慈愛の怪盗と光の大天使   作:もとりな

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第2話

 『光の大天使』。

 その昔、トリニティで名を馳せた画家が晩年に残したと言われる名画である。

 曇り空から慈愛に満ちた瞳で人々を見下ろす灰色の翼が生えた天使。

 暗い中でも輝きを失わないその姿に地上の人々は感涙し、頭を垂れており、主題である『救い』と『慈悲』が端的に、それでいて神々しく表現されている。

 どこの芸術誌でも『かの名画は別格!』と太鼓判を押されるほどの逸品である。

 普段はトリニティの資料保管庫で眠っているそれが──

 

 

「今はこの分厚い金庫の中に……な、なんだか勿体無いというか、畏れ多い気がしますね………」

 

「……ヒナタさんの気持ちは痛いほどわかりますが、これも少しの間です。今は我慢いたしましょう」

 

「は、はい。サクラコ様」

 

 

 サクラコと共にいる、ヒナタと呼ばれた少女がおずおずと頷く。

 ここはトリニティの地下にある大金庫。

 サクラコの背丈の3倍はあろうかと言う大きな扉がその奥にネズミ1匹通すまいと鎮座している。

 そんな扉の先にあるものの重要性を再認識し、この場にいる全員の緊張が更に高まる。

 室内は全面が無機質な金属と無数の機械に覆われており、トリニティというよりはミレニアムに近いと表現した方が正しい。

 この夥しい数の機械こそが大金庫の要。

 電子ロックを強固なものにする部品だ。

 当然だが、セキュリティ上の都合としてサクラコを除き、この場にいる全員、大金庫のパスワードを知らない。

 

 

「それにしても…犯行時刻まで残り2時間ですね。もう外も夕陽に染まっているころ……あの、本当に怪盗は来るのでしょうか…?じ、実はもう盗まれていたり…!?」

 

「わかりません。ですが『慈愛の怪盗』は予告状の文言を違えたことは無かった、と聞きます。噂通りであれば必ずや現れるでしょう」

 

「そ、そうなのですね……」

 

 

 緊張した様子で唯一の出入り口を見つめる緊張を隠しきれない様子の少女にサクラコが苦笑いを浮かべる。

 

 

「緊張を保つことは大事ですが、肩の力を抜くことも警備には欠かせません」

 

「はい…すみません、サクラコ様…」

 

「ふむ……そうですね」

 

 

 しょぼくれる少女を見て、サクラコは思案気な顔をする。

 そして珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべて一つ提案をする。

 

 

「では……少し絵画の様子を見てみましょうか?現時点で無事だとわかれば、少しは安心できるでしょう」

 

「え…えぇ!?良いんですか、それ……!?」

 

「本当ならダメなのですが……まだ犯行時刻まで余裕がありますし、大丈夫でしょう。それともやめておきますか?」

 

「え、えぇと……」

 

 

 サクラコの提案を聞いて、彼女は少し悩ましい表情を浮かべる。

 そして、

 

 

「で、では少しだけ……」

 

「わかりました。こちらへ」

 

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべる少女の手を引き、サクラコが金庫に近づく。そして扉の横の方に取り付けられたパネルに手を伸ばし、素早く番号を打ち込んだ。

 すると、ゴゴゴ…と鈍い音を立てて分厚い扉が開き出す。

 ゴクリ、と唾を飲み込む隣の少女に、サクラコがまたしても苦笑いを浮かべる。

 そこまで焦らなくても問題はないというのに。

 そんなセリフが聞こえてくるような、優しい笑みだった。

 

 そして、重厚な扉の向こうからゆっくりと姿を現したものは……

 

 

 

 

「よォ」

 

「………え?」

 

 

 

 

 赤く汚れた袖先と、長く伸びきった髪。

 長く使い込まれてきたと容易にわかる二丁の銃が禍々しい輝きを放っている。

 金庫の奥に胡座をかき、凶悪な笑みを浮かべるもの、いや、()は………

 

 

「ツルギさん」

 

 

 呆気に取られる少女の手を優しく、それでいて振り解かれないように握ったサクラコは……先程と一転、冷ややかな表情で自身の手に繋がれた人物を見やり、

 

 

「『慈愛の怪盗』です。捕らえてください」

 

「あァ」

 

 

 そして。

 ヒナタの…いや。

 ヒナタを装った何者かの表情が抜け落ちる。

 

 瞬間。

 

 

 ドォォォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!

