宝石箱の宝石よりも   作:田島

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 ナザリック第九階層の一室には長大なリフェクトリーテーブルが用意され、着座した階層守護者たちやプレアデスの面々、そして主賓であるネイア・バラハの前にはコースの一品目として甘海老とフルーツのタルトが配膳されている。聖王国では王宮でも見たことがないようなきらびやかな魔法の灯りに照らし出された高い天井の明るい部屋の中には質の高そうな調度品がずらりと並び、そして何より勢揃いしたアインズの側近たちの威風にネイアはただどぎまぎして居心地悪そうにコップの水を口にした。

「お前がシズお気に入りのネイアでありんすか。わらわはシャルティア・ブラッドフォールンと申しんす、以後お見知り置きを。このナザリックでは主に物資の輸送を統括しておりんすゆえ、何かの折には世話になることもあるやもしれんせん」

「よよっ、よろしく、お願いします……」

 透けるような白い肌に黒いゴシックドレスが映える絶世の美少女に声をそうかけられ、ネイアは恐縮を深めてどもりつつも返事を返した。シャルティアと名乗った少女は魅惑的な笑みを浮かべてはいるのだが、何やらこちらを値踏みするような面白がっている風の視線がどうにも痛い。

「まずは自己紹介だよね、シャルティアにしては気が利くじゃん。あたしはアウラ、こっちは弟のマーレね。シズから話を聞いてあなたと会えるのすごく楽しみにしてたんだ!」

「あっ、あの、マーレ・ベロ・フィオーレです、よろしく、お願いします」

 美少年と思っていたダークエルフの一人称はあたし、美少女と思っていたダークエルフは弟。違和感に混乱を隠せないながらもネイアは頷きを返す。

「アインズ様ニオ仕エスルコキュートスト申ス。聖王国ニテアインズ様トシズヲ助ケ、コノナザリックニ賓客トシテ招カレテイルオ前ヲ、ナザリックノ一員トシテ心カラ歓迎スル」

 そして虫なのかクリスタルなのか一体何なのかよく分からない巨大なモンスターが歪んだ声で挨拶をする。見た目はモンスターだが大変礼儀正しい。続いてメイド悪魔たちも順に次々自己紹介を済ませ、一通りの自己紹介が終わったところで全員の視線がネイアへと向けられた。

「ええと……改めまして、ネイア・バラハと申します。魔導王陛下とシズ先輩に助けていただいたのは私と聖王国の方なんですが、こうして魔導王陛下の大いなるご厚情でこんなに素晴らしい場所に招いていただけて、皆さんとお会いできたことを深く感謝します。直接感謝をお伝えしたかったんですが……陛下は今回はいらっしゃらないんですね」

 アインズはこの食事会の場には顔を出していなかった。少ししょんぼりとしたネイアの様子を見て、ユリ・アルファが口を開く

「申し訳ございません、アインズ様も本来はバラハ様との親交を深める為に参加なされるご予定でしたが、どうしても外せない会談が急に入ってしまいそちらに対応中でございます。バラハ様への謝罪と、他の参加者はアインズ様の分までバラハ様をもてなすように、とのお言葉を賜っております」

「そうだったんですね、あのお美しい宰相の方もそれじゃ陛下と一緒に」

「……はい、左様です」

 顔色も変わらず声色にも変化はないがユリの返事は明らかに一拍遅れた。ネイア以外の全員に緊張が走ったが、特に気にした様子はなくネイアは微笑んだ。

「やっぱり陛下はご多忙なんですね。いらっしゃらないのは残念ですけど、滞在中にまたお会いできる機会もきっとありますよね」

「勿論。ネイアの為に、アインズ様はネイアの滞在中は、自分もナザリックに滞在するご予定。今回みたいに急な用事が入らなければ、話す機会もきっと作れる」

「本当ですかシズ先輩! 私の為になんて、陛下は本当にお優しい方ですね……」

「当然でありんすえ。アインズ様の海よりも深い慈悲の心はそれこそ海の如く、このナザリックの全ての者を包んで尚果てがないのでありんすから。確かにぬしは人間にしてはなかなかよく弁えているようでありんすね」

