悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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説明欄にも記載しましたが、エデン条約は編纂することにしました。
かなり話が散らかってしまって、書きたいものとの大きなズレが生じてしまったので書き直します。閲読していただいた方々には本当に申し訳ないです。
大事な部分は変わらずに、それ以外の話の進行や流れは大きく変わりますので、二番煎じにはならないと思います。それ以外でも、描写やストーリーの流れなど、端折らずに、より細やかに書こうと思いますので、ご留意いただければ幸いです。

再三、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

今までのも消さずに残しておきます。もしかしたら、気まぐれに続きを書くかもしれないので……。



第二章 エデン条約編
悪い大人のバカンス


 

 サングラスのレンズを越して浴びる、ぎらついた陽光。

 熱の籠った大気を突き進む。潮の香りが、日差しに曝された素肌に染みた。

 

 澄み渡った蒼穹を背に聳え立つヤシの木が、俺たちを凱旋するために背筋を伸ばしている。

 

 車内のカセットデッキにはお気に入りの洋楽のテープが挿し込まれ、ステレオのサウンドが響く。

 潮騒をベースに奏でられたアンティークな音楽に、ハンドルを握る手も、つい踊ってしまう。

 

「ちょっと、あんたのカセットテープ、古臭いのばっかりじゃない!」

「イマドキの音楽は聴き心地だけに偏っていけねえ。昔のポップスは魂に訴えかける情動があるんだ」

「カビが生えた感性ね。流行りについてこれない耄碌の考えよ、それ」

「気前よくオープンカーを買っておいて良かったよ。いつでも邪魔者を捨てられる」

 

 心地よい熱気に誘われたのか、煩いハエの羽音が耳障りなのが少し残念かな。

 まあ、古ぼけたテープだ。多少の雑音もスパイスって見逃そう。今日の俺は、余裕がある。

 

 一々、ムキになって反駁するほどガキじゃない。

 

 雄弁は銀、沈黙は金。氷水に濡れたコーラで、出かかった言葉も全て流そう。

 

「それにしてもホントに金遣いが荒いわね……いきなりオープンカーなんて買っちゃって」

「この一週間で二億は減ったな。それでも桁が減らないんだ。これも全部、アビドスの借金のおかげだよ。ありがとう」

「……どういたしまして。こっちもアンタみたいな反面教師に出会えて助かったわ。こんな大人にはなりたくないって」

「ここらは、ゴミの集積場でもあるのか?ハエが集ってるな」

「ホントにね。今も私の左隣に飛んでるわ」

 

 コイツ、やっぱり連れてくるのはミスだったか。

 

 右から覗く白銀に照り上げる砂浜は、俺たちを手招きしている。

 気温もみるみる上昇してきた今日この頃。波打つ海水にも趣が滲み出てくるが、観光客は一人も見かけない。

 

 それもその筈。今日という日だけは、この砂浜は俺の占有だ。有象無象、ネズミ一匹すら侵入は許さない。

 

 俺だけの楽園で、俺だけの時間。バカンスの充実は、億単位の大金をはたいても価値がある。まあ、一人余計な奴も混じってるが。

 

 

 アビドスの一件で、俺の預金口座は空前の具合にまで潤った。

 予定していた過程とはかなり違う筋書きをなぞったが、それでも結果オーライ。

 

 最後の最後に、隣のクソガキに負かされた事実だけはどうしても気に食わないが、それも諭吉でケツを吹いて、もうトイレに流した。

 

 一応、アビドスの復帰にも貢献できたし、これはMVPを与えられても異論はないだろう。

 善行ボランティアでもした気分だ。だから、働きに応じたちょっとした自分へのご褒美になる。

 

 俺は守銭奴なんてみみっちい男じゃない。今日は、勿体ぶらず金をまき散らすと決めていた。

 

 なら、なんで隣に駄犬ならぬ駄猫を侍らせてるのかって?

