砂狼シロコの放課後は、特に決まった予定がある訳ではない。
アビドス外の友人はさほど多くはなく、待ち合わせや一緒に街へ繰り出すような性格でもない。そうなると自然アビドスの面々と行動することが多くなるのだが、セリカがバイトの日は皆でバイト先に押し掛ける場合を除き、他メンバーも自らの用事を片付ける流れになることが多かった。
なのでシロコも解散の後は、気の赴くままにロードバイクを走らせるのが大体のパターン。普段は通らない道を通ってみたり、風景を流し見ているだけでも結構楽しい。そんなこんなで日が沈み掛けた頃、アビドス近圏まで戻って来たところでシロコはそれを見付けた。
「……何してるの、先生」
声を掛けた先にいるのは、半ば以上が砂に埋もれたゲームセンター、その店先にあるガチャポンの筐体に張り付いている、一人の女性だった。
黒のパンツスーツに身を包んだ長身、腰の辺りまで伸ばされた白い髪。こちらに振り向く顔立ちは整っていて、胸部のボリュームもノノミと同等かそれ以上。控えめに言って美人というか、私服でその辺りを歩いていたら同年代としか思えないくらい若々しい人なのだが、放り出されたバッグや周囲に山を築く開封済みのガチャポンカプセルが全てを台無しにしている。
「おや、こんなところで奇遇だね砂狼君。時間的にはもうこんばんはかな? ともあれ良い所に来てくれた、出会い頭に大変申し訳無いのだが百円玉を三枚程持ち合わせていないかね? このガチャポンが困ったことに筋金入りのツンデレで、ハズレ枠が欲しいのに当たりしか出してくれなくてね……! 最後の一勝負というところで小銭が尽きてしまったのだよこれが!」
葵・硝子。自称、子供の心を持ったまま歳だけ食った二十七歳児。それなりに付き合いのあるシロコからすれば今更だが、その自己紹介が冗談や謙遜ではないということが一発で分かる第一声だった。
「……お金、ないの?」
「ははは心配せずとも砂狼君に一杯どころか十杯や二十杯くらい奢る余裕があるとも。とはいえ紙幣やカードでガチャポンは回せないのでね! 両替機も動いていないし、かといってこの場を離れる訳にも行かず悩んでいたら二時間程経っていたようだが」
シロコは思う。先生、時たま凄まじく頭の悪い時間帯があるよね、と。今日は今がそう。
大体、と歩み寄ったシロコは身を屈める。眇めた視線の先、筐体上部の透明な部分から覗ける最後のカプセルは、
「中身、大当たりみたいだけど」
無慈悲な現実を知らされて、先生の動きが完全に止まった。きっかり二分後、スーツに付いた砂を払いながら立ち上がった彼女は吐息と共に、
「また一つ人生を無駄にしてしまったようだね……」
「先生が言うとシャレにならない」
「ん? ああ、確かに表現が悪かったね。あくまでポーズでしかないから安心したまえ。こういう空振りの時間も楽しむのが人生を退屈しないコツだ。砂狼君も話半分に覚えておくといい」
「ん、釣りと同じ」
「なるほど、それもそうか。釈迦に説法というやつだったかな」
言葉の意味はよく分からなかったが、先生とスタンスが似ているのは少し嬉しかった。バッグを拾った先生は戦利品の収納とカプセルの片付けに入っており、
「カプセルも持って帰るの?」
「併設のゴミ箱に捨てたところで、回収する者がいないだろう?」
言われてみればその通りだ。量が量なのでシロコも手伝い、入り切らない分はバッグ内に畳み入れていたショルダーバッグを使用。ものの数分で回収は完了し、
「すまないね、手伝わせてしまって」
「ん、問題ない。予定がないならこのまま送ってく」
言って、近くの柵に立て掛けていたロードバイクに手を掛ける。途中まで帰り道は同じだ、護衛を名目に放課後デートというのもいいだろう。文字通りの送り狼。ん、それも悪くない。
砂にまみれた道を二人で歩く。お互いに今日あったことやこれからのことなどを話しつつ。時たま、先生が遠くに視線を向け、
