「うああああネタか決まらないいいいい!!」
叫びと共にノートPCを宙に放り出し、モモイがソファーに倒れ込んだ。
ゲーム開発部部室。基本的に緩い空気の漂う一室において、今日だけはその法則から外れていた。原因は先の発言そのものであり、ミレニアム内の展示会に提出するゲーム、その納期まで一週間を切ろうかというタイミングだ。
新参であるケイにはあまり馴染みがないものの「よくある」らしく、他の部員達は各々好きに過ごしている。実際モモイ自体普段が普段なので、ケイもさほど気に掛けてはいなかったのだが、
「……生みの苦しみという表現そのものだね」
モモイの放り出したノートPCをキャッチし、ソファー上にトスするのは先生だ。膝に乗せたアリスと協力プレイ中のシューティングゲームは良いのかと画面を見れば、ステージクリアの演出とスコア加算のタイミングらしい。伏したまま手を振って礼代わりとするモモイに、苦笑を返して操作に戻った彼女は、
「毎度のことながら締切が視野に入らないと火が付かないのが君達の欠点だね。言ったところでどうにもならないが」
「まあ、実質企画担当でもあるシナリオライターがこの調子なので……」
「方向性が決まらないと作るものも作れませんからね。ちなみにアリスの出番は最後です!」
ゲーム用ではなく趣味のイラストを描いているミドリやアケコンの操作に夢中なアリスは、モモイと対照的に暇を持て余している。テストプレイ担当である後者は言うに及ばず、グラフィック担当の前者もコンセプトすら定まっていない現状では何も出来ない。逆に言えば企画が上がって来てからは地獄だし、後ろ倒しになる程過酷さが増すのだが。
故にただ焦れて待つよりは、ということでそれぞれの過ごし方をして精神の平穏を保っているが、さすがにそろそろ気にせずにはいられないようで。純粋に先生とゲームを楽しんでいるアリスは良いとしても、ミドリは落ち着かなさそうに姉の方を見る回数が増えていて、
……それがまたモモイへのプレッシャーになる悪循環、と。
よくあることならいい加減懲りても良いと思うのだが、創作とは手を付ければ進む程単純でもない。泣く泣く先生にヘルプを求めたモモイではあったものの、現在の惨状を聞いた彼女は全身ごと首を捻りながら、
「手伝う分には構わないが、この状態で口を挟むと才羽姉君のシナリオではなく私のシナリオになってしまうと思うのだが。私のネームバリューだけでも相当な集客効果になるだろうし、次回作へのプレッシャーは今回の比にならないのは確実だが、それでも良いかね?」
と、どこからどう聞いても正論でしかない質問で返され、せめてコンセプトだけはモモイが決めるという結論になり既に二時間。モモイも唸ったりジタバタしたり尺取虫になったりしたにも関わらず、進捗ゼロというのが現状だ。無情なるかな現実。ケイの時間潰しである部室の掃除もさすがにやることがなくなりつつあり、
「先生、このままでは日が暮れても進みそうにないというか、貴女も呑気に遊んでいて良いのですか」
「生徒との交流も先生の仕事の一環だよ天童妹君。遊んでるだけで給料がもらえるとは素晴らしいね?」
連邦生徒会辺りに聞かれたら張り倒されそうな台詞だが、アリスが喜んでいるので通報はしないでおいた。
どうしたものかと視線を向けた先、ノートPCで作業中だったユズと目が合う。一旦手を止めた彼女はこちらとモモイの間で視線を往復させ、
「い、一応シンプルなRPGの処理は一通り組んであるから、独自要素がなければまだ余裕あるよ?」
「花岡君、その前提条件は対戦プレイ中劣勢になった才羽姉君がレバガチャしない確率くらい無理がないかね」
「味方ぁー!! 私の味方どこぉー!?」
仕方ありませんね、とケイは嘆息した。掃除の為に纏めていた髪を解き、腰に手を当てつつモモイの傍に立つ。
「先生、その例えはさすがにモモイが不憫です」
「そうそう!! ケイは私のことを分かってくれてるね!!」
「ええ、──モモイがすんなりシナリオを納品する確率くらいにしておきましょう」
「上げて落とされたぁ──!!」
「先生、モモイのこの反応は自分が仕事してないという自白になりませんか?」
「ははは天童君の無垢な言葉の刃は鋭利過ぎてゾクゾクするね。ちなみに私も今まさにサボりの真っ最中だ」
キチガイのおかげで沈んだ空気にこそなっていないが、やはり事態は深刻だ。こういった場合は気分転換でリフレッシュするのが良いのだろうが、くつろげるような精神状態でもあるまい。かといって経験に乏しい己がゲーム好きのモモイに助言出来るとも思えないのが難だ。
