___入団式から1週間後。
「本日の訓練はここまでとする!だが、まだ解散はしない!全員、教壇の前へ整列せよ!!」
槍の雨のように鋭く降り注いだ命令を受け、カイルたち訓練兵は駆け足で教壇の前へと向かう。
壇上には一人の訓練兵が長い棒のようなものに縛り付けられており、その隣にサトリッジが立っていた。
「本日、この者ヘイター・ノックベルトより“除隊”の申し出があった!これより、その是非を問う!!」
除隊とは、兵士になるための資格を放棄し、訓練兵団を退団することだ。
ヘイター・ノックベルト__95期生の中でも特段目立つ者ではなかったが、ここ数日、訓練所での指導方針に懐疑的な態度を示していたらしい。
その瞳には反発心の色が見受けられる。
しかし、彼の心情などお構いなしに、鬼教官はもっともらしい正論を突き付ける。
「貴様ら兵士を育て上げるために王政が莫大な資金を注ぎ込んでいることは周知の事実。兵団の資金というのは言うまでもなく、民から徴収された税によって賄われている。故に、正当な理由もなく除隊を申し出ることは、王政や民への冒涜に値するのだ!よって、兵団としても簡単に脱落を認めるわけにはいかない。除隊をするにも、それ相応の“覚悟”が必要だ!そこで、私の指導する95期生には
「「!?」」
唐突に提示された残虐非道な条件に、訓練兵一同はざわついた。
すると、サトリッジはヘイタ―の元を数歩離れながら、教壇前に薄く広がるどよめきを諫めるように鋭い視線を向ける。
「もちろん、最後は教官である私からも
勢いよく吐き出された怒号が、訓練所の裏に佇む小山に跳ね返る。
歳月が練り上げたほうれい線やへの字に歪んだ口元が、どんな反論も受け付けぬことを主張しているようにも見えた。
その威容に、慄く訓練兵たち__
「オイオイ、それはさすがに虐待ってやつじゃねぇのか?」
「うん。それに、私たちまで加担させられるなんて…」
「これって、つまり!……どういうことですか?」
「ヴィド、お前は黙ってろ。余計ややこしくなる」
しかし、そんな彼らの困惑をも一蹴するかのように、サトリッジはさらに声を張り上げる。
「これは決定事項だ!異論は認めない!!すでにこのノックベルトも承知の上だ!貴様らはこやつの覚悟を踏みにじるというのか!?……順番は問わない!覚悟のできた者から壇上に上がれ!最初にノックベルトへ制裁を与える者は誰だ!?」
荒んだ野太い声が訓練場にビリビリと響き渡った。
すると、最前列に
誰一人として前に出ようとしない__立ち位置的に集団の意識が自分に向いていることは、馬鹿な彼女ですら察せられるものだった。
ニコがガタガタと肩を震わせ始めた時、
スッ…
後方から一人の訓練兵が前に出た__カイルだ。
「ほぅ、シャルマンか。貴様は何を考えているか読めない節があるが、非情な決断を下すのは早いらしい……気に入ったぞ!」
珍しく訓練兵を褒め称えたサトリッジだが、その期待はすぐさま裏切られることになる。
返事もせずヘイターに近づいたカイルが、あろうことか、縛りつけていた縄をほどき彼を立ち上がらせてしまったからだ。
その不可解な行動に、サトリッジは額の血管を浮き上がらせる。
「おい、シャルマン……貴様、何のつもりだ?」
しかし、ギラついた目に睨まれようとも、カイルは気に留める様子もなかった。
それどころか、ヘイタ―の耳元に顔を近づけたかと思うと、ぼそっと耳打ちをした。
「
「…え?」
次の瞬間…
ドゴッ!
