悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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今回も原作キャラに少し残酷な描写があります。ご考慮ください。



悪い大人とゲヘナ

 

 立ち込める土煙は崩壊の証。あるべき場所にあるべきものが無かった。

 埃を越して見える影には、つい一昨日に見たはずの看板はなく、僅かに痕跡だけが残る瓦礫が山を成す。

 

 たった二度、食卓を囲んだだけのテーブルも、少し愛着があったらしい。

 そういえば、誰かと食を楽しむってこと久しくなかった。そう思えば、こんな変哲のないラーメン屋も名残惜しい。

 

 瓦礫に埋もれ煤けた看板を拾い出す。

 埃を払って「紫関」の文字を明瞭にする。疎らに欠け、中心に大きな罅が入っている。今にも頽れてしまいそうだ。

 

『もしもし』

「……なあ、ガラクタ。これ、お前の指示か?」

『電話に出なかったと思えば、いきなり何の話だ?便利屋については既に撤退させたが……』

「そうか。ならいい」

 

 どうやら下手人は、俺らの預かり知れないところで、盛大にぶっ放してくれたらしい。本当にアビドスは花火が好きだな。

 

 概ね予測はしていた。だって襲撃の指示はまだ出してない。こっちは意識を取り戻して間もない。計画を練る暇もなかった。

 もし、理事の独断であれば頭部を破壊して終わりにしてやればいいが、そうではない第三勢力って話だと事態は錯綜する。

 

 俺ら以外にアビドスに目をつけていた。ネフティスか、鉄オタ学園の暴走か。知りはしないが、人の得物を横取りするような真似して、相当に舐め腐ってくれる。

 

 だが、どうやら犯人はそのどれでもないようだ。意外な人物だよ。

 

「……便利屋、そんなにこのラーメンの味が気に食わなかったのか?」

 

 ついこの前に、嫌というほど頭に焼き付いた顔ぶれ。「アウトロー」のパトロン共。

 この状況において、自然なくらいに煤けた様は、顔より目より真実を誣告している。

 

 ああ、本当にアウトローだ。

 

 何かの仕事かは知らないが、とことんやり切る姿勢は好感が持てる。手を抜くよりかは幾許もマシだ。

 

 これは俺の所感だ。合理もクソもないただの感想だが、個人的に少し気に食わないんだ。

 最後の楽しみにとっておいた、お気に入りのチキンを横からカラスに掻っ攫われたような、寂寥感と後から追いつく憤り。

 

 火遊びなら、爆竹程度で抑えとけよクソガキ。

 

「これは仕事か?わざわざ場末のラーメン屋を破壊しろって?」

「い、いえ、勘違いよ。これは私たちがやった訳じゃ……」

「じゃあ、こんなこと誰がやったって言うのよっ!!」

「っ……皆さん、そこから撤退を!」

 

 視界の端に、放物線を描くように飛来する一塊の黒鉄。新たに火薬のにおいが漂う。

 アスファルトを破砕する破壊音は、一触即発の空気すら横から毀す。俺の推理は当てが外れ、真犯人が尻尾を出したようだ。

 

 この規模は大砲。それも分かりやすい程に特徴的。この武装を用いるだけで自己紹介だ。

 

 50㎜追撃砲。これはゲヘナ学園風紀委員で採用されている標準装備。

 そして、これを持ち出す奴らってのは十中八九、あの集団しかない。ここで悪魔のお出ましかよクソッタレが。

 

 クライマックスに差し掛かるって時に、発現した最悪のイレギュラー。

 もしこの一連で、ゲヘナとアビドスの関係に睦まじい何かが生まれとすれば、それは……。

 

 頭に浮かぶ敗北の二文字。アビドスも理事も利用した俺の一人勝ち計画が白紙になる。

 そのために必要な小鳥遊ホシノの誘拐というパーツも、アビドスを敵に回す場合も。ゲヘナと特別な繋がりがあるだけで、大きな力だ。

 

「これって……」

「ゲヘナ風紀委員です……!」

「おい便利屋……お巡りさんのお目当てはアンタらだろ?潔く出頭したらどうだ?」

 