……宿題のように明確な答えがあるものなら手伝えるのですが。
こういったケースでは残念ながら戦力外。今のケイに出来ることは、アリス共々ショットボタンを連打しているキチガイ同様、いつも通りの空気を壊さないこと。例えば、
「ミドリ、ココアがなくなりそうですが、おかわりは必要ですか?」
「あ、じゃあお願いしようかな。ありがとうケイちゃん」
「気にすることはないよ才羽妹君。天童妹君はゲーム開発部一番の新人、つまりはパシリポジションだ。遠慮なく色々と頼んだ方が、彼女の経験にもなって良いだろう」
躊躇いなく半目を向けてやったが、アリスとのゲームがラスボス戦の真っ最中なことと、ミドリが気の抜けた笑みを零したことから不問にしておく。
ケイはミドリから受け取ったマグカップを手に部屋の隅、ポットや粉末飲料の設置スペースに足を向ける。先生に与えられた新しい身体もすっかり馴染み、動きに淀みは全くない。
用意するのはホットココア。部員の間では好評なものの、先生が淹れたものには敵わず連敗中なのがネックだ。聞いた話ではユウカやノア、他校の生徒達もコーヒーで似たような四苦八苦をしているらしいので、近々そちらに顔を出してみようかと考えているが、
「勝ちましたぁ!!」
不意の大声にカップの中身を跳ねさせそうになりつつ、慌ててケイは振り向いた。見れば両の腕を振り上げたアリスが、スタッフロールの流れる画面を前に小躍りしており、
「アリス、協力プレイとはいえ遂にヘルモードをクリア出来ました!! 経験値大幅ゲットです!!」
「いやはや、STGをプレイするのは久しぶりだったが、存外身体が覚えているものだね。天童君のカバーもあってどうにか勝てたよ」
イェーイ、とハイタッチを交わす二人に、ユズとミドリから拍手が送られるのでケイも倣っておいた。が、ソファーの上で正座のまま俯せになっているモモイは、同じように拍手しながらも緩慢な動きで先生を見上げ、
「……飽きるくらい言われてそうだけど、先生ホントに何でも出来るよね」
「師匠連中がどいつもこいつも才能の塊だったからね。それが十人単位で仕込みに掛かればこうもなる」
「逆に何なら出来ないのさ……?」
アリスの背を押しネームエントリーに向かわせた先生が、モモイの疑問に上を見た。そのまま十秒程が経過し、視線を戻した彼女はにこやかに、
「「出来ない」が出来ないというのはどうだろう。ははは、頓知が利いているね?」
モモイが先生目掛けスティック菓子をダーツのようにぶん投げた。が、失速して届かず床に落ち掛けたところを先生がキャッチ。何事もなかったように口の端に咥えると、
「才羽姉君、茶菓子を投げても降って来るのは茶菓子であってネタや天啓ではないよ?」
「ビミョーに上手いこと言うのやめてよー」
「いえ全く上手くないと思いますが」
「フフフ天童妹君のセメントっぷりもグサグサ来るね?」
「わ、私は面白いと思います……」
「聞いたかね天童妹君、こちらは花岡君のお墨付きだ。どうだ羨ましいだろう!?」
嫌気全開の視線を向けようとしたが、喜びそうなのでやめておいた。どうにもこの大人は自分が絡むとテンションの上がり幅が高くなるようだが、気に掛けられているということで良いのだろうか。経緯が経緯だけにツッコミづらいのがまた何とも。
しかしケイがココアの用意に戻る傍ら、先生はソファー上のモモイを転がし仰向けにして、
「才羽姉君はチョイと頭を使い過ぎのようだね。根を詰めたからといって成果が上がるとは限らん、いつも通り深く考えず思うままテキトーにやりたまえ」
「遠回しにバカって言うのやめ、あああああ指圧が効くぅー」
肘掛けに乗せたモモイの頭を揉み解し始め、終始テンションの低かった声が上向きになった。表情も風呂に浸かっているような緩み具合で、良い息抜きになっているのは確かだろう。あれこれ悩みつつ考えるよりはマシになるはずだ。
……とはいえそれで好転するとも言い切れないのですが。
「ミドリ、どうぞ」
「え? あ、うん」
差し出したマグカップを受け取るミドリは、しかしどことなく上の空。原因は言うまでもない。窺うように姉と先生の方を何度も見ているのが分かりやす過ぎる。その反応も織り込み済みだったのか、先生が横目で微笑しつつ、
「才羽妹君もキリが良くなったら呼びたまえ。長時間頑張っていたようだし、休憩がてら軽くマッサージで労おう」
