「先生!! クエストを受けに来ました!!」
アリスの元気な挨拶が向かう先、ソファー上の先生が手元のタブレットから顔を上げた。彼女はアリスの開けた扉が、勢い良く壁に激突し音を立てるのに見向きもせず、
「おや、いらっしゃい天童君。天童妹君を連れてのミレニアム巡りは落ち着いたのかね?」
「はい!! 大体のエンカウントを終えたので、シャーレの方まで足を延ばしてみました!!」
駆け寄ったアリスが先生に飛び付き、立ち上がった先生が抱き留めて慣性を消す為に一回転。下ろし、頭に手を乗せつつこちらに視線を向けると笑みを零した。
「思えばここに来るのは初めてだね。私の城にようこそ天童妹君」
「慣用句的表現とはいえオフィスビルを城と呼ぶのは些か疑問ですが、お邪魔します」
頭を下げ、そこでようやくケイは初訪問となるシャーレ執務室へと足を踏み入れた。物が多くはあるが散らかってはいないデスク周りと、対照的にクッションや私物が雑多に散らばっているフリースペースの方を順に見て、
「話には聞いていましたが、想像以上に無法地帯ですね」
「生徒の自主性を重んじるのが私の主義でね。害がなければ好きにしていいと言ってある」
だからといって人が乗れそうなサイズの列車模型まで置いてあるのはどうかと思うが、言っても無駄なのでやめておく。
「ところで飲み物は何が良いかね? 最近の天童君のトレンドはミルクココアだが」
「気遣いには感謝しますが、この身体は飲食を必須とはしませんので」
「であれば最初から味覚など備わっていまい。必須ではないとしても、生体式自動人形は食事からエネルギーを摂取するのが一番効率が良いのだ。大人しく相伴に与っておきたまえ」
「そうです、それにアリスもケイと一緒に色々食べたり、一口交換とかしてみたいです」
「……アリスにそこまで言われては仕方ありませんね」
嘆息と共に応じれば、先生とアリスがハイタッチ。そのまま先生は戸棚からお茶請けの菓子を取りに、アリスはデスク上の一画を漁り始め、しかし程なく動きを止めて首を傾げる。
「今日の緊急クエストはなさそうですね」
「たまにはこんな静かな一日もあるだろう。とか言ってると飛び込みで依頼が来そうではあるがね」
「……先生、お願いですから縁起でもないこと言うのやめてください」
呆れ全開の声に振り向けば、給湯室の方から歩いて来る姿がある。湯気を上げるマグカップを二つ、盆に載せて持っているのは、
「貴女も来ていたのですか、ユウカ」
「Tes.、先生がまた無節操にカフェやフリースペース用の家具に散財してるから、予算周りの確認にね。まあ、セミナーで会計やってるよりはよっぽど楽な仕事だけど……」
肩を竦めつつ、ユウカが盆をテーブルに置いた。そのままこちらと、自分宛の書き置きがないかホワイトボードを確認しているアリスに視線を向け、
「私と先生はホットコーヒーだけど、ケイちゃんとアリスちゃんは?」
「二人共ミルクココアでお願いします!! ホットで!!」
「了解。ちょっと待ってて」
アリスの元気な声に笑みを零しつつ、ユウカが先生とは別の棚へ。慣れた手付きで青のマグカップを手に取り、そのまま隣のピンクや緑のマグカップに手を伸ばし掛けて、
「……あ、そっか。ケイちゃんの分は新しく出さないと。先生? 予備のカップってどこにありましたっけ?」
「最上段に天童君と同じデザインで色違いの物があったはずだが」
言われて見上げれば、確かに幾つかのカップが置かれている。しかしその位置は高く、ユウカが手を伸ばしても届くかは微妙だ。先生のような長身であれば苦もないのだろうが、二十センチ以上の開きがあるユウカは足場になるものを探し視線を巡らせ始めたので
「ユウカ、そのくらいなら私が」
下手に手間を取らせるよりはと思って、ケイは一歩前に出た。
ユウカが困惑した顔を向けて来るが、気にせずケイは右手を伸ばす。開いた手の平をカップに向け、意識を集中させ、
「────」
カップが、浮いた。
見えない手に持ち上げられたように、ゆっくりとした動きでカップが宙を滑る。呆気に取られるユウカの眼前を下りて行き、彼女の手の中に収まって、
「あ」
すっぽ抜けた。
慌てて力を込め直し、ユウカの膝下辺りで再確保。仕方ないのでそのままこちら側、手前へと飛ばし、受け止めて、
「どうぞ」
「え? あ、うん、ありがとう……?」
軽い足取りでユウカの元へ行き、自らの手でカップを握らせた。今度はしっかりと掴んだところまで確認してから手を離し、吐息を一つ。同時、歩み寄って来ていた先生が褒めるようにこちらの頭を軽く叩いて、
