悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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今回は少し短めです。
主人公の名前が初登場しますが、見た時点で全て察する方がほとんどでしょう。それを含めても楽しめるよう尽力します。
また、設定に関しても賛否両論あるかと思いますが、温かい目で見守ってくれると幸いです。




悪い大人と「悪い大人」

 

 夜の砂漠はかなり冷える。四季は関係なく寒々とした風と、巻き込んだ少量の砂がむき出しの肌に刺さって痛みになる。

 

 カイザーPMCの理事は、いい歳こいて砂漠での宝探しにご執心なようで、深夜だって言うのにこんな辺鄙な場所を集合のポイントに指定した。

 何でも、この膨大な砂の下には、まだ見ぬ秘宝やらなにやらが眠っているのだと力説していた。ロマンは素晴らしいが、インディージョーンズに目を煌めかせるのはモラトリアムまでだ。

 

 夢は幾らでも見てくれて構わないが、人を巻き込まないで欲しい。

 こっちは人一人担いできてるってのに。人使いが荒いな本当。昨今はパワハラにも鋭敏だから気をつけろよ。

 

「……ここか」

 

 地平線まで砂に隠れた殺風景の中では、一際目立つ設備の応酬。明かりは煌々と炊かれ、何かを削る騒音が砂の世界に行き渡る。

 今時、ビジネスよりもロマンを優先する奴も探せばいるもんだな。こういった砂の下の冒険なんて、夢想したのだって幼少の頃から覚えが無い。

 

 真実は如何ほどか。しかし、とある信頼ができる筋からの情報らしい。

 努々、探索に精を出しているが、ここまで出費して暴かれるのは地層の形のみ。眉唾だな。

 

 ロマンって言うのは総じて妄想だけが楽しいんだ。実践してしまえば、ロマンは須らく潰えてしまう。

 

 現場に踏み入り、騒音はかなり耳障りになった。砂埃も酷く、闇に慣れたこの目には、過剰な光源も鬱屈だ。これが一人の勝手な夢によるものと思うと不快な場所だった。

 

「おい、アンタらの理事はいるか?」

「!あ、はい。少々、お待ちくださいっ」

 

 少し、表情が強張った。

 小鳥遊ホシノの件といい、望み通りに事を運ばせてのこの仕打ちだとか。不快な事象が連続し、些細だが憤りを隠せていなかったかもしれない。努めて反省だ。

 

 愛想はよく、愛嬌は満点で。話しやすさが損なわれた相手に、営業の勝利はない。

 

 そう。ここからが正念場。先の戦闘はグランドバトルの前菜だ。

 ここからのイベントを引き立たせる、ちょっとしたスパイスだった。にしては辛味が利き過ぎたが、それもまたご愛嬌だ。

 

 そして、ここからは営業の戦いだ。売り込むのはアビドスの未来って所か。

 

「よく来た。歓迎しよう」

「じゃあ、さっそく62年のダルモアを注いでくれ。隠してるのはお見通しだ。折角なら旨い酒を呷りたい」

 

 キングスマンでもお馴染みのウイスキー。一度見てから興味本位で嗜んだが、もう虜になった。

 ただでさえ酒の輸入が厳しい世界だ。元々の希少性も相俟って、軽々しく購入できる値段でも無い。特別な贅沢に一呷りするのが乙なんだ。

 

 強い酒すら涼しく優雅に。これが紳士の嗜みってやつだ。お洒落に行こう。

 

 カランカランと、小気味のいい氷の合唱。この瞬間が好きなんだ。

 

「いつ味わっても最高だ。値段の高さも納得だ」

「やれやれ、自分用にとっておいたのだが。鼻が良いな全く」

 

 一口、香りが上品に体を満たす。脳細胞が喜んでいる。舌で転がせるほどの少量でも旨さに溺れそうだ。

 酒は百薬の長。こんなにも多幸感にあふれている。取り締まるキヴォトスが理解できないな。

 

 グラスを揺らしながら、じんわりと氷を解かすのも好きだ。待ち遠しい思いも混ざって、最高のカクテルになる。

 

