「もう面倒臭いし、誤解はそのままでも良いや」
「そうだな。俺もそこは同意だ。とっとと話し合いを始めるか」
「……会話をする意志はあったんですね」
「まあな」
顔を見る前に焼き焦がしてやりたいくらいには思ってそうでした。
旅を始める前の皇帝陛下なら、です。
今なら怨恨を晴らす以外の道のりを見出せる……そんな気がします。
戦いなんて、絶対に無い方が良いもんね。
「ともかく、お前の父親……ゲパルト王と話をさせろ」
「ひぃ……ど、どうか! 私のお命ならいくらでも差し出しますから、お父様だけは……お助けください……!」
「そうか、話をしてくれるのか。ありがとう」
許諾を得てないけど、最早話をするのが無駄と思ったのかスタスタと皇帝陛下は歩みを進めます。
仕方無いのでムヴィエ王女の背中を押して連れて行きます。
一応、話し合いの場に居た方が良いと思うし。
「さぁて、俺とスマイリーの面を見たあいつはどんな面を見せるかな。げへへ……」
「小物みたいな台詞言ってないで……ムヴィエちゃんが怯えてるじゃないですか」
「おお……神などいなかったのですね……あはは……」
明後日の方を向いてぶつぶつと独り言を呟いているその姿は……見ているだけで悲しくなります。
早く誤解を解きたいけど、それよりも先に皇帝陛下はやる事があるから。
ごめんね、ムヴィエちゃん。
でも、痛い事はしないから!
……多分。
ベッドで横になっている王様の側で立ち止まります。
意識はあるけど、かなりキツそう……
正直、まともに話せる状態には見えないや。
そもそも、怪我の直後なんだし精神的にも……
「……誰、だ?」
「誰だと思う?」
囁く様な声の質問に皇帝陛下は質問で返しました。
冷たい無表情のまま、国王を見下ろしています。
それでも、本気で怨恨に狂ってそうな顔よりもマシなのが……はぁ。
「……いや、本当に誰だ?」
「分からないか」
「最近、視力も良くなくてな……歳は取りたくない」
国王は見たところ四十歳くらいに見えます。
若人とは言いませんが、老人とも言い難いような……
「そうか、なら名乗ろう。俺の名前はヴォル」
「へっくしょん! ずびび……」
皇帝陛下の言葉を遮る国王のくしゃみ……
今はそんなに寒くないし、もしかしてこの人って元から身体が弱い……?
「……うぅ、すまんな。最近風邪気味でな……」
「……別に気にしてない。俺の名前は」
「げほっ! こほっこほ……けほけほ……」
今度は咳き込み始めました。
この人身体弱過ぎじゃない……?
すると、何やら冷ややかな気配を横から感じました。
「……俺の名ま」
「うっ、頭痛が……くっ……!」
王様は頭を抑えて苦しみ出しました。
身体を起こして居られないのか、フラフラしながら再び枕に頭を乗せます。
それと同時に、皇帝陛下が静かに額に青筋を立てていました。
それどころか腰の剣に手が伸びています。
ちょ、ちょっと!?
私は慌てて皇帝陛下のもう片方の手を掴み、視線で語りかけます。
抑えて、殺気を抑えて!
何度も遮られたら怒るのも分からなくはないけど!
なるべく穏便に行くんでしょ!
「……」
渋々剣から手を離してくれました。
はぁ、早く帰りたい……
「失礼、情け無い所を見せたな……それで、其方の名は?」
「ディバルグ帝国皇帝、ヴォルクラッヘ・フェル・ディバルグだ」
「……すまない、よく聞こえなかったからもう一度頼めるだろうか?」
スパン!
皇帝陛下は刹那、剣を抜き放ち机の角を斬り落としました。
……もう止める気も無くなっちゃったな。
鞘に剣を納めた皇帝陛下は更に冷たい声でもう一度話します。
「帝国の長だよ。次何か妙な事言い出したらこの机と同じになると思え」
「そうか」
深く考え込むように目を閉じる王様。
その胸の内は何を考えているのか分かりません。
だけど……あんまり動揺はしていないように見えます。
反応も淡白でしたし。
「陛下! 申し訳ありません、不届者をここまで通してしまい……」
「良い。下がれ」
「は? な、何故……」
「ここまで侵入されたのだ、護衛など居ないも同然だろう。それに……その皇帝は人払いを望んで居そうだからな、こほっ」
えっ?
私が皇帝陛下を見ると、私と同じく驚いた顔をしていました。
察するに、人払いしたいのは図星みたい……
他人の顔色をよく見ている人ですね……私は全然分かりませんでした。
身体はへなちょこだけど。
「……そう言う事だ。スマイリーもアルタも下がれ」
「はっ!」
「分かりました」
私達はそっと部屋の外にへ足を向けます。
その途中です。
「……おっとと!」
足元に何かが落ちていたようで転び掛けました。
幸い、スマイリーさんの服の裾を掴んで事なきを得られたけど……
何かと思って視線を向けてみると、何か透明な液体の入った瓶でした。
水じゃ無いと思うんだけど……中身は何だろう?
