私が艦娘達の提督として鎮守府に配属されたのは、つい最近の事だ。
海軍学校を悪くない成績で卒業した私は、直ぐに鎮守府に配属された。こんな青二才の私でも、鎮守府の一提督として末席を汚すことが許されたのには、この世界のとある事情が人材を遊ばせるのを良しとしなかったからだ。
人類の敵、深海棲艦。それらの増加傾向。
悔しい事に我々の既存の兵器群では倒しきれない連中が、その数を増やし、各地で猛威を振るっている。
それに合わせるような潮の流れの急激な変化、フラグシップ等の更なる強敵の出現。
今までの航海図は役に立たず、目的地へ行けるかは特殊な羅針盤が示す運次第。
ある程度法則があるという報告は上がっているが、それを実践出来るほどの戦力を持っている艦隊は稀である。
戦力を二分して当たらなければいけない戦局に、苦戦を強いられたりもしたものだ。
それでも、人類は負けた訳ではない。
彼女達――艦娘と共に戦う事で、人類は生き永らえている。
生きてさえいれば、私達にも勝利するチャンスは必ずあるだろう。
深海棲艦に打ち勝ち、世界に平和を取り戻す。
全人類の願い。当然、私も同じ思いを胸の内に秘めている。
そう願う人たちの為にも、戦える立場の私は粉骨砕身の気合いを持って戦場に望む所存である。
そう、だから私の仕事は『提督』業務である。
「赤城くん」
「はい」
「なんだね、コレは」
「なんだ……とは?」
「――何故私が艦載機に乗る妖精搭乗員まで決めなければいけないのか、と聞いている!」
絶対、これは提督の仕事じゃない。
「?」
「いや、そこで首を傾げられてもね。赤城くん、君は改になって艦載機を……何機搭載出来る」
「八十二機です」
「正解だ」
つまり私は赤城一人だけでも八十二機の艦載機を選び、尚且つ同数かそれ以上の妖精をどの艦載機に乗せるかを一々決めなければいけないのだ。 ……一人ずつ、能力を見て。
更に言えば空母、装甲空母、軽空母を全て合わせると、私の場合総艦載数は約千百五十機になる。
因みにこの数字には航空戦艦や水上機母艦、巡洋艦の艦載数は入れてない。
全部合わせれば千二百機以上は確実である。
「ましてや、現状我が艦隊は機動部隊を編成中。そんな業務をしていたら日が暮れてしまう」
「はい……」
「だから、搭乗員位は君が――」
「でも提督」
「……何だね」
「私もそう言い聞かせようとしてるんですけど……」
赤城の目線が私――の机の上に向けられる。
私は必死に目線を意地でも赤城へと向けて気付かない振りをしていたが、事ここに至ってこれ以上の抵抗は無意味だろう。
目だけを机の上に向ける。
その先にいたのは、私の仕事机の上に立っている妖精達だった。
目をキラキラと輝かせ、何かを期待する様に私を見ている。
やめろ、そんな目で私を見るんじゃない。
「ふふっ、どうやら提督に決めて欲しいそうですよ」
赤城、要らぬお世話である。
どうやってこの窮地を切り抜こうかと頭を雑巾のように絞ってみるが、いい案も浮かばず、かといって無垢な期待を足蹴りにすることなど出来る筈も無く。
「………………わかった」
重たくなった首を縦に振らざるを得なかった。
逃げではない。戦略的撤退というものだ。
こうして私は何時もの如く、無邪気に喜ぶ妖精達とそれを見て微笑む赤城に囲まれて、書類にペンを立てた。
一時間後。
「提督、もう一度お願いしてもよろしいでしょうか」
「もう勘弁して下さい」
大切なのはこの作業、一回の戦闘毎に行われるという事だ。
◇◆◇◆◇◆
今日も今日とて、戦いの日々である。
軍人であり、艦隊を任される提督たる私は、艦娘達が例えどのような状況に陥ろうとも充分に戦い、そして無事生還出来るよう常に彼女たちの装備に気を配っていかなければならない。
今も私は膠着状態に陥った前線を動かすべく、赤城を旗艦とした第一艦隊の面々を会議室に集合させ、搭載させる装備の通達を行っていた。
「――以上で最後だ。出港は早朝、日の出前に出るとする。不備が無ければ解散、以後各々好きに過ごしてくれ」
丁度説明も終わり、後は明日の出港まで解散なのだが。
「提督、意見具申」
私から見て左端に立っていた艦娘――赤城が手を挙げた。
「赤城か、許可しよう」
「あの、提督。つかぬ事をお聞きしたいのですが……」
「……? どうした、言ってみたまえ」
珍しく言い淀む赤城に疑問を感じるが、何か不手際があってもいけないので先を促す。