「して、首尾どうだね。アビドスの現状は?」

「そうだな。とりあえず小鳥遊ホシノはそこに置いてあるだろ。黒見セリカは実質不能。十六夜ノノミも手を打っておいた。日が明けたらダブルで衝撃だろう。いいドッキリになる」

「もう二人は?」

「知らねえ。情報が無いんだ、奥空アヤネと砂狼シロコに関しては。まあ、無視でいいだろ」

 

 アビドスは十中八九、小鳥遊ホシノの救出に動く。これは必定と見ていい。

 しかし、その意気込みすらただで見過ごさないのが大人のやり方だ。徹頭徹尾、妨害に努める。

 

 しかしアビドスの面子は濃いな。誰もが爆弾を抱えてる。起爆させ放題でこちらとしてもやり易い。

 

 今回のフォーカスは十六夜ノノミだ。

 ガラクタが事前に言っていた内情の情報源の要はコイツだった。何でもネフティスのご令嬢らしい。

 

 なら話は早い。盤面は既にトリミングされた詰将棋だ。

 ネフティスが敵であるカイザーコーポレーションと懇ろにあると示し、その後に、十六夜ノノミの素性を晒し上げる。

 裏切者が出た直後、隣のあの子ももしかしたらと疑いにかかってる現状だ。そこで、もう一人、裏切りの可能性を発芽させれば、疑心暗鬼は咲き誇る。

 

 それも、アビドスの生徒からともなれば、元来、部外者だった俺とは威力が違う。こっちが機関銃なら、アイツはトマホークだ。一掃できる。

 

 弁明は出来るだろう。でも足止めになる。二日か三日。十二分だ。

 

「じゃあ、ラストスパートだ」

「いいな。では私は気持ちよく観覧させてもらう」

 

 地べたに転がっている様は、ホルスではなく撃たれたスズメようだ。アビドスを引き連れていた長の威厳もクソも消えている。

 これじゃあ、話し甲斐もないな。三下以下。金魚のフンにも劣っている情けない顔。

 

 だが、重要なのは、ここから立ち上がれるか。見込みを見極めたいんだ。

 

 魅せてくれよ暁のホルス。ここが踏ん張り時だぞ。

 

 もう一口、ダルモアを呷り舌を湿らせる。

 

「生きてるよな小鳥遊ホシノ。このままじゃ大好きなアビドスは潰れるぞ。なんて言ったって、学校以外の土地は全てカイザーが買い取った」

「!……そんな」

「今のままだと勝ち目のない負けイベント。復興なんて夢のまた夢。だから、俺から一つ素晴らしい提案をしよう」

 

 瞳の奥に息吹が吹く。一縷の希望を見た双眸だ。蜘蛛の糸をみたように。こんな男からの提案ですら縋ってしまうなんてな。絶望の具合も重症だよ。

 

 でも足元に傅かれて悪い気分じゃない。お気に入りの酒も楽しめて、最高の心地なんだ。その細やかな希い、応えてやろう。

 

「お前が今、その手で自らの意志で自分を売ったっていう旨の書留を残せば、土地も返してやる」

「そ、れは……」

「お前がやろうとしていたことだ。簡単なタスクだろ?土地も返してもらって、復興は後輩に任せればいい」

 

 土地と引き換えにしては破格の条件だ。一言二言、お前の心の丈を綴れば全てが上手くいく。お前の存在を引き換えにな。

 もし、提案を飲んだとして、後を継いだ後輩たちが復興できる可能性なんて雀の涙もあるか分からない。先生に頼ればいいが、自力で解決しない癖がついたら、それはそれで悪手だ。

 

 兎に角、お前はただ、されるがままに現実を受け入れればハッピーエンドなんだ。最高だろう。

 

 まあ、罠は至る所に張り巡らされているがな。

 

「どうする?体を売れば解決できる。アビドスの土地は帰ってくるんだ……好条件だろ?」

「……分かった。それでいい」

「そうか。念のためもう一度聞くが、小鳥遊ホシノの身柄を確保する代わりに、アビドスの土地を返す、でいいんだな?」

「……分かったって言ってるでしょ」

「そうかそうか……それは良かった」

 