 機嫌の良さそうな声色のシャルティアの言葉に、ネイアは意外そうな表情を見せた。

「私も最初は恐ろしい方なのかと思っていましたけど、実際にお話すれば陛下の正しさとお優しさは誰にだって分かると思います。勿論全ての人と実際に話すなんて無理ですから、陛下の素晴らしさを陛下に代わって人々に伝えて広めていくことが、僭越ながら私の役目だと思っています」

 当たり前のような声色で告げられたネイアの言葉に、居並ぶ同席者は一様に感心の色を見せた。

「同感ダ。アインズ様ハ、皆ヲ導クタメノ厳シサト類稀ナル慈悲深サヲ併セ持ッタオ方。人間ハアンデッドノ外見デ判断シテ正シイ姿ヲ見ヨウトシナイガ、オ前ハ正シイアインズ様ノオ姿ヲ認識シテイルヨウダ」

「うんうん、分かる分かる。人間って見た目でこうだって決めつけるからね。そのせいでアインズ様の偉大さが理解できないなんて本当にかわいそうだよね」

「でっでもお姉ちゃん、ネイアさんは、ちゃんと分かってるよ? 人間も、同じ人間が言うなら、聞いてくれるかもしれないし」

「そこなんだよね、人間なのになかなかやるねネイアは。シズが見込みがあるって言ってたの本当だったね」

「当然。ネイアはわたしのお気に入り。アインズ様の偉大さを分かっているし、かわいい」

「か、かわいいって……私はペットじゃないですよシズ先輩!」

 わしわしとシズに頭を撫でくり回され困惑するネイアに、にんまりとした笑みをシャルティアが向ける。

「あら、個性的な顔立ちではありんすけど見慣れてくると確かに愛らしい気もしんすねえ。シズ、わらわにもたまに貸しておくんなんし」

「……シャルティア様は、許可しない。ネイアが怖がる」

「こ、怖がるって、なな、何をされるんですか私!?」

「あらぁ、ちょっと大人の遊びを、ねぇ? 安心しなんし、シズのお気に入りを壊したりはいたしんせん」

 ねっとりとした視線が首筋の辺りを舐め、ネイアの喉からひっと短く小さい悲鳴が上がる。呆れきった様子のアウラが横で長い嘆息を漏らした。

「シャルティア、あんたねえ、本当にそういうとこだよ? 恩を受けた人間をあんたが玩具にしてるなんてアインズ様が耳にされたらどう思われるのかちょっとは考えなさいよ」

「……ぐっ、ひひ、卑怯でありんすよちびすけ、ここでアインズ様のお名前を出すなんて! これはもてなしの一環、場を和ませるためのユーモアではありんせんか!」

「戯言ハヤメロシャルティア。ネイア・バラハハアインズ様ノ名ニオイテ迎エラレタナザリックノ賓客、オ前ノ手出シハ無用ト知レ」

「はいはい、分かったでありんすよ! あ・り・ん・す!」

 アウラばかりかコキュートスからも窘められ、むくれたシャルティアはぷいとそっぽを向く。

 玩具やら壊すやら不穏な言葉満載のユーモアにネイアは和むどころか戦々恐々となるが、過程と中身はどうあれ宴席らしい賑やかさが場を包む。魔導王陛下もいらっしゃったらもっと良かったのに、という残念な気持ちは心に引っかかったままではあるけれども、さておきこの場の同席者達の精一杯の歓迎の気持ちは(形はどうあれ)伝わってきて、困惑は隠せないながらもネイアの口角は自然と上がっていた。

 

***

 

 ナザリック第九階層の居住区には、ギルドメンバー四十一人各々の私室が設えられている。来客やその他の事態に対応するために同じ造りで予備のゲストルームがいくつか用意されており、他の階層守護者とは違って自身の領域や私室を持たないアルベドは予備の部屋の一室を私室として利用していた。

