「頼もう」
そんな声と共に、シャーレ執務室の扉が開け放たれた。
「……へ?」
ソファーに座りスティック菓子を開封していたミカは、振り向くと同時にそれを落とし掛けた。何故なら視線の先、両の腕を広げ仁王立ちしているのは、
「セイアちゃん!?」
「やあミカ、くつろいでいるようで何よりだ。そろそろここでの暮らしに慣れてズボラになっているかと思えば、存外隙は見せていないようだね」
丈の長い袖をひらひらと振りながら、軽い足取りでセイアが歩み寄って来る。ミレニアムエキスポの一件以降アクティブさが増した彼女は、シャーレに出入りする頻度も増えつつあった。とはいえ連日訪れる程ではなく、昨日来ていたので今日は来ないだろうと踏んでいたからこその驚きだ。だがそれはまだ始まりに過ぎず、
「セイアさん、道場破りムーブで先生に意趣返しというのは中々面白いと思いますけど、給湯室や仮眠室にいたら効果半減ですよ?」
「……ねえノア、ツッコむべきはそこ? そこなの?」
シャーレ常連のノアとユウカ。ミレニアムの役職者であり事務系の能力に優れたコンビだ。ミカもシャーレ住まいになってから話すことが増え、それなりに打ち解けている。ユウカとは先生の助けとなるべく共に料理を練習しているし、ノアとは先生の情報交換が非常に捗った。また今度持ち掛けよう。ともあれそういう意味で他校のメンバーとも関わりの多い二人だが、セイアとも繋がっているとは思わなかった。しかも、
「ふむ、ノアの意見にも一理あるね。だが私はここに出入りするようになってから日が浅く、先生の行動パターンも把握しきれていない以上、シンプルに突撃する他なかったと思うが」
「そこで私の纏めた先生の記録が役に立つ訳です。如何に不規則言動が服を着て歩いているような先生でも、傾向と呼べるものは存在します。次回からは是非私にお声掛けを」
「ありがたく世話になろう。……ところでユウカ、先程からその諦めたような笑みはなんだい?」
「いえ、順調に先生に毒されて来てるなあ……、と」
遠くを見て黄昏れているユウカを笑みで見守っている辺り、結構親しい仲のようだ。よくよく思えばエキスポの際にも役職者同士やり取りはあったのだろうし、色彩の件でも協働したと聞いている。そう考えると不思議ではないのだが、やはり病弱でインドアな印象のあるセイアがこうも社交的な光景というのは違和感の方が先に来る。そしてそんな三人の背後から、額に手を当てながら現れたのは、
「セイアさん、見知った仲とはいえ人の目がある訳ですし、何より先生に対する礼節というものをですね……」
「ギャグが続くと先生の口にも容赦無くロールケーキをブチ込むナギサに礼節を説かれるとは思わなかったね」
「……広義のツッコミですし事も無げに平らげているのでセーフです」
「随分無茶な言い訳と開き直りだね全く。いや、先生への
ああ、
「人の目があるという先の台詞を鑑みるに、二人きりの時には普段らしからぬナギサを見せ──」
当然の帰結としてセイアの口にロールケーキがブチ込まれたが、全員がスルーした。否、生温かい眼差しが向けられはしたが、飛び火を警戒して追い打ちを避けたという方が正しいか。そして後を継いだのは、これまで口を開いていなかった最後の一人で、
「……ナギサも苦労してるわね」
小さく零し白の長髪を揺らすのは、ゲヘナの風紀委員長。背が低く、最後尾を歩いていたこともあり、今の今まで気付かなかった。紫の双眸が室内を見回し、やがてある一点で止まる。それは足音も高らかに、人数分のカップを載せた盆を手にした、
「約束の五分前か。真面目な生徒ばかりでありがたいことだ。……とはいえ、今の状況では媚びを売っているように捉えられかねんのが難だがね」
白の長髪に黒のスーツ。青い瞳で一同を見回すのは、シャーレの先生である葵・硝子。現状ミカの保護者と言って差し支えない彼女は、微笑と共にこちらへと視線を向け、
「聖園君、呆けている暇はないよ? 団体様のお出ましだ、丁重に持て成さねばなるまい。……何故なら普段とは逆に、今日は我々が計られる側の立場なのだからね」
●
「監査?」
ミカのオウム返しの問いに、ナギサがやっぱりと言わんばかりに頭を抱えた。その隣、お茶請けのクッキーを砕いてシマエナガに与えていたセイアが躊躇いのない半目をこちらに向け、口を開く。
「ミカ、現状の君は諸処の問題から身を守る為にシャーレの預かりだ。トリニティ内で過ごすにはリスクが高く、だからこそ先生が便宜を図っての今がある。その大前提は理解しているかい?」
「むっ、さすがに馬鹿にし過ぎ。そのくらいは分かってるもん」
