ふらつく身体に鞭を打って、教会のある方へと走る。
城から出る時に教会の位置を再確認したけど、違和感が一つありました。
以前に見た時と、爆発があったように見える場所が異なっていたのです。
……何となく気にかかるけど、今は身体を動かす事に集中します。
下手をしたらすぐに転けてしまいそうだから。
幸いにも、教会まではそこまで距離が開いていません。
十分も掛からずに到着する事が出来ました。
入り口にある門は無惨に破壊されていました。
教会の敷地内では、沢山の人が全員傷だらけで倒れていました。
大半が首や胸を刃物で裂かれたような傷を負っていました。
全員、死んでいるみたい。
……これは、まさかお姉ちゃんが?
私が不審に思っていると……再び、世界が止まりました。
「(また……?)」
これは明らかに私の意志で起きている現象には見えません。
私に【異能】が発現して無意識の内に力が暴走している、と言う可能性もあるけど……
何となく、そんな風には感じません。
戻った時に酷い鼻血が出たのは、やっぱり私が【異能】の力を使ったから?
ううん……やっぱり分かりません。
お姉ちゃんに聞けば分かるのかな?
世界が再び動き出すと、私は走っている最中でした。
さっきよりも戻った時間は短いみたい。
鼻血は……出てないみたい。
よかった、これ以上血が抜けたら失神しちゃいそうだよ!
とにかく、また走らなくちゃ!
「はぁ、はぁ……!」
うっ、体力は巻き戻ってるけど……精神的には疲弊が溜まってるかも。
何せ寝てなきゃいけないくらい血を流したのに動いてるんだから当然です。
それでも、私は行かなくちゃいけないんだ。
「……着いた!」
二度目の教会ですが、特に変化は見られません。
相変わらず人が沢山倒れています。
正直……色々と限界に近いです。
「早く……早くお姉ちゃんを見つけないと!」
さっきから焦燥感が増して来ている気がします。
もたもたしていると手遅れになるんじゃないかと……
まるで誰かに急かされているみたいに気持ちが落ち着きません。
私は足早に教会に入りました。
教会の中はあちこちに戦闘の跡がありました。
人が倒れているのは外と同じです。
壁が凹んでいたり、壊れた物が床に落ちていたり……
幸いなのが、お姉ちゃんが居るであろう位置が分かる事でしょうか。
この跡を追って行けばきっと……
私は荒らされている方へと廊下を走ります。
やがて辿り着いたのは……あの大部屋の前。
あの日、お姉ちゃんが【異能】を得た……あの大聖堂でした。
この部屋はここ以外に出口は無かったと記憶しています。
つまり、ここに必ずお姉ちゃんが居る筈です。
金属と金属がぶつかる音が聞こえますが……
そう長くもしない内にその音はパタリと止みました。
「……」
お姉ちゃん……私、ちゃんとお姉ちゃんと話せるかな。
もしも分かり合えなかったら、拒絶されちゃったら。
一度そう考えてしまったら、小さかった不安が段々と大きくなって行きました。
「……そうだ」
私はしまっていたある物を取り出します。
それは、花冠です。
ニリナさんから貰った……仲直りの象徴。
それを見ると、少しだけ勇気が湧いて来ました。
「……お願い、力を貸して」
私は花冠を頭に付け、手を合わせて祈りました。
どうか、私にも大切な人と仲直りが出来ますように。
……これで、私の中で心の準備は済みました。
意を決して、私は部屋の中を覗きました。
バァン!
中を覗こうとしたその瞬間、何かが高速で飛来しました。
その何かは私の頭に命中して——
「きゃっ!?」
——何が起こったのかも分からず、私は呆然としてしまいました。
まず視界に入ったのは、見た事のないくらい動揺していたお姉ちゃんの姿でした。
お姉ちゃんの足元には倒れ伏してザミエルさんが。
大聖堂のあちこちは壊れていて、特にシャンデリアが落ちて粉々になってるのが目立っています。
「……」
驚いて目を見開いた表情のまま、お姉ちゃんは私を見つめて来ます。
両手がわなわなと震えていてるし……いつもと明らかに様子が違います。
よく見れば首にネックレスを掛けてますが、あれはたしかザミエルさんの物だったような?
片手には魔銃を持ってるけど、壊れてるみたい。
……あっ。
もしかして私、それで撃たれたの!?
何で私は無事だったんだろう……?
自分で頭に触ってみると、花冠が熱を持っていました。
不審に思って手に取って確認してみると……
「何、コレ……」
花冠はバラバラになっていました。
一部が焦げているのは……魔法の弾丸が当たったから、かな。
きっと、この花冠が私を守ってくれたんだ。
……ありがとう、ニリナさん。
「お姉ちゃん、話があるの!」
「……」
私が話しかけても何も返してくれません。
瞬きすらせずにただ黙っているだけですが……
妙に驚いているような、そんな気がします。
常に淡々としていたお姉ちゃんがこんな反応をするなんて……
「お姉ちゃん、私ね」
「はぁ、今回は失敗か」
感情を感じさせない声でそう言うと、お姉ちゃんは深いため息を吐きました。
失敗? 今回?