 アルベドの私室のドアの前に立ち、ノックをして声をかける決心がつかずにアインズはただ無言で佇んでいた。

 ゲームらしい設定、といえばそうだ。階層守護者や領域守護者に用意されている私室もあくまで、凝り性が多かったモモンガ含めたアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達がそれらしさを追求して作ったものに過ぎない。ごっこ遊び、娯楽だった。

 神などではないと、どう説明すれば分かってくれるだろうかと考えたこともあったが、考えるだけ無意味なのだということもアインズには最近少しずつ分かってきていた。アインズや仲間たちがどう考えていたにせよ、NPC達が自我を持ち動き出すことなど塵ほども想像していなかったにせよ、事実としてNPC達を創り出し使命を与えNPC達が生きる場所としてのナザリックを整備拡張したのはモモンガ含めたアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達に他ならない。つもりは情状酌量の材料にはなるかもしれないが、事実を打ち消しはしない。そのつもりはなくてもモモンガは神として振る舞い、結果アインズは神だと認識されているだけなのだ。ただの当然の帰結だった。

 アインズが設定した通りにアルベドはアインズを愛している。設定通りに動いている結果としての愛、そんなものを愛とは呼べないと否定するのは容易かったが、本当に否定できるだろうかとアインズは最近考え始めていた。

 NPC達の忠誠は子が親に向ける愛情のようなものだとずっと考えてきた。ならば例えば鈴木悟が母を慕う気持ちは、ただ母から生まれたという事実のみに拠っているのだろうか。そんなことはないとはっきりとアインズは否定できる。結果として過労で命を落とすほどに母が自分の身も顧みずに愛し慈しんでくれたからこそ、鈴木悟は誰よりも母を慕っている。母と過ごした時間の温かさと安らぎの記憶があるからこそ、未来もなく誰も他人を顧みない絶望しかない行き詰まった世界に生きても鈴木悟はきっと絶望し切ることはなかった。世界には温かな愛がどこかには確かに存在するのだと知っていたからこそ、それを全否定したり諦めきることはなかった。

 ウルベルトさんもぶくぶく茶釜さんも自身が作ったNPCをこよなく愛して自慢していた。ペロロンチーノさんは己の性癖と理想の全てをシャルティアに詰め込み、武人建御雷さんは膨大な手間と時間を注いだ自身の分身ともいえる武器をコキュートスに持たせ、タブラさんは心血を注ぎ凝りに凝った設定を三姉妹それぞれに作り上げた。ホワイトブリムさんがデザインを手掛けヘロヘロさんを始めとするプログラムが得意なメンバーがアルゴリズムを担当したメイドたちは四十一人それぞれが違う個性と物語を持ち、自我を持たないゲーム上の存在に過ぎなかった頃から本物の人間と見紛うような存在感を持っていた。ギルドメンバーたちは各々が作ったNPCを最高傑作と自慢し合い誇りを持っていた。それはNPC達にとって、鈴木悟が母に愛された記憶と同質同等の温かなものなのではないか。それがあるからこそ生きていけるという拠り所なのではないか。ならばそれをただの設定と否定するのは、鈴木悟が母を愛した気持ちを否定することにもなる。

 アルベドがアインズを愛しているのはアインズにそう設定されたから、そんな風に単純化して圧縮してしまうのは間違いなのではないか。それはアインズの考える愛とは違うのだとしても、ただ設定に従っているだけでアルベドはアインズを愛していないという論証にはならない。

 親を慕う気持ちから設定に従って愛していたと仮定しても、本当に愛しているとアルベドが思い込む可能性はむしろ高いはずだ。アルベドの思い込みの強さについてはアインズは誰よりもよく知っている。それは本物ではないとどんな根拠で否定できるだろうか、アインズには思い浮かばなかった。心からそう信じているのであれば、少なくともアルベドにとってそれは本物の愛だ。そもそもどれが本物でどれが偽物だなどと、誰がどんな基準で決められるのだろう。

