慈愛の怪盗と光の大天使   作:もとりな

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第6話

 全身を襲う桁違いの衝撃。

 ツルギから受け取った手榴弾の数倍はあろうかという威力。

 もはや痛覚すら飛び越え、一周回って冷静な頭の中でアキラは思考する。

 

 

(今のは───戦車による砲撃!?バカな──)

 

 

「あり得ない、とお考えでしょうか?」

 

 

「づっ……ぅ?」

 

 

 言葉すら発せないアキラの思考を読み取ったナギサは、あくまで冷静に続ける。

 

 

「えぇ、確かにここに戦車が入るなんてあり得ません。なにせあなたが調べた通り、トリニティからこちらに戦車が入った記録はありませんから。しかし…」

 

 

 ゆっくりと立ち上がったアキラに応えるようにナギサも椅子から立ち上がり、地面にクレーターを作ったアキラの方へと優雅に歩みを進める。

 そして、決定的な言葉を述べた。

 

 

「──それは、トリニティ内の戦車の話です」

 

「ま……さか……………」

 

 

 ようやく視界を取り戻したアキラの目に、庭園の草陰から現れた下手人の姿が映り込む。

 それは重厚な戦車だった。

 いくつもの修羅場を乗り越えてきたであろう車体は、それを感じさせないほどに丁寧に磨かれており、大切に扱われていることが見て取れる。月の光を反射して、とても美しい。

 砲心から下げられた『巡回中』の札も特徴的であったが、何よりも目を引いたのは所属を現すマーク。

 

 

「パンデモニウム…………ソサエティー……………………!?」

 

 

 驚愕を隠しきれない怪盗の声が夜に吸い込まれる。

 ナギサはその反応に満足そうに頷くと、人差しを立てて解説する。

 

 

「この戦車……虎丸さんはゲヘナから直接ここにやってきました。だから問題ない。そういうことです」

 

『そういうことでもない気がしますが……』

 

「私が『そういうこと』だと言ったならそういうことになるのです。それがトリニティの鉄則ですよ」

 

『……今初めて万魔殿の中間管理職やってて良かったと思いましたよ』

 

「そうですか?イロハさんであれば、好待遇でトリニティに迎えることも吝かではないのですが」

 

『うぇぇ……勘弁してください』

 

「ふふ」

 

 

 悶え苦しむアキラを尻目に交わされる呑気な会話。

 トリニティとゲヘナの、極めて友好的な会話。

 それは本来あるはずのない光景であった。

 

 

「けほっ……な、ぜ……ゲヘナの戦車がトリニティ、の…敷地に……?」

 

 

 この光景を見れば100人中100人が思い浮かべるであろう当然の疑問。

 見る人が見れば戦争でも起こるのかと疑うような有様。

 激痛が抜け切らないまま聞いたアキラに、ナギサが機嫌良さげに答える。

 

 

「私が呼んだのですよ」

 

『それだけ聞けば完全に裏切り行為ですね』

 

「とんでもありません。あくまで利害が一致した……ただそれだけなのですから」

 

「利害の……一致?」

 

『それについては私からお答えしましょう』

 

 

 戦車の中から聞こえる気だるげな声がアキラの疑問に答える。

 

 

『『慈愛の怪盗』、でしたか……あなたは確か、ゲヘナの活火山周辺で発掘された彫刻『燃える悪魔の慟哭』を学園から盗んだことがありましたよね?』

 

「え、ぇ…確かに頂戴しましたよ。猛き強さと製作者の熱をそのまま形にしたかのような雄々しき彫刻……それをただ1人が満足するために秘匿するなど、あってはならないことですから」

 

『それに関してはアレを自室に飾って隠したウチの会長が100悪いので否定はしませんが……まぁ、それでもマコト先輩は大層怒っていましたので。今回、ナギサ様から提案をいただいた先輩は2つ返事で了承したんです。はぁ、後先のこととか、振り回される人間のこととか考えて欲しいんですけど……』

 

 

 羽沼マコトにとって大事なことはトリニティとの怨恨とかではない。

 自身の機嫌とイブキの機嫌。

 ただそれだけだ。

 それが保証されるのであれば、例えトリニティであっても遠慮なく協力する。

 そんな傍若無人さが……今回はたまたま良い方向に働いたのだった。

 

