グラスアーカイブ   作:外神恭介

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どれだけ言葉を尽くしても
どれだけ態度で示そうとも
伝えるには足りぬこの想い
配点(とめどなく)

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24039704


人の意思まで、貴女が責任を負う必要はないよ

 深夜のシャーレオフィスビルを、外から見る機会は意外と少ないとシロコは思う。

 自分達は生徒、つまり学生だ。課外活動や放課後、正式な依頼でシャーレを訪れる場合、基本的に日中となる。場合によっては深夜の対応も発生するが、その場合諸々の準備がある為シャーレ入りは夕方頃だ。戻って来ると明け方で、個人的な訪問であったとしても深夜に行く理由はない。そんな貴重なものを今こうして見上げているのも、運命的というか皮肉なものだ。あんな出来事があった日だからこそ尚更に。

 ……ぱっと見は普段と変わらないけど。

 シャーレは基本的に不夜城だ。明かりが絶えることはほとんどなく、今日もその法則の例外ではない。事実この建物の主がフルタイムで動き回っていて、いつ訪れても仕事をしているのは出入りする生徒が口を揃えて言うことだ。寝ている姿さえ見たことがないので遠からず倒れるんじゃないかと言われているが、幸い今のところそういった出来事はない。

 頑丈さに呆れるべきか、大事になる前に休むよう諭すべきか、どちらであっても聞いてくれないだろうと思いつつ、いい加減シロコは覚悟を固める。入口前で止めていた足を、敷地内へと進めようとした。が、それを止めたのは己の逡巡ではなく、

「……シロコ?」

 不意の呼び声に、シロコは面を上げた。振り向けばこちらへと足早に歩み寄って来るのは、

「……ユウカ?」

「どうしてここに……、なんて、聞くだけ野暮か」

 肩を竦める姿はミレニアム、セミナー会計たる早瀬ユウカ。自分と同様シャーレに入り浸りである生徒の一人で、よくノアと一緒に先生の仕事を手伝っている。他校の生徒で仲が良いのは誰かと聞かれれば、ヒフミや便利屋の面々に並ぶ相手だと思っているが、

「何だか、凄く久しぶりに感じるね」

「ここのところ一日一日が凄まじく濃かったものね……。お疲れ様、お互い」

「ん、今日……、もう昨日かな。ともかく色々と世話になった。改めてありがとう」

「気にしないで。キヴォトス全体の危機だったし、事情を聞いたら……、ね」

 苦笑し、ユウカは目を伏せた。プレナパテスと呼ばれたもう一人の先生の経緯は、主要校のトップには伝えられている。当然ユウカも全てを聞かされた一人だ。

 だからこそここに来たのだろうと、そう察することが出来た。

 二人並んでビルを見上げ、しかし足は踏み出せず。先程までの自分を棚上げにして、シロコは視線を振らぬまま友人に問う。

「……行かないの?」

「そっちこそ、入らないの?」

 問い返すユウカも、足を進める様子はなく。傍から見た自分達は、馬鹿みたいに突っ立っているようにしか見えないだろう。

 心の内で何を思っているか、見ただけでは分からないのだから。

 そして、それは先生も同じことで。

「……仮に、いつものテンションで「おやおやこんな時間にご訪問とはいただけないね。チョイと副業で送迎サービスでも始めようか、──ママチャリで」とか出迎えられたらどう思う?」

「再現度高過ぎて違和感が全くないのはどうかと思うわ……」

 でも、

「本当にいつも通りだったら、ちょっと怖い。……この人は、「先生」以外の自分を全て捨ててるんじゃないか、って」

 それは、先生の過去を聞いた者であれば誰もが一度は想像することだろう。

 妹を亡くし、その遺志を継ぐ形で教員となった彼女は、先生という在り方に並々ならぬ情念を燃やしている。身を切るような生活を苦にも思わず、数多の学園を梯子し問題解決に奔走して。一見すると不規則言動ばかり目に付くが、不平不満を口にすることもなく活動し続けられるのは、芯に確かな意思を持っているからだろう。

 だが、今回の件はその信念を揺るがしかねない事件だった。

 他に選択肢はなく、自ら望んだこととはいえ、生徒を一人失った。

 生徒を守るべき存在が、犠牲を生んでしまった。

 希望を託す為とはいえ、もう一人の己がそれを成した。

 思うことは多いだろう。シロコとて道を別ったもう一人の己の去就が気に掛かっているが、先生は生徒を失った上で、もう一人の己も失った。

 当日の内に連邦生徒会と協働し各方面への指示や対応は済ませたが、やるべきことに追われていたとも言える。

 だが今は夜。現状は各学園の対応待ちで、生徒達も最低限の目途がついたら休息に入るよう厳命されている。フィードバックやカウンターでシャーレが動くのは日が昇ってからになるだろう。