エデン条約における騒動の結果、現在のミカは非常に危うい立場にいる。自業自得の面が強いとはいえ、公的な処罰とは別で嫌がらせなども受けていた。それを知った先生が対策に乗り出した結果、火種は少しずつだが落ち着きつつある。だが、
「ですがいくらシャーレとはいえ、強権を振るえば反発も生じ、万が一が起きないとも限りません。なのであくまでキヴォトスのルールに則り、全学園を対象として「健全な学生生活を送れない生徒に対し、双方の同意を前提として保護下に置く」という法案を提出、連邦生徒会に承認されたことでミカさんを迎えることが出来ました。ただし──」
「ただし、先生も人の子。ミスを犯さないとは言えないし、個人で動いている以上職権乱用の可能性は否定出来ない。だから潔白の証明として、定期的にミレニアム、ゲヘナ、トリニティの三大学園から監査を派遣、実情を調査。報告書を連邦生徒会に提出し「先生は特権を悪用していない」と示す必要がある。無論その辺りを見越していた先生が、予め保険として提示した形だけど」
あ、とミカは口を開けた。確かに先生がトリニティまで迎えに来た際、茶会の席でそんな話をしていた。唐突にそんな話を持って来られて混乱していたとはいえ、まさか丸々忘れているとは。そんなこちらの様子を見て、セイアが大仰に肩を竦め、
「やはり忘れていたか……。まあ、大好きな先生と一つ屋根の下でテンション上がってすっぽ抜けているだろうとは思っていたが」
「わ、忘れてないもん!! その後の先生とのお話の方が大事だっただけで!!」
へえ、と全員から感情のない笑みが向けられた。しまったつい余計なことを。この場に集まった面々は各学園の重役であると同時に、シャーレに入り浸りな先生大好きメンバーの筆頭でもある。腹を空かせた猛獣の前で肉持って寝転がるくらいの大失敗。でも事実だししょうがないよね。とはいえ一瞬空気が冷えたのは確かで、隣に座る当の先生はといえば、
「ははは、真っ直ぐ好意を向けられるというのは嬉しくありがたいものだね」
「ん、先生が望むなら二十四時間三百六十五日、いつでもどこでも愛を囁く」
などといつの間にか生えていたシロコと和やかに談笑していて逃げ道はない。というかこんな状況下で他の女の子と話すとか先生が豪胆過ぎる。よりによって自称シャーレ部員の中で最も先生に近しいとされるシロコ相手なのがまた。
事と次第によってはこの場でドンパチ始まってもおかしくないのに、全く気にしていないのは生徒達への信頼か、はたまたシロコ以外眼中にないのか。後者じゃないと良いなあ、と頭の後ろ半分くらいで思いつつ、ミカは手を打って空気を変えようと試みる。
「それで、事情は分かったけど顔触れが何て言うか……、ちょっと変な気がするのは私の気のせい?」
応接用のテーブルセットを囲むようにして座るのは、ミカと先生、何故かいるシロコを除いて都合五名。
ミレニアムの生徒会、セミナーの役職者であるユウカとノア。
トリニティの生徒会、ティーパーティーたるナギサとセイア。
そしてゲヘナからは生徒会ではなく、風紀委員長の空崎ヒナ。
「見劣りするって言いたい訳じゃないけど、本当なら万魔殿の議長さんが来るところじゃないの? 一応は公務でしょコレ」
「マコトなら来ないわよ」
先程セイアに続きノアと補足してくれたヒナが、ミカの疑問にあっさりと答えた。カップを口に含み、コーヒーで喉を潤してから視線を向け、
「そもそも彼女がこの法案の後ろ盾になった経緯からして、面白そうだから乗っかったというだけだから」
「そうなの?」
「うむ、ぶっちゃけ三校の中で最も早く話が纏まったのがゲヘナでね? 「平たく言えば私の独断と偏見であらゆる生徒をシャーレに拉致監禁出来る犯罪紛いの法だ」と要約したら馬鹿ウケで賛同してくれたよ」
それで良いのか万魔殿議長。一応ゲヘナのトップだったはずだが。というか先生の言い方があんまり過ぎてユウカが噴き出しているが、誰も気に留めない辺り慣れ過ぎではなかろうか。まあ私も「あー先生ならしょーがないかあ」って思ったけど。そんなミカの内心を他所に、お茶請けのマカロンを手に取ったヒナは、
「相手によっては顔を見に来るくらいはしたかもしれないけど、トリニティの生徒だからどうあっても来ないでしょうね。それで代理として私が来たの」
「えーと……、ご愁傷様、です」
「気にしないで。慣れてるから」
事も無げに言う辺り、本気で日常茶飯事なのだろうか。自分も大概実務は苦手だが、さすがにこれは同情する。
「ともあれそういった訳で、我々ティーパーティー、セミナーからユウカさんとノアさん、そして代理として風紀委員会からヒナさんが来ることになった次第です。決して遊びに来た訳ではありませんので、その辺り誤解のないように」
「そうだね。ナギサの性格なら人目を忍んで一人こっそりと来るだろうし」