「はい。この紙に書かれている私の艦載機の事なのですが」
そう言って赤城が掲げたのは、今回の作戦の概要と、その作戦に当たる艦娘達が搭載する装備を纏め、私が書類として作成したものだ。
ふむ。その事で赤城が意見を言ってくるとなると、この装備では作戦に支障を来す、又は作戦に求められる能力に至っていないのかもしれない。
恥ずかしい話、我々提督は艦娘が持つ兵器をカタログスペックでしか捉えられないのだ。
勿論カタログスペックというからには、個々の兵器はその値から性能が大きく変わったりする訳ではない。
しかし、どうも艦娘にも所謂“慣れ”というものがあるらしい。しっくりくる物とそうでない物がある、と言えば分りやすいか。
どうやら艦娘が扱う兵器にも得手不得手があるらしい。
らしい、というのは、私にはその感覚が分からないからだ。
この14cm単装砲より、あっちの14cm単装砲が良いとか、私からすれば全く同じ武装にしか見えないし、威力も同じなのだが。
まあ、そういう事もあるだろう。彼女たち艦娘も、艤装を外せば普通の人間と大差ないのだから。
そしてこの話は、当然空母にも当てはまる。
艦載機にも性能以外に何か違いがあるらしい。そのため、こういった苦情は初めてではなかった。
矢が重たいだの、まっすぐ飛ばないとか、メビウスターンを決めたなど、オメガ11ヽ(0w0)ノイジェークト! 他etcetc……。
最後の方になると私にも訳の分からん言語が飛び出してくるが……まぁ苦情なんだろう。
そういう訳で、赤城がこうして意見を言ってくる事は予想の範囲内である、という事なのだが。
「“紫電改二”って何なんです? 私が搭載する様なので艦載機だと思うのですけど……」
「……はぃ?」
流石にこの手の質問は予想外だったが。
「いや……赤城、“紫電改二”といえば艦上戦闘機以外に何がある」
「“紫電改二”が、ですか?」
「そうだ」
「?“しでん”とは違うのですか? 」
「なんだ、やはり“紫電”だろう。君も知ってるんじゃないか」
「いえ、“しでん”なら知ってますけど。“紫電”は……」
「え?」
「え?」
んん? どうも話が噛み合ってないんだが。
「すまん赤城。この紙に君の知る“しでん”を漢字で書いてくれ」
「? 分かりました」
赤城は差し出した紙と筆を受け取ると、それにスラスラと書いて私に手渡す。
そこには確かに“しでん”が漢字で書いてあった。
“
何だコレ。
いや確かにそう読めるけども。ちょっと文字の雰囲気似てるけども。
コレは無いだろう。
「私は知らんぞ、こんな名前の艦載機。というか赤城、前回も前々回もこうして紙に纏めていただろう。何故その時に聞かなかった」
「いえ、その時はただの誤字脱字の類かと……」
え、なに、私が間違ってたのか!?
「……あー、諸君はどちらが正しいと思う?」
最早訳も分からなくなってしまった私は、この場にいた他の艦娘に助けを求めた。
彼女らはお互い顔を合わせながら、皆私が書いた方を指差した。
ほら、やぱり私が正しいじゃないか。
『提督のが間違ってると思います』
ああ、そっちね。
紛らわしいわ、こんチクショウ。
「ほら! 提督、私が艦載機の名前を間違えると思いますか?」
「……いやしかし、私は軍学校で“紫電”と習った筈なんだが」
「“紫電”? いえ、知らない子ですね」
あーはいはい、そうですか。
「――――分かった。私が習った事を間違えて覚えていたんだろう。以後、気を付ける」
「頼みますよ、提督。この子たちも名前を間違えられるのは可哀想ですから」
「ウム、気ヲ付ケヨウ。 ……では解散」
その言葉で、赤城達は部屋を出ていった。
全員出るのを見計らって、私は席に着く。
とりあえず、気持ちを切り替えよう。
大事な作戦前、提督である私がするべき事とは――――。
「どっちが正しいのか、本部に問い合わせてみないとな」
これをハッキリさせないと、気になって夜も眠れんからな。
その後、その事を本部に連絡した私に「大事な作戦の前に何を言っとるんだ、貴様は!」と上官から雷を落とされたのは余談である。
◇◆◇◆◇◆
作戦も
そのお蔭か、偵察を送ると割とあっさり敵の根拠地を発見する事が出来た。
しかも敵にその事が気付かれてはいないというオマケ付きだ。今回の私たちは非常に幸運に恵まれてる様だ。
これを逃す手はない。私はすぐさま近くの無人島に前線基地を設立するよう命じた。
