各々の準備を終えて迎えた、文化祭当日、9時丁度。
『Good Moorrrnin!ヘイガイズ!!準備はここまでいよいよだ!!!今日は1日無礼講!!学年学科は忘れてハシャげ!!そんじゃ皆さんご唱和下さい、雄英文化祭開催!!』
プレゼント・マイク先生の合図と同時に、集まっていた客達が校舎に入ってくる。
先日まで普通に机と椅子が並んでいるだけだった教室は、お化け屋敷仕様にセッティングされ、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「緊張してきたぁ……」
「上手くいくかな」
「一人でも多くの人の目に留まってくれるといいんだけど…」
リアルな幽霊メイクをしたクラスの皆が、それぞれの方法で緊張をほぐしていた。
すると細谷君が、緊張している療子達に声をかけた。
「大丈夫だって、ウチらあんなに準備してきたじゃん」
細谷君の言葉に、緊張していた皆も顔を見合わせて頷く。
……うん、いい感じだ。
これなら成功は間違い無いだろう。
さてと、私も自分の準備をしないとな。
「では、私はミスコンの準備があるので行ってくる」
「委員長行ってらっしゃい」
私が席を立つと、クラスの皆が私を見送ってくれた。
さて……ここで一つ、スパイスを投入しに行きますか。
◆◆◆
斥口side
文化祭が始まると、お客が大勢校舎に入ってきた。
中には、企業の人や、ジャーナリストなんかもいる。
お偉い人達の目に留まるように、素晴らしいものを提供しようと皆必死だ。
「ここのお化け屋敷、普通のお化け屋敷とは一味違うんです!とびっきりの恐怖体験ができるのはここだけ!是非見て行かれませんか?」
私は、癒治や鑑刀が作った看板を持って、教室の前で呼び込みをした。
するとだ。
「随分と賑わってるな」
「あ……!」
マスクをつけた背の高い男の人が、小さい女の子を連れて目の前で立ち止まった。
委員長の為に皆でお祭りをやった時に来ていた、確か……治崎さんとエリちゃん。
「刹那はいないのか?ここの教室だって聞いてるんだが」
「六徳さんですか?今は、ミスコンの準備で席を外しているんです」
「そうか」
「あの、ミスコンはまだ始まらないので、その前にウチのお化け屋敷を見て行かれませんか?六徳さん、皆に凄いものを届けようって、一ヶ月前から張り切って準備してたんですよ。治崎さんが見に来てくれたと知ったら、きっと喜ぶと思います」
つい早口で話してしまった後で、視線を下に落としてハッとする。
治崎さんは今、エリちゃんと一緒に来ている。
小さい子を連れてきているのに、一緒にお化け屋敷に行こう、とはならないだろう。
つい自分達の事ばかりで、エリちゃんの事まで考えてなかった自分が恥ずかしくなった。
咄嗟に謝ろうとしたその時、エリちゃんが治崎さんの服を掴んで口を開く。
「……行きたい」
そう言ってエリちゃんは、暗幕がかけられたウチの教室の入り口を指差した。
「ちさきさん、私ここ行きたい」
エリちゃんは、小さな声で、だけどハッキリと治崎さんに伝えた。
まさかエリちゃんの方が行きたいって言うとは…
でも大丈夫かな、ウチのお化け屋敷、かなり怖いんだよな。
教室の中では、既にギャーギャー至る所で悲鳴が聴こえてるし…
流石にクラスの皆も、エリちゃんが来てるなら悪趣味な怖がらせ方はしないと思うけど…
「エリちゃん、大丈夫かな?ウチのお化け屋敷、結構怖いよ?」
私はエリちゃんの目線の高さに合わせてしゃがみ込んで、やんわりと伝えた。
そうしている間にも、教室からは悲鳴が聴こえてきて、その悲鳴を聴いたエリちゃんがビクッと肩を跳ね上がらせる。
「……大丈夫」
そう言ってエリちゃんは、覚悟を決めて顔を上げる。
私達が思っていたよりずっと強い子だ。
そう思っていると…
「エリちゃん任せとけ!もしお化けが襲ってきたら、俺達がぶっ飛ばしてやるぜ!」
「殿は任せといてください!」
「そういうとこじゃないんすよここ…」
治崎さんの
どう見てもカタギじゃないおじさん達を見て、他のお客は二度見したりヒソヒソ話したりしていた。
ある意味お化けより怖いよ……
エリちゃんが教室に入ってから10分後。
エリちゃん達が、教室の出口から出てきた。
「エリちゃん、どうだった?」
「こわかった……」
私が話しかけると、エリちゃんは震えながら小さな声で言った。
やっぱりお化け屋敷はまだ早かったかな…
「…けど、たのしかった」
エリちゃんは、微笑みながらそう言った。
思わず、胸の奥がキュッ!!ってなるのを感じた。
この子、マジ天使…一生守りたいこの笑顔…!
