グラスアーカイブ   作:外神恭介

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先生って、髪の長い子が好きなの?

「先生、聞きたいことがある」

 そんな前振りと共に、シロコはコーヒーを淹れたカップをデスクに置いた。

 基本常に緩い空気の漂うシャーレ執務室だが、夕暮れ時は特にその傾向が強い。一般的な終業時間であり、放課後を迎えた生徒達が顔を出しに来る時間帯でもあり、帰宅や夕食を前に緊張の糸が切れるタイミングでもあるからだ。今日も幾人かの生徒の出入りを見届け、最終的に残っているのはいつもの面子。

 シャーレの業務を手伝いに来たユウカとノア。

 窓際のソファーでクッションを抱え午睡に勤しむホシノ。

 そんな彼女に膝を貸しつつファッション誌を見ているミカ。

 休憩がてら先生のプラモ消化にニッパーの音を響かせているヒナ。

 そして部屋の隅やあまり使われない棚に掃除機をかけているもう一人の自分だ。

 所属する学園や団体は違えど、すっかり顔馴染みと言って良い面々。他愛もない雑談から真面目な相談、果ては見苦しい共食い。対策委員会の皆と同等に、気の置けない友人達。だがそんな彼女達や、アヤネを除くアビドスメンバー、今はこの場にいないミヤコ、ヒフミにアリス、アルとサオリ、にっくき狐坂ワカモなど、シャーレの役職持ちを見ていてふと一つの疑念を抱いたのだ。

「先生って、髪の長い子が好きなの?」

 率直なシロコの問い掛けに、ユウカが顔を上げノアが紙とペンを構えホシノがソファーから跳ね起きてミカがポーチから髪梳き鋏を取り出しヒナがニッパーの動きを止めた。

 戦闘系ではないセミナー組でさえ瞬間的な食い付きを見せる中、唯一変わらないのはもう一人の己。軽く視線を向けはしたものの、気にせず棚の隙間に掃除機のノズルを突っ込んでいる。

 色々と不幸が重なりメンタルが不安定だった彼女も、先生や対策委員会との関わりを経て随分と持ち直し、今では己と大差ないくらいになっていた。今もポニーテールに纏めた長髪を揺らし、制服にエプロン姿で掃除に勤しむ姿はさながら若奥様。ん、負けない。ともあれそういう意味も含めての確認だ。

 改めて意識を向けた先、ゲーム開発部の新作のテストプレイに勤しんでいた先生は、不思議そうに首を傾げた。そのまま部屋の各所にいる生徒達を見遣ると、

「随分とまた唐突だが、私の回答によって髪の長さを変える気ではないだろうね」

 ユウカ達が身を震わせ素知らぬ顔で元の動きに戻った。が、聞き耳を立てているのはバレバレで、時折こちらに「行け!! 行け!!」と期待半分不安半分の眼差しを向けて来る。仮に先生の好みがショートだった場合、ミカなどその場で断髪しかねない。個人的にはホシノとお揃いで綺麗だと思っているので切らないで欲しいのだが、わざわざ言わなくても周りが止めるだろう。止めなかったら知らない。先生もいるから滅多なことにはならないと思うし。

 そんなこちらの内心をよそに、コントローラーを置いた先生が背もたれに身を預けた。シロコに会釈を送り、コーヒーのカップに口を付けると、

「大前提として、私は髪の長さを含む容姿で相手を判断する気は一切ないが、そういうことではないのだろう?」

「ん、純粋に先生の好みが気になる」

 成程、と頷いた先生がカップを置く。腕を組み、考えるように上を見て、そのまま五分程が経過し、

「正直さほど気にしたこともないのだが、多分好きなのではないだろうか」

 ほほう、とシロコ以外の全員が満更でもなさそうな顔をした。特にもう一人の自分はこちらを下から見上げて煽って来たので後で張り倒さねばなるまい。が、シロコとしては回答の内容より不確かな部分が気に掛かり、

「多分?」

「うむ、先も言った通り気にしたことがないのだよ。既に諸君も知っての通り、キヴォトスに来る前の私の人間関係はかなり歪だったからね」

 言われてみれば妹の一件以前は誰に対しても寄らば切るという塩梅だったし、以降は教職に就く為奇人変人の巣窟でエクストリーム研修期間だ。確かに気にする機会というか、必要性が薄いのはその通り。ならば確度を上げる為には、

