悪い大人でも青春を謳歌できますか? 作:三度の飯より曇らせ
次回か次々回で対策委員会編は終わります。
パヴァーヌ編はまだ検討中です。
俺は理解できない”もの”が何より嫌いだ。
難解なストーリであれば、どれだけ時間を費やしても読み込み理解を高める。門外漢である知識分野であれば、調べ尽くして蓄える。
そうして俺は、理解できなかったものの理解を深めていった。
しかし、それでも理解に及ばず、両手を挙げて降参した概念がある。
それは、人の心だ。思考と言ってもいい。
そいつだけは何も分からない。
推測は出来る。個々の仕草や表情の変化の法則をまとめて、簡単な当たりをつけることはできる。
だが、その回答は永遠に答え合わせの機会に恵まれない。終ぞ、正解を引き当てることが出来たのか、それすらも。
だから、黒服と呼称される男も疎ましく思う。嫌悪、忌避、忌憚の念を抱いている。
コイツだけは別格だ。推測すら叶わない程に、表情も身振り手振りも人では当然の変化もない。
完全な未知の体現。確かに目の前に存在しているってのに、位相が異なるかのように通じ合えない。知性と情動を持つ生命体だというのに、決定的な瑕疵が。
仕事に貴賤はない。雇用主がどれだけ気色悪い面をしたためていても、俺はどこまで行っても被雇用者。顎で使われるだけの人間だ。
雇われの傭兵なんて銘打っているのなら尚更だ。相当な報酬が用意されているのなら、全力で熟すのが傭兵の斯くある姿だ。
黒服からの仕事は簡単だ。いずれ、ホシノの救出に来るアビドスとここで戦え。それだけだった。
解っていると、思った。もし、ホシノの救出を妨害しろ、という依頼であれば、あの手この手で戦闘を回避しながらアビドスを潰していた。
どうやら、黒服って男はいい趣味をしているらしく、アビドスと俺のファイトをご希望なようだ。
ああ、本当に分からない。セブンの結末の方がしっくりくる。
小鳥遊ホシノに執着しているかと思えば、先生と相対した時は叱咤激励の言葉を贈るという矛盾したムーブメント。
ただの神秘マニアかと思えば、ホシノを狙うアビドスという明確な敵を憮然と受け入れる姿勢を見せる。
道化でも演じているのか。一体全体、何を見据えているのかが根から分からない。
怖い。謎めいている思考が、豹が、信念が。こんなにも追求したくないと、魂から拒絶する感覚は初めてだ。
「さて……」
アビドスの連中は、明日にここへ襲撃する予定となっている。小鳥遊ホシノが拘束されているこの場所に。
気味の悪いオブジェと用途の不明な機器が立ち並ぶ一部屋。実験の内容も悪趣味なら、ここを手掛けたデザイナーも悪趣味だろう。
アビドスが単身で乗り込めば、勝ちの目は俺にある。
小鳥遊ホシノという大きなパーツが欠けた重篤なアビドスは、連携にも支障が生まれ途端に脆くなる。
先生による即席のバックアップはあっても、俺が負かされる未来は運命様でも用意できないだろう。それは、相手だって承知している力の差だ。
頼ることを知ったアビドスに歯止めはない。
ゲヘナ、便利屋と紡いだ縁ををありったけに搔き集め、総力を嗾けてくるだろう。そうなれば、面白い程に天秤は傾く。
空崎ヒナ。コイツがターニングだ。居るか居ないかで終幕も劇的に変わる。
だから、出張る可能性の一切を潰して見せる。
アビドスとは望み通り戦ってやろう。何人でも連れてこい。正面から地獄に送り込むの簡単だ。
だが、それ以外とも死合うのは御免だな。仕事とはいえ自分から死にに行くような趣味はない。折角、悠々自適なバカンスが眼前に控えてる。包帯を巻いたままじゃ渚の空気も味わえない。
そう。そのための最高の一手を今、打つ。
「……元気そうで何よりだ。便利屋」
「貴方も壮健そうね。緊急の要件って聞いたけれど……」
