いつかこんな歌詞を意気揚々と歌うようになるミクのプロローグ。
※この作品は二次創作です。
※独自設定を含みます。
※執筆時点で映画はまだ公開されておりません。
一部に登場人物の主観が含まれます。
「また、届かなかった」
宙に浮かぶ無数の扉、草一つなく広がる灰色の砂。
余りにも現実離れした光景が広がるその場所は『閉じられた窓のセカイ』。
本来なら人の強い思いから生まれる場所だが、今は何もない。
いるのはたった一人。
長く伸びたミントグリーンの髪に、黒い衣服をまとった少女。
知る人が見れば”初音ミク”と呼ぶ存在が、俯いたままへたり込んでいた。
彼女自身、いつ自分がこのセカイに現れたのか、はっきりと理解しているわけではない。
分かっているのは、数多の人間の想いによってセカイが構成され、それらが間もなく消えようとしているものであるということ。
ある者は挫折による苦悩、ある者は多忙による諦め、ある者は想いそのものを忘れかけ。
塵が積もるようにして生まれた世界は余りにも不安定で、崩れ去ってもおかしくないものだった。
このままではセカイと共に彼らの思いが完全に消えてしまうかもしれない。
想像しうる未来を避けようと、ミクは彼らに呼び掛けることを決意した。
(貴方の抱いた想いを忘れないでほしい)
(望んだ光景を思い出して)
電子の世界ならどこへでも行ける彼女はあらゆる場所に赴いた。
講堂のスクリーン、街の掲示板、店のテレビ。
時には、想いの持ち主の持つ端末に直接姿を現すこともあった。
けれど、彼女の言葉が届くことは無かった。
声も姿も、街を行き交う人々はおろか想いの持ち主でさえ気づくことは無い。
遂には完全に心を閉ざす者も現れ始め、それに合わせるかのように扉も閉じていく。
「……私、どうすればいいんだろう」
自分は何のためにいるんだろう。
どれだけ伝えても届くことは無く、相手と話す土俵にすらも立てない。
手をこまねいている間にも目の前で想いが失われ、彼らが失意に沈んでいくのを見ていることしかできない。
(もう限界。どう頑張っても上手くなれないし)
(仕事で忙しいんだから、しょうがないだろ)
(夢?あんなの小学生の頃の話だって)
最初は奮起していた意思も、ボディーブローの様に何度も現実を突きつけられて。
日々無力感に苛まれるミクの心は彼女自身が気付かぬままに沈んでいた。
「でも、私がやらなきゃ」
何もしなければ全てが終わってしまうかもしれない。
セカイも、彼らも。諦めては駄目なんだ。
閉じようとする扉を見上げて、ミクは想いを探すため今日も立ち上がる。
このセカイにおいて扉は突然増え、また場所を変えることも珍しくない。
そのため、時にミクは宙を泳ぐようにセカイを移動し、想いの持ち主につながる扉を探す。
未知なる扉を探しながら、ミクは薄々感じることがあった。
(ただ顔を見せて歌うだけでは、上手く伝わらないの?)
これまではずっと、思い出してほしいという思いを歌にのせて発していた。
それは初音ミクとして、ひいてはバーチャルシンガーとしてこのセカイに現れたが故の、一種の本能のようなものだったのかもしれない。
でも相手からすれば知りもしない、興味もない歌を聞いても響かないのではないか。
逆に、もしかすると。
「皆に聞いてもらえる歌なら、届くかもしれない?」
無論、本来の歌のメッセージが伝えたいことと合致しているとは限らない。
でも相手とのコンタクトを取る糸口になる可能性はある。
現状はそれすらもないのだ。
相手に意思を伝える舞台に立てる可能性が少しでもあるのなら、試す価値はある。
「でも、どんな歌だったらいいんだろう?」
糸口を見つけたところでどんな歌になら良いのか分からない。
歌詞や音程、リズムを組み合わせるだけでも歌は星の数ほど存在する。
いくら電子の歌姫と呼ばれる初音ミクといえど、同時に4曲を歌うことはできない。
考えあぐねていたミクだが、遂に一つの扉を見つけた。
まだ行ったことのない新しい扉。ある程度開いているときは、まだ想いが残っている時。
今度こそ自分の声が届くかもしれない。
止まっていた思考を一度切り、ミクは扉のドアノブに手をかけた。
扉の先は誰かの部屋。どうやら誰かのスマホに繋がっていたらしい。