 

「でも、まさかアンタが私を誘うなんて思わなかった……」

「俺だって不本意さ……でも、大人ってのは善し悪しに限らず、責任は果たすものなんだ」

「禊って言ってたわね……迷惑かけたからって。柄じゃないわね」

「自分でもビックリだ」

 

 自分の利益が絶対だとは言っても、反省の念は少々、感じていた。

 

 他人とのいがみ合いや抗争って言うのは、往々にして正義と正義のぶつかり合いだ。

 だから、この裏切りも最終的な敗北も、俺の正義が比較して弱小だっただけ。互いに文句を言うことはない。それは認めてる。

 

 だが、それでも一方的に梯子を外し、人の純心を弄んだのは確かだった。

 

 一度、背負った責任は義務を果たすまで下ろすことは出来ない。それでも擲つ馬鹿もいるが、俺はそんな愚昧じゃない。

 こんな悪人でも、大人の矜持ってのは一応、持ち合わせてるもんだ。

 

 それに、このまま蟠りを残したままじゃ、どこかバケーションも楽しめない気がしたんだ。

 再び氷を解かすって意味でも、今日のバケーションで気分転換になってくれればいい。

 

 けど、その選択も今、少しばかり後悔しているよ。

 

「ちょっとコーラしかないわけ?クーラーボックスが一面真っ赤で気持ち悪いんだけど?」

「ビーチサイドのバカンスって言ったらコーラ一択だろ。もしくはブルーハワイ。それ以外は用意してない」

「融通が利かないわね。女子を誘うなら事前に好き嫌いくらいは知っておきなさいよ。モテないわよ」

「そりゃ杞憂だ。既にモテてるよ。一番、厄介な女にな」

「ちょっと誰のことよ、それ」

「さあ?自分の胸に聞いてみてくれ」

 

 こんなに騒ぎ立てるなら連れてこなきゃ良かったよ。

 俺の貴重な反省の心を返して欲しい。リボンに包んで丁寧にな。

 

 デートと言ったらワンナイトが定番の俺が、日を跨いでまでデートに付き合ってやる滅多にない機会だって言うのに。

 コイツは我儘ばかりで遠慮や謙虚って言葉を知らない。ま、ある意味で打ち解け始めてると捉えることも出来るが。

 

 何事も、限度が大事って話だな。今日も一つ、学んだよ。

 

「朗報だセリカ。俺以外にも反面教師に向いてる奴を見つけた」

「は?誰だっていうのよ?」

「お前だ。おめでとう。拍手してやる」

「……本当ににオープンカーで良かったわ。ハエ退治が楽ちんね」

 

 奇遇だな。俺も同じことを思ったよ。以心伝心ってやつか。これでまた仲良くなれたな。

 

 さて、車のエンジンもこの日差しに当てられて調子が上がる時分だが、そろそろ目的地へと着いてしまう。

 残念だ。近くに峠でもあれば、俺のドライビングテクニックを披露しながら、横の害獣も叩き出せると踏んでたんだがな。

 

「そろそろホテルに着くぞ。一生かけても普通じゃ見れない光景だ。目に焼き付けておけ」

「もしかして……あの高い建物のがそうだって言うの……?」

「その通りだ。四方が砂漠の田舎町には無い景色だろ?壮観だ」

 

 勿論のこと、快適さに手を抜くことはない。

 予約は最高級のスイートルームさ。ベッドもキングサイズで部屋にはバーカウンターが内蔵していて、大人の至福も兼ねている。

 

 余りにも娯楽に隙が無い。その分、飛んで行った金銭はとんでもないが、今の俺ならはした金だ。

 

「うっわ……プールまでついてる」

「セレブの休日にプールは当然だろ?ま、俺たちはビーチサイドまで貸し切りだが」

「もう羨望を通り越してドン引きだわ……豪遊ってこういうものなのね」

「お子ちゃまには分からないだろうな。十年早い」

 

 部屋の内装には黒見セリカも絶句といった表情を呈す。

 生意気な女の面が崩れる瞬間こそ待っていたんだ。散々、舐められていたからな。こういう時にしっかりと立場を弁えさせるのが大事だ。

 

 それにしても、流石、一泊七桁の最高級スイートだ。

 全てにおいて質が高い。バーの酒のラインナップにすら抜かりが無いんだ。夜は一人、しっぽりと月見酒も風情だ。

 昼間でも、甘いカクテルに潮の香を織り交ぜてみるのもいい。暑さも忘れるほどに爽快だろう。

 

