下唇を噛みながら顔を俯かせた。
カイネは歩く足を止めない__そればかりか、次々に話題を切り替える。
「君と初めて会った日、どことなく自分と似ていると思った。そしたら兵長も、生き別れた兄弟かもなって」
「はは、兵長なら言いそうですね」
「だね。その時はまさかと思ったし、実際本当の生き別れの兄弟はエルヴィンさんだった。だけど、あの感覚は間違いじゃなかったんだ」
「…さっき言っていた、“共通点”ですね」
「うん。審議所で君に触れてから、私は悪夢を見るようになった。とても具体的でまるで目の前で起こっているかのような……あれは、
「俺の、記憶」
「そう。私たちの共通点はつまり…」
「「『進撃の巨人』」」
二人の声が合わさって、風に流されていく。
―“「ユミルの民の特異体質者は、九つの巨人の特徴を体の一部に宿す」”―
イェレナからそう告げられたあの日も、似たような風が二人の間を通り抜けていた。*8
カイネの体に特異体質として潜んでいた巨人は、イェレナが予想した『獣の巨人』ではなく、エレンが身に宿す『進撃の巨人』。
それを裏付ける決定的な根拠こそ、今いるこの“記憶”の空間そのもの。
『進撃の巨人』は自身や継承者の記憶を自由に行き来できる__だからエレンは死の直前、こうして皆の記憶を訪れ、一人一人と対話しているのだ。
その状況までも察したカイネは、解けたわだかまりを一つ一つ口にしていく。
「私の特殊能力である“眼の記憶”は、『進撃の巨人』由来のものだったんだ。だから君の夢を見るし、見たことがない筈の歴代の『九つの巨人』にも見覚えがあった……たぶん、
「!?……流石ですね。何でもお見通しというか…」
「ただの勘だよ。兵長の請け売り」
カイネは冗談交じりでそう言うと、足を止めてくるりと振り返った。
すぐに反応できなかったエレンは至近距離で目が合ったからか、照れ隠しするように一歩下がった。
それから恐る恐るカイネを見つめ返し、丁寧に口を開く。
「俺も……
エレン曰く__すべての記憶が解放されたのは、ウォール・マリア奪還作戦後の勲章授与式にて、ヒストリアの掌に触れた瞬間。
自分以外の記憶や未来の記憶が、ほんの数秒で脳内を一気に駆け巡ったそうだ。
その際、継承者でも血縁者でもない筈のカイネの記憶までもが飛び込んできた。
彼女の凄惨で不遇な過去を見てしまったエレンは、どうしてもカイネに聞きたいことがあったのだという。
「カイネさんの過去は、とても辛いものでした。まだ右も左もわからぬ幼い身で攫われ、奴隷のようにこき使われて、さらには酷いいじめまで……常人なら耐えられるものではありません」
「よくグレなかったなって?」
「い、いえ!その……あなたはそれほどの経験がありながら、道を踏み外さなかった。世界を恨んだりはしなかったのですか?」
「恨んだよ、何度も。深く暗い森の中を彷徨い続けた時期はあった」
「でも、俺みたいに取り返しのつかない過ちは犯してない。俺は、いつから間違ってしまったのでしょう…?」
そう言って自暴自棄になり始めたエレンは、再びカイネから目を逸らす。
それから喉を掠れさせながら、独り言のように憂いを吐いた。
「やはり、俺のような人間は……存在するべきじゃなかった」
「違うよ、逆だ」
「え…?」
思わぬ返しにきょとんとした顔を向けるエレン__すると、エレンの先にいる誰かを見つめるような遠い目をしたカイネが、優しく息を吐く。
「『人は安寧を求めるが故に変革を嫌う』__昔、ここで兄さんに教え込まれた言葉だ。*9普通の尺度で考える人間だけしか存在しない世界では、人類は進化しない。だからこそ、私たちのような存在が必要なんだと……君はもっと、誇っていい。自分自身で世界を変えようとしたことを」
「でも……大勢殺しました」
「うん。ハンジさんは君に解決策を提示できなかったことを悔やんでいたけど、きっとそうじゃない。君は初めからそうしたいという強い願望を抱いていた……違う?」
「…違いません」
「なら、何故そうしたかったのか、どうしてもそうしなければならないと思った“理由”を考えてみて。答えは君自身が持ってる筈だ」
カイネはそう吐き捨てると、エレンの返事を待たずして再び歩き出した。
ウォール・マリアの“境界線”へと向かって__
**
コツコツと一定のリズムで足音を立てるカイネの後ろを、エレンは黙ってついて歩く。
ちらりとシガンシナ区へ視線を向けると、ちょうどエレンの巨人が
あの時はかなりの衝撃を喰らった__と、エレンはその苦い思い出に、言葉にならぬ悔しさをそっと押し隠した。
『何故そうしたかったのか?』
『どうしてもそうしなければならない理由とは?』
だらんと情けなくうなだれる自身の巨人に辟易としながらも、カイネに言われた通りに“道を踏み外した理由”について考えてみる。
(…どうしてかわからなけいど、俺はあんな景色が見たかった。世界を平らにしたかったんだ)
エレンは超大型巨人が通り過ぎた後の踏み荒らされた街に視線を移しながら、どこまでも続く平らな地平線を想像した。
その壮大で美しく残酷で無慈悲な世界に興奮を覚えつつ、湧き立つ感情に不思議と違和感すら覚えない自分にうんざりもした。
(なんとなく、どうしてこうなったか分かった気がする。それはきっと、
そんなことを考えている間に、二人は突出した壁のつけねに差し掛かっていた。
足を踏み入れたのはウォール・マリアを囲う壁__想像し得るその先の光景に、エレンは思わず慌てる。
