私の身体が倒れ込む前に、デシンクちゃんが支えてくれました。
遅れてムヴィエちゃんも私に手を添えます。
二人のお陰で私は地面に激突せずに済みました。
そのまま私は床に寝かされました。
枕代わりにムヴィエちゃんが膝を貸してくれました。
と言うのも、私が上手く立てなかったから。
身体に力が入らないや……
「ハンカチ。ほら、私のを使いなさいな」
……頭がすごーくぼんやりする。
取り敢えず、言われるがままにデシンクちゃんに手渡されたハンカチを鼻に押し当てました。
「抑えてもまだこんなに血が……!?」
「わ、私のハンカチがあっという間に血塗れになりましたわ……」
……血、出過ぎじゃない?
ちょっと見てみると、純白だったハンカチがあっという間に赤一色になっていました。
もしかしたら鼻だけじゃなくて、口からも血が出てるかも?
何でこんなに血が出るんだろう。
ううん、駄目だ。
考えようとしても上手く思考出来ない。
それどころか、視界が暗くなってきました。
「ちょ、ちょっと待て! ここまで来て何でお前がそんな死にかけなきゃならないんだ!?」
「お、おおおお、落ち着いてください! ええと、一先ず応急措置を続けなくちゃ……なるべく出血を抑えなくちゃ! って、口と耳からも血が出てる!?」
「くそっ、一体何が原因なんだっ……!」
「……話をするどころじゃないようだな。けほっけほ……」
あれ、私ってさっきまで何をしてたんだっけ。
もう何も考えられないや……
「しっかりなさい! お姉様を残して死ぬおつもりですの!?」
お姉、様……?
「はっ!?」
そうだ、お姉ちゃん……!
お姉ちゃんが居るのに私はまだ死ぬ訳にはいかない。
貧血で頭がくらくらするけど……それでも!
「うぅ……」
呻き声を出しながらでも、何とか私は自分の力で立ち上がります。
幸いにも血は止まってくれました。
合計でどれくらい血が出たのか……確かめたくもありません。
耳の中に残った血を拭きつつ、私は未だにぼんやりする頭でどうにか考えを巡らせます。
何故、過去に戻ったのかは分かりません。
フライクーゲルを飲んで【異能】に目覚めたから?
それにしても特に何かを意識してないのに……
いえ、今はそれどころじゃない……理由なんて後でいくらでも考えられるよ。
たしか、この後爆発が起こる筈だ。
そろそろその時間だと思うけど、まだだろうか。
……これは、チャンスかもしれないね。
「すみません、私は早めに休める場所で横になりたいです。ムヴィエちゃん、貴女の部屋を貸してくれないかな」
「わ、分かりました。そもそも拒否権も私にはありませんし」
「ありがとう。申し訳ないけど、デシンクちゃんは肩を貸してくれる?」
「構いませんわ。でも、そのハンカチは後日ちゃんと洗って返しなさいな」
……これ、凄く汚れてるんだけどなぁ。
仕方ないので私は血塗れのハンカチを仕舞いました。
気持ち悪いけど我慢我慢。
「皇帝陛下、スマイリーさん。この場は任せましたよ」
「あ、ああ……」
「無理はしないように」
……よし、これでスマイリーさんは皇帝陛下の護衛の方を優先するでしょ。
急に体調を崩したのもあって、今の彼は私を警戒していない筈。
実際かなりふらふらするし、演技の必要はありません。
ムヴィエちゃんの部屋は廊下の突き当たりにありました。
ここならそれなりに距離は離れてるし、盗み聞きされる危険は薄いかな。
お陰で万が一にもスマイリーさんの耳に入ったら不味い話も出来ると言う訳です。
……念の為小声で会話しないと急に部屋に入って来るかも。
「こちらです。えっと、出来れば私のベッドを血で汚して欲しくないのですが……」
「それは大丈夫だよ」
「え?」
正直、かなりキツイけどここで寝ている訳にはいかないんだ。
この後、記憶が正しければ爆発が起こる筈だから……
と、そう思った矢先です。
ドガァァァァァァァァァァァァン!!
聞き覚えのある爆発音がしました。
場所は……この部屋にある窓の位置の関係で確認出来ません。
しかし、ほぼ間違いなく教会で起きた爆発でしょう。
それにしては、若干タイミングが遅いような気がしないでもないけど……
「今の爆発が何か、スマイリーさんに聞いてきてくれない? 私はこの通り、しばらく横にならないと駄目だろうから」
「そ、そうですわね……妙に落ち着いてますね、貴女」
……二回目だから。
それに、驚いている暇はあまり無いのもあるかな。
ムヴィエちゃんが部屋から出て、数分も経たない内に戻って来ました。
やや重い雰囲気を携えているようにも見えます。
デシンクちゃんは爆発が何なのか知っている筈だからか、割と落ち着いて見えます。
さて……私がここからすべき事。
まずは。
「ねぇ、デシンクちゃん」
「な、なんですの?」
「お姉ちゃんから聞かされた事、今から全部話してくれない?」
そう、このタイミングなら……聞き出せる筈です。
スマイリーさんがひた隠しにしてきた、『何か』を。
あの人は絶対に口を割らないと思う。
だけど、デシンクちゃんは話したそうにしていたのを忘れていません。
まさか私がそんな事を聞き出そうとしているなんて、考えもしないだろうから……
本当に僅かな間だけど、未来の経験を得た今の私にしか出来ない方法です。
「……それは」
「口止めされてるのは分かってる。だけど、どうか教えて欲しいな」
「構いませんけれど、どうして今なんですの?」
「今しか無いの……お願い」
私が真摯に頼み込むと、デシンクちゃんは困惑気味に私を見ました。
「……分かりましたわ。でも、私は大した事は知らなくてよ?」
「別に良いよ。とにかく話して」
あのスマイリーさんが止めたんだ。
正確にはお姉ちゃんの命令なんだろうけど。
きっと、核心に迫る何かを握っている筈……!