「皆様、張り切っていらっしゃいますね」
「おーい、来てやったぞー」
今度は、山根さん達と、劫波君が友達を連れてやって来た。
「山根さん、劫波君」
「斥口様、よろしければこのクラスのお化け屋敷を拝見してもよろしいでしょうか?お嬢様のご友人の方々が出し物をしていらっしゃると聞いておりましたので」
山根さんは、紳士的な笑みを浮かべながら言った。
執事の山根さんが来たと知ったら、委員長は絶対喜ぶはず。
あの人、なんだかんだで山根さんの事大好きだからね。
「はい、ぜひ見てってください!六徳さんも喜びますよ!」
山根さんの言葉に、私は二つ返事で了承した。
山根さんなら、むしろ観に来てほしかったくらいだ。
「お嬢様が製作に携わったお化け屋敷と聞いたら、使用人として観に行かないわけにはいきません!」
「お嬢様が一緒に作ってるんだから、面白くないわけがないもんね」
山根さんと一緒に来ていた…確か、小雪さんと囲さんが口を開く。
ちなみに二人は、ウチの文化祭を観に来るって事で、ジャンケンで最後まで勝ち抜いてここまで来たらしい。
山根さんは、一緒に来ていた劫波君にも話しかける。
「坊ちゃんはどうされますか?」
「俺も行こっかな、どーせ暇だし」
山根さんが尋ねると、劫波君は頭の後ろで手を組みながら答えた。
こうして、山根さん、小雪さん、囲さん、劫波君、そして劫波君の友達の皆がお化け屋敷に入って行ったわけだけど…
しばらくして、入って行った人達の悲鳴ではなく、ウチのクラスの女子達の黄色い声が聴こえてきた。
皆がお化け屋敷に入ってから15分ほどで、最初に劫波君が出てきた。
「団長、大丈夫ですか?」
「……二度と行きたくない」
ロップちゃんが尋ねると、劫波君はげっそりした表情を浮かべながら答える。
劫波君の身体の至る所には、血糊や白粉がついていて…多分、ウチのクラスの女子達に見つかって、散々もみくちゃにされたんだろうな。
劫波君、顔は委員長に似てすごく可愛いからなぁ…
その後も私は、文化祭に来ていたお客さんを次々と呼び込んだ。
委員長が経営科の人達と一緒に考えた
だけど大勢の人に観てもらう為には、あともうひと押し必要だ。
そんな事を考えていると、突然スマホから通知音が鳴る。
気になってSNSを開いて見てみると、真っ先に目に飛び込んできたのは、雄英文化祭に関する呟きだった。
「え、これって……」
その呟きを見た瞬間、私は委員長達の秘策がうまくいった事を確信した。
流石委員長、相変わらずビッグな事考えるなぁ……
◆◆◆
No side
刹那の顔馴染みがお化け屋敷に入った直後、一組のカップルがお化け屋敷の列に並んだ。
ヒーロー科二年の男子生徒と、普通科二年の女子生徒のカップルだ。
「ねぇ、アタシ怖いのマジ無理なんだけど」
「俺と一緒に入れば平気だって。俺、全部視えてるから」
女子生徒が怖がっていると、男子生徒は余裕そうに言った。
男子生徒が先にお化け屋敷に入っていくと、女子生徒も流されるままお化け屋敷に入っていく。
女子生徒は、C組の生徒達が繰り出す仕掛けの数々に驚いて悲鳴を上げたが、透視と読心ができる“個性”の男子生徒は、仕掛けに一切驚かなかった。
「あ゛〜マジ心臓止まるかと思った……」
「怖くはなかったけど、なかなかクオリティ高かったな」
お化け屋敷も終盤に近づいてきた頃、心臓のあたりを押さえて本気で怖がっている女子生徒とは対照的に、男子生徒は余裕そうに笑っていた。
だが出口まであと少しというところで、男子生徒が突然足を止めて壁をじっくりと観察した。
「ん?出口の前に、もう一つ部屋があんな」
「え?何言ってんの?部屋なんて無いけど?」
「いや、ここの壁の向こうにもう一部屋あるんだよ。居間か?中に人がいるな…」
「普通に控室とかじゃないの?もういいから出ようよ、アタシ怖いんだけど…」