 何をどういう組み立てで話すべきかという方針は未だに固まってはいないが、とにかく話さないことには何も始まらないし進まない。例え今回分かってもらえずとも、アルベドが対話に応じる限りは何度でも言葉を変えて訴え直すと決めたのだ。なるようになれ、強く念じてアインズは腕を動かしドアをノックした。

 中からノックへの応答はない。構わずにアインズは口を開いた。

「アルベド、そこにいるな。話がある。入ってもよいか」

「あっあっアインズ様! 申し訳ございません暫しお待ちを! っあの、いえ、お許しがあればこちらから伺いたく存じますのでお部屋でお待ちいただけませんか!」

 ようやく返答したアルベドの声はひどく慌てていた。考えてみれば女性の私室に不躾に入ろうとしても、準備も色々あるだろう。メイドすら部屋には立入禁止にして身の回りのことは全て自分でこなしている家庭的という設定のアルベドならば部屋に入られても困るような状態ではないのだろうが、誰よりも序列にこだわるところもあるから、絶対的上位者たるアインズを部屋に迎えるならば相応の支度があると考えるかもしれない。謹慎中のアルベドは自発的に部屋を出ることはできないからこちらから出向いただけで、アインズの許可さえあればアルベドがアインズの部屋に来てそこで話すことは何も問題がない。第九階層で働く者たちは今は主にネイアの歓迎パーティーで業務をこなしており、部屋から出たことを見咎められたとしても実際にアインズが許可が出しているならば問題は生まれない。

「分かった、私の部屋で待つ。お前が私の部屋に向かうことは通達を出しておくゆえ、準備が整い次第来るように」

「かしこまりました、お時間を頂き恐縮に存じます、すぐに向かいます」

 アルベドの返事を受けてアインズは自分の部屋の前まで転移し、中に入った。

 室内には待機しておくよう申し付けたアインズ番メイドが控えていた。

「エトワル、私は今からここでアルベドと内密の話をする。話し合いが終了次第呼び戻すゆえ、お前や護衛の者達も在室は罷りならぬし話している間は何者の入室も禁じる。お前は第九階層の全ての者にアルベドがここで私と話している旨を急ぎ申し伝えよ。謹慎中だが、アルベドがここへ向かうことは私が許可を出している」

「ご命令承りました、直ちに伝達に向かいます」

 エトワルは退室し、天井などに潜んでいた護衛たちの気配もなくなった。アルベドが乱心して抑え込まれれば腕力に劣るアインズが自力で引き剥がすのは困難を極めるため、護衛がいないのは些か不安を覚えなくもないが、いざとなればリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで他の部屋に転移してもいいし、本気で対処しようとすれば完璧なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)でも上位アンデッド創造でも何でも使えるのだから冷静ささえ失わなければいくらでもやりようはある。

 普段政務を行っている椅子に腰掛けしばらく待つとノックの音が響いた。入るよう告げると、静かにドアが開いてアルベドがおずおずと姿を見せた。白い肌は血の気がなく、憔悴しているのは明らかに見て取れた。

「お召しにより参上いたしました、御自ら出向いていただいたにも関わらずお時間を頂きお待たせして申し訳ございません」

 執務机の前まで進み跪拝して、アルベドが挨拶を述べる。話があるとは言ったが何の話をするのかはアルベドに告げていない、例えば謹慎以上の処断が行われるとか悪い想像も勿論していたのだろう、アルベドの声には精彩がなかった。

「よい。まずはそこに腰掛けよ」

 告げてアインズは応接用のソファを指し示した。ナザリック第九階層に外部の者が訪れることはユグドラシル時代にも極稀と言える珍しいことだったが、この応接セットもそれらしさの追求の一環で各メンバーの部屋に置かれたものだ。指図に怪訝そうな表情を見せつつもアルベドは素直に従ってソファに腰掛けた。アルベドが座ったのを確認してからアインズは席を立ち、アルベドと向かい合う形でソファに腰掛けた。