 つまり、もはや先生はそれらの事実と向き合わざるを得ない。

 失わせないという方針の元、生徒の為に奮闘して来た先生が、それでもこれまで通りだったとしたら。

 それはもはや人ではなく、「先生」という名の機構でしかない。

 馬鹿馬鹿しい、と一笑に付すのは簡単だ。あの不規則言動の絶えない完璧超人が、そう簡単にへこたれるタマかと。事実彼女をよく知らない者は、大半がそう思うだろう。だけど、

「きっと、私達に心配掛けないよう無理してると思うから。そんなことしなくていい、って伝えたい」

 続くユウカの言葉に、シロコは満足とも安堵ともつかぬ吐息を零した。

 ……そうだね。

 少なくとも、自分達は違う。自分と同じことを考えて、自分と同じ選択をした者が、肩を並べて隣にいる。

 独りではないということが、一体どれだけ心強いか。

「じゃあ、行こうか」

 僅かな逡巡も溶けるように消え、故にシロコはそう告げて振り向いた。だがユウカは対照的に、俯いたまま何かを考えていて。周囲を浸す無言に不安を覚え始めた頃、ようやく面を上げたユウカは、

「ごめん、シロコ。……ここは、貴女だけで行って」

 足場が崩れたような錯覚に、一瞬だけ膝を着きそうになった。

 身体ごと振り向いた先、ユウカは笑みを浮かべている。寂しそうな、やりきれないような、そんな笑みを。

「……どうして?」

「貴女と同じ理由以外でも、私はここに来ていたからよ」

 肩を落としたユウカが、こちらへと向き直る。取り出したスマホを確かめ、しかし目を伏せると共に、

「どうしても急ぎで先生に伝えなきゃいけないことがあってね。連絡はしたんだけど……、スマホ、見てないみたいだから」

 ユウカの言葉に、シロコは二つの不安を抱いた。

 一つは、鬼のような返信速度を誇る先生が、生徒からの連絡に何の反応もしていないということ。

 もう一つは、そんな状態の先生に急ぎで伝えなければいけないような何かがユウカの周囲で起きているということだ。

「……先生じゃないと、対処出来ないの?」

「シャーレへの依頼とかじゃないから安心して。今の先生に仕事を投げようだなんて動きがあれば、私やノアが全力で止めるから」

 なら何を、と視線で問うた先、真っ直ぐな視線を返して来たユウカが口を開く。告げられた内容が耳を通し、文字列へと置き換わり、その意味を頭が理解して、

「────」

「ね? 伝えない訳には行かないでしょ?」

 言葉を失ったこちらにユウカは苦笑。身を翻し、シャーレオフィスに対し背中を向け、

「本当は私も行きたいけど、ミレニアムだから。……先生なら私が来た時点で、こっちの心配を察して普段通りに振る舞うと思う。アリスちゃんとも親しかったし尚更ね」

 だから、

「行って、シロコ。ここは理由を付けて無理矢理抜け出して来た私より、純粋にあの人を案じてここへ来た貴女の方が適役なの」

 口調は穏やかだった。だけど固く握った手には力が入りっぱなしなのが見て取れて。だから聞いてはいけないと分かっていても、シロコは敢えてそれを問う。

「……私で、いいの?」

「良くないに決まってるでしょ。正直凄く悔しいし、何でミレニアムの生徒なんだろう、って思わなかったとは言えない」

 それでも、

「私がミレニアムのセミナーだから先生と出会えた。良いことも悪いことも引っくるめて、これまでの全部があったから、ノアやコユキ、アリスちゃん、何より貴女やシャーレの皆と仲良くなれた。なら、それを否定しちゃいけないと思うの」

 苦笑し、こちらに一歩を踏んだユウカが肩を叩いた。まるで先生のように、気にするなと言外に語って。

「迷ってたんでしょ? 本当に会いに行っていいのか、そっとしておいた方がいいんじゃないかって。それでも行くと決めて、前に踏み出そうとしてた」

 だから、

「任せるわ。私と同じ理由で、だけど私より先に来ていた貴女に」

 力の抜けた笑みに、作為的なものはない。

 願いは同じで、個人的に思うところがあっても、任せられる相手に託す。

 図らずもそれは常日頃、先生が依頼を捌く際にやっているのと同じこと。

 だから決めた。

 手を上げる。こちらの意図を汲んだユウカも同様に。

 手首のスナップを利かせ、高速のハイタッチを交わす。

 快音一発。

「行って来るね」

「ん、行ってらっしゃい」

 短い挨拶を最後に、シロコは駆け出す。

 その足取りに、もう迷いはない。

 

     ●

 

 辿り着いた執務室は、黒の一色だった。

 明かりはついていない。ほぼ二十四時間体制で稼働しているシャーレに対し、休めとか寝ろなど心配や苦言を寄せる生徒は多かった。だがいざそれを目の当たりにすると、タチの悪い冗談としか思えない。むしろ冗談であって欲しかったのだが、少なくともこんな形で見たくはなかったとシロコは思う。

