悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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評価やご感想の方、ありがとうございます。本当に嬉しくて、色がついた時には小躍りしました。とてもモチベーションになります。

アビドス編は次回で最後です。
パヴァーヌ編に関しては、調月リオもウチのシャーレに加入してくれたってことで書かせていただこうかと思います。でも多分短くなります。エデン条約編の構想は既にあるので、本筋と余り関係がなくなるんですよね。でも、もう少し広く生徒と絡ませたいという思いもあるので。
でも、書くのはエデンの後かも。

どうか、ご留意いただければと思います。



悪い大人とアビドス対策委員会

 

 白と黒のコントラストがシンプルの神髄を見せる彼女のアサルトライフル。黒見セリカのシンボルとも言ってもいい愛銃「シンシアリティ」。

 その瞳は、俺の眉間を寸分違わず射貫いていた。

 

 一度、その引き金を振り絞ってさえしまえば、俺は忽ち大地と抱擁を交わすことになるだろう。

 

 しかし、その最悪だったはずの先の光景すら些末なものに見えてしまう程に、銃口よりも強い彼女の視線に釘付けになっている。

 

 とても強かな目をしている。天に座す太陽よりも、奥深くから輝いている。

 俺の視界はもう、彼女以外を映せない。目を逸らすなと、強迫観念が働いているのかと思うほど囚われている。

 

 四方八方に命を狩り得る死神が待っているという状況で、世界は彼女だけにスポットライトを当てていた。

 月並みな表現だが、俺と黒見以外の存在が消えてなくなってしまって、二人だけが取り残されたように思う。

 

 きっと、彼女の網膜に映る自分は無様に映っているに違いない。

 

「一つ、聞きたいことがあるの」

 

 ゆっくりと、一つ一つの言葉を吟味するように丁寧に紡ぎあげた。

 言霊は虚言も言い逃れも許さない。言葉という器では溢れてしまうだろう思念が込められているというのに、そこには憎しみも悔恨もなかった。

 

 不可解だ。俺は仲間を騙った。特段、目の前の少女には酷なことをしたと、それは解ってる。

 だから、恨まれていても文句はない。結局、俺は悪役だった。人の弱みをお手玉のように弄ぶような、邪悪だった。今や砂の下へ土葬されたガラクタと同じ穴の狢だ。

 小鳥遊ホシノを奪った根源だ。明確に、間違いなく、俺はアビドスの敵であり、コイツ等にとっての悪だ。

 

 だっていうのに、コイツは俺に恨み言を、怨嗟の叫びを回す舌は無いと言外に語っている。

 

 自虐じゃない。てっきり恨まれているかとばかり思っていた。

 女の涙、とりわけ少女の流す涙は軒並み宝石のように高くつく。それを強盗したような真似をした俺は、きっと純粋に憎悪を抱かかれているとばかり。いや、それが普通なんだ。

 

「アンタは、何のために私たちと戦っているの?そこに何の意志があるか、教えて欲しい」

「……そう、だな」

 

 単純明快な質問だった。幼児でも回答できる。猿だって分かる。それでも、その答えを伝えることは俺には容易ではなかった。

 

 その理由は、俺には分からない。

 俺は、理解できないものが嫌いだ。だが、まさか、他人の心どころか自分の心すら解せないなんて。その現実にどうしようもなく、独りでに怒りが込み上げてくる。

 

「金のためだ。利益のためだ。弱者を蹴散らし、馬鹿からは搾取し、最後に俺一人だけが高笑いできる。俺のハッピーエンドのためだ」

「そう……」

「……それは本心かな?」

 

 二人だけの問答に一石を投じる柔らかな声。少し低く、それでも穏やかな大人の声。

 俺の心をメスでなぞる様に、緩慢に、それでいて無遠慮に訊き込む。血が滲んでいる。

 

 ああ、本当にメンタリストに向いてるよ、コイツは。

 

「彼……黒服から君のことを少しだけ、聞いたよ。君はなぜ、あの手を使わなかったのかな?」

「……」

 

 心当たりはある。当然だ。俺が発案し、決定打になると確信したアビドスを崩壊させる一手だったから。

 

 十六夜ノノミの全ての情報を洗いざらい晒し首と並べ、アビドスの不撓と思われた関係性に不和をもたらす。そうすることで、大幅戦力ダウンと決戦までの遅れが生じる。

 その間に奇襲でもすれば、玉座までの道のりはエスカレーターのように楽々となる。これは以前、講じた策謀だった。

 

 しかし、俺はそれを履行することはなかった。

 

