二人が一つのクレーンゲームに向き合えば片方は手持ち無沙汰になるもので、惜しいとか頑張れとか、それ以外に喋ることがないか探してようやく文脈が繋がったところだった。
「有名人といえば……知ってる?『ゲヘナの荒らし屋』」
「なにその物騒な名前。有名は有名でも悪い方の有名でしょ……あっ!」
クレーンのハサミは、有名ゲームのキャラクターが塗装された景品のピストルと糸を切り離すにはわずか手前だった。呆れてものも言えないそのキャラと目が合う。息を吸い込み彼女は何度目かの決済音を鳴らした。
「それで、何の有名人?」
「喧嘩」
「うわ。ゲヘナの有名人ってなんかそういう問題児ばっかりな気がする。
「ミレニアムで暴れても機械が出張ってくるからね。機械相手のシューティングゲームより対人ゲームの方が好きなタイプが多いのかも?」
「おおー、なるほど!」
「それで、最近ミレニアムでその人を見たって噂が立ってるの」
「対人に飽きちゃったかぁ」
「このゲーセンは比較的ゲヘナに近いから……もしかしたら遭遇したり?」
「フラグになりそうなこと言わないでよ。もしそうだとしても、数々のゲーセンを巡ってようやく見つけた限定品だよ。取るまで帰らないからね!」
奮闘は虚しく、なんの成果も得られなかったクレーンの明るい電子音が沁みた。
「……ごめん。あたしが下手なばっかりに、今日は帰れないかも」
「……今さらだけど、この手のクレーンゲームは確率機の場合がほとんどだから。腕とか関係ないと思う」
「ええ!それを早く言ってよ!」
投入金額が増すごとにアームのパワーが増すとされる確率機。本当にそうなのかは置いておいても、一定金額を投入しないと景品を獲得できない仕組みは店側にとって単価を保証してくれる魅力があり、疑いたくもなる。
「ちょっとそこの二人。さっさとどいてくれよ」
やいのやいのと言い合う二人。そこに少女が近寄ってきた。長い月日を感じさせるヨレヨレのTシャツに、室内というのにヘルメットを着けて。
「あ!ごめんね!これが取れたらすぐ出るよ」
「取れたら、じゃなくて今すぐって言ってんの」
「……あの、そんな言い方ないと思いますけど」
「ああっ?」
「私たちが先に見つけたんです。5分と居座っていませんし、商品を独占してるわけでもありません。言いがかりじゃないですか」
「だけど取れる気配もないじゃないか。いいから代わりな!」
有無を言わさない語気で詰め寄る彼女に気圧されながら、それほどまでに強硬な姿勢をとる理由に二人は思い至った。このクレーンゲームは確率機(多分)。ここで諦めてしまったら二人が金を投入した分だけ次の人が楽をすることになる。それを狙っているのでは。
「もしかして、横取りするつもりでしょ!」
「はいぃ?、それこそ言いがかりじゃないの?ええ?誰に向かって口をきいてんのか……わかってんの?」
相手は威嚇するように肩に下げた銃を揺らした。知ってて当たり前だというような態度。その自信を裏付けるのはなんだろうか。二人は思わず顔を見合わせた。さっきまで有名人の話をしていたものだから、フラグ回収の文字がお互いの額に見えるようだった。該当する人物も同じく。まさか、この人が────
「あのヨレヨレTシャツ団のリーダーだぞ!」
────『荒らし屋』、ではなかった。
「……誰?」
「初耳ですけど」
「な!?知らないってか!?……じゃあ、しょうがねえかぁ」
そう言い残すと意外にも引き下がって来た道を戻っていった。胸をなでおろしたのも束の間、すぐに怒号のような大声が響いた。
「おいお前ら!来い!」
声を聞きつけてヨレたTシャツが集まりだした。リーダーを名乗った少女の後ろで横並びになり、銃を遊ばせている。数は十人ほどだろうか。ふざけた格好だろうと、彼女の一声でその全てがこちらに牙を剥くと考えると、恐怖が肌を撫でたようにぞっとした。自然と手が銃身を掴んだ。
「脅そうたって、そうはいかないよ!あれのためなら、たとえ火の中水の中弾の中、どこへだって行くんだから!」
「よし、撃て」
「やっぱ無理ぃ!」
「こっち!」
合図一つで幾重もの銃声が鼓膜を刻んだ。L字型の店内でヨレヨレTシャツ団なる輩の死角になるよう二人が筐体の影に飛び込むと、筐体のガラスが炸裂して辺りに散乱していく。店内には幾つものアーケードゲームの筐体があり、開けた通路側から制圧してくるTシャツ団に対しての遮蔽にして動けそうだ。安全装置を外し、応戦の準備が整ったところで、二人を無視して景品を手当たり次第に黒い袋に放り込んでいくTシャツ団の姿が目に入った。
「なにやってんのさ!?」
「なにって、ガラス割ってゲットするのが一番効率のいい取り方だろ。ついでに全部ぶんどれば希少価値がついて、高い値段で売りさばけるしな」
「まさか、他の店でも見つからなかったのは……」
「へへっ、だったらどうする?悪いけど1個もくれてやらないよ。……ってなんだこいつ、邪魔だな!」