カイルは目にもとまらぬ速さで、ヘイターの腹に“膝蹴り”を喰らわせたのだ。
_気絶し、その場に倒れ込むヘイター。
_思いもよらぬ展開に、あんぐりと口を開けるサトリッジ。
_状況を飲み込めず、その場に立ち尽くす訓練兵たち。
一瞬、訓練場の空間だけ時が止まったかのように思われたが、次に発せられたカイルの一言で再び時が動き出す。
「…これで、
「よ、4人目?……何の話だ、シャルマン」
「俺が『一撃でのした相手の数』です。どうやら俺は、体術に長けているようでして、相手の急所が
「…そうか。それは見上げたものだな。しかし、せっかくの除隊の儀式を台無した罪は重いぞ」
口の端をひくつかせたサトリッジが責め立てるも、カイルの顔には反省の色が見られなかった。
「俺はこんな貧弱者のために、他の優秀な訓練兵たちの鍛錬の時間を割くには値しないと考えます。全員から制裁を与えるより、
「なっ!? 貴様、上官の取り決めに対して異議を唱えるつもりか? た、確かに貴様の言い分にも一理あるが……まずは上官への礼儀というものをっ…」
いつもの説教が始まろうとした、その時…
「おーーーー、やってるやってるぅ!あ、サトリッジ教官!お久しぶりです~!」
一人の女性兵士がその場に現れた。
彼女の登場に対し、
「きき、貴様は……
耳を疑うほどの“どもり”を披露したのは、先ほどまで顔を強張らせていたサトリッジだ。
「…え、ニワトリ?」
「鶏肉!?」
ニコとヴィドのボケが共鳴するも、訓練兵たちはそれに突っ込む余裕などない。
そんな状況を生み出した女性兵士は、手を振りながらこちらへ歩み寄ると、その勢いのまま教壇に上がった。
「今日は一つ、サトリッジ教官に頼みがあって来まし……って、うえぇえ!? 何この状況!えっ、ちょっ、この子っ……大丈夫なの!?」
倒れ込むヘイターを見て驚く女性兵士に対し、カイルが淡々と答える。
「大丈夫です。峰打ちで気絶しているだけなので」
「そ、それは果たして『大丈夫』と言えるのかな……えっと、君は?」
「第95期訓練兵、カイル・シャルマンです」
「おぉっと!? ん…ヴォッホン!(咳払い)……やぁ、カイル!
「久し…ぶり?」
「今日は君のことで来たんだ。もちろん、エルヴィンさんも一緒にね!」
「え、エルヴィンさん!?」
あからさまに声を弾ませるカイル__よく見ると、その女性兵士の胸元の紋章は調査兵団のものだった。
(入団式の日にエルヴィンさんが『世話役の兵士』を紹介するって言ってけど……まさか、この人が?)
カイルがそんなことを考えていると、怪訝そうに眉を顰めたサトリッジが口を挟む。
「奴もここに来ているのか……して、一体何用だ? ゾエよ」
「我々が本日こちらへお邪魔したのは、このシャルマンについてです。
「うむ、よかろう。すぐに行く!……シャルマン、先にゾエと教官室へ向かえ」
「はっ!」
サトリッジから指示を受け、カイルは呆然と立ち尽くす同期たちを横目に教壇を降りた。
この時、女性兵士に並んで歩くカイルの足取りは、やけに浮足立っていたのだった。
**
教官室へ向かう途中。
突然、目の前を歩いていた女性兵士が、止めていた息を吐き出すように動揺を露わにする。
「うはぁ~~!あ、危なかったぁ!!君とは“旧知の仲”っていう
「あの。貴方はもしかして、エルヴィンさんがおっしゃっていた…」
「私はハンジ・ゾエ。君の『世話役』だ!詳しくはエルヴィンさんから話があると思うけど……とにかく、これからよろしくね!」
「…はい。よろしく…お願いします」
何やら不安げな声色で返事をしたカイルは、少しだけ顔を俯かせる。
その瞳に映っていたのは、教室の前方で手を握り合う
***
___数分後。
教官室の隣にある小部屋に入ると、ソファに腰掛けるエルヴィンの姿があった。
ハンジは駆け足で追いついてきたサトリッジと共に教官室へ入って行ったため、カイルはエルヴィンと二人で待機することになったのだ。
「カイル、訓練は順調か?」
「はい!おかげさまで、何とかやれています!」
「そうか。サトリッジ教官は鬼畜で有名だが……先ほど、ハンジが挨拶に行ったときの様子はどうだった?」
「…まるで
カイルが不服そうな顔で答えると、エルヴィンは少し砕けた表情を見せる。