 何故と、問われたって答えが導き出せるはずがない。俺が知りたいくらいだ。何で執らなかったのかって。

 一度、起爆させればそれでよかった。ライターのようなか細い火でも、全勝できるほどの大火災へと悪化して、俺が今ここで、背水の陣に追い込まれるクソッタレな現実も架空だった。

 

 だったら、何が俺の足を止めたっていうのか。

 

 その答えを知っているかのように、先生は意気揚々と御託を連ねる。

 

「見たくなかったんだろう?君が憧れた青春が壊れていくのが。その憧憬が君のやり方を捻じ曲げたんだ」

「は……」

 

 どんな暴露大会でも始まるかと思えば、くだらない結論は失笑しか生まない。まだ、格闘家の会見プロレスの方が聞きごたえがある。

 

 俺が流儀を曲げるだと?そんな訳はない。万に一つも可能性はありはしない。

 俺の行動原理は総じて信念に沿ったものだ。それは、ただ一つの勝利。その為だけに、あらゆることを尽くしてきた。人生の轍の凡そを占めている。

 

 俺はこの勝負にも勝つために全力だった。手を抜いたことなんて何一つとしてない。だから、それでも梃子摺らせてくれたアビドスに感服したんだ。

 

「それだけはない。アンタの仮説が正しけりゃ俺は小鳥遊ホシノに完敗していた。こんな結果にもなっていない。そうだろ」

「なら君はより勝ちやすい環境で戦うはずだ。けれど、そうしなかった」

「しつこいな。それはただの余裕だ。ま、それも裏目に出たが」

 

 どうしても先生は俺を腑抜けた男だと仕立てたいらしい。そもそも、実利を最優先に動き勝利のためにアビドスとの袂を別った時点で、その線はあり得ない。

 

 その筈なんだ。

 

 そんな懊悩を打ち払うかのように、黒見セリカは炉辺談話でもする調子で言葉を放つ。

 

「ま、なんだって構わないけど、良かったわ」

「良かった?一体、何が……」

「少なくともアビドスに恨みを抱えてしたことじゃないんでしょ?なら、まだ取り戻せるっ」

「……ハッ」

 

 コイツは今、取り戻せると、そう断言しやがった。根拠も何もなく、ここで俺を打ち負かしたとて寝返る可能性なんてゼロに等しいってのに。

 本当に最高のパートナーを持ったよ。バッドボーイズなんて目じゃないくらいに。出会った時とは丸きり別人で、いい女になって帰ってきたんだ。

 

 単純で阿呆みたいな主張だった。しかし、馬鹿にできない自分がいるのも確かだ。

 そりゃ、こんな様見せつけられたら、誰だって絆されてると勘違いしても何らおかしな話じゃない。悪役ってのは総じてライバルにもなり得る世界だ。正答だ。

 

 でも、俺はスカーレットウィッチでもないし、ホークアイでもない。悪なら悪だとしっかり弁えている人間だ。

 

「なら元パートナーとして一つ、お願いがあるんだが」

「解消したつもりはないわよ。私にかけてくれた言葉を嘘だなんて言わせない」

「まあ、どっちでもいいさ。それで肝心のお願いなんだが―」

 

 片手に持った手頃な兵器。こういった集団戦なら脚光を浴びること間違いなしの、手に転がせる殺戮マシーン。

 堂々登場、活躍の機会に恵まれている破片手榴弾だ。袖口に忍ばせていたそいつを、見せつけるように持ち上げてやる。

 

 驚愕の顔は変わってないな。驚くのも無理はない。

 厳粛とした葬式に、ターンテーブルを持参して、クラブでも開こうかってくらいの暴挙だ。空気が読めないどころか、真正面から殴り壊す行動は読めなかったらしい。

 

 しかし、まさか、ここで俺が白旗を上げるとでも。

 

 説得の巧さは認めてやる。立てこもりなら五秒で堕ちる口説き文句だった。でも、俺はそんな大学生みたいに軽くはない。

 確かに絆されかけた。信条も曲げていた節だってある。それなら、その失態を取り戻すようにより頑強に貫くだけだ。

 

 これはご褒美だ。俺へナンパを成功させたお祝いだよ。もうピンは抜いてある。避けてくれるなよ。

 

「最高のパートナーなら、地獄まで付き合ってくれるよな?”セリカ”」

「っ……アンタ!」

 

 黒見セリカの狼狽えた顔も、他の連中の吃驚も全て爆発の奥に隠れた。

 これは所謂、自爆。赤と白の球体じゃないが、俺だって巻き添えを食らう。

 

 それでもいい。この逆境を打開するには、体の一つや二つ賭けて見せろって話だ。

 