 そんな一室の窓際に、彼女はいた。

 いつもの場所。一面ガラス張りの大窓から、空と街並みを背負う位置取りの席。夜景の逆光故シルエットしか見えない姿は、世界から切り離されてしまったように見えて。

「先生……?」

 自問するような小さな呼び掛けなのに、酷く大きく聞こえたのは無音故か。空調の稼働音やファンの回る音さえしていないのだと、今更のように気が付く。だからこそ消え入りそうなシロコの声は、皮肉にも相手に届いていた。

「……ああ、その声はこちらの世界の砂狼君か」

 距離が開いていて、暗がりにいるこちらが見えていないらしい。それでも一声でこちらを判別してくれて、嬉しさを覚えつつも今だけはそれを押し込める。

「ん、分かるんだ」

「大事な生徒の声を聞き分けられない程薄情ではないよ。それで、どうしたのかねこんな時間に」

 受け答えは、普段と変わりない。だが声に張りがなく、急に老け込んでしまったような錯覚を得て、

「……大丈夫?」

 本心からの問いに、即応はなかった。やがて吐息と、大袈裟な苦笑が聞こえ、

「急に変なことを言い出す子がいたものだね全く。私が大丈夫かどうかなど、……これまでそうでなかった時があったかね?」

「違う意味で大丈夫じゃない所業なら良くも悪くも沢山見た」

「おおっと、これは手厳しい審判を下されてしまったものだ」

 違う。

 いつもなら「ツッコミ厳しいね砂狼君!!」と親指を立てて来るところなのに、返って来るのは苦笑だけ。それが力ない形だけのものだということは、顔が見えていなくても分かる。伊達にキヴォトス最長クラスの付き合いではない。

 だから言う。

「先生、無理しないで」

 やはり即応はない。その沈黙を戸惑いと感じたのは、きっと気のせいではなかったはずだ。やがて、シルエットが肩を竦め、

「何を言っているのかね砂狼君、私は別に無理など──」

「先生」

 遮ると、先生は素直に言葉を止めた。先程までよりも長い沈黙が室内を満たし、それでも辛抱強く待つ。時計の針が一周し、二周して、三周目が終わろうかという段に至り、

「砂狼君」

「何?」

 いかん、返事が食い気味になった。ちょっと反省。ステイ。だがそんなこちらの内心を知る由もなく、先生の影がこちらを見て、

「──君は、本当にそこにいるのかね?」

 彼女らしからぬ要領を得ない問いに、応じる意思よりも困惑が勝った。だが互いに表情の見えていない相手は、シロコの返事を待たず場を繋ぐように、

「知っての通りシャーレの業務は尋常ではなくハードなものでね。ましてやかなり大掛かりな一件が片付いた後だ、疲れから幻聴と会話している可能性がゼロとは言い切れないのだよ。まあ、幻聴がハイ幻聴ですなどと答える訳もないのだが」

「ハイ幻聴です」

「即座にそう返せる辺り本物のようだね砂狼君。私の負けだ。戦利品として冷蔵庫の燻製は全部持って行ってくれて構わんよ」

 思わず親指を立てようとして、さすがに今は駄目だと思い留まる。如何にシロコと言えどシリアス真っ最中に平然とギャグをかます先生程豪胆ではない。非常に残念だが燻製はお預け。だが先生の気を紛らわすなら敢えて乗り雑談に移行するべきなのかと、返す言葉を決めかねていると、

「しかし、こうも暗いとお互いの姿も見えないな。これでは砂狼君に見限られ立ち去られても、気付かず延々独り語りをすることになりそうだ。故に──」

 故に、

「現在ここは無人であると仮定して、今から私は独り言を言おうと思う」

 

     ●

 

「それって──」

 思わず口を開きかけ、慌ててシロコは己の口を塞いだ。幸い向こうは気が付かなかったのか、「無人」のオフィス内で先生の「独り言」が始まる。

「それにしても、キヴォトスに来て以降従来の常識は捨てたつもりでいたのだが、よもや異世界からの来訪者とはね。なかなかどうして世界は広く、人一人の想像の範疇など容易く超えて来るものだ。事実は小説より奇なり、というやつか」