 想像もしたくない最悪の未来を思慮して払う。気持ちが後ろ向きじゃ本当に挫ける。折角温めておいた計画だ。負けは許されない。

 

 しかし、何でこうも爆発が起きるんだよこの土地は。爆弾に続いて今度は大砲かよ。何の罰ゲームだ。

 耐久レースしてるんじゃねえよ。病み上がりで風紀委員とダンスなんて、ハードすぎて明日は筋肉痛だ。

 

 そんな文句も柳に風と、躊躇いなく大砲を撃ちまくっては倒壊、破壊の一途。

 一体全体、どういった腹積りで風紀委員が出しゃばる事態が起きる。飛び入り参戦にしてはやけに大御所じゃねえか。

 

 目的は分かる。そりゃ恐らく、隣で砲撃を喰らって伸びてる便利屋の皆様方だろう。コイツ等もゲヘナじゃ重要指名手配だ。

 大方、居場所がどっかから割れて逮捕でもしようって画策だが、ここはゲヘナじゃなくアビドスの自治区だって忘れてないか。

 他人の庭まで荒らしやがって教育がなってないな。流石、トップ一辺倒のモンキーだ。オツムの程度が知れるな。

 

「よし歩兵、第二小隊まで突入……なんだお前、男か?」

「よお。飼い主はどうした?首輪とリードも付け忘れてるぞ。ちゃんと握ってもらわないと困るなぁ」

「何ですか、あなたは……男性のようですが」

「もしかしてチナツちゃんの言ってた先生ってやつ?……でもヘイローが」

 

 これ見よがしにひけらかす腕章。風紀委員である自分に相当酔ってるらしい。無理もない。トップがあれだからな。

 

 だが、それは何よりも馬鹿だ。腕章だけは最低限、お家に置いておくべきだった。大していいデザインでもないしな。

 わざわざ風紀委員延いてはゲヘナの代表として看板を背負いながら、他の自治区へ無断で攻撃してるんだからな。立派な犯罪だ。これじゃあ逮捕されるのがどっちだか分からない。

 

「どうでもいいけどお宅、犯罪してるって自覚ある?おっと、正義感や公務は免罪符にならないぞ?言い訳はそれ以外で頼む」

「犯罪って、私たちは指名手配の便利屋を捕まえるために来たの。邪魔するって言うなら、アンタも敵になるけど」

「チッ、サルと人間じゃ会話にならないな。体に直接叩き込んでやるよ……先生、取り敢えず応戦だ」

 

 どうやら先生は件の風紀委員の中に知り合いでもいたらしい。若干、吃驚した様子を見せながらもタブレットを取り出した。

 アビドスは俄然やる気満々。一声あれば、引き金を引ける。さて、トップがいないのはこっちも同じだがどこまでやれるか。

 

 ま、頭がいないゲヘナのお巡りさんなんて、恐れるような相手じゃない。さっき前で夢の中にいたってのに戦うような相手でもないが。

 

 これが微睡みの中の白昼夢ってオチなら、どれだけいいか。

 

「な、まさかシャーレの先生!?この戦闘、行っては―」

「アビドスがこちらに接近!発砲します!」

「仕方ない、行くぞ!」

 

 出動したアビドスに呼応して、風紀委員も応戦を始める。

 仮にも本格的な兵力との戦いだ。規模も馬鹿にならない。武装って点なら、まず間違いなくゲヘナに軍配が上がる。というか四人相手に持ち出す武力としちゃ過剰だ。ゴジラでも相手にしようってか。

 

 こっちも動くか。依然、ナイフ一本の丸腰。嫌気がさすな。自分で選んだ茨の道だとしてもな。

 

 初めはガキを一人攫うだけの簡単な仕事だと思っていたが。まさか、こんなにも戦闘の機会に見舞われるなんて。

 事前の説明とは全くもって違う。バイト感覚で軽佻に受諾するのは迂闊だった。風紀委員を敵に回すなんて有料オプションだ。追加で金を絞ってやろうか。

 

 銃声も硝煙も、ここ数日で何度咀嚼したか。最低なツアー旅行だよ。希死念慮にはオススメだ。絶対に死ねる。

 

