日が暮れて視界の悪い森を抜けて、私達五人は街の前までやって来ました。
すっかり夜になってるけど、衛兵さん達はまだ見回りをしているようですね。
普段よりもたいまつの火が沢山で明るいです。
「そう言えば、どうやって入るつもりなんだ?」
「見つからないようにこっそり入るか、衛兵を静かに皆殺しにしてこっそり入るかのどちらかになるな」
スマイリーさんの発想が物騒過ぎます。
それの何処がこっそりなのか意味が分からないです。
そう言えば私を含めて皆、フードを被っています。
特に皇帝陛下は正体がバレたら大変な事になりそうです。
敵国のトップなんですから、きっと命を狙われちゃいます。
「……お姉ちゃん、どうするの?」
私はお姉ちゃんに聞いてみます。
下手をしたらもっとぶっ飛んだ発想が出て来そう……
どんな作戦を聞いても驚かないように身構えまておきます。
「堂々と正面から入る」
「……一周回って普通だね」
「だが、出来るのかそれは?」
「問題ない。行くよ」
お姉ちゃんはスタスタと歩いて行きます。
私達もそのあとを追いますが、やっぱりちょっと不安です。
本当に大丈夫かな……?
「そこの者、止まれ!」
「何者だ、名を名乗れ!」
二人の衛兵さんがお姉ちゃんに向けてそう声を張り上げます。
何だかピリピリしています……宣戦布告を受けたからでしょう。
帝国側からやって来る人間に対して警戒しているんだ。
「私の名前はカタストロフ・バレル・シェール」
お姉ちゃんがそう言うと、衛兵さんは驚愕した顔を見せます。
明らかに動揺している様子です。
そう言えば、私とお姉ちゃんはこの街を無断で出て行ったんですよね。
街の人から心配されてるかも……
「お前、帰って来て……!?」
「……自分の過去を知ったのか?」
衛兵さん達が驚いた表情になります。
「アリアス卿はおられるか?」
「……今丁度、ここに来ておられる」
……偶然にしては出来過ぎな気がするなぁ。
お姉ちゃんはきっと、アリアス様がこの時間にここに来るのを分かってたんだ。
そうでもなければ、あのせっかちなお姉ちゃんがわざわざ夜まで待つ筈がありません。
「本当は今のアリアス様にご報告なんてしたくないんだが……流石にすぐ近くまで来ているのに黙っているのは心苦しいからな」
そんな事を言いながら、衛兵さんの片方が関所に入って行きました。
……今のアリアス様って、どう言う意味なんだろう?
その答えを知るのは、思っていたよりも早くになるのでした。
「ところで、後ろの三人は誰なんだ?」
「連れだよ」
「……そうか?」
待機している方の衛兵さんが皇帝陛下の方を見ながら訝しげに首を傾げました。
う、やっぱり皇帝ともなると、顔が知られちゃってるよね……
何とかバレないように誤魔化さないと。
「なんか、どっかで見た事あるような……気の所為か?」
「き、気の所為じゃないかなぁ?」
「……ふーん、そっか。ならいいやー」
……私が言うのもアレですけど、この人はちょっと危機感が足りて無いんじゃない?
呑気に笑っているように見えますけど……
……ん、あれ?
この衛兵さんは見た事のない人ですね。
これでも、街の皆の顔は大体覚えているつもりでしたけど……
もしかして、最近この街に来た人でしょうか?
「あの、貴方は……」
「アリアス様が話をしたいとの事だ。奥に入れ」
私が不思議に思っている間に通達されたようです。
話を聞きそびれましたけど、まあいいよね。
戻って来た衛兵さんの案内で、私達は関所の中へと足を踏み入れました。
◆ ◆ ◆
部屋に入ると、そこには机に座っているアリアス様がいました。
「やあ、お二人さん。やっと戻って来たと思ったら、私に何の用かな?」
目の下の隈、凄っ!?
アリアス様は最後に会った時からそこそこ経ってますけど……
ざっと四週間くらいでしょうか?
しかし、私でも分かる程に疲労が見て取れます。
髪は最低限には整えられているもののパサついていますし、少しやつれています。
「あの……アリアス様、疲れてるなら休まれた方がいいのでは?」
「問題ない。たかだか五日程寝ていないだけだよ」
いやいやいや!
死ぬって、それは流石に死んじゃうってば!?
