「戻った」
お姉ちゃんが帰って来たと聞いてテントを出ます。
外はまだまだ日の高く明るい時間ですね。
お姉ちゃんは一人の女の子を伴って此方に歩いて来ます。
この子がその、アリアス様の子かな?
私達同じく金色の髪で、腰まで届きそうな程の長髪。
子猫を思わせる丸い眼をしていて、幼いながらも綺麗だなって感じがします。
赤を基調としたドレスがとてもよく似合っていますね。
楽しそうな表情でお姉ちゃんと手を繋いで……と言うか、掴まっています。
なんか、ちょっと近くない……?
「おう、おかえり……なんだ、なんか随分と打ち解けてないか?」
「まあね」
私と同じ事を考えたらしい皇帝陛下はそう尋ねましたが、素っ気無い返事しか貰えませんでした。
何度でも言いますけど、説明はちゃんとするべきだと思います。
「一応聞くが、その子が件の娘だよな?」
「ああ」
「初めまして、皇帝陛下。デシンク・フレア・ガスパールですわ」
デシンクちゃん、ね。
ちょっと変わった名前だけど、それを言ったらお姉ちゃんもそうだった。
そう言えば最近、名前を聞く機会が中々来てない気がするなぁ。
って、ガスパール?
アガーテじゃなくて?
「なんで家名がアガーテじゃなくてガスパールなんですか?」
「アリアスは元々ガスパール家出身だ。アガーテ家には婿として迎え入れられている筈だが……」
あ、そうなんだ。
アリアス様、お婿さんだったんだ。
凄く堂々としていたので、でっきり元々アガーテ出身の人だと思ってました。
でも、そうだとしても家名を変えるのはおかしいよね。
「えっと、それはですね、もうすぐ離婚するからこれからはそう名乗るようにお父様が」
り、離婚!?
アリアス様が!?
「……そいつはまた、何でだ?」
「私には詳しい事情を話してくれませんでしたけど……お母様と喧嘩したって訳じゃ無いと思いますわ」
「その根拠は?」
「お母様も離婚にはあっさり同意してましたし、お父様も離婚するのは不本意そうに見えましたから」
アリアス様の奥様は一度だけ会った事がある気がします。
私が物心ついた頃だから、八年前くらいでしょうか?
物腰穏やかな人で、優しそうな人だったと記憶しています。
名前は……ええっと、なんだっけ。
……思い出した、たしかアリシア様だ。
二人の仲までは詳しく知りませんけど、離婚だなんて……
「離婚ねぇ……その話はどのくらい前から出てたんだ?」
「十日程前ですわね」
ううん、何でアリアス様はいきなり離婚を……
「さて、タスさんや」
「発音が違う」
「……TASさんや、一つ聞くがな。なんでこの娘はこんなに友好的なんだ。まさか、これからどうするのかとか説明してないのか?」
「大した事はしていない」
どんな事をすればこれからお父さんに国を裏切って敵国に味方させる説得を頼めるのか。
それは私だってどうやってそうさせるのか不思議でなりません。
「仲良くなった過程が気になるんだよ。アルタも気になるよな?」
「え、あ、はい。気になります!」
お姉ちゃんは無言で佇んでいます。
しかし、ここで説明する機会を逃していたら駄目です。
何としてでもお姉ちゃんの口を開かせたい所……
と、思っていたら。
案外簡単にお姉ちゃんはその重い口を開きました。
「その、仲良くなる過程を飛ばしたの」
「どうやって?」
「彼女に、キノコを挿入して」
「うん……うん?」
キノコを……そうにゅう?
何それ?
「何だとッ!」
「閃いたッ!」
「同じくッ!」
何故か三人の軍人さんが興奮した面持ちで急に話に入って来ました。
いつからそこに居たんですか……それとなんでそんなに興奮してるんですか。
何だろう、この誰かに近付きたくなくなる感覚は……
「お前らなぁ……スマイリー、連れて行け」
「特別訓練を実施する者が増えて何よりだ」
「「「そんな〜」」」
最早、スマイリーさんが何処からか急に出てくる事にも慣れて来ました。
そして、この流れは一体なんでこんなにも繰り返されるんですか……
「……ぽっ」
デシンクちゃんは何故か両頬に手を当てて照れ臭そうにしています。
お姉ちゃんに何をされたのか、本当に謎です……
何ですか、キノコを挿入って。
幻覚作用のあるキノコでも口に突っ込んだの?
