お姉ちゃんは今日で十五歳になりました。
私が住んでいる国……ゲパルト王国では成人になる年齢です。
と言っても、地図だと端っこの方にある街らしいですけど。
名前をアガーテと言います。
他の二つの国に面している立地で、よく他国から来た商人さんと会えます。
この国では、成人すると洗礼を受ける決まりがあります。
お姉ちゃんは王都に向かう為の準備をしているところ。
街の出入り口で馬車に乗り込む前に荷物の再確認をしています。
私も二年後には同じく王都に向かう事になるのかな。
洗礼は教会で行うそうです。
王都以外にも教会がある領地はありますが、私達が住んでいる村にはありません。
なので、今回はこの街を治めるお貴族様であるアリアス様の馬車に同乗させて貰います。
アリアス様は平民である私達にも優しい素敵な方です。
今回も、王都に丁度用事があるからと私達を連れて行ってくれるんですから。
洗礼を行うと、稀にだけど【異能】を貰えるかもしれないんだって。
私もお姉ちゃんもあまり詳しくないけど……
手から火が出せたり、走っても疲れにくい、と言ったちょっとした力なんだそうだ。
アリアス様も【異能】を持ってて、あまり眠らなくても平気らしい。
洗礼を受けて【異能】を手に入れられるのは、大体百人に一人くらいって聞きました。
お姉ちゃんなら、もしかしたらすっごい【異能】が貰えるかもしれません。
そう考えると、なんだかわくわくしてきますっ!
「お姉ちゃん、私一緒に行きたいっ」
私がそんな我儘を言った時も快く了承してくれました。
お姉ちゃんもとっても優しくて、私は凄く幸せです。
私達姉妹には両親はいないけど……お姉ちゃんも街のみんなも、優しくしてくれます。
だから、全然寂しくはないです。
綺麗な金髪を後ろに二箇所で結んだ女の子。
私の大好きなお姉ちゃん。
私はまだ髪が長くなくて結べないので、ちょっぴり羨ましいです。
そんなお姉ちゃんが私に尋ねてきます。
「アルタ、準備は済ませた?」
「うん!」
荷物の確認を済ませて、私達はいざ馬車へと乗り込みます。
外から見ても綺麗な馬車だったけど、中もとっても素敵な内装です。
しかも、座席が柔らかくてふかふかです!
以前に一度だけ馬車に乗った事があるけれど、その時はお尻が痛くなりました。
でも、今回は大丈夫かな?
あ、アルタは私の名前です。
ちなみにお姉ちゃんの名前はタスです。
お姉ちゃん自身もあまり好きな名前じゃないらしく、あまり呼ばれたくないそうです。
確かに変な名前だけど、そこまで気にしなくてもいいのにとも思います。
「お世話になります、アリアス様」
「ああ、構わないよ。2人は礼儀正しいね」
「いえ、そんな……」
短い赤髪の貴公子、アリアス様は私達にも笑顔で接してくれます。
私は他のお貴族様は知らないけど、この方はきっといいお貴族様です。
まだ二十代だそうですが、威厳のある立ち姿です。
「しかし、すみません。妹までお世話になってしまって……」
「いやいや、構わないさ。姉妹が別れていると寂しく感じてしまうからね」
「アリアス様……ありがとうございます」
お姉ちゃんはちょっと申し訳なさそうにしています。
私が付いて来ちゃったからかな……
「お姉ちゃん……私が来たら、駄目だった?」
「そんな事ないわ。でもね、アルタ。旅に1人増えると食料や水の積載量を増やさなくちゃならなくなるんだから」
あ、またお姉ちゃんのお説教だ……
しっかり者のお姉ちゃんは、いつもこんな感じです。
「それにね、旅には危険が付き物なの。アリアス様には護衛が付いてるけど、絶対に安心って訳じゃないのよ?」
偶にやってくる商人さんの話を聞くと、旅路には魔物や盗賊と遭遇する危険があるそうです。
でも、アリアス様の周りには馬に乗った騎士様が何人も居ます。
なので、危険な目に遭ってもきっとへっちゃらだと思うんだけどなぁ。
「うーん、相変わらず姉の方はしっかりしてるね」
「お姉ちゃんはしっかりしてます!」
「……なんで貴女が自慢気に言うのよ」
そう言いつつも、お姉ちゃんはやや照れています。
何と言うか、意外とチョロいんです。
でもそんなところも大好き。
「それじゃあ、出発してくれ」
「はい」
アリアス様がそう言うと、馬車が動き始めるのを感じました。
王都まで、およそ一週間の旅。
途中で他の街にも寄ったりするそうなので、ちょっぴり楽しみです。
◆ ◆ ◆
馬車で町を発って一週間後。
特に何事も無く私達は王都に辿り着きました。
王様が住むお城があるだけあって、私が住んでいる町とは比べ物にならないくらい大きいです。
建物もいっぱいで、人もたくさん歩いていました。
こうやって馬車の中から覗くだけでも楽しいです!
