とある日の昼下がり。モモトークでセイアに呼ばれたクロエは、学園内のとある一室へとやってきていた。
(……ノックしてんのに反応ナシなんだけど)
そこはセイアに呼び出された部屋のはずだが、扉の向こうから帰ってくる反応はない。
どうするか、と頭を悩ませながら独特な溜息をつくクロエ。
(ぷー……どーすっかな。一回セイアパイセンに連絡して、って)
その時ふと、目の前の扉が僅かに空いていることに気づく。
「あれ、空いてる……?」
失礼であるとは思いつつ、扉を押して、そっと中へと入室するクロエ。
「さーせん、誰か……って」
そしてどこか遠慮がちに声を出して、室内の人物に助力を望もうと、部屋を見回すと。
「おや、君か」
探し人は、クイーンサイズ程の巨大なベッドで寝転びながら、こちらを見つめていた。
「えガッツリ寝てんだけどこのホスト。急を要する案件感ゼロなんだけど」
対面でなければ話せないこと、という意味深な文言から重大な要件だと勝手に思っていたクロエは、優雅に寝転ぶセイアの姿に思わずそんな苦言を漏らす。
「急を要する案件とは一言も言っていないからな。それにこれでも少々驚嘆しているのだよ?」
対してセイアは表情に微かな笑みを携えながら飄々とした様子でそう返す。
「いやなんで……ってそっか。うちが勝手に部屋入ったからか。さーせん」
「謝ることではないさ。驚きとは好意的な世界の拡大さ。私もまた、それに焦がれていたとも言える」
「好意的って、それ時と場合によりそうっすけどね」
どこかぶっきらぼうにクロエがそう返すと、セイアが目を丸くして「ふむ」と唸る。
「えなんすか」
「すまない、失礼なことを言うようだが……君が私の言い回しに首を傾げず反応したことが意外だったのでね」
「前置きで置いといてもだいぶ失礼っすねその物言い。や、まあ自覚はありますけど」
クロエが自嘲気味にそう言うと、セイアは答えに思い至った様子で目を細めつつ、上半身をベットから起こす。
「ああ、そうか。慣れているのだったね、君は」
「っすね。身内にセイアパイセンよりよっぽどこまっしゃくれたのがいるんで」
セイアの脳裏に浮かび上がるのはオレンジ髪の秀才。ミカに気にいられ、事ある毎に呼び出されている彼女は、今日もミカの膝の上だろうか、などと考えつつ、口を開く。
「曲がりなりにもあの秀才を、そのように呼称できるのは君だけだろうね」
「どうっすかね。もう一人位はいるんじゃないっすか?」
「ちぇるちぇるした彼女か」
次に浮かび上がったのは、ピンク髪の天才。道化を演じ、常にちぇるちぇるしている彼女は、その才を遺憾無く発揮してもらおうと奮闘するナギサと格闘しているのだろうか。と、思いかけたが、いやそもそも格闘しているのはナギサだけであり、ならどちらかと言えば悪戦苦闘中だな、と心中で結論づけるセイア。
「パイセン、その単語あんま口に出さない方がいいかもっす」
「おや、こういうのが一般的な生徒の間でありふれている造語じゃないのかい?」
「言語体系が違うんで。普通に『ティーパ』の威信に関わると思うっす」
聞きなれたはずの単語が、聞きなれない呼び方をされており、またもセイアは目を丸くする。
「ティーパときたか。まさか略されるとは」
そう言えば、自らの失言に気づいたクロエが、慌てた様子で弁解しようとする。
「あっ、違っ……! や、さーせん。じゃなくて、ごめんなさい。いつもの癖で」
が、すぐに諦めてきちんと謝罪。その様子にセイアが微笑ましげに口角を上げる。
「構わないさ。私と君の仲だろう。それにこの場には私と君だけ。肩肘を張らなくていい、楽にしてくれ」
「あ……さーせん、ありがとうございます」
「なあに、この部屋の主は私だからね。ここでのルールは私が決める」
ポン、と胸に手を当てそう言うと、今度はクロエの方が目を丸くする。
「どうかしたかい?」
「あー、っと。さーせんセイアパイセン、うちも今から相当失礼なこと言っちゃうんすけど」
「構わないさ」
これでお互い様だからな、と付け加えるセイアに、クロエは言う。
「パイセン、意外と子供っぽいとこあるんすね」
「それは、ね。事実、私はまだ子供だし、これでも存外感情的で、無遠慮なんだ。私は」
「へー、初知り。そんなイメージ……や、あったな」
「あったのかい」
