悪い大人でも青春を謳歌できますか? 作:三度の飯より曇らせ
過去編はいつかやります。
主人公の立場上、他生徒との絡みがみがどうしても少ないんですよね。
アビドス高等学校。とある一室の雰囲気は剣呑に張りつめていた。
まるでポーカーの席に着いたように、息をするにも一苦労。酸素が十分肺に満たされない息苦しさがある。息の乱れは心の乱れ。刹那でも心の機微を見せたらその瞬間デッドだ。もしかしたら今座ってるのも電気椅子に思えてきた。
視線と視線で鍔迫り合い。確かに、百鬼夜行伝統の殺陣ってやつは好きだ。いいよな独特の迫力があって。けど、須らくドラマってのは鑑賞するのが一番だな。今日、学んだよ。
混ざりあう疑念の視線。五つの猜疑心が一つの矢になって俺の精神を痛めつける。
何も魔女狩りみたく疑心暗鬼にならなくても。どこから生まれたんだその一体感。アッセンブルは止めてくれ。俺は異星人でもないし、念力も使えないぞ。
その連携力はぜひ戦場で発揮して欲しいんだがな。こういう時だけ息を合わせるのは何なんだ。
他方、先生はタブレット端末とにらめっこ。食い入るように眼差しで瞳を左右に揺らしている。
多分、趣味に合ったグラビア写真でも見つけたんだろ。分かるぞ、その気持ち。俺もよく谷間の闇に視線が吸い込まれて困る。先生の力強い眼力は、その時の眦によく似てる。
だが、ズボンを下ろすのはよしてくれよ。それじゃブルーじゃなくてピンクになる。アダルトに高校生が登場したらそれは色んな意味でまずい。ここは十八歳以下も歓迎しなきゃ。
冗談はさておき、今、先生は連邦生徒会へと俺の存在について直接確認を取っているらしい。
まあ疑り深い。先生まで俺を胡乱な目で見るなんて酷い大人だ。しかし、賢明だ。まさか無条件で信用するものなら噛み応えがない。ポップコーンだってその触感が愛されているんだ。マシュマロは相応しくない。
つまり、俺は針の筵ってこと。若しくは、飢えたライオンが屯ろする檻の中。
どうやら先生を筆頭にアビドスの連中は、この一連の騒動の黒幕を俺だと思い込んでいるらしい。いやいや、こんなのが黒幕なんてC級脚本もいいとこだ。コメディでも誤魔化せない。レビューはきっと大荒れだな。
そもそも、ラスボスは最後のダンジョンでどっしり構えるのが王道だろう。序盤で実はラスボスはコイツだったてのは趣味じゃない。俺は専らドラクエ派だよ。FF派は敵だ。
というか、ここで謀が頓挫したらそれこそ駄作だ。歴史に残る阿呆になる。俺が新聞の一面を飾るのは、宝くじを当てた時だけって決めているんだ。勘弁してくれ。
「……うん。確認が取れたよ。安心してくれ。彼は正式なサポーターだ」
「……うへぇ。それなら良かったよ~」
へえ、流石だ防衛室長様。こういったのはお手の物だな。やっぱり詐欺師が天職だよ、アイツ。
殺伐とした空気は一旦、鳴りを潜める。各々が俺に向ける視線も幾許か穏やかになった。これで漸く落ち着いて茶も啜れる。うん、いい渋みと深みだ。
「なんだ、ホントに先生の関係者だったのね。登場の仕方が紛らわしいのよ!」
「悪かったよ。一度やってみたかったんだ、ああいうムーブメント。ほら、いきなり現れる物語のキーパーソンとか、かっこいいだろ?」
「ん、理解できる」
「あはは……そのせいで私たちは勘違いしちゃったんですけどね」
さっきの痛ましい静寂は何処へ。先生から言質が取れたや否や、談笑に花を咲かせる女子高生。
全く、危機感がないな。こうも容易く受け入れてくれるとなると、逆に美人局を疑う。もし、背後に研いだナイフでも隠してるなら将来有望だ。きっと大物になる。
「でも、珍しいですよね。ヘイローを持った人型の男性って。私、初めて見ました」
「言われてみればそうね……」
「私も色々な方たちと交流したことありますけど、初めてですね~」
「……確かにね~。先生は確か外から来たんでしょ?」
「そうだね。だから私には生徒たちのようにヘイローが無いけど……そうすると君はキヴォトス出身なのかい?」
確かに、俺のようなケースはレアだ。福引なら特賞。ビートルズのカンサス・シティとも肩を並べてる。
生粋のティーンエイジャー好きのキヴォトスは、何故か女性が住民の大半占めている。しかも、霊長類に至っては凡そ雌型だけという徹底ぶり。キヴォトスにとって男と言ったら、思わず撫でたくなるような体毛を拵えた直立二足歩行の獣のみ。
ああ、人型の鉄塊は例外だ。あれに性別はない。立派なサンクトゥムタワーを備わってるっぽいが、着床まで出来たらそれはもう、作ったやつの趣味を疑うね。
そして、基本的にヘイローは霊長類にしか持ちえない神秘の象徴。つまり、女しかヘイローを持つことが無いって訳だ。
じゃあ、お前はどうやって生まれたのかって?