「それは……」
「知ってるの、ムヴィエちゃん?」
「えっ、ちゃん付け……?」
そうだ、仮にもこの子は王族なんだった。
一応様付けの方が良いのかな?
「これは何?」
「教会の人から送られた、儀式に使う水です。名前は確か……フライクーゲルでしたっけ」
あっ、もしかしてあれかな?
お姉ちゃんが飲んだのと同じやつかもしれない。
そんな名前だったんだ……無駄に格好付けた感。
つまり、これを飲むと【異能】に目覚めるかも……
「ふーん……でも、何でこんな所に?」
「教会からの寄付だと聞いていますが、詳しくはお父様も教えてくれませんでした」
寄付、ねぇ。
それが何でこんな所にあるんだろう。
……これの所為でお姉ちゃんはあんな風になったんだよね。
本質はあまり変わってないけど……振る舞いは大分変わっちゃった。
でも、これのお陰で色々と助かってるのは理解しています。
「貰っていい?」
「え!?」
駄目とは言われなかったので、私はポケットに瓶をしまいました。
今すぐ飲む覚悟は流石にありません。
これを飲んでしまえば……何か、大切な物を失ってしまうような気がして。
それでも、キープはしておきます。
「あっ……!?」
私が瓶をポケットにしまったと同時に、何故かデシンクちゃんが私の事を注視していました。
正確には、私ではなく拾った瓶を見ていたようだけど……
「どうしたの?」
「その、私が拾いたかったのですわ……」
……?
妙に歯切れが悪いの気の所為かな?
それにしても、特にする事がありません。
しばらくは適当に暇でも潰して——
ドガァァァァァァァァァァァァン!!
「い、今のは何ですか!?」
「うぅ……耳が痛いですわ」
鼓膜が破れそうなくらい大きな音が、城の外から聞こえて来ました。
一体何が起きて……
「……」
スマイリーさんは全く動揺していないようです。
こう、非常時に慣れている感じじゃなくて……
まるで分かっていたかのように平然としている気がしました。
「スマイリーさん、何か知っているんですか?」
「言えない」
「言えませんわ」
「貴女には聞いてません」
「えっ」
何故かデシンクちゃんまで反応したのはさておき……
言えないと答えたって事は、きっと何か知っているに違いないです。
もしかしたらデシンクちゃんもそうかもしれない。
「教えてください」
「これだけは無理だ。俺の命に変えても」
「そんなに……?」
「ああ。もし、この子が話そうものなら口封じしてでも阻止する」
「わ、私の命が軽んじられていませんか!?」
スマイリーさんが命をかけてまで、話したくない内容……
今までの経験から、これはお姉ちゃん絡みである事は何となく分かりました。
つまり……行ってみれば分かるんじゃないでしょうか。
城の外を直接見てみます。
異常のある場所は一目瞭然でした。
外から見て立派な教会……その建物の外壁が、見るも無惨に崩れていました。
内部から爆発があったかのような有様です。
……さっきの音は何かの爆発音だ。
恐らくだけど、私の勘が言っています。
あそこに、お姉ちゃんが居ると。
やっぱり、お姉ちゃんを一人にするんじゃなかった!
一体何をしでかしているのか、皆目検討も付かないけど……
それでも放っておけない!
「私はあそこに行きます!」
「駄目だ」
「何でですか!?」
「お前の姉に止められている」
お姉ちゃん……どうして……
「皇帝陛下も同様に行かせないよう指示されている」
「理由を聞いてもいいですか?」
「伝えてくれなかったな。だが……いや」
スマイリーさんは私の行く手を遮ります。
教会には行かせないと、確固たる意志を感じました。
今まであまり疑問に思って来なかったけど……
何でこの人はお姉ちゃんの指示に忠実に従っているんだろう?
「……」
「わ、私は……」
「言うな。あまり不必要な血は流したくない」
スマイリーさんはデシンクちゃんを睨め付けます。
私の知らない何かを話そうとしたその瞬間、喉笛を掻っ切ってやると言わんばかりです。
どうして皆、こんなにも……自由で居られないんだろう。
話したいのなら話せばいいし、傷付けたくないなら武器を置いたらいい。
それでも、色んな事情に私達は縛られている。
本当にやりたい事が……分からなくなってしまいそうでした。
「……」
「その目は諦めてないって目だな」
「自分に嘘は、もう付きません。最近私って悪い子になっちゃったみたいなので」
私では……デシンクちゃんを加えたとしても、絶対にスマイリーさんには敵いません。
私にもっと力があれば、私の心に従って動けたのかな。
お姉ちゃんは教会で、何かをしようとしている。
そして、それは絶対に邪魔してはならない。
その為にスマイリーさんを使って止めようとした。
私の勘だと……ここが分岐点だと、そう感じました。
ここで行かなきゃきっと後悔するだろう。
そう予感させたんです。
「……」
私に出来る事なんて……殆どありません。
それでも、抗おうと決めたんだったら。
覚悟を決めて、私はそれを取り出しました。
「お前、それは……!」
先程拾った瓶を空けて、私はその中身を一気に飲み干しました。