だけど……
「うぅ、やっと着いたの……?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「なんとか……うぇっぷ」
お姉ちゃんは馬車酔いで気分が悪そう。
でも、道中でそこそこ慣れたみたいでこれでもまだ元気な方です。
何度か馬車を止めて外に出てたのは何だったんだろう?
聞こうとすると嫌がるから聞いてないんだけど、ちょっぴり気になっちゃうな。
「……もう、さっさと帰りたいわ」
「えー? もったいないよ」
せっかく王都に来たんだから、色々と見回りたいよ。
「……とにかく、先に私の用事を済ませてからにして欲しいわ」
「う、うん……」
普段よりも気怠そうにしながらお姉ちゃんはのろのろと歩きます。
歩き回るにしても、お姉ちゃんはお留守番して貰った方が良さそう。
「そうだね。僕も丁度教会に用があるから一緒に行こうか」
「えぇ……ああ、都会は道が整理されてて揺れにくいですね」
「これでもそこそこ高い馬車なんだけど、まあ揺れる道は揺れるか」
アリアス様も教会に用事があったらしい。
何の用事かは知らないけど、きっと小難しいことなんだろう。
多分。
早くこの街を歩いてみたいなぁ。
あ、あのお店に並べられてる果物美味しそう。
あれは噂に聞いたカジノかな?
うーん、どれもこれも面白そう!
そして、馬車に揺られること三十分くらい。
馬車はようやく止まりました。
「……ようやく、馬車から降りられそうだわ」
「本当に君は乗り物が苦手だね」
お姉ちゃんは辛そうながらも一番に馬車を降りました。
どれだけ馬車が嫌いなんだろう。
その様子にアリアス様も苦笑気味です。
「大丈夫かい?」
「平気です。もし洗礼で【異能】が得られるなら、酔わなくなる力がいいですね……」
お姉ちゃん、そこまで言うの……?
いくら酔いたくないからって欲しい【異能】にそんな力を望むって。
時々お姉ちゃんは変わり者です。
でも、これから洗礼なのに調子が悪いのはどうなんだろう?
お姉ちゃんの後を追って私も馬車から降りました。
すると、目の前には凄く立派な建物がそびえ立っていました。
大きさも凄いけど、壁の装飾や敷地の広さも凄いです!
私が感嘆していると、教会の中から人が出て来た。
長い袖と丈の衣服の、何だか偉そうな人だ。
後ろに二人のシスターさんが付いています。
アリアス様の話によると神父様が洗礼を行うらしいけど、この人がそうなのかな?