 引っかかったなクソ間抜けめ。最高級の撒き餌に群がり、高品質の釣り針にかかる。人を騙すなんて簡単な作業だよ。

 少し匂いを良くすれば、飢えた人間が喰らい付いてくるんだよな。毒が混入してるとも考えない。理性の前に本能だ。そこを少し擽ればいい。

 

「んじゃ、遺言とこの三つの種類に目を通しサインしてくれ。それでアビドスは救われるぞ」

 

 拘束を解き、ペンを渡す。

 襲われる可能性は未然に潰した。通信機の類も警戒して、小鳥遊ホシノは衣服の一つも纏っていない。

 これは、慰み者にしようなんて意図はない。俺はロリコンでもペドフィリアでもないんだ。ただ忠実に則った誘拐の基本だ。暗器なんて忍ばせていたら堪らない。

 

 ああ、駄目だ。完全な王手の前に喜びが顔に出そうだ。

 抑えろ、死ぬ気で隠せ。ポーカーフェイスは不得手だが、ここはカジノなんて軽い席じゃない。

 

「終わったよ……」

「そうかそうか。じゃあ、受け取ってくれ理事」

「ん?そうだな……しかし、そういえばなんだが、先日、私たちはアビドス土地全権に関して君に譲らなかったかな?」

「ああ、ああそうだなぁ。そういえば、そうだった。まさか、こうなるなんて知らなくて、先に俺と取引したんだった」

「そ、それって……」

「もう登記も済ませたしな。折角、欲しかった土地なのに無くなるのは困るな。でも知らなかった第三者だから、俺。仕方ないよな」

 

 登記ってのは、基本したもの勝ちだ。二重譲渡だとしても、先に登記をした方が勝つ。

 

 このケースだと悪意の第三者ってことに俺はなるが、さて、それを対抗できるか、今のお前に。

 それは無理だ。今の精神状態で、冷静な状況判断なんて期待するだけ無駄だ。

 

 これが肝心の罠だ。土地との等価交換で請け負った契約だが、蓋を開ければそれは余りに背徳的な嘘。土地は帰ってこない。俺の手に渡ってな。

 

 まあ、その代わりに身売りの必要も無くなるんだが。詐欺ってのはナンセンスだが、ここは一つ、ちょっとした虚言も混ぜてみよう。

 

「残念だな。土地は先に善意の第三者が登記してるからな。お前は対抗できない」

「は……」

「そして、身売りを対価にした契約はそのまま履行する。つまりお前はただ、また騙されて無意味に体を売ったんだ」

 

 目から彩が消え、空漠の穴と化す。絶望は体を蝕み、致命的な部位にまで及んだ。最後の一押しが、希望を目の前で嗤いながら踏みにじった。

 信頼も、期待も、仲間との絆も、何もかもを全部、人の悪意に犯されて捨てられた。他ならぬ自分の選択で。アビドスを決定的な破滅に追い込んだ。

 

 そして、明かしていない真実をもう一つ。これは、俺が行動前に理事に持ち掛けた提案が形になったものだ。

 まさか、ここまで快く承諾するとは僥倖な話だったが、やっぱ俺は冴えているな。これでアビドスの全てが俺のものになった。

 

 具体的な報酬は受け取らず、その代わりとして理事に請求したのは、アビドス高等学校に対して持つ「金銭貸与債権」だった。

 つまり、約9億強もある金銭貸与債権は、小鳥遊を攫った時点で正当な報酬として俺のものになる。返済先は勿論俺の口座に。利息も付ければ、十億以上も容易に超えてくる。

 

 最高の褒美だ。継続的な利益という次元じゃない。売れっ子アイドル並みの金がぐーたら寝転んでいれば勝手に口座に振り込まれる。

 それでも足りなくなれば、少し強請ってやればいい。最早、アビドスは金の成る木の群生地。この寂しい砂漠の風景にも森林が見える。 

 

