「……と言う事があったのさ」
「それっておかしくないですか?」
「俺もそう思う」
トドメが塩って……まるで意味が分からないです。
相手はナメクジだったんですか?
お姉ちゃんが理解不能なのは前からなので、もう慣れているつもりでしたけど。
やはり、まだまだお姉ちゃんの事を知れていない事を痛感しました。
結局、直接の被害は皇帝陛下の軽い負傷だけで済んで良かったよ。
私の怪我なんて、強いて挙げるなら腕に付いた縄の跡くらいです。
だとしても、本当に酷い目に遭いました……
【フライシュッツ】とか言ったっけ。
厄介な人達ですよ、本当に……
「で、お姉ちゃんは今どうしているんですか?」
「銀行に行って来るとか何とか」
「ああ、きっとカジノですね」
「賭場を銀行って呼んでるのかあいつは……」
因みに私達は宿の一室で待機中です。
今日は疲れたので、皇帝陛下と一緒にゆっくり休んでいるところだ。
散々な一日でしたね、ほんと。
「それにしても、アルタに怪我が無くて良かったぜ」
「ヴォルクラッヘさんも、軽傷だったみたいで安心しました」
「さんも付けなくても良いんだがなぁ」
「皇帝を降りたら考えてもいいですよ」
「言いよる」
皇帝陛下は頭に包帯こそ巻いてるけど、元気そうです。
私が連れ攫われた場所にも駆け付けてくれたと聞きました。
うん……素直にそれは嬉しいです。
「そうだ。聞きそびれてたが……あの時、誘拐される直前の時になんて言おうとしたんだ?」
「えっと……ん、あの時ですね」
ちょっと誘拐されたショックで忘れかけてました。
今でも結構怖かったとは感じてますよ?
……ただ、もっと衝撃的な光景を見た所為で耐性がついてしまっただけで。
「な、なんか今言うとなると恥ずかしいですね」
「恥ずかしいってお前……」
「あの時はこう、勢いと言うか雰囲気に流されちゃったと言うか!」
「そうか。皇帝命令だ、言え」
な、何とか言わずに済む方法は無いかな?
そうだ、これなら!
なるべく、甘えた感じの表情を作って……
「嫌です、ヴォルクラッヘ」
「今だけは皇帝陛下と呼べ」
……なんて悪い笑顔!
あれだけ呼び捨てで良いとか語ってた癖に!
「ほらほら、言うまで聞き続けるぞ?」
「し、仕方ないですね。隠し事も良くないですし」
お姉ちゃんと同じく秘密を作るのもアレだからね。
「……私は貴方が目指した理想も分からず、正しさを決められる程この世界を知りません。だけど」
「だけど?」
「私は貴方が治める国を、家族を、幸せに出来るだけの力があると思います。貴方の家族になれたら……幸せだろうなって。家族になろうって言ってくれて、とても嬉しかったっと。そう言いたかったんです」
「……こんな俺がか?」
「過去を振り返って後悔している人が、今を変えようと心の底から願うなら。私はきっと変われる筈だと思います。現に、私の事も助けに来てくれたでしょ?」
「……」
「……」
「……顔、赤いぞ」
「だ、だから恥ずかしいって言ったじゃないですか!」
全く、この人はもう……!
「そうか、そう思ってくれるのか。お前は」
皇帝陛下は嬉しそうな微笑みを浮かべていました。
……ともかく、元気付けられたみたいで良かったです。
「よしアルタ。この戦争が終わったら俺と家族になろう」
「それは駄目ですよ」
「えっ」
皇帝陛下は捨てられた子犬みたいな表情になりました。
ううん、気持ちの乱高下が激しい人だなぁ……
「それは……どうしてだ?」
「私だけが幸せになっても意味が無いんです。お姉ちゃんも幸せになってくれなきゃ嫌ですよ」
「……あいつ、頷いてくれる気がしないな」
「それに、幸せは自分の手で掴む物だって。昔のお姉ちゃんが良く言っていました」
「ほう、昔のあいつが?」
興味深そうに聞いて来ますね……まあ、いいですけど。
そんなに昔のお姉ちゃんが気になるのかな?
