【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
声に合わせて、アオイさんの隣に座るロタエさんが資料を取り出す。
一つにまとめられた何枚かの資料を渡され、受け取ってはすぐに目を通す。
「そこに書いてある通り、そして依然話した通り、ベローズ所長は代々研究員。でも城に仕える、つまり城に出入りするようになったのは十年ほど前から」
それまで、ベローズさんは個人で研究を続けてきたのだろう。
スグサさんの様に、一人、ひっそりと。
私が今回調べてもらったのは、ベローズさんについて。
どんな人かを知りたいと思った。
連絡を取る上で何気なしに呟いたのを、アオイさんが拾ってくれた。
「初めは治癒魔法を研究していたようだよ」
「治癒……」
確かに書いてある。
病気や怪我を治せる研究を行っていた、と。
これはベローズさんの字だろうか。
『研究報告書』と書いてあるから、おそらくは。
「初めは小さなこと。事故で怪我をした人を見かけた。もう同じように働けなくて、人生に悩んでいた。そんな人を助けたいと思ったんだ」
「真っ当な意見を持ってたとは、意外だな」
「シオンは特にそう思うでしょうね。研究に没頭している様子を主に見ていたでしょうし」
「ついでに嫌味も言われながらな。「シオン様のおかげで、国王陛下が私の研究をお認めになられました。感謝いたします」とか」
「残念ながら本心から言っているだろうね。そして、『治癒魔法』が『転生魔法』になった理由は簡単。『治せない』からだ」
『治す』と言うのは簡単だが、実際は難しい。
『治す前』を知らないと『治せない』から。
この世界では医術は発展していない。
死体は水に流すか、土に埋めるか、火で弔うか。
死体を暴くという習慣はないし、慣例もない。
知ることができない。
スグサさんは自分をコピーするという強引な手を使ったけど、それは例外。
ベローズさんには『治癒魔法』を編み出すことはできなかった。
ならば、と考えたのだろう。
「『治癒魔法がないのなら、生き還ればいい』」
黙読のつもりが、音読になった。
人を救いたいという願いが歪んでしまった瞬間を表していたから。
実際に、スグサさんがベローズさんに問いただした時も言っていた。
体を知ることができないなら、そのまま使えばいい。と。
『転移魔法』があるのだから、何かを移動させることはできるだろう。
『死ぬ』ことで『生きている』状態と違う何かを見つけ、それを戻せばいいのではないか、と。
だが、それを見つけるには今までと違う研究になる。
研究を続けるにはお金がかかる。
材料も資材も場所にもお金が必要だ。
スグサさんのような強い力があればギルドで高ランク任務を受けて稼げるだろうが、全員がそうではないのは言わずもがな。
例にも漏れず、ベローズさんにはそれが難しかったのだろう。
そして思いついた。
『協力者が必要だ』
けれどスグサさんには一蹴される。
はてさて困ったベローズさん。
『この魔法は発明されれば人類は変わる。究極の魔法だ』
頭を抱えている時に、思いついた。いや、おもいだした。
魔法至上主義である、ユーカントリリー教。
魔法に関わることなら協力してくれるかもしれない。
打診した。
受け入れられた。
人手が増えた。
しかし金がない。
しかし、
『王妃様が亡くなられた』
悩んでいる時の王妃の訃報。
ベローズさんは国王陛下にお目通り願った。
正直、シオンが産まれて王妃様が亡くなったのは、ベローズさんからしたら天の助けだったのだろう。
「「私は『転生魔法』を研究しています。王妃様を生き還らせましょう」。前国王陛下からしても救いの言葉だったんだろうね。お二人は仲がいいことで有名だったから。深い悲しみに暮れた人間には、倫理なんて二の次になってしまった」
仲がいい頃を思い出しているのか、アオイさんは少し悲しげに笑う。
けれど、コウは神妙に、シオンはぶっきらぼうに目を流す。
一度目を閉じたアオイさんは、もう一度開くと顔を引き締めた。
「それがきっかけで、ベローズ所長は国からの援助を受けて研究するようになったんだって」
紙を捲る。
研究員の名前だ。
知っている名前は数人。
知らない名前が大多数。
こんなにも研究に参加していたのかと、名前だけが連なった紙をただ捲る。
「同じような境遇の人を集めて協力していたんだって。マリーが関わってからは、洗脳したうえで実施していたらしい」
「マリー・ウ・リーダーが……」
ヒイラギ先生が、はっとして手で口を覆う。
思わず出てしまったのだろう。
まさか自身の教え子が主犯に近いものだとは。
それも二人目もいたとは。
驚いても不思議ではない。
「あの子の洗脳は強い。音は意識を持っていく。勧誘が成功しても、次第に研究に疑問を持つ者もいただろうから、そういう人やそうじゃない人も含めて洗脳して、研究を漏らさないようにしていたんだろうね。計画的に、秘密裏に。一般人も巻き込んで。今思えば、マリー自身も洗脳にかかっていたかもしれないね」
『転生魔法』の研究に、疑問を持ってはいけない。
そんな洗脳がかかっていても不思議ではない。
確かめる術は、ないけれど……。
「生き還ればいいだなんて……」
クザ先生がつぶやく。
医術師のクザ先生は、患者にとって一つしかない命だからこそのベストを尽くす。
治癒魔法があればと思ったことは一度や二度じゃないだろう。
だからこそ、安易に『生き還る』とか、『他人の人生、または魂を使う』とか、思うところはあると思う。
たった一言呟いただけだが、とても重い一言だった。
