「で、伸びてるコイツをどうすんだ?」
気絶しているジョンさんを見ながら皇帝陛下がお姉ちゃんにそう問います。
……こ、殺すとか言わないよね?
「任せる。二時間後に出発だ」
お姉ちゃんはそれだけ言って、テントの中へと入っていきました。
もしかしたら、流石のお姉ちゃんも疲れていたのかもしれません。
良かった……いや、でも。
私が昨日寝たテントとは別のテント。
最近のお姉ちゃんは一緒にいてくれません。
私自身、今の距離感では近付きにくいです。
有難い気持ちが少しだけあるのが本当に嫌な感じ。
「そうか。スマイリー」
「はっ」
「待って待って! スムーズに処刑を進めようとしないでください!」
皇帝陛下に声を掛けられた直後には、スマイリーさんは既にナイフをジョンさんの首に当てがっていました。
だから判断が早過ぎますってば!
あっ、もう既にちょっと血が垂れてる!?
「別に殺す必要ないじゃないですか! 縛ってそこら辺にでも放置するとか……」
「なるほど、魔物に後始末をさせると」
「スマイリー、アルタはそんな事考えないぞ」
「そうですよ!」
鳥葬って言うのを聞いた事がありますが、いくら何でも残酷です!
「ふむ、ならば全身の関節を折ってから木に磔にしておきましょう」
「それで良いだろうな」
なんでだろう。
余計残酷な事をしている気分になっちゃった。
いっそ、一思いにした方が良かったのかなぁ……?
私がモヤモヤしていると、お姉ちゃんの入って行ったテントからデシンクちゃんが出て来ました。
え、なんでそこから出てくるの?
昨日はお姉ちゃんと一緒に寝てたの??
実の妹であるこの私を差し置いて……???
「終わりましたのね……」
デシンクちゃんは静かにそう呟きました。
そうだ……この子は家族を、父親を失ったんだ。
変に嫉妬してる場合じゃなかった。
「デシンクちゃん……」
「気軽に話しかけないでくださいます?」
……折角心配したのに。
思っていたよりは元気そうで良かった。
「ふん……気持ちだけは頂いておきますわ。でも、気持ちの整理は昨日済ませておきましたので」
「昨日って言うとまさか、アリアス様と二人で話した時?」
「ええ。どの道、お父様は処断される身でしたもの。ですので、心残りは御座いませんわ」
普段と変わらない様子で話しているデシンクちゃんだけど……
僅かに唇が震えているのを、私は見逃しませんでした。
口ではそう言っているけど……完全に心の整理は出来て無いんだと思う。
私だって出来てないんだよ。
家族であるデシンクちゃんは尚更だよ。
口振りから察するに、お姉ちゃんはきっとこの子にはアリアス様が殺される事を話していたんだと思う。
だからって、身内の死をそのまま受け入れるだなんて……私なら無理かも。
何がなんでも止めると思う。
気丈に振る舞うデシンクちゃんは、淑女らしくて素敵だと思う。
だけど……いつまでも感情を抑えたままは良くないんじゃないかな。
私だって、いつかは燻る気持ちをお姉ちゃんにぶつけないといけないから。
今は、ちょっと怖くて出来ないけど。
「デシンクちゃん」
「だから、ちゃん付けは……」
「お姉ちゃんが二時間後に出発するって言ってたけど、私には詳細が分からないんだ。貴女は知らない?」
「あら、そんな事も知らなくて?」
ニヤニヤと、なんだかビンタしたくなってくる笑顔を浮かべるデシンクちゃん。
うん、この子にも慣れて来た気がする。
いつの間にか皇帝陛下も私の隣にいました。
「俺も知りたいな。是非とも聞かせてくれ」
「ふふっ、お姉様から聞かされてないのですね」
「だから、教えてくれないかな?」
「いいでしょう。拝聴なさい!」
そう言い放つデシンクちゃんは、いつも通りの調子に戻っていました。
多分、これがこの子の平常なんだよね。
お姉ちゃん程じゃないけど、この子も変わった子だ。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「準備はよろしくて、皆様?」
「「「はっ!」」」
「では、進軍!」
きっかり二時間後。
私達は数台の馬車でアガーテの街を経っていました。
皇帝陛下の軍全員がアリアス様直属騎士の格好に着替えています。
昨日の内に手筈が整っていたようで、少し前に迎えの人達が来たのです。
騎士団に変装した帝国軍は怪しまれる事のなくアガーテの門を潜りました。
表向きの代表はデシンクちゃんがやってくれるみたいです。
お姉ちゃんは馬車の中で寝ていただけでした。
……移動中の時間がいよいよ耐えられなくなったのかな。
「これで、何事もなく王都まで行けるんですか?」
「いや、この人数だ。補給を考えると途中で四回は補給の為街に寄る必要があるだろうな」
私の対面に座っている皇帝陛下はそう答えてくれました。
御者席にはスマイリーさんが座っています。
以前、アガーテから王都までは一週間程度でした。
ですが、その時よりも人数は倍近いです。
正直、騎士に変装した帝国軍の人数が結構多い気がします。
軍隊としては絶対に少ないと思うけど。
「ううん、でも私達が帝国軍だってバレないでしょうか?