二度目のロールケーキがブチ込まれたが全員がスルーした。
「じゃあ必要なメンバーは揃ったってことで良いとして、具体的に何するの? 先生何か話聞いてる?」
「ははは事前に聞いてしまっては面白くないではないかね。後ろ暗いことをしているつもりは微塵もないが、生徒諸君と交流する為なら私はあらゆる仕込みを厭わないよ?」
「……とか言い出すのが目に見えてたので、大掛かりな遊びが入らないよう、突っ込んだ話はこの場で説明することになりました」
深々と溜め息を吐いたユウカが、自前のタブレットをこちらに見せる。分かりやすく図も付いた内容は、大きく分けて四つに分類されており、
「一つ、保護者である先生の提出した報告書のチェック。
二つ、エビデンスとしてシャーレ内監視カメラの記録からミカさんの素行のチェック。
三つ、実際にミカさんの過ごしているシャーレの環境が問題ないかのチェック。
そして四つ、ミカさん本人と面談を実施し心身のチェック。これら全てに問題がなければ、引き続き先生監督の下諸々の対応が続行可能になります」
「……意外と多いね?」
「曲がりなりにも人一人を預かる訳ですから、厳密に行かないといけません。これでも結構緩い方だとは思いますけど」
「とはいえ、先生だから大丈夫だろう、で任せきりにする訳にも行くまい。要らぬ邪推を招かぬ為にも、最低限の体裁は必要だ」
「うむ、無条件の信頼は私人として光栄だが、公人としては否を唱えざるを得ないね。道理の適った正しき決まりなら守らねばなるまいよ」
「それに、変に甘く裁定して後々先生の枷になった場合、もっと大きなトラブルの元になりかねない」
なるほどなー、と頷く。どちらかと言えばミカ以外、頭脳労働担当が多い分その辺りは信頼して任せられる。逆に身体を張る場合は自分が頑張れば良いのだから、変に気負うこともないだろう。一人だけ両立出来る人材が混ざってる気もするが、深く考えたら負けな気もする。やがて、ユウカが空になったカップを置き、
「さて、それじゃあ始めましょうか。公平性の観点から他学園同士で最低二人一組になるけど、この人数ならそこまで時間も取られないでしょう」
「そうですね。この顔触れならどう組んでもトラブルにはならないでしょうし、その点は安心です」
「人のことを言えた義理じゃないけど、どこも自分の学園で対応すべき案件は多い。手分けして迅速に済ませましょう」
ナギサやヒナも同意し、先生が運んで来たホワイトボードの前に集まる。各々がペンやタブレットを手に、
「報告書のチェックは私が担当します。元々書記として目は通していましたし」
「なら私もそちらに回ろう。活字には慣れているし速読も得意だ、決して足は引っ張らないよ」
「よろしく頼む。各校に提出している書類の原本は階下の保管庫だ。これが鍵だがなくさないでくれたまえよ?」
「ふふ、細心の注意を払って扱いますのでご心配なく」
手荷物と共にノアとセイアが別室に移り、
「じゃあ私は監視カメラからデータの抽出を仕掛けましょうか。先生、記録の欠損はないですよね?」
「シャーレ内電気設備の点検等で瞬間的な断絶はあるかもしれないが、予備電源に切り替わって稼働するので不備という程の欠落はないはずだ」
「なら抽出待ちの間にシャーレ内を回るのが効率的ですね。ええと、相方は……」
「ん、私も手伝う。シャーレは実質私の庭」
ユウカとシロコが地下の制御室へ向かい、
「ええと、それでは私とヒナさんでミカさんの面談を……」
「おやおや、聖園君の幼馴染である桐藤君が立ち会っては邪推を招くのではないかね? それに監査と言うなら私相手にも話を聞く必要があると思うが?」
「……あの、既に嫌な予感がするんですが私の気のせいでしょうか」
「気のせいだから安心したまえ。では空崎君、私は先日徹夜仕事で疲労困憊だった桐藤君の慰労に当たるのでそちらは任せる」
「分かった。先生も頑張って」
「ちょっ、当事者不在で話が進むのはシャーレのルールか何かですか!? ええと、あの!? ひ、人攫いー!!」
ナギサを担いだ先生が仮眠室へと消えた。
「……わーお」
何だこの流れ。特に最後。無邪気でワガママと評されることの多い自分だが、正直先生のフリーダムっぷりを前にすると霞むどころではない気がする。というか二人立ち会わなくて良いの? あと慰労って何するの? 実質先生の私室とはいえ仮眠室で慰労って響きがアウトじゃない? 私室でも十分アウトか。じゃあダメだ。わあい。
そんな内心を他所に現実は進む。傍ら、低い位置にある表情の乏しい顔がこちらを向いた。小首を傾げ、先程まで座っていたソファーを指差し、
「それじゃ、始めましょうか」
●
ぶっちゃけ、死ぬ程気まずい思いをミカはしていた。
