〜前書き〜
冒頭は【天と地の戦い】における結末の続きを少しだけお届けします。
また、今回はカイネの“夢”が叶う回です。
(詳細は後書きで説明します)
この先の話はIF要素が多く含まれますが、本作がサイドストーリーの位置づけであることはこの次の最終話をお読みいただいた時におわかりいただけるかと…!
そのため、一旦はIF物語にお付き合いくださりますと幸いです。
↓それでは、本編へどうぞ↓
#54 結末
___【天と地の戦い】
___その、結末。
「
息を吐くように呟かれた別れの言葉は誰に届くでもなく、ただ薄れゆく霧の中にぼやけていった。
ひっそりと込められた謝意を、優しく包み込んだまま__
しかし、ぼやけていたのはそれだけではなかった。
ぐらっ…
「おっと…」
人を探すためその場に立ち上がったカイネは、バランスを崩して転びかける。
なんとか膝をついて転倒は免れるも、視界がぐらついて仕方ない。
先程まで濃い霧に包まれていたが故に気付かなかったのだ。
“視界”が、淡く滲んでいることに__
カイネは不鮮明になった輪郭に少し酔いかけながら、クスっと静かに微笑む。
「本当に成し遂げてしまうとは……エレンはこの世から、
そう。エレンの夢は、この世から“すべての巨人”を駆逐すること。
それはつまり、『巨人の力』をすべて
そのため、カイネの体の中に宿っていたユミルの民由来の特殊な体質も、人間の姿に戻る際に消え去ってしまったのだろう。
空を自由に舞う、霧と化して__
「ふふっ……はは」
あまりに豪快で極論的な結末に、カイネは笑うしかなかった。
もう一度立ち上がろうとして、地面の一点を見つめ焦点を合わせていると…
『お前はよくやったよ、
『ここが、あなたの言っていた“結末”なんだね』
「!?」
誰かにそっと語りかけられた気がした。
ゆっくり顔を上げると、そこには__
「アデル……イルゼ……みんな…!!」
霞む視界でその姿はハッキリ捉えられずとも、目の前にいる彼らが誰なのかはすぐに見当がついた。
カイネの元へ会いに来たのは、95期の面々__さらにその後ろには、これまでに散って行った調査兵団の仲間たちや幼少期を共に過ごした家族も顔を並べている。
アデル、イルゼ、ヘイター、セト、カティ、ニコ、ヴィド、リリー、ガール、モサド、ナギア、ベッツ、ルドルフ、ネフェルにメアリ、それから顔を見たことのない母ハイネとその隣にはほとんど記憶の無い父親の姿も。
さらに、その死に立ち会うことのできなかったマチルダやアンカまで__
「っ……」
堪える。
涙なら
カイネは口の端にくっと力を入れながら、スッと背筋を伸ばすように立ち上がった。
「そう、ここだよ。ここが……私が
誰もが虜になった可憐な瞳を潤ませ、屈託のない笑みを浮かべる。
固く結ばれた拳を胸に強く押し当て、敬意を示すとともに感謝の気持ちを贈る。
すると__
バサッ…
小さな鳥の影がカイネの頭上に落ちた。
「“
太陽の光を吸収し金色に輝く翼が描く軌跡を目で追うように、カイネは振り返る。
その時…
「…カイネ」
今度は
その相手は焦点を合わせずとも、姿が見えずとも、わかる__
「兵長!!」
一番聞きたかった声に安堵を覚えたカイネの足には、いつの間にか力が漲っていたのだった。
**
カイネは一目散に駆け寄ると、すぐさまリヴァイの足元にしゃがみ込んだ。
その頬に伝う
「足は痛みますか!? こんな状態で戦闘を続けていたなんて……早く止血しないと!」
巨人に噛み砕かれたリヴァイの足は、見る者の顔を歪めるほどに酷い。
その怪我の具合に我を忘れたカイネは挙動不審に辺りを見渡す。
「ど、どこか安全なところへ!私が担いでいきますから!」
「…平気だ。それより…」
「このままでは悪化してしまいます!応急処置を急がないと!」
「…オイ」
「戦闘中、血も吐いていましたよね? 体の方はっ…」
「聞け。カイネ」
ぐいっ…
リヴァイは少しだけ声を強めると、カイネの体を強引に引き寄せた。
勢いに流されるままリヴァイの体に重なったカイネは、胸元にうずまった頬を赤らめる。
彼の“生き方”そのものが滲むような清潔で優しい香りと共に、その息遣いが、鼓動が、肌を通して直接伝わってくる。
その心地良さに、自然と瞼が下りる。
そして、次第に整っていく呼吸を一つ、また一つと置いてから、震える唇をやっとのことで動かした。