これには敵の激しい妨害が予想されるため、第一艦隊から第三艦隊までをローテーションとして組ませ、周辺海域の偵察及び警護に当たらせる。
あと必要なものと言えば。
「兵站だ。兵站を整えなくては」
古来より、兵站の有無は勝利の有無に繋がる物として重要視されている。
どのような場合に置いても艦隊を動かすなら、弾薬、燃料、食料等の物資は必ず必要になる。
安全な輸送路の確保、大量の輸送船、そしてそれを護衛する艦隊。それを組織する指揮官。輸送を始めるには最低でもこれだけは必要だ。
輸送船は予め用意していたので問題なし、安全な輸送路は作戦開始と同時に確保してある。指揮は提督たる私が取れば十分だろう。
一見これだけでは問題なく見えるだろう。
しかし、大きな問題があった。
それは……輸送という、作業そのものだった。
ハッキリ言おう、私はこの作業が嫌いだ。無くなってしまえばいいとすら思っている。クソ喰らえ、というやつだ。
恐らく私と同じ職務に就く提督なら、十人中に八人は嫌いだと即答する。
残り二人は『輸送』という言葉を聞いた瞬間、現実逃避して答えられなくなるからだ。
何を隠そう、この作業は数多くある提督の職務の中で、最も過酷な作業の一つに数えられているのだから。
いやなに、大切なのは理解できるのだ。物が無ければ戦えない。
しかし、だ。
「どうしよう……」
机の上に置かれた紙と睨めっこしながら、私は頭を悩ませていた。
その紙には、前線基地へ送る物資の量が乗せられている。
燃料250、弾薬200、鋼材330、
これは一回の輸送分の総量だ。だから当然、一回で全て送りたいのだが。
「輸送船の容量は相変わらず、100だけか」
用意したこの輸送船、実は一隻で100までしか物資を積む事が出来ないのだ。
さて、ここからが本当の地獄の始まりである。
たかが輸送任務、そう思う人も多いだろう。私も軍学校に入った直後はそう思っていた。
今なら、その認識は甘いと言わざるとえない。
物資の総量が960で、輸送船が一隻で100を運べるのなら、単純に考えれば十隻用意すれば良い……と思うだろう。
その考えは正解とも言えないが、数字的には間違ってはいない。
ただし、とある
「一体いつまで続くんだろうか、この意味不明なルールは」
それは、輸送船には一隻に付き
これこそが我々を苦しませる、最大の
一隻に一種類しか運べないという輸送船を用いた輸送。これには重大な欠点がある。
それは“リスクの分散が出来ない”という、我々提督にとっては初歩も初歩の事だ。
分かりやすく例を挙げてみよう。例えば二隻の輸送船に食糧と弾薬を、それぞれ100づつ載せて海上輸送をするとしよう。
そうなると当然、海には深海棲艦という敵が出て来るのだから、輸送の途中で現れて襲い掛かって来るだろう。
もしその時、一隻でも沈んでしまったら?
「HEY、提督ぅー! 戦ってもイイけどサー、現状と身の程をわきまえなヨー!」
「なん…だと…」
そこには後世まで失笑物のヘマをしてしまった提督が出来上がってしまうのだ。
それは頂けない。己の、そして艦娘達の為に、何としても成功させなければいけない。
その為に私が取るべき道はただ一つ――――八大地獄を巡り回るに等しい、苦しみと困難に満ちた道だ。
「とりあえず168隻の輸送船の手配と停泊出来る港の確保、それらを護衛する艦隊の編成。それに掛かる総額の費用の見積もりに上官の許可を貰う書類を書き上げて、それから稟議書も――――」
後日、彼は赴任している鎮守府の取材に来た記者に対して、こう語っている。
――――人間、やれば何でも出来るんだって、提督になって初めて気付いたよ。例え200時間の完徹でもさ。
そう言って、冗談だとでも言う様に朗らかに笑う彼だったが、目だけは笑っていなかったという……。
これから先、彼らは多くの敵と戦い、多くの出会いや別れを迎える。
ワープ輸送、ステルス迎撃をしてくる敵。
完全包囲しても戦力が下がるどころか、物質と戦力を更に増やして出てくる敵拠点。
連合艦隊をたった一体で壊滅させる、新たな深海棲艦の出現。
そして、何故か戦ってすらいないのに決着が着いていた艦隊決戦。
それでも彼らは、諦めない。
戦え提督!
めげるな艦娘!
人類の未来を掴み取る為に、暁の水平線に勝利を刻め――――!
ご愛読ありがとうございました!
ポピュラーさんの次回作に御期待下さい!
打ち切りEND(白目)