自分はゲヘナ嫌いで通っており、実際その通りでもあるのだが、例外は何事にも存在する。
とある一件を経て親友と呼べる程仲良くなったアビドスのホシノ。その親しい友人がヒナだというのは周知の事実だ。加えてエデン条約で先生が負傷した際、身体を張って先生を守り続けたと聞いている。ホシノが暴走した際先生に助力し、事態の解決に貢献した、とも。
故に例えゲヘナであっても、ミカからの好感度はかなり高い。無論向こうもそうとは限らないので、シャーレではなるべく鉢合わせないよう気を遣ったりもした。ましてやこっちは先生を負傷させた騒動の主犯なんだし。なので責められることがあっても甘んじて受け入れ、偏見や先入観は抱かず、そして失礼のないように接しようと思っていたのだが、
「じゃあ、今の生活に不満や改善して欲しい点はない、と」
「は、はい、先生には本当に良くしてもらって、毎日楽しく過ごさせてもらってます、はい」
気まずい。
ゲヘナ最強の個人戦力。万全ではなかったとはいえ、ホシノを負かした実力者。自分とてトリニティ最強クラスであり、見劣りすることはない。故に相手の風格とか、プレッシャーとか、そういうものが相手であれば怯むこともなかっただろう。或いは向こうもトリニティを敵視していて、互いに嫌味や皮肉を交わし合うとかであれば良かった。良くはないが。しかし、
……よくよく考えると私、マトモな人付き合い出来てないじゃんね!!
嫌われるのも、悪意を向けられるのも慣れている。トリニティ内は敵も多い。故に気を張り、弱みを見せないように過ごしていた。先生のように、と言うのはさすがに盛り過ぎだが、ああいう不敵で揺るがぬ在り方は割と参考にしているし憧れてもいる。出来ているとはお世辞にも言えないが。あと奇行はしない。絶対だ。
一方シャーレは中立の場。良い子が多く、ミカ自身率先して反目し合うつもりはない。ホシノの時のように失言でちょいミスはあっても、何だかんだで良好な関係を築くことが出来ている。好意には好意で返せば良いと、そんな当たり前のことに気付けたのは、ちょっとした発見だった。だが、
「見たところ衣や住には問題なさそうだけど、食は? あの人、自分のことに関してはとことんズボラだけど、そもそも一緒に食べてるの?」
「ええと、事前に言えば作ってくれるけど私は基本外食で。先生に負担掛けたくないし、シャーレの手伝いでお給料もらってるし。最近はユウカちゃんと自炊の練習とか、はい」
「そう。ひとまず問題はないのね」
……きーまーずーいー!!
公務である以上当たり前だが、やり取りは終始事務的なもの。つまりフラット。表情があまり変わらないこともあって、感情がまるで読めない。シロコも表情が乏しい方だが、アレはちょっとベクトルが違い過ぎるのでノーカン。別の意味で分かりやす過ぎるし。
様々な事情から内心身構えているミカに対し、ヒナはただ淡々としている。プラスもマイナスもない、悪い言い方をすれば余所行きというか。かといって無用な遠慮はなく、先の食事の件のように聞くべきは聞く。要らんことも含みで会話そのものを楽しむタイプのミカにとっては、呼吸が封じられているに等しい。
だがビミョーな既視感を覚えるのは多分アレだ。ガチな時の先生っぽいからだ。
茶目っ気と不規則言動に事欠かない先生も、生徒の命や未来、身の安全が懸かっている時はマジになる。姫君発言の一連の流れは、己にとっても鮮烈な記憶だ。多分他の子に対しても同じだろうけどそういう人だし。ともあれそんなシリアス真っ只中の際はこちらも真剣だったりいっぱいいっぱいなので、余計なことを考えている余裕もない。しかし今は別に鉄火場の最中でも何でもなく、
……明らかに人選ミスじゃないかなコレ!!
神様ごめんなさい、先生に拉致られたナギちゃんに若干嫉妬を覚えたことを懺悔します。だから今すぐ戻って来てホントお願い。ティーパーティーの仕事こっちに振ってくれていいから。出来るとは限らないけどね……!!
「……聞いてる?」
「えっ、あっ、何!?」
慌てて面を上げてみても、相変わらずの無表情。かなりメゲそう。人生で一、二を争いかねないくらいには。セイア達もユウカ達も当分戻って来ないだろうし、先生とナギサは帰りが読めない。主に前者のキチガイムーブで。というかナギサは無事だろうか。滅多なことはないと思うが、先生本気で意味不明な行動することあるしなあどうかなあ……。
現実逃避がてら隣室の友人に思いを馳せていると、ヒナが小さく吐息を零した。何かメモを取っていた手元のクリップボードを、テーブルの上に伏せながら、
「別に、取って食おうという訳ではないのだから、そう身構える必要はない」
いやそうなんだけど問題はそういうことじゃなくてね?