「ああ、アウトローなお前らを見込んでいい仕事を用意したんだ。受けてくれるだろ?」
黒いコートが閑散な街に翻っている。毅然な歩みが様になり、一見、不遜にも思える堂々とした立ち振る舞いも板につく。
便利屋68。一度受けた依頼は何でもするの旗を掲げた、傭兵まがいの何でも屋。そいつを率いる頭、陸八魔アルだった。
アビドスの一件から少し結んだ希薄な縁だが、それでも俺であれば利用できる。敵対する可能性があるからこそ、先手で除草剤を撒かせてもらう。
コイツ等はアウトローって言葉に滅法弱い。チンパンでも扱える万能な餌が用意された人間は、掌で転がすにも片手間だ。
馬鹿と鋏は使いよう。偉大な言葉だ。便利屋は正しく馬鹿の類だが、扱うには便利が良い。
「明日、早朝だ。ゲヘナの街を爆破して欲しいんだ」
「……え?」
「簡単だろ?俺にやったようにゲヘナにもデカい花火を打ち上げてくれればいい」
「それは、何の、ために?」
狼狽えた様子で疑問を呈す社長。心底、真意が分からないとバタフライで激しく泳ぐ目が語る。
でも、問題ない。
コイツは強い。確固たる信条を胸に抱え、そいつを貫き通す覚悟もある。その姿は実に素晴らしいが、裏目に出ることもある。
「理由や背景なんて関係ないだろ。お前らはアウトローだ。そして、受けた依頼は必ず達成する」
「……それは」
「俺を失望させないでくれよ?これはお前らを見込んでの話なんだ」
「……分かったわ」
よし。これで便利屋と同時にゲヘナの風紀委員も封殺できた。
便利屋の皆々は、風紀委員がわざわざ他の自治区まで隊列を組んで補足に勇むほどに顔が広い。相当な著名人なんだろう。
そんな奴らがゲヘナで暴動を起こせばどうなるかは、自明の理だ。風紀委員は総力を挙げて逮捕に臨む。以前のケースとは異なり自身の自治区内で遠慮も要らない。
それこそ、空崎ヒナが出征する可能性も高い。
便利屋は風紀委員に追われ、アビドスどころの話ではなくなり退場だ。風紀委員も同じく、公務がどうと執拗に宣っていたから仕事は第一優先事項だろう。ゲットアウト。
「兵力は渡せないが、武器なら幾らでも出資できる。これでゲヘナでも祭りを開いてくれ」
「……ええ、期待していてちょうだい」
これで全ての布石は打った。考え得る作戦は全て絞り尽くして、後に残ったのは俺の実力のみ。
最適なビクトリーロード。舗装した道はとても歩きやすくなっている。アビドスはもう誰にも凭れ掛かることはできない。
勝てる。これで勝利は決定したも同然だ。
黒服の件に関しては、もう、手放した。俺の手に負える謀じゃない。小鳥遊ホシノの安否が実験を経て如何様になるかは知らないが、どうせ碌でもないことだ。
それが、忌々しいあのクズの知己っていう話なら然りだ。あのいけ好かない女の計画も例に漏れず一顧の価値もない。黒服自身は蔑んでいたが、目糞鼻糞を笑う話だ。
さあ、明日は分水嶺の戦い。傍から見ても泥仕合だ。ブーイングは必至でチケット料金は返金に相次ぐだろう。
それでも勝利は華やかだ。どんな汚れ塗れのチャンピオンベルトでも、それを肴にすれば酒も旨くなる。
復讐でも奪還でも、どんな意思を拵えていようと関係が無い。どんな大層な使命でも、俺にとっては遍く路傍の石並みだ。
瓦礫の山に腰掛け、この雄大な空を仰いだ。
果てなく続くこの蒼穹を、遮るものは何もない。どれだけの砂を集めたとして、どれほど高く聳えるビルを建てたとしても、きっと届かない。
何よりも尊くて、何よりも自由な存在。そいつを初めて仰ぎ見たのは、つい最近のことだ。
vanitas vanitatum, et omnia vanitas
なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。