「コイツ、銃を持ってないぞ!馬鹿だ!」

「先に潰せ!」

 

 奥空の分析によれば、敵の戦力は一個中隊かそれ以下並みということだ。

 てことは、最低でも80人。多くて200人と少しってところ。アビドス自治区は大人気だな。ここ数年で一番の繁盛じゃないか。

 一人一人相手取る必要はないが、それでもなりふり構ってはいられない。少し痛くするが、恨むなよ風紀委員。

 

「なあ、これはある主人公の名言なんだが……」

「はあ?なんだいきなり?」

「接近戦じゃナイフの方が早いんだって、よっ!」

 

 人体の急所ってのはいくつか存在する。頭や心臓、性器なんかはその代表例だが、他にも差が無く弱い部位ってのがある。

 それは目だ。知覚し認識し、情報を捉えることへの大きな一助の役割を担う重要な感覚器官。コイツが無きゃ映画だって楽しめない。

 

 失えば戦場じゃ最早致命傷。二度と銃もナイフも握れない傷病兵だ。

 

 目の前の一人に接近し、帽子で影を差す眼球を浅く切りつける。

 鋭い痛みに悶え、両手で目を抑えた。おいおい、武器を手放して大丈夫か。死んでもそれは、銃を使う戦場でゴーグルを忘れたお前のせいだぞ。

 

「肝に銘じておくんだな。風紀委員」

 

 背後に回り脊椎にナイフを叩く。こうすれば手軽に意識はおさらばだ。

 身体が地に伏せる前に襟を掴み前へ突き出す。最早、俺の十八番となった肉壁。意外にも使い勝手が良いんだ。

 にしても、この隊服を手掛けたデザイナーには感謝だな。手に掴みやすくて盾として回りもいい。

 

 芸が無いなんて言うなよ。案外、効果覿面なんだ。この手法。

 

「こいつ人を盾に……」

「構わない。撃て!」

「酷いな。アンタ仲間に見捨てられたぜ。ちょっと見返したくはないか?」

 

 ナイフが握られていない、もう片方の手には見覚えどころかトラウマとしてこびり付いている黒い生地のバッグ。

 中に詰め込まれた火薬と着火剤の類は、俺にとってはホラーそのものだ。貞子よりも恐ろしい。

 

 これは、紫関の爆発の余韻に乗じて、ちょいと借りさせてもらった。

 まあ、今頃、浅黄は狼狽えているだろうが。ちょっとした意趣返しだ。出世払いで頼む。

 

 起爆のスイッチを押して、カウントダウンが始まる。これが俺の天命を持ち込まないってだけで心強いな。

 

「コイツをもってやり返してやれっ」

「何だこのバ―」

 

 ハイどっかーん。膨張する爆炎は敵の影も形も飲み込んで消えた。

 怒号も銃弾も飛んでこないところを見るに、爆発に倒れたか。流石、浅黄印の作品だ。効能は星付き。常連になってもいい。

 

 浅黄のお手製爆弾の出来の良さに感心してる矢先、立ち昇る黒煙が不自然な流動を始める。

 爆心地から蠢動するソレは、一人の人間を弾き出した。コイツは、風紀委員の現場を取り仕切っていたブラックだ。

 

 いいぜ。耐久テストは合格点だ。次は実技に移ろうか。空崎ヒナの奴隷。

 

「ちっ、お前よくも……」

「正当防衛だ。許可も取らずに大砲持ち出してくる奴には丁度いいだろ」

「いや、だからこれは、便利屋を捕まえるための公務だって」

「フン……無知は罪ってやつだ。帰ったら法典でも読みな」

 

 構えた武器は小銃。モデルはKar98kか。ウッドグリップとはセンスが良いな。

 いざとなれば鈍器にもなる優れもので、今でも人気は固く愛されている。とある国の軍でも、軍備として正式採用されてはでかい戦争を戦い抜いた英雄の武器。

 スコープをつければ狙撃銃にもなり役割の手は広い。高い精度があれば、かなりの脅威だな。

 

 まあ、クロスレンジなら問題ない。

 

「風紀委員のお手並み、拝見させてもらおうか!」

「くっ……」

 

 灰の被ったアスファルトを強く踏み抜いて、直線に駆ける。

 

