悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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とても難産でした……。
ここから没のルートと大きく違いが出ます。簡単に言えば、補習授業部との絡みがメインです。だって主役は彼女たちですから。


悪い大人と補習授業部

 

 一瞬にして視界はホワイトアウト。だが、レッドウィンターの綺麗な銀世界、なんて可愛らしい感想が浮かぶほど可愛らしい状況じゃない。

 何の変哲もない教室にはまるで似つかわしくない光景だ。チョークの粉が舞い上がったにしては規模がデカい。

 

 調理実習で小麦粉でもぶちまけたか。補習授業部は家庭科も修めるんだな。

 

 救いだったのは、このガスが無毒らしいって一点。肌に触れても爛れない。痺れ刺す痛みもない。吸引してのたうち回ることもない。

 ただ目晦ましの為だけの演出。仰々しくて鼻につく派手さで、無駄に爆発を多用するアクション映画みたいなハリボテ。まあ、これが毒ガスだったら俺は今頃、神様と団欒してるだろうな。

 

 それにしてもどこのどいつだ。こんな手厚い歓迎で迎え入れてくれたアホは。

 

 流石、天下のトリニティともなれば、不良一人とっても他の学び舎とは訳が違うな。やる事も破天荒。お家芸な淑やかさは何処に捨ててきた。

 

 取り敢えず、下手人にはキツイお仕置きが必要みたいだな。教鞭を振るう能が無くても、鞭を打つだけなら得意分野さ。夜じゃ幾許のケツに鞭打ってきたんだ。

 まあ、挨拶にスモークを焚く馬鹿にはこのくらいが丁度いい。

 

「サプライズにしちゃ手が込んでるな……将来の夢は映画監督か?」

 

 ワイヤートラップに白煙。即席にしても手慣れた絡繰りには脱帽だね。扉を引いた時の微かな違和感はこの仕掛けが原因か。

 これで視界はガラクタ。周囲を警戒するのには頼れない。これまた陰湿な手を。トリニティ特有の思考回路が滲み出てるな。

 

 だが、こんな濃霧を見るのはミストを鑑賞する時で十分だ。

 

 相手は視界不良。視覚に依存しない警戒を張り巡らせるとして、次に切り出す手札は恐らく、別の感覚器官を潰すか。それとも。

 

「奇襲だな……嬢ちゃん」

「!……チッ」

「ジャックポット。惰弱だな。ポーカーは苦手か?」

 

 煙の向こうから忍び足な銃口を鷲掴み。手前へ強く引き寄せる。

 銃身は見事に今の環境にステルスしてる。白を基調とした飾らないシンプルさだ。武器選びの趣味は悪くない。

 

 濃厚な壁の向こう側。一体、どんな不良が嗾けたんだか。その面拝もうか。気に食わなかったらトマトスープと一緒にデスティネーションシリーズ巡回させてやる。

 

 しかし、その表情は分厚い皮に覆われて分からない。黒く角ばった顔面は決して歪むことが無いだろう。

 こいつ景気よくご立派なガスマスクを被りやがって。手玉に取ったと高を括ったところに虚を突かれた顔を、冷たく笑ってやりたがったんだが。

 

 全く、面の皮が厚いことで。しかも着脱可能ときた。

 

「イカしたアクセサリーだ。けど少し化粧がケバいな。すっぴんの方が素敵だぜ?」

「ガッ……!」

 

 ガスマスクの頑強なレンズも、神秘という名の筋力の前にはクラッカーも同然だ。叩いて割れるなら脆いもの。

 そんなゲテモノな厚化粧は俺が剥がしてやろう。だけど、”目に染みないように”気を付けろよ。

 

「目が痛いか?これで視界が狂ってフェアになった。違うのは黒か白かってだけだ」

「クソ……うっ!」

「フェアなら遠慮なく甚振れるッ!」

 

 レンズの破片が目を襲い、4DXも顔負けの臨場感。この痛みはリアルだろう。

 

 狼狽する下手人の無防備な腹部に膝を抉り込ませる。まだ音を上げるんじゃないだろうな。まだまだ仕置きはプロローグだぞ。

 

 相手の背後に顔を覗かせるのは、如何にもなトリニティの象徴だ。

 この周囲の煙よりも純白で、煌びやかな存在感を放つ立派な翼が、俺には手に取りやすいハンドルにしか見えない。自分の体躯の幅を超える突起物。明らかに掴まれやすい隙だ。

 

「グッ……」

 

 左手の銃口を離すことなく、反対の右手で羽を掴んでやれば辛苦に染まった呻き声を漏らす。

 まあ、それもそうだ。ただ一つ何かが覆うことなく全裸のままの身体の一部。誰かに触れられることもないだろうから敏感だな。

 こんな致命的な弱点。生やした理由が全く分からないな。鳥みたいに飛翔も出来ない役立たず。きっと天使のデザイナーはそういう類の変態趣味だな。

 