内心のツッコミを口に出す訳にも行かず、ミカは曖昧な笑みで返答とした。すごい。今背中の汗がえらいことになっている自覚がある。白い服着てたの失敗だったかもしんない。後ろから見たらとんでもないことになってそう。そんなこの思考も現実逃避。とか何とか脳内で無限に茶番を繰り広げていると、不意にヒナが肩を落とした。
「仕方ない。最後に話そうと思っていたけど、本題に入りましょうか」
「……はい?」
何か不穏な台詞が聞こえた気がした。その内容に思考を割くよりも早く、ヒナがこちらに視線を向ける。真っ直ぐな、気圧されかねない程の真剣な瞳と共に、
「単刀直入に言うわ。この件について可能な限り便宜を図るから、私の頼みを聞いてもらいたいの」
●
……わーお。
冗談抜きに、その三文字で思考が埋まった。無理もないというか、ちょっとあまりにも想定外というか、だって、
「まさかのこっちが買収される側かー……」
「する側になる可能性は考慮していた、と」
チェックが厳しい。まあエデン条約の時暗躍したことを考えればその辺り警戒していても不思議じゃない。どの道いきなり過ぎて買収しようにも出来なかったと思うけどね。先生の顔に泥を塗る訳にも行かないし。
ともあれ、とミカは腕を組んだ。こんな話を持ち掛けて来る以上、変に良い子ぶる必要もないだろう。故に遠慮も気兼ねもなく、いつもの自分として相手に向き合い、
「どういうこと? 曲がりなりにも風紀委員長が口にするようなことじゃないよねそれ。仮に私が言い触らしたりしたら大騒ぎだよ?」
「貴女はそんなことしないでしょう?」
「私がゲヘナ嫌いだって知ってると思うけど?」
そうね、とヒナは頷いた。だが、返す視線の真っ直ぐさには一切の揺らぎなく、
「でも私に何かあれば、先生の負担も増える。そして貴女がそれを望まないことは分かっているつもり」
ふーん、と頷きつつ思考を回す。相槌や応答で僅かなりとも思案の時間を稼ぐというのは、先生もよくやる交渉役の技能だ。こんな形で役に立つとは思わなかったが。
しかしホシノや先生に聞く話からして堅物という印象が強かったが、こういう腹芸が出来るとは意外だった。規則に反するなら身内でも先生でも厳しく行く、風紀委員長という肩書きそのもののような人物。そんな彼女が信条を曲げてまでという時点で厄介事の予感しかしないが、現状の優位はこちらにある。
何しろ後先考えなければ、彼女を破滅させることさえ出来るのだ。この話を向こうから持ち掛けて来た時点で、無条件でこちらに手札を寄越したようなもの。そこまで織り込んでの出方という可能性もあるが、どちらにしろミカが取るべき手は一つしかない。
「ま、聞くだけ聞くけどさ。そんなリスク冒してまで何を頼もうって? 先生の手前表沙汰に出来ないようなことなら突っぱねるかんね?」
「表沙汰には出来ないけど、そこまで大層な頼みをするつもりはない。……まあ、ある意味難易度が尋常じゃないけど」
随分脅すじゃん、と半目を向けた先、主不在の空席を一瞥してから、ヒナはこう口にした。
「なるべくシャーレにいて、先生を助けてもらいたい。あの人が無理し過ぎないように」
●
我ながら思い切ったことをしてるわね、とヒナは内心で自嘲する。風紀の守護者たる己が、サシとはいえ不正を持ち掛けるとは、と。
だが、軽挙でも血迷った訳でも、ましてや過労で頭が働いていない訳でもない。
先生はキヴォトスに必要な人材だ。人格については各方面言及を避けるが、その能力は誰もが認めるもの。連邦生徒会長不在の今、この学園都市がギリギリのところで保っているのは、間違いなく彼女の働きに依るところが大きい。
だが、どれだけ力を尽くしても限度がある。
連邦生徒会長の失踪に始まり、最近のキヴォトスは騒動の質も量も右肩上がりだ。トップダウンで命令を下せるならまだしも、先生はその立場や信条から任意の協働という形を譲らない。当然手の回らない部分は出て来るし、シャーレをバックアップ出来る連邦生徒会とて火種を複数抱えている。
いわば連邦生徒会長と同等の負担に、更なる枷を追加して受け持っているのが先生だ。天童アリスらゲーム開発部に言わせれば、縛りプレイと評するだろう。
そんな状態では、彼女自身が保たない。
無論各学園も手を尽くしているし、先生の助力により持ち直した者達もいる。シャーレには自称部員として手伝いに訪れる生徒も多く、かくいう自分もその一人だ。
先生の心証を良くしたい、という打算がないとは言わない。先生と共に過ごしたいという私欲もあろう。だが先生の負担を少しでも減らさねばという危機感は、誰もが持っているものだ。