「じゃあ、髪が長いことの良い点を挙げてみるとか」

「……話の流れ上致し方ないとはいえ性癖尋問大会になってないかね?」

 視線を逸らした。真相を確かめるまでは引き下がれないからだ。呆れの半目を向けていた先生も、ユウカ達が明らかにこちらを気にしていることを察すると嘆息。そのまま左手を見えない何かに添え、右手を軽く握ってみせると、

「長髪のメリットだが、まず単純に手触りだろうね。櫛を通す感触など言葉にし難い楽しさだし、髪形を変えて小物を添えてイメージチェンジなどというのも流行を知る良い勉強になる。その辺り小鳥遊君や聖園君、空崎君相手にはありがたく堪能させてもらっているとも」

 ユウカとノアが温度のない笑みを言及のあった三人に向けた。ホシノは寝たふりを決め込みミカは下手な口笛と共に顔を背け、ヒナは積みプラモの箱を動かし視線をガードする。一方もう一人の己はいつの間にか髪を解きどこからか取り出した櫛を先生に握らせつつ頭を突き出しており、先生も疑問を挟むことなく髪を梳き始めてセミナー組の圧が増した。

 後で私もやってもらおう。そう心に固く誓うシロコの眼前、先生は慣れた手付きで櫛を動かしつつ、

「だが別に髪が長くなくとも同様のことは出来る。故にそれだけの為に髪を伸ばす必要はない。私自身長い方なので、手入れの手間も知っているつもりだからね。特にシャーレ顧問に就いてからは何かと多忙だし、バッサリ切ろうかと何度も考えているのだが──」

「それはダメ」

 全員の声が重なって先生が僅かに仰け反った。が、すぐに姿勢を戻すと髪の手入れを再開。首筋に当たってくすぐったかったのか、身を捩らせるもう一人の自分に微笑を零すと、

「では生徒諸君の声に免じて断髪は見送るが、他にも風や動きに合わせて靡く様も綺麗だね。特に小鳥遊君は前線で激しく動き回るので、戦闘記録映像などを見返しているとつい見惚れそうになる」

 全員がホシノに作り笑いを向けた。ホシノは慌ててタオルケットを被り視線から逃れようとするが、ミカが剥ぎ取って投げ捨てる。わざわざ席を立って近付いたヒナがホシノを小突き回す様を全員で見守ること三分、梳き終えたのかもう一人のシロコの背を軽く叩いた先生が頷き、

「意外とスラスラ出るものだが、だからといって短髪が嫌いかと言われれば当然否だ。例えば砂狼君が水着姿の時に見せた小さいポニーテールなど可愛らしいと思うし、奥空君も小さく結んでいたことがあったね。ああいう変化は長髪と比べて目立ちにくいものだが、だからこそたまのアクセントとしては記憶に残ると思っているよ」

 全員にドヤ顔を向けておいた。

「砂狼君、今私に見えない位置でとんでもない表情をしていないかね」

「そんなことない。余裕の笑み」

 とはいえ他の面々の笑みに若干殺気が混じり始めたので程々にしておく。ただ普段からよく髪形を変えているミカは目を見開き己の両手を見詰めているが、後で先生が燻製を与えれば復活するだろうから放置。などと思っている間にホシノがミカの口に燻製ソーセージを突っ込んだので解決。なので話を戻すことにして、

「つまり、長いと綺麗とか格好良い系で、短いと可愛い系?」

「一概には言い切れないがね。長髪でもツインテールなどは可愛らしい方に含まれるものだと思うよ?」

 ユウカがはっとした顔で急ぎ髪を結び直そうとしたが全員に生温かい眼差しを向けられ逡巡の末やめた。

「先程から私が何か言う度挙動不審になってないかね?」

 乙女心。複雑。分かれ。

 思わず片言で内心叫んでみるが、話を聞いている限り先生は長髪好きで間違いないように思う。これはいかん。由々しき事態だ。何故ならシロコに限って言えば、既にもう一人の自分が長髪でこの場に存在している。一朝一夕で伸びるものでもない以上、このアドバンテージを生かされるのは大きい。形振り構わないのであればウィッグでも買うべきだが、さすがにそれはあからさま過ぎる上に地毛じゃないなら意味がない。ならばどうすべきかと頭を抱え掛け、

「ああ、そういえば身近なところで言うと、妹は髪が短かったよ?」

 唐突な爆弾発言に全員が噴き出した。

 まさかの大逆転コース。各自様々な思惑の下向けられる視線の先、先生はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべている。ゆっくりと立ち上がった彼女は部屋の隅、姿見を一瞥すると、

