悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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対策委員会編はあと数話で終わります。流れは原作順守ですが、主人公が挟まることで少し変わります。ご容赦ください。
この作品の一応の終着点は、エデン条約編です。ただでさえ一話で話が進まない拙作ですがより長くなります。テンポ悪くて申し訳ないです。

パヴァーヌは構想はありますが、入れるかどうかは迷ってます。



悪い大人と小鳥遊ホシノ

 

 一陣の夜風が戦ぐ。肌を撫でる風は、季節外れに冷たく、鋭い痛みを感じさせた。

 

 今日は冷える夜だ。こんなにも背筋が凍り付いている。一枚、羽織るものがあってもこの寒さは覆せないだろう。

 噂では、夜の砂漠は冷えるという。日中は干からびてしまう程の猛暑に見舞われるというに。恐ろしい二面性だ。

 

 その様相はまるで、今、俺の背後に幽鬼のように立つ少女を思わせる。

 

 緊迫した空気は夜闇ですら搔き消せないほどに固まっている。まるで時が止まったように。呼吸一つでも苦労する。

 

「……どこで、聞いた?」

「分かった、とは聞かないんだ」

「当然だ。真面な手段でバレるはずがない」

 

 演技は完璧だった。アビドスへの献身に抜かりはない。

 黒見セリカの誘拐、対便利屋での殿、風紀委員とのゲリラ戦も努めた。ここまで負った傷と、賭した労力は常人には本気に映る。その筈だ。

 

 これでも、まだ疑う余地があったっていうなら、それは俺の与り知る部分じゃない。

 

 しかし、コイツは気づいていた。足取りに疑いはなく、敵愾心に迷いはなく。銃口は愚直に、俺の命を指している。

 

「最初は黒服……ちょっとした因縁の相手から。確信も持ったのは『災厄の狐』からの証言だね」

「ああ、そういえば居たな。そんな脇役。こそこそと俺を窺ってたのか」

「そうらしいね。そのお陰で、私は……いや、私たちは気が付けた」

 

 だろうな。誣告するなら、小鳥遊ホシノだけにする理由はない。アビドス全員に伝わっていたと見て然るべきだ。

 

 知らず知らずのうちに、尻尾の一部分、毛先がはみ出ていたのか。まんまと間抜けが暴かれたな。

 

 常々、サスペンスの中の犯人役には同情できなかった。だが、今だけは解る。きっと、推理を淡々と告げられる犯人の気持ちはこういったものだ。

 

 反骨すら望ませない、徹底的なまでの晒し首。憤りや激高よりも先に、諦観が芽を出す。

 

「セリカちゃんだけは、最後まで認めてなかった。きっと勘違いだって。何かの間違いだって」

「……」

「きっと、助けられたことが大きかったんだろうね。そして、正面から認めてくれたことも……泣いてたよ、セリカちゃん」

「そう、か」

 

 そういえば、相棒やら何やらと謳っていたっけか。そんなやり取りも、もう、幾星霜の時間を経たような錯覚に陥る。

 

 所詮、俺にとっては計画の潤滑油。より物事を運びやすくするための駒の一個以上の印象はなかった。

 だから、流した涙も俺では拭ってやれない。その涙の止め方を俺は知らないから。

 

「だから、今、謝ったら許してあげる。今のセリカちゃんにはお兄さんの言葉が必要だって、私でも分かる」

 

 提案のようで、それは提案ではない。

 半ば諦めた様な口調で投げかけた言葉が謝罪を求めていないことは、きっと猿にも理解できる。頑なに外れない銃口が何よりの証拠だ。

 

 その所感は正しい。大正解だ。

 もし、仮に本気で懇願されていたとしても、俺はこの首を縦に揺らすことは万が一にもない。

 結局、赤の他人の涙より自分の利益だった。その信念は終ぞ変わらない。ここまでやり切って、勝負の席を降りるのは、それは俺じゃない。

 

 それでも後悔があるとしたら、少しだけ、もう囲めない食卓が恋しい。

 

「……そいつは俺に、これから見込める以上の利益を生み出せるのか?」

「……」

「無理だな。絆じゃ贅沢は出来ない。友情じゃ、飯は食えない。俺は……愛で幸せにはなれない」

 

 質疑応答のタイムは終わりだ。ここからは交えるのは、言葉じゃない。口先以上に磨かれたナイフと銃だ。

 

 こんな静かな夜じゃ、銃を固く握りなおす些末な音も、耳元で囁くよう。

 

「じゃあ、決裂だね」

「よく言うよ。分かってたくせに」

 

 無謀な挑戦だってことは、嫌という程に自覚している。

 

