慈愛の怪盗と光の大天使   作:もとりな

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第4話

 既に場面は最終局面。

 しかし……時たま、本当に時たま『完全な予想外』という理不尽が起こることがある。

 例えば定時前に仕事を増やされた、とか。

 例えばいつもは課題を出さない先生が大量のレポートを出してきた、とか。

 日常の中からひょっこりと首を出す理不尽。

 その洗礼は…きっといつか、誰しもが受ける。

 清澄アキラにとって、それが今だった。

 それだけの話だった。

 

 

〜〜〜

 

 

「なんとか逃げきりましたが……切り札を使ってしまいましたね」

 

 

 人目につかない路地裏。

 トリニティの隙間のようなその場所で、一般的なトリニティ生徒へと変装を終えたアキラは、珍しく苦々しい表情を浮かべていた。

 先程彼女が使ったマントは奥の手の中の奥の手。

 アレにはアキラが所持している爆弾などの武装がほとんど全て付けられている。

 だからこそツルギを一瞬だけ気絶させかけるほどの威力を叩き出すことができたのだ。

 しかし……それを失った代償は大きい。

 ステッキもポッキリと折れ、いまやアキラに残された武装は54枚のトランプだけだ。

 

 

(しかし……これで大局は乗り切りました)

 

 

 アキラが盗聴した限りでは、聖園ミカは自由に行動できず、青森ミネは怪我人が出た際の現場式として本部に残されているとのこと。

 

(今のトリニティの状況を鑑みればこれらはさすがに嘘ではないはず、と信じましょうか。であれば正義実現委員会に匹敵する実力者たちはいなくなったことでしょう)

 

 

 聖園ミカは現在の立場上、武力として下手に動かすことができず、青森ミネは万が一の際、無関係な生徒たちの護衛と救護を担当できる人材。罪人の捕縛という一貫した目的を持つ正義実現委員会と違い、彼女らは様々な理由から本校舎から動かしにくい。よって追ってくることはないだろうとアキラは判断していた。

 その予想は正しい。

 『他者を騙す時は嘘の中に少しの真実を混ぜる』が信条のナギサが残した、微量の事実である。

 一応、アキラも万が一に備えて両者への対策は用意していたが、本来使うはずだった道具は壊され、ルートの変更を余儀なくされたことで仕込んでいた罠も使えない。

 チャートが崩れてしまえば悪名高き七囚人といえども祈る他なかった。

 アキラは溜息をつきながら脳内で作戦を組み立てる。

 

 

(後は……あそこを目指すだけですね)

 

 

 『光の大天使』が退避させられているであろう場所の目星は、おおよそついていた。

 噂に聞く限り、桐藤ナギサは慎重な性格のはず。

 なんでも自分用のセーフハウスを各地にいくつも持っているほどなのだとか。

 ならば最高戦力である剣先ツルギを宝のある場所から離して、わざわざ追撃させるなどということはしないだろう。

 

 

(だからおそらく、トリニティ総合学園の本部に『光の大天使』はないはず)

 

 

 加えてアキラが逃走に使ったルートを執拗にツルギが追いかけてきたこと、そして美術品を丁重かつ厳重に保存できる場所を考えると………

 

 

(ルーヴ邸……『光の大天使』を書いたルーヴが晩年を過ごしたとされ、今は記念美術館となっているこの場所を除いて他にないでしょう、が………)

 

 

 おそらくは……罠。

 盗聴対策や予測すらできなかったツルギの登場。

 これらを画策した桐藤ナギサがここまであからさまにルーヴ邸を意識させるような証拠を残すとは思えない。

 十中八九、ワザとだろう。

 最悪、『光の大天使』が存在していない可能性もある。

 しかし、乗らないわけにはいかない。

 

 

(現状、1番可能性が高いのがルーヴ邸……何よりも、予告した19時まで残り30分。それに遅れるというのは、私の美学が許さない)