男子生徒が壁に触れて奥を調べていると、女子生徒が早く出ようと急かす。
だが何でも視えてしまう“個性”のせいでお化け屋敷に退屈していた男子生徒は、好奇心に負けて壁の中に隠された部屋に入ろうとした。
「なんか、『早くお客さん来ないかな』って声が聴こえてくるんだけど。行ってみようぜ?」
「ちょっと、マジで入んの…?」
男子生徒が隠し部屋に入ろうとすると、女子生徒は不安そうな表情を浮かべる。
結局二人で隠し部屋の中に入ると、二人は中の光景に困惑した。
部屋の中には、壁や床、天井に茶色いシミができた絵がびっしりと貼られていて、部屋の中心にはちゃぶ台と料理が置かれていた。
部屋のスピーカーからは強いビブラートのかかった不気味な音楽が聴こえ、部屋のどこからか異臭がする。
「うわ、何これ?てか臭っ」
「何だこれ…悪趣味な絵だな」
今までのお化け屋敷とは違う、じわじわと不快感を煽ってくる部屋の内装やBGMに、客の生徒二人は顔を顰めていた。
すると部屋の奥から、着物を着た老婆の格好をした小柄な女子生徒が現れる。
「あ…やっと来てくれた……いらっしゃい」
老婆役の小柄な女子生徒、癒治療子は、黒いゴミ袋を引き摺りながら客の前に姿を現す。
癒治は、ちゃぶ台の前までゴミ袋を引っ張ってくると、ゴミ袋をゴソゴソと漁った。
「ふふふ、私、あなた達が来てくれて嬉しいんだぁ。良い作品ができたのに、なかなか見つけてくれる人がいなくてね…」
意味不明な発言をする癒治に、女子生徒は怪訝そうな表情を浮かべる。
だが、癒治が現れてゴミ袋を漁り始めた途端、さっきまで余裕そうにしていた男子生徒の顔から血の気が引いていった。
男子生徒は、顔を真っ青にしてガタガタ震えながら、恐る恐る口を開く。
「お、おい…」
「何……?」
「……これ全部、本物の人の血だぞ」
「……え?」
「それだけじゃない…机も、食器も、料理も、全部……」
「ちょっと…冗談やめてよ…文化祭の出し物でしょ……?」
男子生徒が言うと、女子生徒は顔を真っ青にする。
何でも視える眼を持つ男子生徒は、癒治の思考を読み取った事で、周りに貼られている絵や、目の前にある家具が、
所々に散りばめられたヒントから想像される凄惨な光景に、徐々に顔から血の気が引いていき、胃液が込み上げてくる。
本気で恐怖を感じ始めている男子生徒を他所に、癒治はゴミ袋を漁り続ける。
「大事なお客様が来るんですもの、素材にはこだわりたいでしょう?これだけ集めるの苦労したんだ。だからね、あなた達には私の作品を楽しんで欲しいの」
「ひっ…!!ひっ、ひっ!!」
癒治は、ゴミ袋に入っていたものを頭に被り、右手にゴミ袋を、左手に包丁を持って一歩ずつ二人に近づく。
図らずも最後の仕掛けがどういう方法で作られたのかを読み取ってしまった男子生徒は、先程までの余裕が嘘のように、完全に腰を抜かしていた。
癒治が頭に被っていたのは、人の顔の皮を繋ぎ合わせて作られた仮面だった。
しかも使われたのは赤の他人ではなく、今までお化け役として登場した生徒達の顔の皮だった。
「せっかく来てくれたんだもの。私と友達になりましょ?」
そう言って癒治は、ニタァ、と不気味な笑顔を浮かべながら、ゴミ袋を男子生徒の方へと差し出した。
「ひぎゃああああああああああっ!!!」
「あっ、ちょっと!置いてかないでよ!!」
癒治の最後の行動がトドメとなり、男子生徒は涙と鼻水で顔をグチャグチャにして失禁し、あろう事か一緒に来ていた女子生徒を置き去りにして隠し部屋を飛び出した。
男子生徒が泣き叫びながらお化け屋敷を飛び出すと、外で待機していた女子生徒、斥口が可笑しそうに笑う。
「お、早速一人引っかかった」
「うああああああ!!ああああああああああ!!!」
「ちょっと、置いてくとかマジ最低!!死ね!!ハゲ!!」
