引きこもり少女は異世界において神である(物理) 作:田地町 待乃
というわけで今回、終盤に「まあ全年齢向けならこの位が限度だよな……」という表現があります。
そして前半の長いヒロインのモノローグでは、二籠二十話『乙女のアルバム』の“ジュリマリ”の話題が登場します。
やっと少しは二次創作らしくなってきた……?
私のなかの雌
格式高い木造の馬車は、軽妙な
三年以上ぶりの乗り物。ここは速く感じて仕方がない
この体にはもう、“生まれてから引きこもりになる前まで”に体験した『速い乗り物』の常識が刻み込まれているんだろう。
流れてゆく景色も、見渡す限りの野原に、遠くの山、その上はただただ青空、それだけ。
肺に優しく浸み込んでくる田園の空気も、二日ここに滞在して
気づけば、あの赤い携帯電話を使って暇つぶしでもしようと、右手を浮かせてしまう自分がいる。
ハッと、すぐ手を戻した。
速い乗り物のことといい、どうして、社会に背を向けて生きていたはずの私が、人間界の文明に依存する結果になってしまうんだろう。
それを横目にとらえた蛍。私の退屈さを察してか、
「まだ『母の峠』まではしばらくかかるから、寝てていいよ? どうせ二日酔い、まだ抜けてないんでしょ?」
そんな提案をささやいてくる。
私は少し意地になって、うつむき顔をスッと正した。
「大丈夫! 今朝までたっぷり寝たんだから」
私を利用しようとしている可能性が拭えない相手に、これ以上、自分の無防備な寝顔を見られたくない。というのが本音だった。
だって、“神に仕立て上げて利用する”以外の理由で、蛍が私に親切にする事情なんて……どこにも見当たらないから。
こんな
もしかしたら、“不登校後の私”にとって唯一の理解者だったあの先生でさえ、私に対しては“同類としての共感”以上の特別な想いを持っていなかったのかもしれない。
先生の気持ちを確かめる前に、
考えてみたら、誰かから愛されているって確信できるようなことが、今の自分には何もない。
藁人形の紐を解いてからの三年間。
何もない部屋での、何もない月日の中で、私はたまに思うことがあった。こんなにタップリと時間があるのなら、もっと
それを、地獄へ行くまでの何十年という長い時間のことなんて考えもせず、
隣の蛍を、見る。
うつむき気味の横顔には、確かに暗い陰りがあるけれど、それでも、その向こうには青空が広がっている。
それはもちろん、彼女の横にある窓から空が見えるという意味ではなくて、人間として女として、未来を築いた後で極楽浄土へ向かえるという“希望”が感じられる、ということ。
私はどうだろう?
引きこもりつづけていても、私のなかにある雌の部分はどんどん成長していくわけで、それが時々、私自身に対して次のように問いかけてくる。
〈これから先、人間としての、女としての幸せはどうなるの?〉
────。
私が先生を流してから一年以上も後のこと。
どこかの女子高で、地獄通信を利用しての心中らしき事件があったことを、ネットの噂話として聞いたことがある。
片方が死亡、もう片方は先生と同じように“失踪”扱いになった、その二人のイニシャルはJ.M.とM.F.で、当然、どちらも女子だった。
ネットにはもちろん、〈二人同時に消えたよ〉〈地獄通信かもね〉程度の情報しか流れていなかったけど、私は即座にそれが心中だと直感した。
同時に地獄へ流された若い二人の愛は、耽美な『乙女のアルバム』として地獄を漂いつづけることができるんだろう。
でも私の場合、そうはいかないはず。
先生が私を教え子としてしか見ていない以上、『零れたカケラ達』なんていうリリカルな存在として浮遊することは、たぶんできない。
だって、若いまま地獄をさまよいつづける先生は、果たして、シワシワの老婆になって隣へ落ちてきた教え子のことをどう思う……?
