悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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お久しぶりです。
執筆が久しぶり過ぎて、何もかも忘れてました。本調子に戻れるよう頑張ります。



悪い大人の仕事

 勘違いされたくないから釘を刺しておくが、俺は別に、仕事が好きって訳じゃない。

 

 ただ、ポリシーとして舞い込んだ仕事はキッチリと熟すこと。その信条になぞっているだけで、俺自身の性根は勤勉とは程遠い。

 仕事に貴賤が無いって言うのは、その通りだ。選り好みなんてしないし、報酬さえ相当なら、マグマの海でシンクロナイズドスイミングだってしてやる。

 

 でも、俺はロボットじゃないからな。組まれたプログラムを機械的に行うってのは無理だ。

 

 当然、好き嫌いはある。下衆外道で反吐が出そうな仕事だって、文句を垂れながらも最高の出来を維持してきた。

 モチベーションもパフォーマンスも、感情に左右されるから困る。幾つもの季節を、この看板と共にしてきた。どうしたって忌避する仕事にも立ち会うものさ。

 

 以前のアビドスの一件でも、クライマックスに走るまでの筋書きはとても芳しくない。

 得体の知れない黒い影の手のひらで、サンバでも踊らされてるかのような不気味さが犇々と。どこか物足りないよな、華が無い勝利だった。

 畢竟、これも望まない職務が故。ピンからキリまで仕事を寛容にする懐の広さが牙を剥く。

 

 だから、この仕事もいつもと同じ。不平不満も歯を食いしばって耐え忍びながら最高の商品を提供してやろう。

 

 ああ、けど一つ、俺には欠かせない信念があるんだ。

 

「補習授業部ね……まさかベビーシッターか。初体験だよ」

「ぜひよろしく頼むよ、レン」

「それもトリニティの生徒って。鼻につくじゃじゃ馬じゃなきゃいいけどな」

「大丈夫だよ。皆いい子だったから」

 

 アビドスの一連でも零したと思うが、俺は勝利って言葉の響きに滅法弱いんだ。

 心底、惚れていると言ったっていい。アリアナグランデよりも別嬪さんだ。あの甘美なテイストは麻薬なんて目じゃない。

 

 仕事においてもそれは変わらない。俺はただ一つの、完全無欠な勝利が欲しい。

 

 俺にとって勝利は絶対。どんな手段を用いても、過程が杜撰でも、俺が一人勝っていればそれでいい。

 そのための妥協はない。喜びのシェアなんてクソくらえだ。誰にも分けてやるつもりはない。

 だって、運動会の徒競走ならトップの独走が最も清々しいだろう。テストのスコアも周囲の人間と比べて高ければ喜ぶ。

 

 その精神と何も変わらない。特別なことは何もない。俺はそういう栄誉が欲しいんだ。

 

 相手が誰であろうと、俺は勝って見せる。それが俺のポリシーで魂だ。

 卑怯、邪道、狡猾、猪口才。そんな文句も上等だ。俺には誉のファンファーレにしか聞こえないな。花吹雪も散ってる。

 

 何せ俺は悪い大人だ。弱者をとことんまで、こき下ろすのが相場だ。文句を言うなら俺の育て親に言いつけてくれ。

 

 さて、今回はどうやって俺のビクトリーロードを描いてみようか。

 

「で、具体的に俺は何をすればいいんだ?指先をチョークで汚すのは御免だぞ?」

「そうだね……基本的に私のサポートをして欲しいかな。ちょっと人手が足りなそうでね」

「ったく、バカンスを満喫した後にこれか……不良の更生までお手伝いなんて大変だな、先生」

「これも先生としての義務さ。大変だけど楽しいよ」

「まあ、俺は何でもいい。報酬さえ耳を揃えればな」

 

 バケーションの余韻に浸る脳内。思考回路は見事に弛緩している。

 これじゃ算数すらできやしない。活字の一つでも観たら頭痛で頭が割れそうだ。頭痛薬でも買っておこう。

 

