悪い大人でも青春を謳歌できますか?   作:三度の飯より曇らせ

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 正直、戦闘描写は苦手です。あと、主人公の実力が盛り過ぎたような気がする。実際は、そんなに強くないです。命を懸けて超頑張れば上澄みと互角くらいと考えてくれればと思います。
 身体能力に関しては、主人公は「大人」なので、当然、子どもよりも高いです。



悪い大人の暗躍

 

 カイザーコーポレーション本社。

 

 元は悪辣な金融業者。グレーどころかネイビーブラックなやり口で、多様な業界の中小から看板と技術を吸い取り肥大した大企業。贅肉の溜まった横っ腹のデカさは会社の外観にも顕れている。しかし、それでもネフティスと肩を並べるのだから、先見の明は確かに備えていた。

 

「理事のお客様ですね。理事の元へご案内します」

 

 出来のいいガラクタの屈託のない営業スマイルで通された部屋は、雰囲気の異なる仰々しい木製の扉。慣れた手付きで開かれた先は、キヴォトスを展望できる全面ガラス張りの、プライバシーを凡そ度外視した一室だった。

 

「ようこそお越しくださった。急な要望にも応えてくれて有難い」

「随分といい趣味をした部屋だな。片手にワインでも欲しい所だ。あ、アンタはオイルが主食か」

 

 これが理事。貫禄はある。が、それ以上に剥き出しの野心が明け透けにある。

 大分、年季の入った声は、野心など抱くには到底思えない落ち着きのある響きだが、此方を取って食おうという魂胆は明瞭になっていた。そうとう深い展望を抱えているらしい。こうも野心家ではないと、この企業の大成の今もない。そうと考えれば、必然か。

 

 だが、電脳如きに欲など、発するものなのか。天然の脳みそを目標に、人の猿真似をする様は滑稽だが、その辺の具体的な真理は未だ分かっていない。それが当たり前だと受け入れているようだが。解明はミレニアムでもやっているのか。

 

「全く、どうしてこう悪役ってのは高層ビルの上が好きなんだ?夜景に目が行って話が弾まないぜ」

「映画は嫌いか?悪役というものは往々にしてこういうものだ。下々を睥睨し、夜景とワインを肴に歓談に花を咲かせる」

「形から入るタイプは嫌いじゃない。ンなことより驚いたのは、アンタに悪役の自覚があるってことだ」

「同じ穴の狢だろう?」

「映画は見ないか?悪役と敵役は往々にして違うもんだぜ。恨みは買っても復讐をされる謂れはないのさ。そしてここは映画じゃない」

 

 キヴォトスのハイテクは、いつの間にかデロリアンでも走らせたかと思うくらいだが。現実はシナリオをなぞるように上手くはいかない。

 

 腹の探り合いももう飽きたな。腹にドス黒い一物抱えている者同士で弄り合っても骨折れ損だ、旨味がない。バットマンとジョーカーというには役不足だ。

 

「そろそろ本題に入ろうか。テンポの悪い会話はコメディでも嫌われる」

「まあそう急かさなくてもいいじゃないか。もう少し互いの素性でも交わしてみよう」

 

 急を要する話だと招聘したのはどこのどいつだよ。

 遊戯王じゃないんだ。レアカードの交換みたく個人情報をさらけ出すのは抵抗がある。

 

「じゃ、女の趣味なんてどうだ?同じ男だ。ここキヴォトスじゃ、その手の娯楽も碌に流通してなければ、素材だけは良い奴ばかり。苦労もするだろ。ま、鉄の塊に性欲が湧くのかは胡乱な所だが」

「君との下世話にも大変興味があるが、またの機会に。それと我々のような種族にも性欲はある。君も知っているだろう。昨年の風俗営業の一斉検挙は。その顧客は誰もが機械であったよ」

 

 確かに、そんな珍事もあったか。ソープのガードマンは収入も良く、暇つぶしがてらの日雇いに適正だったが、今や根絶して遺憾な限りだ。

 

「その所為で今や、捌け口はアンタの狙うアビドスに……アンタ、まさか」

「さあ、君が勘に自信があるというなら、そうかもしれないな」

 

 あの時、検挙を行ったのは、お馴染みの秩序の犬ヴァルキューレだったが、それにしては目に新しい兵士が多かった。

 ヴァルキューレは秩序維持には体裁上抜かりの無い団体だが、しかし警察学校。特に女性の多い学び舎の生徒を、夜の違法繁華街に参入させるわけにはいかなかった。そこで頼ったのが、カイザー系列の民間軍事会社。

 

 いい采配だ。女の多いキヴォトスで風俗は特段稼ぎにもならないと、早々に見切った上での見事なマッチポンプ。おめでとう、悪辣さで言えばもうお前の右に出る者は居ない。

 

「はっ、アビドスの現状に加え、ヴァルキューレにまで根回し済みならイージーゲームだな」

「アビドスのあの惨状までは予測外だったが。僥倖だった」

 

 風俗店の崩壊を起点に、人は次なる閨を求めた。

 