 頼みの綱だった手榴弾はなく、手に収まる程度のナイフが一つ。もし、小鳥遊ホシノが万全であれば、一縷の希望も宵闇に攫われて魂は月に向かうだろう。

 

 いつもの猪口才は使えない。元より、そんな興醒めする様な真似をしでかすつもりもない。

 折角の恵まれた機会だ。グランドバトルは華やかに飾らなければ、ファンファーレも陳腐になる。

 

 それに、柄にもなく試したくなったんだ。果たして今の俺が『アイツ等』に胸を張れるようになれているのかを。遺された俺の成長を示したかった。

 

 又とない、最高戦力と事を構える催し。祭囃子は人の理性のネジを少し緩くさせる。

 心地のいい音頭と提灯と屋台が並び、熱気に溢れた非日常は、どうしても人の意識を緩慢にする。覚えもあるだろ。祭りの日だけは門限が伸びたり、小遣いが若干増したり。

 だからこれは、自分への小遣いだ。ちょっとしたご褒美として、この祭りも味わい尽くしてやる。

 

「……」

 

 先手が肝要だ。トップスピードで一撃を叩き込む。

 

 今日だけは、油断も隙も致命傷に繋がる。誇大じゃない。純然な事実として強く断言できる。

 

 ナイフを一倍力強く握った。これに、やる気の表れなんて好意的な意味はない。ただ力んでいる。そして武者震い。

 無理もないさ。何せ相手は正真正銘の神の化身。ホルスなんて異名に相応しいとされた神様だ。その眼力だけで常軌を逸する。平伏しないだけ勲章だ。

 

「ふう……シッ」

「!……」

 

 今までにない筋肉の躍動。一歩踏み込んだだけで分かる、加速という過程を度外視した物理すら追い抜く初めての速度を。

 身体の限界を超えた初速は脚の組織体を悉く蹂躙し、その代償として得た速さは、体の動きに認識が遅れる。

 

 実際の視界と、視覚に齟齬が生まれるが、問題はない。確実に決めてくれる。

 

 生み出した速さと力を、余すことなく蹴りの一撃に注ぎ込む。より早く力を乗せるように、大地から足を離して繰り出した。

 無駄もなく隙も無い。間違いなく最高の一撃が確信できる。

 

 が、その認識すら小鳥遊ホシノ相手には温く甘かった。

 

「嘘だろ……」

「チッ……重いっ」

 

 防がれた。完璧なまでに凌がれた。

 避けるでも、往なすでもなく。ただ正面からこの膂力を受け止めやがった。堅牢な構えを崩すこともなく。ただ、表情をしかめるだけに止めて抑え込んだんだ。

 

 何だよコイツは。馬鹿げてやがる。

 これは現時点で繰り出せる最高の攻撃だった。人生でここまで風と肩を並べたのは初めてだって言えるくらいには、速く鋭くそして重い一撃だったはず。

 

 反応しやがったんだ。その俺に。なんて人並外れた反応速度だ。

 

 それも小鳥遊は盾一つで。俺の出鱈目とは違う、ただ人を守護するためだけにある大きく丈夫な盾だ。

 ああ、その重厚感は身をもって味わって理解させられた。その盾はきっと、ホシノの命を何度も救い命を繋いだのだろう。

 

「っ……」

 

 散弾銃の銃口が視界の端でブレた気配がして、それが反撃の初動だと悟る。

 

 盾から伝わる反作用を利用して、三次元的に体を回転させながら、再び大仰に距離を取る。

 

「はは、当たれば少しは堪えるかと思ったんだがな……当てが外れたよ。最悪の方に」

「自信を持っていいよ。この盾が凹むなんて。ミサイルだって耐えられる設計なのに、それを蹴りの一つで。流石だね」

 

 取ってつけた様な歯に痒い誉め言葉だ。余裕こいてて癇に障る。

 

 間合いの取り方は格上を相手にする上で重要な意識だ。それ一つが生死の分かれ目。

 自分の間合いへ持ち込もうとすれば、それを手玉に取られる。といって、相手の間合いで無理やり攻勢に出たとしても弄ばれる。

 

 だから、自分も相手も迂闊に手を出せない距離の調整が最高の塩梅だ。臆病なんて言うな。これも勝つためだ。

 

「今度はこっちから行くよ……ッ」

「来いよ」

 

 備えろ。小鳥遊ホシノは攻撃も軟じゃない。

 

「ふっ……!」

「マジ、かよっ……!」

 

 余りに武骨な突進。だか突き詰めるほどに最適で強力だ。圧し潰さんばかりの勢いはまさに、この時のためのシールドとも言える。

 