「私も君達のように頑丈なら、もっと埋もれたゲーセン発掘とか時間を気にせず探索が出来るのだがね」
「でもそのおかげでこうして並んで歩けてる」
「む、それは魅力的な提案だ。では礼代わりに簡単なもので良ければご馳走しよう。確か昨日作ったばかりの燻製チーズが幾つかあったはずだ」
「ん、それは魅力的な提案」
先生の数少ない趣味の一つ。実益を兼ねているとかでユウカからもこれに関してはある程度出費を許されているそうだが、最初はシャーレのオフィス内でやろうとして火災報知器がえらいことになった。だが味の方は手伝いに訪れた生徒達にも好評で、生産が追い付かず建物内に燻製部屋を設けて以降は常に在庫がある状態とのこと。早い者勝ちなので目当ての品があるかどうかは運次第だが、先生用のスペースには手を付けない協定が結ばれているので今日のチーズは確定。夜食にしてもいいし明日の朝パンとセットでとか、おやつとして食べるのも捨てがたい。
密かにテンション上げていると、バッグを漁っていた先生がこちらに何かを差し出した。見れば先程のガチャポン。中身は動物を模したストラップらしく、白い狼の飾りが揺れている。首を傾げながらも受け取ると、先生は口元を緩め、
「送迎とは別で、人生蝕む被害を二時間に留めてくれた分のお礼だ。良ければ皆の分も持って行くかね?」
「直接渡してあげた方が皆も喜ぶ」
「なら明日集まる際に持ち込むとしよう。意外と黒見君辺りが食い付きそうではあるね」
「ん、魚のやつはホシノ先輩が全部持って行くと思う」
「何とも想像が容易な光景だね、それは」
交わすのは他愛もない雑談。だがそれが得難い幸福であるということを、ここ最近の事件を共にしたお互いは知っている。それを改めて口にすることもなく、わざとらしくありがたがることもなく、ただ自然体でありのままに享受する。
気紛れな寄り道。その結果としてこのような時間を得られたのだから、自分は今幸せなのだろう、と。
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「……さて、諸々の問題が片付いたとはいえ、アビドスの借金が消えた訳じゃありません。そろそろそっちの対策も再開しようというのが今日の議題ですが、……ええと、シロコ先輩?」
「ん、ゲーセンを襲う」
「またシロコ先輩が物騒なこと言い出した……。っていうか何でゲーセン!? ……あ、この猫のストラップ可愛い」
「このガチャポンの山が答えだと思うけどねー。あ、おじさんこのイルカとクラゲのやつももらうねー」
「ええと、先生? ほぼ間違いなく先生が発端だと思うんですけど、それとなく矛先をズラせませんか? ……あ、私はこのワンちゃんのをいただきますね」
「さり気なく風評被害が織り交ぜられた気もするが、任せたまえ十六夜君。……いいかね砂狼君、ゲーセンは娯楽の場、他の学生も訪れる可能性が高い。下手に他校とトラブルを起こしドンパチするのはよろしくないと思うがね?」
「そうそう、だからもっと他の案を──」
「大体よく考えてみたまえ。──景品目当てなら製造元の工場を襲った方が効率が良い」
「先生!! 先生!! もっともらしい説得で規模の大きい方に誘導するのやめてください!! でもこの鳥のストラップはありがとうございます!!」
「ところでホシノ先輩、ちょっと調べたら湾岸の工場の近くに水族館が」
「……へえ」
「あの、ホシノ先輩? 真顔で髪結び始めるのやめましょう? ね?」
「ん、話は聞かせてもらった。ちょうどいいことに修理したての装甲車がここに。そして残り物は全部貰って行く」
「おやおやデカい方の砂狼君までご来訪か。これは今日もまた賑やかになりそうだね?」
「収拾がつかないの間違いでしょ馬鹿あああああ!!」
おだてると続きが増えるそうです