「今夜の食卓は手羽先で決定だ!」

 

 実にいいカリキュラムだろ。食べられる家畜の気分をお手軽に味わえる。基礎学力の前に道徳を教えてやろう。安心してくれ、実技の方は得意なんだ。

 

「二人ともそこまで!矛を収めて!」

 

 聞き覚えのある声色の裂帛が、煙を晴らすように投げられた。

 段々と煙も晴れてきた頃、教室の様子やこのマッチのオーディエンスも鮮明に映るようになる。勿論、補習授業部の面々と共に先生の姿もあった。

 

 これで交流会の戯れもお開きか。礼節のなってない生徒の挨拶を叱咤していただけだが、どうにも先生は生徒の肩を持つらしい。

 折角、鮮度のいい手羽先がディナーに並ぶと思ってたのに。水を差すなんて。

 

 まあ、これ以上付き合ってやる道理もない。研いだナイフも今のところ使い道はなさそうだし。

 ったく、次回作をこれでもかと匂わせる映画は嫌いなんだ。広げた風呂敷は綺麗に畳んで欲しい。つまり不完全燃焼は頂けないってこと。

 

「はあ、おいおい先生。微分積分より前に挨拶の仕方くらい教えてやれよ。扉開けてスモークトラップなんてマーケットでも流石に稀だ」

「ごめんねレン。私も何度か注意したんだけど……」

「一瞬、ゲヘナ学園と間違えたかと思った。プリントを配る気も起きない」

「はは……報酬は弾むから勘弁してほしいな」

 

 多少は罪の意識を感じているのか、常に毅然としている先生も腰が低い。

 入室早々、トラップからの奇襲をしてくるなんて殺伐とした部活、流石の敏腕先生も手に余るらしい。その注意とやらも糠に釘って感じだろう。

 

「ランボーじゃないんだ。幾ら倫理が休暇でバカンスに行ってるキヴォトスでも、挨拶まで鉛玉を放つ訳じゃない」

「えっと……アズサちゃんがすみません」

「あ?アンタらは……」

 

 先生以外の顔ぶれも書類で見覚えがある。この三人の面子が並んでいるってなると、襲撃犯は残りの一人。白洲アズサか。

 羽を掴んだままの彼女を一瞥する。虫の息ってばかりに伸びているな。時々、痛みに唸る声も耳が拾う。膝蹴りが相当クリティカルだったか。

 

 事前の情報でも浮世離れした性格だってことだが、これは浮世離れってだけで括っていい性でもないだろう。

 どうやら桐藤ナギサは国語が不得手らしいな。表現が雑で温い。仮にも不良児の子守りなんだ。もっと仔細まで記してくれなきゃ困る。今の俺みたいにな。

 この調子じゃ、他の部員の情報も鵜呑みにしたらドジをしそうだ。

 

 まさか、言葉を交わす前に拳を交える羽目になるなんてな。血気盛んなことだ。先が思いやられるよ。

 

「ほらコイツはお前らのだろ?返すよ。とんだじゃじゃ馬だった」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 じゃじゃ馬に翼が生えても、ペガサスなんて高尚なものにはならない。

 近くの補習授業部に掴んだままの白洲アズサを投げる。立派な翼を翻すこともなく、部員の腕に抱かれていた。

 

 思い遣りが輝く光景だな。友情とか絆って奴か。9-1-1を見ている気分だよ。

 別に、そんな少年誌の原則に唾棄するとか斜に構えた言葉を吐きたい訳じゃないが、こういう青春に酔ってる手合いは少し、俺には眩しい。

 それに扱いやすい弱点にもなる。人の情動は分からない。不可解だ。だから、解明されたその時、つけ入る隙が出来るんだ。

 

 呼びかけにうんともすんとも言わない彼女に、皆は慮る。コイツ等はどうにも、白洲アズサの様態が気になるらしいな。

 

「安心しろよ。気絶してるだけだ。軽傷だよ」

「そ、そうですか……よかった」

「レンにもケガはないかい?」

「舐めるなよ?ホルスを地に落とした男だ。この程度、目玉焼きを作るくらいさ」

 

 SFでも見かけないような数奇な出会い。補習授業部がこちらを見る目は、若干の猜疑心を覗かせる。

 アイツ等からしたら、友達を痛めつけた謎の男だ。こう怪訝に思われるのも無理はないが。こっちも正当防衛だ。やってられるかよ。

 