 慌ててソファから降り平伏しようとするアルベドをアインズは手で制した。

「待て、ソファに座れアルベド、話ができぬ」

「恐れながら申し上げます、至高の存在たるアインズ様とシモベに過ぎぬわたくしが同列に座してお話を伺うことは上下の序列を乱す行いでございます、いくらご下命といえども承服いたしかねます」

「それでは話ができないと言っているのだ、アルベド。これから私はナザリックを統べる統治者としてではなく、一個人としてお前と話すつもりだ。命令も下知もしないし訓戒を垂れるわけでもない。私はただ、私の思いをお前に正しく受け取ってもらい、そしてお前の思いを正しく知りたいだけなのだ」

 アインズの言葉に、アルベドは明らかに戸惑った表情を見せた。そんなことを言われるなどと想像もしていなかったと顔に書いてある文字が読めるような強い困惑、だけれどもその程度の事で怯んで忖度をしていては、今までと何の変わりもない。まだ対話は始まってさえいないのだ。

「お前たちは偉大なる支配者として上に座すことを私に期待しているのであろう、それは弁えているし、お前たちに相応しい支配者であれるよう日々努めているつもりだ。だがそれでは、私がお前たちを思い為すことは全て上からの慈悲や施しになってしまう。そうではない、それでは正しく伝わりはしないのだ、だからまずはソファに座れ、アルベド」

 強い困惑を面に残したまま、それでもアルベドはようやくアインズの言葉に従い向かいのソファに腰掛けた。

 フラットな目線などと大層な目標を持ってはみたものの、アインズが考えつくのはせいぜいがこの程度の形式だ。形式を整えてみたところで思い込みを変えられないならば何も解決はしないが、だからこそアインズはより注意深くならなければならない。己の思考や発言が思い込みから出たものであるか否かを検証しなければならない。

「あの……恐縮ですがアインズ様、愚かなわたくしめにお教えください。至高の御方にお慈悲をかけていただくのはわたくしどもにとってはこの上ない僥倖でございます。それが違うというのは一体どういうことなのでしょうか、アインズ様はわたくしに、何をお伝えになりたいのでしょうか」

「私は、これまで一度たりとも慈悲などというものをお前たちにかけたつもりはない。私にそのつもりがなかったとしてもお前たちがどう受け取るかで私の行為がどのようなものであったのかが規定される、という道理は弁えているつもりだが、それでも違うものは違う。違うと言わなかったのは、ナザリックの絶対的支配者としてお前たちをまとめ率いていく上で慈悲だと受け取られた方が都合が良かったからだ。私はただ、お前たちを奴隷扱いしたくなかっただけだ。己の望みを持たずただ主の為だけに不眠不休で働き続け、命さえも主の意のまま、それではまるで……言い方は悪いがまるで奴隷のようではないか。お前達は己の在り方に誇りを持っているのだろうから侮辱しているなら許してほしい、だが、大事な友人達の大切な子供達を、どうして奴隷として扱える? 私の希望の押し付けであろうことは分かっている。お前達にとってはナザリックと至高の存在に全てを捧げることこそ幸福だというのだろう。それでも、私にはそれがどうしようもなく、受け入れがたかったのだ」

 未来のない世界でそれでも最早何の為かも分からない無限成長を目指し続ける企業に労働力としてすり潰されていくだけの奴隷だった鈴木悟。他の者ならいくら奴隷であろうと気にも留めないが、大切な者はそんな境遇に置きたくはない。たとえ奴隷であることを本人達が望んでいるのだとしても。アインズがナザリックの労働環境をホワイトにしようとしていたのは、つまる所それだけのエゴからだった。疲労無効の者は休む必要がないし飲食不要の者は食べる必要がない、アインズ以外は誰も望んでいないが、アインズにはどうしても耐えられない。

「本当はもっと早く私の考えを皆に話すべきだった。慈悲などではない、ただ私が嫌なだけでお前たちの希望を曲げさせるものなのだから。都合がいいからと誤魔化さずにお前たちの希望と私の希望、どの地点で妥協できるかを真剣に探るべきだったのだ。今回の事もそうだ、お前の愛を都合よく使ってはっきりした態度は見せぬままで、そのためにお前を不用意に傷付けてしまった。本当に済まなかった」