「…ようやく、終わったんですね」
「あぁ。だから、もう……
「!?」
途端、カイネの目から大粒の涙が零れる。
ぽろぽろととめどなく、流れては落ち、流れては落ち。
その一粒一粒が、彼女の心を映すように様々な色に光り輝いた。
友を失った悲しみ、不安に満ちた心、世界への憎しみ__それらすべてを洗い流すように。
スッ…
涙が溢れ止まらぬカイネの頬に、リヴァイの手がそっと添えられた。
決して大きくはない、だけど何でも包み込んでくれそうな、その手が。
誰よりも多くを失い、誰よりも多くを切り開いてきた、その手が。
穢れのない、温かくて純真な、その手が__
「俺は
「…はい」
「すまん。約束は……果たせなかった」
「いいんです。結果は誰にもわからないのでしょう?」
「…だからお前は託さなかったのか? 俺にはそう見えた」
「『また、あとで』と……その通り、こうして再び会えました」
「あぁ。……それからカイネ、もう一つ聞いて欲しい」
「はい…」
リヴァイはカイネの返事を受けると、目線を少しだけ上げた。
まだその傍らでカイネを見守り続けていた
そして、新たなる“誓い”を立てるように__
「俺は、お前のことが…」
………
…
***
___13年後。
___元マーレ大国、北東の港町にて。
【天と地の戦い】と呼ばれたあの日から、13年が経過した。
8割の人口と多くの国を失った世界は、癒えぬ傷跡に苦しまされながらも、徐々に復興の輪を広げつつあった。
巨人のいなくなった世界は少しずつ、平穏を取り戻していたのだ。
それは、とある“家庭”でも__
「お母さん、おかわりー!」
元気な発声と共に勢いよくスープ皿を突き出したのは、年の頃十ばかりの少女。
黒曜石のように硬質な光沢を帯びた髪が、ピシッと伸ばされた腕からさらりと滑り落ちた。
額を引き締めるように整えられた眉先がきゅっと上を向き、顔の中心に大きく携えた藍鼠の瞳を微かに煌めかせる。
まだあどけなさの残る顔立ちにしては、大人顔負けの荘厳さを纏った眼差しが印象的だ。
そんな少女の母親は、娘の気迫に圧倒されるように眼鏡を押し上げる。
「今日は朝からずいぶんとよく食べるのね」
「たくさん食べて強くなるの!あいつらに、負けないくらいに…」
「あいつらって?」
母親は鍋の元まで行きスープをよそいながら、少女の話を背で聞いた。
少女は沸々とした気持ちを拳で握りしめるように興奮気味に話す。
「ルイスたちよ!あいつら、私が女だからっていっつも弱い者扱いして……ほんと、嫌になっちゃう」
そう言って頬を膨らませた少女がまだ床につかない足を机の下でばたつかせると、隣に座っていた父親が眉を顰める。
「
「あ、そうだった。ごめんなさい、お父さん」
「それはそうと……どこのどいつだ? お前をいじめてる奴は」
「へ…?」
少女が先ほどまでキリッと吊り上げていた眉毛を真逆に垂れ下げると、それに相対するように父親は眉間の皺を濃くした。
「ガキだろーが関係ねぇ。そいつには人付き合いってもんを教えてやる」
「お父さん、眼が怖い…」
いつもなら冗談交じりに話をする父親の核心へ迫る言い草には、過去の偉業の影がちらついていた。
委縮した少女は母親に助けを求めようと視線を送るも…
「ほどほどにしてあげてくださいね?」
「お母さん、眼が笑ってないよ…」
どうやら今この場には、冗談の通じる大人はいないようだ。
そう察した少女は母親から黙って皿を受け取ると、音を立てないようにスープを口に流し入れるのだった。
食卓にはしばらく、静かな空気が流れた。
先程までピリついていた父親も、今は紅茶を片手に机の上に広げた朝刊の新聞紙に緩やかな視線を落としている。
食器を片し終え再び椅子に腰かけた母親はカチカチと心地の良い音を立てながら、編み物の続きに勤しんでいる。
「ねぇ、お母さん。それ何を編んでるの?」
「“ショール”よ。あの子たちの結婚祝いに贈ろうと思って」
「へぇ~……ん? あの子たちってもしかして……ガビお姉ちゃんとファルコお兄ちゃん!?」
「そう、今度式を挙げるって手紙が来てたの。勿論あなたたち二人も招待されてるよ」
「ほんと!? やったね、
いつの間にか子どもらしさを取り戻していた少女は、正面に座っていた少年に嬉しそうに話しかけた。
しかし、名前を呼ばれた少年は…