「アイツの書いた手紙もある。堂々としていればそう簡単にはバレないんじゃないか?」
手紙とは、お姉ちゃんの書いた物です。
ジョンさんを倒した後にお姉ちゃんが筆をを取っていたようですね。
差出人はお姉ちゃんではなく、アリアス様と偽っているとか。
普通なら印で偽物だと分かるそうですが、デシンクちゃんがこっそり判子を持ち出していたそうで……
本当、全部計算ずくですね。
「詳しく検査とかされると、流石にボロが出ちゃうんじゃ?」
「まあ、そこら辺は貴族としての強権でどうにかならなくもないだろうな。だが……」
「教会勢力にはバレる、ですか?」
「ああ。アイツらはそれぞれが尋常じゃない。必ず見透かされてしまうだろう」
たしかに、ジョンさんもお姉ちゃんが簡単にやっつけてはいました。
けど、それはなんかこう、卑怯なワザを使ったからって感じがします。
正面から戦うと、非常に苦戦しそうです。
そんな人達を相手にするのは、とても大変な事だと思います。
お姉ちゃんやスマイリーさん辺りはともかく……
「デシンクちゃん、矢面に立ってくれているけど大丈夫でしょうか?」
「不安ばかりだな……気持ちは非常によく分かるが」
大体、お姉ちゃんが作戦を言ってくれない所為です。
「仮にもあのアリアスの一人娘だ。何とかしてくれるだろうよ」
……アリアス様。
あの人の死体は残ってないようで、しばらくは行方不明扱いになるようです。
街の皆は不安そうでしたけど、アリアス様の奥さんが皆の前で諭しているのを見ました。
立派な方だったのに……何で死んじゃったんだろう。
「ちょっと調べてみたんだが、どうやらアリアスはお前ら姉妹を逃した罪で迫られてたみたいだな」
「えっ……?」
「帝国や公国の反現体制派を抑える盾を失ったんだからな。そりゃ詰られるさ」
「まさか、それで死刑に……?」
「流石に王国もそこまではしないんじゃないか? だが、わざわざ離婚して身内への被害を軽減しようと足掻いていた辺り、大分切羽詰まっていたんだろう」
「……」
それはつまり……あの時。
私達が王都から逃げ出しちゃったから、アリアス様は……
「……お前があいつをどう思っているのかは知らんけどな、アルタ」
「な、なんですか?」
「心に棚を作れ。明日は我が身かもしれないんだからな」
皇帝陛下はそう言うと口を紡ぎます。
……死ぬ覚悟なんて、私には簡単に出来ないですよ。
殺す覚悟も、全然出来ていないんだから。
私の知らないアリアス様がいるって事は分かりました。
例え、私達姉妹を気に掛けてくれたのが損得勘定しかなかったとしても……
私は感謝しているんです。
だから……こんなにも悲しいんですよね。
「気にかかるのは、やはり教会勢力だな。アリアスの騎士団と言う強力な隠れ蓑があるとは言え、奴等の力は侮れない」
「と言うと?」
「デシンク嬢も言っていたが、今のところ警戒すべきは教会の連中だけなんだ」
お姉ちゃんの作製した偽手紙でも、教会の人達を騙すのは難しいんだそうです。
道中、教会の人と揉める事になるのは確定なんだとか。
教会の人達が他の貴族とか衛兵さんとかと手を組まれたら大変ですが……
私達の風体はアリアス様の騎士団。
そう簡単には敵と認定し難いですよね。
「しばらくは馬車の旅ですね。私がこの道を通るのも二度目です」
「ははっ、そいつは頼もしいな」
そんな風に、表向きは親しみやすそうに笑顔を浮かべる皇帝陛下。
私は皇帝陛下が隠し事があると知っています。
相手は聞かれたくないだろうから、傷付けたくないから。
そう自分に言い聞かせながら投げかけたい質問を心の奥に引っ込める。
ここ最近ですっかり慣れきってしまった感情。
臆病な自分に対する嫌悪感。
馬車に揺られながら、私は静かに考えてしまいます。
もし、このままお姉ちゃんの言う通りに事が運んだとして。
一体どうなるのか。
私とお姉ちゃんの距離感は、少し前とは大きく変化してしまいました。
それも、限りなく悪い方向に。
このままではいけない。
そうだと分かってはいるんですけど……
こんなにも誰かと心で触れ合うのが苦しく感じたのは初めてです。
……ほんと、臆病だね、私は。
ちょっと前までの私なら、素直に仲直りの為に動けた筈なのに。
今の私は怖いから、傷付けてしまうからと言い訳してばかりで。
勇気を出してお姉ちゃんと話そうとしても……声が出なくて、言葉が出てこなくて。
結局、現状維持を選んでばかり。
これを臆病と言わずになんて言えば良いんだろう。
時折、夢に見るんです。
返り血で全身が赤黒く汚れたお姉ちゃんが佇んでいる夢を。
人を殺して淡々としていたお姉ちゃんは、本当にお姉ちゃんなのかな?
違っていて欲しいと考えてしまうけど、根本的には無意味かもしれない。
お姉ちゃんの意思ではなかったところで……悲しい事には変わりないし。
今のお姉ちゃんが嫌いって訳ではないんです。
ただ……なんか、嫌なんです。
目的の為なら何でも出来る、出来てしまう。
私の夢の為と言いつつ、きっとその裏でとんでもない事をしようとしているお姉ちゃん。
でも、それは結局私の為である事は変わりないような気がする。
そして、それはきっと何があろうとも成就するんだろう。
きっと、何もかもを……自分自身を犠牲にしてでも。
……ああ、そうだったのかも。
今のお姉ちゃんが好きになれないのは、きっと……
「おーい、アルタ。そろそろ夕飯だぞー」
気が付けば、もう日が暮れていたようです。
……時間が流れるのが早く感じるね。
さて、夕食の仕度手伝おうっと。
王都まで、あと十日。