軽く見渡すと、机に飾られているのは3人組の男女がステージで歌っている写真。
壁にはミクの知らない誰かの公演を記念したポスターが飾られている。
「あの人たちを超える、か……やっぱり無理だよ」
そんな中で机に向かっている少女が一人。今回の想いの持ち主の顔にも諦めの色が浮かんでいた。
これまで幾度となく見てきた表情だが、ミクはいつもの様に呼びかける。
「私の声が、聞こえる?」
「あの時歌ってた―――達は超えれるかもしれないけど、こっちはもう追いつける気がしないっての」
またも届かない。答えは返ってくることは無く、少女は苛立ちを吐き出し、ただ悲嘆に暮れるばかりだった。
何度呼び掛けても変わらない様子に、ミクは悲しみをこらえつつも歌を歌おうと呼吸を整えた。
今度も歌は届かないかもしれない。けれどもしかしたら、きっと届くかもしれない。
大きな不安と一抹の希望に心の準備を整えていた時だった。
「まぁウジウジしても仕方ないか。いつものアレ、聞こっと」
突然イヤホンを取り出した彼女の姿に、ミクは石に躓いたような気分だった。
覚悟を決めて歌おうとしていたところに寝耳の水。
しかし、彼女は一体何を聞こうとしているのだろう。
セカイで扉を探していたときに考えたことを思い出す。
(皆に聞いてもらえる曲なら届くかもしれない)
想いの持ち主が選んでいるこの曲は何かの手掛かりになるのだろうか。
ほんの少しの興味から、一緒に聞いてみようとミクは耳を傾けた。
「さぁてめえら、覚悟しやがれ!このヤサーイ様が料理してやるぜぇ!」
聞こえてきたのは謎の男性の声に、妙に調子づいた音。
キャベツだとか、ニンジンだとか、次々に出てくる食材を切ったり、混ぜたり、焼いたり。
音も、歌詞も、ミクの知る曲とは全く異なるものだった。
「やっぱりこれよ、これ!たまたま見つけたけど、全人類聞くべきでしょ」
先程までの諦念に満ちた表情はどこへやら、少女は溌溂とした笑顔を浮かべていた。
ここまでの言葉が出るなんて、この歌は一体何なのか。
まさか聞かれているとも知らず陽気に歌詞を口ずさむ姿を尻目に、こっそりタイトルを見る。
曲のタイトルにあったのは"お料理地獄 お好み焼きの巻"の文字。
「オコノミヤキ…?」
お好み焼き。ふり仮名もあるし発音は分かる。
食材が歌詞に入っているからおそらく料理なのだろう。
けれど、一体どんなものなのか分からない。
音楽に関しては一定以上の知識を備えているミクだったが、料理に関しては全くの素人。
食材の名前なら理解できても、料理の名前を聞いても想像することすらできなかった。
「ふう……なんか気分晴れていい感じ。聞いてたらお腹空いてきたし、母さん手伝ってこよっと」
聞き終えた彼女はさっぱりした顔でパソコンを閉じ、部屋を出ていった。
残されたのは茫然と後を見つめるミクだけ。
(あの子は夢を見失っている。けれどまだその灯が消えているわけじゃない。…あの曲が彼女の気力をつないでいるんだ)
暗い顔をしている人々が目の前で思いを拒絶することは何度もあった。
必死に伝えようとしても、暗がりの中に沈む彼らに手は届かなくなって。
彼らの姿が見えなくなって扉が開かなくなる度に、ミクの中には悲しみが残されていった。
それを思い返せば彼女は完全に目標を見失っているわけではない。
全人類が聞くべきと、想いの持ち主が豪語していた曲だ。オコノミヤキとは何なのか、分からないけれど。
それでもこの曲なら、もしかしたら今度こそ届くかもしれない。小さな希望だけれど、確かに残っている。
(でも……どうして?)
勿論嬉しさもある。しかしそれ以上に大きな何かが、彼女の中にあった。
喜んでいる人が目の前にいるのに置いて行かれるような。
相手の輝く様な笑顔を見る度に、自分がその思いを共有出来ないもどかしさ。
(どうして……素直に喜べないの?)
己の中に沸き起こる何か、それがどうしてもわからない。一人考えあぐねた末に出した結論。それは、『歌の中に理解できないものがあったこと』だった。
お好み焼き。
どんな見た目なのか?固いのか、やわらかいのか?匂いは?味は?
己の声は届かなかったのに、そのお好み焼きを語る歌は一瞬にして彼女の心を躍動させていた。
(もしかしたら、お好み焼きのことを知って、それを歌に乗せれば皆にも私の声が届くの?)