「……?」
どこか上の空のまま、パンを小さく千切っては口に運び続けている。
少しの間反応を待っていると、少年がパンから視線を移した先は少女ではなく母親だった。
「…母さん、結婚ってなに?」
まっすぐに下りた栗毛の前髪の隙間から、母親とよく似た翡翠色の瞳が顔を覗かせる。
切れ長の目には余白が多く、ぼうっとしているようで隙を見せない鋭い眼光は父親譲りだ。
七つになったばかりの声音とは思えないほどにどこか冷徹さを帯びた物言いは、大の大人がたじろぐことも稀ではない。
しかし、それに慣れ切った母親は、少年の頭を優しく撫でながら答える。
「家族になることだよ」
「…家族に、なる?」
「私たちのようにね」
「ふーん……そっか」
興味があるのかないのか__少年は曖昧に返事をすると、再びパンを千切り始めた。
少女は自分が無視されたことに少しムスっとした様子で、時間をかけて食事する少年を薄目に見る。
…と思えば、突然何かを思い出したように目を見開いた。
「あ、そういえば!!昨日、ルイスたちがあなたの姿を見て『ちびっ子ギャングが来た!』って怯えて逃げていったけど……ハンジェス、まさかあいつらに何かした?」
「…別に、何も…」
少年の素っ気ない返事に、少女はいよいよ立ち上がる。
「何もって、そんなわけないでしょ!? ギャングよ、ギャ・ン・グ!……お母さん!ハンジェスが悪い子になっちゃう!!」
「ち、…ちびっ子……ギャング…」
必至に訴えかける少女の視線の先で、母親は何故か笑いを堪えるように言葉を詰まらせた。
さらに、ちらりと父親の顔も窺っていたのだ。
「オイ、何だ。どうしてこっちを見る」
「ふふっ…ハンジェスは誰に似たんでしょうね?」
「え、なになに? お父さんも
「……」
少女の悪意のない問いが父親に突き刺さる。
その雰囲気を察してか、母親は機をみて子どもたちを急かした。
「二人とも。そろそろ学校に行く時間よ」
「あ、ほんとだ!ハンジェス、早くお皿片付けて!」
「…はーい」
**
それぞれ独自のファッションセンスを持つ姉弟は、毎朝互いに異なる
_洗面所へドタバタと駆けて行き、おめかしに夢中になる少女。
_クローゼットへとてとてと歩いて行き、クラバットを手に取る少年。
身支度は自分でできるよう教育していたのもあり、この時間は子どもたちの好きなようにやらせている。
しかし、今日はいつもと少し違うようだ__
「ねぇ私の整髪料知らない!? あれがないと決まらないの!」
忙しく足音を立てながら切迫した表情で戻って来た少女に対し、答えたのは父親だった。
「いつも髪に塗りたくってるアレか? それなら、昨日洗面所を掃除した時に戸棚の中へ…」
「え、お父さんまた掃除してたの!? まだ新しい“義足”に慣れてないんだからあまり無理しちゃダメよ!」
食い気味に言い返され、父親は僅かに動揺を見せる。
「…あ、あぁ」
「で、どっちの棚だっけ?」
「右の戸だ」
「右ね!わかった!!」
少女は場所が確認できると、踵を返して洗面所へ戻って行った。
嵐のように過ぎ去っていく娘に目を丸くする父親__そこに、母親がくすりと笑いかける。
「あの子なりにこだわりがあるみたい。掃除も大概にしなきゃですね」
「…肝に銘じておく」
ようやく一段落ついたかと思いきや、今度はのんびり足の少年が悩ましい表情で母親の元へとやってきた。
「母さん…」
「何? ハンジェス」
まだ母親の腰辺りまでしか背丈の無い少年は、裾をくんと引っ張りながら上目遣いで尋ねる。
「僕の
母親は困った__何故なら、彼の探し物はすぐ目の前にあったのだ。
「えっと……ハンジェス、
「…あ、こんなところに」
少年は頭上に括っていたゴーグルの形をした眼鏡を両手で触って確かめると、それを首元までズリ下げた。
いつもの定位置__それがないと落ち着かないらしく、もはや彼の体の一部と化している。
少年は眼が悪いわけではないが、やけにその
こうして、一悶着はありつつも、子どもたちは各々準備を済ませたのだった。
**
出発前。
身支度の最終確認はいつだって父親だ。
「エルヴィア、食べた後は口元を拭け」
「んぁーい…」
少女の口元が、角が綺麗に整えられた白いハンカチで優しく拭われる。
「ハンジェス、襟は端からきちんと折れ」
「…うん」
少年の襟元が、慣れた手つきでピシっと綺麗に折り曲げられる。