「……」

「それで……この殿方一体、誰なのでしょうか?」

「よ、よし!じゃあ気を取り直して、自己紹介しようか!」

 

 張りつめた不穏な空気は、さっきの白煙よりも粘り強く濃い。晴らそうと一石を投じた先生の一声も虚しく教室に響くだけ。期待通りの反応は得られなかった。

 

 自己紹介と言ったが、既に第一印象は最悪だ。初頭効果を鑑みれば良好な関係を築くのも困難かな。

 自分たちに非があるとは自覚していたとしても、そう簡単に割り切れる心象でもないだろう。清濁併せ吞むには、まだコイツ等はあどけない。

 

 こっから挽回できる奴なんて、恋愛ドラマの主役か、そこにいる先生くらいなものさ。

 

「えっと、先ずは彼が私の業務の補佐をしてくれる秤レンだよ。彼も大人だから学べることもある……と思う」

「テーマパークのアトラクションよりも驚きの邂逅だったよ。歓迎会の出し物しては中々楽しめた」

「あはは……さっきは本当にすみません!阿慈谷ヒフミです。よろしくお願いします」

「キヴォトスでは類を見ない逞しい男性ですね!浦和ハナコと申します、よろしくお願いします」

「……下江コハルよ」

 

 各々の自己紹介は、たったそれだけで個性に溢れていた。

 これまたアビドスの面々にも比類するような個性的。俺は普通じゃない女にはやけに縁があるみたいだ。ピンからキリまで勢ぞろい。

 勿論、そこに転がってる白洲アズサも例外じゃない。寧ろ、コイツが一番の厄介者だ。

 

 とはいえ、関係なんて一言、二言駄弁るだけの希薄なものになる。直接、勉学に寄り添うのはこっちのヒーローだ。俺はプリント配り。

 それに、こっちはお友達を作りに来たんじゃない。アンタらの群青劇を目に焼き付けに来たんだ。そのままディスクに焼き写して、桐藤ナギサと4K画質で見返すために。

 

「まあ、悪い人じゃないから……うん、多分。だから仲良くして欲しい、かな」

「ま、ブラックマーケットでビジネスしたいならノウハウを教えてやるよ。legalからillegalまでな」

「えっと、思いっきり法を犯してる発言が飛んできたんですけど……」

「人柄はね!人柄はいいよ!!法律なんて人相の前にはどうでもいいから!!」

「それ、教師としてどうなのよ」

 

 一歩間違えれば手を後ろに回すことになる危ない橋を渡ったユーモアも、存外に好評だったらしい。よかった。センスは濁ってない。

 こういった気の抜ける小粋なやり取りも、健全な人間関係にはよく効く良薬。趣味が合わなきゃ破綻するのが少し苦いが。

 

 取り敢えず、浅すぎず深すぎずの偶に話すだけの知己がいい。それが最良の塩梅だ。変に注目されることもない。

 探偵の真似事をするなら先ずは環境を整えなきゃならない。ファームと同じだ。焦らず逸らず待つ姿勢。そのための尽力を惜しまない。

 

「じゃあ、アズサの目が覚めたら活動を再開しようか」

「……」

 

 第一回目の授業参観、存分に楽しませてもらおうじゃないか。コーラとチュロスも買っておこう。ポップコーンは零しやすいからな。まだとある一人は俺に釘付けらしいから、見られちゃ恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活動を始めるにあたって部員のクソガキどもは存外、真面に机へ向かっていった。

 ノートにペンを走らせる音が広い教室に響く。時々、下らない談笑と相談が交わされるだけで、勤勉な雰囲気は損なわれていない。

 

 邂逅の形はびっくり仰天だったが、手のつけられない狂犬って訳でもなさそうだ。

 空気は読めるし、部活の本懐やルールには嫌な顔一つなく従う。勉学を忌避するような兆しもない。この様で補習ってのもおかしな話だ。

 

 しかし、今時のティーンエイジャーはこんな難解な課題と日常的に向き合っているのか。色々と進んでるな。

 まだキューブの謎解きの方が簡単に思える。実際、人一人を殺す方が恐ろしく容易だ。コイツはどう頭を捻ったって分からない。前提として、これは覚えることもかなり多そうだ。

 こういうのを傍観してると、つくづく辿らなくて良かったって思えるよ。俺だったら鬱憤やら何やらで多分狂うな。

 

「先生、この問題なんですけど……」

「ん?ヒフミ?どこだい?」

 

 そして、それを全て修めただろう先生もまた畏敬の念を抱くよ。今度からは顔を合わせたら敬礼でもしてやろう。

 そりゃ忍耐力から何からまで精神が屈強になる筈だ。どういう神経してるんだホント。まあ、ユーモアセンスはお察しだが。頭の柔らかさは俺に軍配が上がるな。碩学だけが価値じゃないってこと。

