(さあて、今日は居るかなぁ)
RiNGまで足を運んだリサは、受付のスタッフに軽く手を振る。
「リサちゃん。今日はオフ?」
「うん。ちょっと顔出しに……迷子の子達居ます?」
ついでを装って周囲を見渡す。
以前、湊音が『MyGO!!!!!』のライブを見に来ていたことや、愛音がノルマ分のチケットを買ってもらって助かったという話を思い出す。
「今日? さっきまでスタジオ練で来てたから、カフェに居ると思うよ」
「ありがとうございます」
二階のカフェスペースに向かうと、目当てのピンク頭がすぐに目に入った。
「愛音みーっけ」
「り、リサさん!? もー驚かさないでくださいよー」
リサに背後から肩を叩かれた愛音は肩をビクンと震わせる。
こういうリアクションを取るから羽岡OGとして可愛がってしまうところがある。
「ごめんごめん。愛音ってさ。湊音って子と仲良い?」
「湊音くん? 友達ってくらいには良いと思いますけど、どうかしました?」
「いやー……今ね、弟の家に匿われてる子が居てさ」
困り調子で言い淀むリサの言葉に、愛音の眉がピクリと動く。
「匿ってる?」
「そ。それでね。ご飯も食べないし、話もしてくれないし、連絡も絶ってるみたいで、何か知らないかなぁって」
「へー……」
ここ最近でそよから聞いた睦の話やAve mujicaの顔バレ、諸々を考えると至る結論は一つだった。
(これ、私がどうにかする話じゃないなぁ……というより、あの人にどうにかしてほしいって感じだけど)
自分が何かする前に何かしたいであろう人物の顔を思い浮かべながら内心でため息を吐く。
「場所、どこですか?」
◇ ◇ ◇
スマホが震える。
電車の中だったため通話には出ず、祥子は停車した駅で降りた。
『今、時間いい?』
「暇があると思いますか?」
内情はさておき、ここ最近の騒動を愛音が知らないわけがなく、思わず刺々しい声音が出る。
『でも、出たってことはそういうことでしょ?』
「……そういうところですわよ」
『そよりんみたいなこと言うじゃん……で、今から行ってほしいところがあるんだけどさ──』
指定されたマンションの前で、祥子は一度足を止める。
(ここに、湊音が……)
エントランスの自動ドア越しに中を見つめる。
当然のようにオートロックだった。
愛音から聞いた部屋番号を思い出しながら、インターホンに手を伸ばしかけて止まる。
(……何を言うつもりで──)
睦の様子が異常なのに、姿を見せない湊音がどんな様子なのか、想像もつかなかった。
それでも、ここに来た。
けれど、その先を考えられていない。
「あら、貴女は確か……」
背後から聞こえた声に、祥子は振り返る。
そこに居たのは友希那だった。
「初めまして、豊川祥子と申します……貴女はRoseliaの湊友希那さん──」
「湊音に会いに来たのかしら?」
友希那が慣れた手付きで合鍵を取り出してロックを解除する。
彼女の視線が一瞬だけ祥子を射貫く。
「……わかりません」
「そう」
祥子の答えに是非を言わず、友希那は短く答えて中へ入っていく。
自動ドアが閉まる前に、祥子も中に入った。
二人でエレベーターに乗った後も、会話はなく、駆動音だけが響く。
程無くして部屋の前まで到着する。途端に祥子の足が鉛のように重たくなる。
「……っ」
友希那が鍵を差し込み、ゆっくりと扉を開ける。
生活音のない部屋だった。
テレビの音も、水の流れる音もない。誰かが居るはずなのに、人気だけが抜け落ちている。
「……リビングに居るわ」
それだけ言って、友希那は一歩下がった。
先に行けと言われている気がして、祥子は無意識に唇を噛む。
祥子は静かに息を吸って、リビングの方へ足を踏み入れた。
「湊音……」
ソファーの上には毛布に包まった何かが居て、それが湊音であることは見ただけでわかる。
祥子の声に反応して、ソファーの上から転げ落ちて、小さく呻く声がした。
毛布越しに見える肩が、小さく震える。息遣いも少し小刻みに聞こえてくる。
祥子はゆっくり近づき、その場で膝をつく。
「……何が、あったんですの」
返事はない。
毛布の中で、呼吸が浅く乱れる。
「睦が……空が探して──」
卑怯だと、自分自身を心の中で嘲笑する。