 

 

 決意を新たに路地裏を歩み始めたアキラは……

 いつの間に正面からやってきていた人物と肩がぶつかってしまう。

 

 

「おっと失礼。怪我はないですか、お嬢さん」

 

「……………ねぇ」

 

 

 あくまで優雅に振る舞うアキラにぶつかった少女は低い声で呼びかける。

 何かがおかしい。

 アキラの中に違和感が生まれる。

 耳付きのフードを目深に被り、ぶつかったことを気にも留めない様は端的に言ってとても怪しい。

 そもそもこんな路地裏に人がいること自体が変だ。

 そして、

 

 

「『慈愛の怪盗』って知ってる?」

 

 

 その違和感は確信に変わる。

 間違いない。

 この少女は(アキラ)を捕らえに来た刺客だ。

 だが……まだ疑問が残る。

 ルーヴ邸に罠を張っているであろうナギサがまだ刺客を送ってくる理由もわからないし、何よりこの少女は先程「『慈愛の怪盗』って知ってる?」と問いかけてきた。

 普通の刺客なら、先程のツルギのように問答無用で襲いかかってくるはずだ。

 

 ───アキラの疑問は正しい。

 なにせこの少女はナギサからの刺客ではないのだから。

 

 

「……えぇ、もちろん知っていますよ。最近になってキヴォトスに蘇った、美しき怪盗のことですね?」

 

「ふーん、自分で美しいとか言っちゃうんだ」

 

「……ふむ」

 

 

 それは、盤外からの刺客。

 作戦からも、計画からも外れた予定外の強敵。

 ナギサにとっては棚からぼたもち。

 アキラにとっては泣きっ面に蜂。

 

 

「私さ、約束してたんだよね」

 

「約束…?」

 

 

 彼女が銃に手をかける理由はなんだろうか?

 正義感?

 使命感?

 はたまた名をあげたいという欲望?

 いいや、どれも違う。

 

 

「そ、約束。一緒にマカロン食べに行こうって約束」

 

「ま、マカロン…ですか?」

 

 

 あまりにも予想外の言葉に思わず目が点になるアキラ。

 それに構わず少女は続ける。

 

 

「でもさぁ……なんか急に『慈愛の怪盗』とかいうワケのわからないドロボーが現れて、ソイツとの約束がパーになっちゃっんだよね。アイツ、自警団なんて慈善団体に所属しちゃってるからさ。もうヤル気満々で『私が世紀の大怪盗を捕まえるんですー!』って飛び出して行っちゃってさ」

 

「………」

 

 

 彼女がアキラへと銃口を向ける理由は、ただ一つ。

 

 

「私さ、今日はアイツとスイーツ食べるって気分なんだよね。それはもう感情の問題だから仕方ないんだよ、うん。だからさ………」

 

 

 

 

 

「さっさと捕まってくれない?『慈愛のドロボー』さん?」

 

「私は怪盗です。努々お忘れなきよう、お嬢さん?」

 

 

 

 

 純度100%の私怨。

 それだけである。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 静かな路地裏に銃声が響いていた。

 駆け回りながらマシンガンを乱射するのはフードを被った謎のネコミミ少女。

 対するは変装のためにトリニティ生の格好へと着替えた『慈愛の怪盗』。

 これだけ見れば、なんてことはない、キヴォトスでよく起きているただの喧嘩と言えるだろう。

 しかし。

 

 

「すばしっこい……!」

 

「それはお互い様、ですよ」

 

 

 どう考えても喧嘩などというレベルではなかった。

 尽きることのない少女の猛攻は、ただ闇雲に攻撃をしているのではなく、相手の隙をつき、不意をつき、逃げ道をなくすように最適化された、明確な意味を持つ攻め。

 対する怪盗は、その全てをいなし、躱し、少女の攻撃を意味のないものへと変換する残酷な守り。

 お互いがお互いの先を読みあって戦う高度な『戦闘』。

 そう評する他ないレベルの戦いである。

 