「さあ……セリカ、水着は忘れてないだろうな。早速、ビーチを堪能しようか」

「当たり前でしょ。こんな機会、最後かもしれないんだから!」

「いい意気込みだ。その気概があれば倍で楽しめる」

 

 因みに俺はもう着用済みだ。既にバカンスに浮かれているのは内緒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都会に上る太陽は、あんなにも鬱陶しいモノだっていうのに。何故、白い砂浜の上空に鎮座している時は、清々しく感じるのだろうか。

 まるで別人のような性質だ。強い日光も、ビーチの雰囲気とのコンビネーションで最高に気分が上がる。

 

 半身を曝け出し、全力で陽を抱きしめる。

 パラソルは邪道だ。それはお天道様の好意を無碍にしている。そいつは許せない。

 

 ああ、日焼け止めなら塗っている。日焼けは人を選ぶからな。

 

 透明のグラスにブルーハワイと氷のブロック。少し空に掲げれば、サファイヤのように美しい。

 

 まるで浄化されるようだ。罪悪感も何もかもどうでもよくなる。

 

「どうだセリカ?このビーチの味わいは……最高だろ?」

「ええ、最高ね。天にも昇る気分……」

「気が合うな。俺も、今は亡き家族に天国へ誘われてると思ってたところ。気が付いたら、頭の上にもう一つ輪っかでも浮かんでそうだ」

「そのまま界王星で修行してきてちょうだい。その間、お金は預かって置くわ」

「一年後に戦闘民族が攻めてくるなら考える」

 

 セリカの生意気な物言いを交えながら炉辺話。それすらも小気味よく感じられるんだから、バカンスの麻薬は恐ろしい。

 

 最早、慣れたやり取りだった。顔を合わせてから全く変わってない。

 良くも悪くも日常だと思える。随分、絆されたものだな。この俺も。

 

 横目に寝そべるセリカも満足そうに溶けていた。ご満悦な表情も見えて、誘った側としてはこれ以上なく嬉しいよ。

 

 それにしても、コイツのプロポーションって、存外に引き締まってるな。

 

「セリカ……お前、意外に胸あるんだな」

「それ、アビドスの皆にも言われた。制服着てる時よりも凹凸がって……」

「悪いが俺もその意見に共感できる。もう少し慎ましやかだと思ってたんだが……その体ならもっと稼げる道もある」

「お断りよ。私ってロマンチストなの。抱かれるなら、愛した男に抱かれたいわ」

「恋に恋するお年頃か……若いな、ホント。直ぐにでも、そんな世迷い事は言えなくなる」

 

 案外、乙女な恋愛観を持っているらしい。

 バイトでコツコツと金を溜めていたからな。現実的な視点も備わっていると思っていたが、よく考えれば九億の借金なんてアルバイトで返せるわけもなかった。

 

 夢見がちな少女。童話のヒロインなら可愛いものだが、セリカはそんなキャラじゃない。

 シンデレラの役は、コイツの性格とは対極だろう。想像するだけで、胃の中から俺のブルーハワイが口から溢れてしまいそうだ。

 

「失礼なこと考えてない?別に、本気でそう思ってるわけじゃないわよ。ただの願望」

「二十歳を超えれば、そんな願望も投げ飛ばすことになる。ヴァージンだけは最低限、捨てておけ」

「そんな相手、キヴォトスに居ると思う?マシン相手なんてオナニーと一緒よ」

「うってつけが居るだろう。先生はきっと上手いぞ。痛みなんて忘れて絶頂できる」

「好みじゃないわ。もっと男らしい人が良い」

 

 コイツ、欲張りだな。

 初めてこそ拘る感性、そいつは行き遅れの背景の定番だ。

 童貞と処女だけは、どんな化け物が相手でも捨てるべきだ。エイリアンでも身体を許せ。それでも見える世界は変わるもんだ。

 

 って、俺は休日になんて下世話をしているんだ。

 高校生相手にこれは酷いな。しかもピカピカの一年生だ。後で訴えられたら社会的に殺される。戦場どころか法廷でも負かされてしまう。

 

