エルフ……って、あのエルフ!?
現在では昔話くらいでしか名前の出ないと言われる、森に住む神秘的な種族の……
「っ!?」
アザミさんがお姉ちゃんの言葉を聞いた途端、お姉ちゃんから離れて距離を取りました。
その際にフードがズレて、エルフの特徴である長く尖った耳が露わになりました。
本当にエルフなんだ……!
虚空に手をかざすと宙に光の紋様が浮かび上がり、そこに手を入れて杖を引っ張り出します。
わ、それって魔法!?
臨戦態勢と言った様子で、ちょっとでも動けば攻撃すると言わんばかりの敵意の籠った眼のアザミさん。
杖の先には私でも察せられる程露骨に危険な光が集まり始めています。
ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?
「本人が隠しているコンプレックスを暴露したら駄目だよっ!」
「いや、コンプレックスではなくない?」
ガーベラさんは呑気に突っ込んでいますが、アザミさんはやる気に見えます。
「お前、その秘密をどうやって……!?」
「そう逸るな……【異能】だよ」
「……人間が編み出した、魔法の猿真似か」
アザミさんはそう吐き捨てるように言いました。
エルフからしたら【異能】ってそんな認識なんですね……猿真似って何の事だろう?
「透視の類か? それとも、心が読める系……」
「わぁ、そんなのあったら賭博で百戦百勝じゃん!」
ガーベラさん、呑気過ぎませんか?
自分の仲間がこんなに怒っているのに。
……賭博で大勝ちは既にしていますけども。
「お前に問おう。下手な返答をしてみろ、その舌引っこ抜いてやる……!」
「落ち着け。そろそろアルタのお腹が減る時間だ」
その言葉の直後に、私のお腹が鳴りました。
は、恥ずかしい……人前なのにっ。
しかも、こんなに緊迫した(?)状況で……
「えっと……そろそろ休憩にする? そろそろ日が暮れそうだし」
ガーベラさんが馬車を止めます。
もう片方の馬車も連動するように止まりました。
ふと外を見れば、空が夕焼け色になっていました。
時間が過ぎるのは意外とあっという間です。
辺りは近くに小川と林があって、休むのに丁度良い場所でした。
……これも、お姉ちゃんの調整なのかな?
「説明は夕飯の時にしよう」
「……ふん」
アザミさんはすっかり機嫌を損ねてしまったようです。
馬車が止まると、アザミさんはむすっとした表情のまま本を読むのを再開しました。
本、好きなんですね……
結構分厚い本だし、きっと私には難しい大人向けな本だと思う。
お姉ちゃんの発言で、ちょっと気不味い雰囲気になっちゃったじゃん。
ガーベラさんは、全く気にしてないみたいだけど。
「アルタちゃんはお腹が空いてるみたいだし、早くお夕飯の用意済ませちゃおっか〜」
「え、あ、はい……」
「スマイリー様が多少余裕のある食糧を用意してくれたみたいだから、おかわりしてもいいのよ〜?」
「あ、ありがとうございます……」
うーん……ガーベラさん、大人の女性って感じがする素敵な人なんですよね。
賭博と酒が趣味な事を除けば、ですけど。
初対面の私にも優しく接してくれていますし。
スタイルも凄く良いし、香水の良い匂いもするし……
「じゃあ、私は薪でも集めに行って来ようかな〜?」
私の身長と同じくらいの大きさのメイスを軽々と振り回したガーベラさん。
様になっていますけど、女性らしさはやや薄まりましたね……
「アルタ」
「お姉ちゃん、なぁに?」
「鈍器は、いいぞ」
え、急にどうしたのお姉ちゃん?
「あら、お姉ちゃんの方は『分かる』のね?」
「そうだな」
「うふふ、あまり理解者に出会わないから嬉しいかも」
……なんか、わたしのよく分からない事で二人が通じ合ってます。
アザミさんは本読んでるし、また私が話に置いてけぼりです。
鈍器が良いってどう言う事なの???