 だから俺は教導者になんて向いてないんだ。

 この仕事内容じゃ、碌に利益も期待できない。ひたすら辟易する時間に割を食う羽目になる。

 果たして、適材適所って言葉を知ってるのかコイツは。俺よりもあの、アビドスのメンヘラホルスの方がまだ向いてるよ。

 

 こんな真っ当な仕事も久方ぶり。

 これまでは、汚れ仕事が凡その割合を占めていたから新鮮な気分だ。でも、気分は下降する一方さ。

 

 これが、ただの家庭教師の真似事ならまだ良かった。それなら別段、恙なく熟せる。

 

 でも、肝心なのは教鞭を振るう相手だ。

 先生によればトリニティ総合学園の生徒らしい。誰が好き好んでビリギャルをやりたがるんだ。教え子がスーサイドスクワッドの面々なんて冗談でも言っちゃいけない。

 

 トリニティと言えば、言わずと知れた屈指のマンモス校。多数の学校が合併してできたその規模は、五本の指に入る。

 紡がれた歴史も分厚いようで、たどれば映画一本にも収まらないだろう。

 

 そして、俺との因縁もまた、浅くはない。

 

「ホント、気が乗らないな。教養は期待するなよ?特に道徳とか」

「安心して。元から期待してないから。レンは、ただのお手伝いだよ」

「いいね。その感じでこれからも頼むよ。戦力外であった方が楽に済む」

 

 生徒ってのは、所属する学校の校風や空気感に性格が左右される傾向にある。

 自由を愛するゲヘナなら破天荒が多い。ミレニアムなら偏屈な奴をよく見かける。ならトリニティはどうだろうか。

 

 トリニティの生徒ってのは総じて、性格が芯まで腐り落ちて救いようがない。

 阿漕な政に、他人を蹴落とすことに特化した思考パターン。他人の傷を慮るどころか塩をもみ込む所業を平然と行う。

 自分第一主義者の自己中が大概さ。まさに吐き気を催す邪悪ってやつだ。俺は身に染みてその事実を知ってる。

 

 そこに賢さだったり、カリスマがあれば時で求められそうだが、生憎なことに全員バカだ。

 赤の女王なんて器じゃない。イモータンジョーなんて冗句でも笑えない。救えないモブで馬鹿で妙に狡猾な奴原。

 

 まあ、言い換えれば扱いやすいんだが。

 

 しかし、俺が相手をするのは、その学校でも指折りの不良児どもだ。

 全く、何をされるか堪らない。命は一つで足りるかどうか。緑のキノコも転がってないし、これならまだ誰かを殺せ犯せの荒事の方が気軽に臨める。

 

 口許に運んだホットコーヒーの水面が、溜息で揺れる。

 仄かな香ばしさと、昨日までの楽しい思い出だけが今の憩いだ。なんてついてない。

 

 それにしても、シャーレのコーヒーは旨いな。豆も焙煎できるなんて、隙が無い男だよ。

 

「そういえば、何で補習授業部の顧問を任されてるんだ?トリニティと繋がりなんてあったか?」

「あー、私も急に頼まれてね。深い関りはないけど、彼女が活躍を評価してくれたみたいだ」

「……彼女?」

「うん。ナギサ……桐藤ナギサから直接、お願いされたんだ」

「桐藤……それってまさかとは思うが、ティーパーティの一人の―」

「そうだよ」

 

 ああ、これは本格的に頭痛薬の購入が検討できそうだ。

 よりにもよって、エデン条約締結間近の、敏感なティーパーティとの接触が背景だったのかよ。

 

 それは藪をつついて蛇を出す愚行。ベノムの前でスパイダーマンのファンを名乗り上げるようなもの。

 

 絶対王政の縮図を敷くトリニティは、基本的に王権に従順だ。

 君主をティーパーティとして、誰もその権威に逆らうことなく、執政に不平を漏らすこともない。

 だから、このエデン条約の決定も、ティーパーティの総意として押し切られたものだった。

 