 相槌を打ちたくなったのを全力で堪え、シロコは無言で耳を傾ける。独り言という建前なくては口に出来ない、先生の本心からの言葉を。

「ましてその来訪者が、もう一人の自分だなどと。いつから私は物語の主人公になったのだろうね」

 思い出す。もう一人の己と共にいた、仮面や外套で姿を隠した“先生”のことを。彼女の成し遂げたことを思えば、主人公という定義はあながち間違いでもない気はするが、

「守るべき者を守れなかった私には、荷が重過ぎるというのに」

 予想でしかなかったその言葉を聞いて、シロコは息を詰めた。

「結末としては悪くないものだったのかもしれない。だが過程で多くのものを失った。生徒は負傷し、破壊による被害もあり、そして何より、──天童妹君を失った」

 それは、シロコの知らぬ場で起きたこと。

 箱舟への道を切り拓く為に、その身を以て力を尽くした一人の少女。

 魔王を謳い、しかし勇者と共に、この世界を救う一手を担った優しい機械。

 そして、先生にとっては生徒同然でもあった存在。

「二人を生かし、二人が去った。天秤はプラマイゼロだ。だが私が真に先生で、大人であるならば、もう一人の私以外に喪失を生んではいけなかったはずだ」

 ……ああ。

 もしかしたらこの人は、先生に向いていなかったのかもしれない。

 優し過ぎて、責任感が強過ぎて、全てを背負い込んでしまうから。

 普段己の能を誇るのは、そうでなければいけないという裏返しで。

 よくやった。十分だ。そんな賞賛では己を認めることが出来ない。

「もう一人の私に応えた以上、ここで降りることは出来ない。それは“彼女”の願いを裏切ることになる。だが、どうしても疑念が拭えないのだよ。いつかは私も“彼女”のように、どこかで失敗してしまうのではないか、……否、天童妹君が失われてしまった時点で、もう失敗しているのかもしれないと」

 どうだろうか。

「私は、間違っていたのだろうか」

 だとしたら、

「もし私が間違っていたのだとすれば、私が生徒達にして来たことも、全て間違いだったのだろうか」

 ホシノをカイザーから奪還し、アリスをゲーム開発部に帰還させ、

「もし全てが間違っていたのだとすれば、私はどうすれば良かったのだろうか」

 ミカやサオリの憎しみの連鎖を断ち、ミヤコ達に新たな道を示し、

「キヴォトスに来て、数十、数百という生徒達と関係し、少なからず指針を見せて来た何もかも、すべきではなかったのだろうか」

 そうして成して来た何もかも、全てが間違っていたのだとすれば、

「もはや私は、何もしない方が良いのだろうか」

 

     ●

 

 先生の独白に、シロコは返す言葉を持ち合わせていなかった。

 否、このキヴォトスという世界において、今の問いに答えられる者が果たして存在するのだろうか。

 シロコは思う。自分ではない者がここに来ていれば、気の利いた答えを返してやれたのだろうかと。

 ホシノやユウカ、ヒナ等立場ある生徒であるならば、何かの答えを示すことが出来たのだろうかと。

 先生が持ち直せるなら、それでも良いと思う。だがそこに悔しさを感じるのは、紛れもない事実で。

 ……ああ。

 方向性や深刻度は違えど、この感情は先生のそれと同じものなのかもしれない。

 ここに来るのが自分でなければ良かった、という自己否定と無力感。

 だけど、答える言葉を持ち合わせていないからといって、

 ……答えたくない訳じゃないよね。

 その違いだけは過たないようにしようと、そう思って面を上げて。

 気が付けば、走馬灯のような光景を見ていた。

 ……え?

 眼前のように明かりの落ちたシャーレの執務室に、しかし先生以外の姿はなく。

 やがて日が昇った無人の室内に、先生の名札とタブレットだけが残されていて。

 箱舟に似た違う場所で、白と黒の外套を纏い仮面で表情を隠す先生の目は赤く。

 十数人の生徒達を相手取り、災厄たるこの身を討って止めろと嘯く悪役の姿を。

 ……駄目。

 根拠のない直感だが確信する。これはきっと本物だ。

 ここで何もしなければ、未来として現実になる本物だ。

 彼女が先生である限り、避けようのない軌跡の果てに待つ絶望だ。

 芽生えた疑念を抱え込み、やがて限界を迎えた彼女が辿り着く終着点だ。

 ……重いね。

 普段のふざけた振る舞いの裏で、どれだけの重圧を抱えていたのか、子供であるシロコには分からない。

 だが似たような絶望を抱えたもう一人の己を、その慟哭を目の前で見たからこそ、想像することは出来る。

 何もしない。それはありとあらゆる干渉をしないということだ。

 誰かと話すことも、触れることも、関わることもせず、ただ一つの個として在るということ。

 それを、生きているなどと言えるのか。

 死んでいるのと大差ない。言い換えるならばそれは、生まれて来なければ良かったということだ。

 妹の願いも、生徒達の信頼も、彼女の生におけるあらゆる全てが、彼女を責め苛む呪いへと反転するが故に。

 先生は強い。どんな状況でも己を律し、責任ある大人として、生徒の為に尽くそうとする。それが出来てしまうのが先生の美点だが、同時に欠点でもあったのだ。

 弱音を吐くべき時でさえも、自分は大丈夫だと言えてしまう。

 すり減って、ボロボロになって、力尽きてしまうその時まで。

 馬鹿、とシロコは憤る。こんな時くらい、素直に頼ってくれて良いのに、と。

 理性があり、感情があり、意思がある一個人だ。目の前で起きた出来事に、無感であれるはずがない。

 大事に思う生徒達のことであるのなら尚更だ。

 それでも彼女は先生で、だからこそ守るべき生徒の前ではネガな部分を出せない。

 聞く者のいない独り言という形でしか、弱音を吐くことすら出来ない。

 だが、それで十分だ。

 何も言ってくれないよりは良い。独り全てを抱え込み、あのような結末に至るより遥かにマシだ。もうシロコはそれを知ったし、信の置ける者達もいて、皆で彼女を支えて行けば、あんな結末は迎えないと断言出来る。