 さて、そんなクソみたいな理由を聞いたアキラは呆れつつも、予告状が届いてから僅か数時間でゲヘナにアポをとりつけ、盗聴すらさせずに話を進めたナギサの手腕に戦慄する。

 しかしそんな動揺をあからさまに見せるほど彼女は弱くはない。立ち上がり、余裕を持って話し出す。

 

 

「ふむ。イロハ嬢でしたか?」

 

『はい。何か話が?マコト先輩の愚痴なら幾らでも聞きますが』

 

「嗚呼、いえ。お嬢さん方にそんな無礼なことはしませんとも。ただ『惜しかった』と言いたかっただけなのです。」

 

『……と言いますと?』

 

 

 若干訝しげなイロハの問いかけに、アキラは──戦車すら飛び越える跳躍を以てして答えた。

 

 

「あら…」

 

『!』

 

「『光の大天使』から離れたのは悪手でしたね。いくら体力が削れてるとはいえ、この程度の芸当であれば可能です」

 

 

 驚く2人を飛び越え、着地した場所は先程はまでナギサが座っていた場所……つまりは『光の大天使』が置かれていたキャンバスの側。

 

 

「ふふ、ですが先の一撃で仕留めきれたと勘違いされたのは、致し方な───」

 

 

 上機嫌に語りながらキャンバスの方を向いたアキラは……その場で固まった。

 ない。

 先程まで確かにナギサが見つめていた名画が。

 手厚く保護された『光の大天使』がどこにもない。

 キャンバスの上から影も形もなくなっていた。

 慌ててナギサたちの方を向くが。

 

 

「ふふふ。見ての通り、私は持っていませんよ」

 

『一応言っておきますが私も。まぁ虎丸の中に隠す暇がなかったことくらいは理解できると思いますが』

 

「では一体どこに……」

 

 

 唖然とするアキラに向かってナギサは落ち着き払った様子で答える。

 

 

「『慈愛の怪盗』様。正直な話、私は今驚嘆しております。まさか戦車の砲撃にすら耐えて、あまつさえあのような跳躍を披露されるとは」

 

『えぇ。私もドン引きです。虎丸の砲撃とか普通は喰らった時点で気絶確定ですよ?』

 

「……体が丈夫なのは、私の取り柄の一つですので」

 

 

 アキラの体に否応なしに緊張が走る。

 嫌な予感がする。

 そんなアキラの様子を知ってか知らずか……いや、確実に知った上でナギサが語りかけてくる。

 

 

「ですので……奥の手を使わせていただくことにしました」

 

「奥の……手?」

 

 

 アキラは気づかない。

 虎丸の中のイロハから憐れむような目を向けられていることに。

 

 アキラは気づかない。

 目の前の2人が『光の大天使』を所持していないなら、もう1人協力者がいるだけだという単純な事実に。

 

 そして。

 そして。

 次の瞬間。

 アキラは気づいた。

 

 自分がどうしようもなく詰んでいるということに。

 

 

「なるほど、これが『光の大天使』」

 

 

 ───背後から幼い少女のような声が聞こえた。

 

 

「布に包まれていて中身はよくわからないけど……大切にされてきたのね。確かな『重さ』を感じるわ」

 

 

 それは何気ない会話。

 脅しでもなんでもない、むしろアキラに話しかけてすらいない、ただの独り言。

 だというのに。

 

 

「なら──盗ませるわけにはいかないわね」

 

 

 異常なプレッシャーを感じる。

 アキラの全身の細胞が『逃げろ』と叫んでいる。

 生存本能がうるさいくらいの警鐘を鳴らしている。

 逃げた出したい。

 飛び退きたい。

 

 しかし───清澄アキラは『慈愛の怪盗』。

 ならば、動揺も緊張もお首に出さず。

 まずは優雅に挨拶を。

 クルリと振り返ったアキラは、全身の震えを抑えつけつつ、恭しくお辞儀をした。

 

 

「お初にお目にかかります、空崎ヒナ嬢。私は『慈愛の怪盗』───以後、お見知りおきを」

 