 だが、それは飽くまで、ティーパーティの意志だった。決して、トリニティ全体が希う平和じゃない。

 

 忌み嫌うゲヘナとの和解なんて鳥肌が立つと、不満は相当に溜まっているだろう。

 まさに一触即発の空気さ。あの白くドレスチックな制服も、調印式が迫る度に赤色へと変わっていく。ハリウッドもびっくりの過激なイメチェンだ。

 

 あちらこちらと不穏な空気、延いては既に火の粉すら燻ぶる現今のトリニティ。好き好んで赴こうとはならないな。

 ティーパーティも何故、ここまで双方の平和を望むのか。アイツ等は自分の王国でデスゲームでもご所望か?なら、いい趣味してるよ、最高だ。

 

 能天気な先生と言えば、張り切って教材を搔き集める始末。巻き込まれる身にもなってくれ。

 

 嫌な予感はよく当たるって格言を、人類で最初に吐いた奴は偉大だよ。まさにその通りだ。

 先生が絡む大抵の出来事は、事象から事件へと様変わりする。刻まれるのは思い出よりもトラウマだ。

 

 薄々、嫌な予感はしていたんだ。先生からの直々の頼み事なんて滅多にない。

 着信画面を見た時は悪寒が走ったよ。浅黄のとっておきを真面に食らうよりも恐怖を感じる。

 

 分かりやすい伏線だ。まるで背伸びをして空回るC級ホラー。死霊のはらわたの方が見どころ満載だよ。

 

 はあ、念には念を入れてナイフは研いでおいた方が良さそうか。

 刃物が必要になる家庭教師のアルバイトも、世界で類を見ないだろうな。不本意なレコードだ。こっちの方が映画を一本作れるストーリーだろうさ。

 

「じゃあ早速、トリニティに行こうか」

「少し落ち着けよ。まだ承諾はしてない。先ずは報酬を……」

「……ああ、忘れていたよ。このくらいの額でどうかな?」

「お、おお……まじ?」

「まじ」

 

 おいおい。この桁数は、天文学か何かか。

 こんなにもゼロが雁首揃えて横並び。どんな風景よりも壮観だ。

 

 流石、連邦生徒会の懐だな。砂漠とは縁もない温暖湿潤気候。予想外のへそくりだよ、このやりくり上手め。

 そして太っ腹でもある。こんなお飯事に大金をはたく余裕があるなんて仰天さ。億万長者になった今でも、その心のゆとりは実現できない。

 

 ま、まあ、面倒な仕事でも、分相応な報酬が用意されてるなら受けるしかないな。うん、実にその通り。

 

 決して、お金に目が眩んだなんて情けない事実は無いぞ。

 でも、貰えるものは何でも貰って、貰えないものまで奪取する主義だ。今ならトニースターク並みのスマートが発揮できる気がする。

 

「さっさと準備しろ。トリニティまでノンストップだ」

「文字通り現金だね……」

 

 心なしか俺のマセラティのエンジンもより溌溂だ。唸り上げる音色も半音高い気がするよ。

 

「じゃあ隣、失礼するよ……あ、言い忘れてたけど」

「何だ?今更、報酬を減らして欲しい、なんて要望は聞き入れないぞ。ゼロを増やすなら歓迎だが」

「先ずは、私の依頼主に挨拶しなきゃいけないんだ。ほら、さっきのナギサにね」

「……悪いがよく聞こえなかった。風が言葉を攫って行ったらしい。もう一度、いいか?」

 

 ああ、本当に聞こえないな。鼓膜が声を拾うのを拒否してる。

 俺に都合の悪い言葉をシャットアウトする脳みそのセキュリティは優秀だ。映画内の国家機密もこれくらい頑丈に守られてたらいいんだが。

 

 ま、多分、恐らく、何かの間違いだろう。思わず舌が暴れ回って嚙んじゃったみたいな、お茶目なミスだろうなきっと。

 