「……これ以上深く聞くのが憂鬱になって来たな」
この返答には皇帝陛下も困惑したご様子。
「そうだな。では、これから日が暮れるまで待機だ」
「ああ……うん? じゃあ何でそんな急いでこの娘の説得を?」
「私がそう言う性だから。最速かつ最適化を行うのが私の【異能】が求める本能なの」
「そ、そうか」
本能とまで言うなんて、どれだけなんだか……
「では、私も休んでくる」
そう言いつつ、お姉ちゃんはスマイリーさんが去って行った方へ歩いて行きます。
「まさか、混ざって来るとか言うんじゃないだろうな?」
「勿論」
「……流石のお前でも死なないか?」
お姉ちゃんでも命の危険がある訓練って何ですか。
命を失いかける訓練って最早訓練じゃないんじゃ……
「大丈夫、死にはしないから」
「そう、か?」
「ああ」
死にはしないって、含みがある言い方な気が……
何だかここ最近はそんな感じで発言の裏を考えてしまうようになっちゃいましたね。
……嫌な癖がついてしまいました。
私もまた、ある意味では成長しているって事なのかな。
◆ ◆ ◆
日が暮れた頃。
私は再び皇帝陛下に呼び出されてテントから外に出ます。
お昼寝していたので、テントの中では一人で読書をしていました。
「おーい、そろそろ時間だぞ」
「はーい。あ、ヴァルクラッヘさんが貸してくれた旅行記ですけど、意外と面白かったです」
「それは何よりだな」
特に、大国クルトラスクの料理の挿絵が魅力的でした。
その所為でしょうか、ちょっとお腹が空いて来ましたけど多分大丈夫です。
「それで、お姉ちゃんは何処に……?」
「あそこだ」
皇帝陛下の指差す方を見てみます。
そこには、何人もの軍人さんが倒れ伏す光景がっ!
「な、何かあったんですか!? ピクリとも動いてないように見えるんですけど!?」
「スマイリーの特別訓練で死ぬ程疲れてるんだ、そっとしておいてやれ」
「どんな訓練なんですか……お姉ちゃんは結局何処に?」
「あの死た……こほん、眠ってる奴等の中に紛れてるぞ」
「今死体って言いかけませんでした?」
試しにちょっと倒れている人を落ちてた木の枝につついてみます。
つんつん。
「……」
「や、やっぱり死んでるんじゃ……」
「安心しろ。おそらく多分きっと精神は辛うじて死と生の境界をややあの世寄りに彷徨ってるだけだ」
「いやそれ大丈夫じゃないですよね!?」
「まあ、帝国でいた頃も同じ訓練を受けていたそうだから平気だろ……平気だよな?」
「わ、私に聞かれても……」
どうしよう、お姉ちゃんも軍人さん達と同じなら……
「その心配はない」
「はにゃっ!?」
私は唐突に足元から声が聞こえて驚いてしまいます。
耳馴染みのあるその声は、間違う筈もなくお姉ちゃんの声でした。
目を向けると、うつ伏せになって動かないお姉ちゃんの姿が。
「……お姉ちゃんもスマイリーさんには勝てないんだね」
「今はね。でも、スターは取れたから問題ない」
「何の話??」
うつ伏せになりながら話すお姉ちゃんはちょっとシュールで面白いです。
しかし、スマイリーさんは一体どんな訓練をしてるんでしょうか……?
「気になるならやってみるか?」
「ふっ……もういきなり現れても驚きませんよ」
「ほう、慣れて来たようだな。案外、君は私寄りの者かもしれないな」
「それよりも、そろそろ出発する時間ですよね?」
「む……そうだな。楽しい時間はあっという間だ」
楽しい時間なんだ……
まあ、今も薄らと笑ってるからそうなのかなとは思ったけど。
「ああ。だが、当の本人がダウンしているな」
「私ならもう平気だ」
いつの間にか立ち上がっていたお姉ちゃんが、砂をはたきながらそう言います。
復活が早いです。
「んじゃ、行こうか。全員で向かうのか?」
「いいや。私と皇帝、それにデシンクとスマイリーだけだ」
「私は?」
「どっちでもいいけど」
どっちでもいいって……何だか急に適当になってない?
まあ、一緒に行くに決まってるけど。
お姉ちゃんから離れてはいけないと、そんな気がするから。
「私も行くよ、お姉ちゃん」
「そう」
……未来が見えてるなら、私も同行すると分かってる筈。
それなのに、わざわざ私に判断を任せたのは何でだろう?
「お姉様、参りましょう」
「ええ、そうね」
あ、デシンクちゃん。
いつの間にかお姉ちゃんの手を繋いで横に立っていました。
……以前なら、私がそこのポジションだったのに。
「うふふ、もしかして羨ましいのかしら?」
デシンクちゃんのその言葉に果てしなくイラっとしました。
こ、この子ってこんな性格だったんだ……
でも、ここは我慢です。
私の方が歳上だし、その程度で私の心は揺るぎません。
私はそんな怒りっぽい子じゃないのです。
「あ、必死に耐えてる顔してますわね。おほほ」
イラっ。
「そんな事ないですけどぉ?」
「ほ、ほっへをひっはらないれくらさいまし〜!」
あ、凄い伸びる。
よし、限界まで伸ばしてみよう。
「ぐにーん」
「ほっへはとれはいまふ!」
「アルタ、その辺にしておいて」
「……はぁい」
特に何もしてない筈なのに、ドンと疲れてしまった気がします。