誰も何も言えない。
そんな中。
一人が静かに語りだす。
「俺は、『転生魔法』は有り方が違えばいいものだと思った……です」
ヒイラギ先生はふざけるでもなく言った。
それに異を唱える人はいないが、ただ続く言葉を待っていた。
「今回俺が協力した理由は、『転生魔法』が他人の人生を奪うものだったからだ。自分の体と自分の魂。そして魔法を使う上での対価さえ支払えば、それはそれで使い道があったんじゃないかと思う」
「ヒイラギ先生は使いたいのかよ」
「そうだなあ。死ぬ直前にやり残したことを思い出すかも知れないから、お手軽な値段なら契約してたかもしれん。ほら、恥ずかしい思い出の品の焼却とか」
「みみっちい」
「大事なことだろ」
シオンとヒイラギ先生の、いつもと変わらなそうなやりとりに、いつの間にか緊張していた肩が楽になる。
少しほぐれた体で、ヒイラギ先生の言葉を噛み砕く。
「一度死んでいる私からすると、すごく理解できました。私も向こうの世界に少しでも戻れるなら、親や友達や職場の人たちに一言言いたいですし、黒歴史をなんとかしたい」
「だろ? 美化してるかも知れないが、救いたい気持ちは本当だったんじゃないか? オリエンテーションでも言ったように、『自分を守る』っていうのは大事なことだ。でも、もちろん叶わないこともある。俺は正直、ライラたちが合流しなきゃ死を覚悟してたと思う。そして、死んでも……最期の言葉を伝えて、伝えられるなら……救われる奴もいるんじゃねえかな、と」
この世界は『死』と隣り合わせだ。
十代の学生でも
私のいた世界でのバイト感覚で、
必要だから、適性があるから。
この世界では普通のこと。
イオラさんが亡くなった時。
シクさんのおかげで最期の言葉を聞けて、最後の言葉を伝えられた。
救われたことは事実だ。
確かに有り様によっては……。
「残念です」
医術師が言った。
『治癒魔法』も『転生魔法』も今はない。
治せないし、戻らない。
苦しんでいる様子を診ていくしかないのだから。
魔法ができあがれば、使えれば、救える命は増えただろうに。
「クザ先生」
「はい?」
言ってないことがあった。
「スグサさんから頼まれました。私の知識を広めてくれ、と」
「ヒスイさんの、知識?」
「私の知識であるリハビリは、病気や怪我に付き合っていきます。前の世界の知識がどれだけ使えるかわかりませんが、少しでも患者さんが前を向けるように」
「ヒスイさん……」
これは私の決意表明だ。
この場で言うことに意味がある。
スグサさんの意思を、ロッドの名をもらった私が、スグサさんのやりたかったことを広める。
「スグサさんやベローズさんのようなすごいことはできませんが、私は私のやり方で、医術師見習いとして、医療を行います」
私が生きる道。
できることをやる。
この世界を知って、この世界の人たちを知って、生きていく。
死ぬのを待つしかなかった人たちに、彩りを。
気付けば、私は笑っていた。
口角が上がっている。
少し頬が固く感じるが、それは気のせいということにしよう。
クザ先生が微笑む。
隣のヒイラギ先生が息を吐く。
アオイさんとロタエさんが見合って。
シオンは背もたれに寄りかかる。
コウは、同じように笑っていた。
「『医術師見習い』って、なんか締まらねーな」
「いいんです。私は診断はしませんから」
「新しい役職でも作るか?」
「え、あ、いや。いいですいいです」
「なんだよ遠慮すんな。なんか考えとけ」
「丸投げ」
「いやか。なら俺が考えようか」
「シオンは……適当につけそうだからいやです」
「適当につけるつもりだったわ」
「ですよねー。んあー、じゃあ、これで」
『
紙に書いた。
まんま元の世界の職業だ。
当然だが一番しっくりくる。
声に出して読んだシオンはそれ以上何も言わず、書類の一番上に置いた。
扱い適当……。
「あーあ。スグサ様にも結婚式来て欲しかったなあ」
背伸びをしながら、室内にしては大きい声でアオイさんが言う。
重苦しい空気を吹き飛ばすように。
「スグサさんは……誘われてもいかなそう」
「そうかな?」
「はい。来ても周りに認識されないように見てそう。あとはこっそり悪戯するか」
「悪戯は……うん、されそう。それでもいいけどね」
「結婚式挙げるんですか?」
「うん。役職が役職だからある程度の人数は呼ぶことになりそう。今回の事情を知ってる人達だけでも集まりたいと思ってるんだよね。カミルはどうですか?」
「すみません、もう少し時間をください。行きたい気持ちはあるようですが、今回のことを気にしていて……」
「来たいと思ってくれているだけでも嬉しいです。ありがとうございます。来れなきゃこっちから行くって伝えてください。てことではい、ヒスイちゃんへの招待状。コウ殿下にも」
「わあ、ありがとうございます」
細かい装飾がされた封筒を受け取る。
本来の目的はこれなんだよ? と謎の念押しをされた。
隣の人も目元が柔らかくて、あ、内心は嬉しいんだな、と思えた。
話を聞いた感じ、好き同士だったからというわけだはないそうだけど。
印象的な言葉が「夫婦は対等だから」というものだった。
この二人は、役職はともかくとして、元々対等に思っていたけれど。
二人は二人で思うところがあったのかもしれない。
その結果が、結婚等という道。
肩を叩かれた。
振り向くと、封筒を顔の近くにあげ、耳を指差すコウがいて。
何をするのかと思いきや、耳打ちしてくる。
「一緒に行こう」
至近距離で囁かれた、久々のコウの話し声。
思わず体中が熱を持った。
―――――…… Fin.