「えっと……まず最初に、ナギサと会って話をしないといけないんだ。本人からの要望でね」

「行先は変更だ。海が良く見える崖とかどうだ?一緒に大海原を冒険しよう。ジャックスパロウみたいにさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乗せられるがままにあれよあれよと車を走らせて、流転する景色の中。ようやく着いた場所は、最も忌避すべき門の前だ。

 

 正直、ハンドルを握る俺は気が気じゃなかった。直ぐにでも外方にハンドルを切り、海どころか大地へ帰る覚悟はしてたんだが。

 まあ、乗りかかった船だ。不本意な乗船に加えて、悪意のある波に舵も攫われた沈没船だけど。それでも、途中でリタイアは俺らしくもない。

 

 これも仕事の一部というなら、割り切れる。いや、やっぱり断言するのは少し早計かもしれない。普通に顔も合わせたくない。

 

 当然だ。ただでさえ年がら年中、どこかしら臭う空間に、焦げ臭さまでミキシングされたオマケつき。そろそろ鼻が捥げるのも時間の問題さ。

 この邂逅が、後生に活かされる場面があるとは、到底思えない。というか活かされてたまるか。どうせ謀を敷くためのマリオネットが精々だろう。

 

 そこまで直接的でもないが、トリニティとは少し、何かと因縁が深いんだ。やり口だって、そこらの生徒よりも知り尽くしてる。腹に抱えた一物だって例に漏れない。

 それがただの野良貴族だったら、適当に嘯いてシャッターを下ろすところだが、生憎とゲストはティーパーティの首そのもの。いや、ゲストは俺の方だが。

 

 どうやっても、一筋縄じゃいかない。これでエデン条約関係にまで出張る伏線になるっていうなら、その時はもう散々暴れてやる。アビドスが可愛く思えるほどに散々とな。

 

「予め話は通しておいたから、まあ……頑張って?」

「仮にも自分の生徒とこれから話そうって時に、叱咤激励って……認識が酷くないか?」

「まあ、彼女とのお話は、うん……ほんの少しカロリーを使うから、さ」

「会話にカロリー使うってなんだよ。演劇でもやってんのか。お嬢様らしく」

 

 まあ、演じると言えば、それもそれで的を射る表現か。

 ハリウッドも是非に欲しがる、一級品の体のいい鉄仮面が並ぶ場だ。特に、権力の強い名門生まれじゃ、そろばんと一緒に人の騙し方まで教える英才教育の成果。

 

 それを、この身をもって実際に味わえるなんて本当に光栄さ。あまりの誉に昇天してしまいそうだよ。天使の羽がもう見えてきた。これ、幻覚か。

 

 取り敢えず、デリケートな話題は避けよう。迂回に迂回して話の流れも遠回り。炉辺話を繋ぎにした中身が伽藍洞のハンバーグを捏ねりまくろう。

 

「じゃあ、私は先に部活の方に顔を出してくるから」

「そうか。俺も後から追いつくよ。心身ともに健康だったらの話だが」

 

 他の普遍的な教室の扉とは、装飾も材質も、漂わせる雰囲気も全く異なる。特別だと一目でわかる、自己主張の激しい扉だな。

 

 このテーブルに着くときスタンスは唯一。気怠そうに、覇気のない冴えない男。相手が自分の得意な演目で来るなら、いいじゃないか乗ってやるよ。俺もクロスカウンターでアクターになり切って見せよう。

 限りになく足手まといだと認識させることが肝心さ。所詮は先生の腰巾着で、プリント配りぐらいしか能がない阿保だとな。

 

 行動の読めないダークホース。そしてそれが空前の馬鹿ともなれば、出来るだけ関わらせたくないと思うはずだ。

 

 さて、貴族様は乗馬が趣味だとよく聞くが、俺を卸しきれるか見物だな。とんだじゃじゃ馬だぞ。

 

「失礼する。先生の紹介で来た秤レンだが……」

「どうぞ、入ってください……お待ちしておりました。秤さん」

「ああ、俺も待ち遠しくて胸が高鳴ってるよ。ついハンドルを握る手も踊っちまった」

「それは嬉しいお言葉ですね。ああ、そちらにお掛けください」

 

