「陛下、どうかお考え直しください! 我が国は近年確かに列強国へと並び立てましたが、かの国に敵うとは……」
「戦乱を招くのをお辞めくださいとまではいいませんが、どうか今は民の負担もお考え下さい」
「争いは何も生まないですよ、陛下」
お貴族様達は大半がこの調子で、戦争には意欲が無いみたい。
……結構意外かも。
帝国って、血の気の多い雰囲気があったから。
街中を歩いた経験のある私の帝国の第一印象は、活気のある街。
露店や酒場を見かけると、よく大声で宣伝をしていました。
たくさんのランタンのお陰で昼間みたいに明るく、夜も騒がしい所もあります。
隣の露店がライバルなのか、喧嘩が発生する事もよくあるみたいです。
実際、道端を歩けば結構な頻度で怒声が耳に入りました。
何となく、お貴族様もそんな感じなのかなぁと漠然と考えていましたが……
そんな事は無かったみたいですね。
「陛下、お気持ちは分かりますよ。ですが」
「ほう、私の気持ちが分かると?」
「っ……!」
皇帝陛下の目付きが変わりました。
会議が始まった時から鋭い眼をしていましたが……
今の眼は、まるで相手を侮蔑するかのような眼でした。
明日、出荷されちゃう鶏さんを憐れむような冷たい瞳。
横を見れば、お姉ちゃんも似た様な眼をしていました。
笑顔のまま。
私は更に背筋がピンと伸びました。
ど、どうしよう……怖い時のお姉ちゃんと威厳を放っている皇帝陛下に挟まれちゃった!?
あわわ……
「へ、陛下がシェール王と親密な関係であった事はここにいる皆がご存知です」
皇帝陛下に睨まれたお貴族様が話し出しました。
私はそう聞いた事があるだけで詳細をまるで知りませんけど……?
「私もシェール王国のクーデターの知らせを聞いた時は心を痛めました。シェール王の最期を知った時も」
「然り。儂も胸が張り裂ける思いでした」
「ですが、一時の感情に流されて動く訳には行けませぬ」
他のお貴族様達も続きました。
……何で、シェール王国のクーデターが王国への宣戦布告に繋がるんだろう?
それも、気になるけど
シェール王……多分私のお父さん、なんだよね。
その最期を知る権利は、私にもあるんだと思う。
私はゆっくりと手を挙げました。
隣でお姉ちゃんがゆっくりと目を閉じます。
ごめんね、どうしても聞きたい事があるから。
「失礼ながら質問があります。シェール王……私の父はどのような最期を?」
お姉ちゃんを含めて、この場にいる全員が押し黙りました。
決して私が空気を読まない発言したからではありません。
誰も口にしたく無い……そんな雰囲気でした。
言葉にするのも憚られるような事、なのかな。
長いようで短かった沈黙を破ったのは、皇帝陛下でした。
「シェール王……ウランバルトは最も信頼している部下に裏切られ、殺された」
「それは、どんな風にですか」
「それはどうしても今聞かないといけない事か、コールターネ王女」
「はい」
皇帝陛下は嫌そうな顔をしました。
いや……多分、嫌って訳じゃ無いんだと思う。
きっと、私に聞かせたくないんだ。
これは斥候が見た話だが、と前置きして、皇帝陛下が重々しく口を開きました。
「……全身を槍に突き抜かれて死んだ。死体は城から民に見せ付けた後、落とされた。その後や、シェール王妃の行方までは判明していない」
「そんな……」
余りにも凄惨な死に方に、私は思わず口元を押さえます。
う、想像するとちょっと吐き気が……
ふと、私の背中を優しく撫でられました。
これは……お姉ちゃんの手です。
「貴女は無理しなくても良いの」
「……でも、まだ聞きたい事はあります」
私は吐き気を何とか押し込んで、一呼吸します。
うん、大分落ち着いた。
ありがとうお姉ちゃん。
「シェール王国のクーデターが、何故王国との戦争に繋がるのでしょうか?」
まるで当然の事として扱われているけど、その理由を私はまだ知らない。
皇帝陛下は、忌々しいと言った調子で話してくれました。
「シェール王国のクーデターを仕組んだのは、ゲパルトの暗部だ」
「何故そう言い切れるのですか?」
「……件の、王を裏切った部下から直接会って聞いた」
「え?」
そんな人から聞いた話を鵜呑みにするなんて、あり得ないけど……
私がそう考えている事はお見通しなのか、皇帝陛下話を続けます。
「あいつも俺の親友の一人でな。クーデターが起こる前に送って来た手紙にも、ゲパルト王国の様子が怪しいと言う旨が書かれていた。直接会った時は、酷い顔だったよ」
「その……なんでその人を信頼できたんですか?」
「顔を見れば分かったよ。あいつは、身体を何かに操られたような感覚がしたと言っていた。おそらくは【異能】の類だと思われる」
つまり、誰かに無理矢理裏切りを強要されたって事?
そんな……そんなの、悲し過ぎるよ!