 これこそ最高の一人勝ち計画だ。

 

 懐で温めておいた究極の将来設計。別荘だって持ち放題の永遠に続くバケーション。いいね。ハワイでウクレレでも弾いてやろう。

 この後、本当であれば、アビドスの土地をガラクタに返す手筈になっているが、何となく気に食わないんでな。理事は適当なタイミングで処理してやる。

 これも財源だ。安価で土地を売ってやれば小遣いにはなる。そうだな。ネフティスとかどうだろうか。

 

 だが、輝かしい未来に一筋のどす黒い闇が落とされた。

 

「それは、少々困りますね」

「っ……誰だ?」

 

 身なりは特別語るような部分のない、黒いビジネススーツを皴なく着込んでいた。

 大人であれば、普遍的を忠実になぞった装い。立ち振る舞いも、教科書の一ページを閲するようなお手本だった。

 

 だが、決定的にずれている。

 

 何かが狂っているんだ。性格や人となりといった在りがちな話じゃない。存在の根幹にある生物たらしめる概念に歪が感じられる。

 

 得体が知れない。目立つようなものでもない平坦な声を聴いた今も、コイツの何もかもが不明瞭。

 無機質、じゃない。感情は確かに感じているのに、言葉の節々に遺憾さが表れているのに、感受したという事実がはっきりと知覚できない。

 

 黒幕なんて月並みで表せる器じゃないことだけは解る。こんな陳腐なストーリーに出張るような奴か。

 

「残念ですが、彼女は私と先に契約を締結しました。身柄の対価に借金を帳消しにするという契約を」

「じゃあ何だ?俺に9億強振り込むって?」

「ええ、そういうことです。既に振り込みましたよ。確認しては?」

 

 端末を開き、口座の残高を素早く確認する。

 

 事実だ。きっちり残りの借金分、俺の口座に入っている。ポケットマネーから支出したにしちゃ豪胆な額だ。随分デカいポケットを持っているらしい。

 

 何故だ。俺は確かに勝利を手にした。大金を手中に、夢の生活に狂いはなく寧ろ現実味を帯びてきたというのに。

 更に深まる気味の悪さが、不完全燃焼の燻ぶるやるせなさが心に灯っている。

 

「このアビドスに関する一連は望み通り貴方の一人勝ちです。おめでとうと言っておきましょう。流石、彼女が見込んだ大人だ」

「……なるほどね。アンタ、アイツの関係者か」

 

 道理だ。コイツの放つ身の毛もよだつ気配は、確かに少し似ている部分があるように思えた。

 

 俺は結局、最後まで踊らされる運命な訳だ。クソッタレ。何も成長できていない。俺は、変われてない。

 

「じゃあ、最後に意趣返しだクソ野郎」

 

 特徴的なステップを踏み、カイザーPMCの顔を勢いよく蹴り抜いた。

 

 致命的な金属音が部屋に篭る。辞世の句を詠む暇もなく、コイツの首は間接照明のもとに晒された。

 これ以上、音声を放つこともない。耳障りなラジオだった。床に垂れるオイルと回路が千切れる音が遺言になる。悪役に相応しい末路だな。

 

「効果があるかは知らないが、これで土地も俺に所有権が渡ったままだ」

「ええ、構いません。私が興味あるのはただ一つ。彼女、暁のホルスの神秘です」

「ハッ……本当に虚しい努力だったな。小鳥遊ホシノは好きにしろ。逆に俺は興味ない」

 

 最早、コイツの身柄が誰に渡ろうとどうでもいい。俺はただ、この場から立ち去りたくて堪らない。

 

 味わう余裕もなく、ウイスキーを飲み干す。氷も解けたダルモアじゃこの不快感は何も流せないらしい。

 

 もう、酔ってしまった方が楽になれる。

 

「この手紙は私が届けましょう。その方が都合が良い」

「もう、どうでもいいさ」

「ふむ……そうですね。私は少し貴方に興味がありまして。数日間だけ雇われてはみませんか?もちろん報酬も弾みます……どうでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秤、レンさん?」

「……」

 

 

 

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