 そこで光を浴びたのが、過疎化の進むアビドス自治区だった。アビドスでの闇に葬られた性加害の件数は目まぐるしく加速した。今夜にでも仄暗い路地を往けば、捨てられた女体でも二、三体、横目にする程度には抑えが効かない。ヴァルキューレの呼びかけも最早意味を見いだせず、しかし、風俗を一気呵成に潰しいた手前、公認するにも葛藤する。

 生徒会でも、あれだけ罵詈雑言の下、否定した舌の根が乾かぬうちに、許容するのは信用問題に起因する。ある意味、人気商売な行政機関はこのようなデリケートゾーンには保守に足る傾向が強い。

 

 しかし、海千山千はその期を逃さない。

 

 今のアビドス自治区であれば、値打ちは恐らく破格だろう。

 

「……で、肝心の緊急事態ってのは?」

 

 ここまでは棚から牡丹餅な、いい風向きだった。しかし、それを計算に算入したとてマイナスに陥る何かが惹起されたという。この対話での本題はそこだった。

 

 訊かれたカイザーの理事は、金属に張り付けた電脳の顔を、苦々しく歪めて教科書のような辛苦の表情を醸した。

 

「単刀直入に言う。アビドス高等学校が正式に生徒会、もとい連邦捜査部に救援要請を出した」

「……それは確かか?ソースは?」

「アビドスには今、ネフティスのご令嬢が在学しているが、私たちカイザーは株式会社ネフティスと良い関係を築かせてもらっていてね。令嬢の身辺調査程度は容易いものだ。その筋からの確かな情報だと言っていい」

 

 ヴァルキューレに加え、競合他社のネフティスにまで。手を回すのがあまりに早い。野心を充足させるためには、手段を躊躇うこともなく迅速な決断と行動力がある。今までの経験を含め、盤外戦術はお手の物だな。

 

 しかし、耳に入れた情報の中で一つ、聞き慣れない単語があった。

 

「その連邦捜査部ってのは、なんだ?」

「巷で大流行の人気者、「先生」という男が最高責任者である連邦生徒会の外部執行組織のことだ。彼らの抱える権力は凄まじいの一言に尽きる。あらゆる執行活動に生徒会の制約を受けず、生徒間の私的紛争から学校間の公的な歪まで、全ての介入を許されている」

「は……」

 

 正に唖然の以上の吃驚が見つからない。常識を軽く超過した権力の一極化は、想定の真上を飛び越して彼方へと走り去った。

 

 梗概を纏めると、出張生徒会と表せば言い得て妙か。生徒又は学校組織を当事者とする問題に直接、法的効果を及ぼしてはある程度決まったものさしの中、好きな処遇を決定しては、それが私刑とならず公的な決定として記録される。

 そしてそれが生徒会全面容認の傘下組織だという。何を血迷ったか生徒会。とどのつまり、生徒会の行政以下の役割を総て、連邦捜査部に移行させたと言っても過言ではない。ほとほとバグのような組織だろう。連邦生徒会長の持つ遍く権限がシャーレの肩に乗っている。

 

「生徒会の直接参入は未然の対応で限りなく低いが、連邦捜査部が出張るとなれば、その性質上、到底無視できる訳もなく、余りにも此方に不都合なのだ。如何に私的自治の原則が保障され、大抵の活動は水に流せると言っても、シャーレとはそれを覆す程の大権を所持している」

「まだ、救援要請を受けたからと言って直ぐに対応できるとは限らない。もしや利益が見込めないとして、先生とやらが拒否る可能性だって捨てきれない」

「いや、まず要請は書簡で提出された。私は多大なコネクションこそあるが、公的且つ一般的な利用が多い郵便のラインにまでは細工が出来ず、その声明文は確かに明日には届くだろう。そして、その要請を先生は必ず承諾する。証拠はこの映像だ」

 

 そう言って出されたのは、一枚の薄型タブレット端末。そこには、直近見知った新顔が毅然とした態度で写っている。

 

「これは、本日起きたテロ最中の映像だ。我が社の監視カメラが捉えたものの一部抜粋したものになる」

「んだこりゃ……」

 

 厄災の狐による威嚇と恐喝の末、しかし柔らかな対応を取り続ける先生の姿が居た。戦闘後のメンタルケアも見落とさず、未だ熟れぬ青い果実の醸し出す硝煙の匂いを忌みながらも優しく声をかける。生徒が頑丈だからという理由で戦場に繰り出されるこのキヴォトスの常識に猜疑し、真向から否定する立ち振る舞い。

 利己的というには余りに真摯な対応だった。損得勘定を取っ払いただ貢献と奉仕に勤める。外観こそ人間らしいが、ただ善を遂行するだけの機械装置にも思えてくる。度し難いほどの完璧な善人とは、きっとこれを指す。

 

 きっと先生ってやつは、いい腕を持ったカウンセラーだな。巷で流行りのメンタリストでも騙れば一儲けできるんじゃないか。

 

「ご理解いただけたかな。この姿勢を見て、私は即座に介入を察したよ」

「ああ、これ以上ない証拠だよ。ヴェロニカ・マーズもびっくりだ。レバロンでも走らせたのか?」

 

