ネルフは10歳という若さで姉を失った。
ゴトン…
抱えていた首を置いて、彼は血の付着した手でパンを食べた。
丸くて、少し硬い、フランスパンのような造形。
パンを食べたネルフの瞳は虚ろだった。
その姿は、まるで現実から目を背けているよう…
「…」
クソ不味い。
姉ちゃんと食べた時はあんなに美味しかったのに。
パンは、溝(どぶ)のような味がした。
僕は、姉ちゃんの遺体を埋め、自宅に引き籠った。
暗い部屋の隅で、壁を背にちょこんと座る。
横一文字に切れ込みが入った壁。
不思議と、直したいとは思わなかった。
コンコン…
「ネルフ居る?最近見てない、心配…」
自宅の扉が叩かれ、聞き馴染みのある声が僕の耳を揺らす。
「…」
僕は、返事をしなかった。
もう何も聞きたくない、見たくない。
僕は、幼馴染を無視した。
コンコン、コンコン。
何度来ても、何度ノックされても、何度声を掛けられても、無視し続けた。
薄暗い部屋で、何度も、何度も…
僕は、無視し続けた。
………
……
…
それから、どれくらいの月日が経っただろう。
床に飛び散っていた血が乾燥して、赤黒くなるまで。
静寂の中で、時間がただ過ぎていくのを感じていた。
「――――…」
外が騒がしい。
「――くれ…」
赤い光が、扉の隙間から細く漏れ出ている。
薄暗い部屋に入ってくる光が妙に目立って苛立たしくて。
僕は立ち上がり、扉に近付いた。
木材で出来た扉の表面はザラザラとしていて、いつもより重そうに見える。
僕は、そんなドアノブに触れた。
ドアノブを回して、押してみる。扉に取っ掛りは無くて、思っていたよりすんなりと開いた。
なんだ、重そうなのは勘違いか。
そんな思い。しかし、扉の先にあった物に、僕は目を見開く。
重そうに感じた理由。それが、勘違いじゃないと思い知ることになる。
「頼む、殺さないでくれ…」
「依頼なので無理でぇす!どんどん殺せぇ!」
そこにあったのは、肌が焼けそうなほどの熱気と殺気。
想像を絶するような地獄。
「頼む、お願いだ。殺さないでくれ……」
「だーかーらぁ、無理って言ってんだろ!!!」
鮮血が宙を舞う。
村の住人が逃げ回り、命乞いをする。
それを見知らぬ男達が追いかけ、笑いながら殺戮を繰り返す。
「……なんだよ、これ」
赤く染まる、僕の見開いた瞳。
姉ちゃんとの思い出が、思い出の地が、火の海に飲み込まれていく。
水分不足でひび割れている、僕の唇。
そんな唇の乾きが、熱気によって加速した。
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村は、国と違い世界に多く分布している。
その村の一つ、ネルフが生活している村が、国に成長しようとしていた。
ネルフが生活している村『フロット村』
自然豊かな緑は土を残し、全て消えることになる。
死ぬ人々、消える自然。
この日、この瞬間、フロット村は焼き討ちに合った。
フロット村にある、一際大きい屋敷。
ネルフの家よりも何倍も大きな屋敷で数人が会話をしていた。
「マルトス・ガルーラ様が、此度の襲撃で亡くなられました…」
スーツを身にまとった男性。俗に執事と呼ばれる人物が口を開き、報告をする。
マルトス・ガルーラ。村長にして盟主、一つの村を国寸前にまで押し上げた逸材であった。
執事を始めとした従者達は怒りと悲しみに血涙を流す。
そんな中、一人だけ冷静に戦況を分析していた。
ガルーラ家の長男。16歳の男が、この村に奇跡を起こす。
「皆、もう泣くな」
整った顔立ちに、オレンジ色の髪をした次期村長。
彼の名前は…
「父の無念、私が必ず晴らす」
『アウルス・ガルーラ』バトンは、最悪な形で渡される。
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僕は突っ立っていた。
何もない土の上で、ぼーっと。
飲まず食わずだったから幻覚を見ているのだろうか。
それほど曖昧な世界。僕を現実に引き戻したのは、屋敷の方向からやってきた人間の大きな声だった。
「新村長、アウルス様の命だ!皆、屋敷に集まれ!」
風貌からして30代前半だろうか、男の『皆』という発言に僕は辺りを見渡した。
すると崩れた大量の住宅。否、木屑の中に、ちらほらとだが動いている人が居る。
僕は、その様子を見て、ゆっくりと歩き出した。
何故なら、動いている人物の中に謝りたい人が居たから。
「エマ……」
友達も、家族も…近くに居続けてくれるのが当たり前じゃない。
僕は大切な人を亡くし、今回の襲撃を経て後悔していた。
エマが、もしも死んでしまっていたら…
最後は、無視して終わったことになる。
僕は、生きているエマに謝りたかった。
それが、ただの我儘で、願いだった。
「エマ。家来てくれたのに、何度も無視して、ごめん」
許されるわけない、そう思ってた。
でも、エマは僕の顔を見て優しく笑う。
そして、大きく息を吸って、吐いて。彼女は呼吸を安堵という形に変えながら、口を開いていく。
「…大丈夫、気にしてない」
ぶっきらぼうな優しい返事。
何度も、何度も無視した僕。
そんな僕を、エマは許してくれた。
気にしてない。そう言ってくれた。
エマへ恩返しがしたい。僕は、探すように一歩を踏み出した。
大きな屋敷に向かう、大きな一歩。
エマへの感謝と共に。僕の虚ろな瞳が、終わろうとしていた。
僕とエマは屋敷に足を運んだ。
天井は穴が空いており、室内は物で荒れている。
屋敷も襲撃を受けた、この有様を見たら誰もがそう思うだろう。
「アウルス様、これからどういたしましょう」
「フィールド魔法を張る、準備してくれ」
アウルスと呼ばれている人物と、使用人が力強く会話をしている。
そう、力強く。何故、襲撃を受けてそんな風に会話が出来るのだろう。
僕は、そんな疑問を頭に浮かべる。
大きくて、純粋な疑問。
しかし、その疑問は、次の瞬間どうでもいいものになる。
「フィールド魔法ですか!?しかし、フィールド魔法は犠牲が必要ですが…」
アウルスは、息を大きく吸い込む。そして、意を決して言葉を放った。
「付与する魔法はゼロ魔力、犠牲は…」
次の発言を、僕は許すことが出来なかった。
「襲撃によって亡くなった全ての遺体。これを、供物に捧げる」
全ての遺体を犠牲にする?全ての遺体?……姉ちゃんの遺体?