「いってえ、けど……最高の隙だァ!!」

 

 先ずはその、減らず口を黙らせてみようか。

 

 突然の巻き込み事故に後手に回ったセリカの首根っこを掴み、捻り絞る。

 強く息を吐く音が聞こえる。苦しみに悶えているんだろう。その表情も気になるところだが、生憎、確認する暇もない。

 

 元パートナーだが悪いな。傍に寄り添ってはやれないんだ。

 

「頭が高い。おすわりだっ!」

 

 そして地面に叩き付ける。肺胞から全ての空気が飛び出て、肺が呼吸を拒ばむ絶叫が聞こえる。

 痛いだろう。痛い筈だ。その痛みを伴って人は強くなるんだ。俺の人生はこれ以上に痛かった。これでも同じ言葉が吐けたら上出来だよ。

 

「っセリカ……!」

「そのマフラー、イカすな。ちょっと見せてくれよ?」

 

 近接戦闘、とりわけ徒手空拳も多く組み込むスタイルを相手に、掴まれやすい髪や装飾は致命的な弱点だ。

 そういう点は有効範囲が広がる要因だ。一度、掴まれるだけで相手のペースに持ち込まれる。

 

 砂狼シロコ。数少ない情報が一切洗えなかった謎多き生徒だ。

 その情報の少なさは手札の把握が阻害された。どんな秘密兵器が隠されているかが分からないから、先に潰しておくに越したことはない。

 

 特徴的な青いマフラーを一掴み、手前に引く。

 前のめりに倒れる体。狙い澄ますは、拳の届く範囲にその玲瓏な顔が入った瞬間だ。

 

 ―ここだ。

 

「殴りやすいサンドバックだ。使いや、すいっ!」

「ガッ……!?」

 

 肌理細やかな頬に固く構えたストレートをお見舞いする。白い肌に紅葉が咲いた。

 瞬間、眼から生気が消えかけるが、俺は誰かを無償に殴り倒したい気分なんだ。このマフラーは離してやらないね。

 

 もう一発、今度は正面から鼻を折る様にワンツー。いいフォームだろう。ロッキーのテーマはまだか?

 

 阻止しようと、十六夜ノノミが引き金を引く。

 とんでもないゲリラ豪雨だ。天気予報じゃ晴れのち銃弾なんて言われてなかったんだが。残念、俺は傘を忘れてきた。

 

 だが、俺には人質があるって気が付いてるか、お嬢さん。

 

「おっと、お友達の大事なマフラーは俺らと違って銃弾をしのげないぞー?」

「……なんて卑劣な」

 

 降りかかると思っていた銃弾も突然、進路を変えたようだ。雨風は気まぐれだからな。こういうこともあるんだろう。

 

 だが、このマフラーは使えるな。寒さに耐えるだけじゃない。お前も立派な武器だ。

 どんな思いが込めれてるかは知らないが、この反応、存外貴重なのかもな。ちょっと借りようか。

 

 ドローンで見舞ってくれた罰だ。

 

「よいしょ……っと!!」

「くっ……!」

 

 マフラーを盾に十六夜へ進軍する。当たらないように撃てればプロだが、その武器はそんな都合よく取り回しはよくない。

 筋力に物を言わせて乱れ撃ちをしていたようだが、そんな経験が仇になったな。ほら、もっと狙えよ。当たったらマフラーは返してやる。

 

 思うように抵抗できない現状に隔靴掻痒の表情を呈す。優しいってのも考え物だな。仲間思いが弱点になるなんて皮肉な話だ。

 

 そして、ミニガンの間合いの内側に滑り込む。

 狙うはまた首。ここが一番、意識を落とすには簡単だ。そして、ちょっとした屈辱も添えてやろう。

 

「ほらどうだ?仲間の持ち物で、文字通り首を絞められる気分は?」

「こ、の―」

 

 ミニガンを手放し、膝から崩れ落ちる。首には繊維の細かい痕が赤く刻まれている。

 どうしたんだろうな。俺はただ、マフラーの本来の使い方を実践しようとしただけだが。まあ、少し結ぶ時に力加減を間違えたかな。

 

 実質、仲間に首を絞められているも同じだ。さぞかし嫌な気分のまま夢を見ているだろう。悪夢を見たくないなら、パグでも飼うんだな。

 

「このっ……」

「なんだ、まだ居たのか。ここに木の実は無いぞ?森へお帰り、子狐」

 

 本領発揮も出来ず、地に伏せたミニガンを拾い上げ勢いをつけて投擲する。方向は勿論、タブレットとにらめっこ中の先生だ。

 妬けるな。あんなに熱く語った仲だってのに。またグラビアに夢中か。こんな戦場のど真ん中で呑気だな。

 