 そして異彩を放つのはその豪速だった。

 

 必死に目を凝らして影だけは認識できる。だからとっさに身を捩り回避が上手く行く。

 その矮躯に身の程の盾と銃を担いで、繰り出した速さは先の俺と同等かそれ以上のもの。その動きは既に常識の枠からはみ出している。

 

 反撃には到底及ばない。往なすだけで精一杯だ。

 

「くそ……ッ!」

 

 最高速度からの急停止。体の制御もお手の物だ。

 引き金に当たる人差し指に力が籠るのが見える。体勢を整える余裕を与えない無慈悲な追撃を、今の俺に防ぎきる手段はない。

 

 大丈夫だ。痛みはあれどパフォーマンスに問題はない。

 ふり絞った撃鉄の叫び。散弾が体に刺さる。五臓六腑への衝撃に悲鳴を上げる。最近、痛覚の主張が激しいな。出番が多くて張り切ってるのか。

 

 小鳥遊は好機とありったけの弾を吐き出す。的確に急所を叩きつける散弾は小鳥遊ホシノが扱う、それだけで脅威は倍増する。

 

 だが、これ以上好きにさせるかよ。

 

「馬鹿みたいに撃ちやがってッ!」

 

 距離を置きながら、転がっていた室外機を蹴り上げる。そこそこの重量がある塊に凶弾は阻まれた。

 月明りだけが一層映える夜に、それすらも届かない路地裏は闇が主役だ。物体の輪郭も半ば闇に覆われたこの場所で、この大きさの障害は厄介な筈だ。

 

 しかし、小鳥遊ホシノは冷静に盾で防ぎ弾く。いいガードだ。キーパーなら守護神だ。だが、それは隙だ。

 

 防戦一方じゃ味気ない。やられ役もここで終わり。ここは男気を見せて、今度は俺が攻めの時間だ。

 ショットガンでの情熱的なお誘いは、取り敢えず手を取ってやるのが男の甲斐性ってものだ。最高のアプローチだ。痺れるね。

 

「……遅いよ」

 

 ナイフを構えての突貫。小鳥遊ほどの迫力はないが、小賢しさなら負けてない。

 

 そろそろ裏路地から抜けるって所で、ナイフをビルの外壁に突き刺す。しかしナイフは握ったまま、疾駆の力を乗せて体を浮かせる。

 蹴りの構えだ。幾らでも正面がその盾に邪魔されるていうなら、上でも横でも好きなように攻めればいい。

 

 小鳥遊の背丈を優に超える突然の高所からの蹴りは、少し、彼女に驚きをもたらす。虚を突いた行動だった。だから釘付けになる。

 

「ッ……本当にやりにくいっ」

「神様の口から愚痴を吐かれるなんて、それは光栄だッ!!」

 

 それでも躱される。ホルスのカバーは万能だ。コイツの前には隙も隙じゃなくなる。

 だが、問題ない。この一撃は次への布石を撒くコンビネーションの第一段階だ。一撃一撃は次への一撃に繋げるための連鎖的な運用が可能だ。初手は防がれたんだ。もう豪快さはいらない。

 

 空振った蹴りのすれ違いざまに、小鳥遊の首に鋼線を巻き付ける。

 

「くっ、あ……」

「久しぶりの面目躍如だ。張り切れよっ」

 

 これまでは、どうしても多対一の集団戦ばかりに好かれていた。所々の、対一の一騎打ちも遍く取るに足らない三下ばかりだからな。

 この武装は決定打って訳でもないサブの武装だ。性質上、集団戦での活躍を見込めないからこそ、コイツにも披露する機会もなかった。

 意図せず、晒されなかった手札だ。秘密兵器ってやつだ。

 

「それっ!!」

 

 力任せに手前に引き込む。一度ハマったネズミ捕りは自力じゃ抜け出すの至難の業だ。

 案の定、小鳥遊ホシノの身体は望み通りの場所へ飛んでくる。ようこそ。歓迎するよ。俺のナイフがな。

 

「ぐあッ……!」

 

 ナイフの刃にも神経を通わせたように、黒い刃を越して背骨の歪む感触が手に取るように解る。

 薄い肉付きを懸隔して固い触り心地。丁度、心臓が対角線にある場所だ。これは痛いぞ。

 

 呻き声が痛みを与えた証拠だ。予想外の攻撃に対応が遅れ動きが止まる。

 盾も役目を放棄し、無防備な顔面に膝を叩き込む。

 

 そして、その体制のまま小鳥遊の巻き込んで地面へと降下させる。

 

「大好きなアビドスとのちゅーだ。味わいなッ!」

 