世話焼きのユウカなどはその筆頭で、ノア共々ほぼ毎日のペースで顔を出している。ホシノも自治区のパトロールがてら先生の様子を見に来るし、言動に若干怪しいところはあるが二人のシロコもほとんど交代の形で張り付いていると聞く。
そしてそのいずれにおいても、先生が休んでいるところを見た者はいない。
止める気はない。止めたところで聞くような人でもないし、それが彼女の決めた生き方だ。先生の過去を知るからこそ、生半可な覚悟で彼女の前に立ち塞がれるはずもない。
だが完璧超人と謳われた連邦生徒会長でさえ、誰もが想像すらしていなかった失踪を遂げた。
ならばキヴォトスの住人ですらない先生が、力尽きない保証などどこにもない。
「無理強いはしない。出来る範囲で、と付けても良い。力尽くで執務室から引きずり出せ、とも言わない。ただ、あの人が頑張っていたら、少しでも休むように言ったり、飲み物を用意してあげたり、そんな小さなことで良い。貴女を想い、心配している人がいるのだと、そう気付かせてあげて欲しいの」
「……答える前に、一つだけ聞きたいんだけどさ」
こちらの願いを聞き終え、ミカが半目で手を上げた。首を傾げ、心底不思議そうに、
「どうしてそこまでするの? 危ない橋渡って私に頼むくらいなら、自分でやれば良くないかな?」
そうね、と心中でヒナは頷く。その疑問は至極真っ当で、一度は自分も考えた。だが、
「ゲヘナを取り巻く色々で、私が基本多忙なのは知ってるかしら」
「そだね。先生程じゃないけどかなり忙しいってのは聞いてるかな」
現状ゲヘナの行政、と呼ぶのも憚られる諸々は、ほとんど風紀委員会が回しているのに等しい。万魔殿の一部も動いてはいるが、ヒナの負担を減らす程ではない。事実ヒナに一日休みを与えるだけで、先生はキヴォトス中を駆け回る羽目になったのだ。とはいえどうにか時間を作り、手伝いに来ることは不可能ではないし、先生は笑って迎えてくれるだろうが、
「そんな私が何を言ったところで、逆に気を遣われるだけ。手伝いに来たと言っても、接待されるのが関の山だから。ホシノ達も気に掛けてはいるけど、ずっとここにいられる訳じゃない」
そういう意味ではミヤコ達もいるが、彼女達は学園再興の為様々な活動に身を投じ時間の余裕がない。一方ミカはティーパーティーとはいえ権限は少なく、処罰の一環であるボランティア活動を除けば基本フリー。ならば誰が適任かと言えば、答えは語るまでもない。
正しさは大事だ。だが、それだけで全てが上手く行く訳ではない。正しく合理的であった先生とて、かつて一度間違えた。ならば正しさのみに囚われず、清濁併せ呑む覚悟で、何を成すかこそが大事だとだとヒナは思う。
それが先生の過去を聞きこれまでを見て来て、ヒナが決めた己の在り方。
迷いはない。躊躇いもない。誇りある悪役たる彼女と同じように、ヒナは己を疑わない。
……大丈夫。
通じるはずだ。正しいだけであれば、今この場にいることのなかった彼女になら。
ほとんど面識もない、面と向かって話すことさえ今日が初めての間柄であっても。
「ここで生活している貴女にしか頼めないこと。それで少しでも先生の支えになるのなら、私は躊躇わずルールを破る」
正しくなくても、間違っていないと、そう胸を張って言えるのだから。
●
ある意味傲慢な、だけど真摯なヒナの言葉を聞いて、しかしミカは別のことを考えていた。
……成程なあ……。
思うのは、ホシノのこと。シャーレに移り住んでから、初めて出来た学外の友達。親友と言っていい、武断系の依頼においての相棒。そんな彼女と打ち解けたきっかけは、月下の言葉の応酬だった。互いの芯に抱えた想いが通じ合い、協働することで結び付いたのだが、
「不良だなあ」
零した言葉に、ヒナが微かに表情を揺らした。だからミカは肩を竦め、大仰に両の手を広げる。
「風紀委員長がこんな不良だったなんてびっくりだね。ホント、並の不良じゃないよコレ」
吐息と共に肩の力を抜き、しかしミカは満面の笑みを浮かべた。
「かくいう私も相当不良なんだけどさ。……先生は悪と不良は違うって、そう言ってくれたよ」
ミカは思う。きっと自分とホシノのあの夜が、ヒナとの場合の今この時なのだろうと。
「ルールを破って私情を優先。正しくないよ。誰が聞いたってそう思う。……だけどさ」
不良だからって何もしちゃいけないなんてルールはないし、もっととんでもない悪を行うような人が身近にいるのだ。そんな大人に教えを受けて来たならば、自分達だってそうなるのは当たり前だし、
「誰かを大事に想うことは、間違ってないもんね」
いいよ。
「貴女のお節介、手伝ったげる」