 入念に手入れされたフカフカの椅子。有体に言って最高の座り心地だ。どこで売ってるんだこんな椅子。これじゃヨギボーの企業努力も泡沫だな。

 

 家具業界に喧嘩を売るような心地から、更に気が抜けるのは眼前に差し出された淹れたての紅茶の香りの所為だろうか。

 レベルの高いもてなしは、流石、名門の看板背負ってるだけはある。どんな外様でも客という一個体である限り手抜きはない。

 お陰で、気張ってた心構えも何もかも腑抜けそうだ。椅子と紅茶だけでリラクゼーションの実現なんて、もう一つの商いでも始めたらいいんじゃないか。その位の質だよこれ。

 

「それは嬉しいお言葉ですね。実際に、そういった商売も既に視野に入れていましたから」

「そうか。俺は言葉は何一つ発してない気がするが……まあ、いいか」

「では、先ずは自己紹介を。トリニティ総合学園、ティーパーティの桐藤ナギサです。補習授業部への貢献、感謝します。傭兵、秤レンさん」

 

 事前情報は織り込み済みか。先生の口伝かは知らないが、話が早いのは嫌いじゃない。

 自己紹介の手間を省き、会話のテンポが上がる。直ちに本題へ切り込めるってのはストレスが無くて助かるよ。あんまり長居すると、トリニティの陰険さが移って堪らないからな。

 

 しかし、どこまで聞いているのか。流石に、アビドスの一件すらも仔細まで語り尽くす暇はない。どれだけ努力したって、ダイジェストが精一杯の筈だ。

 出来れば素性は明かしたくない。特に職業柄が割れれば、使い勝手のいい雑用を見つけたと碌でもない結末が待っているのは言うまでもないからな。

 

「それで、傭兵家業の方は順調でしょうか?」

「……流石に優等生だな。予習までしっかりと熟してくる。戦慄だよ」

「下調べは基本ですよ。特に謎めいた部外者相手などは……と言っても、これは先生が教えて下さった訳ではなく、私の独断専行によるものですので」

「そりゃそうだ。生徒のお手本がプライバシー度外視なんて目も当てられない」

 

 口先だけは飄々を繕うものの、内心じゃ中々、稀な焦燥が巣食っている。

 この調子じゃ、俺の仕事に対する信条なんかも、どこからか入れ知恵されてそうだな。便利に利用されそうな、きな臭さがぷんぷんと。奇抜な紅茶の香りだったら良かったんだが。

 

 どうやら一縷の希望も息絶えた。だって、手元に持ってきた紅茶はこんなにも穏やかに香ばしい。だが、その高級感も現状じゃあまり望ましくないのが傷だな。

 

 にしても、何処のルートから仕入れたんだよ、こんな情報。俺は確かに珍妙だが、図鑑に載るオファーは来たことない。ファッション雑誌なら論じるまでもない。

 思春期を拗らせてスパイの物真似、にしては随分と良い腕前をしてる。児戯だって侮ってた俺も迂闊だったよ。

 

「さて、秤さんは補習授業部の活動を支えたいということですが……先ずは補習授業部というものがどういうものか、ご存じですか?」

「ざっくりと聞いた。要するにトリニティの掃き溜めだろ?」

「えーっと……表現は限りなく最悪ですが、まあ、その通りです」

 

 苦笑いを湛えながら、桐藤ナギサは渋々と肯定する。

 掃き溜めという表現にも、どこか思い当たる節があるんだろう。特にこの時期での不良児なんて地雷も同然。扱いも困る。

 けれど、不当に排斥して処理することも出来ないから、力技で一絡げにして見せた。そんなところが妥当か。そもそも、トリニティ自体が肥溜めみたいなものだが。

 

 そりゃ、文句の一つでも吐きたくなる。これでゲヘナと揉め事でも起こしたら、密かな野望も白紙だ。だから部活動にシャーレの先生を充てることで、監視の目の役割を期待しているんだろうな。狡い奴め。