 しかし、身を挺して遮るのは、恋して牙も爪も折れたただの狐だった。

 先制を抱きかかえながら、短刀で飛来するミニガンを弾く。悪あがきだ。今のお前には弱点が多すぎる。

 

 人の好きは言葉遊びだが隙にもなる。そして、狐の隙は只人で脆く、銃弾一発がどこに当たっても致命的になる。

 

 今の狐坂ワカモはほとほと弱いよ。出直してこい。

 

「お返し、だっ!」

「そんなっ……」

 

 外方に飛んでいくミニガンに追いつき、その巨躯を蹴り返す。

 またサッカーか。今はバスケットがしたい気分なんだが。仕方ない、付き合ってやる。

 

 ほれ、パスだ。このままゴールまで運んでくれよ。

 

 投げた時よりもより勢いがついたミニガンの巨体は、速度も馬鹿にならない。真面に当たればどこでも骨折は免れないぞ。

 いつの日か来るベッドの上での玉遊びでも、肌を晒せないほどの青痣をつけてやる。

 

「先生は守れたようで何よりだ。だが……あれ?俺のナイフはどこに行ったんだ?知ってるか?先生」

「っ……」

「あ、貴方様!?」

 

 腿に深々と突き刺さったナイフが、先生の張りぼてみたく柔い肉体と痛覚に噛みついていた。

 やっぱミニガンはデカくて、手癖の悪い行動もその背中で隠してくれる。その大きな巨体に存在が埋もれて、投げたナイフにも気が付かなかったようだ。

 

 仕事着だろう黒いスラックスでも、溢れ出る血が染み込んでいるのが遠目でも分かる。

 こんな軽い手品でもケガを負うなんて、冗談が通じないな先生は。もう少し、筋トレとユーモアを磨いてくれ。

 

「後ろの正面だーれだ?」

「!」

「遅い。時間切れだ」

 

 先生を庇う様に背を向けた狐の後頭部に踵を落とす。

 コイツはいいな。人間が肉体で実現できる最高の威力だ。打たれ強いだろう狐坂の肉体もこの通りだ。

 

 まな板の上の魚みたいに、〆られて虫の息。立派な先生の盾、お勤めご苦労様。

 

「さあ、これからどうする?先生……と、奥空」

「……」

「っ……決まっています!あなたを止めるっ」

「やってみろ。その慣れないハンドガン捌きで。ああ、撃つならもっと脇を締めた方がいい。脚ももっと開け」

 

 グリップを握る手は震えているのも明瞭だった。それは恐懼、それとも単純に慣れないからか。どうでもいいが、コイツじゃ役不足だ。

 この距離からのハンドガンなら読書がてらでも回避できる。どうしても仕返したいなら、ガンカタでも極めてくるんだな。リベリオン、貸してやろうか?

 

「もう終わりだな。途中はどう転がるかと思ったが、結末は一応、ハッピーエンドってところか」

 

 さて、もう台本に続きは無い。後は幕を下ろすだけ。

 これからの生活が楽しみだ。ブルーハワイのさっぱりした甘みがもう口の中に広がる。おいおい、気が早いんじゃないか。

 

 いや、肝心のカーテンコールが残っていたな。これもまた、一つ大事な文化だ。

 重要な清算だ。これを欠かしてしまえば、ハッピーエンドには繋がらない。ブルーハワイも少し、味気なくなる。そいつは嫌だからな。

 

 残った不能者に背を向けて、歩みを進める。迷いはない。

 目指すは近所にある悪趣味な一室。だだっ広いくせに収容人数は一人だ。とりあえずビフォーアフターの企画に電話しようか。

 

 しかし、響き渡る虚しい轟音。薬莢が落ちる軽快な音も、侘しさが香る。

 

 ……はあ、だから無意味だってアナウンスしてやったろうに。

 

「気は済んだか?奥空……震えて狙いがブレてたぞ」

「ダメ、でしたか」

 

 確かに着弾したが、背中の何でもないところだ。痛みもサボって惰眠を貪っている。おいおい、蚊だってもう少し頑張るぞ。

 

 本当に悪あがきだ。俺の足を止めるには至らない。一度、ピリオドを打った物語はどう足掻いても覆せないんだ。矛盾も伏線も解決も、出来はしない。

 

「ホシノのことは、頼んだよ……」

「……」

 

 頼む相手を間違えてるぜ、先生。

 俺は、俺の信条を貫くだけだ。

 

 

 

 

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