 本当に赴任のタイミングが絶妙に噛み合っている。登場だけでここまで渦巻く謀を搔き乱し、まんまと貧乏くじを引かされる。デウスエクスマキナを閲しているよう。

 

 声明文を閲読するタイミングからして、明朝には既に行動を開始するとみて問題無いだろう。となれば、更なる難攻不落が立ちふさがる。最早、アビドス自治区の乗っ取りすら現実的ではない。

 

「じゃあ、依頼は先生の暗殺か?」

「そうしたいのは山々だがね。此方も体裁がある。もし尾を掴まれて黒幕を炙り出されたら堪ったものではない。何より避けたいのは生徒会の介入。その為、暗殺は出来ない」

「じゃあ何をすればいい?あ、流石に篭絡はできないぞ。そっちは専門外だ。マイケル・スコフィールドに頼んでくれ」

「それは演者だろう……我々には今、アビドス自治区に対し債権を持つ。近々、回収に向かう手筈だったが。少し予定が変わってね。急遽、アビドス高等学校の三年、小鳥遊ホシノの身柄が必要になったのだ」

「ああ、なるほど。かどわかせってことね」

 

 急遽、生徒の身柄が必要になる事態など皆目見当もつかないが、大方、従業員たちへのダッチワイフにでも運用するのだろう。兼ねて人質としても使える万能アイテムとする意向か。

 

 そも、多大な債権をバックに土地の所有権を明け渡す可能性もある。全ての負債に徳政令を出すとなれば、使えないゴーストタウンなど無用の長物。微塵でも利口であれば、快く差し出しそうなものだが。

 法外な手段をとってしまえば、訴訟のトリガーが生まれ、それこそ身から出た錆が露見する。元々の貸与契約に関しては、利子含め法の範囲内に収まった正当な貸し付けなのだから、堅実に財政を逼迫させるでもよし。適当な理由をつけて、強制執行に踏み切るもまたよし。態々、手を汚す必要もないだろう。

 

 それとも、その小鳥遊ホシノという人物には、リスクを生んでも尚、欲する何かを持ち得ているのか。

 

「都合がいい日時の指定は?」

「基本的に何時でも問題はない。今は、ゴロツキ集団に少しばかり餌を垂らして働いてもらっているからな。犯罪率も上昇し、それに伴い資源に消費も激しくなる頃合いだ。しかし、できれば「先生」が来訪したあと後がいいかな」

 

 疑念が蕾を出す。

 その指定の意図を到底探ることができなかった。「先生」との縁を結んだ後であれば、対策を練られる可能性も高い。連邦生徒会の黒い目に移る可能性もある。公的機関に所業が露呈することを恐れていた者の発言とは思えない。相当リスキーな選択かつ、明白なメリットも浮かばない。来訪以前であれば納得はできるが。

 

「……何故だ?」

「こればかりは明かせないな。黙認してくれると助かる」

 

 唸るような苦々しい声から、にべもなく告げられる。その様相は、言葉の本質を明瞭に被っていた。

 不本意だが仕方がない。ここで意地を張るのも馬鹿らしい。折角、竿にかかった魚だ。塩と胡椒とオリーブオイルを無駄にはしない。

 

 珍妙な毛色の仕事だが、内容自体は極めて異質という訳ではない。徹頭徹尾で単なる拉致。それ以上の要求もなくバックが数千万なんて、雇用者が明らかに割を食う旨い話だ。

 報酬さえ耳をそろえてくれるのなら、原則、貴賤なく熟すのが理念。課された仕事を額面通りに達成すればそれでいい。正答を見ながら問題集を解くような作業だ。身体こそ酷使すれど、艱難辛苦も特別ない。

 それに相手は、億単位の債権を放棄しても涼しい顔で開発事業に励む、肥えたお腹の大企業様。対価の未払いは、それこそ足がつくためないだろう。最早、勝利が確約されたイージーゲーム。

 

「ま、追及はしない。が、給料はしっかりと払えよ?前金もな。ハンバーガーが恋しいんだ」

「それについては杞憂だ。後で、証書にも直筆で残すとしよう」

「んじゃ、一応、仕事は受ける。やり方は俺に一任でいいな?」

「ああ、手付金として今、そちらの口座に一千万振り込んでいた。ぜひ、吉報を待つ」

 

 対談が着地する時分を見越したかのように、扉が開く。それに呼応するように、席を立った。デスクの上にカップに満ちた、冷めた紅茶が静謐に揺れる。

 

 この話、裏があることは当然、確信している。

 

 人命を天秤に掛けてもいない容易な業務に、その相場を真っ向から否定するようなアンバランスな対価を拵える。この土俵を生業にしてそこそこ、培った勘で嗅ぎ付けられる。拉致で表皮を多い、水面下でみょうちきりんな思惑でも蠢いているのだろう。

 