 やめよう。別段、口説きたいわけでも、女子高生の性事情を知りたい好奇心もない。

 

「ねえ、アンタは……レンは彼女とか、居ないの?」

「今までの俺を見て、ソイツを勘繰ってるならお前は阿保だ」

「でしょうね。居る訳ないと思ってた」

「思ってて聞くなよ。俺は火遊びが好きなんだ。短い線香花火とか」

「……ああ、そう。一夜限りってことね」

 

 クロスレンジのカウンターでも決めてくるように、今度はあっちからの探り。

 

 良い筋してるよ。見事にクリティカルだ。

 偉そうに説法した手前、俺だって自慢できる性経験はない。どうせ在り来たりなワンナイトが主さ。

 頑張っても三流落語の前座くらいさ。プリクラでもカバーできない不細工な歴史だよ。

 

 何が面白くて聞いてきたんだか。そういう恋バナってのは、修学旅行が本舞台だろうが。

 

「元カノ、とかは?」

「居ない、ていうか作らない。いつ死んだって可笑しくない仕事だからな」

「ふーん……ヘイローがあるから、そう簡単には死なないと思うけど」

「ヘイローを度外視して殺す方法なんて幾つもある。今度、山海経に行ってみようか。少なくても五つは学べる」

「山海経をどんな魔境だと思ってるのよ……」

 

 残念ながら、あそこは本当に魔境なのさ。

 何せ、マフィアが台頭し、執政や行政にまで加担しているからな。少し、奥底の商店街に赴けば、行方不明者の三割はホルマリンの中に沈む姿が拝めるだろう。

 

 何なら、ブラックマーケットでも出張代理店と出会える。

 カイザーの銀行を目当てに足を運んだことがあるらしいが、もしかしたら肌色の濃い達磨ともすれ違ってた可能性も十分だ。

 

「ふーん。でも、そう……居ないんだ、ガールフレンド」

「嬉々とするなよ。海に沈めるぞ」

「そうなったら道ずれにするから安心して」

「フン……やれるものなら、な」

 

 ちょっとばかし吊り上がった口角が癇に障るな。

 結婚適齢期にはまだ早いと思うが。そんなに俺の無様が滑稽かよ、クソガキ。

 

 まあ、こんな鬱憤も湧き上がる傍から、太陽の輝きが全て吹き飛ばしてくれる。

 追い打ちをかけるように、口の中に広がるブルーハワイの甘みがより幸福感を底上げしてくれる。

 

 ガールフレンドが居ないと言った舌の根も乾いてないが、俺の恋人はこのビーチそのものだな。

 

「にしても、海で遊ばないのか?今なら人目を憚らずに騒げるぞ?」

「また明日ね……最近は色々あってちょっと疲れてたから」

「……そりゃ、悪いことをしたな。まあ、今日で十分に気晴らししてくれよ」

「そうね……って今日?それを言うならこの旅行で、でしょ」

「ああ、言ってなかったか……貸し切りなのは今日一日だけだ。それ以上は流石に出費が痛い」

「アンタ、妙な所でケチ臭いわね」

 

 文句を言うな。連日の占有は流石にキツい。

 コイツは世界中のセレブから引っ張りだこなんだ。とても金がかかる奴だよ。

 

 だから、独占できても一日が最高だ。結局、ワンナイト終わる関係だったって話。

 

 やっぱり恋愛は向いてないな、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜に浮かぶ淡い光を浴びながら、優雅にプールに浮かぶのもまたいいものだな。

 

 これが流行中のナイトプールか。半ば馬鹿にしていた節もあったが、これはこれで安らぐ。

 月明りと間接照明が、水面に移って幻想的だ。人工でも中々、見所が満載な光景だった。

 

 それに、ここなら前日貸し切りのようなものさ。

 宿泊中ならいつだって、浮き輪や玩具ではしゃぐことだって夢じゃない。

 

 この時期の夜は少し肌寒いかと懸念もあったが、白昼の熱気が見事な置き土産の役割を果たしてくれた。

 陽が沈んでも、蒸し暑さは健在で、プールの水も程よく身体を冷やしてくれてる。

 