睦と空の名前を出せば、湊音を動かすことができると思ってしまっている。
「……」
その先の言葉が続かなかった。
睦も初華も連絡が取れなくなって、それで最後にまた湊音に縋ろうとした。
あの夜と何も変わらない。
ここで離れたら二度と会えない気がして、祥子はその場から動けない。
実際には一分も経っていないのだが、一時間以上経ったような感覚の中で湊音の動きがピタリと止まる。
「湊音?」
恐る恐る毛布に手を伸ばして捲ると、その顔を見る。
気を失って、浅い呼吸と脂汗が湊音の消耗を物語っていた。
「こんなにやつれて……」
祥子がハンカチで湊音の汗を拭う。
これだけ無防備で、指先が触れるほど近くに居るのに、酷く遠くに感じた。
「生きてはいるみたいね」
いつの間にか祥子の後ろにいた友希那が静かに言う。
少し驚きはするものの、祥子は湊音から視線を外さない。
「ここ数日、ずっとこうなのですか?」
「ええ。水以外何も口にしないそうよ」
友希那が淹れてきた祥子の分の紅茶をテーブルに置く。
「貴女の好きにするといいわ」
「もう少し、ここに居ます」
「そう」
友希那はそれ以上何も言わない。
止めもしなければ、気遣うような言葉も掛けないまま、二人だけにするためにその場を離れる。
「……馬鹿ですわ」
自分に向けた言葉だった。
こんなことになってようやく、あの夜の自分を罵倒する。
「睦とも連絡が取れなくなって……初華まで居なくなって……」
睦がどうなっているのか。
湊音がどうしてこんなに疲弊しているのか。
何一つ分からないまま、状況に置いていかれている。
「皆、勝手ですわ……わたくしも」
ただ傍に居続ける。祥子にはそれしかできない。
次に湊音が目を覚ました時、何を言えばいいのか。何を言われるのか。
そんなことすらわからなかった。
「……さっ、ちゃん?」
「……っ」
湊音の瞼が微かに動いて、ほんの少しだけ開く。
掠れた湊音の声に祥子の呼吸が止まる。
「……ええ」
気付けば、答えていた。
「わたくしは、ここに居ますわ」
湊音の視線は虚ろなままだった。
それでも、祥子の声だけは届いているらしい。
「無理に喋らなくて結構ですわ」
そう言ってから、祥子は少し迷う。
けれど結局、乱れた前髪に触れるように指を伸ばした。
そのまま二人の間で視線も言葉も交わることはなく、ただ時が流れるだけだった。
「今日はありがとうございました」
程よい時間になり、祥子は玄関で友希那に礼を述べた。
「貴方達を見てると、昔を思い出すわ」
不意に零された言葉に、祥子は目を瞬かせる。
「昔、ですの?」
「ええ、拗れて意地を張り合って、それでもお互い離れきれなかった頃……今でもあまり変わってない気がするわ」
淡々とした口調のまま、友希那は懐かしむように耳に付けた青薔薇のピアスを指でなぞる。
「わたくしは……嫌われたのだと思っていましたわ」
メッセージアプリをブロックされ、電話も着信拒否されて、Ave mujicaには睦のためだけに協力していたのだと思い込んでいた。
「口や態度に出すほど、好きなものは変わらないモノよ」
祥子の漏れた本音に、友希那は少し目を細める。
友希那の言葉に、祥子は無意識に唇を小さく結ぶ。
「……また、来ても構わないでしょうか?」
何も言わずに居なくなって、連絡も断った。
それでも、自分の声に反応を示した。
まだ終わってなんかいない。このままで終わりたくない。
祥子の瞳からいつか見たような灯火を、友希那は感じ取った。
「湊音が嫌がるなら止めるわ。でも、少なくとも今日は違った」
友希那はそれだけ言って、扉へ手を掛ける。
「失礼しますわ」
扉が閉まる。
静まり返った廊下を歩きながら、祥子は小さく息を吐いた。
睦のことも、初華のこともAve Mujicaのことも、何一つ解決していない。
「……終わって、いませんのね」
誰に聞かせるでもなく漏れた声は、静かな廊下に溶けていった。
実は今回で章終わりです。
次回からは上向きの話。明るめのギャグ調から始まり、重たく沈んだのなら、もうこの後は上がるだけです。
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