 

「まあ、この時期に明らか様な対応だな。いじめの扇動は褒められない」

「背に腹は代えられない、ということです。不安要素が生まれるのならば、都度、一纏めに拘束してしまえばいい。それに……」

「?」

「補習授業部を結成したのは、そういった軋轢の可能性を危惧する他に……スパイの存在も排除するためです」

「スパイ?エデン条約絡み、のか?」

「ええ。このトリニティの中に、エデン条約を破棄しようと行動するスパイがいると考えています」

 

 エデン条約を棄却しようと企む人間か。確かに居るだろうな。そこかしこに満遍なく。

 

 ゲヘナとの友好なんて、本来の関係値のままなら望む奴らなんて、そう居る筈もない。

 自尊心だけは肥え太った、サイヤ人の王子もびっくりな自信家のトリニティだ。見下し忌み嫌ってた学園と明日から肩を組んで仲良しこよし、なんて出来る訳がない。

 昨日の敵は今日の友、なんて所業が実現できるのは週刊誌のヒーローくらいさ。そんな高尚な魂、肥溜めに埋まってるわけない。

 

 だが、口だけの虚勢じゃなく、実行に移す奴がいるって話だ。

 部外者からすれば、該当しそうな奴なんてどこにでも居そうだがな。実際に統治している側から見たら、ある程度推測も可能なのか。

 

 そして、そのスパイ候補が補習授業部の面子ってことね。

 

「結局、分かりやすい。これじゃ、スパイに対して怪しんでるぞって宣言してるようなものさ」

「それでも、何もしないよりは得策でしょう。状況の変化を恐れて何もしないのは、最も愚かです」

「そうだな……」

 

 正直、鬱屈だ。エデン条約という爆弾を抱えた状態のトリニティから、シャーレへのアプローチを仕掛けた。この時点で既に臭ってた。

 そして案の定、貧乏くじを引き当てた訳だ。こうなるなら朝の占いでラッキーアイテムを確認しておくべきだった。天気を確認して電源を切ったことが悔やまれるな。

 

 ただのプリント配りの予定だったんだが。今じゃそれすらも億劫になってる。やっぱ、あの先生は疫病神だな。決定だ。

 

 ブルーな気分が胸に燻ぶる。もう紅茶の味も真面に分からないほどに、心の余裕が蝕まれてる。

 シャーレ延いては連邦生徒会に対しての恨みつらみを胸中でしたためながら、この一件の因子の桐藤ナギサを睨んでみた。

 

 するとやけに機嫌が良い。鼻歌でも一曲、お披露目しそうな微笑を作ってる。口許に運ぶティーカップだって、心なしか踊ってるみたいだ。

 よし、やっぱりコイツの性根も立派にトリニティだ。人の気持ちとか諸々斟酌しない性質とか特段な。この仕打ちにも特大の返礼を用意してやるよ。

 

 このまま気取ったクラシックでも口ずさむかと思えば、桐藤は口を開いて確かな言葉を紡いだ。

 

「ということで、アビドスの一件の活躍、その手腕を見込んで秤さんに依頼があります」

「うっわ……」

 

 何を宣うかと思えば、いきなり死の宣告をされたな。

 どうやら、とうとう俺の下にも天使が迎えに来たらしい。成程、背中の立派な翼はそういうことか。合点だ。

 しかし、そんな純白の翼とは裏腹に不愉快な笑み。悪魔が愉悦に嗤うような醜悪なニヤけ面、最悪だよ。銀の銃弾とコルトを買っておくんだった。

 

 何より悪質なのが、仕事として依頼してきている点だ。このやり口は、俺の釣り方ってやつを熟知している。

 仕事に貴賤はなく、どんな汚れに塗れたって完遂させる。それを謳い文句に、俺はこの看板をぶら下げているんだ。仕事とあれば無暗に断れない。

 全く洗練された身振り手振りとは違って、品性の欠片もない手法だ。それも自然な流れで惚れ惚れする腕前。おめでとう、順調に憧れの大人への階段を上ってる。今や地獄のカイザーコーポレーション理事とも気が合いそうだ。