片目を閉じて、左目だけでヒナを見て、
「私の手の届く限り、先生の力になるよ」
まあ、
「元々そのつもりだったけどね。頼まれるまでもないし、そういう意味じゃ交渉材料にはならないかな。手を回されて後々問題になるのも嫌だしさ」
だから、
「代わりって言ったらなんだけど、お友達になろうよ。先生を好きな同士で、ホシノちゃんって共通のお友達もいるんだしさ」
きっと、
「仲良くなれると思うんだよね、私達」
●
よほど虚を突かれたのか、口を小さく開けてこちらを見ていたヒナが復帰するのに、一分近い間を要した。やがて彼女は、ほんの少しだけ口元を緩め、
「……変わったわね」
「お互いよーく知ってる誰かさんのおかげでね☆」
親指を立ててみせると、苦笑した向こうも同じように返す。そんな馬鹿みたいなやり取りが、しかし無性に楽しくて、
「という訳で、さっきの話は聞かなかったことにしといたげる。私と違ってお偉いさんなんだし、あんまり隙見せちゃ駄目だよ?」
「それは困る」
へ? と視線を戻せば、困惑したように眉を寄せたヒナが、
「貴女と友達になったということまでなかったことになってしまう」
今度はこっちが口を開く番だった。が、悪いと思いつつも堪えが利かず、顔を背け、
「……そんなに笑うこと?」
「いや、ごめんごめん、何だろうねコレ、ギャップ萌えってやつ?」
ヒナが躊躇いなく半目を向けて来たが、普段からナギサやセイアで慣れているので気にしない。先生なんてもっと酷い視線をフルタイムで向けられてるんだからヨユーってやつ。だからもはやミカも萎縮せず、お茶請けのクッキーを半分に割って差し出した。
「監査の面談ついでに雑談してたら、意気投合して仲良くなった。そういうことでいいじゃん?」
クッキーと己の間で、ヒナが少しだけ視線を往復させた。だが程なくして小さな手が伸び、確かにクッキーを受け取って、
「それもそうね」
「そうそう、そのくらいテキトーで良いんだよ。嘘は言ってないし」
「あの人みたいな物言いね」
受け渡しの際微かに触れた温もりは、自分や先生と同じもの。ゲヘナだろうとトリニティだろうと、例えどこの誰であっても、きっと変わらぬ一つの答え。その一端に触れた気がして、ミカは心からの笑みを零した。
向かい、釣られるようにしてヒナも身の力を抜く。先生と同じ白の髪が揺れ、既に似合いそうな髪形やアクセサリーの算段を立て始めている己がいて。
ああ、とミカは思う。無表情で、淡々としてて、何考えてるか分からなくて戸惑ってはいたけれど。
……なあんだ。
こんなに可愛い顔で笑うんだ、ヒナちゃん。
●
「お邪魔しまー……、およ」
挨拶を中断し驚きの目を向けて来たのは、ビニール袋を手に提げたホシノだった。概ね深夜に訪れる彼女にしてはお早い到着だが、たまにそういう日もあるのだと知ったのは付き合いが出来てから。大体は昼寝の為だが、彼女は真っ直ぐこちらに来て、
「あれー、どうしたの珍しい組み合わせで。もしかして取り込み中?」
「んーん全然? テキトーにダベってるだけだからホシノちゃんもこっちこっち」
ほいほーい、と寄って来たホシノがヒナを挟んで隣に座る。いつもの定位置ではなくなったことに若干の寂しさと申し訳なさはあるが、わざわざ口にするようなことでもない。隣、こちらの手にした櫛で髪を梳かれるに任せていたヒナが視線を向け、
「また昼寝?」
「そのつもりだったけどこんな光景見たら眠気も飛んじゃうって。実はおじさんの見てる夢だったりしない?」
「ほっぺ引っ張ったげよっか?」
「うへえ、おじさんの柔肌がお餅みたいに伸びちゃうよう」
「人の頬はそんなに伸びない」
「ツッコミ厳しいねヒナちゃん!!」
親指を立てると向こうも同じように返して来た。そんなちょっと前までは有り得なかった光景を見て、ホシノが目を細めているのに気付く。それはシャーレで自分達がギャアギャアやっている時、一歩引いた位置から眺めている先生に酷く似ていて。
「……どうしたの?」
同じような疑問を抱いたのか、そう問い掛けたヒナにホシノは首を振った。いや、ね、と若干気恥ずかしそうに、しかし目を弓にして、
「ミカちゃんもヒナちゃんも大事な友達だから、仲良くなってくれておじさん嬉しいなあ」
素直に感情を晒してくれる親友を、気が狂う程可愛いと思ったのは決して贔屓目じゃないと信じたい。
「……そう」
内心笑顔のままホワイトアウトし掛かったミカの意識に、ヒナのそんな声が届いた。見ればホシノから顔を背けた彼女は、しかし落ち着かなさそうに俯いていて、
「……もしかして。ヒナちゃん照れてる?」
「……別に、そんなことない」