 

 

 激しい爆発音と共に周囲が煙幕に包まれた。

 

 

「煙幕弾…!霧払いを……!」

 

「いや、必要ねぇ」

 

 

 掴んでる手を振り払われた感触に焦った声を上げるサクラコをツルギが冷静に嗜める。

 そして…その顔を凶相に歪ませた。

 

 

「足音でわかんだよ!!!そこだろォがァァァァァァァ!!!」

 

「……!」

 

 

 集中砲火。

 迷いなく放たれた銃弾の雨に息を呑む音が聞こえた。

 当たっていれば間違いなく致命的な量の弾丸だが、

 

 

「チッ…避けたか」

 

「ふふふ、今のは私も焦りましたよ。さすがはトリニティの最高戦力と名高い方だ」

 

 

 舌打ち、そして底知れない笑い声と共に霧が晴れる。

 無骨な大金庫室には、雰囲気と全くそぐわない薔薇の花弁が舞っていた。

 ステッキを片手に、薔薇の匂いをかぎながら佇む白髪の少女。

 純白の服を纏うその立ち姿は、一見して善良な天使に見えなくもないが、目元を覆うドミノマスクが彼女の本来の立場をありありと示していた。

 

 

「七囚人……『慈愛の怪盗』」

 

「これはこれは、シスターフッドの長である……ふむ、敬意を評してサクラコ様とお呼びしましょうか?」

 

「お好きにどうぞ。盗人になんと呼ばれようと気にすることではありませんので」

 

「盗人……気高いシスターフッドの長であっても怪盗の美学を解さないとは、嘆かわしい」

 

 

 サクラコの軽蔑が籠ったセリフに溜息を漏らすアキラ。

 そこには確かな落胆と失望が込められている。

 が、そんな言葉など意に介すことなく、サクラコは問いかける。

 

 

「本物のヒナタさんは無事なのですか?」

 

 

 友人の安否を心配する少女に、『慈愛の怪盗』は「あぁ」と頷くと、優しげな笑みを返した。

 

 

「ご安心ください。彼女からは少々服を拝借させていただいただけです。今は大聖堂で仮眠をなさっているでしょう」

 

 

 ひらひらとヒナタの服を右手に揺らして宣う怪盗に、サクラコが眉を吊り上げる。

 

 

「よくもまぁ抜け抜けと。あなたが眠らせたのでしょうに」

 

「彼女の体に障るようなことは一切していないので悪しからず。そのような行為は、私の美学に反する」

 

 

 この怪盗は危険人物ではあるが、他者を無為に傷つけたという報告は殆ど聞かない。あったとしても、それは相手が世間から悪人と評される人物だった場合のみだ。これに関しては信じても良いだろう。

 静かに安堵の溜息を漏らすサクラコに、アキラは不思議そうな声音で問いかける。

 

 

「しかし…どうにも解せません。聞いた限りでは、ツルギ嬢がここにいるはずも無い。それに変装は我ながら完璧だと考えていましたが…何故バレてしまったのでしょう?さらに言うならば『光の大天使』はここにあるとのことでしたが、何処にもありませんね」

 

 

 次から次へと疑問を投げかける、飄々とした態度を崩さない少女に対し、サクラコはあくまで冷静に告げる。

 

 

 

「盗聴の可能性を考えて行動する。謀略溢れるトリニティでは基礎中の基礎です。覚えて矯正局に帰られた方が良いですよ」

 

「ふふふ、あそこに戻されるのはもう勘弁願いたいですね」

 

「話は終わったか?」

 

 

 互いに探り合うサクラコとアキラに我慢の限界を迎えたのか、ツルギがゆっくりと歩み寄る。

 相手はトリニティの最高戦力、剣先ツルギ。

 加えて臨戦体制のシスターフッドの面々。

 アキラにとって最善の選択は『逃げ』一択である。

 しかし。

 

 

(出入り口は……いつのまにか施錠されていますね)

 

 

 ここから出る唯一の出口には、入った時には無かったはずの厳重なロックがかけられていた。

 これでは出るに出られない…が。

 

 

(あのロックは私がトリニティに潜入した時…そしてこの部屋に入った時には無かったもの。つまりは即席の仕掛けですね。あの頑強な様は見掛け倒しの可能性が高い。嗚呼、ハリボテの芸術品ほど醜いものはありませんね)

 

「終わったんなら……こっちから行くぞォ!!」

 

 

 真っ直ぐアキラへ突っ込んでくる死ツルギ。

 しかし怪盗少女はそれでも冷静さを崩さない。

 

 

(ならば後は間違い探し。私が部屋に入った時に無かった機械がいくつかあるはず………ふむ)

 

「……はっ!」

 

 

 アキラはツルギに構うことなく3枚のトランプを投げる。

 そしてそれは3つの機械へとそれぞれ突き刺さると、ボンっと軽い音を立てて爆発した。

 