 この傭兵擬きの仕事の好ましいのは、リレーションシップの介在しない単純作業が主であるところ。与えられた仕事を、物言わぬ人形のごとく完遂させればいい。そこにあるのは雇用者の一定で一方の信用のみ。つまり新たな関係値が生み出されることはなく、裏切りや謀に掛けられる心配も無用。

 カイザーコーポレーションには、大きな展望と伴った策謀があるんだろうが、その一連の表裏に俺という人物は明確に刻まれず斯くあるゴールに終着するだろう。

 

「あ、一つ提案があるんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光が眩い明朝。朝餉のポケモンパンを頬張りながら、シャーレ付近を観察する。

 

 シールは、っとなんだ、電気ネズミか。俺は主役より脇役を愛する派なんだがな。プラトーンならエリアス・グロージョン派だ。

 

 未だ、先生らしき男の姿形は現れない。要請の書簡自体は届いているのを確認したが、まだ開封していないのか。それとも、早々に手に負えないと見切りをつけたか。

 既に出先というのは、可能性が低いだろう。まだ日も登らない宵闇の庇護の中、目を凝らしていたが、どれもこれも目に映るのは天輪の輝き。キヴォトス外部から来た先生はヘイローを持っていないはず。であれば、嫌でも目立つはずだが。

 

「ん、ありゃ……」

 

 一人、見慣れない男が姿を現す。タブレットを携えて正装。一般的なビジネススーツに身を包んだ男の姿だ。

 

 十中八九、先生に違いない。まずこのキヴォトスで人間の雄という時点で目に余る稀有だが、極めつけは頭だ。別に髪型がイカしたベッカムヘアて訳でも、大五郎カットという話ではない

 何もない。俺の頭にも昼行燈に浮かんでる、天使の輪っかを模した悪趣味なオブジェが。

 

 ビンゴ。砂漠に放浪するにしては、あまりに着の身着のままだが、足の赴く先は間違いなくアビドス自治区直通の列車のダイヤがある駅だ。

 

 しかし、電車での移動は悪手だな。かつての賑わいは泡沫に。今や、過疎の無人駅といえるアビドス自治区に、通過する列車など限られている。これならば、67のシボレーで向かったほうが断然に早い。

 

 というより、資源の配給を行うにして、なんで公共交通機関を利用しようと。軽装だなという所感はあったが、確かにあの装い、物資を運んでいるとは到底思えない。

 

「別動隊でも働かせているのか……」

 

 まあ、時期に分かるか。とりあえず、電車には乗り遅れないようにしよう。

 

 

 

 幾許の時間を要して、漸く、外気を肺に取り込めた。

 クソほど長い電車旅に辟易した。交通ラインも不便さ極まりないとは。これ、砂嵐が無くても、いずれ人気は衰えていたんじゃないか。 ハワイみたいな万人受けする観光地じゃねえんだ。交通の便が粗悪ならこんな僻地来るわけねえな。

 

 さて、先生も無事に下車をし、タブレットのナビゲートを頼りにアビドスへ足を運んでいるが、にしては足取りに迷いが多い。いや、これはナビゲートが正常に作用していないのか。確か、アビドス自治区の正確な地図は数年更新していなかった記憶がある。生徒会の交通室も需要がないと判断し、検査も頻度を減らしたんだろう。

 

 これじゃあ、到着にも時間を要しそうだが。

 

 

 

 

 

 二日後

 

 

 

 

 

 いやはや案の定ってやつだな。とはいえ、ここまで重度だとは予想の埒外だった。

 地図の更新不足にも不手際があるかもしれない。斯くいう俺も、手元の地図と実際の地形の乖離には驚かされた。今度、生徒会に訴えてもいいか。

 

 最早、軽い遭難状態だ。予め食料を溜めておいて助かった。

 しかし、ここはどこで、アビドス高校は何処なんだ。暗中模索じゃ果てしないぞこれ。道行く先々に人っ子一人居やしないのだから、道を尋ねることも出来ない。

 

 そして先生も、遭難のパニックと脱水で満身創痍。着く前にくたばる可能性だって視野に入る。

 

 なんて飢えた小動物。これは絶好の機会じゃないか。つけ込める隙といえばここくらいだ。

 なぜか幾度か接触を試みても、嫌な勘が警告を告げていた。「やめておけ」と。きっと俺は現代のジャンヌダルクだな。加え、無機物でなくてはならないタブレットからも、生気のある目線のような筆舌に尽くしがたいベクトルを放っていた。

 

 不気味さも相まってどう接触は測ればいいか、手をこまねいていたのが現状だった。

 

「とりあえず、アクションは起こさないと……あ?」

 

 唐突に風の流れが変わった。砂塵の中に、鋭い殺気が混交している。これは故意のものだ。肌に刺す熱線は、砂漠に咲く天道の仕業じゃない。人が発する生々しいものだ。

 カランカランと、寂れた廃墟に反響する不気味な足音。接近している。それが明瞭に分かるほどに強い音。

 

「あの御方の周りに煩わしい蛆が嗅ぎまわっていると思い奮い立ちましたが、あなたでしたか」

 

