引きこもり少女は異世界において神である(物理)   作:田地町 待乃

8 / 13
 やたら意味深なサブタイトルですねぇ。
 というわけで今回、終盤に「まあ全年齢向けならこの位が限度だよな……」という表現があります。

 そして前半の長いヒロインのモノローグでは、二籠二十話『乙女のアルバム』の“ジュリマリ”の話題が登場します。
 やっと少しは二次創作らしくなってきた……?


ステージ1「母の峠」
私のなかの雌


 格式高い木造の馬車は、軽妙なタランテラ(6 / 8)のリズムを間断なしに刻みながら、なぜか自転車にも劣るような悠長さで野道を駆けてゆく。

 三年以上ぶりの乗り物。ここは速く感じて仕方がない局面(ところ)だろうに。

 この体にはもう、“生まれてから引きこもりになる前まで”に体験した『速い乗り物』の常識が刻み込まれているんだろう。

 

 流れてゆく景色も、見渡す限りの野原に、遠くの山、その上はただただ青空、それだけ。

 肺に優しく浸み込んでくる田園の空気も、二日ここに滞在して色々(ドタバタ)しているうち、すっかり慣れきってしまった。

 

 気づけば、あの赤い携帯電話を使って暇つぶしでもしようと、右手を浮かせてしまう自分がいる。

 ハッと、すぐ手を戻した。

 速い乗り物のことといい、どうして、社会に背を向けて生きていたはずの私が、人間界の文明に依存する結果になってしまうんだろう。

 

 それを横目にとらえた蛍。私の退屈さを察してか、

 

「まだ『母の峠』まではしばらくかかるから、寝てていいよ? どうせ二日酔い、まだ抜けてないんでしょ?」

 

 そんな提案をささやいてくる。

 私は少し意地になって、うつむき顔をスッと正した。

 

「大丈夫! 今朝までたっぷり寝たんだから」

 

 私を利用しようとしている可能性が拭えない相手に、これ以上、自分の無防備な寝顔を見られたくない。というのが本音だった。

 

 だって、“神に仕立て上げて利用する”以外の理由で、蛍が私に親切にする事情なんて……どこにも見当たらないから。

 こんな()()()の引きこもり女には、代償なしに誰かに優しくしてもらえる幸運なんてないはずだろうし。

 

 もしかしたら、“不登校後の私”にとって唯一の理解者だったあの先生でさえ、私に対しては“同類としての共感”以上の特別な想いを持っていなかったのかもしれない。

 先生の気持ちを確かめる前に、()()()()()させて地獄へ送り出してしまったわけだから。

 

 考えてみたら、誰かから愛されているって確信できるようなことが、今の自分には何もない。

 

 藁人形の紐を解いてからの三年間。

 何もない部屋での、何もない月日の中で、私はたまに思うことがあった。こんなにタップリと時間があるのなら、もっと()()()()があったんじゃないか……と。

 それを、地獄へ行くまでの何十年という長い時間のことなんて考えもせず、中学生特有(わかげ)共感的暴走(いたり)で糸を解いてしまって。

 

 隣の蛍を、見る。

 うつむき気味の横顔には、確かに暗い陰りがあるけれど、それでも、その向こうには青空が広がっている。

 それはもちろん、彼女の横にある窓から空が見えるという意味ではなくて、人間として女として、未来を築いた後で極楽浄土へ向かえるという“希望”が感じられる、ということ。

 

 私はどうだろう?

 引きこもりつづけていても、私のなかにある雌の部分はどんどん成長していくわけで、それが時々、私自身に対して次のように問いかけてくる。

 

〈これから先、人間としての、女としての幸せはどうなるの?〉

 

 ────。

 私が先生を流してから一年以上も後のこと。

 どこかの女子高で、地獄通信を利用しての心中らしき事件があったことを、ネットの噂話として聞いたことがある。

 片方が死亡、もう片方は先生と同じように“失踪”扱いになった、その二人のイニシャルはJ.M.とM.F.で、当然、どちらも女子だった。

 ネットにはもちろん、〈二人同時に消えたよ〉〈地獄通信かもね〉程度の情報しか流れていなかったけど、私は即座にそれが心中だと直感した。

 同時に地獄へ流された若い二人の愛は、耽美な『乙女のアルバム』として地獄を漂いつづけることができるんだろう。

 

 でも私の場合、そうはいかないはず。

 先生が私を教え子としてしか見ていない以上、『零れたカケラ達』なんていうリリカルな存在として浮遊することは、たぶんできない。

 だって、若いまま地獄をさまよいつづける先生は、果たして、シワシワの老婆になって隣へ落ちてきた教え子のことをどう思う……?