「アリアス卿。ご無沙汰しております」
「ああ。貴殿も壮健のようで何よりだ」
二人はどうやら知り合いのようです。
ニッコリ笑顔を浮かべているので、きっと仲良しなんでしょう。
「ようこそ、タスさん。本日成人を迎え、洗礼を受ける貴女を歓迎しましょう」
その人は私に対しても柔和な笑みを崩さずにそう話しかけました。
うん、多分神父さんで間違いないよね。
「ああ……はい……」
「おや、緊張なされているのですか?」
「いえ……ただの車酔いです……」
「そ、そうですか……洗礼前に、少し休まれますか?」
「お気遣いはありがたいですが、構いません」
お姉ちゃんは真顔になって背筋をピシッと伸ばしました。
私なら無理していると分かるけど、一見は平常っぽく見えます。
お姉ちゃんは取り繕うのが上手いです。
「貴女は……」
「アルタと言います!」
私に視線が向けられたので、元気良く自己紹介しました。
「こらっ!」
「ふふ、元気な子ですね。姉妹ですかな?」
「ええ、そうです……」
「あの、私も洗礼を見学してもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
やった!
ちょっとだけ一緒になれないのかなって不安だったけど大丈夫みたい。
「では、二人共此方へ。アリアス卿は申し訳ないのですが、少々お待ち下さい」
「ああ、構わない」
……アリアス様の用事よりもお姉ちゃんの洗礼を優先するんだ。
普通は順序が逆だと思うけど、なんでだろう?
そう思ったのはお姉ちゃんも同じみたい。
お姉ちゃんは一瞬怪訝そうな顔になったけど、すぐに元に戻ります。
てくてく、と。
教会の廊下をお姉ちゃんと神父さんと一緒にしばらく歩きます。
まだ昼なのに、まるで夜みたいに静かなので足音が普段と違ってよく響きます。
コツーン、コツーン。
私達の発する足音だけが聞こえます。
そんな空間が神秘的な場所だと思いました。
やがて、大きな扉の前に着きました。
神父さんが扉を開けると、とても開放的な空間が広がっていました。
壁際には沢山の椅子がズラーっと並べられてました。
壁にも綺麗な装飾がいっぱい付いています。
上を見上げると、天井がとても高いです。
天井の真ん中にはとっても高そうなシャンデリアが吊り下がっていました。
床にはふかふかのカーペットが敷かれていて、上を歩いても足音がしません。
「わあぁ……!」
「ふふっ、どうでしょうか。我が教会自慢の一室ですよ」
思わず感嘆の声を出してしまった私に、神父さんはそう言います。
その表情はとても満足気でした。
たしかに、この部屋は凄いです。
お姉ちゃんも表情には出してないけど、きっと驚いています。
部屋に入る時、一瞬だけど立ち止まってたから。
部屋の奥には、十字架を持った女の人の像が建てられています。
像の前には机があって、その上には大きな杯が置かれています。
もしかして、洗礼に使う物だったりするのかな?
「では、これより洗礼の儀を始めましょう」
……え、そんないきなり?
「その、準備とかはなされないんですか?」
お姉ちゃんも疑問に思ったのか質問をします。
「必要ありませんよ。何も難しい事はしないし、すぐに終わります」
神父さんはそう言います。
本当に分かりやすくていいね。
「君……たしか、アルタと言いましたか。貴女はここで待機してください」
「はいっ!」
神父様の言う通り、私はこれ以上は進まない事にします。
今日の主役はお姉ちゃんだしね。
「君が行うのはあの杯の中の水を飲み干す事、それだけだ。重いので両手で持つ様に」
「えっと……結構量が多くないですか?」
確かに、たくさんお水が入りそう。
お姉ちゃんの言う通り、一口で飲み干すのは難しいかも。
「心配する事はない。一口分しか入っていない」
「それなら……」
お姉ちゃんは杯へと歩いて行きます。
机の前で止まって、杯を見下ろします。
そして、しばらく押し黙りました。
「……」
「もう飲んでも構いませんよ?」
「……では」
お姉ちゃんは意を決して杯を持ち上げて……中の液体を飲み干しました。
「……うっ!?」
すると、お姉ちゃんが苦しみ始めました。
杯を机の上に置き、その場で座り込みます……
「お姉ちゃん!?」