 あとは、それを彼女にどう信じさせるかだ。

 だからシロコは決めた。応えようと。これまで幾度も身を挺して自分達を救ってくれた彼女を、今度は自分達が救う番だと。

 ……先生。

 否、それでは駄目だ。頑ななまでに先生として、大人として在ろうとする彼女をそう呼んでしまえば、きっと元に戻ってしまう。

 本心を内に隠したまま、何でもないように振る舞おうとする。

 ならばどうするか。その答えは一つしかない。

 だが、それを口に出来るのか。

 無知で未熟な弱い子供である自分に、それが言えるのか。

 ……そうだね。

 答えはとっくに決まっていた。

 踏み込もう。先生と生徒という距離感に甘えることなく、この人と正面から向き合おう。

 例えその結果、彼女に拒絶されることになったとしても。

 泣いている誰かを放っておくことなど、彼女の背を見続けて来た己に出来るはずもないのだから。

 故にシロコは踏み出す。僅かな緊張を自覚し、しかしそれ以上の感情に突き動かされて。

 驚く程、軽い一歩だった。

 

     ●

 

硝子(・・)

 

     ●

 

「……何故」

 早足で進み、眼前まで辿り着き、至近で見詰めた彼女は泣いていなかった。だがその表面上の取り繕いを見て、今更のようにシロコは自覚する。

 己の頬を伝う、温かい雫の存在を。

「何故、君が涙を流す」

「貴女が哀しみを得たことが哀しいから」

 即答だった。初めて会った時に彼女が口にしたことを、今の己に重ねて言う。

「先生という大人であるが故に、貴女の知る人が失われても、泣くことさえ出来ない貴女の痛みが哀しいから」

 口にして、薄々と悟っていた推測をシロコは事実として受け入れた。

 この人は、決して自分のことで涙を流さない。誰かが哀しみを得たことが哀しいと、そう口にして泣くだけ。

 今まで幾度かそういう場面に立ち会ったが、その全てが誰かを思っての涙だった。

 自分の為に泣いたことはない。知っている限りでは一度だけ、先生の妹が失われた時だけだ。

 だからシロコは泣く。泣くことの出来ない彼女の代わりに、どれだけ泣いたところで足りぬとしても。

「硝子」

 呼ぶ。大事な人の名を。

「正しくなくても、間違いじゃないよ、硝子」

 聞いて。

「人の選択を、悔やんだり、責めないで」

 幾多の困難を抱えた場を、しかし守ろうとする対策委員会の皆を思う。

「生きに行った願いや想いを、否定しないで」

 変わり果てた姿となってもなお、己を通したもう一人の先生を思う。

「自分が間違っていて、それ故に失敗してしまった、だなんて哀しいことを言わないで」

 どんな絶望にも真っ向から対峙し、道をつけて来た彼女を思う。

「何もしない方が良かった、なんて思わないで」

 そんなことは絶対にないのだから。

 どんな人間も、そう思う必要なんてないのだから。

 例え選択の結果、命を落とすことがあったとしても。

 己の矜持を貫き通す為、果てることを選んだとしても。

 そんな犠牲など望んでいなかったと周囲が嘆いたとしても。

「去って行った人の意思を、一時の感情で決め付けないで」

 それは選択した当人のものであって、周りが背負うものではない。

 意思以て決断した個人が抱えるものだ。

 迷い、悩み、しかし進むと自ら決めた道行きならば。

 それを他人が引きずらなければならないなんて、あってはいけない。

 いつ、如何なる時であっても。

 生徒に寄り添い道を示して来た貴女であっても。

「人の意思まで、貴女が責任を負う必要はないよ」

「……だが」

 視線を逸らされた。いつも人の目を見て話す彼女が、そうしない姿をシロコは初めて見る。常に堂々としている彼女が、自信なく身を小さくしているところも。その証明のように、

「失ったものは戻らない。そして今回の件において、そうなってしまったのは私の至らなさ故だ。子供の為に大人が責任を負うことがあっても、大人の、世界の為に子供が身を挺するなどあってはならない。そんな私がキヴォトスに留まり先生を名乗ることなど──」

