「さて諸君、まずは多忙な中時間を縫って集まってもらったこと、心より礼を言いたい。──感謝である」
明かりの落とされた狭い一室の中、居並ぶ面々を相手にそんな声が生まれた。机の上で手を組み、額を乗せた黒のスーツ姿の女の言葉に、一同が苦笑や会釈を返す。その反応に後押しされるように、女は目を細め口を開いた。
「用件は他でもない、彼女の処遇についてだ」
言葉に合わせ、机の中央に一つの画像が投影される。それは監視カメラの映像をそのままぶっこ抜いて来たと思しい、コンビニ内を歩く一人の少女。獣の耳を持ち、長い銀髪と黒のドレスを翻す姿に、息を詰めるような音が生まれ、
「シメが爆発オチだったとはいえ、各々事後処理も粗方片付きほとぼりも冷めて来たことだ。区切りを迎えたということで、派手に騒ぐ為の口実も出来ている」
故に諸君。
「一丁盛大にやるとしようではないか」
●
先生の呼び出しは相変わらず唐突なものだった。
「急で申し訳ないのだが週末の夕方からは空いているかね? ……ふむ、ならばその日取りで確定としようか。では十七時にシャーレへと来てもらいたい。ああ、それと朝帰りの準備はしておいた方が良いかもしれないね?」
テンション上がらずにはいられない誘いであった。特に最後の一言が。
良い意味で早く時間が過ぎれば良いと願うなど、一体いつ以来のことだろうか。そんな期待と興奮に駆られながら、約束の日を迎えたシロコは酷く冷静にウキウキしながらシャーレへと訪れた。お泊りセットの用意は万全、念には念を入れて下着も新しいものを装備。完璧である。
「先生」
扉を開ける際にちょっと力が入り過ぎたが、まあセーフの範疇だろう。壁にぶつかった扉が思った以上に大きな音を立て、しかし部屋の主は気にも留めず笑顔で応じた。
「おお、来たね砂狼君。約束の時間には少々早いようだが」
「待ちきれなかった」
「それは重畳、準備した甲斐があるというものだ」
何だろう。仮眠室とは別で大きなベッドでも拵えたのだろうか。狭い方がシロコ的には自然に密着出来て嬉しいのだが、それもそれで興味がある。そんな感じで内心を持て余しまくっていると、先生が半身になり、
「では砂狼君、用件の一つ目だ。これを受け取ってくれたまえ」
伸ばした腕が示す先、応接用のテーブルセットに一つの箱が載せられている。赤を主体に、金や白などでラッピングされたそれは、
「……プレゼント?」
「うむ、遅きに失した感は否めないのだが、やはりその辺りキッチリしておかねばなるまいと思ってね」
プロポーズの品だろうか。聞くところによると花束や指輪を贈られることが多いようだが、それにしてはサイズがデカい。軽く抱えられるくらいはある。まさか中身は現金だろうか。頭の体操として銀行強盗の計画を練るというのは、かつての世界でもよくやっていた。それ故のチョイスだとすれば、些か生々しくはあるもののありがたく受け取らねばなるまい。逸る心を抑え、丁寧に剥いた包装の下から出て来た箱を開ける。
「……え?」
制服だった。
アビドス指定のブレザー。シャツとスカートにジャケットの一式だ。それらが目の前に広がっていることを確認して、目元を擦って、確認して、頬をつねって、確認して、そこでようやくシロコは背後へと振り向く。
「……先生、実は制服フェチだったりする?」
「……肯定と否定とどちらが受け取りやすいかね?」
「マジ顔で悩まなくていい」
半目になっている自覚はあるが自制する気は微塵もない。盛り上がりが先行し過ぎたとはいえちょっと現実が想定外過ぎる。まさかの初手からコスプレとは。そんなこちらの内心が想像出来ていたのか、先生が苦笑と共にある一点を指差し、
「有り体に言えば復学祝いというやつだ。制服、まだ持っていなかっただろう?」
指先を辿ると、小さなカードが目に付いた。制服の上に載せられていたようだが、全く気付いていなかったことにちょっと反省。手に取って見てみれば、
「シロコ
という見覚えのある筆跡が五つ。そして先の言葉の通り、シロコは制服を持っていない。アビドス生徒会入りを受諾し、皆と一緒に過ごすようにはなったが、基本的にこの格好のままだ。単に着の身着のままでこちらの世界に来たからということもあるし、服を買うよりも生活必需品やスポーツ用品を買いたいというのもある。サイクルジャージはもう買った。周りからも特にツッコミがなかったので、別段気にしていなかったのだが、