 

「コハル、この区分求積なんだが……」

「えっと、それは……」

 

 それにしても退屈だな。監視とはいっても特殊なことは何もない。要は目を離すなということに限る。

 知恵を分け合う光景の一因になることは、俺の頭じゃ叶わない。変に接触してこの和みに水を差したら印象も悪化する。今は静観するしかないんだ。

 アクション映画からカーチェイスと爆発を抜いたらどうなるだろうか。そいつはきっと、ハンバーガーからピクルスを抜いたみたいに味気が無いだろう。

 今の状況は正にソレだ。いい素材はあるのに絶妙に微妙な結果になる。最高の待遇に最高の報酬。この仕事も幾らでも楽しい工夫が出来るってのに、今は迂闊に動けない。

 

 白洲アズサは目が覚めたら体が縮むこともなく満足に目が覚めた。今は知識を学友と共有してる。

 こうして話す姿を見れば、さっきの強襲も白昼夢だったかのように思えるな。少なくとも、無差別に誰かを襲うような気狂いには見えない。

 

 他の補習授業部の面々も例に漏れず、目に余る問題点は表には露見してない。

 資料と照合してみても、こうして問題児だと名指しされるようなものか。少しお頭が弱いだけ。態度が奇特なだけ。個性の一言で纏められる話だ。

 この部活の創設も決して単純な過程じゃないが、それでも不良だって先入観を持ち、一堂に会すると不自然に思える。桐藤ナギサは人を見る目もないようだ。きっと将来はダメな男に引っかかる。

 

 だが、阿慈谷ヒフミ。この少女はどこか特別に目を引かれる。

 たった一行で情報を目で追うのが億劫になる、熱烈なラブコールを薔薇の花束を添えて送るような恋文がしたためてある。

 どうやら特に桐藤ナギサのイチオシらしい。モテない男のプロポーズを思わせる時代遅れな文言はまるで呪詛。込められた感情は愛なんて超過してる。

 それも、他の生徒と比較しても格段に分厚い。六法全書でもなぞってるみたいだ。俺にも国語を学べってかクソッタレ。

 

 桐藤ナギサの私情は徹頭徹尾で無視して、阿慈谷ヒフミに評価を付けるなら平凡だ。その一言でいい。

 路傍に屯してるような、何処にでもいる女子高生。ほどほどに苦悩して、ほどほどの幸せが何よりも嬉しい。そんな普通が何よりも似合いそうで、少しだけ幸が薄そうな少女だった。

 こういう輩が、なんだかんだで一番青春の象徴なのかもしれない。だってそうだろ。日常が誰よりも着飾れるコイツは、誰よりも日常の存在を感じさせる。

 

 切っても切り離せない相互関係。満場一致のベストパートナーだ。言い換えれば『阿慈谷ヒフミが居ないと日常ではない』ってこと。

 

 罪作りだよな。平凡だからこそ非凡の中で際立って中心に見える。色んなものを抱き寄せる。

 少しだけ、桐藤ナギサの気持ちも分かるような気もする。目が焼き焦がれるほど、眩しくて敵わない。

 

「秤さん。私も少し教えて欲しいことがあるのです。勿論、大人の色々を」

「……」

 

 光があれば影もある。目で追いたくなる奴も居れば、目を背けたい奴もまた居る。

 

 俺の横に侍る淡いピンクの髪の少女。正直に言おう。浦和ハナコって生徒からは目を背けたい。

 俺が間違ってたよ桐藤。全霊で訂正する。お前の慧眼は余り曇ってなかった。コイツだけは特大の問題児だ。お前の評価は的確だった。

 

 コイツにやる配慮はない。残念ながら品切れだ。俺はコイツが心底で嫌いだ。そういう人種だよきっと。

 碌に人となりも把握してない今、肌にヒリつくトリニティの腐り落ちた人間性。保存の利かない箱庭で熟成しきった悪性がコイツから感じるんだ。

 きっと身内以外はどうでもいいタイプ。自分の嫌いな人間が、傅いて誰かのゲロを貪るような痛苦を味わっても涼しい顔して見下せる。寧ろ、ほくそ笑むタイプだ。

 

 別段、嫌いな感性じゃない。ここまで清濁併せて飲み込める度量はその齢にしちゃ感心できる。

 

 でも利己的だ。家族想いって美化も出来るが。やる事成す事全てに打算を一枚挟まなきゃ気が済まない性だろうな。

 同情はしてやる。その年でその成熟具合は半端じゃない。見たくないモノも見飽きたんだろう。何度も再放送される名作くらいに繰り返して、それが人生の教本になった。

 