刹那、僕の頭には姉ちゃんの顔が浮かんだ。笑ってた顔、泣いてた顔、最後の顔。
それを、この男は『供物』にすると言った。
一瞬の会話。
しかし、僕は、それだけの会話を許すことが出来なかった。
ダンっ!
僕は、隣のエマを置いてアウルスに飛び込んだ。
室内の真ん中にある縦長机の脇を通り、一直線に走る。
僕の勢いは風を切り、机の上に積もっていた埃が宙を舞う。
「なんだ…子供!?アウルス様に向かってるぞ!」
「アウルス様、お逃げを!」
(速い)
アウルスは僕を見て目を見開いた。
姉ちゃんとの修行。それに、奴は目を見開いた。
僕のスピードに、確かに驚いていた。
誰にでも通用する、すごい、すごい姉ちゃんのインファイト。僕は、自信だけを持って踏み込む。
だけど、その自信は、火のように儚くて、短かった。
「確かに速い。子供にしては、だがな」
「…は?」
僕は、思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。
声を挙げた時には、アウルスはリンゴを鷲掴みにするように、右手で僕の顔を掴んでいた。
そして、その勢いのまま、僕の後頭部は机に押し付けられる。
視界が揺れる。後頭部に、じんわりと熱が広がる。
痛い。それでも、怒りは収まらない。
力強く掴まれる顔。しかし、僕には関係ない。
怒りに身を任せ、ただ暴れる。
暴れる、腕を振って、足を振って暴れる。
しかし、そんな僕の怒りは届かなかった。
暴れる身体、怒る心。
そして、疲れて行く身体。
僕の動きが、鈍くなっていく。
「今だ!その者を捕えろ!」
「姉ちゃん、姉ちゃん……」
動かなくなっていく身体。
気付いた時には、僕の身体は、使用人によって取り押さえられていた。
「アウルス様を襲う者は子供であろうと殺せ!」
「そうだ、殺せ!」
使用人による罵詈雑言。
取り押さえられた僕は、何も出来ない。
インファイトなら勝てると油断して、負けて。
自業自得だ。僕は覚悟を決め、目を瞑った。
何も出来ない僕は、死だけを待って、目を瞑った。
敵だらけの中で目を瞑る。
刹那、そんな中で、唯一の味方で居続けてくれる女の子が、言葉を放つ。
「ネルフは悪くない、供物にするって言ったその人のせい…」
エマの言葉。
彼女の言葉は震えていた。
怖いのかな?でも、それでも、僕を庇ってくれるのか。
こんな何も出来なくてどうしようもない僕を、救おうとしてくれるのか。
僕は、震える彼女を見つめて、瞳を潤ませる。
そんな震えが伝わったのか、はたまた偶然か。
品定めするように見下ろしていたアウルス。彼が、口を開いた。
「体も、腕もガリガリだな。私は少し勘違いしていたようだ」
アウルスが僕を見つめる。そして、品定めを終えて、言葉を並べていく。
「栄養失調……なるほどな。子供ではなく、栄養失調で、あの速さと言うべきだったか」
子供にしては速い。そうではなく、栄養失調にしては速い。
この事実を受けて、アウルスの作戦に、素手で戦う少年が追加される。
「皆、この少年と話がしたい。二人きりにしてくれないか?」
「…」
この問いに、使用人たちは沈黙していた。
殴りかかろうとしていた少年と、まだ若い当主が二人きり。心配し、沈黙してしまうのは当然と言えるだろう。
そんな空気で、アウルスは確信的な瞳を使用人に向ける。
私を信じてくれ。そう言っているような瞳を、信頼する仲間達へと向ける。
このカリスマに、使用人たちは静かに頷いた。
「承知致しました」
コップと質素な料理が置かれ、使用人達が部屋を去っていく。
赤いスープ、手のひらサイズの黄色い果物、そして、パン。
エマも、アウルスの圧に負けたのだろうか。
不服そうな顔はしていたが、無言で部屋を後にする。
残ったのは、僕と当主のみ…
大きな圧と小さな部屋。
何故か、この時、コップに注がれる水の音だけが、妙に大きく聞こえたんだ。