「……あいつは後悔の言葉を吐き出しながら、首を吊ったよ。追手から逃げて、帝国にやって来たその日の夜にな」
「え?」
「自分の意志では無かったとは言え、親友でもあったウランバルトを殺してしまったまま生きる気は無かったらしい」
そう語る皇帝陛下の目は、恐ろしく冷たいです。
心の奥底では燃えたぎる怒りが巣食っている筈なのに、それを押さえ込んで表面上には出していません。
初めて出会った時の彼の態度は仮面なんだ。
全部が全部そうでは無いと思いたいけど……
親友を二人も奪われだ嘆きを内に秘めておく為の蓋。
復讐者としての自分を覆い隠すベール。
皇帝と言う立場だから、誰もそれを払おうとは思わない。
そう、本人でさえも。
「……聞きたい事は以上です」
「そうか」
皇帝陛下は再び笑みを深めてゆっくりと視線を私から逸らしました。
今何を見つめているのかは、私には分かりません。
改めるように、皇帝陛下は話し出しました。
「さて、開戦反対派が多いようだが……何も心配する事はない。我々の勝利は、確定しているのだから」
「それはどう言う……」
「カタストロフィ・バレル・シェール王女は【異能】を獲得した。それを駆使して、邪智暴虐なるゲパルトの暗部が伸ばす魔の手から逃げ出す事に成功したのだ」
皇帝陛下がそう言うとお姉ちゃんが立ち上がりました。
打ち合わせでもしてたかのように自然な流れです。
もしかして、こっそり会っていたのは本当に打ち合わせだったのかも?
「私には未来を視る事が出来ますし、我々の勝利を導く事も出来ます。恐れる事はありません。私を、陛下を信じ、後に続けば良いのです」
慈愛に満ちた表情でお姉ちゃんはそう語ります。
でも、なんか黒いオーラみたいなのが背後に見えている気がするんだけど……
なんか怖いよお姉ちゃん……言ってる事も怪しいし。
イライラはまだ続いているようです。
「そう言われてもですな……」
「うむ。完全に信じるのは難しい」
「そもそも、【異能】にそのような力がある事自体信じ難い」
「むぅ……」
皆の表情は芳しくないです。
気持ちは良く分かりますね……誰だって、そんな都合の良い事を鵜呑みにはしません。
私だって最初は疑ってましたし。
「いきなりそんな事言われても、信じるのは難しいと。では、私が一つ預言してあげましょうか」
お姉ちゃんが、何処か愉しそうな表情に変わりました。
そして、視線をとあるお貴族様に向けました。
……何だか嫌な予感がするのは私の気の所為なのかな。
「まず貴方。戦争を反対する本当の理由は、ゲパルトの属国同然に成り果てたシェール公国の貿易が滞るのを懸念したからでしょう?」
「っ……まさか、そのような事があろう筈が御座いません」
「心配する事はありません。戦争によってその関係が崩れる事は無いのですから」
お姉ちゃんは、視線をまた別の人に向けて話を続けます。
「次に貴方。貴方の領土はゲパルトとは反対側にありますね。戦争で勝ったとしても、領土が貰えず旨味がないから……だから、戦争をする気はない。違いますか?」
「え、あ……」
「それを私が否定する気はありません。人間の欲と言うのは、そんな物ですから」
お姉ちゃんがゴミでも見るような蔑む目になりました。
視線を向けられたお貴族様は脂汗が浮き出ています。
「勝利の暁には、貴方に何かしらの利益が生じるように計らってあげましょう。さぁ、どうですか?」
「……貴女の、命ずるままに。感謝、致します」
「よろしい」
満足気に頷いたお姉ちゃんは、また視線を違う人に移し替えます。
それからは、お姉ちゃん劇場でした。
お姉ちゃんの説得(?)に、誰もが意見を翻して行きました。
皇帝陛下も、それを見て満足気です。
スマイリーさんはこめかみを抑えて溜息を吐いてましたが。
やがて、反対派全員を説き伏せ終えたお姉ちゃんはようやく座り直しました。
時間にして十分くらいしか掛かっていませんでした。
「……改めて聞こうか。ゲパルトへの宣戦布告に反対する者はいるか?」
皇帝陛下のその言葉に、手を挙げる人は居ませんでした。
「では、決まりだな。宣戦布告は一週間後に行う。詳細はこれより詰める事とする。もう一度だけ言うが、今日は集まってくれて感謝する」
皇帝陛下は一度間を置いて、こう言いました。
「……私の怨恨は民の怨恨であるように、貴公らの怨恨は私の怨恨となるだろう。その事を、肝に銘じておけ」
「「「はっ!」」」
◆ ◆ ◆
会議が終わり、私と陛下にスマイリーさん以外は誰も居なくなりました。
お姉ちゃんはダラリと机に突っ伏しました。
「ア゛ア゛アアァァァァァァ………」
お姉ちゃん……女の子が出しちゃいけない声が出てるよ。
その様子を見た皇帝陛下は苦笑しながら労いの言葉を掛けてくれました。
「お疲れさん。俺も即位して初めての会議はそんな感じだったよ」
「もう私は二度と会議なんてしない……あいつら汚い欲望で戦争拒否しやがって。こんな奴等の前にアルタを出したくなかった」
「そうもいかないだろう? お前だけだと、話を聞いてくれないんだから」
お姉ちゃん、本心では私を会議に出したくなかったんだ。
そこまで気にしてないし、寧ろ一人だけ蚊帳の外にされた方が悲しいけど……
それにしても、お姉ちゃんだけだと話を聞いてくれないってのはどう言う事なんだろう?
「しかも……あんな長い間全く動かないし。もうやだ。この部屋取り壊そう」
「ふむ、それは悪くない提案だな」
「陛下?」
「はいはい、冗談だよ」
スマイリーさんにジロリと睨まれましたが、皇帝陛下はそれを軽く受け流します。
……今の皇帝陛下の方が、私は好きなんだけどなぁ。
「ん、どうかしたか? 俺の顔にイケメンでも付いてるか?」
「あはは」
「……え、笑うだけか?」
若干凹んだ様子の皇帝陛下ですが、きっとそれも演技みたいなものでしょう。
いつか、この人と本心で語れる日が来るといいな。
お姉ちゃんもそうだけど、ちょっとだけ無理しているようにも見えたから。