「……それは、中々面白い事を言うじゃない。おもしれー人ポイントを貯めようとしているのかな?」
お姉ちゃんのその発言にも、メフィーさんは何処か胡散臭い笑顔を浮かべたままでした。
一見戯けた態度に見えますが……目は笑っていないです。
何だか、殺気のような物すら感じます。
……殺気を感じ取れるようになった自分が嫌だ。
「あの、お姉ちゃん。人を殺すなとは言わないけれど、殺害予告は辞めよう?」
殺そうとしている時点で駄目だよって止めたいんだけどね。
……一応助けられた身だから、強く言えないよ。
「手荒な真似をしたくない。だから、大人しく見逃せ」
「無茶をおっしゃる。ザミエルは私の数少ない友人だからね」
その、ザミエルさんって人をお姉ちゃんが殺そうとする理由も分からない。
なんで唐突に殺害宣言なんてするんだろうか。
「あいつに恨みがあるんだったら、その、なんだ……うん、私が代わりに償ってやるから」
その友人がまるで悪い事をしている心当たりがあるかのような言い草ですが……
「その、ザミエルさんってどんな人なんですか?」
「この王国の首都にある教会で神父してる奴だけど」
ああ、あの人ね!
えっと……お姉ちゃんはあの人の事を恨むような事ってあったっけ?
私の印象だと普通に良い人っぽいなぁって記憶しているけど。
うーん、うーん。
……私の記憶にはそんなの無いけど、教会から出た後。
お姉ちゃんはたしかこんな事を言ってたっけ。
『見つかれば、教会の地下にある実験場に収容されるわ』
『アルタ。世の中にはね、知らない方が幸せな事がたくさんあるの』
実験場と言うのも何の実験をしているのか分からない。
だけどこの話をしている時、お姉ちゃんの表情が酷く不愉快そうだったのは覚えている。
ん……よく考えると、最近お姉ちゃんとまともに対面して話を出来ていないね。
未来を予知した中で、神父……ザミエルさんに何かされたのかな。
でも、それってあくまであり得た可能性の一つであって実際に酷い事をされた訳じゃないよね。
「あいつの研究所から逃げて来たって所か? それで、復讐する為に武器が欲しいと」
「大体合ってる」
合ってるんだ……
多分、ザミエルさんにとっては全く身に覚えのない事じゃない?
してない事を責められても困惑されるだけなような……
「……あいつに何されたのかは大体想像付くよ。その上で、無理な事かもしれないけどさ。あいつを恨まないでくれよ」
悲痛そうな顔になったメフィーさんはそう言いました。
何か複雑な事情があるのは薄らと理解しましたが……
どんな事情なのか説明して貰いたいけど、今それを言い出すのも気が引けるよ。
「恨んでない」
「ん?」
「あいつにされた事は、もう考えないようにしているから」
「……ザミエルは悪魔みたいな奴だってのに、君は心が広いね?」
「それほどでもない」
何だろう、この噛み合っているようでそうでもない会話は。
「……じゃあ、何故ザミエルの命を狙うのかな?」
「それはだな」
お姉ちゃんはメフィーさんの耳元に近付いて、何かを呟きます。
その呟きを聞いたメフィーさんは表情が変わります。
氷のように冷たい眼が、私達を睨め付けていました。
……お姉ちゃんは何を言ったの?
そして、どんな事を口にすれば人はこんな表情になれるの?
人間が人間を見る目じゃない。
まるで、悪魔が魂を刈り取る人間を見る目……
さっきまでのメフィーさんとは別人のようでした。
その冷徹な視線を受けて、私は思わず一歩後退りました。
「貴様はそれを何処で知った?」
「【異能】で」
「……ふん、あいつも老いたものだな。身から出た錆って訳か」
吐き捨てるように言ったメフィーさん。
どう言う意味なのか、ちょっと計りかねますけど……
「それで、お前は目的のモノを入手してどうするんだ?」
「それはな」
お姉ちゃんはまたもやメフィーさんの耳元に近付いて、何かを呟きました。
むう、また内緒話するの?
「っ……お前、正気か?」
「さぁな」
メフィーさんは驚いたような表情になりました。
今度は何を言ったのか気になりますが……きっと答えてくれないと思います。
私には聞かせたくない事だからこうしたんだろうから。
「いや、そもそも不可能だ。お前は、」
「私はハーフエルフ。だから、問題ない」
「……耳尖ってないじゃん」
あ、それ私も気になってた。
以前それを聞いた時は他にも気になる事がたくさんあったから聞けなかったけど……
「エルフは子供が産まれると、親はその子を祝福する慣わしがある。あとは……分かるな?」
いや、全然分からないんだけど。
もう少しきちんと説明してよお姉ちゃん!