男子生徒が泣きながら全速力でお化け屋敷を飛び出すと、男子生徒を追いかける形でお化け屋敷を出た女子生徒が、置いて行かれた事への恨みを募らせて般若のような形相で男子生徒を追い回した。
◆◆◆
刹那side
「ククク、今頃ウチのクラスの客達は、療子達が作った仕掛けに戦慄している頃だろうな。恐怖と狂気のフルコースを召し上がれ」
「顔怖」
今頃一人くらい最後の仕掛けに引っかかっただろうと思い笑っていると、同じ控室にいたB組の柳君が口を開く。
お化け屋敷に来た客を全員怖がらせる為の秘策とは、『隠し要素』だ。
部屋の仕掛けがわかっている“個性”の客向けに、
普通の客は通常の
手始めに、人の不安を煽る要素を徹底的に研究し尽くして作曲されたBGMと、血生臭さで不安を煽ってから、じわじわと怖がらせにかかる。
そして隠し部屋の中には、療子や美術担当のクラスメイト達が作った美術品を並べておき、療子を殺人鬼役として配置しておく。
ただし、本当に人を殺して美術品を作るわけにはいかない。
そこで複原君の“個性”の出番だ。
複原君の“個性”は、左手で触れたものを複製する事ができる。
生きた人間に触れた場合は、対象の人間そのものは複製できないが、触れた相手の血や臓物なら複製する事ができる。
“個性”で幽霊役のクラスメイトの血や皮や骨のコピーを量産し、それを材料に作品を作ったというわけだ。
本物の人間の身体を使うなんて、思いついても実行するとは思うまい。
もし心が読める奴が客として来ていたら、殺人鬼役の心を読まれて怖がってもらえないかもしれないが、療子の場合はその心配が無い。
『せっかく皆で作った作品を多くの人に見てもらいたい』、『来てくれた人と友達になりたい』というのは、療子の紛れもない本心だからだ。
だからこそ私は、療子を隠し部屋の殺人鬼役に任命した。
結局のところ、幽霊でも化け物でもなく、人間の狂気が一番怖いんだよ。
「私が本当に欲しいのは、客からの評価でも、『楽しかった』などという生温い感想でもない。初めから怖がる気がない奴の余裕そうな顔など見て何が面白い?人は極限まで恐怖を煽られた時にこそ、本性を露わにする。私が見たいのは、どうせ怖くないと斜に構えている奴等の、涙と鼻水でグチャグチャになった泣き顔なのだよ」
「趣旨変わってない?」
「あんたが敵側じゃなくてホント良かったよ…」
私がHAHAHAHAHAHA!!と笑いながら言うと、柳君と拳藤君が顔を引き攣らせる。
敵側じゃなくて良かった、か。
最高の褒め言葉だよ。
私がほくそ笑んでいると、波動先輩が話しかけてくる。
「ねえねえ!ところで、六徳さん!お客さんをたくさん呼び込む為の秘策があるってホント?」
「ええ。今回は経営科の皆に頑張ってもらって、外部の企業や注目度の高い芸能人向けのプロモーションに力を入れましたから。もうすぐ、雄英生だけじゃ対応し切れないくらいの客が来ると思いますよ」
そう言って私は、スマホの画面を見せながらニヤリと笑った。
……期待してますよ、経営科の先輩方。
◆◆◆
心操side
9時半、俺達はライブ前の最後の練習をしていた。
「明鏡止水…」
「こういう時間が一番ヤダ」
ギターの常闇と、ベース兼ボーカルの耳郎が口を開く。
演奏担当の皆は、特に緊張しているように見える。
ドラムの爆豪だけは平常運転だけど…
俺は一生懸命に練習している皆を横目に見つつ、ダンスの演出に使う照明を点検しながら、ボソッとと呟く。
「上手くいくかな…」
「できる事はやったんだ、リハーサル通りにやれば大丈夫だよ」
「いや、そうじゃなくてさ…ネットを見た限りだと、俺達に不満を持ってる奴等は大勢いる。演奏は上手くいっても誰も観に来ないんじゃ、意味ないよな…」
そう言って俺は、ネットの掲示板の書き込みを皆に見せた。
掲示板には、ヒーローだけじゃなく、俺達ヒーロー科に対する非難の意見も書かれている。