「正式にアビドスの所属となったことだし、彼女達も何らかの形で世話になった礼をしたがっていたのでね。落とし所としてはこの辺りだろう」
テンションが七割方落ちた。
……いや、待って、落ち着こう私。
確かに少し、ちょっと、ほんの僅かに気持ちが先走ってしまったことは認めよう。皆の好意や気遣いは嬉しいし、お揃いの制服に袖を通すことで改めて居場所を得た感というか、帰属意識をくすぐられるのはとても良い。
だが、このやり場のない「そうじゃねえだろ」という感情を一体どこに持って行けば良いのか。
先生が悪い、と結論付けてシロコは背を向けた。先生のドヤ顔を見ているとツッコミの手刀を入れたくなるからだ。いっそ押し倒してしまえとも思うが、彼女の口ぶりや誘い文句から考えるに他の皆も遠からず合流するのだろう。邪魔が入る可能性が非常に高い。狙うなら長時間二人きりの時だ。
ともあれ一度深呼吸して気持ちをリセット。頬が膨れ口が尖っている自覚はあるが、直そうとは思わない。ひとまずメッセージカードは財布へ大事に仕舞っておくとして、制服を手に取ったシロコはふと気付く。肩越しに顔だけで振り向き、
「サイズ、教えてない気がするんだけど」
「それなら簡単だ。幾度か砂狼君を抱き締めたり抱き留めたことがあっただろう? その時の記憶を元に店先のマネキンを片っ端から抱き締めてサイズを割り出した。具体的な数値はアビドスの面々にしか伝えていないので安心してくれたまえ」
違う意味で安心出来ない発言が混じっていたが、いつものことなので気にしない。多分店側も「ああまたか」で流すだろうし。ただその話を聞かされた皆がどんな反応をしたのかは気になるので、後で聞いてみようと思う。実際タグに書かれた各種サイズはピッタリだったので、相変わらず無駄に多才だね、とも思いつつ。そんな調子で中身を改めていると、
「……?」
底の方に、もう一つ別の包みがあった。
こちらは外装とは対照的に青の包み。大きさは雑誌くらいだが見た目より軽い。そして包装のリボンに挟むようにして、先生の筆跡で「Welcome school!」と綴られたカードが添えられている。
……ネクタイとかソックスとか、下着とかかな。
どれも有り得そうなのが先生の恐ろしいところだが、さすがに三つ目はないと思う。知った生徒達による大惨事大戦が始まりかねない故に。面白がってやりそうという意見もあるだろうが、その辺りはきちんと弁えている。かといって前者二つでも贈り物となれば生徒同士の火種になりかねないし、結局のところ中身に想像は付かず、
「開けてもいい?」
「それはもう君のものだ。許可を取る必要はないよ」
ということなので躊躇いなく開けた。
雑に破いて開けようかとも思ったが、中身が分からないので結局丁寧に開封。中身は柔らかく、流れるもので、手に乗ったそれを知覚した時、シロコは知らず息を止めていた。
マフラーだった。
「────」
それはシロコにとって、特別な意味を持つもの。
ホシノにもらった、対策委員会の皆との繋がり。
色彩の手に落ちる直前に、失ってしまったもの。
かつてのそれが青をベースに黒のラインが入っていたのに対し、こちらは赤をベースにしてラインは白。幅も長さも厚みも材質も、果ては手触りに至るまで、前に自分が持っていたものと同じ。明確に違うのは色合いと、
……アビドスの、校章。
マフラーの端に、刺繍でデザインが施されている。一見アビドス自治区の市販品のように見えるが、シロコの記憶が確かならこんな製品はない。ホシノからもらった時には、こんな装飾などなかった。ならば手作りかとも思うが、歪みも乱れもない縫製はとても素人の手による物とは思えず、
「……あ」
畳まれていた反対端の方が、バランスの変化で流れるように零れ落ちる。慌てて地に着かないように押さえ、安堵の息を吐きつつ持ち上げたそれを見て、今度こそシロコは言葉を失った。
左右対称に校章が刺繍されているのかと思えば、全く違う飾りが施されていた。
校章とは対照的に大きさも模様もバラバラで、この一角だけ拙さが窺えるもの。
だが円に近い七つの横並びの装飾は、知らないけど分かると言えるデザインだ。