 そして、相手の指の動き、撃鉄が興る瞬間、火花の顕現を見極めて……腰を落とす。

 

「なっ、避けた!?」

 

 だが、二発目以降は運の勝負。一発限りの大道芸だ。ここで賭けは悪手だ。より堅実に安全に。

 

 左脚を軸にし、踏み切る勢いを遠心力に体躯を無理やり右へ曲げる。

 このまま走り抜けるんじゃ、体幹が崩れて躓く。だったら全身を使って動くだけだ。

 

 体操選手ばりの回転技の応酬で右へ移動する。全身をしなやかに駆動させて弾を回避する。アイアンサイトじゃあ間に合わない。

 

「ほらっ瓦礫にでも撃ってろよ」

「チッ」

 

 砲撃によって砕かれたコンクリートの破片を蹴り上げる。俺を狙い大気を押しのけて走る7.92のモーゼル弾は、不意に破片を打ち抜き本懐を果たせない。

 

 危ない危ない。いい訓練を積んでるな、風紀委員。狙撃の研鑽は評価してやる。

 しかし、その本領を発揮できずに、銃弾は虚しく阻害される。日々の努力も肝心な時に役に立たないどころか仇になる。狙いが良いのも考え物だな。

 

 次々と飛び散るのは脳漿ではなくコンクリート。やれやれ、サッカーもそろそろ飽きたな。スポーツは見る方が楽しい。

 

 一際、大きな図体の瓦礫を浮かせ、そいつを影に小さな破片をいくつか握る。

 

「いい腕だ。射的だったらヒーローだよ!!」

 

 再び直線に疾駆する。単純な移動で隙も多いが問題ない。

 

「馬鹿め。撃ってくれって言ってるようなものだよ……いたっ」

 

 ナイフを握り構えた指先で、先ほど握った破片を足首を狙って弾き飛ばす。

 更に肩、手、そして眼前。瓦礫に当たる度に銃口が若干にブレる。さっきまでの巧さはどうした。こんな甘い狙撃じゃ避けるまでもない。

 

 そして遂に、小銃の先を握り力任せに強奪する。

 

 反動を抑えるために備えた堅牢な体勢も前のめりに、脚は地面から浮き体を支えるものはもう何もない。

 

「うそ、だ―」

 

 そのまま膝に力を籠め、相手の腹部に突き出す。

 クリーンヒットだ。内臓が捩る感覚まで膝を伝って分かる。これはキヴォトス産の身体でも痛いんじゃないか。胃腸薬でも買っておけよ。

 

 鈍く内臓まで響く痛みが腹から脳に穿つ。漆のような肌により映える銀色の髪を揺らし、悶え呻きながら地面に蹲る。アスファルトに落ちる反吐の音が虚空に渡った。

 

「この作戦の責任者に伝えとけ。『今すぐ戦線を解除しないと私が死ぬ』ってな」

 

 屈伸をしながら膝を伸ばし、準備運動の開始。体が固まっていると腱を切ったりするからな。ストレッチは入念に。

 

「アコ、ちゃん……戦線を」

 

 右足は高く天を見上げ、太陽を一身に浴びる。

 こいつは斧だ。何よりも簡単に作れる原始的なもの。しかし即席で切れ味なんてものはない。だが、その分は鈍重な一撃の磨きへと変換される。

 

 健気にも首謀者に無線を繋ごうとしているが、残念、間に合わない。

 

 準備は万端。柔軟体操が功を奏し、いつもより体は張り切っている。今ならダイヤモンドだって怖くない。ハルク並みの剛撃を見せてやるよ。

 

 病院の予約は済ませたか?遺影も撮っておけよ。

 

 小さくまとまった頭部に目掛け振り落とす。太陽を引きずり下ろすように、重く強く。

 アスファルトに蜘蛛の巣状の罅割れが走る。空間を揺さぶるような轟音は、大砲よりも惨たらしい音をしている。

 

「流石に死んでは……ないよな?」

 

 垂れ落ちる髪の一房を鷲掴みに、大地に熱烈なキスを続ける顔面を持ち上げる。

 