「まあ、私の隣に並び立つ場合、髪が短い方が対のようで映える気がするね」

 だが、

「だが、お揃いで長髪というのも捨て難いし、それはそれで絵になるだろう」

 どっちだよ、という半目を全員が向けた。だがそんな反応も織り込み済みだったのか、先生は笑いを噛み殺しているだけだ。やがて折っていた身を起こした彼女は、引き出しから貰い物のチョコ菓子詰め合わせを取り出し、手首のスナップ付きでそれぞれに放る。宙を舞いキャッチされるそれらは、一つとして同じものはなく、

「趣味や嗜好と好悪はまた別の話だよ。ラーメンが好きだからと言ってラーメン屋を開業するような人間はそういまい。伸ばそうと思えば伸ばせる。切ろうと思えば切れる。髪の長さなどそんな程度の可変要素でしかないのだからね。確かに第一印象や見た目は大事だが、それだけで繋ぎ留められる程人間関係というものは甘くない」

 一息。

「結局のところ己にとって大事な相手であれば、どんな形であれ素敵と感じるのではないかと私は思う。あばたもえくぼ、とはよく言ったものでね。だから各々、己が思うように自分を表現したまえ。服も髪も飾り立ても、言葉や食事に生活でさえ自分を形作る一要素に過ぎないのだから。君達が胸を張って「これが自分だ」と言えるのならば、私はそれを支持しよう」

 言葉を切った先生を前に、シロコ達は顔を見合わせる。その表情には若干の戸惑いがあったが、やがて全員が頷きを返し、

「…………」

 無言で拍手を送った。

 各方位に手を上げて応じていた先生が、やがて席に座り直す。自身もまたチョコ菓子を手に取り、一口で頬張りつつ、

「何やら性癖暴露のはずが講釈めいた話になってしまったが、ともあれそういうことだ。ははは、このところ先生らしいことをしていなかったし、たまには真面目にやらねば七神君に睨まれてしまうからね」

 そのギャップがズルいんだよね、と誰かが呟いたが、全員が同意だろうとシロコは思った。

 不規則言動や奇行はあれど、彼女は生徒達を大事に思っている。故にこそそれが通じている自分達は助力を惜しまないし、同性であっても好意を抱いた。ライバルが増えない分にはありがたいとはいえ、かといって己の大事な人が誤解されたままというのも納得が行かず、

「先生も普段からそういう面を見せていれば、評判だけ聞いて敬遠する生徒も減るでしょうに……」

「目上の完璧超人など近寄り難いだけだよ。気さくに冗談も交わせる愉快な大人が私の信条でね」

「あの、先生? 大変失礼ですが普段の言動を省みて親しみやすいと本気で思っていらっしゃるなら、一度考え直すべきでは……?」

 ノアのツッコミを先生は踊ってスルーした。

「ノア、貴女にこの格言を送るわ。──言って聞くなら先生じゃない」

「真理だし頷くしかないんだけど、素直に同意しにくいのは何でかな……?」

「まあ先生だしねえ、って諦めて納得しちゃうのがいけないんじゃないかなあ」

 三年生組の発言にユウカ共々ノアが突っ伏した。が、当の先生はウエハースチョコ付属のシールを開封しつつ、

「どうしたのかね気落ちした様子で。いや、ここは私がウィットに富んだトークでお茶の間大爆笑、そういうことだね?」

「あの、既に嫌な予感しかしないのは私の気のせいですか」

 ユウカの半目を先生は踊ってスルーした。

「さて、先程話した髪の長さについてだが、コスプレ用のウィッグなどがあるだろう? 何でもエキスポの件で潜入活動に味を占めた百合園君が、変装用にエンジニア部へ発注を掛けたのだが、案の定猫塚君のやる気に火が付いてね。色も長さも自由自在、本物と寸分違わぬ質感の高性能品を開発中だと、そんな話を耳にしたよ。 ──テスターを募集しようか、とも」

「何でそう一々オチをつけないと気が済まないんですかっ!!」

 立ち上がり叫ぶユウカに構わず、シロコ含め何人かが外目掛けダッシュした。

 

     ●

 

 その後、エンジニア部の元に数名の生徒が押し掛け騒ぎになったとのことだが、いつものこととして流された。

 また、トリニティの予算の一部がミレニアムの某所に流れたとのことで、ナギサやミネに尋問された生徒がいたとかいないとか。

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