アビドスメンバーのパーソナルカラーで刺繍されたそれぞれのヘイローだった。
●
泣いた。
マフラーを掻き抱き、シロコは声もなく涙を流す。恐らくは各々が縫ってくれたのであろう一角に頬を寄せ、マフラー越しに友人達の手に触れて。
「酷い」
“先生”の遺した言葉を聞いて、恩師の最期の願いを知った。
皆の墓を一緒に作って、去って行った者達への区切りを付けた。
最大の後悔は祓ってもらった。だけど小さな後悔は、まだまだ数え切れない程沢山あって。
「酷いよ」
何の用意も気構えもしていなかったのに、こんな形で答えを寄越して。
かつての絆も、今の繋がりも、両方持っていて良いのだと背中を押されて。
自分にとっての全てが詰まっていた一品を、新しく共にあることの出来る形で渡されて。
「また先生にお嫁に行けなくなるようなことされた」
「あまり人聞きの悪いことを言うものではないよ?」
苦笑する先生をポカポカと叩いておく。期待させて、落胆させて、しかしこんなものを仕込んでおいて。きっと最初の誘い文句も、この展開を織り込んでいたのだろう。
だから「酷い」だ。
“先生”の遺言の時と違って気負うなということなのだろうが、それにしたって不意打ちが過ぎる。皆だけではなくこちらのシロコやユメのヘイローまで編み込まれたそれは、紛れもなくアビドス全ての繋がりだ。しかも、
……赤い色。
“先生”もよく言っていた。黒に合わせるなら赤派だと。同じ青ではシロコと被るからというのもあるだろうが、普段の黒装束でも映えるようにとの意味での赤いマフラーだ。それも“先生”と同じ首元を飾る赤。かつての青も好きだったが、これはこれで良いと思う。
ならば言うべきは一つしかない。
「──大事にするから」
「ほつれたり破けたら持って来ると良い。時間は掛かるだろうが必ず修繕してみせるとも」
ん、と頷く頭に手が乗せられる。頭を叩く力加減も、髪を撫でる感触も、かつてと何ら変わることはなく。叶うならばずっとこのまま身を委ねていたいが、それよりも先に成すべきがある。
「先生」
「何かね?」
「着替えて来る」
名残惜しさを感じながらも一歩を引き、制服を抱え仮眠室の方へ足を向ける。遠ざかる背後から、苦笑を伴った先生の声が聞こえた。
「皆が来てからの方が良いのではないかね?」
ううん、と首を振った。確かにアビドスの皆に見せたい気持ちはある。だがそれ以上に優先したい、明確な己のワガママ。子供染みた、しかし切実なその願いは、
「先生に、一番最初に見て欲しいから」
●
執務室併設の仮眠室で着替え、シロコは己の姿を晒した。
先生が自信を持って言うだけありサイズはピッタリ。軽く動いてみても違和感はなく、新品なのに懐かしさを感じるのが不思議だ。
当然、マフラーも装備済み。失くしてしまったあの日以来、ずっと避けていた首元の装飾。それがこんな形で戻って来たのも、縁というものなのだろうか。
「似合う?」
両の手を広げ、身を回しながら問うてみる。対する先生は嬉しそうに、拍手を送りながら頷きを返して、
「普段のドレス姿も大人びていて綺麗なものだったが、制服に袖を通すとやはり年頃の学生らしくなるね。とてもよく似合っていて可愛らしいと思うよ」
褒められると素直に嬉しい。が、先程の意趣返しとして、少しだけ意地悪をしたくなった。それは、先生の誉め言葉にも掛かるもので、
「先生は、私が子供のままの方が良い?」
「……何ともまた難しい質問だねこれは」
腕を組んだ先生が、目の前まで歩を進めたこちらに視線を返す。かつてより縮んだ身長差の、しかし変わらず見上げる位置にある青の瞳に己が映っていて、
「君は以前こう言っていたね。私の隣に並んでも恥じるところのない大人になりたい、と」
だが、
「君には過去の記憶がなく、更に言えば色彩の手によって「子供でいて良かった時間」を著しく削られている。君の人生だ、君の望むようにするのが一番良いと判断しているが、……同時に、もう少し子供のままでも良いのではないか、とも思っているよ」
こちらの頭に手を乗せ、
「高等部というのは進学、就職、そういった将来の展望を真剣に考えねばならない時期でもある。いわば大人になる為の準備期間。大人と子供の境界線上に位置しているとも言えるね」
ならば、