「いや、その、話とか後で良いので休んでください!」
「私もそうしたいのは山々だがね、アルタ君。帝国から宣戦布告に備えたり、行方不明だった某国の王女姉妹がようやく見つかったりと、色々とそれどころじゃなかったのだよ」
アリアス様の顔は一応笑みの形を取ってはいますが、目が笑っていないような……
と言うか、妙な迫力があって少し怖いよ。
……ん、それと。
アリアス様は私達の身分を知ってたんだ。
きっと、最初から。
「半分は自分の蒔いた種だろう」
「……そこは否定できないね」
静かにそう答えたアリアス様は、手の上に顔を載せながら問いかけます。
「それで、デシンク。お前は何をしていた?」
「ビクッ!」
デシンクちゃんは急に呼び止められて思わず肩が跳ねたみたい。
まあ、声が聞いた事無い程低かったから私もちょっぴりびっくりしたけど……
フードを目深に被ってたのに気付くなんて、アリアス様はこんな状態でも鋭いです。
「いや、あの、それはそのぉ……」
「……言い訳は後程たっぷり聞いてやろう。それで、残りの二人は」
「皇帝陛下とその懐刀だ」
「……」
お姉ちゃんがあっさりと言い放った二人の正体に、アリアス様は無言になります。
皇帝陛下がフードを外すのを呆然とした様子で見ていました。
そして、そのままじっとした状態が続きました。
……あれ、どうしたんだろう?
「アリアス様?」
「……」
私が呼び掛けても反応してくれません。
虚空を見つめたままピクリともしないです。
「お姉ちゃん、これは……」
「案ずるな。目を開けたまま気絶しているだけだ」
「大丈夫じゃないよね、それ!?」
たしかに心労が溜まっている時に、いきなり他国の偉い人が来たらすごくびっくりすると思う。
だけど、まさかここまで……
心無しか、アリアス様が燃え尽きて真っ白になっているようにも見えてきました。
「起こさなくてもいいのか?」
「死ぬ程疲れてるようだし、寝かし付けてやった方がいいのではないか?」
スマイリーさんが懐からサッとナイフを取り出します。
いやいやいや、流石にそれは駄目でしょ!?
いくらなんでもそれは……
「……冗談だ」
「ブラックな冗談は程々にしてください!」
「それで、これからどうするんだ?」
皇帝陛下がお姉ちゃんを見つめながらそう問います。
これからの予定を教えて貰えずに行動するのはやっぱりモヤモヤするものです。
「別に、大した事はしない」
お姉ちゃんはそう言うと、アリアス様の額を指で弾きました。
すると、アリアス様はゆらりと動き出します。
「私は一体、何を」
「私がここに戻って来た目的を話すところだ」
「あ、ああ……そうだったな」
「詳しくはこれに纏めておいた。同意するならば明日、記しておいた場所に来てくれ」
「断る、と言ったら?」
「断れないようにして来たつもりだが」
「……はぁぁぁ」
アリアス様はらしくない大きなため息を吐きました。
「……お前だな、そこの気狂いを身体で誑かして戦争するように仕向けた張本人は」
「大体そうだね」
「おいおい、気狂いとは酷いじゃないか?」
身体で誑かすって何?
皇帝陛下は口では否定していますけど、本心から否定しているようには見えません。
気狂いなんて言われたのに……
「……デシンクまで皇帝の毒牙にかけられたか」
「かけてねーよ。俺はそこまで狼じゃないぞ」
「十四も歳下の妻を娶ってる癖によく言うな」
十四歳下の奥さん!?
「こ、皇帝陛下は何歳ですか?」
「ヴォルクラッヘでいいと言っただろう? 俺が結婚したのは二十六の時だな」
「ええと、二十六引く十四だから……十二歳の子と結婚したんですか!?」
いやいやいや、いくらなんでも低年齢過ぎるでしょ!?
どうしよう、ちょっと皇帝陛下から距離を取りたくなって来たような……
「そんな事はさておき。最後通告だ、我々に協力しなさい」
「……お前は、こっちの状況を把握しているのか?」
苦々しそうな表情のアリアス様のその問いに、お姉ちゃんはこくんと頷きました。
お姉ちゃんは知っていても、私は知らないから困るんだけど。
ここまで頑なに事前説明がないのに理由はあるのかな……
「……分かった。詳しくは明日だ。私はもう寝る」
「うん、是非そうしてください」
流石にこれ以上アリアス様に心労をかけるのは気が引けます。
早く撤退しましょう、そうしましょう。
「しかし……敵国まで堂々と皇帝が来るとはな」
「俺は気狂いなんだろう? なら、それくらいしてもおかしくはないよな?」
「……それだけ友人と息子が惜しいか?」
「さて、それを答えてやる義理はないんじゃないか?」
アリアス様の質問に、一瞬だけ皇帝陛下の表情が冷たくなりました。
しかし、そんな雰囲気はすぐに霧散していつもの調子に戻ります。
息子……?
もしかして、皇帝陛下も……
まだ私に言ってない事が、あるのかな?