「えぇ、初めまして『慈愛の怪盗』さん。よろしくね。まぁ貴女に『以後』は無いのだけれど」

 

 

 ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。

 キヴォトスの戦略兵器である。

 小さな体で抱えるように絵画を持つ姿は可愛らしいと言えるだろう。

 ───全身から放たれる異常なプレッシャーが無ければ。

 目の前に佇む『最強』に、アキラの頬を冷や汗が伝う。

 

 

「なるほど……これが奥の手」

 

「はい。ゲヘナ学園より、空崎ヒナ風紀委員長にお越しいただきました。お茶会の3人目のゲストですね」

 

「とは言ってもお茶は飲んでいないけれど」

 

「あら、これは失礼。次はしっかりお茶会の場をセットしてご招待させていただきますね」

 

「催促したワケじゃ……というか私ゲヘナだけれど、それって良いの?」

 

「もちろん構いませんよ。わざわざトリニティに来なくとも、ミレニアムや百鬼夜行に集まれば問題ないでしょう?」

 

「なるほど。なら有り難く伺おうかしら……イロハ、貴女も来る?」

 

『えぇ……接待お茶会じゃないですか。嫌ですよそんなの』

 

 

 今にも倒れそうなアキラをガン無視して再び呑気に会話する3人。

 だがアキラにはわかる。

 いや、アキラでなくてもわかる。

 下手な行動をとれば───死ぬ。

 

 

「さて」

 

 

 ひと通り話し終えたらしく、ヒナがアキラに向き直る。

 その表情はどこまでも冷たく…アキラに絶望を並々と注いできた。

 

 

「この状況……ひっくり返せるかしら?『慈愛の怪盗』」

 

「………」

 

 

 武器もない。

 体力もない。

 そして全身傷だらけ。

 そんな状態でキヴォトス最強の少女と対面するアキラ。

 この状況に彼女がとった選択は───

 

 

「ふぅ……私の負け、ですね。清々しいほどに完敗です」

 

 

 ──降参だった。

 

 思いの外早い降参に、ヒナがぱちくりと瞬きをする。

 

 

「もう少し抵抗すると思ったのだけれど」

 

「万全の状態であればそうしたでしょうが……生憎と武器も体力も底を尽きているもので」

 

「あらあら何故でしょう?」

 

「食えないお方だ……」

 

 

 ニコニコと微笑むナギサに力無く笑うアキラ。

 彼女は自身を見つめる3つの視線を一身に受け、深くお辞儀をする。

 

 

「今宵のショーは失敗いたしましたが……いずれリベンジに来ると誓いましょう。それまでは……『光の大天使』をお願い致します、ナギサ嬢」

 

「ええ、もちろん」

 

「逃すと思ってるのかしら?ゲヘナ側は貴女に色々と恨みつらみがあるのに」

 

「それでは戦いますか?いずれ私が敗北を喫するでしょうが……それまでは文字通り暴れ回りますよ?あまり美しくないので避けたいのですが」

 

「………」

 

 

 『慈愛の怪盗』が暴れ回るなら、ヒナとしても手加減などしていられない。

 しかしその過程で被害が出たなら?

 ヒナの姿を誰かに見られたなら?

 きっと『ゲヘナの風紀委員長がトリニティの敷地をめちゃくちゃにした』というありもしない噂が流れることだろう。

 それを理解しているからこその挑発。

 怪盗からの不敵な笑みに、ヒナは溜息を漏らした。

 

 

「……はぁ。さっさと何処かに消えなさい」

 

「ふふ。さすがはゲヘナの風紀を守るお方だ」

 

 

 諦めたようにしっしっと手を振るヒナに、アキラは満足そうに頷いた。

 そして再度月を背にして語る。

 

 

「それでは皆さま、今宵は誠にありがとうございました。結果としては完敗でしたが……ふふ。新たな気づきと学びを得ることができ、私は満足しております。しかし『光の大天使』を諦めたわけではありません。遠からず再会することになるでしょう」

 

 

 堂々とした犯行予告。

 思わず見惚れてしまうような語り口。

 それを最後に、月夜の怪盗は───

 

 

「それでは、またいつか」

 

 

 闇へと姿を消した。

 

 

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