 

『エラー発生。安全装置起動。内部の安全確保のため、ロックを開錠します』

 

「チッ!!」

 

「逃しはしません───!」

 

「生憎ですが」

 

 

 突貫してくるツルギをヒラリとかわし、シスターたちの銃弾をマントで受け流す。

 実力で言えばツルギには勝てないかもしれない。

 が、こと逃げることに関してはこの場にいる誰よりも上手。

 張り巡らされる弾幕の隙間を縫うように避け、暴力的なショットガンの一撃を軽くジャンプして飛び越える。

 気配を消してアキラの背後に迫っていたサクラコの銃撃も、最初から見えていたかのように横っ跳びで避ける。

 神出鬼没の怪盗少女は、華麗に全ての攻撃を捌き切ると、優雅な笑みを浮かべて扉から出ていく。

 

 

「もうすぐショーの時間ですので。主演が遅れるわけにはいかない」

 

 置き土産に大量の煙幕弾をばら撒き。

 清澄アキラは大金庫から姿を消した。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「なるほど、大金庫室に現れましたか。おそらく時間になるまで待機、警備の隙間や器具の配置を把握してから行動に移す気だったのでしょう」

 

「わーお、大胆」

 

「なんというか、随分と豪胆な性格をしているな…」

 

 

 トリニティ総合学園のとある場所にある広いテラス。

 限られた人間しか出入りできない、夕焼けに照らされるこの場所に四つの人影があった。

 一人は正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミ。

 『慈愛の怪盗』が出現した旨を伝えにきた、本作戦における連絡係である。

 本人は現場に出てツルギに加勢したかったようだが、上からの指示でやむなくこの立場におり、冷静に見える横顔からは微かな不安が伝わってくる。

 

 そして彼女に指示を与えた張本人こそ、騒めく室内を尻目に紅茶のフレーバーを調節するティーパーティーの現ホスト、桐藤ナギサである。

 彼女は「予定時刻より早い出現……サクラコさんが上手くやりましたか」と頷き、頭の中で次の計画を練っていた。

 

 

「それにしてもナギちゃんってホントずる賢いというか、小賢しいよね〜」

 

「ナギサは自分のやれることを最大限やっただけだ。そう悪く言うものではないよ」

 

 

 机に行儀悪く肘を突いて「うえ〜」と顔を顰めるピンク髪の少女は聖園ミカ。ティーパーティーの一員だったが…今は訳あって除名中。今回は非常時ということもあり、特例としてこの場にいることを認められていた。

 そんなミカを嗜めるのは同じくティーパーティーのホストである百合園セイア。かつては予知夢という強大な力を扱えた少女だが、今やその能力はなくなり、ちょっと敏感なただの女子高生となっている。まぁ本人は満足そうではあるが。

 

 

「うわっ、またセイアちゃんの正論パンチ。そんなんだから友達できないんだよ?」「……君は定期的に正論で目を覚まさせなければいけない人間だからね。あと私は友達がいないのではなく───」「はいはい出た出た言い訳タイム───」

 

 

 いつものごとく戯れ合いを始めた二人を放置して思索を巡らせるナギサ。ハスミが若干おろおろしているが生憎構っている余裕はなかった。

 

 ───ミカが彼女を『ずる賢い』『小賢しい』と評したが、それはそこまで間違った表現ではない。

 普通の感性を持つ人間が聞けば、「えぇ…?」ドン引きするような作戦を仕掛けていたのだから。しかもそれが成功していたのだからタチが悪い。

 その作戦というのは………

 

 

「それにしても……いくら盗聴対策とはいえ、口頭での発言を全て適当な虚言で固め、本当の会議は画面に表示された文字と、参加者が書いた文字とで行うとは……」

 

 

 どこか呆れたような、戦慄したような眼差しをハスミから向けられ、ナギサは苦笑した。

 

 対策会議のために第7会議室に入室した面々。

 彼女たちが最初に目にしたのはスクリーンに映された、

 

『本会議では

①口頭での発言する際は必ず虚偽を述べること

②真実は手元のメモ用紙とペンに記載すること

③質問や意見がある際は口頭で虚偽を述べつつ、手元の紙を見せて本当の質問を行うこと

この3つを遵守してください』

 

 という文言。

 これを見た全員が思った。

 「そこまでやる?」と。

 しかし指示は指示なので従わなければならない。

 こうして口頭では守備の配置を話しつつ、実際は『光の大天使』の隠し場所を議論するといったイかれた状況を繰り返すトンデモ会議が行われたのだった。

 ある参加者曰く、「頭痛くなる。二度とやりたくない」とのこと。

 