「ならば君達の世代は、大人と子供の良い所取りが出来るということだよ。だから気の赴くまま、自分にとって都合の良い方で動くと良い。どちらであっても君達が生徒である以上、私は助力を惜しまないとも」
そっか、とシロコは頷いた。
先生と並び立ちたい。そう告げた想いに嘘はない。一人の人間として、葵・硝子という個人に向き合って、公私共に支え合うパートナーでありたいと。
だが、焦らなくても良いのだろうと、そう思うことが出来た。
頭では分かっていたつもりだった。だが今のやり取りを経て、腑に落ちたという感覚がある。
先生はどんな手段を使ってでも生徒を守る。その根底にあるのは妹の遺志だが、同時に彼女自身の意思でもあるのだ。
かつて二人で過ごした時間を、芯の「大事」として抱えている。
そういった「大事」は大人となってからでも増えて行くのだろうが、子供であった方がより多く、沢山の経験をして行ける。
ならばもう少し子供でも良いのかもしれないと、今は素直にそう思えた。
「先生からは学んでばかりだね」
「先生とはそういうものだよ」
そっか、と再度の頷きをシロコは作る。同時、廊下側から複数人の話し声と共に扉が開き、
「やっほー先生ー。……おっ、シロコちゃん似合ってるねえー。マフラーもばっちりキマってるよー」
「やっぱり実物を見ると違いますねー。今度合わせのカーディガンとかソックスとか、色々買いに行きましょうね」
「ていうか先生!! 先輩のお披露目を独り占めするなんてズルいじゃない!! 制服は皆で用意したのに!!」
「ま、まあまあ、マフラー制作をデザインからほぼ全部単独でこなした上に私達の刺繍までサポートしてくれたんだし……」
「ん、これで名実共に私とお揃い。良い感じに2Pカラー感が出て来た」
「……それ暗に1Pの自分が上ってマウント取ってないかな?」
「ミカ、迂闊にツッコむと狼の縄張り争いに巻き込まれる」
それぞれが菓子や飲み物類の詰まった袋を抱えたアビドスメンバープラスアルファがそこにいた。アップダウンの激し過ぎるイベントの連続ですっかり吹っ飛んでいたが、そういえば襲来の可能性は示唆されていたっけ。だがそれにしてはやけに大荷物で首を傾げると、先生が苦笑と共に背中を叩き、
「打ち上げだよ。対策委員会の面々とは話していたのだが、デカ狼君や空崎君を欠いた状態でというのも薄情だろう? 当事者ではなかった聖園君もゲストとして参加しているが、編み物に協力してもらったのでそこは容赦してくれたまえ。小鳥遊君や空崎君とも親しい仲だからね。そして──」
先生の振り向きに合わせるようにして、更なる人影が姿を見せる。それはこちらの世界において、シロコが縁を築いて来た、
「あ、ちょうど集まったところだったみたいね。ノア、打ち合わせ通り配膳チームの取り纏めお願い」
「お任せください。ユウカちゃんも飲み物の準備、滞りなくお願いしますね」
「お、遅くなりましたー!! ナギサ様やセイア様から色々と手土産を預かってまして……!!」
「フフフ、アウトローであっても時間厳守は仕事人の基本!! 陸八魔アル以下三名、全員揃って参上したわ!!」
ユウカ、ノア、ヒフミ、そして便利屋68。自身には交友のない面々もいるが、概ねここに来た理由の想像は付く。
こちらのシロコの友人なら、もう一人のシロコも友人だと、そういうことだ。
今は親しい間柄でなくても、これからそうなって行けば良いと。
アビドスの皆がそうであったように。
「だから事前に言っておいたではないかね。──朝帰りの準備はしておいた方が良いかもしれない、と」
ポカポカと背中を叩いておく。ある意味期待は裏切られたが、違う意味でもっと素敵なものを用意してくれていた。
……本当に。
この滅茶苦茶な大人は、お人好しにも程がある。
そんなだから周囲も絆されて、しょうがないと苦笑交じりに手伝ってしまうのだ。
そんな青く甘い変化でさえも、悪くはないと受け入れて。
さあ、と先生が再度背を押した。そのまま一歩を前に出ると、皆が視線を向けて来る。見知った者もそうでない者も同い年も年下も誰も彼も、しかし一様に笑みを浮かべ、
「おかえり、シロコ」
迎えの言葉に、シロコは笑って一歩を踏み出した。
己の意思で、迷うことなく。
「──ただいま、皆」
誤字報告ありがとうございました(3/12)