 

 永遠に満たされることのない私。

 もしかしたら、それこそが地獄、なのかもしれない。

 

 執拗なタランテラのリズムがもたらしてきた、未来にかかる暗雲の反復。

 すると、雲の切れ間から差す一筋の光のような、細くて優しい温もりが、この指先と手の甲に触れた。

 

「…………!?」

 

 慌てて横を見直すと、そこには相変わらず斜め下を向いたままの蛍の姿。

 私はじっと、彼女の顔を覆い隠すボブヘアーを覗き込んだ。

 

「そういうのやめて。貴女は、私を利用しようとしてる。そうなんでしょ?」

 

 蛍はうつむいたまま、

 

「そうだとして。だったらどうして貴女は私の手を振り払わないの?」

 

 小さく、問いただしてきた。

 彼女に答えるのは、引きこもり女の暗い声ではなくて、野を走る馬車の明るいリズムだけ。

 

 それから、ひずめの打撃音を縫うようにして、

 

「似てるの。貴女の目、貴女のうつむき顔……」

 

 なんとも意味深な、暗いささやきも聞こえてくる。

 

「そう……」

 

 誰に似ているのかなんて訊いて、蛍の心を覗き込みたくはなかった。

 だって、この人は地獄へ行かない。

 もしも、この魂を蛍に理解されてしまったら、この私は“先生以外の誰か”とも絆を()()()()人間だったことになる。

 そしてそうだとしたら、“私には先生だけ!”そんな想いから糸を解いたあの決断が、必ずしも正しいわけではなかったことにも……。

 今さら後悔なんてしたくないし、第一、後悔しても遅すぎる。交通事故を起こした三年後にブレーキを踏むことに、意味なんてない。

 

「それにしても、立派な馬車」

 

 強制的に、話を逸らした。

 

「ああ、国王からのプレゼントだからね」

 

 いきなりスゴい発言が出る。

 

「蛍、国王に気に入られてたりするの!?」

 

 私の口に「しーっ」を意味する人差し指を当てると、蛍はいくらか調子外れに答えてきた。

 

「まあ、ね。貴女にだけ伝えておくと、国王、(アンチ)インチキ宗教なの。それでコッソリ、私たちに協力してくれてるのね。当然、国の頂点に立つ者として、表立ってはそんなこと言えないけど」

 

 私は柔らかな背もたれに体を預けた。

 

「それであんなにスゴい人たちが貴女たち……いゃ、私たちに協力してくれてるんだ? 丘に隠れて私の声を出してた人のことだって、よくそんな人が簡単に見つかるなぁって、ちょっと不思議だったのよ」

「全部国王による人選ってわけ。王様、表向きには国民を平等に尊んでいるふうを装う必要があるから、“当て馬”役の私にはもう、世間の風当りが強くてー」

 

 いいタイミングで前方の馬がヒヒンと鳴くなか、蛍は眉を谷にした笑みでそう吹いてくる。

 それを見て、私はピンときた。

 

「もしかして、民衆(みんな)の言ってる蛍の著書っていうのも……?」

「うん。『don't 濃い超常現象』のことでしょ? あれも国王が書いた書物を私がまとめただけなの」

 

 やっぱり。

 その奇妙極まりないタイトルを、私なりに解釈してみる。

 

「濃い超常現象なんてこの世にはないよっていうエッセイ……か。じゃあ、国王がゴーストライターなんてやってるんだ?」

「そうなるね。もう国王(かれ)も切羽詰まってるみたい。インチキ教団のなかには、魔族の力を借りて大きくなってくところもあるから。『母の峠』がその筆頭かな」

 

 魔族。

 そのファンタジーめいた響きに、私は圧倒されそうになった。

 

「魔族なんていう者がサウステニラ(ここ)には存在するの!?」

「うん。ヤクザとかマフィアがいない代わりに、そういう()が存在するんだろうね」

「信じられない……」

 

 ハッとして、窓を開け後ろを見る。

 ここからでも鮮明に視界へ入ってくるのは、『セキドーコの町』全体を大きく囲う、高いレンガの壁。

 

「ねえ、あの塀って」

「そう。魔族の侵入を防ぐための防護壁なの」

 

 窓を閉めて座りなおしても、縦に長く引き延ばされたままの視界。柄にもなく、私は眼を大きく見開いているようだった。

 一方、蛍はもう当然のこととして、魔族の存在を受け容れているらしい。

 

「さっきからこの馬車、魔族と何度かすれ違ってるよ。茜、ずっと考えごとしてて気づかなかったみたいだけど。あ、ほら、あそこ」

 

 蛍は私の真ん前へ身を乗り出すと、少し遠くの林を指差す。

 木々の向こう、幹によって消えたり現れたりしながら悠然と歩いているのは……ああっ!

 

「ひェ」

 

 魔族とやらの姿を見た私は、雌の本能でとっさに股や胸を手でおおった。

 なぜなら魔族(それ)は、地獄通信との契約時に()せられた幻想(ビジョン)のなかで、私を犯し尽くした全身茶色の化け物(オトコ)たちと同じ姿をしていたものだから。




 なお、「化け物に襲われたヒロイン」に関する記述は、つい数日前に2つ目の部分に追加したものなので、ぜひ以下をご覧下さい。
●女神になって悪と戦うなんて無理!
https://syosetu.org/novel/365011/2.html
 挿絵付きで描写しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。