こうしてデシンクちゃんが教えてくれた情報。
それは、私の心をぐちゃぐちゃに掻き混ぜました。
ああ……過去に戻る前に感じた焦燥感の正体は、これだったんだ。
私は目を閉じて下を向きながら、そう確信しました。
絶対に止めないといけない。
お姉ちゃんがやろうとしている、馬鹿な事を。
無意識の内に、私は握り拳に爪が食い込んでしまうくらい力を込めていました。
「……教えてくれてありがとう、デシンクちゃん」
「これで、お姉さまを裏切ってしまいましたわね。きっと嫌われてしまいますわ」
「そんな事ないと思うよ」
「……なら良いのですが」
きっと最初から対して好いてないだろうし。
「……今、激しく不快な事を考えて」
「そんな事よりも、急いで教会に行かなくちゃ!」
「わ、私には何が何だか分かりませんが……アルタさん、貴女は安静にしなくてはいけないのでは?」
黙って……と言うかオロオロと口を出せずにいたムヴィエちゃんは心配そうにしています。
たしかに身体の調子は万全じゃない。
真っ直ぐ立とうとするとふらついてしまうし、頭も上手く回りません。
それでも私が立ち上がるのは、お姉ちゃんの為。
いえ、正確には少し違うかもしれません。
お姉ちゃんがやろうとしている事を、私は細部までは知らないから。
それでも、デシンクちゃんが教えてくれた事を考えると……
「お姉ちゃんは、どうしてそんな……」
「私にも分かりません。ですが、何の意味もなしに行動する人ではありませんわ」
「うん、それは私も同じ意見だよ」
私だってお姉ちゃんの考えを理解したい……けど。
残念だけど、肝心な部分は本人に聞かないといけないんだろうと思う。
……私に出来るかな。
お姉ちゃんと私との距離は、少し離れてしまいました。
その一挙一動が恐ろしいと感じてしまう時があったから。
私はお姉ちゃんと一緒に居るのを躊躇ってしまって……
でも、それは過ちです。
自分でも何度も納得していたのに……
『どんなに変わり果てても、お姉ちゃんはお姉ちゃん』だって。
私は、私だけは知っているんです。
お姉ちゃんが本当は凄く優しい……私にとって唯一のお姉ちゃんなの!
それが私の出した結論で、嘘偽りの無い本当の気持ち。
「今から行くのですわね」
「ど、何処に行かれるのですか?」
「それは勿論、お姉様の居る場所ですわ」
「うん。でも部屋の外にはスマイリーさんが居るから……」
私は窓の側まで近寄ります。
窓を開けて下を見てみますが……うん、これならいけるかも。
カーテンを引きちぎってロープ代わりにしよう。
高価な布地で頑丈だし、かなり長いからきっと足りる筈!
……弁償代は後で皇帝陛下にでもツケておこう。
「えいっ!」
「それで下に降りる気ですか!? 昔私がやろうとして失敗しましたが……」
「えっ、何でそんな事されましたの?」
「絵本でそんな話を読んで面白そうだと思って……」
……気にしたら負けかな、色々と。
とにかく、急がなくちゃ。
「それじゃ、また後で」
「あ、少し待ってくださいな」
デシンクちゃんは私を呼び止めると、あの瓶を手渡して来た。
この見た目は……間違いない。
私が飲んだのと同じ物だ。
今の時点ではまだ飲んでいないから、中身はあるけど……
「これ、その……」
「一応貰っておくね」
もう一度飲んでおこうかな……と、蓋を開けたのですが。
「……あれ?」
口にすると、ただの水の味がしました。
……聞いてみよう。
「ねぇムヴィエちゃん。これ、普通の水にしか感じないんだけど?」
「え? それって……報告だと、既に【異能】を得た者が再び摂取した場合はそのように感じると聞きましたが……」
「さっきから思ってたんだけど、何だか詳しくない?」
「さっき?」
しまった、過去に戻ったからしてないやり取りもあるんだった。
「……お父様が常に悩んでいたんです。それをお兄様やお母様によく相談をしていて、私はそこから漏れ聞いた話を拾っただけで」
「そうなんだ……」
あの病弱な王様にも色々と悩みがあったのかな。
同情は出来るけど……それでも、今は捨て置くしかない。
そっちはきっと皇帝陛下が納得の行く結末にしてくれると信じます。
「それじゃ、行ってくるね」
「気を付けてください……何だか、嫌な予感がするのです」
「お姉様をどうか、お願いします」
見送る二人を背に、私は窓から降りて行きました。