 

「はいはい、そっちね!」

 

「おっと、読まれていましたか?」

 

「5分も戦えば癖くらいわかるようになるでしょ!」

 

「ふふ、怖い怖い」

 

 

 少女の持つ凶悪なマシンガンが火を吹く。

 が、アキラには当たらない。

 狭い路地裏の壁をつたい、宙を舞い、軽々と避ける。

 全ての銃弾を華麗にかわし、着地したところに。

 

 

「足元注意ね?」

 

「!!」

 

 

 事前に転がしてあった手榴弾が炸裂する。

 すんでのところで避けたが……微笑むアキラの額に冷や汗が伝った。

 

 

(強い)

 

 

 そう。

 この少女、ただ強い。

 ツルギのような暴力的な強さではなく、数多の戦闘経験から打ち立てられた純粋な強さ。

 だからこそ、隙がなく、攻めづらい。

 あんなふざけた理由で戦闘をしかけてきたとは思えないほどだ。

 

 

「ぼーっとしてると…!」

 

「おっと…!」

 

 

 いつのまにか目の前に接近していた少女に胸ぐらを掴まれそうになるが、すんでで避ける。

 遠距離戦では逃げ場をなくすように丁寧に、近距離戦では反撃の隙を与えないほどに激しく。

 柔と剛を巧みに使い分けて攻めてくる。

 加えて蹴りや砂かけなどの細かい妨害行為で無理矢理隙を作ってくるのだからたまらない。

 

 正直さっさと逃げたい。

 もう予告状の時刻まで20分ほどしかないのだ。

 こんなことをしている場合ではない。

 が、逃走用の閃光弾や煙幕弾は先の戦闘で既に使い果たしている。

 なんとかして隙を作って逃げなければならないが。

 

 

「回し蹴りってお手軽に威力出るから好きなんだよね!」

 

「なるほど、参考にさせていただきましょう…!」

 

 

 それを許してもらえるほど、目の前の少女は甘くない。

 ゴウっと風を切る音と共に放たれた蹴りを右手で叩き落として回避する。

 体制を崩した少女は飛び退くと、壁走りをしながらマシンガンを乱射してきた。

 狭い路地裏を縦横無尽に駆け回る姿はさながら凶悪な野生動物の様。

 アキラの周囲を走り回って、体一つで即席の檻を作っている。

 走り回りながらアキラへマシンガンを撃ち、素早く飛びかかり、勢いよく蹴りかかり、力強く殴りかか……ろうとフェイントをかけ、バックステップと同時に手榴弾を転がす。

 止まない攻撃の嵐にアキラは防戦一方だ。

 武装、体力、時間の内、どれか一つでもあれば同等以上の戦いができたのであろうが、悲しいことに今はその全てが欠落している。

 よって今のアキラにできることと言えば……

 

 

「ふっ……!」

 

「さっきからトランプ投げてばっかり…!!怪盗ごっこは見飽きたよっ!!」

 

「仰る通り、今日は投げてばかりですね。ですが現状見せられるマジックがこれ以外にありませんので……お目汚し失礼!」

 

 

 少女の攻撃を牽制するためにトランプを投げ

 少女の進路を塞ぐように投げ

 とにかく投げ、投げ、投げ………

 それを繰り返すうちに。

 

 アキラはついに54枚のトランプを全て使い切った。

 

 

「怪盗ごっこはもうお終い?」

 

「……」

 

 

 ふぅ、とマシンガンを肩に担いで軽く息を吐く少女に、アキラは微笑みを返す。

 それを肯定だと判断した怜悧な瞳の少女は、

 

 

「そ。じゃあこれで──」

 

 

 トドメを刺そうと勢いよく足を踏み出し、

 

 ドンッッッ!!!