 

「ですが、実際に有効的な作戦だったでしょう?」

 

「それは……仰る通りです」

 

 

 『慈愛の怪盗』が現れたのは大金庫室。

 それは口頭で『光の大天使』の隠し場所として決定された……つまりは偽の情報である。

 これで『慈愛の怪盗』が会議を盗聴していたのは確定的となった。

 

 

「でもナギちゃん。ふつーにカメラで監視されてた可能性もあるんじゃない?」

 

「それについては問題ありません。カメラで情報を得るなら、設置場所は限られてきます。スクリーンやメモ用紙をしっかり映せる場所でなければなりませんから。ですので、事前にその部分だけ仕掛けの調査を行い……短時間での発見が困難な盗聴器のみ、あのような対策を執らせていただきました」

 

「……うっわー、ドン引きだよホント。しかもその上で変装対策のために暗号まで用意してるんでしょ?『絵画の様子を見るか』って質問に対しての回答が『カモミールティーをください』とか、普通気づかないよ……会話として成立してないもん」

 

「それが狙いですので」

 

「…………うわーうわーうわー」

 

「ナギサ……それは流石に………」

 

「ナギサ様…………」

 

 

 三者三様の目線を向けられるが、その中に肯定的なものはない。

 どちらかと言えば「なんだコイツ」と変態的なナニカを見るような視線だ。

 その事実にガックリと肩を落としかけるが、グッと堪える。まだ問題は解決していないのだ。文句やら愚痴やらは全部終わった後で考えよう。

 

 

「それでナギサ。この後はどうするんだい?『慈愛の怪盗』は校舎から出ていき……現在はトリニティ内で建物の上をウサギのごとく飛び回っているようだが」

 

 

 セイアが手元のモニター……トリニティの街を映すドローンの映像を見ながら問いかける。

 本人は真剣に見ているようだが、肩のシマエナガまでも「はえー、すっごい」と言わんばかりにポケーっと映像を見てるので、なんだかマヌケっぽい光景に様変わりしてしまっている。

 なんとか笑いを堪えつつナギサはセイアからの疑問に答える。

 

 

「こほん……ツルギさんを含めた正義実現委員会に追撃させてください。ですが深追いは禁物。そうですね……私の指示があれば戻ってくるようにと伝えてください。お願いしますね、ハスミさん」

 

「はい………その、無礼を承知で申し上げるのですが、ナギサ様」

 

「どうされましたか?」

 

 

 ハスミは怜悧なその顔に珍しく困惑を浮かべてナギサに問いかける。

 

 

「トリニティ本校から離れたならば、最高戦力(ツルギ)を離してまで深追いするのは、その……失礼ですが、悪手だと思えてなりません。これでは『光の大天使』は()()()()()()()()()()()()と教えているのようなものではありませんか……?」

 

「ふふふ、それで良いのです」

 

「ナギちゃんがまた悪どい顔してる……」

 

「ナギサ。君の作戦は確かに理解できなくはないが……あまり無茶はしないでほしい。君に何かあれば、私はとても悲しいからね」

 

「えぇ、承知していますよ」

 

 

 大切な友人からの言葉に笑顔で頷く。

 セイアとミカ、それから政治中枢に深く関わるサクラコには本作戦でのナギサの目的を嘘偽りなく伝えている。

 それを聞いた目の前の2人は呆れ返っていたが、「私はちょっと納得できないけど……まぁナギちゃんが言うなら良いよ」「君はもう少しワガママで良いと思っていたからね。止める理由はないさ」と笑顔で背中を押してくれた。

 彼女たちと友人であれたことは、きっと何にも変え難い幸福だろう。

 

 さて、作戦の話に戻るが、ハスミの言う通り、最高戦力たるツルギをトリニティ本校から離してまで追撃をさせた場合、「トリニティ本校から外に出したくない」と言うこちらの感情を教えているようなものだ。

 そして配置された警備の位置、正義実現委員会の進行ルートから本当の宝の在処を割り出すだろう。

 

 

(ですが、それで良いのです)

 

 

 これは本来の道理から外れたナギサのワガママのような物だ。

 もちろん政治的な意味でも重要な事柄ではあるが、それ以上にナギサの趣味嗜好によるものが大きい。

 他の人間には申し訳ないとは思うが、こればかりはどうしても譲れなかった。

 ティーカップをソーサーに置き、盤面を静かに操る怪物はほくそ笑む。

 

 

(情報も一つの宝。ですが、それに踊らされてしまえば最後……芸術に触れることはできなくなる。それを理解していただきましょう、『慈愛の怪盗』)

 

 

 

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