TASさんが異世界で無双するようです   作:紙吹雪

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温泉街秘毒混入事件

 

「くそっ、早く風呂に入りたいな……」

「泥があちこち付いてますもんね。街までもう少しですよ、ほら」

 

 土砂崩れの翌日。

 私達は次の街を目指して馬車に揺られていました。

 と言っても、もう街は目に入る距離にあるんですけどね。

 

「お風呂に入りたいなら好都合ですね。あの街は温泉が有名なんですよ」

 

 観光地として王国ではかなり有名です。

 貴族の方も良く訪れるので、宿泊施設が充実していますね。

 

「ほう、そうなのか。入った事あるのか?」

「いえ、最初に訪れた時はちょっとしたトラブルがあって……」

 

 あの時はたしか、アリアス様の荷物が窃盗に遭う事件があったっけ。

 幸い、犯人はすぐに見つかったし荷物も戻って来ました。

 ですが、アリアス様が念の為早めに街を出る事に決定したので、温泉に入る暇がなかったのです。

 拗ねた私に、お姉ちゃんが帰りに入れば良いって言い聞かせてくれたのを思い出します。

 

「そうか。入る余裕、あると良いな」

「そうですね……お姉ちゃんは急ぐからとっとと行こうとか言いそうです」

「言わないよ」

 

 外の御者席からお姉ちゃんの声がしました。

 ……いつからそこに乗ったんでしょうか。

 少なくとも、今朝乗る際にお姉ちゃんは見てませんでした。

 

 試しに御者席を覗いてみます。

 お姉ちゃんはいませんでした。

 ……幽霊の類でしょうか。

 

「……それなら、思う存分堪能出来そうだな」

「……ですね。デシンクちゃんも入るかな?」

「体調次第じゃないか?」

 

 デシンクちゃんは現在後方の馬車でお休み中です。

 大した怪我はしてなかったので、そろそろ回復してると思うんだけど……

 たしか、癒し効果のある温泉もあった気がする。

 

「ま、それもこれも到着してからのお楽しみだな」

「ですね」

 

 

 

⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 

 

「えっ、毒物混入事件!?」

「うむ。その所為で今はどの店も点検中でな。少なくとも夜まで掛かるだろうから、今日中は入れないだろう」

 

 折角楽しみにしてたのに、こんな事って……

 しかも、私はお預けされるの二回目なんだけどっ!?

 

「そんなぁ……」

 

 街に到着して温泉付きの高級宿屋を取り、さあ温泉に入るぞと勇足で向かっていた所で……

 宿屋の方の話によると、事件が合ったのは今朝らしいです。

 この宿屋のオーナーさんが浴場で倒れているのが発見されたんだとか。

 それで原因を調査したところ、温泉に何かしらの毒素が含まれているのが発覚したそうです。

 しかも源泉から、です。

 

 どんな毒かはまだ特定出来ていないけど、症状自体はそこまで重くはないらしいです。

 しかし、複数の温泉で同じ症状を訴える利用者が続出しているんだとか。

 な、なんて傍迷惑な……

 

「そんなぁ……」

「犯人はまだ見つかってないのか?」

「ええ。手掛かり一つすら見つかっていませんし、捜査は難航していますよ」

 

 これは……無理かもしれない。

 うう、これはもう温泉に入るのは諦めて先に進むべきかも。

 せっかちなお姉ちゃんも、きっとそう言う筈だよね。

 本音を言うなら助けになりたいけど、私には出来る事なんて……

 

「犯人探しだな、任せろ」

「えっ?」

「へっ?」

「へけっ?」

 

 お姉ちゃんが、進んで人助けを……?

 

「まさか、偽者!? この前磔にされたあの人が化けてるんですか!?」

「落ち着けアルタ。ほら、俺は落ち着いているぞ、この通り」

 

 皇帝陛下……たしかに見た目は冷静に見えるけど、声が裏返ってますよ。

 

「いや、気持ちは有難いが……朝からずっと大人数で捜査中なのだよ」

 

 ふと横を見ると、あちこち走り回っている人が見受けられます。

 ううん、たしかにそう簡単に見つけられたりはしなさそう。

 ……お姉ちゃんじゃなければ。

 

「まあ、なんだ。頑張れよ」

 

 そう言って彼は宿に戻りました。

 忙しそうにしていたので、早く戻りたかったのでしょう。

 

「しかし、お前はわざわざ解決しに行くなんてどう言う風の吹き回しだ?」

「……」

 

 お姉ちゃんはそれには答えずに一人歩き出します。

 私も同じ事が気になりましたが、私が聞いても答えてくれなさそうです。

 

「まずは第一被害者に会いに行く」

「へいへい、分かったよ」

 

 お姉ちゃんはそう言いつつ、宿の中に入って行きます。

 

 ……ん?

 町長さんに会いに行くって事は、その場に犯人が居るって事なのでしょうか?

 お姉ちゃんにしては言い方に違和感を感じますね。

 それに、もう一つ気になる点があります。

 まずはって口頭に付けているのは、次にする予定の行動があるんでしょう。

 お姉ちゃんなら過程を全部すっ飛ばして犯人を捕まえられる筈なのに……

 

「とっとと行こうぜ。もし解決したら、特別に貸し切りにしてくれそうだしな」

「私も参りますわ」

「あれ、デシンクちゃん居たんだ」

「人の事を空気みたいに言わないでくださる!?」

 

 だって、全く気付けなかったもん。

 それはそうと……うん、元気そうで安心した。

 

「身体はもう大丈夫そうだが、なんでまた?」

「困っている民草を救けるのは貴族の勤めですもの」

「おお……王国で言う『ノブレス・オブリージュ』ってやつか」

 

 ……デシンクちゃん、本当に良い子!