 夜空を仰げば、星々の群体。

 雲一つない快晴だったからか、輪郭もはっきりと陸離している。都会の蛍光灯に凌駕されないように、目一杯の輝きを魅せてくれる。

 

 これもまた、夜だからこその醍醐味か。

 

「私、ナイトプールって初めてだったんだけど……結構、いいものね!」

「同感だ。プールなんて水泳のためだけにあるものなんて偏見が、今、取っ払われたよ」

「ごめん。それは流石にない。あんまり共感しないでくれない?」

「猫でも犬かきが出来るのか、少し実験したくなってきたな……」

「ちょっと!何すんのよ!!」

 

 黒見セリカは猫らしく夜行性なのか。野次の饒舌さも昼間より磨きがある。

 カクテルを呷っているからか、軽い冗談も少し真に受けてしまった。

 

 当然だが、黒見セリカはノンアルコールのカクテルだ。王道のシンデレラを作ってやったら大層、喜んでいたよ。

 

 まるで本当に酒でも入れたのかって程に、テンションが跳ね上がっているが。若気の至りも大事だろう。

 

「しかし、夜には蠱惑的な美しさがあるな……詩人が詠みたくなるのも分かる」

「何よ急に……でも、そうね。怖いところもあるけれど、それがまた風情よね」

「あんまり背伸びするなよ?足を攣るぞ?」

「レン?犬かきのお手本でも見せて頂戴?」

「待て、落ち着こうか。やっぱり話せば分かり合えそうだ」

 

 貴重なロングアイランドアイスティーが零れるだろう。折角、高い酒で作った渾身の出来なんだから、乱暴は止めてくれ。

 

 再び、浮き輪のバランスを掴みながら、どうにか死守したカクテルを呷る。

 ああ、甘すぎないストレートな旨味が最高だ。つまみの一品でもあれば更に高得点だが、今は隣のじゃじゃ馬のご満悦な顔で妥協してやろう。

 

「あれ、レン。ケータイ鳴ってるわよ?」

「あ?……先生からだな。もしもし?」

『や、セリカとレン。バカンスはどうかな?』

 

 急に連絡を寄越したと思えば、近況報告か。

 生徒を想う先生の行動と言えば美徳だが、何も休日まで干渉しなくてもいいだろう。

 悪い男に引っかからないかって心配なら無用だ。既に俺って言う毒牙にかかってる最中だ。

 

 だが、並んでいた顔ぶれから、ただの近況報告ではないってことが察せられる。

 

 ビデオ通話の為か、相手の面子も軒並み映っているが、先生は勿論のこと、他にも見覚えのある顔がある。

 

「あっホシノ先輩!こんばんは!」

『こんばんわーセリカちゃん。どう?バカンスは楽しい?』

「はい!最高です!今度は先輩たちも一緒に海に行きましょう!」

『うへ~そうだね……それと、お兄さん。セリカちゃんには手を出さないでね?』

「安心しろ。ゴムは持ってないからな。いい夢見て寝てくれ」

「え……は!?」

 

 これは言葉の選択を間違えたな。かなり誤解を生む可能性を孕んだチョイスだった。

 悪い、アルコールの酔いで頭が働いてない。物事を深く推察するにも疲れるからか、考え無しな発言を零した。

 

 さて、こっから後輩思いのホルス様と、生徒思いの怪物先生相手に弁明できるのか。

 

『全然、安心できる要素が無いんだけど……私も今からそっちに行くね。一緒に味わいたいや』

「あー、語弊があった。具体的に言うならゴムすら使う機会がないほどに健全なんだ。だから銃を仕舞ってくれ」

『ふーん……もしセリカちゃんの貞操に何かあったら、一生後悔することになるから』

「ああ、絶対に手を出さないと誓おう。他ならないホルス様にな」

「え……」

「いやセリカ?何で少し気落ちしてるんだ?おーい?」

 

 ここでその表情は悪手だろう。間違いなく誑かしたと勘違いをされる。

 これは意地の悪い悪ノリか。それともそこはかとない意趣返しのつもりか。なら速やかに悪戯心を抑えてくれ。じゃなきゃ、このプールが赤色に輝くことになる。

 