 まるで鏡だ。不細工な鏡。この湧き上がる嫌悪は同族嫌悪なんだろう。痛罵する度に自分に返ってくる気になって憂鬱だ。

 

「そうだな……生憎、俺は口下手でね。分かりやすく体に教え込もうか?」

「ええ、ぜひお願いします!」

「それじゃ早速、今夜、この場所に……」

「ちょっとそこ!昼間から何やってるのよ!!」

 

 言動も性格も似ても似つかない。だが、どこか通ずるものがある。そんな何かを抱いて生きてる。

 まさか今更、鏡を見て文句を垂れるなんて。子どもじゃないんだ。これまでの全部を割り切ったつもりだったが。俺も中々、女々しいな。

 

 だが、仕事には関係ない。俺が勝つためなら情けは無用だ。

 反ってやり易いくらいだ。この悪感情が追い風になってくれる。いつか貶めるときにも後腐れがない。

 誰が相手でも躊躇せず、真摯に向かい合うのが俺のやり方。殺すにしても本気で殺さなきゃ失礼って話さ。何事にも全力で。漢らしいだろ?

 

 その時はぜひ、俺からのラブレターを送ってやろう。桐藤が阿慈谷ヒフミに書くような重く暑苦しいやつ。地獄でもきっと退屈しない。

 

「あらコハルちゃん?私はただ生物を教えていただきたいなと思っていただけですが……」

「そ、そんな訳ないでしょ!大人のアレコレって、それって保健体育じゃない!!」

「保健体育はテスト教科には無い筈ですが……もしかして先生と一緒に実技で学びたい、ということでしょうか?」

「何でそうなるのよっ!!」

 

 まあ、そんな私事な感情を抜いてもコイツは些か言動が酷い。

 いや、学生ならこの程度の下世話は当たり前か。正しく思春期って性への奔放さ。俺もそうだった。

 大人になった今じゃ、体裁やら世間体やらで品性を裡に飼わなきゃならない。でも三つ子の魂百まで。大人だって下世話は大好物さ。

 

 それにこの浦和ハナコってやつは、中々イイモノを持ってる。そこらのグラビアにも劣らないホットな体型。必要ならとっておきの仕事を斡旋してやってもいいな。

 

「そんな熱い視線を向けて……皆の前で視姦なんて濡れちゃいます」

「見るだけで満足か?どうせなら、その濡れたものも本懐を遂げさせてやってもいいぜ?」

「そんな……もしかして私はこの後―」

「おっと、ここから先はサブスク限定のプレミアムだ。抑えてくれ」

 

 はあ、対話の一つも気疲れするな。何ていう個性の坩堝だよ。ホント精神衛生に良くない。

 カレー屋のスパイスみたいに混ぜ込まれて煮込まれて。これからこの鍋の中で揉まれるっていうのも体力を使いそうだよ。やっぱ子守りは不向きだな。

 

 少なからずエデン条約までの辛抱。桐藤ナギサには手っ取り早く内通者っていう眉唾を見つけて欲しいな。このままじゃ俺の精神が無事じゃなくなる。

 これが毎日続くってなると辟易するな。これらを相手に嫌な顔一つしない先生は、一体どれだけの器量を持ってるんだか。流石、アビドスの功労者は一味違う。

 

 それで今度はコイツか、白洲アズサ。また喧嘩の特売かもしれない。随分、売れ残り多いらしい。俺はお前のサンドバックじゃないんだけど。

 

「……マジックショーのお誘いか?さっきみたいな大掛かりな手品でも見せてくれるのか?」

「いいや、別に戦おうという訳じゃない。さっきはすまなかった。侵入者だと思って、つい」

「へえ、わざわざ謝罪をするなんて殊勝だな。どういう風の吹き回しだ?」

 

 変に神妙な顔つきだと思えば、まさか喧嘩じゃなくて謝意の押し売りか。

 こんにちはの代わりに鉄砲を向けてきたイカレに、そんな誠実な気概を持ち合わせてる精神性のちぐはぐ。てっきり常識を弁えない生意気かと。

 

 予想は大きく外れ、少しの敵愾心も感じられない。これじゃ身構えた俺が馬鹿らしい。

 

「なんというか、貴方の名前がその……知り合いと同じだったから」

「へえ、こんなイカした名前が俺以外にもいるのか。そいつの名付け親はいいセンスを持ってるらしい」

「名付け親の感性は知らないが、失礼なことをしてしまったと思って。謝りたかったんだ」

「まあ特にケガも無いから別にいい。傷でもついてたら治療費をたんまりいただいていたところだ」

 