 

 内容こそ把握していないが、補習授業部作成の真意を聞き及ばせてからの吐露だ。どう推測したって碌でもない。

 きっと下らない桐藤ナギサの性悪な悪戯に駆り出される。監視の目を一つ増やしながら、生徒全体の味方に徹する先生じゃ持ちえない利便性を俺に見出した。

 

 スパイにはスパイを、なんて古臭い報復理論だろう。思考の鮮度が三千年遅い。

 まるでクロスカウンターのごとき手の打ち方だ。これじゃもう、どっちが悪役なのか分からないまま。いや、どっちも別口の悪ってところかな。

 

「参ったな。嫌な予感はよく当たるんだが……一応、内容を聞いておこうか」

「仕事は至極単純。補習授業部内に潜入し彼女らの監視。それと、ちょっとした工作も手伝っていただきましょうか」

「工作ね……そいつは僥倖だったな。得意分野だよ」

 

 結局、任されるのはこういう役柄さ。

 裏でこそこそと暗躍して、主役が歩く覇道の華やかさにスパイスを加えるだけの噛ませ犬を求められる。アビドスの時の二の舞だな。

 こんな熱烈なアンコールなら、応えてやるのも人気者の義務。全く、厚いパトロンに囲まれて嬉しい限りだよ。

 

 まあ、分かってはいたが、やっぱ先生とは袂を別つことになるのか。

 元から馬が合う訳じゃなかった。馴染み深い様相の大人が唯一だったから会話も回るだけで、親しみなんて微塵もないさ。

 けれど、ここまで敵役に回ることになると、何か運命の作為的な悪戯をも思わせる。

 

 先生はきっと、補習授業部の味方になる。あれは徹頭徹尾で弱者の味方だ。とても模範的な強きを挫くヒーローの姿を成してる。

 あれが、ロールプレイじゃないってのが本当に薄気味悪いよ。以前も言及したが、あの生き様は俺には到底、理解できない。ヒーローはフィクションだからこそ楽しめるってことだ。

 

「ま、お嬢様のご用命とあれば断れないな。その分、報酬は弾んでくれよ?」

「勿論、貴方が望む額を満額で用意しましょう。希望があれば別途で資金援助も喜んで」

「はは、羽振りがいいねぇ。流石、キヴォトスが誇るセレブ」

 

 もう慣れたものさ。こういう役回りも。幾年のキャリアがまた火を吹く。

 幼気な子どもを騙す、悪い大人の教科書を実技学習で学んでもらうだけの簡単お仕事。猿でもできるな。

 これで大金すら手に入るんだから役得だよ。是非、キヴォトスの街は汚いままでいて欲しいものだ。

 

 さて、ここからどう一人勝ちのシナリオを描き上げていこうか。それが肝心になる。

 既にお誂え向きな舞台は整ってあるらしい。エデン条約なんていう、如何にも劇的な筋書きが揃ってるんだ。蛇足は加えないように。スターウォーズのエピソード6みたいなのは御免だ。

 

 しかし、エンディングは決まっている。常套に、俺の独り勝ちって幕引きだよ。

 

「では、契約成立ということで……連絡用にモモトークを交換しておきましょう」

「はいはい、仰せのままに。あと、名簿は持っているか?事前に軽い情報は把握しておきたい」

「ええ、ここに一式」

「準備が良いな。その有能さに惚れそうだ。嬢ちゃん、婿に興味はあるか?」

「ふふ。申し訳ございません。私は未だ、花嫁修業の身ですので」

 

 品がある躱し方。身の振り方も一流か。

 容姿だって整っているから、数多の男が集ったことだろう。経験値がある身のこなしだ。

 跪く雄をせせら笑い見下ろす振る舞いが目に浮かぶ。これは、疑わしきを罰する、身内にも容赦ない冷血さが第一印象として強くこびり付いてるのか。

 