永遠に満たされることのない私。
もしかしたら、それこそが地獄、なのかもしれない。
執拗なタランテラのリズムがもたらしてきた、未来にかかる暗雲の反復。
すると、雲の切れ間から差す一筋の光のような、細くて優しい温もりが、この指先と手の甲に触れた。
「…………!?」
慌てて横を見直すと、そこには相変わらず斜め下を向いたままの蛍の姿。
私はじっと、彼女の顔を覆い隠すボブヘアーを覗き込んだ。
「そういうのやめて。貴女は、私を利用しようとしてる。そうなんでしょ?」
蛍はうつむいたまま、
「そうだとして。だったらどうして貴女は私の手を振り払わないの?」
小さく、問いただしてきた。
彼女に答えるのは、引きこもり女の暗い声ではなくて、野を走る馬車の明るいリズムだけ。
それから、ひずめの打撃音を縫うようにして、
「似てるの。貴女の目、貴女のうつむき顔……」
なんとも意味深な、暗いささやきも聞こえてくる。
「そう……」
誰に似ているのかなんて訊いて、蛍の心を覗き込みたくはなかった。
だって、この人は地獄へ行かない。
もしも、この魂を蛍に理解されてしまったら、この私は“先生以外の誰か”とも絆を
そしてそうだとしたら、“私には先生だけ!”そんな想いから糸を解いたあの決断が、必ずしも正しいわけではなかったことにも……。
今さら後悔なんてしたくないし、第一、後悔しても遅すぎる。交通事故を起こした三年後にブレーキを踏むことに、意味なんてない。
「それにしても、立派な馬車」
強制的に、話を逸らした。
「ああ、国王からのプレゼントだからね」
いきなりスゴい発言が出る。
「蛍、国王に気に入られてたりするの!?」
私の口に「しーっ」を意味する人差し指を当てると、蛍はいくらか調子外れに答えてきた。
「まあ、ね。貴女にだけ伝えておくと、国王、
私は柔らかな背もたれに体を預けた。
「それであんなにスゴい人たちが貴女たち……いゃ、私たちに協力してくれてるんだ? 丘に隠れて私の声を出してた人のことだって、よくそんな人が簡単に見つかるなぁって、ちょっと不思議だったのよ」
「全部国王による人選ってわけ。王様、表向きには国民を平等に尊んでいるふうを装う必要があるから、“当て馬”役の私にはもう、世間の風当りが強くてー」
いいタイミングで前方の馬がヒヒンと鳴くなか、蛍は眉を谷にした笑みでそう吹いてくる。
それを見て、私はピンときた。
「もしかして、
「うん。『don't 濃い超常現象』のことでしょ? あれも国王が書いた書物を私がまとめただけなの」
やっぱり。
その奇妙極まりないタイトルを、私なりに解釈してみる。
「濃い超常現象なんてこの世にはないよっていうエッセイ……か。じゃあ、国王がゴーストライターなんてやってるんだ?」
「そうなるね。もう
魔族。
そのファンタジーめいた響きに、私は圧倒されそうになった。
「魔族なんていう者が
「うん。ヤクザとかマフィアがいない代わりに、そういう
「信じられない……」
ハッとして、窓を開け後ろを見る。
ここからでも鮮明に視界へ入ってくるのは、『セキドーコの町』全体を大きく囲う、高いレンガの壁。
「ねえ、あの塀って」
「そう。魔族の侵入を防ぐための防護壁なの」
窓を閉めて座りなおしても、縦に長く引き延ばされたままの視界。柄にもなく、私は眼を大きく見開いているようだった。
一方、蛍はもう当然のこととして、魔族の存在を受け容れているらしい。
「さっきからこの馬車、魔族と何度かすれ違ってるよ。茜、ずっと考えごとしてて気づかなかったみたいだけど。あ、ほら、あそこ」
蛍は私の真ん前へ身を乗り出すと、少し遠くの林を指差す。
木々の向こう、幹によって消えたり現れたりしながら悠然と歩いているのは……ああっ!
「ひェ」
魔族とやらの姿を見た私は、雌の本能でとっさに股や胸を手でおおった。
なぜなら
なお、「化け物に襲われたヒロイン」に関する記述は、つい数日前に2つ目の部分に追加したものなので、ぜひ以下をご覧下さい。
●女神になって悪と戦うなんて無理!
https://syosetu.org/novel/365011/2.html
挿絵付きで描写しています。