「随分と器用に扱えるようになったね天童妹君、目覚ましい成長だ」
「おかげさまで有用していますよ。ええ、嫌になるくらいに……」
思わず遠い目になってしまうが、髪を撫でられる感触に機嫌が上向きになってしまう辺りどうしようもない。自分も随分絆されたものだと思うものの、アリスも嬉しそうにしているのだからこれで良いのだろう。
しばらくされるがままになっていると、不意に一つの手が上がった。二人揃って視線を向けた先、ユウカが据わった目でこちらを、正確には傍らの大人を見上げていて、
「……今の何ですか、先生」
問われ、先生がふと上を見て、首を傾げつつ戻し、
「もしや早瀬君も撫でて欲しいのかね? フフフ嫉妬する姿も可愛らしいよ?」
「ち・が・い・ま・すっ!! 今のケイちゃん明らかに変なことしましたよね!?」
言われ、先生がこちらを見て、首を傾げつつ戻し、
「何故そこで天童妹君ではなく私に問われるのかがサッパリ分からないのだが」
「どう考えても先生の仕業でしょう!? 一体ケイちゃんに何を仕込んだんですか!?」
言われ、先生が棚の上を見て、首を傾げつつ戻し、
「何と言われても、ご覧の通り重力制御だよ? 何を鳩が豆鉄砲を食らったように」
「ご覧の通り、じゃありません!! キッチリ説明してください!!」
そういえば先生と部員以外に見せるのは初めてだった気もする。
●
「で、どういうことですか一体」
茶会の用意を終えソファーに座ったユウカは、隣のケイではなく対面の先生に半目を向けた。彼女は横のアリスがお茶請けのウエハースチョコを手に取るのを横目に見守り、視線を戻した瞬間「あ、ミナミのSSRが出ました!!」という声で俯いたが、ややあってから復帰して、
「結論から言うと先程答えた通り重力制御だよ。有効範囲は半径三十メートル、出力上限は根性次第だが、瞬間的には五百キロくらいの荷重は行けるのではないかね?」
「現時点では五百十二キロでした。恒常的に使う分には百二十八キロ前後ではないでしょうか」
口に当てたマグカップを傾けつつ訂正するケイの口ぶりだと、この力についてはとっくに知っていたらしい。
例の大掛かりな鬼ごっこからまだ二週間と経っていないのだが、こんな力が必要になるような事件はなかったはずだ。エンジニア部の言によれば重力制御機構についてはまだ研究段階であり、製作したとしてもかなりのサイズになるという。それが限定的とはいえ、自分達とそう変わらない見た目の少女が自在に操れるとなれば、
……間違いなく騒動の種になるわね……。
エンジニア部、ヴェリタス、特異現象捜査部、そしてリオと、最低でも四つの勢力が食い付くのは容易に想像出来る。トキのパワードスーツも大概ふざけた代物だが、それにしたって推進能力はスラスターがメインだ。それを遥かに上回る汎用性に加え、使い手のケイもキヴォトス上位クラスのフィジカルを備えているとなれば、
「極論、観光客を装って他の自治区に入り込み、行政機関に無手で飛び込んで制圧する、なんて悪用すら可能なとんでもない技術ですよ……? 何だってそんなものを……」
「調月君と全く同じ反応をありがとう。明星君は爆笑していたがね」
ケイの入学手続きを済ませているので当然と言えば当然だが、さすがにその辺りは知っているらしい。でもせめてセミナーである自分には事前に知らせて欲しかった。恨みがましく半目を向けてみても、先生はどこ吹く風だ。
「ああ、言うまでもないだろうが、早瀬君を信用していないから打ち明けなかった訳ではないよ? 信頼しているからこそ後から知っても納得してくれると思っていたし、使い時が来るかも分からない余計な情報を知らせて心労を増やすのも難だったのでね」
「……回りくどいお気遣いどうも」
口を尖らせつつ言ってみたが、苦笑で応じられる辺り本心は筒抜けだろうと分かってしまうのが少しだけ癪だ。それに、と前置きした先生はケイに視線を移し、
「天童妹君ならそのようなことはしないと信じているのでね。下手に事を起こせば天童君達にも危害が及ぶし、それは彼女が最も望まぬ事態だろう」
「楽観主義のお人好しはともかく、私もみだりに見せびらかすつもりはありませんのでご安心ください」
まあ、とカップを置いたケイの目が据わった。飴のような包装がされたチョコを手に取り、両手で捻り開けつつ、
「そもそも私がこれを知ったのも一週間前なのですが」