「じゃあ、先生を待たせているんだ。お暇させてもらう」

「……健闘を祈ります」

「こちらこそ、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無駄に長い廊下を歩いていく。トリニティが誇る校舎は、余りにも広大だ。

 そして、その入り組んだ難解な造りは迷宮にも錯覚できる。その複雑さも、積み上がった歴史の味。

 

 左右の壁面まで隈なく絢爛華美に仕上がっている。視界は端まで煌びやかだ。埃の一抹も舞ってない。

 権力、資産、偉大さ、どれもを誇るためだけの飾りつけ。圧巻だがしつこいな。濃厚な豚骨ラーメンよりも胃もたれしそうだ。この味わいにも飽きが来る。

 右も左もキラキラと、金の光沢。見てくれは良くても下品な意匠だ。鼻につく。

 

 だが、それももう終わるだろう。

 確かこの辺に、補習授業部の活動場所があった筈だが。

 

「……ここだな」

 

 冷凍食品みたく手軽に即席で形作った部活動だ。正式な手続きも審査も取っ払っての急拵え。インスタント特有の粗はある。

 看板だってない。何の変哲もない教室の一つ。正しく偶々、使われていない教室があり屯しているという構図だろうな。

 それに、活動内容も特別なことはない。ただ只管にペンを走らせて、知識を蓄えて、試験で吐き出せばいいだけ。

 

 それをクラブ活動として成立させなきゃ、碌にできもしない阿呆の集まりって言うんだから不安だ。

 ビリギャルなんて文化はもう廃れてる。お馬鹿なキャラにも限度があるんだ。過ぎると憎いだけ。それと可愛らしい茶目っ気も要るな。

 

 何度も横目に過った木製の扉。艶やかな茶色に、走る木目が美しい。

 いけ好かない性だったらどうしてしまおうか。桐藤の意向に先んじて、現世からも排除してしまうかもしれないな。ナイフも良く研いでおこう。

 

 ま、取り敢えずは、補習授業部の実態を咀嚼してからだな。生かすも殺すも、俺の勝利への懸け橋になり得るか否か。

 それについても、先生と懇意にしているって状態から、既に分かりきった話だが。馬鹿と鋏は使いよう。アビドスの生徒だって使い方を工夫すれば有用だった。前例があるってのは、思うよりも重要なんだ。

 

 桐藤からの土産。渡された紙の束には、生徒の名簿と基本情報が記されている。

 此処に向かうまでの道のりで、雑然と目を通した。手持無沙汰な無聊。良い暇つぶしになった。

 総勢は五人。誰もが普遍的な女子高生って様だが、性格には一つ、二つ、パンチの効いた癖がありそうだ。エスニック料理のような独特な風味を、そこはかとなく感じる。

 

 今のところ、使えそうな情報のセパレートは難しい。判断は保留だ。

 しかし、補習授業部の一人、阿慈谷ヒフミについては週刊誌にも並ぶ厚さなのは何故だ。この少女に特段、目を引く特徴も何もない。

 というか、情報というよりも、私情を躊躇なく交えたポエムの一覧。ラブロマンスのクライマックスがダイジェストで流れてるみたいだ。

 これを一人で記したって言うなら、中々、狂気染みてる。高カロリーな語句の列挙が病的だ。まさか桐藤の手首に紅い線は引いてないよな。重い女は勘弁だ。

 

「はあ……」

 

 雀の涙のやる気も湧かない。これなら、トリニティでテロでも起こした方がまだ楽しめる。エデン条約に向けて気前よく花火でも挙げてやりたいよ。

 仕事柄、やりたくもないことも身を粉にして熟す。関わりたくもない下衆にも阿る。それでもオファーは敵役だ精々なんて、金を加味しても割を食う仕事だ。

 

 鉛でも押しているのか。ただの木の戸を引くだけが、手に感じる重量がとてつもない。

 

「?……は―」

 

 瞬間、目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

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