「あ、ありがとうございます……」
頬を薄く染めながらも「やった」と笑みと共に胸元で手を握る様が愛らしい。
ケイとしては他人の好意をどうこう言うつもりはないし、事実先生の気遣いや窮地における冴えなどは高く評価しているが、キチガイという欠点がデカ過ぎてどうしたものかという感。今更マトモになっても違和感が凄いですし。ツッコまずにはいられない気分にさせるという一点において、彼女を超える存在などそうはいない。いて堪るか。モモイなどまだ可愛いレベルだろう。
思わず窓の外を見て黄昏ていると、作業に区切りが付いたらしいユズがノートPCを閉じ面を上げた。気付いた先生が振り向いたことでツボがズレて、モモイが蛙のような声を上げたが二人共スルーし、
「せ、先生は昔、小説を書いていたんでしたよね? もし良ければ、私達でノベルゲームにしたりも出来ますけど、……どうでしょう?」
「厚意はありがたいが、遠慮しておこう。元はと言えば時間潰しで始めた道楽だからね。君達のリソースを割く程の出来でもない」
そうですか……、と残念そうなユズの反応に、先生が考えるように上を見た。その隙にモモイが抜け出して身を起こし、安堵の息を零すが、
「まあぶっちゃけてしまうとだね。前に話した私の師匠連中がいただろう? あの馬鹿共、実は現役のゲームクリエイターなのだよこれが」
先生を除き、部室内の全員の動きが止まった。
「各々持ち味が違うので部署や担当は違うがね。企画もグラフィックも音楽もプログラムも全て身内で賄っていて、おまけに完成度も高いと来ている。そんなものを見慣れてしまうと、そこまでのめり込まなくてもいいか、とも思うのだよ」
何でもないことのように爆弾発言をブッ込んだキチガイの方を、全員が油の切れた機械のような動きで見る。そんな中アリスだけは無邪気に目を輝かせて、
「先生の元パーティーメンバーはアリス達の大先輩だったんですね!! どんなゲームを作っているのですか?」
「細かな差異はあるが、世界が違っても出来上がるものは似通うようでね。キヴォトスで言うところのゼルナの伝説の広大なフィールドとか、オルタブレイドシリーズの企画・開発とか、著名なのはその辺りだろうか」
アリスとケイ以外の部員が膝から崩れ落ちた。
どちらもキヴォトストップクラスのシェアを誇るゲーム会社の作品。翻って言えば先生の同僚達も、そのクラスの職場に勤めているということだ。何がどうしてそんな顔触れと先生が交流を持つに至ったのかは果てしなく謎だが、戦闘指揮中の反応速度や頭の回転に嫌な説得力が増した気がする。ユズという前例もあるので。
が、問題はそこではない。というか先生相手なら今更何をぶっちゃけられても驚きより先に呆れが来るくらいには慣れている。彼女を知る生徒なら程度の差はあれど似たようなものだろう。だから今のカミングアウトで何が問題なのかと言えば、
「せ、先生に今までプレイしてもらった私達のゲーム、子供のおままごとでしかなかったのでは……?」
顔面蒼白なユズがガクガク震えながら問うた通り、第一線で活躍するクリエイター達の作品を見慣れているなら、先生の目は相当肥えているだろう。僅か四人の学生で作り上げた作品とは比べるどころか、挑むことすら烏滸がましい程の開きがあるのは間違いない。
先生はゲーム開発部の作品を面白いと言うが、本当は気遣いから来るお世辞だったのではないかと、ユズはそれを一番恐れている。
横目に見ればミドリも完全に腰が引けているし、モモイは事実を受け入れられないのか言語化するのが困難なレベルのアホ面になっている。アリスはアリスで先程先生が口にした作品のパッケージを漁りに行っていて、フォロー役がいない地獄のような状況だ。
……え、もしかして私が対処しないといけないんですかコレ。
ケイはゲームをプレイするよりも横で見ていることの方が多い。四人以上で同時にプレイ出来るゲームがあまりないというのもあるが、アリスや部員達が楽しんでいればそれで良い派だからだ。そんな己がこの場で何を言ったところで気休めにしかならないだろう。
というか先生もこの空気をどうするつもりだ。動揺を表に出さないようさり気なく視線を戻してみれば、この状況を招いた張本人は不思議そうに首を傾げており、
「それの何がいけないのかね?」
「……え?」
予想外の回答に、ユズが脱力したように首を前へ倒した。が、先生は見るからに嫌そうな半目で遠くを見て、