 おっと、コイツは見ない方が良いな。しばらく街も歩けないだろう。ま、獄中ですすり泣くよりはマシじゃないか。

 本当に神秘ってやつには感謝した方が良い。こんなもんでも治るんだから。どんな医療機器より効果的だ。

 

「アビドス対策委員会の奥空アヤネです。所属をお願いします!」

 

 あっちも終わったらしいな。今まではゴロツキが相手だったものだから、確り統制の取れた兵は初めてだったが。存外、戦えるな。

 いや、この場合は成長したってことか。袂を別つ時にも骨が折れそうだ。

 

 ここらはトークバトルのゴングが鳴る。

 はてさて、ゲヘナを代表してこんな凶行に及んだ馬鹿の脳内は見ものだな。きっと笑える豹に違いない。

 一体どんな、ジョークを披露してくれるのか。まあ、法廷でも同じことが言えたら上等だよ。

 

『それは私から答えさせていただきます……それと、そこの方』

「おい……なんだその恰好は?頭が悪いなんて次元じゃないな。ストリップショーの帰りか?」

『正当防衛とはいえ、貴方のしたことは許せることではありません。今すぐ、イオリから手を放してください』

「……確かに、最近は敏感だからな。痴漢で訴えられるのは御免だな」

 

 掴んでいたモノを無造作に放り投げるが、その身体は別の風紀委員が見事にキャッチをする。

 必死に応急処置を試みるが、何だ、眼鏡をかける奴は軒並み真面目な法則でもあるのか。ゲヘナの癖にやけに世話焼きだな。こっちも反吐が出そうだ。

 

『っ……先ずは自己紹介を。私はゲヘナ学園風紀委員会の行政官、甘雨アコです』

「行政官……風紀委員のナンバー2ですか」

『そんな大層なものではありませんがいいでしょう……少しお話をしましょうか』

 

 ポールダンスでも好きそうなド派手な格好で現れた行政官とやらは、ホログラムを用いてこちらとの対話を望んでいる。

 何を宣うかと思えば、話し合いの余地なんてない。立派な犯罪だから手を後ろに回してヴァルキューレのお世話になれ、で終わりだ。

 

「言い訳は法廷でしろよビッチ。次は法学を学んでくるんだな」

『はて、違反はしていないはずですが』

「本気で言ってんのかアホ。犯罪人引き渡し条約って知らないのか?」

 

 各自治区から他の自治区へ逃亡した犯罪人、違反者を処罰するプロセスは複数ある。

 

 代表的なのは「犯罪人引き渡し条約」の存在。

 二つの自治区同士がそれぞれ、そちらの国に犯罪人が逃げ込んだら、こちらの治安維持組織が捕まえて保護し、引き渡しますよって約束だ。

 この条約があれば、捜査の手は広がりこっちから人員を派遣する必要もなくなり、穏便に事は済ませることが出来る。

 

 もう一つは「代理処罰」。

 他の自治区へ逃げ込んだ犯罪者に対し、その自治区で裁いてくれ、と当該自治区が要請し、その旨を聞き入れれば見事、裁判にかけ処罰が可能になる。

 問題は、逃亡先の自治区での現行法で裁かれる点だが、処罰が可能という点では問題ないだろう。

 

「そもそも、武装した兵力を無断で他の自治区へ送り込んで、あまつさえ砲撃までしたんだ。凄いな。立派な大悪党だ。尊敬するよ」

『……』

「もう終わりだよゲヘナ。自由な校風は素晴らしいが、少しハメを外し過ぎたな」

「それには及ばないわ」

「っ……おいおいマジかよ」

 

 遂にお出ましだ。ここにきてラスボス登場って訳かい。ツキが無いな本当。

 幼児にも思える体躯と、同等に伸ばされた白髪。厳つい角にさらに厳つい愛銃。そして、威圧感の大盤振る舞い。

 

 ゲヘナ学園風紀委員長であり最高戦力、空崎ヒナ。

 

 相対したのは初だが、実感したよ。勝てる訳がない。

 ここで挨拶代わりにナイフを向ければ、五秒で墓の下だ。走馬灯を見る暇もない。

 