「ふっ…君も言うようになったな。ハンジを君の世話役に起用したのは、あの鬼教官を
「わかりました。何から何までありがとうございます。一度、命を救われた身でありながら、こうしてまた助力いただけるとは……なんとお礼を言ったらいいか」
「君をここへ導いたのは私だ。ただ、自分の責務を全うしているだけさ。気にすることはない」
「しかし…」
コン、コン、コン…
ノック音と同時に扉が開かれ、二人の会話は遮られてしまう。
部屋に入ってきたのは、サトリッジとの話し合いを終えたハンジだ。
「ふぅ…話はつけて来ました」
「随分と
「えぇ、まぁ。何を話しても疑われないので、逆に手応えがないと言うか…」
それを聞いたエルヴィンはカイルと顔を見合わせたのち、ハンジに話し合いの結果を尋ねる。
「それで、『部屋』と『兵服』についてはどうだ?」
「もちろん、問題なしです!」
そう言ってハンジは嬉しそうに、親指をぐっと立てるハンドサインをして見せた。
「よくやった。……では、私は先に馬車で待つ。後は頼んだぞ、ハンジ」
「はっ!」
エルヴィンはそう言い置くと、そそくさと部屋を出て行ってしまう。
「あ、待…」
大きな背中を追いかけるように差し出されたカイルの手は、ハンジに掴まれてしまった。
ガシッ…
「よし、君の『新しい部屋』を案内するよ!ついて来て!!」
「ち、ちょっと…!」
返事を待たずして勢いよく走り出すハンジ__カイルはその強引さに戸惑いながらも、目の前で揺れる
**
カイルが連れて行かれた先は、男子寮の角に位置する小部屋。
そこには小さな机とベッドだけが置かれており、どことなく
ハンジの話によると、そこは病気にかかった者を大部屋から隔離するための部屋の一つで、今回特別にカイル専用の部屋として貸し出してもらえることになったという。
「ここが君の個室だ!ちょっと狭いけど……これで安心して着替えもできるだろう」
「ありがとうございます。それにしても、俺だけこんな特別扱いが許されるなんて……よくあのサトリッジ教官が首を縦に振りましたね」
「あぁ、それは君が
「大部屋にいられない理由? 一体、どんな?」
「ふふーん、名付けて……『いびきトラウマ症候群』だ!」
「……は?」
思わず顔をひきつらせるカイル__だが、空気の読めないハンジは、真剣な顔のまま説明を続ける。
「君は他人のいびきを聞くと極度の錯乱状態となり、『いびきの発生源を根絶せよ』という使命に囚われてしまう。しまいには、枕を武器に夜な夜な寝込みを襲い暴れ回る“怪物”へと変貌する!!……ということになりかねないので、個室を用意してください!って言ったら、あっさりOKだってさ!」
「…もっと、マシなのなかったんですか?」
「うぇえ!? 名案だと思ったんだけどなぁ…」
「どこがですか。他の同期たちにも同じ理由を説明しなきゃならない俺の身にもなってくださいよ」
カイルが鋭く突っ込みながらジト目で睨みつけると、ハンジはカイルの顔の前でひらひらと手を振りながら自分のことを指差した。
「もしもーし、カイル君? 私。一応、先輩」
「…あ、そういえば。エルヴィンさんがおっしゃっていた『兵服』については、どういったお話なんですか?」
「うん、見事な
「布を巻いて隠しています」
「布!?…く、苦しくないの?」
「正直、苦しいです」
「…だよね。君のその
「さぁ…生まれつきですかね」
カイルがあまりにも態度を豹変させたためか、ハンジは思わず吹き出してしまう。
「ぷっ…あははは!君、面白いな!エルヴィンさんがいなくなった途端、そのツンケンした感じ!いいねぇ、いいよぉ~…攻略し甲斐がある!今日が初対面だけど、君にかなり興味を持ったよ!!もっと知りたいなぁ~〜君のこと!」
早口で言葉をまくしながら、鼻息を荒げ興奮気味に詰め寄るハンジ__カイルは右の掌を突き出し、それを制止した。
「ハンジさん、怖いです」
「うん、ゴメン。……と、とにかくだ!これから授けるのは他でもない!君のために私が考案・開発した、胸元の
「名付けないでください」
「ひどい!カイルのケチ!!…ま、いいや。君の体のサイズを把握していなかったから、まだ試作段階なんだけど……これ、ちょっと試着してみて!」
「はぁ…」
何やら怪しみながら
………
…