「おやめ下さいアインズ様! アインズ様が謝られるようなことなど何も、何もございません! わたくしが己の欲でアインズ様の意に染まぬ言葉を吐いた結果でございます!」

 アルベドはぽろぽろと涙を零しながら、必死に首を横に振りアインズの言葉を否定しようとした。アインズはいつでも正しいのだから間違っているのは自分、なぜこんな風にゼロサムになってしまうのだろう。神ではないアインズは常に正しいわけではなく、過失も咎もある。アルベドが悪くないわけではないが、それもこれもアインズが都合よく有耶無耶にして誤魔化し続けた結果だ。

「そうだとしてもだ、お前が嫉妬を剥き出しにするのが嫌なのだと私は今までお前にはっきりとは伝えていなかった。妃を娶る気がないこともだ。伝えるタイミングを窺っていたのは事実だが、本気で話そうと思えばきっといくらでも機会があった筈だ。お前の機嫌を損ねたくはなくて婉曲に伝えようとして失敗し続け、結果不満を溜め込んで爆発させてしまった。口に出さぬことは伝わらぬ、当たり前の道理なのに私は、言わずともお前たちが察してくれるだろうと過大な期待を押し付けて裏切られて、どうして分かってはくれないのかと不当な不満を抱いていた」

「それも、わたくしのことを気遣って下さったからではございませんか! お慕いすることを許されて思い上がったわたくしの咎でございます!」

「違う! アルベド、違うんだ……。私はただ、お前の愛に真剣に応えるつもりもないのに、それなのに、応える気がないと告げてお前に嫌われたくはなかっただけなのだ……」

「嫌われたく……ない……?」

 アルベドの表情に強い困惑が戻る。最低なことを口にしてしまったが、これ以上誤魔化すことはアインズにはできそうになかった。アルベドを傷付けぬ為という大義名分を付けて不満を飲み込み続けた結果臨界点を突破して、こんなにも憔悴するほどアルベドを追い詰めた。アルベドにとってアインズへの愛とはそれこそ存在の全てなのだろう。きっと、アインズにとってアインズ・ウール・ゴウンという名を守ることが己の全てであるように。ギルドとギルドメンバーの正しさこそがNPC達にとっては真理であり、他には何も持たぬから、そこから離れられない。大切なものがたった一つしかないのだ、アルベドも、アインズも、他のNPCたちも。

 傷付けるのが嫌だった。アインズの幸せなど、NPC達が幸せそうに笑ってくれることくらいしかもう、残されていない。悲しませたくないから曖昧にした結果絶望を叩き付けてしまうなんて愚かだ。誤魔化して有耶無耶にしてもきっと更に悲しませてしまうのなら、もうやめるべきだ。

「そうだ。だが勘違いはしないでほしい、現段階で私はお前を女性として愛していない。愛してはいるが、他のナザリックの者達と同等に、タブラさんの造った子供として、守りたいし幸せを願っている。妃にするような種類の愛ではない」

「……」

「しかし、それはこれからも永遠にそのままだということを意味しない。故に、妃を娶らない宣言は撤回する。ただ、現段階で妃を迎えるつもりがないのに変わりはない。私とお前はきっともっと話をした方がいい。お前は私のことをよく理解してくれているが、今日話した内容までは察してはいなかった、そうだな」

「……仰る通りです」

「私もきっとお前のことをまだまだ理解しきれていない。理解しようとする努力もせずに、私はお前をタブラさんの子供だから女性として扱えないと決め付けていた。それが友人への誠実さだと勘違いしていた。お前の気持ちは真剣なのだから、お前が大事で傷付けたくないのならば私も、もっと真剣に向き合うべきだったのだ。だからお前と、いや、お前だけではなく皆と、もっと話がしたい」

「それは、アインズ様がわたくしを愛してくださる可能性が、あるということですか……?」

 戸惑ったままの声色のアルベドがおずおずと疑問を口にする。これは結局、どっちつかずのままでアルベドの愛をいいように利用し続けることになるのだろうか。だが全面的に受け入れることはできないし、一切を拒絶するのも違うだろう。