 私よりもしっかりしてるし、貴族としての自覚もあるし。

 ……お姉ちゃんと仲が良いみたいだし。

 尊敬出来る部分も沢山あるの。

 変わった所も沢山あるけど、根は凄く優しいんだと思う。

 

「何だか賞賛と批難を同時に受けているような気がしますわ」

「気の所為ですよきっと」

「……別に敬語は要らなくてよ。貴女とはもうそんなに知らない仲でもないでしょう?」

 

 そう言いつつデシンクちゃんは私に背を向けてお姉ちゃんの後を追います。

 耳が赤かったので、恥ずかしかったんだと思います。

 正直じゃないんだから、ほんと。

 

「たしか、第一被害者って宿屋のオーナーさんだっけ?」

「ああ」

「温泉に混入された毒で伏せておられると聞きましたわね」

「何にせよ、話を伺える状態だといいんだがな」

 

 私達が宿屋の廊下を歩いている中でも、慌ただしくしている従業員の人達がいます。

 色々と対応に追われているようですね。

 疲れた表情をしている方が多い気がします。

 

 実はこの宿に泊まるのは二回目だったりします。

 以前アリアス様が宿泊したのもこの宿でした。

 その時は凄い美人な女の人がおもてなししてくれたっけ。

 あの人、また会えるかなぁ。

 

「ここだ」

 

 お姉ちゃんがとある部屋の前で足を止めると、ノックもなしにドアを開けました。

 いやいや、礼儀っ!

 私にはよく言葉遣いをお説教してた癖にっ!

 

「な、なんだね君は……こほっ」

 

 部屋の中では、顔色の悪い中年の男性が布団で横になっていました。

 喋るのも辛そうな様子で話を聞くのが少し躊躇われますけど……

 それよりも、まずはする事があります。

 

「ノックも無しに入って本当にすみません!」

「いや、よい。それよりお主らは何者じゃ?」

「通りすがりの観光客だ」

 

 ……なんでしょうか、この合ってるんだけど違うんだって叫びたい感覚は。

 

「なるほど、宿泊客か。それにしては風体がただ者ではなさそうだが」

 

 ギクリ、と。

 純粋な貴族であるデシンクちゃんは露骨に目を逸らしました。

 逆に皇帝陛下は堂々としていますね。

 流石、普段からお忍びで街に出ているだけあります。

 

「どうやら知っているようだが、一応自己紹介しておこう。私はシクタ。このような体制でしか挨拶が出来ず、申し訳ない」

「えっと、ここの温泉のオーナーさんですよね?」

「うむ。この街で最も人気の高い、と付け加えれば完璧じゃな」

 

 ……思ってたよりも余裕があるよ、この人。

 接客するにしてはちょっと頑固そうな性格なのが気になるけど。

 

「それで、何の用じゃ?」

「温泉に混じった毒に心当たりはあるか?」

「その話か……」

 

 シクタさんは若干辟易した様子でこう返しました。

 

「分からぬ」

 

 ……まあ、普通そうだよね。

 原因が簡単に分かったらここまで大事になってないもん。

 だとしたら、何故お姉ちゃんがわざわざこの人に聞き込みを……?

 

「そう。話は変わるんだけど、源泉の近くにある花畑が綺麗だと聞いたので行ってみたいのだけど」

 

 綺麗な花畑?

 そんな場所あったっけ?

 

「ああ、あそこか……」

 

 どうやらシクタさんは知っていたようですが、何だか複雑そうな顔をしています。

 ……何か思う所でもあるのかな?

 少し気になるけど、聞けるような体調じゃないよね。

 

「温泉が入れない代わりにと言ってはなんだが、行ってみてはいかがだろうか?」

 

 ……そんな場所があるなんて知らなかったや。

 少なくとも、初めて訪れた時には聞かなかったよ。

 それにしても、お姉ちゃんは何で今その話をしたんだか。

 

「……こほっ、せめてものサービスとして案内も付けよう」

 

 シクタさんが枕元に置いてあったベルを鳴らしました。

 十秒程経った後に、ガラガラと横開きのドアが開きました。

 私達が入って来たドアとはまた別の入口です。

 

「お呼びでしょうか、お父様」

 

 入って来たのは、清楚な顔付きの若い女の人でした。

 ここで働いている人達と同じ服装をしていますが、かなりの美人です。

 お父様って呼んだと言う事は、多分この人の子なんだ。

 ……失礼だけどあんまり似てないかも。

 お母さん似なのかな?

 

 と、そこまで考えて私は気が付きました。

 この人は以前にこの宿で会った美人さんと似ている気がします。

 もしかして、あの人が母親だったりするのでしょうか?

 

「その者達をあの花畑まで案内しておくれ、ニリナ」

「分かりました。皆様、出立する際はお呼びかけ下さい」

 

 ニリナさんは私達に向かって丁寧に頭を下げます。

 所作の一つ一つが洗練されてて、下手な貴族の人よりも気品が感じられました。

 何と言うか……お嫁さんとして理想の姿かもしれません。

 きっと男の人からの求婚が日々絶えないに違いないよ。

 

「今から向かうつもりだから、すぐに出るよ」

「はい、承知致しました」

 

 ……お花畑かぁ。

 久々にお花で冠作っちゃおうかな。

 お姉ちゃんもきっと、それくらいは許してくれるよね。

 

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