そこで初めて、二人は自分達とTシャツ団以外の人が近くに居ることに気付いた。青いジャケットにつばの付いた帽子を被る少女は、これだけの惨状にも関わらず二階建ての小さなクレーンゲームを操作していた。何種類も混ざり合ったペロロのうち一羽が吊り上げられて……見事に取り出し口へ落ちていった。少女の頭にTシャツ団リーダーの銃が突き付けられた。ゴンと頭に鉄が当たってようやく気付いたように、少女は相手を見上げた。少女の角がわずかに銃を押し上げても、少女は黙ったままだった。
「あんたゲヘナの生徒か?わざわざこんなとこに来ちまって可哀想になぁ。ちょっとそれ貸してくれよ」
「これが、欲しいんですか。マイクを持ってますし、アイドルペロロと言いましょうか……やたら濃いアイシャドウが似合わなくて、かわいいとも言えないこれが、欲しいと。……ああ」
ゲヘナの生徒に特徴的な角と尻尾を持った少女が立ち上がり、リーダーと向き合った。ミラーがかかったヘルメットで表情は見えないはずだが、腑に落ちたように頷き、ペロロアクセサリーのボールチェーンをマズルに引っ掛けた。
「たしかに、お似合いです」
耐え切れず二人の少女が笑いを漏らした。リーダーは馬鹿にされたことを遅れて理解し、怒りで肩を大きく揺らした。
「気が変わった。持ってるもん全部おいてきな。銃も、金も、スマホも、服も脱げ。言うこと聞かねえなら、あたしらの弾丸で破いてやる」
「それは困ります」
「まずは銃からだ。こっちによこしな」
言葉とは裏腹にゲヘナの少女は一切表情が動かない。両腕をだらりと下げたまま少し長めの瞬きをして、ため息のような短い息を吐いた。
そこから先はその瞬きよりも早く終わった。リーダーの銃が蹴り上げられて宙を舞う。傾いたゲヘナの少女の身体からスリングが滑り落ち銃が自由になる。引き金に手を掛け、足を引き戻しながら照準。分間六百回のきらめきがリーダーのヘルメットにいくつもの穴を開けた。流れるような一連の動作に誰も反応できないまま、仰向けに倒れたリーダーのヘルメットに銃が落下して大きな音を立てた。
放心したTシャツ団の部下たちに容赦なく銃弾が放たれて、彼女たちは痛みとともに状況を理解した。たった一人のヒーロー気取りがTシャツ団に歯向かったということを。リーダーはすでに倒れ、自分たちがリーダーの仇を取るのだと。このTシャツのシワと黄バミにかけて!
「撃てぇ!」
誰かが出した果敢な号令とともに銃弾の雨が降り注ぐも、ゲヘナの少女は自分が遊んでいた筐体に素早く飛び乗ってかわし、減速もなしに駆け抜ける。横に並んだTシャツ団の側面に降り立てば、射線がろくに通せない縦一列と向かい合う。その先頭に空の弾倉を外しながら飛び込んでいった。銃床で相手の銃をはじき、そのまま槍のようにみぞおちに突き立てる。崩れ落ちる相手を肩で支えて射線を切り、銃を奪って横に拡がる一人を射撃。リロード。肉盾を蹴り飛ばし、拡がりきった敵陣のど真ん中に躍り出た。
「こいつ自分から撃たれに来やがった!」
そして銃を構えた部下は、ゲヘナの少女の肩越しに、Tシャツ団の仲間と目が合う。このまま撃てば仲間にあたる。撃つか否かの逡巡で指が止まった。
「う、撃て!仲間ごと撃てえ!」
「ばかやめろ!先に離れてからだ!」
指示は右へ左へ。頭を早々に失った集団は混乱した。渦中のゲヘナの少女は撃つ手を止めず、同士討ちを誘う位置取りで射撃を捌いた。Tシャツ団が最後の一人になったとき、徒党を組んで得ていた万能感が目の前の少女によって拭い去られたことで、目を覚ましたような感覚に陥った。
「あっ、お……あ……」
言葉にならない声が喉をつき、後ずさる。空の薬莢を踏んでぐるんと回転すると、受け身を取れないまま頭を打って、ヨレヨレTシャツ団は全員が地に伏せた。先ほどの騒動が嘘のように静かになったゲームセンターで、その痕跡を踏みしめて、ゲヘナの少女は二人に近づいていく。ゲヘナの少女は無傷ではなかったが足取りは軽く、痛みに平然としていた。敵ではないはずだが、根拠はない。結果的に救われただけで、彼女の機嫌を損ねるとすぐさまTシャツ団の仲間入りだ。二人は緊張で息をのんだ。
「『ゲヘナの荒らし屋』をご存じですか?ちょっとした有名人だそうですが」
「……へっ?」
感謝を伝えるか情けを乞うか、角の立たないように悩んでいた二人にとって向こうから声をかけてくれたのはありがたかったが、言葉の意味を飲み込めないでいた。ヒュンと鞭が風を切ったような音が目の前を通り過ぎ、ゲヘナの少女の尻尾が傍に転がったペロロアクセサリーを拾い上げ、その尻尾で見せつけるように弄んだ。
「噂話はほどほどにしましょう。どこかで本人に聞かれてるかもしれませんから」
それだけ言い残し、離れていく後ろ姿を見送って二人きりになるとほっとして頭が回るようになり、彼女が件の『荒らし屋』だろうと容易に想像できた。こうしてお礼としていただいた念願のピストルに、鮮烈な記憶を装飾が添えられた。
『ゲヘナの荒らし屋』
後から調べてみると、どうやら『荒らし屋』と呼ばれる生徒は、銃声に釣られてふらりと現れては理由も聞かずに飛び入り参加するような問題児だそうだ。そのうえ鎮圧に来た風紀委員まで銃を突きつけるという傍迷惑。彼女が敵になるかどうかは彼女のポリシーに由来するという。曰く、発砲している者だけ撃つ。
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