「……それは分からないな。可能性がゼロではないのだろうが、正直なところ私自身にもこの先どうなるのかは分からん。大分情けない身勝手な話をしたと思うが、呆れて愛想を尽かしはしないのか」

「そのような事はありえません! アインズ様のお優しさと、わたくしの事を真剣に考えてくださるお気持ちは充分伝わっております。たとえ今は他の者と同列のお気持ちなのだとしても……愚かな振る舞いでお怒りに触れたわたくしのことを見限らずそこまで考えていただけること、素直に嬉しく思います」

「見限るなどそれこそありえん。それにお前だけの咎ではなかったという、ただそれだけのことだ。お前が誰彼構わず嫉妬を向けるのが許せなかったのは確かだが、それを今まではっきりと示さなかった私にも非はある。私も考えが足りないこともあるし、判断を間違えるのだ。過ちて改めざる是を過ちと謂う、と昔の人は言ったらしいが、お前がもし許してくれるのならば、私は己の過ちを正したい。ナザリックの為やアインズ・ウール・ゴウンの存続の為だけではなく、お前達自身をもっと、深く理解したいのだ」

 偶然の盗み聞きが発端だったとはいえ、至高の主人であらねばならぬという見栄や虚栄を少しは外せた結果、アインズは前よりもずっと多くのことをデミウルゴスに話せるようになった。デミウルゴスが何を考えているのかさっぱり分からないのは以前とあまり変わりはないのだが、元から察しのいいデミウルゴスのアインズに対する理解はより正確になり、誤解も驚くほど減ったし誤解されていると思えば訂正に躊躇も覚えなくなった。いくらデミウルゴスが賢くても、知らない情報を元に考えることはできないのだから、当然といえば当然だった。

 それならばアルベドとも他の者とも、そのように接するべきだろう。全てをすぐに詳らかにするのが難しいとしても、やりようはある筈だ。もしアインズが理解したい、対等でありたいと願うのならば。

 本当の自分を見てほしいのならばアインズは、本当の自分を隠さずに見せなくてはならない。たとえ拒絶が恐ろしくても、少しずつでも。

 臆病者で我が身の保身ばかりを考える情けないアインズを、それでもこの者達はきっと見放したりはしないのだろうと、そう信じて。

「お前の望みを今すぐに叶えてやることは私にはできぬ。いつか叶えてやると確約を与えることもできぬ。愛しているふりをして受け入れたとて、今こうして拒むよりももっとお前を悲しませる結果になる、そうなりたくはないからだ。真剣に私を愛してくれているお前に嘘をつきたくはないからだ。教えてくれアルベド、私には一体、何ができる」

「……今はただ、そのお気持ちだけで充分でございます、アインズ様。わたくしだけをアインズ様の妻としてお傍に置いてほしい、それは今もわたくしのただ一つの願いでございますが、その願いを叶えるためにアインズ様を苦しめることはわたくしの本意ではございません。ですから、今はただ、御身にお仕えできるだけで充分でございます。望みがゼロではないのならば、アインズ様に愛されるのに相応しくあれるよう精一杯努めます」

 涙に濡れた顔を上げ、凛と微笑んでアルベドはそう告げた。その様子はそれこそこの世のものとは思えぬほどに、アインズの貧弱な語彙では言い表す言葉が見つからないほどにただ眩く美しかった。これだけの美しさを持っているアルベドが愛されるのは当然のことなのに、どうしてアインズはそのアルベドのただ一つの望みを叶えてやれないのだろう。嘘をついてでも笑顔にしたい、湧き上がる衝動は誰も幸せにはしない。

「……分かった。示しを付ける意味もあるゆえ、謹慎は申し渡した期間継続する。ただお前だけが罰を受けるのは片手落ちというものだろう、私も何らかの形で責任を取るべきだと考えている」