躊躇いなく対面に半目を向けたが、アリスの「あ、今度はメイドミナミが出ました!!」という声に崩れ落ちていて見ちゃいなかった。相変わらず運は悪いらしいが、先生が使えなくなったのは確かなので隣へと視線を戻す。ケイもまた嘆息と共に表情を切り替え、
「そもそもの発端ですが、部室内でゲーム機の配線に躓いたモモイが転びそうになりまして」
「あの子は相変わらず片付けしないんだから……」
ユウカも時たま訪れて掃除をするように言っているのだが、専らケイ任せで自分から動いている姿を見た覚えはない。この辺り他の部員はもうちょっとマシなのでケイもさほど口を出さないが、モモイに関しては容赦がない。私でも多分そうする。
「まあ、モモイの教育については後で相談するとして、それから?」
「ええ。ただ転ぶだけならダメージなどないに等しいのですが、手には茶菓子とジュース入りのコップを載せた盆。そして着弾地点にはアリスのゲーム機。──これは蹴り飛ばしてでもインターセプトせねばなるまいと」
「……当然の結果とはいえ終始モモイの扱いが雑ね」
「先生程ではありませんが、扱いが雑でも許される感がありますね」
互いに半目で親指を立て合った。
「で、咄嗟に割って入ろうと意識を集中させたら、急にモモイが傾いたまま静止しまして。茶菓子やジュースもまるで時間が止まったように、こう、無重力の如く宙に浮いていて」
「……一応聞くけど、モモイに害はなかったのよね?」
「「すっごー!! 魔法みたーい!!」と騒いでやかましかったので茶菓子を口に詰め込んで黙らせましたが怪我も後遺症もありませんでした」
それで、
「とりあえず居合わせた先生を問い詰めた結果、共通記憶と同様自動人形としての標準的なオプションだ、と」
「……ごめん、先生が出て来た瞬間理解が追い付かなくなったんだけど。どこが標準オプション?」
「文字通りの「自動」人形、ということだよ」
アリスに譲られたシールを大事に懐へ収めつつ、ソファーに座り直した先生が口を開いた。
「ロボット。アンドロイド。オートマタ。呼び方は何でも良いが、己の身体を能動的に動かす力は必須だ。天童君達のような生体型であれば人工筋肉、以前の武神であればワイヤーシリンダーなどだね。そしてその補助として、重力制御機構を保有しているのがデフォルトだ」
一息。
「運搬などの力仕事は当然として、障壁の展開や物体の加速投射と汎用性は随分なものだ。中でもその能力に特化した者は地盤を持ち上げ固めたり、五人以上から成る露天での茶会の用意を一分足らずで済ませたりもする。匠の技だね?」
「……ケイちゃんの苦労人属性の外堀が着々と埋まっているのは気のせいですかね」
「ないよりマシと考えたまえよ」
しれっと言うので隣を見れば、ケイは両手で顔を覆い俯いていた。同属性なのでとてもよく分かる。その内アコやナギサにアビドスの一年生コンビ、あとカヨコとかカンナにリン辺りも交えて烏龍茶で愚痴ろう。
「……まあ、経緯はおおよそ分かりましたけど。さっきの理屈だと、アリスちゃんにも同じ力があるんですか?」
「天童君の場合はどうもパッシブでの運用に固定化されているようだね。今後何かしらのきっかけで解放されるかもしれないが、現状ではフィジカルの補強以外での発揮は難しそうだ」
「つまり神託待ちです!!」
元気良く手を上げて言う辺り、アリス自身は己が扱えないことに対してそこまで深刻に考えていないらしい。仮に使えたところでケイの性格だと自分で全部やりそうだし、つまりご愁傷様だ。見れば今も当人はソファー上で横倒しになったままテーブル上に手を向け、アリスのカップにココアのお代わりを注いでいる。粉末が溶けるようスプーンで掻き混ぜる動きもこなしている辺り、パッシブでパワー型のアリスとは逆にアクティブで技巧型というところか。
アリスの補佐役を任じる彼女の個性から見れば、相性は良いのだろう。
「ともあれ、ケイちゃん周りはなるべく気に掛けておいてくださいね? 先生であるという以上に、そのボディを用意した関係で保護者や身元引受人に近い立場なんですから」
「ははは心配は無用だとも。些細な異常も見逃さぬよう細心の注意を払って舐めるように見守るからね。ああ、セミナー会計たる早瀬君の後押しもあっての行動だから紛れもなく合法だよ?」
どこからともなく飛来したハリセンが先生の頭をひっぱたいた。とても良い音がして、
「ツッコミ厳しいね天童妹君!!」
「キチガイが過ぎるようであればグレードアップしますので程々に」
半目で音の鳴るおもちゃのハンマーやフライパンを浮かせつつ言う辺り、この子も大概染まって来たわね、とユウカは思った。