「硝子」

 伸ばした両の手で、彼女の顔を挟み込んだ。頬に手を添え、顔を近付け、額が触れそうな距離で真っ直ぐに、

「私を見て」

 もはや彼女の顔は見えない。己と同じ青の瞳に、揺れと戸惑いの色が映るだけだ。だがその困惑に構うことなく、自分だけで視界が埋まったことを確認の上で告げた。

「これが、貴女の救ったもの」

 見て。

「これが、貴女の守ったもの」

 聞いて。

「これが、貴女の示したもの」

 触れて。

「貴女が自分を疑うなら、私達が否定する。貴女の選択が、あまねく軌跡が、貴女に絶対の支持を返す」

 だから忘れないで。

「忘れそうになったら、挫けそうになったら振り向いて。そして私を、皆を見て思い出して」

「……何をかね?」

「貴女は先生である前に、葵・硝子という一人の人間だってことを」

 放った言葉に、彼女は息を飲んだ。だが、シロコは想いを止めず、

「私達は貴女が先生だからついて行くんじゃない。貴女が葵・硝子だから。一人の人間として信じられるから。自分の全てを預けても良いと思えるから。失敗しても、上手く行かなくても、取り零してしまったとしても、次は必ずと諦めずに前を向ける貴女だから」

 妹の喪失をスタートとする彼女にとって、今回の件は二度目の挫折に等しい。かつては司令官と呼ばれる恩師と妹の遺品がその背中を押したが、今ここにはどちらもない。

 ならば、自分達が支えるのだ。

 彼女を大事に思っている人は、決して過去の中だけじゃない。現にシロコは下でユウカと会ったし、きっと彼女を案じてメッセージを送っている生徒は多いはず。そして、

「ユウカから聞いた。モモイのゲーム機に変なデータが入ってて、詳細は調査中だけど、……ケイが遺したものの可能性が高いって」

「────」

 彼女の息が止まる。下でユウカから託された、彼女に伝えなければいけないこと。

 それは不確定な希望として、彼女をより深い絶望に追い込むかもしれない劇薬で。

「偶然かもしれない。勘違いかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」

 だけど、世界は決してそれだけじゃないと。そう示して来た彼女にこそ届けねばならない。

「諦めたらそこでおしまい。足を止めてしまったら、可能性すら残らない。ホシノ先輩が連れ去られて、どうしようもなくなっていた私達を、そう後押ししてくれたのは貴女のはず。きっとケイも、自分が力を貸せば後は貴女がどうにかしてくれるって、そう信じていたから去ることを選べたはず」

 だから、とシロコは言う。どうか届けと、目の前の大事な人に届いてくれと思い、

「私達の信じた貴女を、貴女自身も赦して(信じて)あげて」

 大丈夫。

 もう一人の彼女は、世界ごと失ってもやり遂げた。

 たった二人遺された子供達を、幸いな未来へと繋げてみせた。

 そんな“彼女”の遺志を託された彼女が、立ち止まることなどありはしない。

 故に待つ。信じて待つ。言うべきは、伝えるべきは、全て彼女に届けたのだ。

 シロコの知る彼女なら、再起しないはずがない。故に、

「……完敗だな」

 返る苦笑には、微かな力が戻っていた。眩しいものを見るように至近の目が細められ、

「君の言葉は、かつて私が口にしたものだ。それすら守れぬようでは、天童妹君に合わせる顔がないというものだな」

「貴女が教えてくれたこと。そして何より皆の力で、結果を以て示し続けて来たこと。私はそれを思い出させただけ」

 謙遜ではない。紛れもない本心だ。

 彼女のことだから、落ち着いて考えれば同じ答えに至ったはず。

 今はショックな出来事が続いて、ちょっと弱気になっていただけ。

 だけどいつもの彼女なら、不敵に笑って挑むのだ。

 どれだけ困難な状況でも、活路を拓き未来へ繋ぐ。

 それこそが、自分達のよく知る葵・硝子という人。

 はは、と零した彼女がこちらを見る。一度目を伏せ、しかし正面から、

「砂狼君」

「何?」

「触れてもいいかね?」

「ん」

 では、と抱き締められる。遠慮のない力強さで、シロコの存在を確かめるように。こちらの顔が彼女の肩上にズレてしまった為、その表情を窺うことは出来ないが、

「光栄に思いたまえ。私を真の意味で()かしたのは、妹を除けば君だけだ」

「ん、賞状とトロフィーを授与されて然るべき偉業」

 応じるようにシロコも手を伸ばし、抱いた彼女の背を叩く。穏やかで、力の抜けた声に揺らぎはなく、程なくいつもの彼女に戻るだろう。良かった、と口元を緩ませていると、

「……君がいてくれて本当に良かった、シロコ君(・・・・)。──感謝である」

 不意の言葉に、シロコの思考が完全に止まった。

「……先、生? 今、何て──」

「おっと、気が付けばもうこんな時間か。砂狼君も疲れているだろうし、一人夜道を返す訳にも行くまい。茶でも淹れて一息入れたら、家まで送って行くとしよう」

 慌てて確かめようとした時には既に遅く、こちらを抱き上げ退かした先生は歩き出していた。給湯室の方へ向かう後ろ姿は完全に普段と同じで、つい先程までとはまるで別人。だがそこに対する安堵よりも、動揺のあまり普段通りに呼んでしまったことを死ぬ程悔やみ、

