まさしく間一髪。
お姉ちゃんの二本指で飛んで来た何かを挟んでキャッチしました。
無駄に凄い事してるけど、それどころじゃないよ!
お姉ちゃんがキャッチしたのは、やっぱり矢でした。
よく見ると、鏃の部分に何かてらてらした液体が塗られています。
……もしかして毒矢?
「行くか、戦いに」
「皇帝陛下が戦う必要は……」
「いいや、今回だけは俺自身が決着を付けるべきなんだ」
皇帝陛下は低い声でそう答えて、馬車の外へ出ます。
……その後ろ姿をみると、やっぱり不安になっちゃうよ。
私も行かなきゃ……何も出来なくても、せめて見守ってあげないといけない気がするんだ。
「お姉ちゃん」
「……」
妙な沈黙を携え、お姉ちゃんも外に出ました。
私もその後を追いかけます。
外に出ると馬車を数十人の黒いフードを被った人物に囲まれていました。
この人達は皆、不気味な程静かに此方を見つめて来ます。
……いえ、ちょっとおかしいくらい静寂を保っています。
生気が感じられないし、目に光が宿っていません。
そして、この集団の中心に……件の人物が立っていました。
昨日街中で見た時には無かった、大きな鎌を背負っています。
本人の雰囲気も合わさって、まるで死神みたいです。
スマイリーさんの話だと、この人の名前はグリム・リーパー。
最も、その名前は教会に与えられた通り名であって。
本当の名前は……リーベバンデと言います。
しかし、その名前はとうの昔に捨ててしまったようでした。
グリムさんは、皇帝陛下を鋭く見つめています。
まるで親の仇でも見るかのように……いえ、この場合は違うよね。
親の仇じゃなくて……親が仇みたいなものなんだ。
「街中で遠目に貴様を見た時はまさかと思ったが、こんな所で会うとは思わなかった」
「奇しくも同じ感想だな。俺も、ここで会う事になるとは予想外だったよ」
「……はんっ!」
グリムさんは気に入らないと言わんばかりに顔を歪ませました。
本心から皇帝陛下の事を憎んでいるのが伝わって来ます。
その憎悪の理由は……きっと。
「王国の……俺の目前まで来たからには、絶対に殺してやるぞ……クソ野郎!」
「クソ親父とすら呼ばれない、か」
悲しいのか憎らしいのか、よく分からない顔で皇帝陛下は剣を構えました。
「会う事が出来て嬉しいと、口にするのはきっと許されないのだろうな」
「偽善者が……!」
「否定はしない。その証拠に…… 、お前を殺す」
そう……グリムさんは皇帝陛下の実の息子その人だ。
「私達は周囲の部下をやる」
「陛下、ご武運を」
「ああ」
お姉ちゃんとスマイリーさんが二人から離れました。
お姉ちゃんが他人……特に皇帝陛下に何かを任せるのは初めてかもしれません。
自分で出来る筈なのに、どうしてなのかは分かりませんが。
私も離れた場所にこっそりと移動しました。
でも、私はこの戦いの行方を見届けなくちゃならない。
元はと言えば、お姉ちゃんの言い出した事でこうなってるのだから……
「……お前に謝罪する言葉もないし、その資格もない事は分かってる」
「だからどうした?」
「俺の征かんとする道は後戻りの出来ない道だ。だが……叶う事なら、お前とは戦いたくなかった」
皇帝陛下……戦いたくないのなら、なんで剣を取っているんだろう。
その理由は何となくだけど分かってる。
険しい道を行く事を選んだ責任感……それが皇帝陛下の背負っている一番の重荷だったんだ。
強くのしかかるそれからは、親子だとしても逃げ場はなくて。
自分が望んだ道を引き返す事は出来ない。
既に出てしまった犠牲を……倒れて行った死者を無駄にする事は出来ないから。
自分が望んだ国を作る為に、
「言いたい事はそれだけか?」
グリムさんは、背負った大鎌を手に取って構えます。
口角を不気味な三日月のように歪ませてから、狂気じみた金切り声で叫びました。
まるで、歓喜の悲鳴をあげているかのように……高らかと。
「殺してやる、殺してやるぞクソ野郎!」
「……やってみろ、リーベバンデ!」
二人はお互いに相手に向かって駆け出しました。
片や、殺戮に狂ったように。
片や、感情を押し殺して。
「その名前は呼ぶな。そんな人間は既に死んだ。貴様の手でなァ!」
「っ!」
大鎌と剣がぶつかり合い、金属音が高らかに鳴り響く。
それと同時に怨嗟が辺りに散らばったような感覚がしました。
お互いに背負った物があって……お互いに違う道を行く。
二人の道が歪に交差して、相手の道をここで止めんとする。
「こんなの、絶対におかしいよっ!!」
二人は家族なのに、どうしてここまで憎しみに満ち溢れているの?
誰か教えてよ……!