「ま、待ってください!カイネさん!!その先はっ…」
「わかってる」
「!?……わ、わかってるって……正気とは思えません!あなたはこれ以上、辛い思いをしなくていい!!」
しかし、エレンの必死の呼び止めは、カイネの耳には届かなかった。
「ごめん、変だよね。だけど……
「……」
エレンはそれ以上、引き留める術を見出せなかった。
どうしてもやりたかったことをやり遂げるため歩みを止めぬ彼女の背中へ、ただ尊敬の眼差しを送ることしかできないでいたのだ。
そして、とうとう内地での戦いを眼前に捉えたカイネは、立ち止まって背筋を伸ばす。
「この眼に焼き付けなければならない。兄さんの勇姿を、最後の戦いを……何故なら私は、
そう言って見下ろした先では今まさに、調査兵団が獣の巨人へ向かって特攻をしかけようとしていた。
『うおおぉぉおおぉおおおお!!!』
リヴァイの話に聞いていた通り、こちら側で行われていたのは一発逆転の“決死作戦”。
逃れられぬ死へ自ら飛び込んでいく新兵たちの顔は揃いも揃って血色が悪く、立ち昇る砂埃と同化して見えた。
しかし、奇声を撒き散らしながら走る新兵たちの中心には、ひと際輝く“光”が__
__エルヴィンだ。
その威容な姿に、カイネは高揚した。
胸が高鳴り、呼吸が加速し、体中の毛が逆立つ。
その逞しい背中に目が釘付けになっていると、突然、エルヴィンがけたたましく勇敢なる雄叫びを上げる。
音の聞こえない筈の世界で、その“声”だけは確かに届いた__
『兵士よ、怒れ!!』
「…怒れ」
『兵士よ、叫べ!!』
「…叫べ」
カイネは壊れた人形のように、エルヴィンの言葉を繰り返す。
そして…
『兵士よ、戦え!!』
ドゴォ!!
「っ…!」
エルヴィンの脇腹に風穴が空いた。
一瞬にして肉を抉り取り、食らった人間を確実に絶命に至らせる獣の巨人の投石は、悪夢そのものだ。
成す術もなく倒れゆく兄の姿を目の当たりにしたカイネは、嗚咽しながらその場に泣き崩れる。
「うぅっ……うあぁ!……兄さっ……兄さん!!」
口元を押さえつける手は震え、指先はぎゅっと頬にめり込んだ。
胃が何度も裏返り、筋が伸びた脇腹に痛みが走る。
わかっていた筈なのに、覚悟をしていた筈なのに、いざその瞳に映ると辛い__辛い。
(私は
この記憶の中で、カイネはどこかわかっていた。
自分はまだ死んでなどいないのだと__再び過去を乗り越え、未来を生きるのだと。
だから“記憶”という名の歴史から目を背けず、何があろうと前を向かなければならない。
決意を胸に、再び顔を上げる。
すると、そんなカイネの耳元にもう一つの声が届いた。
最後まで希望の光を灯し続けたエルヴィンが、死に際に放ったであろう一言が__
「
その瞬間、過去の記憶は霧となり、二人の目の前から消え去ったのだった。
**
しばらく泣きじゃくったのち、カイネはスッと立ち上がった。
「エレン。私がここで泣いてしまったこと、兵長には言わないでくれる?」
「もちろんです」
「…ありがとう」
お礼を言いながら最後の涙を右手で拭うと、自身の身体が透け始めていることに気づいた。
カイネは振り返ってエレンと向き合う。
「そろそろ、かな?」
「…はい」
「私の質問の答えは、アルミンに伝えてあげて」
「…そうします」
「君と話せてよかった」
「…俺もです」
「それじゃあ…」
そして、最後に__満面の笑みを浮かべながら別れを告げるのだった。
………
…
***
___現世にて。
「あれ…?」
意識が戻ったカイネは、咄嗟に右手で額を撫でる。
傷口が見当たらない__それどころか、服毒によってズタボロになっているはずの内臓も、どこも痛みが出ていない。
『生まれ変わった』という言葉が当てはまるほどに、カイネの体はすっかり元通りになっていたのだ。
その理由は明らかだろう__一度巨人化したのちに、人間の姿に戻ったから。
この世から“すべての巨人”を駆逐する。
それがエレンの夢だった。
カイネたちが今いるのは、その
「エレン、君は本当に…」
すでに遠くへ行ってしまった友へ敬意を示すように、カイネは空を見上げた。
その朗らかな気持ちに呼応するように、彼女を優しく包み込んでいた霧が晴れていく。
そして、カイネはもう一度、エレンに別れを告げるのだった。
「
………
…
これが、この戦いの“結末”だ。
だが、
それは…
13年後__とある“家族”の話。
―【 続く 】―
〜後書き〜
『ただ書いて、投稿して、また書く…』
…どうも、著者ですッ(´-ω-`)
長かったでしょうに、
ここまでお読みいただき心から感謝申し上げます!
とうとう、原作【進撃の巨人】に該当する話はほぼ書き切りました。
前書きにも書きましたが、本作にはこれまでたくさんの“想い”を詰め込んでいます。
読者の皆さまとこの小説を通して、進撃の巨人に対する“想い”をキャッチボールしてこれたことが、著者にとっては何よりの幸せです。
ここまでお付き合いくださりました皆様、本当にありがとうございました。
…しかしながら。
“カイネ・スミス”の物語には、まだ続きがあります。
また、本作における真の“もう一人”に関するお話もあります。
残り2話、最後までお付き合いくださりますと光栄です!
◼︎次回予告:『#54 結末』 (完結まで、残り2話!)
※またまた最終回のようなサブタイトルですが、本作の最終回はその次の55話目になります!