世間は今、俺達の文化祭の出し物を観に行こうという空気じゃない。
耳郎達の演奏や皆のダンスがどんなに良くても、そもそも客が観に来ないんじゃ意味がない。
俺がその事に不安を感じていると…
「関係ねぇよ。雄英全員、音で殺る。そんだけだろうが」
「……ああ、そうだな」
爆豪が、不安を抱えている俺に言った。
こいつ、口は悪いし偉そうだけど、たまにはいい事言うんだよな…
なんて思っていると、体育館の外がガヤガヤと騒がしくなってきた。
「んあ?なんか外が騒がしいな」
外が騒がしいのが気になった切島と上鳴が、小窓から外を覗く。
「うおお、何じゃこりゃあ!?」
外を見て上鳴が驚いた声を上げる。
見ると、体育館の外に、最後尾が見えないほど長い行列ができていた。
「ねえ見て!!この文化祭のつぶやき、すごいバズってる!!」
そう言って葉隠がスマホの画面を見せてくる。
スマホの画面には、すごい勢いでいいねとリポストが増えているつぶやきが表示されている。
見たところ、雄英文化祭の宣伝のつぶやきらしい。
アカウントを調べてみたら、宣伝のつぶやきをしたのは、フォロワー数100万人超えの配信者らしい。
このつぶやきを見て、大勢の人が押し寄せてきたって事か……
でも、何でこんな人気者が文化祭に来てるんだ?
その時、俺の脳裏に一瞬だけ、元クラスメイトの紺のグラデーションがかかった綺麗な黒髪が浮かぶ。
まさか、あの人が……いや、まさかな…?
思えばあの人は、色々と助言してくれた。
「下手。それで文化祭に間に合うと思っているのか?」
俺達がライブの練習をしていた時、六徳さんはフラッと来て、開口一番に演奏やダンスをボロクソに貶してきた。
『やる気がないならやめろ』だの、『楽しいと思える瞬間が1秒もない』だの、言い方はアレだったけど、彼女のアドバイスは的を得ていた。
「まずギター、ギターの位置が低すぎだ。それとネックは前に出せ。そうすれば、指に余計な力が入らず弾きやすくなる」
まず彼女は、ライブの中心となるバンド隊にアドバイスをした。
プロのアーティストの指導を受けていたという彼女のアドバイスは、合理的で的確だった。
特に初心者の上鳴は、厳しく指導されていた。
手本にエレキギターとドラムの演奏を聴かせてもらったけど、六徳さんの演奏は、耳郎が呆気に取られるくらい上手かった。
「ダンス隊、重心を移動させる時は、足の動きだけではなく、頭の位置を意識するんだ。振り付けを覚える前に、まずは基本の動きをしっかり覚えろ」
次に六徳さんは、ダンス隊にアドバイスをした。
本人曰く「習っていたのは社交ダンスだから畑が違う」との事だが、ダンスをやっている芦戸からしても彼女のアドバイスは的確だったらしい。
むしろうまく言語化できなかったところを的確に指摘してくれて助かったそうだ。
「それから演出隊。冷蔵庫の製氷器で作ったみたいな氷を使うな。削った側から溶けてビチャビチャになるぞ。まずは水を沸騰させて、タオルで包んで摂氏マイナス4〜10度に保ってゆっくり凍らせろ。ウチのグループに人工造雪機のメーカーがあるから、あとは自分で問い合わせて作り方を聞け」
最後に六徳さんは、俺達演出隊にアドバイスをして帰っていった。
俺は、編入した後も余計なお節介をしてくれた元クラスメイトに礼を言った。
「六徳さん、ありがとう」
「勘違いするな。私は、強者をねじ伏せて勝ちたいだけだ。君等にも譲れないものがあるなら、殺す気でかかってこい」
俺が礼を言うと、六徳さんは手を振って去っていった。
あの人、何だかんだで、俺達の事大好きだよな…
◆◆◆
押江side
「うぃ〜っす!どもども〜!」
「いぇ〜い!」
大人気動画配信者が、ウチのクラスの女子達と動画を撮っていた。
文化祭の告知の数日後、僕達は六徳さんにあるお願いをされた。