 鈴を転がすような声色。その中には凛とした憤りを内包している。狐の面が遮ってくぐもった声の筈が、首に死神の鎌を当てられているように耳元囁かれている感覚が、脊椎を冷たくさせる。

 

 狐だ。狐の面で豹を覆い隠し、絢爛華美だが機動性に長けている、和の意匠をふんだんに取り入れた特徴的な装い。椿のように毅然と。流水のように凛然と。道程に剣を突き立てている。

 頭のてっぺんから足の先まで百鬼夜行を語る振る舞い。コイツほど、正体を暴きやすい犯罪者もそう居ない。素顔を隠すのはもう何のためなのか。ただのお洒落にしては随分悪趣味だが。

 

「……こいつは驚いた。いつの間にアビドスは動物園になったんだ?こんな珍獣中々お目にかかれない」

「飼い主の躾が巧みなのでしょう。実際に私はこんなにも虜に」

「おっと、それはきっと嘘だ。観光客にそんな物騒なもの向けるなんて、躾が足りない証拠だろ」

「ならばあなたは野生の害獣ですね。アビドスの生徒たちには狩猟の心得がないのでしょうか。こんな獣を放置するなんて」

「お互い様だ狐。病気が移る前に檻に戻ってくれよ」

 

 酷い言われようだな。しかし、タダより高い物はないという。両手に用意した撒き餌もお見通しって訳か。異様に聡い危険察知は、乙女と化しても健在。どうやら、恋に錆びても心は鈍らにはなっていないらしい。見せつけるようによく研磨した短刀を携えやがって。

 

 ある程度の面識がある分、誤魔化すのも無理がありそうだ。しかし、強行突破もコイツ相手じゃ少々手厳しい。破壊オタクだと思ってたが、スニークまで備わっていたことすら初耳だった。まだ、未知の手札が備わっているかもしれない。

 

 本当に飽きないな。ここは。

 

「災厄の狐が囀りもせずこそこそと、その冠、返上したらどうだ?」

「下手糞な挑発も治ってませんね。あなたには悪いですが、あの御方のため、死んでいただきます」

 

 ナイフのゴム製のグリップが手によく馴染む。掌に張った神経が喜んでいる。久しく味わえていなかった闘争の中の緊張感に打ち震えている。皮手袋越しでもはっきりと解る命を奪うまでの感触。握るナイフにしみ込んだ記憶が、神経が反芻している。

 

 交わす言葉はもうない。要らない。

 

 飛来してくる短刀。磨かれた刃は正確に眉間を狙う。高速で放たれたそれは、虚を突かれれば成す術もなく受け入れることとなる必殺だが、正面からではただの威嚇。

 手持無沙汰の左手でそれを難なく掴み、銃撃戦の構えに入った狐により速く返す。

 

 空気を裂いて眉間を見据える刃先に臆することなく、難なく返礼は受け取ってくれたようだ。感謝の気持ちを込めて色も付けておいた。

 

「オマケ付きだ」

「っ……」

 

 狐は一瞥して見落とす。短刀の柄に括られているのはピンを抜いた手榴弾。迎撃に入ろうとしていた意識は、否が応でも防御に割かれた。

 

 随分と甘い威嚇だった。幾ら牙は研いでも、抜けていたら意味がない。少し手本を実践で見せてやろう。経験豊富な大人の教導だ。

 

 怯んだ狐はとっさに腕を前方に、来るはずの衝撃に備える。が、ピンが確かに抜かれている手榴弾は沈黙を貫くまま。狐がきつねにつままれるとはお笑い草だ。

 この隙は逃さない。ナイフを構えて音もなく疾駆。銃撃相手で間合いを調整されるのは致命的だ。発砲もままならないほどに近接に移動し、焦燥を煽る。

 

 しかし、穿つは心臓でも脳でもない。

 

「胴ががら空きだ、狐」

 

 視界不良と脳へのダメージを抑えるため、上方を主に守ろうとした一辺倒な防衛があだとなった。対応のし難い下段へと体を這いずり込ませ、疾駆の勢いは保存したまま、下腹部へナイフの矮小な刃をえぐり込ませる。

 痛みでえずく声が耳に響く。苦悶の嗚咽はダメージがしっかりと刻まれている証左だ。

 

 そのままの勢いで、流れるように塀へと叩きつけ、蹴りを入れると同時に、ナイフを勢いよく抜きとる。その際に、ナイフの刃の位置を歪ませて傷口を広げることも怠らない。

 

 滂沱の鮮血は、雨が跳ねるように飛び散る血は、俺の口角をより引き上げる。

 

「まさか、レプリカの手榴弾に騙されるとはなぁ……」

 

 恋は盲目というが、ここまで節穴と化しているとはな。すこし目を凝らせば見分けのつく玩具だっていうのに。お陰で腹にも追加で大穴を開けてやれた。

 

 驚嘆の感想をこぼしながら、狐へ投じるもう一つの手榴弾。さて、今度はどっちだろうな。実物であれば、葛藤の時間なんてない。痛む腹を度外視して防御に徹するか。ブラフだと見込んで攻めに転ずるか。それとも、流れる血を引きずって距離をとるか。