……平常時のミクが見れば、いやそれはおかしい、と突っ込むであろう結論。
だが、誰にも声が届かなかったことへの無念、その現状を変えられるかもしれないという微かな期待が、彼女の思考を未知の方向へと導いていた。
(それなら、知らないといけない。お好み焼きが一体何なのか)
一度決まれば迷いはない。
そう言わんばかりに、ミクは勢いよく現実の世界へと飛び込んだ。
様々な場所に顔をのぞいて気づいたのは、お好み焼きと同じ表現をしても様々な種類があることだった。
歌で知るタイプのお好み焼きは勿論のこと。
液体状の生地に具材を混ぜてから鉄板で焼くもんじゃ焼き。
野菜や肉を積み重ねて目玉焼きを乗せる広島焼き。
見た目や焼き方だけではなく、材料すらも千差万別。
定番のキャベツや豚肉。味に個性を出すための山芋、ニラ、マヨネーズ、てんかす。
中にはおでんや刺身など、一見似合わない具材を加える人すらいる。
専門店は言わずもがな、それぞれの家庭を比べても同じ作り方になることは無く、一人一人の個性が出る。
こだわりの余り、作り方をめぐって喧嘩になる姿さえも見た。
たった一度の食事のために己の体力を絞り出し、生地の手入れを欠かさない情熱。
時間をかけて焼き上がったそれを、口に入れた時に見せた歓喜。
そして料理の素人とは言え、自分が何も知らなかったことへの衝撃。
まるで歌みたい、とミクの心持ちを変革するものは余りに多かった。
(まだまだ、こんなものじゃないはず。もっとお好み焼きのことを知るんだ)
掴めるものが有るかもしれないのなら、迷うわけにはいかない。
自分の声を聴いてくれる人を探すことも忘れずに、お好み焼きをもっと知ろうと電子の世界を駆けていく。
(お好み焼きって、みんなおいしそうに食べてる。……私も作ってみたら分かるのかな?)
「貴方、もしかしてあの時のミク?」
ある日の夕方、渋谷にて。
ギターを傍らに置いた一人の少女が、スマホ越しにミクと相対していた。
彼女の名は星乃一歌。かつて『教室のセカイ』との邂逅を果たし、現在は幼馴染と共に結成したバンド「Leo/need」の活動を続けている。
数日前、CDショップを訪れた際に見つけた黒い衣服をまとったミク。
すぐに姿を消したものの、今回の路上ライブをこっそり見ていたらしい。
路上ライブを終えた今は、スマホに浮かぶ小さな姿と会話を重ねている。
「すると、ミクの歌がその想いの持ち主に届かないってこと?」
「うん。何度も歌ったけれど、誰にも聞いてもらえなかった」
様々な理由から自らの想いを見失っている、想いの持ち主たち。
何度呼びかけても届くことのない、黒いミクの歌。
このままでは消えてしまうかもしれない世界の存在。
予想もしなかった彼女の事情を知り、一歌は驚きを隠せないままについて来ていた。
「だからそのための手掛かりをずっと探してるの。それが分かれば皆に届くかもしれない。イチカの歌を聴いていたら掴めるんじゃないかって、思ったの」
苦しそうな顔と、それでも前を向こうとする瞳。
どこかで見たような表情に、気づけば一歌は声を上げていた。
「私で良ければ、手伝うよ。ミク」
「……いいの?イチカ」
「うん。何だか、困ってるのに放っておけない。昔、大切な友達に同じように助けられたことがあるから、私もそうしたいの」
「……ありがとう。それじゃあイチカに聞きたいことがある」
感謝の言葉と共にミクの瞳が真っすぐに見つめてくる。
私は、と告げるその気迫に、一歌は思わず息をのみこんで次の言葉を待って。
「お好み焼きのことを知りたい。だから、聞かせてほしい。お好み焼きの歌を」
「……えっ?歌じゃなくて、お好み焼き?」
思わず聞き返した。
力強く頷くミクの手には、いつの間にかお好み焼き用のヘラが握られていた。
壊れたセカイと歌えないミク。
ここに、新たな物語が始まろうとしていた。
続きません。
映画公開が近づく中、偶然あの曲を聞いて思いついたネタでした。
この世界線のミクは
「いくら歌っても私の声が届かない」
→「お好み焼きの歌を聞いた人が元気を取り戻していた」
→「私もお好み焼きの歌を歌えたら声が届くかもしれない。でもお好み焼きって何?」
→「こんなに奥が深いんだ……ならお好み焼きを作れて歌も歌えたら、きっと声は届くはず」
→「私の声が聞こえた人に、歌のこともお好み焼きのことも聞いてみよう!」
という深夜テンションさながらの思考に至っています。
なので某行進曲を聞いていたらコロッケとナポリタン、某禁止令を聞いていたらカップヌードルを探していたかもしれません。
<おまけ>
この話が続いた場合の一幕
・歌えないミクの料理シーンと好みの味が分かれる幼馴染。そして焼きそば入りを勧める一歌。
・料理番組経験者の愛莉によるお料理講座スタート。味噌汁は事前にしまっておく。
・類は野菜抜きのお好み焼きを作ろうと企む。すぐ全員に見つかって嫌々ながら野菜を入れた。
・ビビバスミクとの料理対決でどちらを食べても絶叫する彰人。ヒントは人参。
・生地に乗せる麺としてカップラーメンを持ってくる奏。瑞希は何度も冷ましながら食べている。