 ニヒルに笑いながら言い放つ。虚を突かれたが特に損害はなかった。対応も十分に可能さ。寧ろ、鈍りそうな体にいい薬になった。

 腕のレベルも丁度いい程度。センスはそこそこに備わっているらしいが、粗削りな実力はバカンスから戻ってこない身体に最適だよ。

 

 しかし、妙に戦いやすかった。視界を塞がれていたにしては理想的な動き。まるで未来でも見えてるかのようだ。はて、どっかで似たような型でも相手取ったか。

 

「過去をいつまでも後に引かせるのほど俺は女々しくない。もう忘れたさ。じゃ、さっさと勉強に戻れ落第生」

「そういうことなら、分かった……これからよろしく頼む」

 

 胸を撫で下ろしながら白洲アズサは机に戻り、課題と向き合う。しかし、表情はそこはかとなく翳るまま。目の奥は曇っていた。

 阿保とは言っても多感なご年齢。様々な悩み事に頭を抱える時期だ。その懊悩が人をまた一つ大人にするんだ。存分に葛藤しろよ若人。

 

 それぞれが個性豊かで、別の方向に頭のネジを飛ばしている。が、その差異がまた絶妙なバランスを維持してるのか。

 凸凹な関係が反って相性を引き上げる化学反応。人間関係ってのは中々、奇天烈だな。プロの手品師のネタよりも頭を捻る。

 

 そこに先生という要素が混ざり合って素晴らしいグラデーション。案外、この布陣を崩すのも骨が折れそうかな。この先が悩ましい。

 

 それに、白洲アズサがふと零した言葉。魚の小骨が喉につっかえるようにもどかしい。だから続編を匂わせるような無差別な伏線は苦手なんだが。

 

「同じ名前、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が主役のパートは終えた。ここから精錬なお月様がヒーローになる。

 学園の敷地内は昼間の騒々しさを綺麗に忘れ、誰かの息遣いも聞こえない。漏らす溜息と足音も夜の闇に紛れて消えていく。あまりにも神秘的な月が一切を黙らせ、この世から音が消えたような錯覚。

 まるで無声映画の中にでも入ったみたいだ。今時のシアターも、これくらいに静謐だったら満足なんだがな。

 

 快晴を焼く逢魔が時は終ぞ空を焦がして真っ黒に。目に見える色は黒一色となった。明暗だけが物の輪郭を浮き上がらせる。

 生徒が主に学び舎とする校舎が並ぶ区画からは少し外れ、広めのお屋敷へ邪魔をしている。廊下の先々に吊るされた一々絢爛なシャンデリアが眩しい。

 固い床に革靴の底がパーカッション。靴を鳴らす音が特別際立ってリズミカルになる。

 

 そして、見覚えがある木製のドアが眼前に。俺の到着を待っていたかのように目に付く扉。開けゴマと告げなくたって勝手に開きそうだ。「ようこそ」って宣ってくる。

 

「お待ちしておりました、秤さん」

「待たせて悪かったな、桐藤。茶も冷めちまったか?」

「いえ、たった今淹れたところなので。まだ温かいですよ」

 

 もう嗅ぎ慣れた紅茶の香りが漂う。品格の匂いだ。この香りを鼻が拾うと、自然と足が席に誘われて腰の力が抜ける。全く俺も安い。この茶の味にすっかり惚れ込んだな。

 

「さて早速、今日の邂逅を通しての報告だが……」

 

 ここからは独り弾き語り。愉快痛快な調べを奏でる弦はないが、口先を滑らせる紅茶は潤沢だ。

 いざ唇を茶で潤わせて、語る準備は整った。茶菓子に似合うほど品も質も劣る不細工な紙芝居だが、ここは俺のスキルが試される。

 

「ピーチクパーチクのべつ幕無しに舌を回すのは好かない。結論から言おう」

「……ええ、どうぞ」

「今日限りで辞めさせてください」

「お断りします」

 

 一言で纏め上げた俺の収斂は、とても晴れやかな笑顔で足蹴にされた。笑顔は威嚇ってジンクス。コイツの表情を見れば信憑性が跳ね上がる。

 すっかり悪役気分だな。それっぽいロールプレイも板についてて、英才教育が着々と進んでるみたいだ。大人の階段を全力ダッシュって感じ。

 

 だが、これは粋なジョークでも古風な諧謔でもない。純然で且つ適当に弾き出した答えなんだ。

 

「まあ待て。蹴るのは早計だ。キックオフするにはホイッスルが鳴ってないだろ?」

「いえ、前半戦終了してハーフタイムです。2-0で私が優勢ですが?」

「アホ抜かせ。ここからが本番。俺のハットトリックが光るんだよ」

 

 辞退の願いはスーパーセーブで防がれたものの、諦めたらそこで試合終了。口八丁で見事に説得して見せようか。

 