思わずそうツッコミをいれるセイア。
「ナギサパイセンとかミカパイセンとかと話してる時割と感情的じゃないっすか」
「そういえば……そうだな、割といつも意地を張っていた。なんだ、私は存外、ずっと前から我慢などしていなかったのかもしれないな」
視線を落とし、自嘲気味にそう語るセイアに対し、クロエは僅かに瞳を細める。
「……うちが偉そうに言うことじゃないかもっすけど」
微かに下がった声のトーンに、セイアが顔を上げてクロエの方を見上げる。
「いいんじゃないすかね、それで。うちらまだ子供だし。どれだけ大人ぶったって、どっかで空回って周りに迷惑かけながら成長していくんでしょうし」
そう語るクロエの表情は、どことなく達観したもので。
「うちらは、なんつーか。トリ総でふつーに馬鹿やってた一般生徒なんで、ティーパーティの先輩方に何があったとかは、詳しくは知らないっすけど」
その声音はまるで、子供をあやす時のように優しいもので。
「セイアパイセン、めっちゃ頑張ったんすよね。そんで、これからも頑張り続けるんすよね。きっと。うちなんかが知ったような口で言うのはあれっすけど、だったら、気のおける人の前ではもうちょい甘えたり、自分のやりたいようにやってもいいんじゃないすかね。それこそ、青春なんてあっという間に過ぎ去っていくらしいんで。後から振り返った時に、楽しかった、って言えた方がいいと思いますよ。あいつの受け売りっすけどね」
だから、百合園セイアは。
桃色と黄金が二層に重なるその瞳を見開いて、呆気にとられたように、口をぽかんと開けていた。
「なんだったらうちも、まー正実とか救護のねーさん方とかと比べたら頼りないとは思うんすけど。こんな一般JKでよかったら、多少は協力するんで」
知らなかった訳ではない。なんなら、彼女はクロエのそういう所を高く評価していた。
だが、知識として知るということと、実際に自分で体験するのは、やはり感覚として差が出るもので。
「……さーせん、なんか長々と。柄にもないことべしゃり散らかしちゃって。前置き長くなりすぎましたね、でなんすか、用事って」
「いいや、それなら今しがた済んだよ」
あの秀才風に語るならば。
端的に言って、百合園セイアは嬉しかったのだ。
「実は、特段なにかの用事があって呼んだわけではないのだ」
「え、あんな呼びつけ方しといてっすか」
「そうなる。強いていえば、そうだな。唯、君と交わす言葉に、私はどこか惹かれているようで、ね」
そう言うと、クロエは頭を掻きつつ、真意を探るように視線を泳がせる。
「あーっと、つまり? セイアパイセンはうちと話したかっただけって事っすか。ぷー……」
そうして独特の溜息をつくと、セイアが少しバツが悪そうな様子を見せる。
「今更にはなるが……突然呼び出して、迷惑ではなかったかい」
「ま、幸いこの後はなんも用事とかなかったんで。つっても、飛んだお転婆お嬢っすね、セイアパイセン」
「すまないね」
クロエの言葉に流石に罪悪感がまさったか、顔を逸らしてそう返すセイア。
「……まあ、いいけど。てか、いいすけど」
が、クロエは存外気にしていないどころか、若干乗り気な様子を見せる。
「分からなくもないんで。その気持ちは」
と、セイアがその様子に思わず微笑み、クロエが小首を傾げる。
「いや、何。私はね、君のそういう所を好ましく思っているのだよ」
「はあ。それは、どーも」
唐突な賛辞に、どこか気恥ずかしそうにクロエが答えると、セイアは再び上半身をベッドに埋める。
「きっと、君を呼ぶだけならば「会いたい」と一言告げるだけで良かったのだろうね」
そうして、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべながらクロエの方に視線を向ける。
「今の私は『手のかかる子』かもしれないね?」
「かもっすね。ま、付き合いますよ。協力するッつったのうちですし。それに」
別段気にした様子もなく、クロエはそう語り、そして。
「うち、だいぶそういうの慣れてるんで」
笑みを浮かべながらそう告げる。その真意を分からぬセイアでもなく、彼女はどこか満足気な笑みを浮かべ、こう言った。
「全く。私相手にそこまで無遠慮に接するのは君だけだろうな」
百合園セイアのエミュ分かんねえ!!!!!!!!