「先生」

 衝動に身を任せることを、シロコは己に許可した。

「今夜はここに泊まる」

 これまでの人生において最速の踏み込みで移動先に回り込み、先生をソファーに押し倒した。

「責任を取るのが大人だって言った。なら私をその気にさせた責任を取るべき」

 腰の上に馬乗りになって見下ろす先、先生が首を傾げた。右を見て、左を見て、上を見てから口元に手を当て、

「……はて、私はどこで何をどう間違えたのだろうか」

「何も間違ってない。私と添い遂げる道行きで言えば大正解」

「ははは砂狼君が言うと冗談に聞こえないね?」

「本気で言ってる」

 真顔で告げると先生が一瞬固まった気がした。でももうやめられない止まらない。肩に手を置いて身動きを封じ、ゆっくりと顔を近付け、

「ごめんシロコ、どうしても気になってやっぱり来ちゃっ、た……」

 遠慮がちに入室して来たユウカが、こちらを見て固まり約十秒。瞬間的に頬を紅潮させた彼女は大股でこちらに歩み寄り、

「ななななな何してるのよ先生もシロコも!! 人が心配して来たのに電気も付けないで!!」

「……おおっと、誤解だと言っても通じそうにない状況だねこれは」

「なら事実にしてしまえばいい。濡れ衣を被せられるなら開き直る方がお得」

「砂狼君、ぶっちゃけ深夜テンションだけでしゃべってないかね今」

「そんなことはない。極めて冷静にウキウキしてるだけ」

「和やかに談笑してるんじゃないわよ二人して!!」

 ツッコミと共にこちらを引っぺがしに掛かるが、それよりも早く追加の動きが来た。それは慌ただしく扉を押し開け、電気を付けつつ声を掛けて来るもので、

「先生、まだ起きてる? 風紀委員会の残務にようやく目途がついたから様子を見に……」

「せんせー!! ナギちゃんから疲れの取れるアロマ預かって来たからこれ使……、って……」

「……うへー、明け方も近いのに何この大所帯。おじさん出直した方が良さげかなーこれは」

 三者の視線が向かう先、シロコは先生と顔を見合わせた。お互い真顔で一つ頷くと、

「続行すると間違いなくオフィスが吹っ飛ぶと思うがどうするかね?」

「仕方ない。ここは戦略的撤退」

 大人しく降りた。現実を受け入れ切れていないのか三人は停止したままで、ユウカも目的を果たした為か気の立った猫のような息をしつつも様子見。そんな一同を見回すと、先生はこちらに振り返り、

「砂狼君、早瀬君と共に飲み物の用意をしておいてくれたまえ。ホットミルクなどが良かろう。私は客室の準備をして来る」

 え、と全員の声がシンクロした。対し先生は苦笑混じりに、

「この人数を送っていたら私の休む時間がなくなってしまうだろう? 君達とて色々と奔走していたのだろうし、今夜は全員シャーレに宿泊して行きたまえ」

 おお、という声の上がる中、シロコは見た。先生がそれとなく、しかし確かな一瞥をこちらに寄越したのを。

 ……ん。

 内心で笑みを満面とし、だがシロコは小さく頷きを返すだけに留めた。

 今は、これで十分。

 先生は立ち直り、一度だけだが名前で呼んで礼を言ってくれた。

 その意味が分からない己ではない。

 故にシロコは踵を返した。ユウカに声を掛け、一緒に給湯室へ向かう。

 いつもの自分達を、これからもまた続けて行く為に。

 

     ●

 

「…………」

「アロナ先輩、……良かったですね」

「はい。──硝子さんはもう大丈夫です。これから先、どんなに辛いことや苦しいことがあっても。今日のことを覚えている限り、絶対に諦めないでしょう」

「私の知る“彼女”も、そうでした。それに彼女達だけではなく、私達も支えて行くのですから。……きっと、どうにかして行けるでしょう」

「その通りです。さ、プラナちゃん、私達ももう一頑張りしましょう!! “先生”のメッセージ、絶対に解読しましょうね!!」

「……はい」

 

     ●

 

 身を起こすと、肩からブランケットが落ちた。

 どうもデスクに突っ伏し眠っていたらしい。眠気に目元を擦っていると、横から水の入ったグラスが差し出される。受け取りつつ視線を上げてみれば、そこにいるのはこの部屋の主たる、