 痛苦に塗れた表情も、冷えた大地に埋め込まれて沈黙する。鉄壁の防御も瓦解した。後は、攻めの姿勢を徹底するだけ。

 

「フルスロットルだ。舌咬むなよォ!!」

 

 艶のある伸ばされたピンクの髪を無造作に掴み上げ、ビルの外壁へと全力を込めて叩き付ける。

 コンクリートの壁は罅割れ、広く浅い穴が広がる。未だ、此方から表情は見えないほど、顔面は壁に埋まっている。

 

 反撃しないないのは、余裕か。それとも油断か。どうでもいいが、有難くその餌に食いつかせてもらう。

 

 頭を掴んだまま夜の街を馳駆する。野菜を磨り潰すように入念に。コンクリート、鉄骨、ガラスもお構いなしに、ホシノの顔面に砕かれていく。

 辺りに響き渡る破壊音は俺の足を止めるどころか、寧ろ、改装したい気分を増長させるスパイスだ。このまま煮込んでカレーにしてやってもいいくらいに。

 

 1km、2km、一体、何棟のビルを超えたかも定かじゃないが、惨たらしく飛び散る血だけが状況を語っている。

 

「チッ……」

 

 足に刺さる鈍い痛み。地面を踏みしめた左足には、鈍重な盾が刺さっている。この状況下でも小鳥遊は反撃の機会を見定めてたってのか。

 

 コイツは盾も銃も手放してはいない。継戦の意思はまだ健在だった。

 完全に意識外からの反撃に痛みは倍増する。これ以上、走り抜けることは叶わない。なら、逆転の起点にされる前に攻め切ってしまおう。

 

「ッ……く、そ」

「今度は祭りじゃお馴染みのヨーヨーの時間だ!」

 

 鋼線はまだ、コイツの首に巻き付いたまま取っ払われてはない。

 少しキツめに絞り結び、前方に大きく投げ飛ばす。今更、銃を構えたって無駄だ。ここまで離れた距離じゃ発砲したって弾は届かない。

 

 ある程度の距離まで小鳥遊が飛ばされれば、伸び続ける鋼線を両手で掴み、勢い任せに屹立したビルの屋上付近に衝突させる。

 

 正しく人間ヨーヨーだ。周囲の建造物を破壊し尽くしてのパフォーマンスは、ハイパーなんて言葉じゃ片付けられないほどダイナミック。少し刺激的過ぎたか。

 

「随分痛そうだ……当事者とはいえ、いい気分はしないな。仕方ない……やめてやるよ」

 

 唐突に鋼線を切り離す。支えを失った小鳥遊の身体は、完成にされるがまま再び地面へ目掛ける。

 

 また地面と熱い接吻も飽きる。こういった色気のあるシーンは時偶に挟んでこそ一層扇情的なんだ。

 

「さっきは防いでくれたからな。今度、堪能してくれよ」

 

 助走をつけて、じっくりと加速を乗せたフルスピードの蹴りを、地面に落ちる間近の小鳥遊にお見舞いしてやる。

 横から襲来する新たな衝撃と痛みに、流石のホルスも成す術もなく受け止め、受け身も撮ることなく大地を擦って転がっていった。

 

 これが、チェックメイトだ。飛翔するホルスを地に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち上がる様子はない。辛うじて武器は離さなかったのは評価してやるが、それ以外は落第レベルに精彩を欠いていた。

 

 最初こそ、能力の高さに当てられて後手に回ったが、これじゃ拍子抜けもいいところ。

 

「……起きてるか?小鳥遊ホシノ」

「……」

 

 どちらも同じ条件、例えば心身が万全の状態だったとして、その場合なら俺が勝てる可能性はない。今回、臨んだのはそういう試合だ。

 

 だが、万全な俺と万全とはかけ離れた不調の暁のホルスであれば、その天秤も俺に傾いてくれる。

 

 今までのアビドスへ嗾けた追い込みは、この時の為でもある。

 気が気じゃなかっただろう。知らず知らずのうちに刺客が仲間の面をしていた。信頼していた大人にこちらを苦しめていた元凶の一人だった。

 心を踏みにじる裏切りだ。ようやく心が揃ってきたって時に。目先の不安や課題にともに立ち向かうと思っていたから。

 

 怒りも悲しみも越えて、虚しい気分だろ。体に力が入ってない。

 

 くっきりと赤い線を残す首を掴み上げた。あどけなさが取れない顔立ちに、豪快な赤い化粧を施していた。最早、元の顔の形も分からない。

 