「あの狂人共は十年以上現場の最前線で好き勝手やってる筋金入りのキチガイだ。まだ学生で発展途上かつマトモな君達と比べること自体が間違っている。いや、そもそも比較の秤に載せて君達まで頭がおかしくなったら早瀬君やミレニアムに顔向けが出来ないというか間違いなく染まって行く未来しか見えないというか」
「先生、凄まじい勢いで脱線してます」
おっと失敬、と視線を戻した彼女は言う。
「まあ馬鹿連中は置いておくが、どこまで行ってもゲームは娯楽だ。どれだけ思い入れがあったとしても、それで睡眠や食事の代わりになる訳ではない。上手くプレイ出来なかったり、他にやらなければならないことが出来たり、或いは飽きや時間の流れで、次第に人が離れて行く娯楽でもある。作り手が生み出した要素全てを網羅するプレイヤーなど、全体の数パーセントかそこらに過ぎん。まして少しの不備を大袈裟に喧伝されたり、辛辣な言葉を投げ掛けられることだってある」
最後の一言にユズが俯いた。しかし、先生はその手をユズの頭に乗せる。気にすることはないとでも言うように二、三と軽く叩き、
「だが君達は遊ぶ側だけでなく、作る側へと自ら望んで踏み出した」
「────」
ユズが思わずといった動きで面を上げる。視線の先、目を細めただけの笑みを作った先生は、
「0と1の間には、果てしない隔たりがある。創作とはそういうものだよ。作り手からすれば手に取ってもらえるだけで十分、遊び尽くしてくれれば御の字だろうが、やはり根底にあるのは楽しさだ。故にこそ自分達の作品がきっかけで同じ道を志したという連絡を受けると、我が事のように喜び祝いもする」
ならば、とモモイやミドリ、両の手に沢山のパッケージを抱えたアリスとこちらにも視線を送り、
「出来不出来が重要なのではない。作品を生むという行為に対し、己の情熱をどれだけ費やせるかだ。惜しみなく全力を賭すことが出来たならば、そこから得られるものは必ずある。……例え周りが何を口にしたところで、自分はこの作品に対し本気だったと、胸を張って誇れるだろう」
そこまで言うと、不意に先生は表情を崩した。困ったような、羨むような苦笑を浮かべ、
「そういう意味では「出来る」だけで「作りたい」という欲求がないのだよ、私は。どれだけ見た目の完成度が高かろうと芯がないのだから、君達が心血注いで作り上げる本物に敵うことは一生ないだろうね。結局のところ、己を突き動かす衝動というものが一番強いのだから」
そうだろう?
「込められた思いは、それを知る者に必ず届く。その兆しは、既に君達も見ているはずだよ」
先生が視線を送った一点を全員が見る。ミレニアムプライス特別賞の、小さなトロフィーが飾られた一画を。
ここにいる面々が先生と知り合ったきっかけ、その集大成とも言える輝きを背に、先生は大きく手を打った。
「さて、息抜きの雑談も終わりだ。このまま部室で缶詰のつもりなら夕飯の買い出しに行こうと思うが、どうするかね?」
すっかりいつも通りの悪戯げな笑みを浮かべて言う先生に、しかし言葉ではなく行動で応える姿が一つ。トロフィーを視界に入れてから、目を見開いて微動だにしなかった人物だった。
モモイだ。
眉を立てた真剣な表情の彼女は、飛び込むような勢いでソファーに着地。開きっぱなしだったノートPCを手に取り、
「ユズ!! 急いで書き出すから仕様追加お願い!! これなら行ける、ううん──」
周囲には目もくれず、食い入るようにディスプレイを見る彼女は、普段と全く変わらぬノリでただ告げた。
「──私はこれが作りたい!!」
凄まじい勢いでテキストを打ち始めたモモイの言葉に、ユズが身を震わせる。その目にはモモイに勝るとも劣らぬ、熱意の火が灯っていて、
「……うん。うん!!」
同じように腰掛け、スリープモードにしていたPCを復旧させ作業を開始。だがユズの動きより早く、描きかけのイラストを保存したミドリも顔を向けていて、
「お姉ちゃん!! グラフィック周りで必要なリスト纏まったら教えて!! どんな大ボリュームでも絶対間に合わせるから!!」
「オッケ!! 十分待って!! アリスは相談相手お願い!!」
「はい!! アリス、お手伝いクエスト受注しました!!」
アリスが心底楽しそうな笑顔で、モモイの隣に陣取った。そのまま真剣な眼差しでディスプレイを覗き込み、モモイの手が緩んだタイミングで声を掛け内容の深化を行う。
先程までの緩み切った空気とは一変した、一気にギアを上げたような行動力の爆発。そんな光景を一歩引いた位置で、満足げに眺めている大人の隣へとケイは移動し、