「まずお前の分析。これ粗削りすぎだろ。阿慈谷ヒフミは教科書並みに分厚いくせに、他の生徒は隅っこのコラム並みだ。熱の注ぎ方下手糞か」

「あら、そうでしたか。無意識というのは怖いですね。校閲はしっかりしたはずですが……」

「エデン条約を実現する前に、頭の中がエデンだな。救いようがない。どっちもな」

「はあ……で、情報に大きな食い違いでもあったのでしょうか?」

「食い違いってより不足だ。出会って五秒で鉛玉をぶっ放すって所までちゃんと書いとけ。下手すりゃ死人が出てたぞ。生徒の中から」

 

 追い打ちとばかりに配られた資料を机に叩き出せば、丁度、件の白洲アズサのページだった。

 記された情報は、そこらの生徒にでも聞き込めば大体揃うような簡素なピースばかり。好戦的だったり外敵に非常に敏感で対処に手段を選ばない、なんて一言も書かれてない。

 交流はしないにしても、監視する上では必要だろ。何もしなくたって襲われちゃスタートダッシュから頓挫だ。序盤に伏線張り過ぎて開始十分でオチが読める駄作だよ。

 

「それ以外にも個性の暴風雨、嵐。最近、暑くなってきたってのに風邪に罹りそうだ」

「まあ、個性的なのは認めます。私もあの面子を監視しろと言われれば、ティーパーティの地位を擲っても逃亡を図りますから」

「自分が嫌がることを人に押し付けるなって教わらなかったか?トリニティのカリキュラムに道徳は無いらしい。道理で揃って性悪なのか」

「あら、情操教育にも力を入れてますよ。貴族としての情操を育むための、ですが」

「その貴族代表が皮肉るな。訳が分からなくなる」

 

 コイツ、ただの生真面目ちゃんかと思えば、こういったジョークも吐き出せる舌が備わってたのか。流石、体裁命の貴族のご令嬢さんだな。皮肉もそれらしく抜群。

 

 桐藤ナギサもそれなりに、あのメンバーの脂っこさを理解してるらしい。

 正直、毎度ああやって絡まれるなら監視なんて御免だが、まあ、一度引き受けたからには完遂しなきゃな。別に貴族じゃないが体裁に関わる。

 辞める云々は肩を解すための冗談さ。これは桐藤ナギサだって解ってるからこその言葉の応酬。俺にシリアスは似合わないってな。アットホームな喜劇風に仕立てて、とことん楽しむ。それも仕事の息抜きになる。

 

「それで、この捲し立てる軽口……坊主は免れたと見ますが」

「期待通りさ。大物が釣れた。魚拓でも飾りたいくらいの本マグロだよ」

「それは……ぜひ捌いて頂きたいですね。醤油も拵えて美味しく」

「それも安心。直ぐに刺身として並べてやるよ。勝鬨は刺し盛で乾杯さ」

 

 俺は頭を使うのが専ら苦手だ。嫌いでもある。だから推理モノは好んで見ることは無いし、ホームズを題材にした在り来たりなドラマも何が面白いのか。三下らしい権謀術数をひけらかすのも芳しくない。

 しかし、仕事だからと仕方なく脳を回してるだけで、力で解決できるものなら喜んでそうするさ。奇を衒ったトリックを奇想天外な推理で暴くよりも、一発の拳でねじ伏せる方が快刀乱麻は清々しいんだ。

 

 つまり、空気の読めない迂遠な言葉遊びはナンセンス。ここは端的に誣告する。あちらこちらと真実と嘘が散らかるミステリーじゃない。サルでも飲み込めるライトノベルがいい。

 

「今回の成果だが、お前の言う内通者が分かった」

「!……それは一体?」

「一回しか言わないぞ?よく聞け……そいつは」

「CMの後なんて詰まらない真似をすれば、顔で紅茶を啜っていただきますが」

「待て冤罪だ……白洲アズサだよ。コイツは確実だ」

「へえ……その心は?」

 

 今明かされる衝撃の真実、ってやつか。ここからは種明かしのパート。十二分にネタバレ注意だ、気を付けろ。

 

「今日、少し白洲アズサと一悶着あったんだが……その時の戦い方に既視感を覚えた」

「既視感、ですか……」

「ああ、それはそれは忌々しい思い出のな。重心の移し方。体幹の整理。足運び。身の躱し。数万ピースのパズルのラスト数ピースのようにぴったり綺麗にハマる」

 

 ただし、完成されたのは一面真っ赤のおどろおどろしい絵画だ。ぼんやりと、人の形が浮かんでくるような赤みで染まってる。

 ああ、嫌なことを思い出したよ。酒に溺れても手放せない一心同体のクソッタレ。そりゃトリニティが祭りを始めるとなれば、必然的に絡んでくる連中だってのは把握してた。

 