出発時刻を迎え、母親も見送りのために編み物の手を止めて席を立った。
その時、少女が唐突な疑問をぶつける。
「お父さんとお母さんは、昔『すごい人』だったんだよね?」
「え…」
「私たちもお父さんやお母さんのようになれる?」
何故急にそのようなことを思ったのか__その理由を探るため少女の視線を追うと、暖炉の上に飾ってあった“写真”に行き着いた。
それは10年前、パラディ島へ和平交渉に向かう船を見送る際に、連合国大使を務めるアルミンたちと肩を並べた一枚だった。
産まれて間もない少女は写真の中で母親の腕に抱かれている。
母親は眼鏡に映る懐かしき記憶に目を細めながら、子どもたちを真っ直ぐ見つめ返した。
「エルヴィア、ハンジェス。おいで…」
子どもたちは母の優しい眼差しに吸い寄せられるように、差し出された手を自然と取った。
胸の奥から送り出された温もりが、無償の愛を
「『エルヴィン・スミス』『ハンジ・ゾエ』……
その言葉に、少女は顔をぱあっと明るくさせた。
朗らかな朝日を連想させる笑顔で__
「私、強くなる!誰にも負けないくらい……ハンジェスにだって負けないんだから!」
「…いや、お姉ちゃんは僕が…」
少年は何か言いかけるも、父の視線にいち早く気づき、その先の言葉を飲み込んだ。
父親はいつになく真剣な眼差しを向ける。
その
「お前たち。威勢がいいのはいいが……勢いに身を任せるのは危険だ。慎重に、悔いの残らない方を選べ」
「はい…!」
少女は光を集めた瞳を揺らしながら答えた。
そして、気持ちを切り替えるように、少年に向かって目配せする。
「それじゃあ行こうか、ハンジェス」
「うん」
「お父さん、お母さん……行ってきます!」
二人は手を振った__少年は小さく控えめに、少女は大きく大胆に。
そうやって前を向き、堂々と未来へ進む子どもたちの背中は何とも逞しい。
キィ…
開かれた玄関の戸から太陽の光が差し込み、二人の姿が霞んでいく。
その眩しさに幾つもの記憶が重なる。
彼らはいつだって傍にいた__これまでも、これからも。
だから母親は今日も、子どもたちを笑顔で見送るのだ。
まだ見ぬ彼らの“結末”に、想いを馳せて__
「行ってらっしゃい。二人とも…!」
―【 続く 】―
〜後書き〜
『ガビとファルコはあのままくっつくのだろうか…?』
…どうも、著者ですッッ(´-ω-`)
第54話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
原作ではほとんど描かれていない“その後”の一幕、いかがでしたでしょうか?
25歳になったガビとファルコを勝手に結婚させてしまいましたが、実際のところどうなんでしょうね。
本当はもっと詳細に、他のキャラたちのその後も描きたい気持ちもありましたが、本作では主人公にのみフォーカスを当てさあせていただきました。
最終回のような終わり方をしましたが、まだもう一話だけ続きがあります。
そちらがいわゆる『TRUE END』です。
次回、“彼”が、帰ってきます…!
※ヒント:『#42 W・M奪還作戦⑤:再会』のどこかにある意味深ワード
◼︎次回予告:『#55 あの日の夢に向かって』(本作、最終話!!)
※最終話の更新日:2026年8月29日(土)
■おまけ
◎カイネの夢が叶った件について
カイネ(=カイル)の夢は、本作『#37 夢と願い』にて語られていました。
37話の後書きでも物語のエンディングでその夢が叶うと記載しておりましたが、今回の話がその回収回となります。
◎リヴァイの足について
本編の中で“義足”であることが触れられていますが、こちらもIF設定となります。
【天と地の戦い】から数年後、義肢(プロテーシス)の技術が普及し、リヴァイは車椅子生活を卒業したという想定です。
なんか……義足兵長、カッコよくないすか。(…という不純な動機)
◎エルヴィアの整髪料について
彼女は毎朝、お気に入りの整髪料を使って前髪を整えています。髪型をピシッと決めるのはルイスたちに舐められたくないからです。
◎ハンジェスの眼鏡(ゴーグル)について
これは和平交渉の数年後にカイネとリヴァイがパラディ島をおずれた際、ヒストリア女王から預かった仲間たちの遺品の中に入っていたハンジの予備の眼鏡(ゴーグル)です。