「何を言って……」
「アルタ、どうやってここに来た?」
「え? えっと……走って来たけど」
「方法は聞いてない。経緯を聞いてる」
据わった目付きでお姉ちゃんはそう言いました。
経緯って言われても……
「お姉ちゃんの様子が気になったから来たよ」
「スマイリーはどうした?」
……ああ。
だからお姉ちゃんは私を見て驚いてたんだ。
あの人に止めさせていたのに、ここに来れる筈がないから。
実際、その通りだったもん。
「えっとね、私さっき貧血で倒れてね。それで、寝ていたら爆発音がしたから心配になって」
「休め馬鹿」
「いや、お姉ちゃんに言われたくないんだけど……」
「嘘……いや、何か言ってない事があるな?」
うっ、流石にお姉ちゃんは鋭い。
とは言っても、何て説明すればいいかな……
私がここまで来れたのは、謎の時間遡行があったからだ。
それが無ければ、私は王城で往生していたと思う。
スマイリーさんからの妨害を乗り越え、デシンクちゃんから話を聞き出す。
それを聞かなければ、私は教会には来なかった。
お姉ちゃんが心配なのは勿論……何をする気なのかを知っていて隠していたから。
私がここに来るのが想定外だったのは分かります。
問題は、何故私がここに来てはいけなかったのか……
スマイリーさんを使ってまで私を遠退けた理由。
それを……既に私はデシンクちゃんから聞き出しました。
半ば推測が入り混じった内容だったけれど。
それにしても、お姉ちゃんは未来が見れるんだったよね?
だったら私が来ないようにも出来たんじゃ……
「……ん?」
今、何かを掴みかけたような……そんな気がしました。
お姉ちゃんの【異能】に、巻き戻った時間。
もしかして、あの時間遡行の原因は……?
「お姉ちゃんなら、聞かなくても分かるんじゃないの?」
「今の私はそれに至らない私だから」
「……」
もし、もしもの話。
私の考えが正しいのだとしたら……
私が得た【異能】は、相乗りなのかもしれません。
お姉ちゃんの【異能】は、未来を知る事が出来る。
その過程で未来を経験してから巻き戻る……
私は、その一部分をほんのちょっぴりだけど体験した。
そう言う事なのかも。
「……まあ、別にいいよ。もう、分かったから」
「どう言う事?」
「アルタは気にしなくても良いの」
お姉ちゃんがそう言うと……三度、世界が止まりました。
色彩を失った視界の中で唯一、お姉ちゃんだけは変わらぬ色を保っていました。
私は変わらず身体を動かさないけど……声だけは拾う事が出来ました。
お姉ちゃんの、独り言のつもりらしい呟きを。
「……あと少しだから、アルタが来てしまった理由はこの際どうでも良い。やっと、終われるのだから」
お姉ちゃんは寂しげな表情でそう呟いていました。
……昔、私の居ない所でよくしていた顔だ。
お姉ちゃんは、苦しい気持ちを決して見せようとしない人だったから。
やがて世界が色を取り戻すと、私は廊下に立っていました。
これがお姉ちゃんの仕業なのは……ほぼ確定かな。
また、何度でも向かおう。
あんな顔をしていたお姉ちゃんを、放っておける訳がないよ。
「……やっと終われる、ね」
デシンクちゃんの話を聞いていなかったら、動揺して上手く頭が動かなくなっていたと思う。
あの子はこう言っていました。
「お姉様、まるで今後生きるつもりが無いかのような話し方をなさるのです。自分の身を顧みないとかの次元の話ではなく、一つの目的に執着して……それさえ達成できるなら手段も問いませんわ。私には止める術がありません。だけど、貴女ならもしかすると……お願いします。どうか……」
私の前では……そんな素振りはなかったけれど。
彼女が嘘を吐いているようには見えませんでした。
確かめるにはきっと、本人に直接聞くしかないのでしょう。
だから。
「お姉ちゃん!」
私は廊下を走った勢いのまま、お姉ちゃんの居る大聖堂に辿り着きました。
さっきと違うのはザミエルさんがまだ立っていた事。
でも、すぐに倒れちゃった……と言うか倒れる直前だったみたい。
それと、お姉ちゃんの目がさっきとは比べ物にならないくらいに見開いている事です。
「何故……違う?」
……驚いてる。
今までにないくらいに、動揺してる。
鉄仮面で隠していても私には分かります。
ぶつぶつと再現性がどうとか呟いてるけど……
お姉ちゃんの心に隙が生まれた。
畳み掛けるなら今だ!
「私、聞いたよ。あと少しだから、私が来た理由はどうでもいいって」
「……は?」
「教えてよ、今まで話して来なかった全てを……っ!?」
私の声に反応してか、突然持っていた花冠が光り出しました。
戻る直前はバラバラになっていたけれど……壊れたのが無かった事になったんだ。
いきなりの事で驚いたけど、この花冠から暖かな力が流れ込んで来るのを感じます。
「……」
「どうして、黙ってるの?」
「言える訳がない。伝えてはいけない。私だけが知っていれば……」
お姉ちゃんは、この期に及んで話す気がないみたいでした。
……どうしよう、勢いでここまで来たけどこれからどうしよう?
私が悩んでいると……花冠の光が一瞬眩く煌めきました。
「これは……!?」
私の頭に何か……私のじゃない誰かの記憶が流れ込んできました。
これは、私の知らない……お姉ちゃんの記憶でした。