 

「くっ……」

 

 速やかに体勢を立て直した狐は、近くの家屋の屋根へと飛び乗る。なるほど、距離をとって安全圏から、弾幕を描くことを選んだらしい。ま、無駄な努力だが。

 

「もっとアクション映画を嗜むんだな。臆病風に吹かれた奴から死んでいく」

 

 跳躍の体制を見込んだ時点で、手に握った鋼糸を手繰り寄せるように思い切りよく引く。するとどうだろうか、離れようと奮起した狐の体躯は、意図を裏切り爆心地へと引き込まれる。

 先の一撃。ナイフを腹に叩くと同時に、接近した好機を逃さず、次の一手の布石を組み込んだ。体に仕込んでいた暗器のワイヤーを狐の震える胴に巻き付け、体の自由を奪うための下拵えを施した。

 

 後は油でカラッと揚げるだけ。

 投げ込んだ手榴弾は閃光手榴弾。陳腐な仮面越しじゃ、百万カンデラの光量は決して遮らない。是非、やってみるといい。フライドチキンより簡単だ。

 

「い、ああっ……」

「囀りは語彙が豊富なくせに、辛苦は表すのが不得手か?」

 

 息つく暇もなく引き込まれる体は、やがて俺の真正面で留まった。猛烈な神経への刺激と、刺し傷の痛みが抵抗のやる気を削いだのか、サンドバックのように藻掻くもない。広がった胴体に、再度、傷口に塩を塗る。

 

 ヘイローを宿す人型に、大抵の打撃は無力化される。だからこそ、顔や腕など主要な器官を狙ったところで、相当のダメージもなく体制を整えられる。狐を相手にそれは面倒だ。故に、既存の重症を拡張させる路線が最も有効打になる。

 

「たった数秒で意気消沈か……」

「がっ……!」

 

 再び、同じ場所にナイフを刺し込み、躊躇いなくミキシング。狐の小腸でスムージーの完成だ。まずこれで間違いなく戦闘続行には失血のリスクを負う。全治にも時間がかかり、あえなく災厄に狐は舞台から退場せざるを得なくなる。

 

 にしても、随分鈍ってるなコイツ。以前のようなトゲもない。荒々しさも静謐になっている。今更お淑やか気取りも痛いな。

 

「……隙があるのはそちらではなくて?」

「!チッ……」

 

 引き金に指がかかる音。隙間なく醸される硝煙と、薬莢の落ちる音が、やけに耳元で聞こえる。

 ワイヤーギミックを逆手に取り、クロスレンジでの銃の使用を選択肢に入れられたか。この重傷で反撃なんて勇気。流石は獣。化け物じみてる。

 

 流石にこの至近距離で、弾の集中攻撃は痛い。ここはワイヤーを千切ってでも距離を取らないとな。

 

 とっさにステップを踏む足元に何か違和感が走る。

 

「……いつの間に」

「奇しくも同じ末路ですね」

 

 踵の真後ろに根深く刺さった短刀。揶揄う声が届いたのは、蹈鞴を踏んだ後だった。突き放すような足運びに、それを遮る障害。体制を崩すのは自明の理だった。

 

 そして、横目に見えるのは臨界点を今にも超えそうな破片手榴弾だった。

 

「意趣返しのつもりか!阿婆擦れっ!!」

「ええ。だってこれはあなたと同じですから」

「は……チッ!」

 

 左の太腿に鋭い痛み。見やれば、陽光を反射する鏡のように透き通った刃縁と刃文。嬲られた神経は叫びを上げる。滲み出た鮮血は、絵具よりも深みのある色合い。

 こんな奇抜なオブジェをズボンに装飾する趣味はない。こんな物騒なものを脚から生やすようなミュータントでもない。

 

 紛れもなく、穿たれた。

 

 まさか、さっきのはブラフか。それも、俺が使った手札の二番煎じ。そして使いまわされたのは俺の小道具と同じ。

 本命は逆。と気が付くころには、体の至る所に裂傷が刻み込まれていた。情けない。まんまと同じ手に引っかかって傷を作られた。

 

 何とかワイヤーは外した。接近するにしても、煙から飛び出る体躯を窺うわけで、迂闊な攻撃はしてこないだろう。

 だが、傷をものともしない大胆不敵な反撃は、狐らしさがある一手だった。こんな軟弱なまま腐るわけもなく、研いだキバは抜けても役に立つって所か。

 

「人の芸をパクリやがって。狐でも猿真似はできるんだなぁ」

「ええ、あまりに単純な策だったのですが。まさか騙されるとは。こんな大道芸、今時五歳にも受けませんよ?」

 

 言い様には余裕がある。ゆったりとした句の紡ぎは、強者の風格が備わっている。しかし、依然、アドバンテージは此方にある。傷の具合も重篤なのは相手だ。失血まで秒読みの中、長期戦に持ち込むわけはないだろう。

 自身の傷を指先でなぞる狐。仮面で豹をひた隠しにしても、脂汗がにじんでいるのがわかる。苦痛や肩の上下も誤魔化せない。

 