「絶対の支配者たるアインズ様を罰することのできる者などおりませんが……アインズ様がそうお考えなのであればお止めする理由はございません」

「確か以前お前達は建国の祭りを行うべきだと話していなかったか。あの時は反対したが、建国の日をめでたいこととして祝うのは支配面で考えてメリットの方が大きい。その……できれば、私をあまり盛大に讃えるのはやめてほしいが……遍く種族の理想郷たる魔導国が地上に誕生したことを民が祝う日は必要だろう。謹慎から復帰次第お前には建国祭の立案を任せたい。ただ、民が祝えなければ意味がないのだから、種族の別なく民が主体となって楽しめるものを考えてくれ。未だに反対したい気持ちは非常に強いが立案実行の許可をする、これをもって私への罰としたいがどうだ」

「よろしいのですか……?」

「よい、もう決めたことだ。合わせて、エ・ランテルにいずれ国営の賭博場を造りたいと考えている話はお前にももう通っていると思うが、どのようなゲームが民衆に喜ばれるかのデータも祭りに出展することで取れるのではないか」

「かしこまりました、謹慎が明け次第直ちに立案に取り掛かります。不肖の身にお任せいただき感謝いたします」

「お前は魔導国の宰相、そして何よりもナザリックの守護者統括、私が一番頼りにしている配下なのだ。これからも私を助けてほしい」

「勿論でございます。アインズ様のお役に立つことこそ、わたくしが創造された意味そのものなのですから」

 すっかり落ち着いたアルベドは謹慎に戻るために退室していった。

 どうにか正直な考えを話すことはできた。アルベドにどれだけ伝わっているのかはアルベド本人にしか分からないことだが、反応を見る限りは正しく伝わっている気がした。齟齬もあるかもしれないが、気づき次第修正していけばいい。

 一度で全て分かってもらえなくてもいい。ナザリック外の勢力に敗北しない限り、寿命のないアインズ達には修正の機会は無限にある。時間は無限なのだから、どうするかもゆっくりと考えていけばいい。

 人間だった頃の鈴木悟ならば一目で籠絡されていただろうほどにアルベドの美貌は完璧で、アルベドに言い寄られて悪い気のする男は基本的には存在しないだろう。嫉妬深いのはともかくとしても一途に尽くされて放っておける男もそうそうはいないだろう。こんな完璧な女性にモテてみたい、などというしょうもない理由からモモンガはユグドラシル最終日に出来心を起こしてアルベドの設定を書き換えてしまったのだし。だから時間をかければもしかしたら、アインズも異性への愛情を知ることができるのかもしれない。できるのかできないのか、どちらなのかは今考えても答えが分からない問いだ。

 その後、二人きりで夜景を眺めるデートなどという中学生並みの妄想を脳内で繰り広げたアインズは恥ずかしさから一人でのたうち回っていた。

 

***

 

 自室に入りドアを閉め、アルベドは深く息を吐いた。

 これは一体、どういうことなのか。この現状は一体、何なのか。

 妃にするような種類の愛ではない。

 モモンガ様はそのような言葉をアルベドに告げるような方ではなかった筈だ。

「あいつね……あいつがきっと、讒言誹謗あることないことを弄して……!」

 あいつがナザリックに戻ってきてから全てがおかしくなった。あいつが私を陥れようとしている。私の立場も愛も奪おうとしている。そうでなければ辻褄が合わない。誰よりもシモベを気遣われるモモンガ様があんなことを口にされる筈がない。

「絶対に許さない……殺してやる、絶対に殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 モモンガ様がナザリックで度々密談を繰り広げている相手、それはデミウルゴス以外には考えづらい。アルベドへの態度が急に変わる原因など他に考えられなかった。

 死よりも恐ろしい恥辱と絶望に塗れさせてから二度と復活できないほどに潰す。

 誰よりも愛しいモモンガ様が与えて下さったアルベドのモモンガ様への愛を奪おうとするならば、誰であろうが消す。

 低い音量の呪詛は外に漏れ聞こえることはなく、ただ室内のみに沈殿していった。

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