知りたいならマーケットにあるお勧めの裏ビデオ屋を紹介してやる。何がとは詳しく明かさないが現役が出演してる、保健体育の教科書よりも実践的だ。一部を除いてな。
「もし外から来たとしても、こんな趣味の悪いオプションを頭の上にぶら下げないな。ならまだナゲットの量を増やすほうがマシだ」
「うーん。私は、ヘイローがあるのも当たり前すぎて気にならないですね。特別、害もないですしね~」
「何か形があるわけでもないですしね」
「て、そうじゃなくて!てことは、アンタはここで生まれ育ったってこと?」
「……ああ、そうだな。悪いが、これ以上出自を答えることはないぞ。ミステリアスな男を目指してるんでな」
そう締めると話題も尽きたのか、会話に咲いた花も瞬く間に枯れていく。が、桃色の髪の少女、小鳥遊ホシノが新たな話題の種を撒く。
「でも、先生とお兄さんには助けられたよ~。ウチはもう物資が尽きかけてたからね~」
「そうですね!何度も執拗に攻撃してくるので、その度に毎回消費をしているとどうしても足りないですから……」
「ただでさえ元々困窮しているので、とても助かりました!」
やっぱ物資の提供をしてたか。しかし、あの身軽さでどう運んだのか。
明確な援助になるくらいだから相当な量だろう。まさかゲームよろしくアイテムボックスなんて物がある訳でもない。それが実現してんならもう二十二世紀待ったなしだ。青い狸も顔を覗かせてるだろう。
まあ、恐らく事前に手配したって形が妥当か。それ以外ならもうマジシャン。先生なんて辞めて大道芸で稼ぐことを勧めるよ。
「助けになれたなら良かったよ。また足りなくなったらいつでも言ってね」
「悪いな。土産の一つも拵えなくて。詫びとして次も手を貸してやるよ」
「次って……」
「やる気なんだろ?小鳥遊」
「うへえ……分かるんだ」
少し、小鳥遊ホシノの鈍らな双眸が、鋭利なナイフのように研がれていたような気がした。
気のせい、な訳がない。仮にも約三年間、この苦境を乗り越えた精神は生半可じゃない。溶けるようになだらかな眼はきっと何かをひた隠しにしている。敢えて腑抜けを演じてる道化ってことだ。
だって、その闘気、殺意は隠しきれずに漏れ出している。もう燃料は満タンだってのに、何がそんなに満たされないのか。溢れても、溢れても注ぎ続ける。それでもまだ、渇いている。
隠す気があるとすら最早思えない。とても、その華奢な矮躯に収まるような量じゃないんだ。明らかに、身の丈以上の何かを抱えてる。そんな目をしてる。そして、その今にも死に急ぐような暗い目を、俺はよく知っている。別に望んじゃいないがな。
「やる気って……ホシノ先輩、どういうことですか?」
「これ以上、迎撃を続けても埒が明かないからさ。ちょっと計画を立ててみたんだ」
「計画ですか……?」
「うん。今、ヘルメット団は撤退して物資も枯渇していると思うんだ。だからこっちから攻めちゃおうかな~って」
確かに、数という土俵じゃ競り合うことすらできない差だが、個々の戦力や物資の潤沢さが勝っているのは間違いない。丁度、シャーレからの支援物資も届いたことで調子は万全。それを好機と見たんだろう。
まあ、悪くない判断だ。
穴熊だけじゃ戦局はひっくり返せない。時には強気に盤上を荒らす必要だってある。それに、相手の油断だってあるだろう。何せ、今までは此方が攻めるばかりで相手から攻めてくることは一度もなかった。何事も非日常に人間は狼狽えるものだ。
例えば、毎日摂っていた朝餉をなくすこと。毎朝快便だったのに今日は出ない。何気なく毎日通っていた道を逸れて寄り道してみる。いつもと違うことをしてみる、起きると、どうしても調子が出ないものだ。なんていったって人間は単純で脆いからな。
「言うは易し。場所は把握してんのか?」
「勿論だよ。地形までメモしてるよ」
「噓でしょ……あの、ホシノ先輩が……」
「今日は特に真面目」