かつて、口癖のように聞かされた言葉だった。とある聖書の一説を抜粋したもので、意味は人為的に為される行為は全て無駄であり、人は須らく上位存在の意志によって遣われるべきだ、と言う。
クソくらえだ。虚しい例えにこの空を引き出すことも、全てを下に見るような発言も。
人は虚しくない。どんな形であれ、意味はある。意義があって、大義すらある。俺は常々、否定したかった。
空のもと、陽の光を浴びて知った。この世は決して虚しいばかりで表せない程に複雑だと。
この世で真に虚しくあるのはただ一つ。それは、人の死だ。
「俺はお前らの反骨の心意気も、何一つ無駄だなんて思ってない」
「……」
「最高の群青劇だった。見惚れるほどに美しかった。俺にはなかったものだ」
「アンタ……」
「でも、俺にも譲れないものがあってな。悪いが、ここは通行止めだ」
瓦礫の山から見下ろした、アビドスの生徒は皆、俺を真っ直ぐに見ている。
強い意志だ。決して折れず撓むこともない頑強な心がそれぞれの目に宿っているのが分かる。
成長した、と思う。揃わなかった心は、今や誰もが同じ方向を向いている。
生じた確執も、大きな亀裂も、もたらされた軋轢も、全てを乗り越えて、また一つ強くなった。
こりゃきっと、一筋縄じゃいかないな。
風が荒んだ。倒壊した街の痕跡と文明の成れの果てを通り抜ける一陣は、誰の行く末を示すものなのか。
「私は、アンタに救われた。話したいこともあった。したいことだって沢山あった」
「そうか」
「一緒にラーメンを食べて、くだらない冗談で笑いたかった」
「そうか……」
「それに、皆と一緒にまた、アビドスで活動したい」
「……欲張りだな」
「それでもいい。だから、私は決めたホシノ先輩を救って、アンタも取り戻すって」
別に洗脳を受けた訳じゃない。黒服との契約も今日限りだ。何も常に敵対しているってことでもない。
だが、このまますれ違ったままならば、きっと、この蟠りは解けることはなく延々と残り続けるだろう。お互いに。
俺は掃除が好きだ。何かを洗うことは、とても好ましく思う。
何か一つ、汚れを取ってやればその物事への清算をしたような気分になる。責任を果たしたように錯覚できる。
だから、ここに今、俺が立っているのも。仕事とはまた別に、アビドスへの清算の意も込めている。
このまま、シミが残ったままじゃ恰好が付かない。汚れたままの服を着る奴がどこにいる。洗えるのならば洗ってしまいたい。
「そうか。どこまでいけるか、見物だ。最後まで楽しませてくれよ」
同じようにナイフを構えた。一層、陽光は照り付け、漆黒の刃もまた、いつもより鈍く光っている気がした。
共鳴したように、一同は武器を構える。
そこそこ肩を並べた仲だ。お互いの手を知り尽くしている。土俵は同じだ。トントン。
それでも、一つ、異なる点があるとするならば……。
「大人を甘く見るなよ、ガキども」
手始めに狙うのは、アビドスの誰でもない。
どいつもこいつも、異なる点に特化した、誰かと組むことで大きな化学反応が期待できる優秀な奴だ。だが、それすらも凌駕して、最も脅威になる奴がいる。
俺と同じ、しかし、まるで対極にいる。アビドスに味方した唯一の大人である”先生”だ。
いつもその聡明さで、アビドスに献身してきた。その姿勢は正しく善い大人の鑑だった。俺とは似ても似つかない、王道で正当で尊敬ができる。
何が分岐点だったのだろうか。もし、俺にもアンタのような人がいたら、今頃には誰かの隣に立てていたのかもな。それも過ぎた話だ。俺の隣は幾人の血で埋まってるんだ。悪いな。
敷かれた布陣の間を流水が駆けるように、のらりくらりと間を縫う。
純粋な身体能力が実力に直結する速さという題目じゃ、当然、成熟した大人に分がある。誰も追いつけず、誰にも止められない。