 それでも、二度と関わることは無いって高を括った俺が、どうしようもなく迂闊だった。それだけの話。なら丁度いい機会だ。燃えるゴミと一緒に纏めて燃やしてやる。

 汚れは掃除をしなきゃいけない。風呂場とトイレと己の頭の中くらいは、清潔を保っておきたいんだ。これからの素晴らしい生涯に華やぎをもたらす為にも、一回全て清算してやろう。

 

「間違いない。白洲アズサは、アリウス派の一人だ。排斥されるべき異端のアリウスのな」

「アリウス……かつて公会議で異端の烙印を押された一派の名。眉唾ですが、未だに生き残っていると?」

「ああ、証拠ならあるさ。案外、アンタの近くに。今頃、紅茶でも啜ってるんじゃないか?」

「っ……まさか、秤レンさんは……その出身だと?」

「……さあな。答え合わせはCMのあとだ」

 

 紅茶は温くなっていた。味も幾許か落ちている。勿体ないことをした。柄にもなく不幸自慢で舌が踊り狂ったな。

 カップの中の揺れる水面に映る面は酷い様だった。泥水でも嚥下したのかと疑う程に歪んでいて、いつものハンサムは見る影もなく翳っている。

 

 きっとこれは、無作為に揺れる表面と光の屈折が、虚像に悪戯をしているんだ。質の悪い落書き。

 

 だって俺の胸中は、得体の知れない興奮でゲヘナを超えるお祭り騒ぎだ。スリル抜群の好機の到来が、俺を悦に浸らせてる。麻薬なんて比じゃない。注射器も叩き割れるほど逸る快楽の予感がする。

 まるで合法に、仕方なくという形で、悲劇のヒロインの体で、誰かを殺せる。それも後味の苦い殺戮じゃない。ひたすらにストレスを薪として焚べる殺意のままに。誰もが一度は望むような、正当性が勝る殺しなんて、少年が夢想するサッカー選手の将来のように夢物語だ。

 

 この紅茶を嗜む時よりも口角が上がっている事実を隠すように、口許を手で覆った。

 

「それよりも、戦は早さが命。迅速に対策を練ろうか」

「対策と言っても……相手の出方次第になるのでは?後手に回るのは避けられないかと」

「それは俺がいない場合のイフだ。今の桐藤ナギサはどうだ?アリウスについてこれ以上なく詳しい俺がいるんだ。先手は確約されてる」

「では、既に謀を完成させていると?」

「その通り」

 

 一々、過去を引きずる女々しい性はしていないと思い込んでいた。

 失恋なんて甘酸っぱくも旨味がある輝きはないが、死にたくなるような出来事と言えば共通しているそんな過去。場末のピンク映画の方が見応えのある光景だから。もう気にしていない。

 

 つもりになっていた。

 

 人間の深層心理ってのは、自分についてのことだってよく分からない。

 この手に塗りたくった血は誰のものなのか。判別できるほど俺は浅い数の命を奪ってきていない。今更、誰を殺したって石鹸で洗い流せる筈だった。

 そんな泡のように軽いメンタリティーも俺の勘違いで、園児でも引き絞れる鉄砲の引き金が何よりも重いのは、きっとトラウマってやつなんだろう。

 

 余りにも許せない。未だに俺を縛り付ける奴原が何より恨めしい。俺の中に置き土産を陰湿に植え付けていくその根性が気色悪い。手法も湿り過ぎて植えた種も発芽している。

 こんな雑草は引き抜くだけじゃ物足りない。除草剤をこれでもかと散布して、根底から取り除く。

 

 リハビリテーションだ。心の傷を癒して、克服し、人生に新たな門出を迎える。悪いがエデン条約なんてナンセンスな政で、刃を鞘に納めるほど少女趣味じゃなくてな。

 

 つまり、アリウスは徹底的に叩きのめして絶滅だ。遺伝子すらも余さずに殺す。

 

 物騒だって?悪いな。これでも母校の教育方針に従ってるだけなんだ。何て熱心な生徒の鑑。だが、文字通り自分で蒔いた種だろう。後悔したって後の祭りだ。もう芽が目が出た。

 望ましくもないが、どうやら俺も一応、補習授業部の一員として数えられている。なら、母校の教育もしっかりと復習して置かないとな。

 

 決して、忘れないように。

 

「俺は知略を張り巡らせるような、派手さのないバトルは好まない。戦略は力の一点のみ。男らしく武力で潰す」

「?一体何を……」

 

「第一ステップは桐藤ナギサ、お前の殺害だ」

 

 

 

 

 

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