ニリナさんの案内で歩く事三十分くらい。
そう遠くもない場所に、そのお花畑はありました。
「ここがお花畑になります」
「わぁ……!」
一面に咲く紫色のお花がとても綺麗です。
ちょっぴり甘い香りもしますね。
見た事のないお花だけど、珍しい種だったりするのかな?
他にも気になる事があるとしたら……
「ロープで区切られてるな。何かあるのか?」
「……それは、ですね」
私と同じ疑問を発した皇帝陛下の問いに、ニリナさんは妙に歯切れが悪くなります。
そんなに変な質問でもないのに、何でだろう?
と、もう一つ気になる点を発見しました。
お花畑の中心に、石碑が建てられているのです。
何か文字が刻まれているようですが、ここからじゃ見えません。
ロープによる区切りで石碑の元には行けるようになっているみたいだけど……
「……元々、この場所に花は少ししか咲いていなかったのです」
「つい最近植えたって事か?」
「いえ、少し前に自然に生えたのです」
「自然に、この量がか?」
それはちょっと違和感がありますね。
このお花畑はざっと見てもおよそ二十メートルくらいの半径があります。
これ程の規模のお花畑が短時間で出来るのはおかしい気がします。
「原因は分からないのか?」
「……原因かは、分かりませんが」
お花畑の真ん中に行ける横道がある辺り。
そこでニリナさんが足を止めて石碑に目を向けます。
ここまで近付けば何とか刻まれている文字が読めそうです。
えーと、どれどれ……
「アコニ、ここに眠る……?」
「あそこで眠っているのは、私のお母様です」
「うぇっ!?」
それってつまり……お墓って事?
……だから、アコニムさんも微妙な顔をしてたんだ。
「そうですね、丁度母が埋葬された頃です。ここに花畑が出来たのは」
「それはまた……何と言うべきか……」
……観光気分が一瞬で吹っ飛んじゃったよ。
せめて、綺麗なお花畑でアコニさんも喜んでくれていたら良いなぁ。
「……私はここでお待ちしておりますので、帰る際はお声掛けください」
ニリナさんはそう言うと、お墓の前に行ってしまいました。
その声は、家族を失った悲しさで掠れていました。
……私だって、お姉ちゃんを失ったら悲しいよ。
区切りがあるからお花で冠は作れないのがちょっと残念だけど。
まあ見てるだけでも満足出来たし、別にいっか。
「偶にはこうやって花を眺める穏やかな時間も悪くないな」
「そうですわね。このところ、こうやって心を安らげる時間を取れませんでしたもの」
「それにしてもこのお花、珍しいですよね」
これでも王国から帝国、公国にも行った事のある私が知らないんです。
まだまだ世界は広いって事ですね。
茎が長く下に垂れるようにして咲いている紫色のお花が、とても可愛らしいです。
園芸を少しやってみたかったから、出来るなら育ててみたいかも。
「たしかに珍しい花だな。デシンクは……知らなさそうだな」
「何ですの、知ってるかもしれないではありませんか!」
「で、知ってるのか?」
「……し、知りませんけど」
「ほらな」
「ぐぬぬぬ……!」
……うん、二人が楽しそうで何よりです。
私は、ニリナさんの隣に行きます。
何と言うか、あの人を一人にして置けないような気がしたの。
「……おや、お帰りですか?」
ニリナさんが平静を装った声で私にそう聞きました。
……目元が腫れてるのは、言わないでおこう。
話しかけられる前に、目元を私からは見えないように拭ったのも、指摘はしません。
そんなの、当然の権利なんだから。
「いえ、聞きたい事があって。アコニさんって、どんな人だったんですか?」
「……とても優しく、そして厳しい人でした」
ニリナさんは涙ぐみながらお母さんの事を語ってくれました。
話してる時の表情がほんの少し楽しげで、でも寂しげで。
でも、話す口は止まる気配がありませんでした。
「礼儀作法に厳しくて、幼い頃から私は徹底的に叩きこまれて……」
「美人で、結婚する以前に殿方が騒動を起こした事もあるとか……」
「お客様にも丁寧に接してくれて、うちの宿屋でも一番人気で……」
……ああ、本当に大好きだったんだ。
そうじゃなかったら、こんなにも語れないよ。
「だけど、先日お父様の言い付けで外出した際に階段でバランスを崩して……」
……転落死だったんだ。
「その所為でお父様も顔には出していませんが落ち込んでいて……あ、その、すみません。暗い話ばかりで、不快でしたでしょうか?」
「全然そんな事ないよ。お母さん……アコニさんもきっと、こんなに愛されてて幸せだったと思う」
「そう、でしょうか」
「勿論。だからいつまでも悲しんでたらお母さんだって浮かばれないよ、きっと」
「……こんな小さなお客様に励まされてしまって。私はまだ未熟ですね」
ニリナさんは弱々しいけれど、笑みを浮かべてそう言いました。
完全に吹っ切れてる訳じゃないだろうけど、少しは元気が出たみたい。
何だか放っておけなくて声を掛けちゃったけど……うん、これで良かったかな。
お節介だったかもしれないけど、私はこれで満足です。
私が一人満足感に浸っていると、赤い光が目に入りました。
どうやらもう夕方になってしまったみたいです。
時間が流れるのは早いですね。
……夕日も綺麗だなぁ。
そろそろ宿屋に帰ろうかな。
そうだ、お姉ちゃんは何処だろう?