「相変わらず焚き付けるのが上手いですね」
「初心に帰れというごく当たり前のことをさも偉そうに説いただけだと思うがね」
原点とも言うべき自分達の成果を思い出させた上で乗せたからこそ、全員が自信に満ちた良い表情をしているのだろうに。
先程までのモモイは締切への焦りから、作らねばならないという義務感で凝り固まっていた。だが結局のところ彼女達は世に商品を出す訳でも、売上で製作費用を回収しなければならない訳でもない。評価を気にする必要がないとまでは言わないが、大事なのは作っていて楽しいかどうか。
取り留めもない雑談から会話の流れを誘導し、この大人はそれを思い出させた。
回りくどいというか、捻くれているというか、否、言ったところで今更か。ノアが幾度もカウンターで沈められているのも納得だし、論理的思考を主とする自分にとって天敵なのは事実だ。
だが、型に囚われないそんな大人がいたからこそ、自分やアリスもここでこうしていられる。
「あの様子なら私の手助けも要るまい。先の通り、私は彼女達に補給物資でも買って来るとしよう」
そんなこちらの内心など知る由もなく、先生は踵を返す。だが折角目標に向けて団結し始めた部室の中、一人だけ除け者にするのも道理が伴っていないだろう。だからケイはその背中を追い掛け、
「手伝います。アリス程ではなくとも、先生よりは力がありますので」
「その気持ちはありがたいが、君には他にやるべきことがあるだろう」
差し止めるように額を小突かれた。急な出来事に目を白黒させていると、苦笑した先生がこちらの背後を指差す。振り向いた先では、愛すべき仲間達が口々に、
「あ!! もうココアなくなってる!! ケイごめんおかわりちょーだい!!」
「け、ケイちゃん、軽量化の新しい処理組んでみたんだけど、意見聞いてもいい……?」
「うーん、そろそろペンタブの芯変えた方が良いかな……。ケイちゃん、保管場所変わってないよね?」
「ケイ!! 緊急クエストです!! モモイのネタ帳が見付かりません!! アリスと一緒に探してくれませんか!?」
約一名ただのパシリ要求なのは置いておくが、こちらを求める声がする。かつては敵対し、否定されるばかりであった己を、固有の名で欲する声が。その呼び声に応じるように、馬鹿な大人がこちらの後ろで、
「行って来たまえ愛され新人。君の活躍の場は私の荷物持ちではなくこの部室だ。いつものダベりではない、君にとっては初めての部活動。──楽しんで来ると良い」
この相手には一生勝てまい、と幾度目かも知れぬ思考に笑みが漏れた。だからケイは、精一杯不機嫌そうな表情を作って半目を向け、
「……重量過多で帰って来れなくなっても知りませんからね」
「その場合は大人しく救援要請を出すので心配は無用だとも」
ほら、と背を押される感触に、ケイは素直に従った。その一歩を踏み出す直前、肩越しに小さく頭を下げて、
「──行って来ます」
今の己の居場所へと。
●
結果的に、ゲーム開発部の新作は佳作を受賞した。
内容はそれぞれのキャラクターが持つスキルを用い、様々なギミックを解除しながら進むパズル要素を組み込んだRPG。ステータスがやたら高いがスキルを一切持たない主人公が、それぞれのスキルのエキスパートである仲間達との交流や教えを経て、やがて将来の夢を見出して行くというストーリー。特にラスボス戦においてステータス差から仲間の上級スキルが通じない中、直前のイベントで主人公がようやく習得した初級スキルが逆転の鍵になるという演出が高く評価された。
だが後に公開されたゲームをプレイした生徒達が、主人公のデザインに酷く既視感を覚える現象が多発。その話題は瞬く間にSNSで広まり、クロノスの取材陣がシャーレに押し掛けるという騒ぎが起きたものの、
「気のせいだろう。確かに開発元の団体と懇意ではあるが、昨今はゲームしつつダベるばかりで先生らしいことは一切していないのでね。そもそもこんな終始シリアス維持したまま真面目に世界を救おうと奮闘する私がいるか」
主に最後の一言に対し取材陣の項垂れが多発したが、プレイヤーの反応としては概ね「面白ければ何でも良いし、実際面白かったからそれで良い」という旨のコメントで占められていた。当のゲーム開発部にしても、打ち上げで食べ過ぎて体調を崩したモモイの看病に右往左往していた為、騒ぎを知ったのは話題が終息した後のことだった。