 なら、お望み通り短期決戦で決着をつけようか。

 

「……一つ、忘れてないか?」

「?」

「俺に白兵戦を挑むってことの意味を、よっ……!」

 

 固く握った拳はただ、眼前の万障を壊滅させるためにある。指の一つ一つが破壊をなすべく、一つの手のひらに集約する。最高の力で、一撃で毀つために、一点に潜在能力を収束させる。

 奮起に呼応するように、天輪も神秘の輝きを煌々と。止め処ない膂力が全身を巡り、神経の駆動を加速させる。研ぎ澄まされる感覚。遍くを凌駕したような全能感。体躯に隈なく塗りつぶされた力の本流の充足感。

 

 決して未熟な子どもでは到達できない領域に、俺は足を踏み入れている。 残念ながら俺は、手前と違って”大人”だ。

 

 筋繊維の一本一本が讃美歌を挙げている。漸くこの時が来たと。この溜めに溜めた持て余す剛力を、惜しげもなく開放できることを。枷の外れた奴隷が、自由を謳歌するように。須臾の先の破壊を、待てず逸る。

 何せ、久しい。最近はどこかしこも和みに日和って、隔靴掻痒の思い募っていた。鬱憤を碌に吐き出せず、心はいつしか癇が高ぶっていた。

 

 さも風になる感覚。肉体が消失し、意識は気体と紛れ流動するように。ともすれば残ったのは闘争と駆逐の意志だけで、この拳が敵を穿つのも至って自然だ。

 

「シッ……」

「な……あ」

 

 狐は失念していた。恋愛にかまけて脳がちっさくなったらしい。

 俺の本領は猪口才でも口達者なトークバトルでもない。神秘をその身に宿しながらも、大人として完成され、その上で研鑽された力の丈を存分に練り込んだ、他の追随を許さない圧倒的な身体能力。

 

 俺に肉弾戦を嗾けるってのは、自殺志願者ですら生きる希望を無理やり見出すくらいには愚行。男なら去勢と天秤に掛けても選ばない。女であればマフィアと寝てでも回避したくなる。

 

 単純な力比べならキヴォトスでも賞を飾れる自信がある。ハルクだって凌駕してやる。

 

「くたばれ……!」

 

 固い拳骨が咀嚼する爆砕。じりじりと響く破壊音は手ごたえを表している。

 粉微塵と化した面はかつての面影もなく。頭蓋周りの肉壁を飛び越えた衝撃は、骨にまで波紋を呼んだ。

 

 そうだ。殴打とは真にこれを示す。久しく味わえてなかった情動が、沸々と湧き上がる。この砕けて壊れる感触。総てが壊れ行くその刹那の確かな感触をまた掴み取った。圧倒的な悦楽が咽び泣いている。

 

 このまま、彼方へ飛ばすのも芸がない。だったら興が乗るままに任せて、本能の一切合切を、この華奢にぶつけよう。

 

「ツアーは始まったばっかだ。まだ還んなよ?」

 

 顔面にめり込んだ拳を、地面と垂直に立て、勢いは衰えさせず叩きつけるように落とす。

 空前の力で下降する首に負けた体幹は、体の軸を放棄し胴と足を投げ捨てた。 上下が入れ替わるように昇る脚。首から上は大地と衝突した。

 

 丁度、お誂え向きな位置に足が上がった。無抵抗な足を鷲掴みに、さらに鞭の要領で地面へと叩く。

 

「それっ!!」

 

 蜘蛛の巣のように複雑怪奇に罅を描くアスファルト。衝突が惹起した波動は、広範囲の大地を歪に変えた。近隣の家屋が軋む。周囲の建物が崩壊する。破壊に躊躇いの無い攻撃に骨の髄まで轟く鈍い悲鳴が上がった。

 

 骨は幾つかいったな。息は辛うじてある。だが、このままではキヴォトスでは稀有な死も匂ってくるだろう。これ以上は息の根に手がかかる位置だ。生憎と被せる布もない。

 可及的速やかな治療が必要になるが。果たして、この辺境で悪名高いこの狐に手を差し伸べる物好きがいるだろうか。

 

 もし、仮に居たとしても、畢竟、辱めかネクロフィリアがいいところだろ。

 

「全身で滑稽さを表現できてる。巧いじゃないか、チャップリンって呼んでやるよ」

 

 キャンキャン煩わしい狐も過去。大人しくなってお座りまで覚えたらしい。躾ってのはこうやるんだよ。少し戯れすぎたか。路傍で雑踏の波に揉まれた軍手みたい草臥れてる。後で褥も用意してやろう。埋めても土が入り込まない丈夫なやつを。

 

 しかし、俺も人のことが言えたものじゃない。鈍らなのは同じ穴の狢だ。速度も威力も数年前とは劣化が顕著に出ている。これでもまだ齢二十代前半だ。中々、若々しいつもりだったが。水面下で蹌踉も進行してるのか。