「……それで、夕飯時には色々と説明してくれるんだって?」
「ああ、遭遇時の打ち合わせをする」
ガーベラさんのその問いに、お姉ちゃんはそう答えました。
「ううん……確実に遭遇するって言えるのは、貴女の【異能】のお陰って事?」
「そう。他にも、色々な事を知ってるよ」
「んー、じゃあさ! アザミが読んでる本の内容って分かる?」
「女性向けの恋愛モノだな」
「おいっ!」
お姉ちゃんのその言葉に、アザミさんは過敏に反応しました。
今までの余裕のあった態度は霧散して、顔が赤くなっています。
エルフの人って意外と乙女な趣味なんですね……
いや、あくまでアザミさんの趣味であってエルフ全体の趣味ではない筈ですけど。
「何よ〜、恥ずかしがる事ないじゃん?」
「そうですよ。私だって読みやすいのなら読んだ事ありますし!」
「うぅ……」
アザミさんは本で顔を覆ってしまいました。
ガーベラさんの言う通り、堂々としていればいいと思うけどなぁ。
「おーい、晩飯の用意を……って、これはどんな状況だ?」
「ん、アザミはフード被らなくて良いのか?」
もう片方の馬車から、ピジョンさんとライノさんが降りて来ました。
私達の……と言うか、主にアザミさんの姿を見て困惑している様子です。
スマイリーさんも後に続いてやって来ます。
お姉ちゃんはこの場にいる全員を見渡してから言いました。
「これから夕飯になる。食べながらだけど、盗賊団と相対する際の打ち合わせをするから」
「……え、状況説明してくれないのか?」
「面倒臭い」
お姉ちゃん……そこは説明してあげようよ。
スマイリーさんも目を丸くしてるじゃん。
◆ ◆ ◆
旅は順調に進んで、三日目へ入りました。
シェール公国までの旅路はおよそ半分くらいだそうです。
ワイバーンと比べると、馬は凄く遅いんだなって思います。
空路と陸路の違いもそうですが……
夕食時の話し合いを経て色々と思うところもありましたが、私としては一応納得は行きました。
聞きたい事はまだまだ沢山あるけれど、疑問点の幾つかはキレイさっぱり消えました。
……その最中に私達の身分を明かしたけど、今まで通りに接して欲しいってお願いもしました。
何だかんだ、お姫様扱いされると戸惑いが先に来てしまいますから。
今はメモリ森林を視界の左側に納めながら、塗装された道をゆったりと進んでいます。
お姉ちゃんの話だと、例の盗賊団と遭遇するのは今晩だそうですが……
あまり自覚が持てないと言うか、実感が無いと言うか。
ううん……気にしない方が良いのかなぁ。
「あはは、TASチャンって面白いね!」
「……TASさんと呼んでくれ」
「歳上にさん付けを強要するのか、お前は」
お姉ちゃん達は割と楽しげに話しています。
特にガーベラさんは親しげですね。
この三日間でアザミさんの敵対心も薄れたようで何よりです。
あのままお姉ちゃんが睨め付けられたままだと流石に可哀想でした……
そうそう、年齢と言えば。
アザミさんはエルフとしてはまだまだ若いらしく、今年で三十六歳なんだそうです。
見た目で言えばお姉ちゃんと同じくらいに見えますけど。
……エルフが長生きって本当だったんですね!
「う〜ん、普段なら馬車を二台も用意しないから男女に別れないんだけど、たまにはこうやって女子会開いちゃうのも悪くないわね」
「私も楽しかったです」
「わ、私は別に楽しくなんて……」
アザミさんは素直じゃないですね。
寝る前の話し合いで、あんなにはしゃいでたのに。
どんな男の人が好きなのかーって。
聞いてもないのに熱く語って、勝手に顔を赤くして、最終的には不貞腐れて寝ていました。
この人は本当に三十六歳なのかと疑いたくなってしまいます。
「嘘だ〜あんなにはしゃいでたのに〜?」
「は、はしゃいでなんかない!」
「TASさんや、この発言が嘘かどうか分かるかい?」
「聞くまでもない」
「ちょっ、おまっ!?」
「嘘吐きには、こしょこしょの刑で〜す! こしょこしょこしょ」
「わ、わーっ!? あは、あははははははははは!? や、やめ……ひひひひ!?」
ガーベラさんがアザミさんをくすぐり始めます。
すると、何故かお姉ちゃんに視界を塞がれました。
「お姉ちゃん?」
「アルタにはまだ早い。妹の教育に悪いから程々にしておいてくれ」
「うーん、たしかに今のアザミの顔ってエッチだね〜。よし、裁判長からの恩赦が出たのでこれくらいにしてあげるね」
「こひゅー、こひゅー……誰が、えっちだ……あと、恩赦の使い方が、違……う……」
お姉ちゃんに目を塞がれているので、アザミさんがどんな様子なのかは分かりませんが……
何故かちょっと見てみたい衝動に駆られるのは気の所為でしょうか。
と言うか、今晩盗賊団に襲われるのに緊張感が無さ過ぎなのでは?
「おーい、何か変な声がしたけど……って、おいガーベラ手綱手綱!」
「おっとと、危ない危ない」
……今、もしかしてちょっと危なかったのでは?
ナイス呼び掛けですピジョンさん。
あと、そろそろ手を退けてもいいんじゃないかな、お姉ちゃん。
「はひゅー、はひゅー……うう、汚されちゃった……」
「……おい、今のアザミの言葉はどう言う意味なんだ?」
「大丈夫よアザミ。いざと言う時は私が責任取るから!」
「!?」
「ふーん……そうかそうか、つまりお前達はそんな仲だったんだな」
「ご、誤解だ! 私にそんな趣味はない!」
「でも、気持ち良かったでしょ?」
「なるほど、事後だったのか」
「やめろ! これ以上ややこしくするなガーベラ!」
……この人達、本当に仲が良いなぁ。
あれ、スマイリーさんとライノさんが静かなような?
そう思って聞いてみた所、二人は馬車の中で瞑想中だったそうです。
結構騒いだ筈なのに、集中力凄いですね。
「そこら辺にしてくれ。このままだとアルタに耳栓まで用意しないといけなくなる」
「分かったよ、アザミで遊ぶのはまた今度にするわ」
「私で遊ぶな!!」
ようやくお姉ちゃんが手を退けてくれました。
顔を紅潮させて肩で息を吸っているアザミさんと、その様子を見て楽しそうに笑っているガーベラさん。
何だかんだ、愉快な旅になっていますね。
私はこの時間が楽しいです。
お姉ちゃんは、どう感じているのかは分からないけど。
お姉ちゃんの何を考えているのか全く分からない無表情な横顔を見ながら、私はそう思うのでした。