……今はあんなだし、気になるのも当然かも。
「昔のお姉ちゃんは何と言うか、口煩い人でしたね」
「そりゃあ結構意外だな」
「私って、普段敬語じゃないですか。それも、お姉ちゃんがこうしなさいって教えられたのが癖になったんです」
「ほう、そうなのか。意外と礼節に厳しい奴だったのか」
「それはもう、です」
アリアス様への口の聞き方とか、頼んでもないのにガミガミとお説教されたっけ。
懐かしいなぁ……話し方の矯正に丸一日潰したんだっけ。
お姉ちゃんも最後に疲れてたいつの間にか寝ちゃったんだよね。
街の皆に頼まれてたお仕事も忘れて、二人で熱中した思い出が蘇りました。
……でも、もうあの頃には戻れないんだよね。
「急に……悲しい顔するなよ」
「あ、私ったら……ごめんなさい」
もう戻る事の出来ない……壊れてしまった過去はこの上なく美しく、尊く、愛おしいんだ。
初めて知りました、こんな悲しい気持ちを。
「……私、最近思うんです。誰かに与えられるだけの幸福に、甘えてもいいのかって。お姉ちゃんの言う事をただ聞いているだけじゃ駄目なんじゃないかって」
勿論、お姉ちゃんの言う通りにすれば私はきっと幸せになれるんじゃないかと思います。
だけど……なんだか、本当にそれで良いのかなって。
そんな考えが浮かんでは消えて行くんです。
あの時、自分の願いを言わなければ良かったと。
お姉ちゃんの思惑を崩す事なんて、とても出来ないだろうから。
「そう、だな。俺も、あいつの言う事を完全に信じる気はない。何と言うか、まだ話してない事があるような気がするんだよな」
「あ、それ凄く分かります」
「……やっぱり、一度腹を割って話す機会が欲しい所だな」
本当に皇帝陛下の言う通りです。
この人の持っている影は大体理解したつもりだから、信用出来るんですよ。
私、お姉ちゃんの本音を聞いてみたい……この上なく難しいだろうけど。
「ともかく、お姉ちゃんを説得出来るのが前提ですよ」
「ははっ……それはまた、無理難題だな」
「私、お姉ちゃんにも幸せになって欲しいので」
「……アルタ。お前はまだ子供なんだから、そこまで無理しなくても」
「駄目ですよ」
そこだけは、絶対に譲れない。
「私がやらなかったら誰がやるんですか。お姉ちゃんの家族は、私だけなんですから」
「私がいますわっ」
「えっ」
「ん?」
こ、この甲高くて無性に腹が立つけど何処か甘えさせたくなる声は……!?
「デシンクちゃん!?」
「ちゃん付けはお辞めなさいと言ってるでしょうに」
ムスッとした顔でデシンクちゃんが扉からひょっこりと顔を出していました。
いつの間に……って、同じ宿に泊まってるから別に不思議じゃないかな。
「そう言えばお貴族様ってお付きのメイドさんとかいると思ってたけど、デシンクちゃんには居ないんだね」
「唐突に失礼な方ですわね! 一応居ますわよちゃんと!」
「今は居ないみたいだけど?」
「屋敷に置いて来ましたわ。ハッキリ言って、この戦いにはついて来れなさそうでしたので」
へー。
「それじゃ、そろそろ遅いし寝ましょうか。皇帝陛下、お休みなさい」
「ああ、いい夢を」
「ちょ、待ってくださる!?」
「嫌です」
「話し疲れて眠い」
デシンクちゃんは信じられないと言った様子で、あんぐりと口が開けっ放しです。
この子、一々動作が大袈裟な気がします。
貴族令嬢って皆こんな感じなんでしょうか?
「ええい、私の話を聞かないと朝まで歌いますわよ!?」
「他のお客さんに迷惑でしょ」
「そうだな」
「きぃぃ!」
そんな、ハンカチを噛んで忌々しそうな視線をぶつけられても困るんだけどなぁ……
「ははっ、冗談だ。アルタ、悪いが話を聞いてやってはくれないか?」
「え、どうしてですか?」
「ふん、それは私から説明致しましょう」
気を取り直したらしいデシンクちゃんが真面目っぽい表情を作ります。
そんな顔も出来たんだと少しだけ驚いちゃいましたが、本人には黙っておきましょう。
今度は騒ぐだけでなく襲い掛かられそうです。
「私が皇帝陛下に勧めたのですよ、本音で話し合えと!」
「えー、そうだったの?」
「確かにそうだが、話す決心を付けたのは俺自身だ。まあ、背中を押してくれたのはデシンク嬢だけどな」
……それは、思ってもみませんでした。
まさか私の見ていない所でそんな事が。
「でも、なんでデシンクちゃんがそんな事を? お姉ちゃんの指示?」
「違うわよ……見てられなかったのよ、貴方達のやり取りが!」
今度は一転して怒ったデシンクちゃん。
よく考えてみれば、お姉ちゃんがそんな指示する訳ないか。
でも、この子がこんな風に私達に接触するとは思ってもみなかったです。
「お父様みたいに本音を巧妙に隠しているその姿が嫌だったからそうしたのですわ!」
「……それ、お姉ちゃんにも同じ事言えない?」
「最初はそうでしたので、本音を教えて欲しいとおねだりしてみたのですが……ぽっ」
急に顔を赤くして……今度は何をされたんですか。
果てしなくどうでも良い気もしますが、やはり気になってしまいますね。
「と、とにかくお姉様は良いのですわ!」
「何なのそれ……まあ、いいけど」
「……その点、貴女は裏表が無いのは美徳だと思いますわ」
「貴女もそうですね」
「「……ふんっ」」
「二人は仲良しだな。うんうん、良きかな良きかな」
何処が仲良しなんですか……
「それに、本音を言えてないのはお前もなんじゃないか?」
「む、むぅ……」
「仕方ない。代わりに俺が代弁してやろう。こいつはアルタとも友達になりたくて」
「わあぁぁぁ!? 何勝手に抜かしやがりあそばされてるんですの!?」
口調がおかしくなってるよ、デシンクちゃん。
そう、私とも友達に……か。
「本当に、本当にちょっぴりだけ、嬉しいかな」
「ちょっぴりは余計でしてよ、全くもう……」
照れ顔のデシンクちゃんは、意外にも可愛らしかったです。