「……先生は、どう思われますか?」
メガネがチャームな麗若き生徒が、実質的な司令官である先生に意見を仰いだ。
現状、最高責任者は先生だ。彼の鶴の一声で攻めもすれば退きもする。まるで指先の糸で繋がったお人形だ。ごく一部、チャッキーみたいなやんちゃ者も居るが。
本当に末恐ろしい。尊敬を超えて、身が凍る恐怖が顔を出す。まだ知り合って数刻ばかり。時計の針が半周もしない内に、若人の思春期のハートをがっちり鷲掴みしたんだ。
普通、こんなにも容易に人の信用を貰うなんて在り得ない。どんな優秀な人間だって非現実的だ。通販で注文するかのように、指先のワンプッシュ程度の労力で信用を生み出している。まるでシミュレーションゲームを見ているようだ。
だが、ここは紛れもない現実だ。選択肢がある訳もなし。甘い言葉やプレゼントで上がる単調な好感度なんて無いっていうのに。
「私はいいと思うよ。くれぐれもケガをしないようにね」
「よっしゃ。先生のお墨付きも貰ったことだし、この勢いでいっちょやっちゃいますか~」
アビドス対策委員会とかいう集団の頭が放った激励の声で、生徒のやる気はみるみる上がる。
いいね、団結って感じで。仲間と一緒に同じ道を走り抜けるなんて眩しい青臭さだ。友情、努力、勝利のセンターも飾れる。だが、それも期間限定だ。一話限りの読み切り掲載。
人間関係なんて遠慮会釈もなきゃ何でもないことですぐに切れる。笑中に刀あり。隣の気になるあの娘の気持ちだって測れない人間に本心なんて分かる訳もない。
それぞれが、銃やドローン、武装の手入れを始める時分。俺も空気を読んでナイフ手入れでも、と腰に手を伸ばそうとしたが、後ろに気配を感じる。
「遠足の準備は済んだのか?おやつと水筒も忘れずにな」
「……うん。てるてる坊主も吊るしたから、曇りもないよ。そういうお兄さんは大丈夫そ?結構歩くからね……脚は伸ばしておいたほうがいいよ」
そうして絞られた視線が向かうのは、俺の左脚だった。やれやれ、隠したつもりだったんだが。歩き方だって自然を意識していた。重心も偏らないように細心の注意を払ったが無駄だったな。
お見事なジャックポットだ。察しがいいな。いや、この場合が目が良いんだろう。他人の傷には人より中々敏い。どうやら脚の傷、それも結構な血の匂いが漂う生々しい傷が彼女の疑心暗鬼を呼び出したらしい。
細められた眼光は、ありありと疑念を運んでくる。遠慮がないな。まあ強気な女は嫌いじゃないが。
全く、これだから女の情動は難しい。ただでさえ、秋のお天道様みたいに気まぐれなんだ。そこに異常気象まで現れたら、快晴なんて夢のまた夢だろう。誰か、天気の子を連れてこい。
残念だがカウンセリングには門外漢でな。俺に、主人公みたいな口を開けば名言が出る器量はない。そういうのは先生に期待してくれ。
「忠告ありがとう。ラジオ体操でもしてくるよ。出るころになったら呼んでくれ」
「……」
俺の口先はそれほど技巧派じゃないから、これ以上、有耶無耶に誤魔化し続けるにも限界がある。だから、腹の探り合いは苦手なんだって。
下手人の奴原はカタカタヘルメット団と名乗っているらしい。随分イカしたネーミングだ。その調子でパンダの名前も任せてやりたいよ。
根を下ろしていたのは、アビドスのゴーストタウンの街一角。パトロールでも余り縁が無いエリアらしい。
しかし、かなり広いエリアを塒にしている。ナビゲーターが言うには半径15キロメートルは敵の手中なようだが、居候のくせに図太いなヘルメット団とやら。世界のあらゆる寄生虫もびっくりだ。まさか、自分より上が居るなんて思ってもいないだろうな。
「さて、ぶっつけ本番で何も聞かされてないんだが、脚本の準備とかは?」
「ここからはアドリブでお願いね~」
「いざという時の指揮は私に任せて。とりあえず皆で一塊になろう」
コイツ、正気か。お得意の慧眼も曇ったか。送られてきた敵のシグナル。その数を理解してるとは思えない。