「お姉ちゃー……ん!?」
私がお姉ちゃんを呼ぼうとした、その時です。
突然、隣に居たニリナさんが尻餅を着いてしまいました。
その原因は私にも分かりました。
だって……
——不気味に口角を上げた、半透明の女の人が宙に浮いていたのですから。
「みぎゃー!? お、おばけ!?」
デシンクちゃんの甲高いけど汚い悲鳴が響きます。
声のした方に振り向くと、デシンクちゃんは皇帝陛下にしがみ付いていました。
……皇帝陛下、爪が食い込んで地味に痛そうにしているけど大丈夫かな。
って、今はそんな事よりも!
私は、この幽霊……幽霊なんでしょうか?
そもそも、この世に幽霊が存在する事すらもかなり衝撃だったんだけども!
ともかく、現れた女の人に見覚えがありました。
あんな不安を感じさせる笑顔をする人ではなかったけれど……
「お、お母様……なの?」
ニリナさんの反応からしても、やっぱりこの女の人はアコニさん……?
そう私は結論付けました。
でも……何で今出て来たんだろう?
しかも、あんなに不気味な笑みは携えて。
「ふ、ふふ、ふ」
「ひっ……」
ニリナさんはすっかり腰が抜けてしまったようで立つ事も出来ないみたい。
私だって辛うじて立てているけど、恐怖で震えが止まりません……
私でも何となく理解出来ます。
これは、不味い状況なんだって。
アコニさんらしき幽霊は明らかに悪意を持っているように見えます。
最早、怨霊と言いたくなってしまう程に。
僅かに漏らした笑い声すらも、背筋を凍らせる怖気を孕んでいます。
……このままだと、ニリナさんが危ない!
「お姉ちゃんっ!」
私はどうにかして欲しいと希望を込めて、お姉ちゃんを呼びます。
こんな時に、何をして……っ!?
お姉ちゃんは……墓石の後ろで静かに佇んでいました。
普段通りの冷めた目で、この状況を側で見守っているだけです。
何かアクションを起こすつもりが無いみたい。
んもう、何がしたいのお姉ちゃんはっ!
「ニリナァ……」
「あ、うあ」
「すぐに逃げて!」
ニリナさんは恐怖で身体が動かないのかも……!
私は何とかニリナへと手を伸ばそうとしますが、身体が上手く動きません。
不思議に思って足元を見ると、地面から植物が生えて私の足に絡み付いていました。
おかしい、道の部分にお花は咲いてなかった筈なのに!
「あ、あぁ……!」
「少しの間でいいの、身体を貸して……」
「ひぃ!?」
アコニさんはニリナさんの肩に手を触れさせます。
その途端、アコニさんの姿が段々とかき消えて行きます。
いえ、これは……ニリナさんに吸い込まれている?
「ああぁぁぁぁぁ!!?」
「ニリナさん!?」
ニリナさんが絶叫します。
な、何が起きてるの……?
「あ、ああ……」
数秒程すると、アコニさんの姿が完全に見えなくなりました。
それと同時にニリナさんはバタリと倒れます。
倒れそうになる身体を支えたのは、意外にもお姉ちゃんでした。
そのままニリナさんをゆっくりと横にさせました。
「お姉、ちゃん。ニリナさん、は?」
「身体は傷一つ付いてない」
「……心には傷があるの?」
「……」
どうしよう、お姉ちゃんの言い方所為で物凄く不安になってきました。
ただでさえ精神的に参ってたのに、こんな事になるなんて……
「デシンク、そろそろ離してくれ……結構痛いから」
「お、おばけはいなくなりましたの?」
「いないいない」
「ほっ……」
うん、二人も大丈夫そうで何より。
皇帝陛下の太もも辺りには爪の跡が残ってそうだけど。
「今のは一体……」
「……確実に異常事態だな」
「と言うか、さっきのおばけはなんですの!?」
三人で騒いでいると、ニリナさんがむくりと起き上がりました。
乱れた前髪で目元が隠れていますが……何よりも、おかしいのは。
「なんで、笑ってるの?」
……さっきのアコニさんの幽霊と全く同じ形に。
ニリナさんは口角を不気味に歪ませていました。
それだけでなく何か小さな声で、それでいて怨恨が込められた呟きを溢していました。
「憎い、憎い。殺す、殺す」
……と。