それは、外部の人間に宣伝をして、文化祭に多くの人を呼び込んでほしいというお願いだった。
誰かを笑顔にする為に頑張っているヒーローもいるんだという事をわかってほしい。
だけどそれは、元々社会的に影響力のある自分がやっても意味がないのだと。
外部への宣伝を任された僕達経営科はまず、授業で鍛え上げられたプロモーションと人脈を駆使して、大企業の重役や芸能人、そして大人気のインフルエンサー向けに宣伝をした。
社会的に影響力のある人間を最初の客として呼び込んで、文化祭の宣伝をしてもらう。
今のヒーローを否定している人の中には、自分の意見が無くただなんとなくで叩いている人…要は声の大きい奴に流されただけの人も多い。
だからこそ僕達は、今ヒーローを叩いている人達の集団心理に目をつけた。
流されやすいという事は、逆に言えば、僕達の考えを広めるのも簡単だという事。
社会的強者に乗っかっておこう、人気者と同じものが欲しいという画一的思想。
そういう人達は、人気者が宣伝すれば必ず来る。
僕達の秘策は功を奏し、文化祭開催からわずか一時間で、来場者数は10万人を突破しようとしている。
世論がヒーロー批判に傾いている今だからこそ、本物のヒーローの存在を、一人でも多くの人に知ってほしい。
今必死に頑張ってるヒーロー達の活躍の場を作るのが、僕達経営科のヒーロー活動だ。
◆◆◆
発目side
「さぁさぁビッグな企業の方々、どうぞ見てください!!インフルエンサーの方々、ジャンジャン宣伝しまくってください!!私のドッカワベイビーを!!」
私は、ウチのクラスのパビリオンに来てくださったビッグな企業の方々やインフルエンサーの方々に、私のカワイイベイビー達をアピールしまくりました。
来場者の方々は、私のベイビー達に興味を示し、写真や動画を撮っている人もいました。
ヒーロー科の皆さんのヒーロー活動が救助活動、経営科の皆さんのヒーロー活動がマーケティングなら、私達サポート科のヒーロー活動はヒーローの皆さんをサポートするドッカワベイビー達を作る事です。
私達のベイビー達を観に来た皆さんに、雄英生のヒーロー活動を知ってほしい。
でもぶっちゃけ、私はベイビー達を見てもらいたいだけなんですよね。
批判されているヒーローの皆さんを救うという大義名分はありますけど…
「すごい…!ねぇ見てパパ!このサポートアイテム、全部サポート科の1年生が作ったんですって!」
「これは…思っていた以上の出来だ」
おや、私のベイビーに目をつけるとは、お目が高……
あ、あれは…!
かつてオールマイトの相棒だった天才、デヴィット・シールド博士ではありませんか!
私は、調整の手を止めて、巨大なロボット型のベイビーから降りました。
「あっ、おいこら発目!その格好で表に出るな!」
クラスメイトやパワーローダー先生が私を止めようとしましたが、私はお構いなしに、シールド博士に挨拶をしに行きました。
それはいいのですが……
博士は、私と歳が近いであろう女性を連れていました。
博士のお知り合いだと思いますが…どちら様でしょうか?
「お会いできて光栄です、シールド博士!…えーと、そちらの方は?」
私が話しかけると、博士の隣にいた女性は、笑顔を浮かべて自己紹介をしました。
「はじめまして。娘のメリッサ・シールドです。よろしくね」
◆◆◆
峰田side
オイラ達のライブは、大勢の客が来て大成功。
いや、まあ、それはいいんすよ。
でもぶっちゃけ、もっと楽しみな催しがあるんすよ。
ライブの片付けをさっさと終わらせたオイラと上鳴は、ミスコンの一番いい席を陣取って、始まるのを今か今かと待ち構えた。
『さあ始まってまいりました!ミス雄英コンテスト!』
うっひょお!!ついに始まった!!
何てったって、噂じゃ今年のミスコンは六徳様が出るらしいからなぁ…!!
どんなエr……綺麗なお姿を見られるのか、楽しみだぜぇ!