あれはもう打たれ弱いだけのゴキブリだ。群れを成すには定評があるゴロツキ。幾ら、能力で勝っていても多勢に無勢じゃ、あっという間に被捕食者へ早変わり。その悪手はハンター協会の会長だって苦言を呈す。
「そりゃ下策だ。戦闘要員は一人ずつ分散したほうがいい」
「その心は……?」
「固まるってのはつまり、一点だけを攻撃するってことだ。そうすると敵はその一点だけを対処してくるし、そこにだけ戦力を固めればいい。当然だ。他に労力を割く必要もねえんだからな」
こんなに広いフィールドで戦場をただの一点だけに絞るなんて愚行もいいとこだ。折角なら、この広さを活かした方がいい。
もし固まって一点突破を試みた場合、必然的に五人対N人の構図が出来上がるわけだが、敵の戦力も未知数で数の不利は確定してる状況だったらこっちが一方的に嬲り殺されるだけだ。
ビルも屹立して死角だって多い。この数なら有象無象だって虚を突くのも難しい話じゃない。もし爆弾なんて落とされたらそれこそ詰み。プラトーンのラストシーンの準備もしなきゃならない。
これが同程度の数で、相手がプロの精鋭で個々の能力に差があるだけなら、その戦略で正しかった。しかし、今はそうじゃない。
「五人が連携した時の火力は確かに高い。だが、それでも数の暴力には敵わない。新鮮な生肉を体に巻き付けてから、ライオンの前でサンバを踊るようなもんだ」
「じゃあ、どうしたらいいのよ。そんなに否定するなら奇策の一つはあるんでしょうね……」
「ああ、ある。……お前ら、あっち向いてホイは知ってるか?」
『?』
全員の脳に、疑問が首を擡げている。お手本のような表情だ。
「あっち向いてホイをやって、一回は思ったことがあるだろ。四方いっぺんに指を差せないかって。そうすりゃ絶対勝てるんだからな」
「別に、一々そんなこと思わないけど……確かにそうすれば勝てるわね。って何の話?!」
「この状況は、大体あっち向いてホイと同じだ。相手が予測した場所と全く異なる方角にこっちは攻め込めたら勝ち。かっちりハマって掌で踊らされたら負け。けど、今、俺たちは所在から襲撃予定ポイントまで敵にバレてるんだ。負けは必須」
相手にどっちを向くか事前に知られてる中で挑むあっち向いてホイなんて、余りにも詰まんないワンサイドゲームだ。スリルなんて介在する余地もなく、それじゃあもうゲームとして破綻してる。負けると分かっている勝負なんて何が面白いっていうんだ。
「なら四方向を同時に攻めればいい。一方角につき一人同時にアタックすれば、相手は四つに戦力を分散させて同時の対処を強いられる。手が回りにくいし、多少やり方も雑になる。残りの一人はリベロでもやってりゃいいさ」
「でも、それでは結局、人数不利は変わらないよ。寧ろ、一人でいる分、危険性は高い」
「結構、薄情だな先生。生徒たちの力量は信用できないか?あんなゴロツキ、幾らかならコイツ等一人だけでも対処できる。もう一人の大人として、保証してやる」
「……しかし―」
「用心深いな。心配すんのは自宅の施錠くらいで十分だ。俺だって遊撃として参加する」
静かに目を瞑る。思考の回転に全意識を回し、あらゆる見越せる状況を手繰り寄せる。
瞬く間の逡巡。それを経て、開かれた瞳は愚直だった。
「……いや、やっぱり七人で戦おう」
「……は?気は確かか?モルヒネでも打ってブリってんのか、アンタ」
さてはコイツ、ゲームの取扱説明書は読まないタイプだな。これだけ懇切丁寧に説明してやって、チンパンでも一語一句諳んじることができるほど簡単な言葉でも分からないかよ脳足りんが。
別に、難解な理論の理解なんて、何一つとして要求なかった。最初のジムだけ攻略しろって言ってんだよ。ダークソウル3をやれとは言ってない。
ああ、なるほど。今分かった。話が通じないっていうのはこんなにも人をイラつかせるんだな。実技を通して身をもって理解したよ。ありがとう、流石は先生だ褒めてやる。