風を切るように疾駆する俺の身体は、瞬く間に先生の面を映した。いい顔だ。遺影として取りたい気分だ。
とっさに何かを用意する先生だが、もう遅い。俺のナイフがアンタの血管を切り裂く方が、より早い。
「アンタは最高の大人だったよ、先生……っ」
「この御方を傷つける輩は、私が全て排除いたします!」
「今更、お呼びじゃねえんだよっ!クソ狐ぇ!!」
振り抜いたナイフは、どこからともなく現れた陸離する銀閃が受け止める。
キヴォトスでも稀有なナイフといった刃物をメインに扱う人間を、俺は一人しか知らない。
狐坂ワカモ。七囚人なんて大層なご身分に踏ん反り返った破壊オタクだ。
砕いたはずの狐を模した面は、新品のものへと変わっている。与えた傷も完治したんだろう。
コイツは常に、此方に粘着しては目を光らせていたらしく、計画が瓦解しかけた原因ともいえる。全く、とんでもない伏兵も居るもんだな。影が薄いんだよ。
ただでさえ、実力者。それが、一時的だろうが誰かと手を組むなんて、席に着くまでもなく降りることを前提とした負け戦じゃねえか。
「こんな奴とつるんで、恥ずかしくないのかアビドスはっ!」
「アンタがいた時点で、そんな感情消えてるわよっ」
「はは、言えてる。完全に言い負かされたよ」
俺を超える膂力でナイフを弾き返される。衝撃を受け流すように、狐から距離を取るが、それは絶大な下策だと知った。
囲まれた。そりゃそうだ。敵は先生と狐だけじゃない。寧ろこっちがメインディッシュだった。
知覚するころには退路なんてない。ここから須臾に張り巡らされる弾幕も想像に難くない。考えたくはないがな。これでハチの巣を危惧するのは二度目だ畜生。
だが、死ねない。ここで負けるのは頂けない。こんな幕引き、俺は許さない。
「だから舐めんなよっ!」
「……っ」
改めて、討ち取るのはミニガンを担いだ十六夜ノノミ。ネフティスのご令嬢という天に愛された経歴が眩しいお嬢様だ。
コイツもとびっきりの爆弾で、アビドス崩壊の一助となる筈だった。
コイツが何でここに味方しているのかは定かじゃないが関係ない。どうせ俺には何の所縁もない理由だ。
囲まれた状態でのガトリングなんてふざけてる。凌げる訳がない。だから、真っ先に首を取ってしまえばいい。
弾をばら撒く性質上、お得意の先手回避も通用しない。ならば、愚直に押せばいい。この体に着弾したって最後に立っている奴が勝つ。
「先ずはお前―」
「させないわよっ!!」
「チッ……鬱陶しいっ!手前らはコバエか何か!?」
またしても遮られる。それも、よりにもよって黒見セリカに足元を掬われた。
的確に急所を狙う銃弾を二発、撃ち込まれる。
痛い。あまりにも痛む。油断している訳じゃ決してない。冷静に実力を把握して、狩れると思った首だ。
なのに、どうしてコイツ等はいつもよりも出しゃばってくるんだよ。クソ。
貫通したかと錯覚するほどの衝撃をこの身に受け、つい足を止める。
そこで背後から飛来するのは、綺麗な曲線を描くミニマムのミサイルだった。コイツは確か、砂狼の武装だ。
これも中々堪える高威力だ。真面に受けたら傷跡がまた増える羽目になる。手痛いやけども負った後、そいつは勘弁してほしい。
だが、避けるにしてもどうやって?
前はミニガンが準備万端と告げている。横は駄目だ。他の奴らに迎撃されて草臥れるオチが目に見える。
甘んじて食らうしかない。だが、それで立っていられるのか。もしかしたら、気を失ってしまうかもしれない。呆気なく幕を下ろしてしまうかもしれない。
どう足掻いても、敗北。
万策尽きた状態で、俺は無心で背後に思い切りよく飛ぶ。
直後、ミサイルは背後近くで着弾し、爆炎に巻き込まれる形で蹈鞴を踏む。
目の前には、黒見セリカが毅然と銃を構えていた。