『コンテストの前に、まずはゲストの六徳さん、コメントをお願いします!』
「「
六徳様が司会の隣に立ったもんだから、オイラは上鳴と一緒に反射的にツッコんだ。
視界の隣に立った六徳様は、いつもの制服だったけど、長い髪をアップにしていた。
まさか司会側だったとは……
「ドレスじゃないのかよ…」
「制服姿もええですなぁ」
「何でもいいんじゃねえか…!」
上鳴は落胆していたが、オイラは六徳様の姿を見られただけでも満足だぜ!
いや、待てよ?
乳テント…スカートの上からでもわかるデカ尻…ストッキングに包まれたおみ足…雄英のダサい制服を着る事で、逆にエロに凄みが…
「はぁぁ、相変わらず刹那ちゃんはカァイイです」
オイラの近くにいた他校の女子が、幸せそうな表情を浮かべて昇天していた。
他の客も、「ウッ」とか「グハッ」とか言って胸の辺りを押さえながら多幸顔でバタバタと倒れていく。
さすが六徳様…オーラが段違いだ……!
◆◆◆
刹那side
累計50万人以上の客が来た雄英文化祭は、最後はミスコンの優勝者の発表で幕を閉じた。
ミスコンでは波動先輩と絢爛崎先輩がいい勝負をしていたが、最終的には波動先輩が勝った。
ちなみに百の話によると、A組のライブに青山君が来て、最後の最後に元A組としてサプライズ演出をしたらしい。
他にもエラスティック事務所の面々が宣伝をしにやってきたり、メリッサとシールド博士がサポート科の展示を見に来てくれたり、壊理にリンゴ飴とクレープを奢ってやったり、被身子や燈矢さん、伊口君、迫さんや分倍河原さんや操さん、健磁さん、私と縁のある人達が来てくれたりした。
文化祭が終わる頃には、ヒーロー達への非難は文化祭の話題で塗り潰され、真面目に仕事をしているヒーローやヒーロー科の生徒まで批判する過激派の動きはすっかり下火になっていた。
こうして大成功を収めた文化祭だが…私達にとっては、もう一つ大事なイベントがある。
それは、雄英文化祭で毎年恒例になっている、商売合戦だ。
文化祭が終わってすぐに売上が集計され、ランキング形式でクラスの掲示板に表示される。
私達は、掲示板に表示された1年の部のランキングの中から、自分達のクラスの出し物の名前を探した。
「売上実績、4位…来場者数、1位……総合成績、1位…!!」
「「「「よっしゃああああああ!!!」」」」
総合成績の1位の欄に表示された『心霊迷宮』の字を見て、皆は互いに抱き合って喜んでいた。
流石に出し物で利益を出すつもりでいた経営科には売上実績で勝てなかったが、それでも経営科以外の中では1位、そして売上実績以外の項目ではトップ3を獲り、総合成績で1位を叩き出した。
「ウチら1位だって!やったよ委員長!!」
「これも委員長のおかげだよ!」
「私は何もしちゃいないよ。紛れもなく、皆が掴んだ勝利だ」
私達が掴んだ勝利に、皆が感動の涙を流しながら私に感謝するので、私は肩を竦めながら言った。
こうして私達の文化祭は、完璧な勝利で幕を閉じた……
……はずだったのだが。
皆で勝利を喜んでいる最中、ピロン、とスマホから通知音が鳴る。
スマホをタップすると、新たなネットニュースが投稿されていた。
投稿されたばかりのネットニュースを見て、思わず舌打ちをする。
デトネラット。
最近勢いを伸ばしている、ウチの六徳グループのライバル企業だ。
デトネラットの社長が自ら、ヒーロー向けのサポート事業にも本格的に力を入れる方針を示したらしい。
デトネラットは比較的新しい会社だが、六徳グループにはないリーズナブルで強力なアイテムを提供しているので、一定層からの支持が厚い。
それ自体は、ただの経営方針の違いだから別に良いのだが…
デトネラットの社長、四ツ橋力也には、黒い噂が多い。
元は裏社会のブローカーをやっていた義爛さんからも、正規の会社が裏の人間にサポートアイテムをばら撒いて市場を乱しているという話を聞いている。
しかも大企業の重役や一部のプロヒーローが、奴の思想に共鳴している。
無論私とて、何の手も打たずに傍観していたわけではない。
奴を失墜させる為の準備なら、ずっと前から少しずつ進めてきた。
社会に根を張る為に構成員を大企業に送り込み、着実に勢力を増やし続けてきた手腕だけは、評価に値する。
だが私の歩む道を阻むというのなら、徹底的に叩き潰すまでだ。