「君こそ安心してほしい。ここに居る七人ならきっと、一点で突破できる」
「いや無理だ。実際、こっちが戦うのは五人。戦場が混沌になる。そこに立つ身にもなれ」
「問題ない。私が全力でサポートするよ」
「それでどうなるって言ってんだよ。結局は付け焼刃だ。才能に胡坐をかくのは勝手だが、俺を巻き込んで寛ぐな」
「二人とも落ち着いてください!今は仲間割れしている場合じゃないです!!」
「そうだね。もう敵が目の前だから、早く結論を出して欲しいかな。おじさんとしては、先生の案に賛成だけどね~」
多数派の意見を代弁するかのように、小鳥遊は正々堂々と意見を述べる。見渡せば、皆、連携を望んでいるらしい。寧ろ、一人で戦うことが少ないからこその不安。常に、この五人で切り抜けてきたからこその満ち溢れる自信。
そうか、合点だ。コイツ等は孤軍奮闘こそが異例なんだ。どんな逆境も、仲間との合わせ技で対処してきた生粋の隊。飽くまで、自分達五人の集団で一つの主体として捉えている。
勘違いしていた。これまで漏れなく、戦場で横に誰かが立つことは殆ど無かった。あるとしても、腐れの同業者か、こと切れた屍のみ。手を組むどころか肩を組むなんて、それこそ、此方にとっては未経験だ。
「……はぁ、降参だ。民主主義は素晴らしいと思うよ」
両手を挙げて降伏のポーズ。後にも先にも、こんな醜態を晒すのはココだけだと思いたい。
言っただろ。数の暴力には基本勝てないんだ。流石に、これを覆す妙策は浮かばない。今度、チェスでも習ってみようか。
「けど、悪いニュースが一つある。仕事柄、連携を取るのはビギナーでね。エスコートはアンタらに任せる」
「安心してください。私達が手取り足取り優しく教えてあげますよ!」
「それじゃ、話も纏まったことだし、作戦開始だよ」
小鳥遊の力強い声が戦場を支配する。その一声を皮切りに、生徒はその嫋やかな両手に武器を構え、勇猛果敢に乗り込んだ。その背中は小さくても、まるでアメコミの一ページみたいに輝いてる。
戦塵の混じる空気に当てられてか、柄にもなく高揚しているらしい。何事も初めてってのは昂るもんだ。幾つ大人になったって、少年の心と好奇心だけは忘れたくない。
だから、大人らしく我儘は捨てておけよ。欲張りなのはもっと柄じゃない。若々しいのは歓迎だが、餓鬼臭いのは御免被る。
言い聞かせる言葉とは裏腹に、ナイフを握る手に意味もなく力が入る。
隔靴搔痒な感情は何時までたっても好きになれない。ピーマンさえ克服できるってのに、その苦みだけはどうしても受け付けない。どうやら三つ子の魂百までってのも偉大な格言らしい。
思い通りにいかない現実を前にして感じる、このもどかしさは嫌いになるほどに味わい尽くした。食わされて食わされて食わされて、吐くことも許されず悉く嚥下して、まだ消化できてない。
知ってただろう。どうやったって上手くいかない、非常な現実の存在を。今更、藻掻いて何の益がある。そんな類の絶望を網羅して、折れたからこそ今の俺がある。
勝てない勝負は挑まない。あたかもリスクを見せかけて、絶対負けないように舞台をセッティングするんだ。誰かの骸と臓物と、一番知ってる血だけを固めたビクトリーロード。
落ち着け。まだチャンスはありふれてる。小鳥遊ホシノが孤立する機会なんて、スズメを見かけるよりも簡単だ。今回はまだ初見だった。初めてのマリオだってそう上手くいかなかっただろう。それと同じだ。
より優れた作戦を提示すると同時に、各人員を孤立させる。そうして一人になった小鳥遊を華麗に攫う。提供した作戦さえ通れば抜け目なかった筈だ。方角で分かれているからカバーも難しい。気が付けば一人居ない、というホラーのお約束が役に立つ。その内実はサスペンスなんだが。
待て、しかして希望せよ……だったか。チャンスはまだ潰えていない。その間は、ゆっくりナイフでも研いでおくとしよう。