「イオリを倒したのはあなた……?」

「そ、そうだが……言い訳をさせてくれ。正当防衛だ。いや若干は過剰だったかもしれないが」

「そう……あなたは顔が広いから私も知ってる。これ以上痛めつけてたら―」

「痛めつけてたら……?」

「その先は想像にお任せするわ」

 

 ははは。笑えてくるな。トップ直々に死刑宣告だ。これはもう碌にゲヘナの街を歩けない。つまみが旨い飲み屋もあったんだが、残念だよ。

 本当に夢だったらよかった。いや今も、悪夢を見てるようなものか。ほとほと救いが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、ゲヘナの代表が出張ってきて頭を下げた。

 大将の面目丸つぶれだが、ケジメはしっかりとつけたようだ。ここまで顔に泥を塗りたくり、その覚悟にアビドス側も譲歩を認めた。

 喧嘩両成敗。情状酌量の余地はありと。頂点としての自信はあれど、清算からはしっかりと逃げない姿勢はまさにリーダー。カリスマを垣間見た。

 

 どれをとっても勝てる気がしないな。刃も交えてないってのに敗北を喫した気分だ。最悪。

 

 そして、重役出勤をした小鳥遊ホシノ。ヒーローにしては遅れ過ぎだ。もう敵は巨大化し終わってる。

 少し、剣呑な雰囲気を悟ったのか、腑抜けた顔を引き締め空崎と対面する。

 

 あの時の空気感と言ったら、反芻したくない。

 ホルスと化け物のにらみ合いだぞ?大怪獣バトルが始まったかと思ったよ。小鳥遊は来てもウルトラマンは来ないらしい。

 

 そうして先生とも軽く一言二言交えながら、纏まった話を持ち帰り撤退した。

 

「……ってのが事の顛末だよクソッタレ」

『それは……』

「最っ悪だよクソッぉ!!!!」

 

 真夜中のアビドス。環境音だけが包む街並みに、俺の怒号はよく響く。

 廃墟と化したビルの間隙。裏路地に置かれた機能を止めた室外機を蹴り飛ばす。

 

「あいつ等、ゲヘナ、よりにもよって風紀委員とのパイプを繋ぎやがったっ!分かるか?アビドスはゲヘナに貸しを作ったんだ!!」

『……計画に支障が出る』

「その通りだ。もうアビドスを直接攻めたら芋づる式にゲヘナもオマケされると思え」

 

 ふざけろ。そんなデスゲームこっちは御免だ。SAWに出演なんてしたくない。

 

 もう、計画もクソもない。信用も信頼も二束三文にならないんだ。全て度外視して小鳥遊ホシノの確保に全力を注いでやる。

 ゲヘナのクソどもに全てが壊された。計画にないイレギュラー。考慮してはいたが、これは余りに埒外だ。

 

 こっからは時間勝負。迅速かつ的確に。そして今まで以上にいやらしく、かどわかす。

 俺が一人勝ちするための計画は、小鳥遊ホシノの誘拐の成功が前提になっている。出来ないなんて言葉はない。この大一番を降りるのもまた御免だ。

 

 ……いや、その必要もないな。今日で終わる。

 

「……理事、もうアビドスの奴らを突く必要はなくなった。仕事は今日で終わりだ」

『は?それはどういう……』

「祝勝会でも開こう。メインディッシュはそうだな……焼き鳥とかどうだ?アビドスでしか取れない貴重な鳥がいるんだ」

『ほう?それは一体どんな品種なのかな?』

「個体名は……なんだったかな。確か、暁のホルスとか言ったっけ?」

 

 人気のなかった筈の街に、一つ、街頭の欠けた漆黒の中でも異質に存在感を放つ。

 

 一歩、また一歩。こちらに接近する足音。

 

 ああ、分かるぞ。この気配は手に取るように解る。殺意と敵意とが手を取り合ってデートをしているような。

 

 やがて、俺の背後で音は止まる。だが、その視線は止まることなく俺の心臓を今にでも喰らおうと、牙を剥きだしている。

 

「きっと最高の祝勝会になる……お前もそう思うだろ?小鳥遊ホシノ」

「……」

 

 さて、ホルスとのご対面。ラストバトルだ。

 

 

 

 

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