「うん、良い感じだね!さらにその上から普通にシャツを着ると……ほら!違和感ないだろ?」
「…本当だ。それに、布を巻くより苦しくない…」
「それはよかった!じゃあ、あとは微調整のために〜……あ、ちょっと失礼するよ?」
「構いません」
ハンジは断りを入れてから、カイルの上半身を何箇所か計測する。
………
…
「これでよし!あとは念には念を入れて……じゃじゃーーん!ジャケットの方はこうやって、フックで
シャツの上からさらにジャケットを羽織ったカイルは、少し体を動かしてその着心地を確認する。
ハンジの言う通り、ジャケットは何の阻害もストレスもなく、体の動きに調和していた。
「わぁ…すごいや。どこでこんな技術を?」
「へへっ、人体の構造については常日頃から興味関心を持っていてね。片っ端から色んな文献を漁っているよ。それらの情報から着想を得て、あとはひたすら試行錯誤さ!」
「つまり、独学ってことですか?」
「まぁ、そういうことになるかな……私はね? 何でも気になってしまうんだ。そのモノの構造・仕組み・存在意義まで。世の中わからないことだらけだ!だから、とにかく調べて調べて、調べ尽くす……わからないことがあれば、わかればいい!!それが私の
この時、わざとらしくも両手を広げたハンジの姿は、少しだけ格好よく見えた。
「わからないことはわかればいい、か……やっぱり
「ん…辛辣ぅ!」
「冗談です。確かに、初めはハンジさんの変人っぷりに一歩引いてしまいましたが……その飛躍的な発想力と知識や技術の体得に貪欲な姿勢は、純粋に尊敬できます」
「へ……あ、ありがと」
ハンジは褒められ慣れていないのか、小恥ずかしそうに頭を掻いた。
その様子に、カイルが初めて笑顔をこぼす。
「貴方はおそらく、人にはない特別なものを持っている。エルヴィンさんが貴方を世話役に選んだ理由がなんとなくわかった気がします……
それは柔らかく、朗らかで、温かみのある笑顔だった。
その
(なるほど。エルヴィンさんが言ってた、
そして、何らや合点がいった様子で、眼鏡のレンズに光を反射させながらカイルに手を差し出した。
「それなら、君は素直で純粋な『変人』だね……改めて、変人同士これからもよろしく頼むよ!」
「ハンジさんは変人というより『変態』ですが…」
「変態とはなんだ!変態とはぁ〜!!」
「ふふっ…はは!」
カイルはあどけなく笑いながら、ハンジの手をそっと握り返す。
こうして、カイルとハンジの間には、ちょっぴり“変”な友情が芽生えたのだった。
**
その日以来。
ハンジは時折訓練所を訪れては、カイルに生活の困りごとを尋ねたり、95期生の訓練を見学してサトリッジを恣意的にデレさせたりしていた。
サトリッジの厳しい訓練指導は相変わらずだったが、初期の頃に比べると幾分マシになったように思える。
さらには“連帯責任”の頻度も激減した__これは紛れもなく、
いつしかハンジは、95期生から『女神』と称えるようになっていた。
他にも、訓練生たちの間で『ニワトリッジ』という教官のあだ名が流行ったことは、言うまでもないだろう。
***
___1年後。
カイルの訓練兵生活は、2年目に突入しようとしていた。
そこで待ち構えていたのは、一年に一度行われる評価制度__
『訓練成績の
―【 続く 】―
〜後書き〜
『ハンジさぁーーーーーーーーん!!!』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
勢いよく登場、ハンジ・ゾエ!
いやぁ〜…ハンジのセリフを考えるのは楽しくて仕方ありません(笑)
あまりキャラ崩壊をさせないよう心がけてはいますが、研究者の血が流れるハンジには何かと『名付け癖』があったら面白いなと思い、随所で小出しにしています。
それから、原作では一応性別が明らかにされていませんが、この物語ではハンジははっきりと『女性』として登場させています。
こればかりはすみませんが、著者的都合ですm(_ _)m
でも、諫山先生もおっしゃってますもんね。ハンジはアニメで『女性』になりました、と。
あれってやっぱりハンジの胸元を見て……ん、ヴォッホン(咳払い)
気を取り直しまして。
次は訓練成績の中間発表!
同期たちとの絡み中心のため、原作のオマージュ多めです。
お楽しみに〜(´-ω-`)