「本当なら、俺が勝てる戦いじゃあなかった」

「……」

「もっと精神を削って、もっと劇的な裏切りから疲弊した状態で、お前を潰す予定だった。でも……俺は勝ってしまった。どうしてか分かるか?」

 

 返答は来ない。呼吸は健全にある。意識はあるだろう。でも頑なに沈黙を貫く小鳥遊に少し情けない。

 

 コイツは決して馬鹿じゃない。頭では解ってる筈だ。その正答を。

 

「今のお前は弱い。狐より風紀委員のアイツより。骨が無かった」

「ッ……そんな」

「正直に暴露しろ。心では自覚してるだろ?……なあ、小鳥遊ホシノ、強さって何か知ってるか?」

「何、いきなり……?」

 

 不貞腐れたようにそう返す。憐れだな。それが頭の姿か?

 肉体での対話は完膚なきまでに俺の勝利だ。ここからは、お預けされた言葉での対話の時間だ。

 

「弱いって言ったのは、何も、身体能力や技術の話じゃない。そのパラメータは強さから生まれた副産物だ」

「じゃあ、何……?」

「魂だよ。信念ってやつ。歪まず曲がらず、何をしてでも貫き通す信条。それが人間の強さの淵源だよ」

 

 及び腰は負けの証と口癖のように吐いているが、別段、弱気になることがダメってことじゃない。

 弱気でもいい。逃げたっていい。諦めることも悪じゃない。次また勝つ機会を窺えればいいんだ。命あっての物種。最後に勝てれば全ての敗北にも清算が済む。

 

 でも唯一、人が負ける時があると言えば、自身の心に背いた時だ。

 自分を自分と知らしめる最後の支柱。心すらも信じ切れず歪曲した時こそ、真に人間は負けが込むんだ。

 

 どんな映画の主役も、正統派であれば、葛藤も懊悩も何度も乗り越えて、最後は気持ちのいいフィナーレが王道だろ?

 

「大人に裏切られ、大切な人とは離別し、救いの手は一切なかった。それでも失わず残った”もの”がある筈だ」

「それはっ……!」

「今の小鳥遊は、それすらも曲げてしまった。だから負けた。お前たち、いやお前の負けだ小鳥遊ホシノ」

「そ、れ……は」

 

 お前は賢い。だから自覚していた筈なんだ。己の状態を。

 だから反駁の芽が見つからない。正鵠を射る言葉には何より隙が無いんだからな。完全無欠だ。これ以上なく人の心を抉る。

 

「お前さ……自分を悲劇のヒロインか何かと勘違いしてないか?大切な人を失って、私以上に悲しい境遇なんてないって」

「そんなこと―」

「舐めんなよクソッタレ。この世界じゃお前以上に苦しんで、それでも前を向いてる奴なんて幾らでもいるんだよ」

 

 銃を携帯することが常識として染みついたキヴォトスには、誰かとの死別なんて珍しい事件でもない。

 当たり所が悪ければ、たった一発でも死ねるんだ。それを俺はよく、知っている。

 だから、世の中には将来を誓い合った奴が死んだって境遇もあれば、自分の手で、仲間を殺してのうのうと生きている奴もいる。

 

「別にそれを引き合いに出す訳じゃないが、今のお前はそんな自分に酩酊して、免罪符にしようとしている。目に余るんだよ」

「……」

「だって、お前、自分を売り込むつもりだっただろ?可哀そうな私だから、それも許されるって……そんな醜態晒して、誰が協力したくなる!!」

 

 どれだけ羽振りのいい仕事だって言っても、きっと裏切ってるだろう。山のような大金を積まれても、協力するのに乗り気になれない。

 誰が泣いていようが、何を訴えていようが、背中を預ける奴がこんな無様じゃ何も面白くない。

 

「俺は曲げなかった。絆されることもない。最後には自分だけが勝ち、金のため贅沢のため、全うした」

「……」

「差はそれだ……お前の負けだ。終わりだよ。お前もアビドスも。望み通りあのガラクタのもとへ連れて行ってやるよ」

 

 フェンタニル系の無力化ガス、理事から拝借したその効能はお墨付き。少量を吸わせただけでも意識は手から離れる。

 抵抗なんてされないとは思うが、念には念を入れて気絶させる。脱力し体は、遂に盾も手放した。最後まで折れることが無かった砦も崩れたらしい。

 

「……もしもし。仕事は完遂した。今から土産と一緒に帰る。楽しみにしてろ」

『それはそれは……やはり、君を雇って心の底からよかったと思うよ』

「こっからはアディショナルタイム、ボーナスステージだ。ホルスを除いたアビドスを徹底的に折る」

 

 ……そういえば、黒服って言ってたっけ。

 

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