「今のはセリカなりの冗談さ。全くユーモアセンスに溢れて、コメディアンの才能が光る。だから一旦、弾を込めるの止めないか?後ろの皆もさ」

『なら、お兄さんの落命もコメディだね。ドラマならワンシーズンは埋められる』

「俺の死に様で、か?無理だなそれは。これほど薄っぺらいものもない」

『まあいいや。それじゃセリカちゃん。何かされたら遠慮なく言ってね。直ぐに駆けつけて血の海も見せてあげる』

「あ、はい……」

「お前、可愛い後輩になんてもの見せようとしてんの?完全に18禁の絵面だろうが」

 

 あ、切れた。

 

 全く、勘弁してくれ。アドリブには滅法弱いんだ。プール上だっていうのに汗が止まらない。

 弾の装填に留まらず、トリガーに指までかけてたからな。手を出したら、偽りなく血の海でバカンスをすることになりそうだ。

 画面越しでも、弾丸が次元の壁を抜けてきそうな気迫だった。噂の4DXってのも、多分これのことだろう。

 

 というか、人の死をコメディに改悪しようと試みるなよ。嗤われてお陀仏なんて御免だ。

 

「はあ、気疲れした。今日は早めに……ってセリカ。お前のケータイにも着信が来てるぞ」

「え、あ、そうね!えっと……ヒフミからだ。なんだろ?」

「ヒフミ?」

「えっと、なんて言えばいいんだろ……共犯者っていうか、なんていうか」

 

 共犯者ね。そうか、そうだったのか。

 遂に、こちら側へ足を踏み入れてしまったのか。金がないなら俺に言えばよかったな。そしたら幾らでも貸していた。

 

 どうしたものだろう。この成長は喜ぶべきか悲しむべきか。

 

「いくら金が欲しくても闇バイトは止めておけよ?流行だがこの波には乗っちゃいけない」

「いや違うわよ!でもあれ?違わない、かも……」

「てことはパパ活か……なんだ、処女はとっくに失っていたのか」

「それだけは絶対にないから!」

 

 条件反射も斯くやという強い否定の言葉が飛ぶ。

 

 金欲しさに一度は挑戦したとも予想してたが。まあ、思考回路が徹頭徹尾まで花畑だから無理もない。

 それでも貞操が少し緩慢な俺からすると、一時間で2~3万は稼げるんだから、悪くない稼ぎ方だっていうのも一理あると思う。

 だが、理想の相手に初めてを、なんて戯言を宣う少女だ。セリカは決してしないだろうという安心感はある。

 

 最近はマーケット周辺に立ちんぼが多いからな。

 あまりにも類似品が多くて目障りなんだ。是非、先生が直接、改善してくれることを祈ろう。

 

「まあ、緊急でもなさそうだから。返事は明日にするわ」

「任せるよ。黒見セリカと仲良くできる奴は、俺と波長が合わなそうだから、どうでも」

「どういう意味か、一応聞いてもいい?」

「それも任せる」

 

 ああ言えばこう言う。煽る言葉の応酬は、結局、夜まで続いたな。

 心底、良くも悪くも変わらない日常が心地いい。この一語一句に依存しそうだ。

 

 近頃は、こうやってじゃれ合う相手も居なかった。

 寂しさはなかったが、誰かとの交わりを待ちわびていた自分もいたんだ。

 交わり方こそ複雑で、絡み合った電線のように反りも合わないが、それでも久しぶりに会話の楽しさを思い出せた。

 

 それだけで、今日のバケーションもお釣りが出る。

 

 今日は特別だ。隣の生粋のロマンチストに倣って、この日常が長続きすることを星々に願っておこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカンスは楽しかった?早速で悪いんだけど、仕事を頼みたくて……」

「……」

 

 やっぱりロマンスもスピリチュアルも信じるのは馬鹿らしい。

 何が、お釣りが出るだ。たった今、お釣りどころか一銭の価値も無くなった。直ぐにでもあの夜をなかったことにしたい。

 

 恨むぞ、黒見セリカ。

 

「現場がトリニティなんだけど……」

「それはベストタイミングだ。丁度、看板を畳もうと思ってた。他を当たれ」

 

 

 

 

 

 

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