ほら、メフィーさんからも何か言ってよ。
「なるほど、ね」
いやあの、納得しないで?
私は全然理解出来てないよ!
「あの! その祝福とお姉ちゃんの耳にどんな関係があるんですか!」
「ん、知らないのか。エルフの祝福とは軽い魔法の事だ。その子が強く生きていけますようにと祈るんだ。つまり、人間社会で生きる為に耳が人間と同じ形になったと言う訳だ」
な、なるほど……
たしかにエルフ耳だと騒がれちゃうよね。
でも、なんか引っ掛かるような……?
「……その言葉が事実なら、私が妨害する必要性は薄そうだな」
「それは良かった。なら、私はこのまま帰らせて貰おうかな」
もう、また置いてけぼりじゃん!
いい加減話についていけないのは嫌になって来たよ!
どうにか出来ないものでしょうか。
そうだ、スマイリーさんもきっと同じ気持ちの筈。
ここは協力を煽いでみよう。
「スマイリーさんも何か言って……あれ?」
いません。
確かに私の隣にいた筈のスマイリーさんが、何処にも見当たりません。
そんな……いつの間に!?
「……ん? おい、そいつの隣に居た奴はどうし、た……」
私と同じく気付いたらしいメフィーさんの胸から、刃物が突き出していました。
……へ?
「騙して悪いが、これが仕事なんでな」
メフィーさんの背後に、スマイリーさんがいました。
刃物を突き刺した状態で。
「きさ、ま……!」
「どれだけ口で言っても納得しないから。だから、ここで対処しておかないとね」
大して何も感じてないような調子で、お姉ちゃんはメフィーさんにそう告げました。
あ、あ、あ……また、人が、目の前で……
「くそっ……! ぐはっ!?」
スマイリーさんは、突き刺した刃物を思い切り横に振り抜きました。
力を無くして崩れ落ちるメフィーさんから溢れた血液が辺りに散らばる……と思われたけど。
「え……?」
撒き散らされたのは赤い血液ではなく、緑色の謎の液体でした。
嗅いだ事もない不思議な臭いがしますが、少なくとも血液には見えません。
しかも、ちょっとねばねばしているみたい。
幸いにも私には掛かりませんでしたが、これは一体……?
「……スマイリー。早くトドメを刺すように。再生されると面倒だ」
「さい、せい?」
倒れ伏したメフィーさんの身体をよく見ると、ほんの僅かにですが傷口が塞がりつつありました。
人間ではありえないです……体液が緑色な時点でそうなんですけど。
もう、何が何だか……
「ふむ、そのようだな。しかし奇怪な。この者は結局何者なのだ?」
「ホムンクルス。錬金生物の一種だな。その製法は既に失われている」
「そこまで、知っている、とはな……やはり、とっとと殺しておくべきだったか……!」
憎しみの籠った目でお姉ちゃんを見つめるメフィーさん。
あまりにも恐ろしいその視線に、私は足がすくみました。
怖い……怖いよ。
殺人を何とも思っていないお姉ちゃんも。
人を殺して平然としているスマイリーさんも。
刺されてなお憎悪を膨らませているメフィーさんも。
何で、こんな事するの……?
「では、な」
「お前達、顔は覚えたからな! 今度会ったら、絶対に仕留めて……」
「ふっ!」
スマイリーさんが、メフィーさんの頭を思い切り踏み抜きました。
まるで水風船みたいに弾けて、
ぶちゅり。
おえぇぇぇ……
無理、もう直視できない……
「この街での用事は済んだ。アガーテに向かうぞ」
「ああ……そうだな」
スマイリーさんは刃物を血振りしてから懐にしまいました。
どうやって収納してるんですか……と言うか、抜き身で刃物を服に仕舞わないでください。
普通に危ないでしょ。
ああもう、言いたい事聞きたい事がまた増えました!
ぐぬぬぬ……
「お姉ちゃん、本当に殺すまでしなくちゃいけなかったの!?」
「殺してない」
ええぇぇぇぇぇぇ!?
「どう言う事? 全部説明してよ!」
「……ホムンクルスは作成者の魂が込められている。今潰したそれだけがメフィーの所持している唯一のホムンクルスではない。要は残機だな」
……残機って何?
うん、それ以外はほんのりと理解は出来た。
だからメフィーさんが今度会ったら〜って言ってたんだ。
「じゃあ、さっさと行くよ」
「……あ、待ってよお姉ちゃん!」
唐突に歩き出したお姉ちゃん達の後を、私は早歩きで追いかけます。
メフィーさんの死体は放置しても大丈夫なのかなと、ハッとなって一度振り返りました。
しかし、そこには既に緑色の粘液の塊が地面にぶちまけられているだけでした。
……どうして、お姉ちゃんはこんな事を繰り返すんだろう。
それも、わざわざ私の前で。