「あーんもう二人共可愛過ぎだよー!!」
辛抱堪らず纏めて抱き締めた。驚きの声こそ上がるが、そこに嫌気や拒絶の色がないことが何よりも嬉しい。抱き寄せて、頬擦りして、己にとって大事なものを気の赴くまま確かめて、
「ハイ終了ォ──!!」
ドアを蹴破ってキチガイが帰って来た。
勢い良く開かれた扉がバウンドして戻り、しかしキチガイが頭突きでカウンター。今度は程良い力加減だったのか扉はドアストッパーで止まり、満足げにY字のポーズをキメる。
かなりイイ空気吸ってた自覚もあり三人揃って半目を向けた先、キチガイは何故かエプロン装備だった。聞こえない歓声に応えるように手を振っていた狂人は、不意にこちらを目に留めると、
「おや、小鳥遊君までお出ましか。千客万来で喜ばしいことだね」
「台無シズム炸裂させたのは後で超叱るとして、ナギちゃんどうなったの先生」
問うた先、先生が親指を立ててみせた。
「以前紹介してもらってからアロマにも手を出してね。桜の香りに包まれながら整体を施された結果、今はぐっすり夢の中だとも。当分は起きないだろう」
首を伸ばして覗いてみれば、安らかな表情で寝息を立てているナギサが見えた。とりあえず危惧していたような事態は起きなかったようで安心したが、それはそれとして先生のベッドで寝てるのが超超超羨ましいのは心が狭過ぎるだろうか。あと一応ツッコんでおくなら、
「広義の接待してて買収扱いされない?」
「おやおや、確かに桐藤君は監査として来訪したが、私の生徒であることに変わりはないよ? 生徒である桐藤君を、先生である私が個人的に労うことに問題は何もないはずだが? 当の監査も空崎君達がそつなくこなしてくれているようだしね」
「相変わらずの屁理屈ね……」
ヒナの呆れた嘆息も、先生は意に介さない。元よりそれを咎める者など、シャーレどころかキヴォトスにもいないだろう。仮にいたところでこの狂人を言い負かすなどMURIにも程がある。
「まあ、ホスト代行として頑張ってくれてるんだし、ちょっとくらい良い目を見ても許されるよね」
「ならばティーパーティーとして表立って動けない分、シャーレで色々と手伝ってくれている聖園君にも良い目を見せねばなるまいよ」
へ? と面を上げるより早く、ホシノとヒナが生温かい笑みと共に小突いて来た。後で散々ネタにされるだろうが、それは一旦置いといて、
「えーと……、もしかして私もマッサージされちゃったり?」
「眠る桐藤君の隣で横になって声我慢大会でもするつもりかね」
苦笑された。さすがにちょっと欲望が前面に出過ぎた感はあるがしょーがないじゃんね。だが、それならどうするのかと言えば、
「聖園君もだが、空崎君達も元はと言えば、私のワガママによる建前の為にご足労いただいたのだ。媚びと揶揄されたとしても、相応に持て成さねばなるまい。故に今宵、夕餉に腕を振るわせてもらおう」
「本当?」
誰よりも早くヒナが前のめりになった。一瞬遅れて我に返り、頬も赤く身を縮めるヒナをホシノと共に小突いていると、
「冗談で言うことではないよ。監査対応として全員の予定を二十時まで押さえたのはこの為なのだから。根を詰め過ぎては効率も落ちる、息抜きにまったり団欒と洒落込もうではないかね」
ヒナ共々力強く拳を握ったのは言うまでもない。が、監査ではないホシノは対照的に所在なさげになる。しかし先生はそこに触れず、わざとらしく時計を確かめ、
「おっと、では私はこれで。監査の為に戻って来たが、実はまだ支度が途中でね」
「え、もう準備始めてたの? まだ四時過ぎだよ?」
「うむ、人数が人数だけにそれ相応の仕込みが必要なのだよ。君達が来る前から下拵えは進めていたが、さすがに飛び入り参加のお嬢さんの分はこれからなのでね」
えっ、とホシノが困惑の声を上げた。一度横目にこちらを窺い、恐る恐る先生を見て、
「……いいの?」
「小鳥遊君だけ一人寂しく帰らせる訳にも行くまいよ。八人分も九人分も大差ない、遠慮なく相伴に与って行きたまえ」
「……あ、ありがと」
赤面で小さく礼を述べるホシノを、ヒナと一緒に小突き回しておいた。
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その後。
夕食として先生の振る舞ったビーフストロガノフは、全員が会話を忘れる程の仕上がりでおかわりも速攻で空になり。
持ち帰り分のタッパーまで消費し尽くされ、顛末を聞いたコユキやイオリ達から悲哀と怨嗟の叫びが上がったらしく。
結局、食べ損ねた面々に先生が五目炒飯のおにぎりを差し入れとして届けに行ったのだが、それはまた別の話である。