「先生、おかえり。それともおはよう?」

「時間的にはそろそろこんばんは、だね」

 言われて見遣る窓の外、日は既に半ばまで沈みつつあった。グラスに口を付け、乾いた口の中を潤しつつ聞くべきは一つ。

「今日の外回りは終わり?」

「うむ、今日はゲーム開発部に顔を出して来た。諦めの悪い才羽姉君を三十タテにしてあげたが、次鋒の天童君がなかなか飲み込みが早くて危うく三位落ちするところだった。……まあ花岡君には一歩及ばず負けてしまったが」

 ははは、と笑う表情は清々しくて。挙がった名前と、夢に見た過去のことを思い、だが気兼ねなくシロコはそれを問う。

「大丈夫?」

 問うた先、先生が僅かに眉を上げた。が、大仰に肩を竦めた彼女は机上のメモ帳とペンを手に取り、

「砂狼君。大丈夫とは大きな丈の夫と書く訳だが、……改めて考えるとなかなか意味深だね?」

「……世紀的大発見。なら偉丈夫は偉い丈の夫?」

「丈で決まるカースト社会か……。今、我々は触れてはならない真理の扉に手を掛けてしまっているのかもしれないね」

「ん、ユウカに連絡してミレニアムの難題に加えてもらうよう打診するべき」

「──何をトチ狂ったこと言ってるんですか二人共!!」

 扉をブチ破ってツッコミが来た。両の手にビニール袋を提げ、早足で歩み寄って来る少女の姿に先生が首を傾げる。

「おや、来ていたのかね早瀬君。アポなし突撃とは珍しい」

「コーヒー豆が切れそうだから補充しに来たんです。たまたま別件で近くを通り掛かったので、シロコに連絡して買い出しが必要なものを聞いて」

 そういえば寝落ちする前にそんなやり取りをしていた。応接用のテーブルセットに鈍い音と共に品物が置かれ、先生がいそいそと領収書を回収しに向かう。昔は生徒も使うのだから折半だと主張していたユウカも、今では諦め混じりで手渡しているのだから変わるものだ。そして、

「先生、見回りついでに書類を届けに来た。今日は少し時間があるけど、何か手伝いは必要?」

「せーんせー!! セイアちゃんが泊まり掛けで先生の蔵書読み漁りたいって言ってるんだけど私の部屋に泊めて良い!?」

「ありゃりゃ、千客万来だねー。ちょっと出遅れちゃったみたいだけど、おじさんも混ぜておくれよう」

 変わったのはユウカだけではない。ヒナも、ミカも、ホシノも、そしてシロコや先生自身も。変化というものはいつだって、今をより良くしようとして成されて来た。例え途中で辛いことや苦しいことがあっても、その先を願い前を向いて歩んだ先には、きっと幸いな未来が待っていると。

 誰よりもそれを信じ、足を止めず進撃する人がいるのだから。

 その証明とも言える光景を前に、彼女はいつもの自信に満ちた笑みを口の端に乗せ、

「空崎君、差し当たって六人分のカップの用意を頼もうか。聖園君、ついでに桐藤君にも声を掛けると良い。そして小鳥遊君、いつものクッションなら仮眠室にあるから取って来たまえ、干したてのほやほやだ」

 ユウカの置いたコーヒー豆を回収し、給湯室に足を向けつつ先生が振り向いた。

「早瀬君は棚から適当に茶菓子を見繕っておいてもらいたい。……それと砂狼君、どれだけ私の味に近付けたか披露する勇気はあるかね?」

「ん、今日こそ免許皆伝を目指す」

「良い自信だ。では見せてもらうとしよう」

 頷きで応え後を追う。背にしたテーブルとソファーからは、すっかり馴染んだ面々の声が聞こえる。

「この分だと夜通しの騒ぎになりそうね。ホシノ、どうせならアビドスの子達にも声を掛けてみたら?」

「あー、セリカちゃんバイトだからお迎えついでに夜食のラーメン頼むのもアリだねえ。ヒナちゃんも食べるー?」

「あああああ私も混ざりたいー!! あ、ナギちゃん!? セイアちゃん連れてシャーレまで来て!! マッハで!!」

「……あの、ミカさん、ついさっきからナギサさんの尋問染みたメッセージが鬼のように飛んで来るんですけど、何故か私宛てに」

 喧騒は絶え間なく。時たま飛び火や容赦ないギャグに無慈悲なツッコミの飛び交うコレを、一部では共食いとか回避禁止型ドッジボールとか言われているようだが、このくらいならまだまだ甘口。先生が参戦するともっと酷い。後できっとそうなる。だけど、

「楽しいね、砂狼君」

 そう零す先生も、後ろでギャアギャアやってる面々も、皆が楽しそうに笑っていて。

「ん、私も楽しい」

 表情を緩ませながら、シロコは先生の持つビニール袋を片方手に持った。

 拒まれず、ただ任されたことに、安堵と幸いを感じながら。

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