 まあ、都度、調整を心がければ終わる話だな。今後、少なくともこの仕事上、厄災の狐以上に厄介な敵対なんて心当たりにない。俺の未知のどこかに彷徨っているかもしれないが、危ない橋は出来るだけ渡らない主義だ。百で勝機がなければ撤退するだけ。

 

「さあ、とっとと先生を追うか」

 

 とっくに去った先生の轍を見極めながらこの場を後にする。

 

 横目に転がる面の破片。なんとなしに目に余る。終ぞ、狐の鳴き声は聞こえないままの……筈だった。

 

「あ……?」

 

 おかしいな。俺はいつから歩き方を忘れたんだ。一歩目を踏み出そうとした脚は虚空を薙いで、俺は地面と口づけをしながら熱い抱擁さえ交わしている。

 こんな性癖に目覚めた覚えはないんだがな。流石に手広い俺も、アスファルトは遠慮したいが、地面との距離は中々縮まらない。

 

 いや、違う。これは決して、唐突に大地に欲情したわけじゃない。左足から全身の神経を伝ってくる鋭い痛みは、まさしく記念すべき一歩目を徒花にしたクソッタレの証左。

 

 コイツ、俺の左脚になんか恨みでもあんのかよっ。

 

「っ……やってくれたな、女狐」

 

 左脚ふくらはぎ。深々と刺さっている何かに神経は咽び泣く。痛覚のキャパシティーは臨界点に、既に白旗を挙げていた。

 これは、短刀。百鬼夜行のお家芸、刀ってやつか。切れ味はマチェットよりもいいらしい。だって、あのデッドプールも愛用してた。

 しかし、生憎と俺はデップーじゃない。あんなイカしてイカれた再生能力は持ち合わせてないんだ。こんな深手、早々治らないだろう。

 

 遅れて自覚する傷。重役出勤なんて生意気な。

 

「……ふふ、まさか四足歩行が趣味だったとは。獣の渾名はあなたのほうが向いているのではなくて?」

「猿真似の次は鼬の最後っ屁か?まるで虎の威を借りる狐だな」

 

 こっちは仮にも、傭兵稼業が生業だ。この程度の痛みは直ぐに引く。大したケガじゃない。

 けど痛いもんは痛い。人一倍、痛みに耐性はあるつもりだが、ヘイローを内包する限りこうも血を垂れ流す怪我ってのは経験が無い。まだ初心な大人なんだ。

 

 てかコイツ、一体どんな怪力でぶっ刺しやがったんだ。今度からハルクって呼んでやるよクソ。

 生来キヴォトス生まれは無駄に頑丈。寧ろ、その位しかプラスな取り柄が無いくらいだが肉体はかなり丈夫なんだ。だが、その頑強さを超えて刃の面目躍如が実現するなんてな。

 本来、刃物なんて脅しにもならないおもちゃだが、ここまで煮え湯を飲まされるとは。おめでとう、お前は立派な武器に昇格だよ畜生。

 

「おいおい、まさかこれで対等にでもなったつもりか?どうやら、腹だけじゃなく脳みそまでシェイクされたらしいな」

「あら、地に這い蹲った姿はとてもお似合いでしたのに。なら、今度は二度と立てないようにしてあげましょう」

「言ってろよクソアマ。そんじゃあ、第二ラウンド―」

 

 懐に手を伸ばし、握ったのは秘密兵器。マーケットの職人の法を超えた神業で作った、特注のビックリドッキリメカだ。

 

「―お預けだ」

「っ」

 

 須臾にも満たない一瞬の内に、視界は完全に遮られた。レッドウィンターにもないホワイトアウト。相手の視覚はこれで腐った。

 白に染まる視界。異常な速度と範囲で、煙は魔の手を蔓延させる。

 

 この局面をひっくり返す一石を投じた。投げ入れたのは発煙弾。しかし、コンビニで買えるようなちゃちな性能じゃない。

 兵器制作において懇意にさせてもらっているマーケット製の特注品だ。発煙弾とはいえ魔改造された性能は度肝を抜く。煙が及ぶ範囲は通常の十倍。速さも十倍。濃さは知らない。が、こんな狭苦しい住宅街だ。あっという間に何も見えないだろう。

 

 かなり乾坤一擲な逃亡だったが上手く撒けたな。補足されるリスクはあったが、逃避行っていうのは危険があるから盛り上がるもんだ。痴情の駆け落ちは憧れるね。

 

 そもそもの話、真面にやりあって勝てる相手じゃない。リスクとスリルは大好物だが、敗北は嫌いだ。基本的に負けが込んでる勝負は挑まない。

 狐坂ワカモは人じゃない。相手にするなら未曾有の災害だと覚悟して臨んだほうがいい。あの妙にセンスのない二つ名の通り「厄災」みたいなもんだ。無差別で無尽蔵な爆撃。絨毯攻撃を一人でやってのける火力の前に、俺個人じゃ成す術もなくお陀仏だろう。

 

 その点、先生には命を救われた形になる。

 あの獣をよく堕とした。最高だぜ色男。腑抜けてたお陰で命拾いをした。

 

「んじゃ、お礼参りと行こうか」

 

 

 

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