 

 突如として爆発した地面に吹き飛ばされる。

 

 

「何が……!?」

 

 

 地面に転がされた少女は慌てて立ち上がり、目の前に佇む盗人を見る。

 彼女は未だ変わらぬ、底知れない笑みを浮かべていた。

 その表情に、少女の顔が歪む。

 

 

「……何したの?」

 

「何もしておりませんよ。私がしていたのは、精々トランプ・ショーを繰り返すことくらいなものです」

 

「トランプ…………まさか!!!」

 

 

 驚愕の表情を浮かべた少女は、周囲を見る。

 そこにあったのは先程と変わらない退廃的な路地裏の風景。唯一変わっている点は……至るところに突き刺さったトランプだ。

 

 

「このトランプ……全部爆弾!?」

 

「ご明察」

 

 

 端的なアキラの返答に息を呑む少女。

 アキラが所有するトランプは全て彼女が用意した特別性の簡易爆弾。

 中でもこのトランプは少し特殊なもので、物に触れた瞬間爆発するのではなく、地面や壁に突き刺さった後、何か別のモノが触れたら爆発する……要するに地雷と同様の役割をする代物なのだ。

 それが少女の周囲にばら撒かれている。

 

 

「お嬢さん。貴女は……私の周囲を駆け回り、ご自身の体で檻を作ることで私を包囲していらっしゃいましたね?しかし、今はどうでしょう?」

 

「どう……って」

 

 

 単純に身動きが取れない。

 再びアキラを囲おうと駆け回れば……爆発によって叩き落とされるのは自明の理だ。

 そうやって先程と同じように体勢を立て直している隙にアキラは逃げてしまう。さっき逃げなかったのは……単純に彼女の性格の問題だろう。

 ちなみに場所を変えようとしても、その隙に逃げられるのが落ちである。

 要するに。

 

 

「あー……もしかしてコレ、詰み?」

 

「ご明察」

 

 

 アキラの端的な答えに少女は……その場にドカッと腰を下ろした。

 どうやら降参らしい。

 場の空気が弛緩する。

 

 

「っはー……途中まで上手くいった思ったんだけど……全部手のひらの上だったわけだ」

 

「結果としてはそうですが……お嬢さんの実力が想定よりも高く、私も冷や汗をかかされました」

 

「いーよ、お世辞は」

 

 

 面倒くさそうに手を振る少女。

 アキラとしてはお世辞でもなんでもないのだが……まぁ訂正する必要もないだろう。

 

 

「それで、私はもう行っても?」

 

「ん、いーよ。今回の戦いは完全に私の私怨だけど……もうなんかそれも良いかなって。遊ぶ機会なんていくらでもあるしね」

 

「ふふふ、大切な友人たちと時を過ごすのは大事な経験です。ぜひ満喫なさってください」

 

「ありがと…………えーっと、それから」

 

「?」

 

 

 去ろうとするアキラに向かって少女が気まずげに声をかける。

 もじもじと言いづらそうにしていた彼女だったが、やがて覚悟を決めたのか、アキラに言う。

 

 

「『ドロボー』とか『怪盗ごっこ』とか言ってごめん。なんというか……あんたが真剣だっていうのが凄く伝わってきたからさ。うん。なんというか」

 

「───」

 

 

 少女の発した言葉に目を見開くアキラ。

 そんな彼女に気づかないまま、少女は微笑んで告げる。

 

 

「立ち振る舞いとか発言とか、なんというか……そう!美しかった!めっちゃ綺麗だったよ!うん、だから……犯罪やってる人にこういうのもアレだけどさ。頑張ってね、『慈愛の怪盗』さん」

 

「……えぇ、必ずや」

 

 

 少女からの激励を胸に。

 怪盗は夕闇に消えていった。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「あ……そういえばこれどうやって抜け出そう…………」

 

 

 周囲にばら撒かれた地雷の中心で少女が困り果てるのは……また別の話。

 

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