「王国にこっそりと逃げてから、俺はこの時を待ち望んでいた。貴様の首を切り落とし、残った無惨な死体を地べたにぶち撒けるこの瞬間をな!」
「……くっ!?」
膂力は完全にグリムさんの方が上のようで、皇帝陛下を簡単に押し退けてしまいました。
身体付きは皇帝陛下の方が大きいけど……普段から戦っているからなのでしょうか。
しかし、皇帝陛下は負けじと踏み込んで鋭い斬撃を繰り出します。
多少は訓練していた、と言う言葉は偽りではなかったようです。
皇帝陛下みたいな偉い人が自分から直接剣を振るうのを想像した事はなかったけれど……
とにかく、皇帝陛下はその辺の人よりも戦えるのが分かりました。
しかし……
「はん、その程度かよ!」
グリムさんは素早く大鎌を振り抜きました。
あんなに重そうなのに、まるで木の枝でも振り回すかのようです。
皇帝陛下の首元を狙った斬撃は、辛うじて剣で防ぐ事が出来ました。
グリムさんの猛攻はまだまだ続きます。
皇帝陛下は防戦一方で、疲労だけが溜まって行き……
段々と動きが鈍くなってしまっています。
「……その様子じゃあ、大して戦いの経験を積んで来なかったようだな」
「生憎、政治で精一杯だったからなっ……!」
「聞いて呆れるな。少数精鋭で王国に攻め入って来たと言うのに……変わってないな、そのクソ野郎っぷりは」
「うるせぇ、スマイリーが入れば何とかするだろうって甘い考えがあったのは認めるが!」
実際スマイリーさんの奮戦は凄まじくて。
軽く武器を振るうだけで、バッタバッタと敵が倒れて行きます。
……お姉ちゃんも大概だけど、この人も何かがおかしい気がします。
スマイリーさん達の部下も戦っていますが、やや押され気味です。
潰れそうな所を順次スマイリーさんが横槍を入れて持ち堪えている様子。
「ほう、まだ起き上がるか」
スマイリーさんに斬られた相手は、全員何事もなかったように起き上がります。
明らかに致命傷に見える傷を与えた筈なのに……
そして、最も奇妙なのが……一切出血が見当たらない事です。
「相対した時から何となく察してはいたが……この者達は死人か」
「正解だ。俺の【異能】で屍を不死身の兵士に変えたのだ。そして、分かるか?」
「……とち狂ってるな」
スマイリーさんは屍の教会兵士の先頭に立つ顔を見て、そう吐き捨てました。
その人は女性で、十五、六歳くらいに見えます。
……他の人よりも、顔色が良く見えますね。
目に光は感じませんが、他の人と比べると幾分かマシに感じました。
何か特別な人……?
「あいつも復讐対象だが……ふっ、丁度良い」
グリムさんと隠れていた私の目が合いました。
同時に、背筋に悪寒が走ります。
は、早くここから逃げないと……っ!
「行け、屍兵士!」
「なっ、てめぇ……!」
数人の屍兵が、グリムさんの指示で私の居る所へと走り寄って来ます。
それに気付いた皇帝陛下が阻止しようとしますが……
「何処に行くつもりだ、あぁ?」
「こん、畜生!」
グリムさんがそうはさせじと一段と力を込めて振るいました。
下手に背を向けては斬られてしまう為に、皇帝陛下はその場から離脱出来ません。
それどころか、強力な一撃で手が痺れてしまったのが剣を落としてしまいそうです。
ど、どうしよう!?
「報告だと、あいつが亡王女だな。くくくっ」
「……っ!」
「その様子だと、中々親しくしてたようだな。あいつの首を落としたら、貴様はどんな顔をするか……楽しみだなぁ?」
グリムさんの顔に浮かんでいる憎悪が、今まで見た事ないくらいで。
私は一瞬気圧されてしまいました。
抵抗出来ないくらいに身体が鎖で縛り付けられたかのように……
憎しみだけで人はここまで出来るんだと……改めて私は思い知りました。
でも、そんな時。
お姉ちゃんは見逃さないんだ。
致命的な問題が起こらないようにする、決定的な瞬間を。
「止まっていろ」
お姉ちゃんは迫り来る屍兵士をすれ違いざまに何人も斬り刻んで。
私とグリムさんの間に立ちました。
斬られた屍兵士は倒れ伏したまま立ち上がる事が出来ていません。
よく見ると、足を中心的に攻撃されたみたいです。
「……貴様は王女のもう片方か。その強さ、何人殺した?」
グリムさんが興味深そうにお姉ちゃんに視線を向けます。
自分の部下が手も足も出なかったのに、まだまだ余裕があるみたい……
お姉ちゃんはグリムさんの問いにこう答えました。
「お前は今までの人生で歩いた歩数を覚えているか?」
「……ははっ、イカれてやがる」
お、お姉ちゃん……?
「私は覚えている」
「マジか!?」
「半分嘘だ」
「……それでも。半分はマジか。ははっ、お前かなりイイな?」
ねちゃり、と。
グリムさんが舌舐めずりをしました。
「くくくっ……お前だけなら見逃してやってもいいぞ。そも、俺の目的はそこのクソ野郎だけだからな」
「……」
お姉ちゃんは無言でグリムさんにナイフを向けました。
「……はん、死にたいらしいな。ならば、先にこいつを殺してからお前も葬ってやろう!」